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渡 邊 二 味 子

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Academic year: 2021

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(1)

﹁卒論提出﹂以後 れねばならなかったのだ︒そしてたくさんの人は別れ

た︒

渡邊二味子

 私が中国を旅したのは今から二年前︑昭和五十七年の夏で

あった︒二十泊二十一日間の行程の訪中団は︑当時まだめず

らしい︑十七人中十二人が女性︵それも大半が淑徳生あるい

は卒業生︶という構成であった︒

 大阪から日本航空793便で出発し︑上海に着いたとき︑

出迎えの人々は滑走路の向こうから自転車に乗ってやって来

た︒この歓迎を皮切りに︑洛陽・西安を通り︑敦煙では莫高

窟を見学したり鳴沙山の砂に埋もれながら︑なおウルムチ・

トルファンまでまさに東方への旅であった︒

 それまで︑地図帳でしかながめることのできなかった黄河

の水の色を確かめた私は︑ようやく﹁中国﹂を実感したので

ある︒

初めて濡水の岸に立って︑立ち去り難き思いを持つ︒濡

陵原上離別多しと︑長安の詩人が詠ったところだ︒確か

に再び相会うことなき別れは︑このような平原のまった

だ中︑何本かの楊柳を置いたひとすじの川の畔りで行わ  井上靖の﹁シルクロード詩集﹂にある﹁濯水﹂という詩の 冒頭部分である︒この詩集を見つけたのは︑私が中国からも どってすぐであった︒収められている作品のいくつかは︑以 前読んだことのあるものもあった︒カラー写真とあわせて︑ 私の中国思慕がそのままそこにある︒彼のあこがれの地に︑ 私も同じようにこの足で立って来た︑そうだ︑この風景の中 に私がいたという詰まる思いがひたひたと胸に染みて来る︒ 頁を開くたびに︑私は二年前の一枚の絵の中にもどって行け

るのだ︒

 現在︑この﹁シルクロード詩集﹂は私の最も大切な一冊の 本になっている︒と同時に私は初めて見た中国のことを詩う のを︑とりあえず放棄せざるを得なかった︒  短大生時代︑卒論を書くにあたって︑まずどの時代︑どの 作家を選ぶかずいぶん迷ったものだった︒時間にゆとりさえ あれば︑じっくり取り組める古典︑元禄文学あたりの研究を してもおもしろいとは考えていた︒  しかし︑論文に費やすことのできる期間はわずか一年余り しかない︒短時間内で︑何かまとまったものを書こうとする と︑必然的にすでにそれまである程度予備知識のある作家・ 作品に限る︑と私は単純に判断した︒自分の本棚をあらため

て見直したとき︑最も数多かったのが﹁井上靖﹂に関連する

355

(2)

本だったのである︒

 こんな動機で︑私は﹁井上靖﹂と少し深くつきあうように

なった︒あるとき﹁青年の頃から夢見ていた中国という国

を︑六十の年になってようやくこの目で見る機会を得た﹂と

いうような︑長年の念願がかなった感激を吐露している井上

靖の文章を読んだ︒その思い入れようが︑なまじっかなもの

でないことは彼の作品からも一目瞭然である︒

 私は彼のおびただしい数の作品を四つの群に分類している

が︑中でも︑西域物を書くときの作者は︑ほとばしるエネル

ギーをおさえきれない︑といった感じなのである︒ ﹁本覚坊

遺文﹂ ﹁猟銃﹂等の作品にみられる︑いわゆる﹁おりて﹂し

まった人物を描く︑井上靖の﹁静﹂の部分に対し︑これらの

作品群に描かれる人々は﹁動﹂を受け持っているといってよ

い︒正反対な人物を描きながら︑その奥底に流れる共通の不

動の強さが︑私は大好きなのである︒

 卒業後は︑自由な気持ちで︑なんのこだわりもなく︑これ

らの作品を読むことができるようになった︒したがって︑私

にとって﹁卒論を書く﹂きっかけで︑少なくともこの十年間

﹁井上靖﹂という作家への興味と︑彼がつづってきた数々の

﹁中国﹂という国やその歴史が辿︑ているさまざまなものへ

の関心を持ち続けているのだ︒そしてこれからもずっと︑こ

れらと関わりながら︑私は生きて行くつもりだ︒ 私の場合もまた例外ではなかった︒今も平原を遠く秦嶺 の彼方に去って行く人の姿が瞼に残っている︒Kも︑S も︑Mも︑いつどこで別れたか判らなかったが︑それぞ れ︑ここ濡岸の楊柳の下で︑お互いに手を握り︑手をは なしたに違いなかったのだ︒そして再び相会うこともな く︑今日に到っている︒Rも︑Nも︑Tも︑それからA も︑Kも︑Yも︑ああ︑なんとわが人生に於ても離別多 きことか︒濡水は己が企らみを匿し︑鉛を含んで︑どん よりと重く流れている︒

 少しずつ離別するものの方が増すことを覚悟しながら︑だ

からこそ学生時代での出会いを︑私は大切にあたためなけれ

ばならない︒

       ︵わたなべ・ふみこ/昭50・3卒︶

356

﹁濡水﹂は次のように続く︒

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○安井会長 ありがとうございました。.

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