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読書教育の理論的基底

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(1)

読書教育の理論的基底

岩手大学教育学部 藤 井 知 弘

1.問題関心

読書活動の充実は、中教審答 申や学習指導要領 に記 されているとい うことか らでは な く、いつの時代 において も重要な課題である。東 日本大震災によって、新学期開始 を延期せ ざるを得 なかった学校 は岩手県内では多数 にのぼったが、宮古市立 山口小学 校では、始業式 に一人ひとりの机の上 に本 を置いて子 ども達 を迎 えた とい う震災の 混乱の中、春休み を過 ご していた子 ども達 は、本 な どには見向 きもしないのではない か とい う危倶 とは全 く違い、一心不乱 に読書行為 にふけった とい う。 まさに大村 はま が戦後の新制中学校発足の時に体験 した子 ども連の純粋 な姿勢 と同 じエ ピソー ドであ る。子 ども達 は本物 と出合 った時、 まさに真剣 にそのことに向 き合 う、そ うした知的 な成長 を願 っている存在 といえよう。

筆者 は、「読書教育」 に研究関心 を寄せて きた。上越 における連合大学院時代 にお いて も有沢俊太郎氏の指導が入 った下保倉小学校 (現 ・上越市)の研究 に参加 し、参 与観察 を通 して読書教育 をカリキュラムを支える人間の 「価値 ・信念」の観点か ら考 察 した。現在、読書活動の充実が言語活動の充実 と相成 って強調 される中、改めて読 書教育のあ りようを問 うことは意味のあることといえる

そこで本論では、読書教育の今後のあ り方 を考 える上で 「教育実践学」の立場か ら、

読書の教育的意味づけ、読書 における言語機能のはた らき、そ して実践への視点 を提 示す ることとする。

なお、本論 は 『第1

4

回国語教育 イン盛 岡

』( H2 3 . 8 . 5 )

における筆者の基調提案 を基 に加筆 /修正 を加 えている

2.

読書教育」の概念規定

読書の概念 は広 く

、I RA ( I nt e ma t i o na lRe a di ngA s s o c i a t i o n)

"T T Z ei) ' t e T a r yDL c t L ' o na L y"

( 1 995) * 1

における

" r e a di ng"の項 目をみて も、その内容 は多岐 に渡 っている。心理

学、読書の教育の最初の学者 とされるHue

y

の ことば 「読 んだ時 にす ることを完全 に 分析することは、人間の心の複雑 な働 きを描 くための究極の心理学者の到達点 となる だろう」 を引いて始 まるこの語 についての説明は、読書の もつ複雑 さを示 している

つか まえどこ‑ろのない概念 とされる読書の定義は、読書発達の過程 によって も多様 になる。何 に焦点 を当てたか、視覚的な作業 なのか、 ことばの認知 としての作業 なの か、思考過程 なのか、社会的な出来事 として とらえるのかによって も違 って くる

* I Th e o d o r eL・ Ha rr iS , Ri c h a r dE. Ho d g e s , e d i t o r s 7 7 7 eL j t e T a C yDf c E J ' o n a T y. 1 995 I RAp . 2 0 6 ‑ 2 0 8

(2)

要なことは、読書の定義が学ぶ ことについての様 々な異 なる過程 を反映することであ る。2

0

世紀の最初の半分は共同的、行動主義的な学習の概念がその定義 を占めていた が、後 に言語 を基盤 とした発達過程が、認知心理学や言語学 によって とり入れること によって、特 に社会学や人類学、社会言語学への関心が増 えてい くことになる。最初 は、連合知覚の行為 と考 えられていた もの も、後 に、理解や思考過程 を含 むもの とし て広 げ られ、2

0

世紀半ばには、 より認知 に関連 した定義が持 ち込 まれるようになって い く。最近では、ヴイゴツキーの見解 "言語は高次 な個人的なものであると同時 に社 会化の過程である" にみ られるように、多 くの研究者が社会的に関連づけた言語の内 包 と読書 を関係づけている

読む とVrう行為 は、「ことばを読む」知覚的な段階、「イメージを読 む」 とい う想像 的、内的思考の段階 を経て第二次的なテクス ト (自分が読んで 自分の中に生みだ した テクス ト) を生産する行為 と定義づけることがで きるだろう。

湊書正 は最終的には 「生活世界 を読 む」 とい う段階 を想定する

。*1

これは、主体 が、生活世界 に対 して 「身を開 く」 「自己同化」 させ ることである。そ うす ることに よって学習経験の広が りや深 ま りが生 まれ、生活世界への展望が生 まれるのである。

読書行為 において最 も読書 らしいのは、「イメージ」 を読 むとい う段階である。 この 段階では、 ことばの概念的な意味が確定すると同時にそれに伴 う随伴的なイメージを 生成する。この生成過程 こそが、読書体験の醍醐味 となっているのではないだろうか。

読書行為論の代表、イーザ‑が もてはや されたの も、 こうした読書行為 におけるイメ ージ生成の過程 をつぶ さに描いたか らにはかならないだろう。

湊がい うところの「身を開 く」や「自己同化」は「学び」論 において佐伯件が述べている ように

*2

Ⅰの世界が

YOU

とともに

WE

を作 り、それが

THEY

世界 を取 り込んだ り、

広 げた りす ることとによる「自分探 し」と同 じことを意味 している といえよう。(図1、

2 )

また

WE

の拡張 は、教室 を想定すれば、クラス全体での共通の読みの世界の形成 を思い描 くことが可能 となる し、同一の書 を読 んだ とい う視点か らベス トセラー と言 われるように社会的な文化形成の一翼 を担 うことになるとも解釈することがで きる。

Ⅰ が他者 と 交流する世界 THEY

現実の社会 文化 的実践 の場

一一 嶋 ■‑

第二接面 第‑接面

図 1 図 2

*1 湊書正 1 98 6 「 読むことと生活世界 」 読書科学j 日本読書学会 第 3 0 巻第 4 号 1 995「 読むことの教育的課題 」r 教育 ・言語 ・文学j ( 私家本)p. 8 5‑ 11 0

* 2 佐伯僻 1 995 r 「 学ぶ」 ということの意味』岩波書店

‑1 47

(3)

また読書行為 その ものが 、 「自分探 し」 に よる 自己実現 で あ る とす る こ とは、有 滞 俊 太郎 の次 の見解 か らもうかが える

。*1

読者がいったん得た知識や情報 を生活 に生か しさらに生活を変えてい くというところま でい くのである。生活に適応するための読み、生活に機能するための読みである。読者 にかかる比重は次第に重 くな り興味や関心 を深めるとい う目的の下で知識 を加工 ・変容 させた り情報 を屈折 ・操作 させる。読書 とは目的的な行為であ り、それは読者の成就感) を満た し自己実現 を図ることまでを含むのである。

以上 の こ とか ら 「読書 とは 『自分作 り』 の行為 であ る」 そ して 「自己が社会 や文化 との関わ りの 中において文化 的実践 を構 築 してい く行為 である」 と意味づ ける こ とが 'で きよう

3.

読書 と 「学 び

言語教 育」 との関係性

3

主体と対象との間を媒介する道具 読書 は「」意識 を中心 と して成立す る ことを

主体 ∠ 八

みて きた。これ は、主体 と対象 であ る本 との間が、

媒 介 であ る道具 と しての言語 に よって結 ばれ る と い うヴ イゴツキーの考 え をベ ース に してい る

。*2

‑万、佐藤学 は、 こ う した ヴ イゴツキーの考 え を基 に しつつ 「学 びの三位 一体」を提案 してい る

(図

4)

この 学 び論 に読 書 を置 き換 え て み る と、

日」 は [対 :他 ] [対 :事 ] ど関連 しあ って成 立 してい る こ とはい うまで もない。

個 人的 な営 み と しての読書行為 に焦 点 をあて るな らば、本 とい う世界 の 中 に能動 的 に 参加 し相互作用す る面が太 いパ イプ となるだ ろ う

しか しそ う した個 人的 な行 為 に と どま らず に読書教 育 にお い ては、社 会 的 な過程 と しての読書 を重視 す る こ とにな り、

その時 には [対 :他 ] のパ イプが太 くなる と考 え られ る

。*3

*1 有

滞俊太郎 「読書指導のありかた

F読書教育通論」読書教育研究会編

1 9 9 5

学芸図書

p. 8

* 2 Co l e , M 天野清訳 ( 2 0 02) r

文化心理学」新曜社 ヴイゴツキーの図を反転させ示している

* 3

3

については佐藤学論をもとにした。図

4

については

、Fr i e n c r i c h, ∫ ( 1 9 91 )

によるもの ただし、庄 井良信 「ヴイゴツキー ・ルネサンスと教授学

」r

教育方法学研

1日本数育方法学会紀要

第1 8 巻

1 9 93p. 51 か ら引用

(4)

一方、図5のFr

e i nr i c h

に見 られる ように、主体 同志 の関わ りは交流 を意味す ること になる。Fr

e i n r i c h

は、三極 をつな ぐもの を記号である言語 として表 している。 これ を 佐藤モデルにあてるな らば、他者 と自己 とが言語 とい う線 によって結 ばれることにな る。有淳 は、 この ことを倉沢栄吉の言語三角形

*1

とフアース

( Fi r t h. ∫ . 良)の 「

言語学 習の三角形」 モデルか ら解釈 を試みている

。*2

6

言語三角形

7

言語学習の三角形

A 物事 (コンテクス ト)

B他者 C 自己

( コンテクスト) ( コンテクスト)

有津は、倉沢の図

6

とフアース解釈の図7との差異 を中心点 に置 き、意図的言語教育 実践 においては、頂点

C

の 「自己」 は変容すべ き対象 としての 「自己」 であ り、中心 の 「学習者」 は、三つの頂点の紡 ぎ出す新 しい 「主体」である と意味づけている。

そ して介在す る 「言語」、「ことば」 (有樺は、言語 とことばの区分 をせず に 「ことば」

で説明 を している) を

Fr e i n r i c h

同様 に三角形の線上 に置いている

更 に有樺は、新 たな学習者の「人間的成長」とい う視点か ら、ハ リデー(

Ha l l i da y, H A K)

の レリバ ン トモデルを組み入れた新 たな言語の三何形 を提示 している。筆者が着 目す るのは、 こう した個 々に展 開 される レリバ ン トモデルが、複数の関連性 の中か ら選択 されつつ寄 り集 まって 「国語教育実践の事象」が形成 されるとい う解釈である一人 一人の 「自己 を読 む」 とい う 「学び」 はこの ように 「国語教育実践」 として教育の フ ィール ドに立 ち現れて くることになる。そこでは 「共同体の形成」 とい う事象が発生 す る。

4.

共同体 と しての読書

現在 では、 [村 :他]や [対 :コ ト] との関わ りは単一 に存在す るのではな く、 こ う した関わ りの活動 システムが複数 に影響 し合いなが ら発達 しているとい うのが、エ ンゲス トローム らの主張す る 「活動理論第3世代 モデル」やある

.*3

(図8)

*1 倉沢栄吉 ( 1 9 48) r 国語学習指 導の方法』世界社

* 2 有 揮俊太郎 ( 2 008) 『国語教育実践学 の研 究』風 間書房

* 3 原典 は Eng e s t or o m , Y H ( 2 0 01 )Ex pa ns i v el e a m i nga two r k.J o u ma l ofEdu c a t i ona ndWo r k, 1 4 ( 1 )p. 1 3 6 ( 筆者未見)図は、山住勝広 ( 2 0 04) F 活動理論 と教育実践 の創造』 関西大学 出版部 p. 9 4 に拠 った

‑1 45

(5)

媒介す る人工物 媒介す る人工物 図 8

ルール コミュニティ 分業

図 9

学びの活動の

6 要素 道具

ルール

共 同体 仕事 の分割

ルール コミュニティ

分 業

秋 田喜代美 は

「 YoU&Ⅰ

」 とい う

2

項関 係か ら拡張 したエ ンゲス トローム

( 1 9 98)

か ら 「学 びの活動 の6要素」 を示 してい る。 (図9)

*1

1

.誰が主体であ り

,2.学ぶ内容 とし

ての対象は何であ り、結果 として どの ようなことが生 じるのか

、3.

そ こで どの ような道具 を使用 してい るのか

4.そこではどの ようなルールが働 き、

5 .

授業の参加者 によって授業 の課題 が どの ように役割分担 され

、6.

その 学びはどの ような集団 (共同体)で担 われているのか

六つの要素は連動 し合い、機能 しているという。読書活動 をこうしたシステムに当 てはめると、秋田喜代美のい う 「読書 コミュニティ」 も、 コミュニテ ィの相互の関わ りが交流 し合 うことによっての新 たな 「共同体作 り」 と理解す ることもで きるシス テム同志では 「多声的」 な関わ り合いが生 まれるであろうし、それが教室 におけるリ ーデ ィング ・ワークシ ョップ、読書会、読み聞かせ など人が集 う活動 システムに適応 で きる概念 となっている。

では、「共同性」 とい う概念 はどの ように規定で きるのであろうか。「広辞苑」 にお いては 「協働協 同共同」 は同義 とされている。 しか し、琴青学 において両者は 区分 される

○共同

C 0 ‑ 0 p e l r a t i o n

同 じ対象 に働 きかけること

グループ内で何か課題 を分担 して作業 を行 う共同作業 一つの課題解決や 目標 に向かって各 自が分担 して最終的に結 果や作品を共有すること

*1 秋 田喜代美 ( 2 0 06) r 授業研究 と談話分析J放送大学教育振興会

(6)

○協働

c ol l a bo r a t i o n

共 に働 く 耕す

グループ と して何 か を共有 してい く

ゴール に至 る過程 を共有 し、交流 ・探究す る こ とに よって互 恵的 に学 び合 うこ と

共 同作 業 な しに協働 学習 は起 こ りえないが、協働 な くして共 同は成立す るのであ る。

知 の探 究 、表現 、結 果 と しての作 品の共有 はい きつ もど りつの往還 となるが、その過 程 の共有 が 「協働 学習」の過程 となる。よって読書 の コ ミュニテ ィー形成 においては、

認知心理学 が明 らか に して きた 「協働」 を適用す るこ とが適 当であ る とい え、その重 要性 と して以下 の ような点 をあげる こ とが で きる

・他者 に説 明す る こ とで 自分 の思考 が明確 になるこ と

・自分 の所属す る集 団 を意識す るこ とで考 える意欲 が高 まるこ と

・異 なる視点 に よって考 えの葛藤 、精微化 、明確化が生 まれ理解が深 まる こ と

・一 人で は考 えつか ない新 たな ものが コ ミュニケー シ ョンの過程 を通 して生 み出 さ れ る こと

・一人 よ り、集 団 において多様 な社 会的 リソース を活用 して多様 な考 えの吟味が効 率 的 に行 われ るこ と

佐藤学 の提 唱す る 「学 び合 い」 において も、実践 の状況 をみ る と留意 しなけれ ばな らない点が あ る。それ は 「教 え合 い」が必 ず しも 「学 び合 い」 とはな らない点 であ る

それ は、教 わ る側 の状況へ の配慮 が子 どもにはで きない場合が あ る。 自分 も友 だ ちに 教 えて もらい助 け られ た とい う感 謝 か ら思 いや る支援 ・援助 は、 「教 える」 とい う支 援 ・援 助 とは質的 に異 な ってい る とい える。 「交流」 とい うこ とば に代 表 され る 「 恵 的」 ともい える 「学 び」 は、読書 において どの ように形成 され るのであ ろ うか。

5.

読書 の交流 にお ける視点

読書 にお ける交流 を、今 日的 な認知心理学 に基づ き、学習場面 に照 ら し解釈 してみ o ヴ イゴツキーが示 した 「発達 の最近接領域

( zo neofPr o xi ma lDe ve l o pme nt )

」 は、

一つ の有効 な視座 を示 して くれ る。

発達 の最近接領域」についての解釈 は、ネオ ・ヴイゴツキア ンと呼 ばれ る研 究者 たち に よって様 々な発展 を遂 げて きたが、ヴイゴツキー 自身 は次 の ように述べ てい る

。*1

自分の力だけで問題 を解 くことによって決定 される現実の子 どもの発達水準 と、大人 の指導や自分 より能力のある仲間との共同の中で問題 を解いてい くことによって決定 さ れる可能性の発達の水準 との間の相違」

*1 レフ ・セ ミ ョノ ビチ ・ヴ イゴツキー ( 1 93 5)柴田義松訳 F 子 どもの知的発達 と教授』 ( 1 9 75)明治 図書/ ( 1 93 4)柴 田義松訳 『 思考 と言語

J

( 2 0 01 )新読書社 *柴田訳 は、1 95 6 年が初出 20 01 は改 訳版

‑1 43‑

(7)

われわれの研究は発達の最近接領域は発達の現下の水準 よりも知能の発達や成績の動態l により直接的な意味 を持つ ことを示 している。われわれの研究で明 らかにされたこの事 実の説明のためには周知の議論の余地ない事情すなわち共同のなか指導の もとでは助け があれば子 どもはつねに自分一人でするときよりも多 くの問題 を困難な問題 を解 くこと がで きるということに拠ることがで きる。

足 場 づ くり

( s c a f f ol di ng)

」 もブルーナ‑ (

Br une r

,J.)が子 どもの発 達 を手助 けす る方法 と してZPDを基 に した解釈 の一つであ る。元 々はZPDの 中で、子 どもの認 知容量 とス キルの向上 を支援 す る こ とを指 していたが、今 日で は、様 々な学 習 におい て支援 す る こ と全般 において用 い られ る概念 となってい る。 アメ リカにお いて は、言 語 と道具 を媒 介 と して、学習 を組織 す る方略 とされ、協 同的 な学習へ と誘 う もの と し て理解 されてい る。

足場作 り」 自体 は 「足場 か け」 とも呼 ばれ るが 、 ブルーナ‑ は 「足場 か け」 を充 実 させ るプロセス を示 してい る。*1

0補強‑ チューターの最初の仕事は問題解決者の興味 と執着 を課業 に向けることである。

そのため興味 を引 き起 こす試み と同時に課業 をやめて しまう子 どもを引 きつけることも 必要である。

○ 自由度の縮小一解決に達成するまでの活動の手順 を減 らすことによって課業 を単純化 さ せることが必要である。

○指示の調整‑チューターには子 どもたちを目的へ導 き追求 させる役割がある。そのため 動機づけ熱意共感 を展開させるような指示 を調整する必要がある0

○重要な特徴の記録‑ チューターは様 々な方法 を記録 しその特徴 を強調する。そのことか ら子 どもが生み出 したものとチューターが望む正解 との不一致 を認識 し解釈することが 出来る。

○ フラス トレーションの制御一欲求 を制御することで失敗 におけるフェイスセービング学 習者の 「好 きにしたい」 とい う願望 を生かす ことまたはその他の手段 などに影響 される

ことな く目的は達成 される。

○デモ ンス トレーション‑ デモ ンス トレーションやモデ リングは課業の解決 を示すので生 徒の目の前でより単純に課業を実行することがで きる。

一方、佐藤公治 はGr

a no

t

t , N ( 1 993)の 「

相互作用 の九つの タイプ

」 *2

を引 きなが ら、

足場作 り」 にお ける相互作用 を 「熟達 の レベ ル」 と 「協 同性」 の程 度 か ら述べ てい 。ZPDで最初 に想定 され るの は、垂直 的相互作用 であ るが、佐藤 は

*1 今井康 晴 ( 2 0 0 8 )

ブルーナ一における 「足場かけ」概念の形成過程に関する一考察

」r

広島大学 大学院教育学研究科紀要

J 5 7 号

* 2 佐藤公 治 ( 1 9 9 9 ) r

対話の中の学びと成長』金子書房

p . 2 9

(8)

この分類は相互作用 をするパー トナーが自分 と比べて発達的に同じ水準にあるのか、そI れとも上の水準にあるかどうかということで分けたものであるが、相手が認知的熟達度 が高いと、それだけそのパー トナーから指導的な役割を受ける可能性が高 くなる。その 典型的な場合が、親や教師との相互作用である。こういう垂直的な相互作用のなかで行 われるや りとりと、同 じ認知的発達的水準にある者 どうしのあいだの水平的な相互作用 とでは、当然ながら相互作用の内容 もその機能的意味 も異なって くる

。*1

こう してみて くる と、「足場作 り」 の特性 として、子 どもの現 下 の水準 を超 える課 題 を設定す ることが必要であ り、その水準 を意識 した学習者 は、 自ら集 中 し努力 を し ようとす る。そのプロセスでは、 自分 だけで行 う達成 よ りも高い水準 での発達や達成 を期待す ることがで きる。

足場作 り」 はあ くまで教 師 と学習者 の関係性が前提 とされてい る。 こう した教 師 の意図的な援助 ではあるが、学習者 に とって、大村 はまの言 うような 「お釈迦様 の手

の導 きの ように機能す ることとなる。学習者が こうして有能感、成就感 を得 る ことが で きる ところに 「足場作 り」 の教育 的価値 を兄 いだす ことがで きる。 ただ、それ は、

熟達者である教 師か ら学習者への一方的な援助 だけではない。共 に課題解決 に向かい、

時 には学習者 と同 じ立場 に立 って、一読者 として学習 を進めることで、子 どもの能力が 最大 限 に発揮 されその援助 の効果 も期待 されるのである。では、読書 にお ける「交流」と い うことを念頭 に置 いた場合、学習者相互 間においては、どの ような関係性が機能す る のであろ うか。ブルーナ‑は、チュー ターが行 う

「 t ut o血 g

」を「足場かけ」の中で最 も重要 な概念 である と指摘 している。子 どもの問題解決の際 に

「 t ut or i ng

」が どの ような効果や影 響 を及ぼすかについて、ブルーナ一による指摘 を今井 は以下の ように述べ ている

。*2

0 「 t ut or i ng

」は子 どもに見通 しのきかない不透明な課題であったとしても子 どもに解決策 を認知できるような作用を果たす。 と同時に後で子 どもたちだけでやれるような仕方で 問題 を組み立てなおすことが出来る。そ して最初はできなかったことが

「 t ut or i ng

」が進 むことで習熟 し子 ども自身の意識的なコントロールで課題を解決できるようになる。

○不透明な課題の構造を捜す子 どもの振る舞いはしばしばチューターに支援 を要求するが 同時にそれはチューター子 ども課題をつなぐ活性剤 としての役割 を果たす。結果それは 私たちが報告する足場かけの特徴のうちの一つといえる。

peercol l a bor a t i on

に代 表 される ように、対 ・教 師で はない、水平 的相互作用 を学習 者相互 に期待す るには、チュー ター とな り得 る レベルの異 なる者 同士 の協 同的 な活動 を意図的 に仕組 む必要がある といえるだろう。英語圏における リーデ ィング ・グルー プにおいて も著 しく異 なる レベ ルの学習者 を構成 しているわけではない。協 同的な学 習が行 われる と伝 え られているフィンラ ン ドで も、 リーデ ィング ・グループは理解能

*1 佐藤公 治 ( 1 996)

認知心理学からみた読みの世界J北大路書房

p. 87

* 2 今井康晴 ( 2008) 既 出

‑1 41 ‑

(9)

力別 の区分 によって構成 されてい る。

読 みの深化 を狙 った学習 において も、情報伝達 ・交換 しか出来 ない交流 のあ りよう をみて失望す ることが多 い筆者 には、 グループの中にチ ュー ター としての役割 を果 た す ことがで きる学習者が含 まれていた らと思 うことが多 々あるのが現状 である。今井 は、次 の ように

t ut or i ng

の価値 を意味づ けている。

足場かけ」は、これまで子 どもが独力で物事 を習熟すると思われていた発達感の転 換 を示す概念であると共に

、t u t or i ng

によって意識的にで きるようになった高次の能力や 技能をチューターが ら引 き継 ぐことで 「意識の貸与」 を可能にするものであった。

6.

読書教育 にお ける展望

教 師が学習活動 を指導 してい る教室 において 「足場作 り」 は、極 めて当た り前 の こ とともいえる。 甲斐雄一郎 は、大村 は ま実践 における 「読書共同体」作 りを レイブ&

ウェ ンガ‑の示 した ように 「十全 的参加」へ と移行 させ てい く過程 では、大村 はまの 十分 な 「学習のてび き」が機能 してい ることを指摘 している

。*1

大村 は まの「読書生活指導」と言 われ る一連 の読書教育 においては、まさに教 師が熟 達者 と して先導 しつつ も、学習者 自身 に よる 自立 的 な活動へ と展 開 してい く。本来 、 書行為 その ものは、個 人の噂好性 や志 向性 によって展 開す る ものであるだけに、教室 と い う空 間 をどの ような読書 コ ミニ ュテ ィー として構成す るか は、教 師 にかか っている。

藤 岡完治 は教 師の多面的役割 として七つの役割 をあげてい る。

① イ ンス トラクター としての教 師 ② 学習環境 のデザ イナー としての教 師 ③ 学習 メデ ィア としての教 師 ④ モデル と しての教 師 ⑤ 学習のプロ ンプター と しての教 師 (むカウンセ ラー としての教 師 ⑦ 対話者 としての教 師

こう した教 師の多機 能性 を理解 しつつ、省 察的、反省 的実践家 としての教 師のあ り ように期待 したい。学 習者一 人一人 の 「タク ト

」*2

を とらえ、見極 め なが ら 「参入

す ることによって学習 を構成す ることが求め られ る。

そ こで筆者 は教室での学習 を以下の ように構成す ることが必要だ と考 えてい る。

*l 甲斐雄一郎 ( 2 0 08 ) 「 r

読書共同体』作りの過程における手引きの機能」桑原隆編 r新しい時代の リテラシー教育J東洋館出版

p p. 2 2 2 ‑ 2 3 3

* 2

滞俊 太郎 ( 2 0 0 8 )

前掲書 フアースの示した概念 「社会的な場面における機能的な要因となる にふさわしい言語使用型式を決める複雑な手続き

」p. 3 4

有津はこのフアースのタクトを学習者 の内側からのものと捉え、学習者自身が作り出す学習の方向性の決定につながるものとしている。

(10)

特 にも今後の読書教育 に関 しては、 フィンラン ドがかつて行 った 「ルク ・ス ミオ : 読解力向上 プロジェク ト」 と同様 に課題点を指摘することがで きる。それは、各教科

を貫 く読書力のカリキュラムにおける実現 と家庭 ・地域 との連携である。

①すべての教科 を通 じて、読解力、特 に演樺的 ・批判的読解力の改善

②様 々なジャンルの文章 を書いた り、すべての教科 において書 くことの学びの推進

③学校内外での読書量の増大

(彰学校図書館の整備 と地域図書館 との連携の増大

⑤読解力 ・文章力 を支援することを目的 とした学校一家庭間の連携強化 また本研究 における今後の課題 としては、以下の点をあげる。

○読書 カリキュラムを創造するときの原理的考究

○有津論の タク トが具体的にどの ように機能するかについての実践面での検証

○大村 はまの 「読書生活指導」など読書教育に関する先行実践 における 「足場つ くり

の検証 とその方法論の探究

*有滞先生 には、修士、博士 と5年 に渡 ってお世話 にな りました

長い間、本当にお 疲れ様で した。博士課程の3年間は特 にも1期生 ということもあ り、 まさにお互いの 試行錯誤の中、ご指導 をいただ きました。今、こうしてあるの も先生のおかげです。

先生 と目指 した 「教育実践学国語」の具体化のため、今後 も精進 したい と思います。

先生のこれか らの益 々のご活躍 とご健康 をお祈 りした します。

‑1 3 9‑

参照

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仏像に対する知識は、これまでの学校教育では必

○本時のねらい これまでの学習を基に、ユニットテーマについて話し合い、自分の考えをまとめる 学習活動 時間 主な発問、予想される生徒の姿

実習と共に教材教具論のような実践的分野の重要性は高い。教材開発という実践的な形で、教員養

目標を、子どもと教師のオリエンテーションでいくつかの文節に分け」、学習課題としている。例

 学部生の頃、教育実習で当時東京で唯一手話を幼児期から用いていたろう学校に配

 学部生の頃、教育実習で当時東京で唯一手話を幼児期から用いていたろう学校に配

 筆記試験は与えられた課題に対して、時間 内に回答 しなければなりません。時間内に答 え を出すことは働 くことと 同様です。 だから分からな い問題は後回しでもいいので

大村 その場合に、なぜ成り立たなくなったのか ということ、つまりあの図式でいうと基本的には S1 という 場