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疑問表現について : 院政期から室町期まで

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(1)

疑問表現について : 院政期から室町期まで

著者 清水 登

雑誌名 長野県短期大学紀要

巻 49

ページ 183‑194

発行年 1994‑12

URL http://id.nii.ac.jp/1118/00000385/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

長野県短期大学紀要 第49号183−194貢1994年12月

疑問表現について

Ⅰ院政期から室町期まで ー

疑問表現の本質について阪倉鴬義民は次のように分析されて

︵ 1 ︶

い る

疑問表現には︑その名のごとく︑大きく分けて﹁疑い﹂の表

現と︑﹁問い﹂ の表現とがある︒﹁疑いの表現﹂というのは︑あ

る一つの懸案について結論を出しかねて︑内心であれかこれか

と思い迷うというかたちの表現である︒いわば自分に答えを求

めているものである︒これに対して﹁問いの表現﹂は︑そうい

う内容を相手目当てに表明して︑その解答を求めようとする表

現である︒したがって︑後者は当然︑﹁ことば﹂というかたち

︵あるいはこれに代る記号︶をもって相手に向って表出される

けれども︑前者は︑話し手自身の内で︑自らに向って語りかけ

るのであって︑﹁独言﹂ の形をとることもあるが︑いわゆる︑

聴覚的な﹁ことば﹂ のかたちで表明されるには至らないことが

多い︒それをあえて文字にした場合︑たとえば和歌や日記文な

どにおいては︑それが直境に読み手を目指すもの ︵問い︶ であ

るのか︑ないしは独語的なもの ︵疑い︶ であるのかを︑厳密転

は区別できない場合も多いことを東知しておかなくてはならな

い︒さらにまた︑このことと関連して考えられるものに︑﹁反

語﹂というものがある︒一つの懸案に対する正の解答を︑話し

手自身としてほすでに内心に用意しながら︑表現的には︑いち おうこれに反対する負の内容の問いかけを行うかたちをとり︑

当然返ってくるはずの︑それに対する負の解答を予期すること によって︑反転して自らの解答の正当さを強調しょうとするも

のである︒その効果は︑﹁問い﹂ の場合に最も発揮されるので

あるが︑﹁疑い﹂ の場合には︑これが︑いわゆる自問自答のか

たちで行われることになる︒

また︑山口尭ll氏は︑右のような疑問表現がもつ本質をもとに

︵ 2 ︶

次のような分類法を提案されている︒

典型的な疑問表現には﹁疑い﹂ の表現と﹁問い﹂ の表現とが

l応区別できるが︑いわゆる﹁問い﹂ の表現においても︑話手

みずからその内面の疑念の解消をめざして︑何らかの解答案を

提示しなければならなかった︵第一章三︶︒典型的な疑問表現

がみずから解答案を提示するという形で成立するからこそ︑そ の解答案の性格をずらすことによって主体の情意の訴えに重点 着〒380 長野市三輪八・四九Ⅰ七 長野県短期大学

(3)

清水 登

184

をおく詠嘆性の表現や︑みずからその実を否定して一つの判断

を確言・主張する反語性の表現も可能なのである︒また︑疑念

の解消は不問に付して︑疑問文と共通の形式を平叙文などの文

中の不確定成分に利用できるのも︑典型的な疑問文自体がそこ

に解答案をふくむ︑その判断性において︑平叙文などとの共通

性を本来的にそなえているからである︒したがって︑広義の疑

問表現やその関連領域の全体に通用しうる方式を区別する視点

は︑他者に何を要求するかではなく︑話手自身がどういう形で 解答案︑ないしは︑その性格をずらせた案を提示するかにおか

なくてはならない︒

結論を先に示せば︑私はそういう視点から︑広義の疑問表現

︵および︑それと形式の共通性を有する不確定成分︶ の方式を

次のような二類三種として担えることにしたい︒

∽不定方式⁝⁝Ⅲ不定方式

H 特定方式⁝・

用単独方式

﹁不定方式﹂については︑﹁話手がどうしてもはっきりした具体

的な解答案を示せない場合に採らざるを得なくなるのが︑疑問詞

︵ 3 ︶

を用いる方式﹂とされ︑宮地裕氏の示された﹁説明要求の疑問﹂

に該当すると︑山口民によってその概要が示されている︒﹁特定

方式﹂についても︑﹁話手がある範囲まで具体的な解答案を提示

できる場合は︑特定の具体的な解答案を提示して疑念の解消をは

︵ 4 ︶

かる方式﹂とされ︑本方式においては疑問助詞が重要な標識とな

るとされているのである︒特定方式のなかでも︑特定の解答案を

二つ以上並列させる方式と︑特定の解答案を一つだけ単独に提示

する方式とが存し︑それらを並列方式︑単独方式とに区分されて

いるのである︒山口氏によると︑前者は阪倉篇義民の示された

﹁選択要求の疑問﹂に︑後者は宮地裕氏の示された﹁判定要求の

疑問﹂に該当するとしておられる︒

以上のような山口氏によって提案された疑問表現における形式

上の区分︵﹁不定方式﹂・﹁特定方式﹂︶ にしたがい︑院政期から室

町期までの疑問表現のあり方について概観することにする︒

一今昔物語集における疑問表現

﹃今昔物語集﹄ における疑問表現について山口氏によって提案

された分類法︵﹁不定方式﹂・﹁特定方式﹂︶ にしたがい︑分析・整

理した結果が次の表Ⅰ︑H︑Hである︒表Ⅰ︑H︑Ⅲは ﹃今昔物

語集﹄ における疑問表現がどのような場面において出現している

か︑およその区分として﹁会話﹂︑﹁心話﹂︑﹁地の文﹂ の別に示し

てある︒ただし︑用例は ﹃今昔物語集﹄ の﹁本朝仏法部﹂︵巻十

一〜巻二十︶と﹁本朝世俗部﹂︵巻二十二〜巻三十l︶ のみとし︑

和歌における疑問表現は除いてある︒

表Ⅰ︑H︑Ⅲの示す結果より判断されることは大略次のような

不定方式について

①﹁不定方式 − ゾ﹂ の多くは会話部において認められる︒

② ﹁不定方式−−−ヤ﹂︑﹁不定方式 − カ﹂はともに少なく︑

具体的な用例は次の通りである︒

﹁我レ弓箭ノ道二足レリ︒今ノ世ニハ討勝ヲ以テ君トス︒何

ヲ悍ラムヤ﹂ト云テ︑       ︵二十五・こ

﹃其ノ尊ハ我レニ可挑キ事カハ︒何事二付テモ手向へシテム

ヤ︒穴糸惜﹄トナム云﹂ト良文二告グ︒  ︵二十五・三︶

男ノ云ク︑﹁近クハ水不侯ハズ︒但シ︑何ナル事ノ侯カ﹂ト︒

(4)

185

表Ⅰ今昔物語集の疑問表現(会話)

疑問表現について

表 現 形 式 巻 儻8 . ̲ク 劔劔劔劔剴チ定方式 

l 0 唯 5メ l ヤ () 鳴ソ Ⅰ ロ  ツ4「 5メ l ヲ D 鳴ソ l ヤ D  ツ 4「Ⅰ 鳴" 「 uBl 鳴カ 1 ゾ ○  「5メ 8B8B カ ′ヽ ′ ̄■ヽ 有 ラ ム ) 0  B B I$イ 1 ヤ 0 刄J ( 有 ラ ム ヽ、_ノ ⊂I  ツ ツ 4「B H Tツ 1 ソ く〉 鳴「 刄 ′一 ̄ヽ 有 ラ ム ) 0  BⅠ ヽナ 鳴 8B" uB B カ ノヽ l 0  「 1 カ ○  " tツ 8 8B Ⅰ 鳴 ヤ Ⅰ ○  「 uB

11 12 本 13 朝14 仏15 法16 17 部 19 20  26       途          

7          14  1    1    5     迭  

4  r     1    3         迭 2  1     

6      4    18         澱 5     途  

3     途 1    7       釘 1  8       

14 鼎b    迭 2    21    1      B 8  1     

11  R         10      1    4       

10 鼎     1  1  19          b 7  2     

10 鼎   1  5    11      1    R 2     途  

22 23 本24 朝25 26 世 27 俗28 部29 30 31         釘              

4  "     1    4      2    3     迭  

11      1    13  1       唐 3  1     

8 途 2        7      3  1 釘  釘  

29 鼎"       1  12      4    11  3  1 湯 1 

22  r         12         湯 9  1     

23 鼎"     1    11          R 8     途  

17  "     1    13      1 釘   " 5     途  

8  "     1    7      1    3  1     

8  r   1  2    8  1    2   迭 1       

(5)

清水 登

表Ⅱ 今昔物語集の疑問表現(心話)

表■ 現 形 式 巻 儻8 . ̲ク 劔劔劔剴チ定方式 

t ⊂〉  ソ 1 5メ l 鳴ソ Ⅰ l 鳴 Bカ Ⅰ Ⅰ  5ツ Ⅰ カ /ヽ 刄l ゾ B 6リl 鳴" 8Bヤ ラ 劍8Bt カ 鳴ヤ Ⅰ  l 鳴B "Ⅰ カ 】 B 】  " カ 

○  メ ゾ 8  B カ 亭 フ ム ) ⊂〉  ゾ 0 鳴 0 冲r 8 8 「 *リ," l D  B ト ′ ̄■ヽ 有 ラ ム ) 0  ( 有 ラ ム ) ○  ト Ⅰ 【)  t O  ネ ネ " tツ 8 8

11 12 本 13 朝14 仏15 法16 17 部 19 20                     

         湯      

            3 釘  

3 迭                  

               

12 迭 1    4  2     迭   7 唐 5  1   

               

8      5  4  2    2   5 湯 8     

11      2  1     迭   3  2     

22 23 本24 朝25 26 世 27 俗28 部29 30 31                 

           澱    

         唐    

             

13 途     1       唐   5 澱 7    1 

8 迭          澱   7 澱    

11 迭         2   唐  迭 1 釘 7     

10 途     3  1      2 1  1 湯 4     

        4 迭   R

14      3  1     途   1 途 3     

186

(6)

疑問表現について

表Ⅲ 今昔物語集の疑問表現(地の文)

表 現 形 式 巻 儻8 . ̲ク 劔劔 .雲ク

1 0 ソ l ○  B ツB )輦カ l P  「 uB 8BⅠ 鳴 イ カ /ヽ l q  BB l 鳴 5メ 8B" tツ 9( 8 H tツ 8 8H唏,b$「1 ヤ ○ l ヤ 0 劍8B 4「 tツ 8 8Ⅰ B ヤ Ⅰ ○  B 6リ " ツt 鳴 カ ′ヽ 1 0 

11 12 本 13 朝14 仏15 法16 17 部 19 20           

     

 釘    

       

         

 釘      

     釘    

2  1      3  2  11 釘 2 

         澱

22 23 本24 朝25 26 世 27 俗28 部29 30 31            C

  2 釘    

     迭  

       

3   迭   1  2    10  2 

1        3  2  14  2 

       

     

         

4        1  3  15  2 

187

﹁何主ノ坐スルカ﹂ 上方フ︒       ︵二十九・十二︶

③ ﹁不定方式 − ヲ﹂が少数ながら次のように認められる︒

侯ヒト侯7人︑﹁此ハ何ナル事ヲ﹂土石ヒ哩ケルこ︑

﹁アラ己ハ年来許此テ二人臥クリケルヲ︒此テハ︑何デロ浄

クハ云ケルヲ﹂ ナド︑       ︵三十l・十︶

﹁不定方式1−−ヤ﹂︑﹁不定方式1−1カ﹂︑﹁不定方式1−1ヲ﹂

はともに会話部に出現している点で注目される︒

特定方式について

① ﹁特定方式1−1ヤ﹂は地の文︑心話部にくらべ会話部によ

り多く認められる︒

② ﹁特定方式 − カ﹂は心話部︑会話部︑地の文に共通して

認められるが︑地の文においては少数である︒地の文におい

③ ﹁特定方式1−1ニヤ︵有ラム︶﹂は会話部にくらべ心話部︑

地の文により多く出現している︒

会話部に出現する﹁特定方式 −ニヤ︵有ラム・有ケム︶﹂は次

の通りである︒

僧都ノ云ク︑﹁此ク御シケレバニヤ︑近来恋ク思工給ヒツレ

(7)

清水 萱

188

バ︑参ツル程こ︑道ニゾ使ハ値クリツル﹂ト︒︵十五二二十九︶

女ノ云ク︑﹁知り奉ラセ可給キ人ノ御共人ニヤ﹂ト︒

︵ 十六 ・ 七 ︶

﹁不知ヤ︒実ニヤ有ラム︑﹃明日ノ夕方︑此二可釆シ﹄ トゾ聞

ク︒共二有ル者︑此二留タル者ノ︑取り加テ七八十人許ゾ有

シ﹂ト云へバ︑      ︵十六・七︶

此ノ清水二詣ゾル女人ヲ呼テ云ク︑﹁極テ貴ク日夜二参り行

キ給カナ︒知タル人モ不御ニヤ﹂ト︒     ︵十六・九︶

聖人音ヲ高クシテ云ク︑﹁僧賀ヲシモ召テカク令挟メ給フハ

何ナル事ゾ︒更二不心得侍ズ︒若シ乱り磯キ物ノ大ナル事ヲ聞

シ食タルこヤ︒⁝⁝﹂土石フ音︑       ︵十九・十八︶

﹁参テ此四五日侯へドモ︑悍御前ニモ不罷出ネバ︑後ノ壷屋

ナドニ侯ニヤ﹂ト弟子ノ云ケレバ︑     ︵十九・二十三︶

聖人居寄テ猟師二云ク︑﹁近来極テ貴キ事ナム侍ル︒我レ年

来他ノ念無ク︑法花経ヲ持チ奉テ有ル験ニヤ有ラム︑・⁝⁚﹂ト︒

﹁⁚⁝・同ジ刀ノ仕ヒ様也︒散ノシタル事ニヤ︒然レド盗人卜

思様ニシタルナリ﹂ト云ヒ哩テ︑     ︵二十三・十五︶

女法師ノ云ク︑﹁己ハ誰トカ知侍ラム︒此家主ハ筑紫二罷こ

キ︒其ヲ知り給へル人ニヤ有ケム︒﹇﹈不知侍﹂ト︒

﹁⁝⁝京二上ル人ナドノ法師二取セソナド思テ︑取テ逃ニケ

ルニヤ︒穴悲シトモ悲シャ﹂上方ヒ次テ︑   ︵二十六・五︶

主ノ︑﹁我ニハ何ノ詫カソト為ルゾ︒此許怖シ気ナル水ノ面

浪ノ立タルヲ此ク云フハ︑汝ガ浪二被漂倒ヌべクテ︑香不見ニ ヤアラソ︒⁝⁝﹂ トテ︑      ︵二十六・十二︶

長ノ云ク︑﹁佐渡ノ国ニハ︑金ノ候フこヤ︒⁝⁝﹂ト︒

﹁⁝⁚・若シ人ナドノ火付ケムト思テ屋ノ上二登ラムト為ルニ

ヤ﹂︒﹁⁝⁝﹂ト二人シテ忍ヤカニ云7番こ︑ ︵二十七・十八︶

﹁此レハ若シ︑死人ノ物ナドニ成テ光ルニヤ有ラム︒亦死人

ノ所二物ノ来ルニヤ有ラム︒然ラバ此レ︑帯へテ見腐カサバ

ヤ﹂ ト云合セテ︑      ︵二十七二:十五︶

隣ノ人︑﹁其レハ極テ怪キ事ニコソ有ナレ︒宕シ盗タルニヤ

有ラム︒⁝⁝﹂ 上方ケレバ︑         ︵二十九・九︶

﹁彼レヲ見ヨ︒彼こ︑魚伺フニヤ有ラム︒猿ノ居ルゾ︒去来

行テ見ム﹂上方テ︑      ︵二十九・三十五︶

守女こ︑﹁然テ三属ニハ何也シ者ゾ︒可然キニヤ︑﹃京レこ糸

惜﹄ ト思へバ云フゾ︒不随サデ云へ﹂土石ケレバ︑︵三十・四︶

此ノ翁ノ︑札ヲ立テ︑﹃我レ所得テ物見ム﹄・トテ為タルニヤ

有ラム﹂ナド︑様々二人云繚ケルこ︑    ︵三十一・六︶

﹁陸奥ノ国ノ奥二有英ノ地二差合タルニヤ有ラム﹂ ト︑彼ノ

頼時ガ子ノ宗任法師トテ筑紫二有ル者ノ語ケルヲ聞次テ︑

l

﹁其ノ中有ノ旅ノ空ニハ︑嵐二類フ紅葉︑風二随フ尾花ナド

ノ下1石ケレバ︑      ︵三十l 二一十八︶

﹁特定方式1ニカ ︵有ラム︶﹂は次のように会話部に一例存す

﹁可申事有テ参タル也︒児ハ︑其モ国府ニカ﹂ト問へバ︑

二 俣元物語︑平治物語における疑問表現

(8)

疑問表現について

表Ⅳ 保元物語・平治物語の疑問表現

表 現 形 式 剳s 定 方 式 劔劔劔劔 .雲ク

1。 鳴 B t 鳴 4「 l カ 鳴 4「 Ⅰ カ  B 8B Ⅰ ゾ 鳴 5メ B 8B J虫 .丘.  B l 鳴 Ⅰ ヤ  B 8B Ⅰ カ  B 8B

資料名 劍5メ " ヤ 0  「 ソ くつ 鳴 「 l ゾ ロ 鳴 8B イ ′ヽ l 0  Ⅰ ゾ 0  8B *リ," ゾ ヤ 0  8 l ヤ 0  B tツ 8 8 カ 看 ラ ム ヽ、_ノ 0  B カ q  B 8b 8 8 1 0  " uB /ヽ 1 0  8

保元物語  心話 澱" 28   R    b 唐  21         2 25 3 迭 10 途 

地文      13   迭     21     

平治物語 心話 澱" 53 鼎R    6 鼎    3 迭     迭1 唐28   19   

地文                  "    

分析・整理した結果が表Ⅳである︒これについても疑問表現の出

表Ⅳの示す結果より判断されることは大略次のようなことであ

不定方式について る ︒

① ﹁不定方式 − ゾ﹂ の多くは ﹃今昔物語集﹄ と同様︑会話

部において認められる︒﹁不定方式Ⅰカー﹂ についても同様

の形が認められ︑﹁不定方式﹂に高い出現率を示す結果とな

っている︒﹁不定方式1ヤラム﹂は ﹃今昔物語集﹄ にもl

例存し︑次の通りである︒

女︑﹁此ハ何カ:為ル事ヤラム﹂ト心モ不得ネドモ︑待立テ

ル軽こ︑      ︵二十九・二十四︶

特定方式について

① ﹁特定方式Ⅰカ﹂は圧倒的な高い出現率をもって会話部

に認められることとなる︒

﹃保元物語﹄︑﹃平治物語﹄ において会話部でない場面に出現す

る﹁特定方式1−1カ﹂ の例は次の通りである︒①が地の文︑②︑

③︑⑥︑⑤が心話部におけるそれである︒

① 入管ては朝威を蔑如し︑民武しては野心を拝む︒能用意あ

るべきか︒       ︵平治・上︶

② そも京中にをかんとおもへども︑落人かとてうちやころさ

むずらん︑       ︵保元・中︶

③ 源氏の兵の追付奉るかと︑肝魂をけさせおはします︒

(9)

清水 登

190

表Ⅴ 天草版平家物語の疑問表現

表 現 形 儻8 . ̲ク 劔劔劔< .雲ク

Ⅰ く) 鳴 Ⅰ  B Ⅰ  B l ヽナ  (+r 】 ヽす  ( l ヽ中 鳴 l 鳴 l 鳴 l 鳴 l 唯

式 劔   ソ  ソ      H X R モ 

ゾ・ ○  「 イ ソ ○  B Ⅰ ゾ D 鳴 l ヤ ○ 鳴 5メ 8メ l カ 0 鳴 5メ 8B ゾ ヤ 0  「 イ ヤ 看 ラ ム ) 0  B tツ 8 8 l b  B 4「 ト Ⅰ 0  「 ャR 8 8 ノ カ Ⅰ ロ 

48  # 37 途 33  1  1  1  238 迭 1  " 1 釘 2 迭 1 

ずる者かとみるところに︑      ︵平治・中︶

⑤ ﹁⁝⁝少もおとなしければ︑今若殿はきるか︑乙若殿をは

さしころすか︑無下にをきなければ︑牛若殿をば水にいるる

か︑土にうづむか︑その時われいかにせむ︒﹂と夜もすがら

なき悲みけり︒

三 天草版平家物語におけ

る疑問表現

疑問表現について山口氏によっ

て提案された分類法︵﹁不定方

分析・整理した結果が表Ⅴであ

表Vの示す結果より判断され る ︒

ることは大略次の通りである︒

不定方式について

① ﹁不定方式﹂内部におい

ては圧倒的に﹁不定方式Ⅰ

② ﹁不定方式−カ﹂ の出現

が目立って多くなる︒﹃今

一例存するのみである︒

︵ 中 ︶

③ ﹁不定方式Ⅰカーゾ﹂は︑﹃天草版平家物語﹄においては次

のように全例︵二十例︶ともに反語の意を担当する表現形式

となっている︒

いかでかさやうの儀はござらうぞ︒

今はさのみつれなう何ごとをか得たうぞと言うて︑

今度討たれさせられた人々の北の方いづれかおろそかなこと

がござらうぞ︒

いかでか君を捨てまらせられて︑多くの一門をば滅ぼさうと

﹃平治物語﹄ には︑﹁不定形式 − カ ー ゾ﹂ の表現形式をもっ

て﹁問い﹂としての表現となっているものが一例認められる︒

﹁何か源氏の大将軍ぞ︒かう中は太宰大武清盛げんざむ︒﹂と

ぞのたまひける︒       ︵中︶

﹃天草版平家物語﹄ において﹁不定方式1−1カーーーゾ﹂が反語

を示す専用的形式として慣用されていたものと推測される︒

特定方式について

① ﹃天草版平家物語﹄ において﹁特定方式1ヤ︵有ラム︶﹂

は﹁−カクヤ﹂ のように慣用的な表現として存していたもの

漠の四陪がのがれた商山︑晋の七賢がこもった竹林の住まひ

もかくやとおぼえてあほれな︒

仙家から帰って七世の孫にあうたもかくやとおぼえてあはれ

にござった

八万の諸天に囲擁せられうもかくやとこそおぼえてござった

が ︑

たがひに意趣を争ふ修羅の開戦もかくやとこそおぼえたが︑

餓鬼道の衆生もかくやとおぼえた︒

(10)

疑問表現について

191

鎌倉期における文末の﹁や﹂について阪倉厚義民の次のような

︵ 5 ︶

こうなると﹁問い﹂ の表現は︑文末の﹁や﹂が担わざるをえ

ないことになる︒たしかに︑鎌倉時代にも︑﹁問い﹂としての

﹁Ⅰヤ︒﹂の形式が︑たとえば︑

御濠をめきげやと思食すはいかに︒叶はじゃ︑と仰有ければ

⁝⁝︵延慶本平家・二本︶

︵お湯をつかいたいとお思いだが︑どうだ︑できないだろう

致しれりや︑忘れりや︒ある聖をもつていはせし事は︒︵覚

︵お前は覚えているか︑忘れたか︒ある聖堅言わせたことを︒

大明神の託宣のことば︶

のように用いられてほいる︒︵後者は︑選択的疑問とも見られ

る︶︒しかし︑文末の﹁や﹂ の使われ方は︑多くは︑人間の在

不在を問う場合とか︑﹁や否や﹂という形とか︑あるいは︑

や︒ 尋ねて参らせなんや︒

といった反語とか︑娩曲な表現とかの場合であって︑率直な

﹁問い﹂は少なかった︒すなわち文末の﹁や﹂ にもまた︑文中

のそれと共に︑本来の︑他に向っての﹁問いかけ﹂ の語気はす

でに薄れて︑むしろ内に篭る表現の色彩を濃くするようになっ

このような鎌倉期における文末の﹁や﹂ の衰退が室町期におい

て促進され︑﹃天草版平家物語﹄ においては﹁特定方式−ヤ﹂は

また︑そのことを示すものとして︑次のような﹁不定方式1−1 ゾーヤ﹂の例が認められ︑反語を示す表現形式として慣用されていたものと思われる︒

なんぞ本をつとめずして末をとらんや︒

② ﹃天草版平家物語﹄ には﹁特定方式−モノカ﹂が︑﹃今昔物

語集﹄︑﹃保元物語﹄︑﹃平治物語﹄ には認められない新型の表

現形式として存していたのである︒

⑦ さうなう推参することがあるものか︒

⑦一度せんないものと思はれまらして︑ふたたび面を向けう

ずるものかと言うて︑

㊦ 賛衆の黒いはただしあらぬものか︒

㊤ これは.ど心がかひなうてほ︑仏道があるものか︑ならぬも

のかと心に心を恥しめて︑

右の諸例︵﹃特定方式−モノカ〇 のうち︑㊦︑⑦︑㊤の﹁仏道

があるものか﹂は反語の意を担い︑㊦︑㊤の﹁ならぬものか﹂は

﹁疑い﹂の表現を担っていることとなるが︑㊦︑⑦︑㊤の反語的

表現の場合も自問自答のかたちで行われた疑問表現とみることが

できるところから全例﹁疑い﹂ の表現を担っているものと判断さ

れ る

﹃天草版平家物語﹄ における疑問表現は︑その出現率の面から

大略﹁不定方式﹂に関しては文末の﹁ぞ﹂により︑﹁特定方式﹂

については文末の﹁か﹂によっていると判断される︒

四 反語表現について

における反語表現について分析・整理した結果が表Ⅵである︒

表現形式からすると︑﹃今昔物語集﹄︑﹃保元物語﹄︑﹃平治物語﹄

(11)

清水 畳

192

表Ⅵ 今昔物語集・保元物語・平治物語・天草版平家物語の反語表現

表 現 形 剳s 定 方 式 劔劔劔劔< .雲ク

l 【】 唯 Ⅰ  l 唯 B (5B Ⅰ  】  ‑ツ 】  Ⅰ 

式 資料名 劔劍4「 カ Ⅰ ゾ ○  カ  ソ  ソ  −− 劍 X ヤ  B カ  "

ソ ⊂〉  B 「 カ 0  " 刧T ヤ 0  " 】 ○  「 5メ l ヤ q 鳴 4「 l ヤ 0  「 tツ 8 8 " ヤ 0  「 ヤ 宥 ラ ム ) 0 唯 B ノ■ヽ ′′■■■■\ 有 ラ ム ) ○  " tツ 8 8 ノ カ 0 

今昔物語集  心話 澱" 12 2 19  B "      b   b 11 

地文 迭   12  1 唐     18    12   

保元物語  心話  "     迭                 21       湯 5 途

地文                   

平治物語  心話     " 10               B          

地文                     

天草版平家物語   鼎r   r 20         

不定方式

においてほ﹁不定方式 − カ ー ﹂が多数を占め︑﹃天草版平家

物語﹄ においては﹁不定方式1ゾ﹂が多数を占めており︑院政

期︑鎌倉期と室町期との間において表現形式の上で差異が認めら

れる︒それに︑﹁特定方式﹂においても︑﹃今昔物語集﹄︑﹃保元物

語﹄︑﹃平治物語﹄ においては﹁特定方式 − ヤハ・カハ ︵有ラ

ム︶﹂︑﹁特定方式1−1ヤ︶﹂が主要な表現形式であるのに対して︑

− モノカ﹂がそれに代わる表現形式と認められる︒

主要な表現形式を史的流れに即し図示すると次のようになる︒

1 ゾ

1

1

1 0

1 ヤ

表現形式の面からいえることは反語表現としての標識︵疑問助

詞︶ の位置が文中より文末に移行している点が注目される︒

(12)

疑問表現について

﹁特定方式 − モノカ﹂が反語的慣用表現となっていることも注

目されるのである︒

﹁不定方式﹂には疑問助詞﹁か﹂と﹁や﹂とが同時に用いられ

る例が反語の表現を中心に認められるのであるが︑室町期のF天

草版平家物語﹂ においてはその存在を確認することはできない︒

﹁不定方式−カーヤ﹂は次のようにある︒

① 木ハ此レ心無シ︒何力音ヲ出サムヤ︒ ︵今昔十二・十こ

② 聖人答テ云ク︑﹁年来ノ貧道ノ身こ︑今栄花ヲ開キ︑官爵

二預ル︑何力不善ザラムヤ﹂ト︒   ︵今昔十二・四十︶

③ ﹁⁝⁝亦︑数ノ公物私物其員有り︒何力比二留ラソヤ︒但

シ︑何ニシテカ彼ノ難ヲバ可遁﹂ト︒

④ ﹁⁚⁝・命ヲダニ存ナバ︑何デカ其ノ恩ヲ忘レ申サムヤ﹂ト

云へバ︑       ︵今昔三十一・十三︶

⑤ ﹁⁝⁝いかでかぜひをわきまへんや︒宣事のよしをしめし

給へ︒﹂と申させ給へは︑      ︵保元・上︶

⑥ ﹁いかにしてか御寿命をのびさせましますべきや︒﹂と声

/\に申されければ︑      ︵保元・上︶

⑦ ﹁⁝⁝さすがに義朝はどの敵をばかうは誰か射んや︒こ︑

にて入龍にうらか︑せむ事はよもかなほじ︒﹂と打笑は︑

⑤のみ反語的内容となっていない︒

また︑﹁不定方式 − ゾーーーヤ﹂についても次のようにあって︑

⑦ 夫人ノl雪﹁我ガ胎ハ垢磯也︒何ゾ宿り給ハムヤ﹂ト︒

93  ⑦ 心二思フ様︑﹁我ハ智深キ老僧也︒行基ハ智浅キ小僧也︒l公何ゾ我ヲ棄テ彼ヲ賞シ給ハムヤ﹂ト︑ ㊦ 兄︑﹁何ニゾ︑聞給ツヤ﹂と問ケレバ︑

㊤ ﹁⁝⁝なんぞ項羽が奴とならんや︒﹂といふ︒

㊥のみ反語的内容となっていない︒﹁不定方式 − ゾ ー ヤ﹂

の表現形式についても﹃天草版平家物語﹄ において確認すること

﹁不定方式 − カ ー ヤ﹂ の衰退は疑問助詞﹁か﹂ の文中用法

から文法用法への移行に伴なう時代史的流れに即したことによる

ものであろう︒

室町期の ﹃天草版平家物語﹄ の疑問表現を概観し︑次のように総

括することができる︒

① ﹃今昔物語集﹄︑﹃保元物語﹄︑﹃平治物語﹄を通じ︑﹁不定方

式﹂ の場合︑会語部には文末﹁ゾ﹂ の表現形式が多く︑この

ことは後代の ﹃天草版平家物語﹄ にみられるように﹁不定方

式﹂を代表する表現形式へと発展していく過渡的な姿を反映

したものであろう︒

② ﹁特定方式﹂における疑問の表現形式においても﹁特定方

式1−1カ﹂が会話部に多く出現し︵とくに﹃保元物語﹄︑﹃平

治物語﹄ において顧著である︶︑このことも後代の﹁特定方

式﹂における代表的表現形式として発展していく過渡的な姿

を反映したものであろう︒

③ 反語表現においても疑問表現における①︑②と同様な傾向

を確認することができる︒

(13)

194

4 3 2 1注

清水 登

専用形式の発達︑その固定化が促進されたものと考えられる︒

﹃日本語表現の流れ﹄︵平成五年・岩波書店︶一四一頁︒

l

5

資料の引用は次の文献による︒﹁今昔物語集﹂ ︵﹃今昔物語集﹄川〜囲・日本古典文学全集・小学館︶

﹁保元物語﹂﹁平治物語﹂ ︵﹃保元物語 平治物語﹄・日本古典文学大

﹁天草版平家物語﹂ ︵亀井高孝 阪田雪子詔字﹃ハビヤソ抄キリシタ

参照