今後の沿岸域管理システムに関する社会経済学的研 究
著者 敷田 麻実
著者別名 Shikida, Asami
雑誌名 金沢大学大学院社会環境科学研究科博士論文要旨
巻 平成08年度6月
ページ 7‑10
発行年 1996‑06‑01
URL http://hdl.handle.net/2297/4655
名敷田麻実
氏本籍 学位の種類 学位記番号 学位授与の日付 学位授与の要件 学位授与の題目
石川県 博士(学術)
博甲第2号 平成8年3月25日
課程博士(学位規則第4条第1項)
今後の沿岸域管理システムに関する社会経済学的研究
(Asocio-economicstudyofpossiblecoastalzonemanage mentanditsinstitutionalevaluation.)
委員長平舘道子
委員玉井龍象,後藤則行
論文審査委員
学位論文要旨
沿岸域管理は比較的新しい研究分野であり,日本国内ではまだ沿岸域管理学として体系づけられて いない。そのため例えば生態学や海洋学,土木工学などのアプローチでは,沿岸域を総合的に扱うよ
り分析的に扱い,各分野の理論体系の中で沿岸域管理は理解されてきた。
しかし沿岸域を利用する利用者は,学問分野や沿岸域の境界線を理解して利用しているのではない。
むしろ,沿岸域という統合された空間や生態系を,横|新的にまた自由に利用している。そこで本研究 では沿岸域を総合空間と捉え,その空間を利用者が有効に利用するための検討を目的にした。そして 既存の学問分野では捉えられなかった沿岸域の総合的管理を,利用の社会経済学的分析を通して明ら かにすることを試みた。また本研究では,沿岸域の自然環境の保全と利用のバランスを取りながら,
沿岸域の環境や資源を持続的に利用するために有効な管理制度を検討した。
第2章では,沿岸域の定義や現在の問題点を整理し,沿岸域管理の問題領域を明確にした。沿岸域 は陸域と海域という性質の異なる地域を含む空間である。歴史的には,陸域に近い浅海,特に内湾部。
閉鎖'性水域で沿岸域の利用が早くから進み,国内の浅海域の50%以上はすでに何らかの形で利用され ている。特に日本国内では高度経済成長期に,工業用地の確保が沿岸域の埋立によって行われ,沿岸 域は陸域の土地需要や土地政策の影響を受けた。中でも埋立が沿岸域の改変の最大の原因であり,都 市部を中心に戦後急激に進んだことを明らかにした.沿岸域に関係する法律や制度は産業的利用を念 頭に置き,沿岸域を空間的に分割し,沿岸域の環境について特別に配慮していない。特に公有水面埋 立法は,陸域の過度な土地需要の影響を受け,埋立を促進する役割を積極的に果たしてきた。そして 環境アセスメントが不十分なことや,行政自身が埋立の実施者になる場合が多いなど,コントロール システムが機能していない。
また最近の沿岸域では,埋立や港湾立地などの産業的利用より,観光や海洋'性レクリエーションな どの非産業的利用の拡大が顕著である。特に都市部では,自然破壊や海岸線の人工化にもかかわらず,
依然として沿岸域での海洋性レクリエーションや観光に対する需要が大きい。今後も国民生活の余暇 の増加と余暇関連産業による需要創出により,非産業的沿岸域の利用の需要が伸びると予想されるが,
非産業的利用は産業的利用に比べて,個々の影響は小さいが累積すると大きな影響を与えるので,放
置すれば産業的利用で改変された沿岸域の環境をさらに破壊すると考えられる。本研究では沿岸域の
産業的利用から非産業的利用への移行,また非産業的利用の管理が沿岸域管理の重要な部分を占め始 めていることを明らかにした。
一方で地方の沿岸域では,産業的利用の進行と不特定多数による非産業的利用の拡大が同時に進行 している。そこでは,自然環境の保全と共に,沿岸域の産業的利用との共存や,伝統的利用方法と新 しい利用方法の共存が,現在求められている政策である。今後の沿岸域管理は,都市部の沿岸域の管 理もさることながら,自然環境がまだ残されている地方の沿岸域を保全しながら,持続的に利用する
ことに注目する必要がある。
こうした問題に,国の沿岸域の法律や制度以外で対応する入浜権の設定や漁業権の解釈拡大,海浜 管理条例の制定の対処案も生まれた。しかし入浜権は今日に至るまで日本の法体系の中では認められ ていない。現状では,入浜権や環境権は,道徳的権利としての確立がより現実的である。漁業は海域 の自然の生産力を利用しており,その利用に伴う資源維持の義務も発生するが,海域の環境保全や生 態系の保護に対する義務は漁業権に付随しない。また漁業権は中央集権的「与えられた権利」であり,
実際にコントロールを受けてきたので,住民参加主体の地域的沿岸管理に漁業権は向いていない。
ところで都市部では,ウォーターフロントの再開発として沿岸域を見直す動きが始まっている。し かし,ひとたび失われた自然の回復は難しい。そのため沿岸域へのアクセスが制限されている都市部 から自然環境の残る非都市部に利用者が多く来訪する。本研究では,これを不特定多数の利用として 位置づけ,沿岸域管理の際に,特定少人数の利用と区別して議論した。今後の沿岸域管理は,都市の 沿岸域の管理もさることながら,自然環境が残されている非都市部の沿岸域に残された自然を,保全
しながら持続的に利用する必要がある。
第3章では,日本国内での今後の沿岸域管理システムのあり方について検討した。これまでの国内 の沿岸域管理は,都市部のウォーターフロントの議論が中心で,非都市部の沿岸域管理の総合的研究 はほとんどなされてこなかった。そこで沿岸域の利用や利用者の実態を考察し,非都市部の沿岸域管 理システムについて,具体的な提案を示した。本研究では,都道府県レベルの広域的沿岸域管理と,
コミュニティー単位の狭域の沿岸域管理の2階層の沿岸域管理が必要であることを理論的に解明した。
また今後の沿岸域管理は,都市の沿岸域管理の方法論である市町村管理主体論ではなく,独立した管 理主体を沿岸域に設置し管理を一元的,横断的に扱う沿岸域管理が必要である。
現在までの沿岸域管理の分析アプローチは,社会的費用論や外部不経済論が中心であり,社会的費 用の発生の防止,外部不経済回避が主題であった。しかしこのような外部性の議論だけでは,現在の 沿岸域の管理は実現できない。特に不特定多数が非産業的に沿岸域を利用する状況では,それぞれの 参加者の社会的費用の発生がわずかで,認識されることが少ないため,社会的費用論だけの接近では 不十分である。そこで本研究では,沿岸域の環境の価値を積極的に評価し,また沿岸域利用の便益を 推定して,それを基に管理のコスト負担を求めるアプローチを考察した。
第4章では,沿岸域の価値の積極的評価の基礎となる環境の価値と便益の推定について議論した。
また不特定多数の利用の問題解決には,保全すべき自然環境を包含する沿岸域と,不特定多数に開放 してもよい沿岸域を区分し,保全すべき自然の利用は特定少人数のエコツーリズムによる利用への移 行を図るなど,ゾーニングを基本とした沿岸域管理システムの有効性を明らかにした。
第5章では,先に議論した沿岸域の環境の積極的評価,利用の便益推定を実証するケーススタディー として,石川県輪島市沖合の舳倉島におけるバードウオッチングの分析を試みた。その結果,バード ウォッチングの消費者余剰を,旅行費用法(TCM)を用いて最大1,442万円と推定した。また疑似市 場法(CVM)では約4,300万円の経済的価値が推定された。また,得られた需要曲線と現地調査の結 果から,来島人数制限のために料金を設定しても,ほかの要因の影響を受け効果が少ないことを論証 した。マイナスインセンテイブとしての料金の賦課より,地域外からの利用者の沿岸域管理の費用負 担や,地元の環境維持のための経済的移転の可能性が示唆された。
第6章では,沿岸域管理の先進例として評価されているオーストラリアのグレートバリアリーフ海
目
沿岸域管理の枠組み
沿岸域管理の対象 対象地域,対象者 管理の方針 管理の手法
特定の利用 狭域 私的所有権。財産権。ほかの既得 住民参加の制度化
地域住民主体 権の制限 公園管理手法の利用
実質的環境権の確立 (現場管理)
住民参加による意志決定 仮処分の導入
不特定多数の利用 広域 新たな管理主体の設置 経済的手段の利用 非地域住民主体 最適利用を図るシステム設定
ゾーニング特定少人数利用への移行促進 エコツーリズム (利用形態の変更)
公園管理手法の応用 関係者参加
中公園管理局(GBRMPA)の発展過程や組織。制度を研究した。そして一元的管理を行う管理主体 は,管理する海域に本部を持つ独立した組織であり,財政的独立と計画樹立に専念することで管理が 実現することを実証した。
GBRMPAとカリフォルニア州の沿岸域管理はいずれも質の高い沿岸域管理を住民運動が支えてい る。沿岸域管理における住民参加と沿岸域管理の成立の間の因果関係を分析した。
以上,本研究は沿岸域管理の現状と最近の動向を社会経済学的に分析し,こうした沿岸域の問題を 解決する日本国内の沿岸域管理あり方とその構造について解明することで,沿岸域の総合的管理とそ の管理主体の要件を明らかにした。また広域とコミュニティーレベルの狭域の2段階の管理方式や,
不特定多数の利用の管理を始め,沿岸域利用の社会経済学的分析を基に管理する手法の必要性が高い ことや,社会的費用論や外部不経済論だけではなく,沿岸域の環境の価値や便益を積極的に評価する 沿岸域管理のアプローチの可能性を示した。
Aibstract
Thecoastalzoneisthemterfacebetweenthelandandtheseaanditsimportancecannot beunderestimatedeitherecologicallyoreconomically・However,thecoastalzoneinJapan isbeingdestroyedbycoastaldevelopmentsandtheincreasingpressuresofnon-industrial utilizationofthiszone,mostlyrecreationaluse,ishavinganadverseimpactThelackof comprehensivecoastalmanagementalsocausesseriousconflictamongstusergroups・Despite this,onlyafewstudieshavesofarbeenmadeofcoastalzonemanagementinJapan Furthermore,littleattentionhasbeenglventointegratedmanagementinthelocalregion Thepurposeofthestudyistoproposeaviewofcoastalzonemanagementandpresent itsinstitutionalevaluationforsustainableuse・Thefindingsofthestudyshowthatthe establishmentofanauthoritytoprovideintegratedcoastalzonemanagementisnecessary inJapanltisalsoproposedthatthemanagementshouldbecarriedoutattwodifferent levels,atthecommunitylevelandattheprefectureleveLtokeepabalancebetweenlocal
userandnon-localusers・
Asocio-economicstudysuchastheevaluationofthebenefitsfromthecoastalzoneis
沿岸域管理の対象 対象地域,対象者 管理の方針 管理の手法
特定の利用 狭域
地域住民主体
私的所有権・財産権・ほかの既得 権の制限
実質的環境権の確立 住民参加による意志決定
住民参加の制度化 公園管理手法の利用
(現場管理)
仮処分の導入
不特定多数の利用 広域
非地域住民主体
新たな管理主体の設置 最適利用を図るシステム設定 特定少人数利用への移行促進
経済的手段の利用 ゾーニング エコツーリズム
(利用形態の変更)
公園管理手法の応用
関係者参加
stronglyrecommendedtoallocatethecostofsuchmanagement・Todemonstratethis,a casestudyonbirdervisitationsatHigurajimawascarriedoutTheresultsshowthat consumersurplusisapproximatelyl4,420,000yenperyear.
学位論文の審査結果の要旨
本論文は沿岸域管理システムに関する体系的な研究を試みたものであり,わが国にはまだこのよう な体系的研究は少なく,パイオニア的な研究と位置づけられる。敷田氏は社会環境の重要な一部であ る沿岸域の利用と管理について,その歴史的経緯と現況との綿密な吟味を踏まえつつ,析出した諸問 題を社会科学の視点から考察し,望ましい沿岸域管理システムについて政策的提言にまで踏み込んだ 体系化を試みており,高く評価できる。
所有権が不明確であり,経済学的には共有財としての’性格を有する沿岸域の利用をめぐり,既存の 諸法による権利関係,管理省庁の権限や政策等に由来する摩擦,地元と非地元との拮抗関係,市場メ カニズムを中心とする経済学的アプローチの問題点と限界の指摘など,内外の多大な文献の検討に基 づく広範な視点からの議論はきわめて説得的に展開されている。
従来この分野の研究では外部不経済の発生を協調した現状の批判的議論に終始するものが多いのに たいして,敷田氏の基本的発送は,自然の保全とバランスのとれた持続的利用という点にあり,沿岸 域利用のコストと共にその価値を評価し,望ましい管理につなげようと試み,これが本論文の基本的 特徴となっている。その具体例として舳倉島におけるバードウオッチャーをとり上げ,消費者効用の 観点から環境の経済的価値の評価を行った。消費者効用の客観的推定はまだ方法論的に確立されてお らず,推定結果については問題もあるが,実証的迫力に富んでおり,こうした試みは環境価値の評価 による実体的な費用対便益分析の適用の可能性と方向性を模索したものとして評価できよう。
またグレートバリアリーフの管理に関する研究は国際的経験から学んで,将来の日本の沿岸域管理 のあり方を考察するというグローバルな視覚が示されており,スケールの大きさを感じさせる。
このような考察を踏まえて,敷田氏は日本の沿岸域に関する広域と狭域の二重の管理システムを提 案しており,これは説得力に富んだ提言となっている。
敷田氏は既に日本沿岸域学会会誌(レフェリーつき)に論文を発表しており,本研究科における研 鑛を通じて研究者としての実力を有するに至ったと判断される。
以上のような評価に基づき,本研究科の博士申請論文として十分高い評価が可能であると判断する 次第である。
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