• 検索結果がありません。

d一 autres1ieux.L inconnu existe主1a fois en d−ehors d−u poさte et en d−ed−ans d−e

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "d一 autres1ieux.L inconnu existe主1a fois en d−ehors d−u poさte et en d−ed−ans d−e"

Copied!
94
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

修士学位論文

選重名号象メ木しして一〇台苔ノ㌧、コクトー.o    課かレフニ到をφぐる名案

買1〜

掲欝教員

平蔵準率

買〔r

西山雄二准匁後

1一周  一〇目讃蓄出・

人文科学蝦究科丈イし関般論  専攻

学…鯵…番督 1i8ワ3105

     く つ も  椚かで

ポが竜一久孝I間 堵失

(2)

要旨

 詩、小説、評論、戯曲、映画、美術など様々な分野で活躍し多くの傑作を産み出したジャン・

コクトーは、生涯詩人であることにこだわり続けた。本論文では、コクトー作品のうち神話上 の詩人であるオルフェを題材として書かれた戯曲rオルフェ』と映画rオルフェ』に焦点を絞

り、これらめ作品の考察を通じてコクトーの言う詩人とはいかなる存在であるかを明らかにし

ていく。

 まず第一部では、作品は1 inComu(未知なるもの)からもたらされるというコクトーの基本 的文学観について述べる。コクトーと同時代に活躍したシュルレアリストたちをはじめとした 多くの文学者たちと同様に、コクトーも死や夢などのもつ未知性に魅了された。第一章では、

両作品で描かれている鏡の通過の場面や、戯曲『オルフェ』の死神と映画『オルフェ』のプリ ンセスの違いなどに注目し、これらの作品において死の世界が詩人に他所の存在を約束するも のとして扱われていることを明らかにする。

 しかし、未知なるものという言葉は単に外的な存在だけを表しているわけではない。確かに 未知なるものは詩人の外部に存在するものであるが、それは同時に詩人の内部に存在するもの でもある。第二章では、オルフェの「僕の夜だ」という台詞に注目し、未知なるものの内部性 について述べる。そして、作品は詩人の内部に存在する未知の領域から産み出されるというコ クトーの基本的概念であるexpirationについて説明する。

 次に第二部では、映画『オルフェ』の考察を通じて、未知なるものを前にしたときの詩人の 姿について検討する。コクトーの詩人にとって創作行為とは習慣にまみれた現実に対する反抗 を意味する。しかし同時に、彼が未知に詩を見いだそうとするかぎり、彼は服従の姿勢をとる ことをも余儀なくされる。第一章では、映画『オルフェ』におけるオルフェとプリンセスの関 係の検討を得て、詩人が反抗と服従との板挟みの状態にあることを明らかにする。そして、媒 体としての詩人というコクトーの基本的概念について確認する。

 ところで、オルフェに服従を強いるプリンセスもまた死者の世界においては命令に従い、上 位の存在に服従する者として描かれている。第二章ではプリンセスと戯曲r地獄の機械』のス フィンクスの類似性に注目し、未知の世界の住人である彼女たちも詩人と同様の板挟み的状況 にあることを明らかにする。そして、一 「知の世界における頂点の見えないヒエラルキーについ て指摘し、そうした未知の世界と関わる詩人の自由意志の問題について検討する。

 最後に第三部では、戯曲『オルフェ』、『地獄の機械』、オペラ=コミック『ポールとヴィルジ ニー』の終結部におけ亭類似の展開について、第一部と第二部で明らかにしたことをもとに考 察していく。第一セクションと第二セクションでは、これら三作品の終結部において共通して 新たな世界の唐突な出現が描かれていること、そして主人公たちがその世界に到達することで、

(3)

それまで彼らを苦しめていた実現不可能な愛が成就していることを指摘する。第三セクション、

第四セクション、第五セクションではそれらの世界の持つ未知性に注目し、第一部と第二部で 見てきたコクトー作品における詩人像の観点からこれら三作品の終結部について考察する。最 後に第六七クショシでは第五セクションで取り上げた非現実的な現実という側面から、コクト ー作品における死の役割について検討する。

 以上の考察によって、私たちはコクトー作品で描かれている詩人が、綱の上でバランスをと り続ける軽業師と同じような状況にあることを明らかにする。コクトーの詩人は詩人であるか ぎり、現実と未知、反抗と服従の狭間に留まり、未知の領域から伝えられる声の媒体であり続 けなくてはならない。何の支えも存在しない中間的な空間で宙づりの状態に留まり続けること ができたときに始まりだす、未知なるものとの共同作動によって詩人の魂から流れ出る汗こそ が詩人の産み出す作品なのである。

(4)

R6sum6

       Jean Cocteau cr6ait d−es㏄uvres en d−ivers genres:po6sie,roman,

critique,th6倉tre,cin6ma,beaux−arts,etc.Mais i1s est affirm6comme poさte toute sa vie.Dans cette6tud.e,nous traitons d−e1a piさ。e0ψム6θet du fi1m

0Ψゐ6θ,tous deux bas6s sur1e mythe d一 0rph6e,et consid−6rons1e po6tique se1on Cocteau.

       Dans1a premiさre partie,nous exp1iquons1a vision1itt6raire

fond−amenta1e d−e Cocteau se1on1aque11e1es oeuvres sortent d.e rinconnu.I1 6tait sous1e charme d−e1 inconnu d−e1a mort et du r6ve comme beaucoup d一 6crivainsヲnotamment1es surr6a1istes.Dans1e premier chapitre,nous

traitons d一 abord−des scさnes d−e passage査travers1e miroir,puis de1a d−i雌rence entre La Mort d−e1a piさ。e et1a Princesse d−u fi1m,pour montrer que d−ans ces oeuvres1e mond−e d.e1a mort a pour fonction d−e promettre1 existence

d. autres1ieux au poさte.

       Mais1e mot《1 inconnu ll ne d6signe pas seu1ement1 existence

d一 autres1ieux.L inconnu existe主1a fois en d−ehors d−u poさte et en d−ed−ans d−e

1ui−mεme.Dans1e second.chapitre,nous citons1es mots d 0rph6e《Ma

nuit!》 pour d−iscuter d−e 1 int6riorit6 d−e 1 inconnu et r6皿6chir au mot《expirationl〉d.e Cocteau.

       Dans1a second−e partie,nous traitons d.u fi1m0ψゐ6θet consid.6rons 1 attitude du poさte face主1 inconnu.Pour Cocteau,1a cr6ation signifie1a d−6sob6issance,1a1utte contre1a r6a1it6recouverte d−e coutumes.lMais i1ob6it 主1 inconnu en tant qu i1cherche1a po6sie d−ans1 inconnu.Dans1e premier chapitre,nous consid.6rons1a re1ation entre Orph6e et1a Princesse pour

(5)

montrer.que1e poさte est d.evant un d.i1emme.Nous traitons ensuite巾mot

〈〈v6hicu1e〉〉.

       Cepend.ant1a Princesse qui gouverne Orph6e d.oit ob6ir主d−es ord−res venus d−e personnes p1us haut p1ac6es.Dans1e second.chapitre,nous traitons d−e1a ressemb1ance entre1a Princesse et1e Sphinx d−e Z∂M夏。力血θ∠刀危m∂ノθ qui sont1es habitants d一 un autre monde,pour montrer qu e11es aussi se 1aissent enfermer d−ans un mεme d.i1emme que ce1ui d一 Orph6e.Puis nous prenons en consid−6ration1e1ibre arbitre d−u poさte face主une hi6rarchie sans Iimite d−ans un mond.e inconnu.

       Dans1a troisiさme partie,nous traitons des fins simi1aires d.e1a piさ。e

0ζρゐ6θ,de Z∂雌。ゐノ刀θノ刀危rη∂ノθet d−e∫乞αノθ6 初 刀メθ,seIon nos r6且exions

ant6rieures.Dans1es premiさres et secondes sections,nous montrons que d−e nouveaux mondes apParaissent devant1esh6ros d−e ces㏄uvres,et1es amours

impossib1es qui1es tourmentent sont dues査1eur apParence.Dans1es

troisiさme,quatriさmeetcinquiさme sections,nous consid−6rons1 inconnu d−e ces mond.es d−u point d.e vue d一 une po6tique coct61ieme.Dans1a sixiさme section,

nous montrons1e r61e d−e1a mort d.ans ses ceuvres,c est一圭一d.ire que1a mort est

〈〈une r6a1it6irr6e11e〉〉d.ans ses o∋uvres.

       Au travers des ces consid−6rations,nous montrons que1 6tat du poさte coct61ien ressemb1e主。e1ui d.e1 acrobate qui marche sur une corde.Ce poさte doit rester1e m6d−ianentre r6a1it6etirr6a1it6,ob6issance et d−6sob6issance,et y gard−er1 6qui1ibre,c est一圭一d−ir♀6tre1e v6hicu1e de1 inconnu.L ㏄uvre d.u P・さt・,・ ・・t1・・u・{・d・・…ff・・tp・u・g・・d・・1 6qui1ib・・.

(6)

凡例

一、戯曲『オルフェ』と映画『オルフェ』は同じ題名であるので、混同を避けるためにこの二 作品に限っては本文中でも省略記号を用いる。

一、『詩人の血』と『オルフェの遺言』にはpoさte(詩人)という人物が登場する。本論文では 詩人という言葉が頻出するので、登場人物としての「詩人」について論じる際には一重鉤括弧  r」を用いてr詩人」と表記する。

一、コクトー作品の登場人物たちの名前はフランス語読みに従って訳す。例えば、古代ギリシ ア語にもとづく通例の日本語表記「オルフェウス」は「オルフェ」、「エウリディーケー」は「ユ ーリディス」、「オイディプス」は「エディプ」、「アンチゴネー」は「アンティゴーヌ」と記さ

れる。

一、訳文中の亀甲括弧〔〕は引用者による補足である。

一、訳文中の[…]、引用されたフランス語原文中の[...]は引用者による中略を示す。

一、原文の訳出にあたっては、既存の日本語訳を参照しつつ、筆者の手で行った。引用の際は、

以下の省略記号を用いる。

Jean Cocteau

刀〃:Z∂刀脇bαノ66m施,dans五P0皿 r存在困難』朝吹三音訳、rジャン・コクトー全集』第   五巻、東京創元杜、1987年。『ぼく自身あるいは困難な存在』秋山和夫訳、筑摩書房、1996

  年。

刀0:扱かθ血θη∬〃ノθo曲6伽∂Co騨即加,Ed−itionsduRocher,2003.『シネマトグラフをめぐる   対話』高橋洋一訳、松村書館、1982年。

∬:ゐα〃∂〃七月並。o〃刀α,Grasset,2003.『知られざる者の日記』高山鉄男訳、『ジャン・コク   トー全集』第六巻、東京創元杜、1985年。

:Z2ノθα〃8鎚θ〃θβo∂刀ゐノθ,dans00孤 r青春とスキャンダル』大浜市訳、rジャン・コ   クトー全集』第四巻、東京創元杜、1980年。

M7:Z∂M身。心血θ血色㎜2ノθ,dansπ 『地獄の機械』渡辺守章訳、『ジャン・コクトー全集』第  七巻、東京創元杜、1983年。

00五X:0弛㎜θ800〃μ挑θβdθゐ舳0ooCθ∂α,vq1.IX,Mlarguerat,1950.

0ノ:0ψゐ6θ,piさ。e,dansπ 『オルフェ』堀口大學訳、『ジャン・コクトー全集』第七巻、東  京創元社、1983年。

02:0Ψ必6θ,昼1m,Andr6Bonne,1961.『オルフェ』三好郁朗訳、『ジャン・コクトー全集』第  八巻、東京創元杜、1987年。

(7)

ア0∫:月。63ゴθc〃血gαa∫,Ga11imard一,1959.

アγ:此〃θC吸卿bゴθ,danS 0 『ポールとヴィルジニー』江口清訳、『レーモン・ラディゲ金  集』、東京創元社、1976年。

児P00:児。伽2〃島月。68ゴθ易αα〃θ8並肥雌θβ,Ie Livre d−e Poche,1995.

80P:Zθ晶〃8杓〃ρo舶,dans児P0〃 r詩人の血』岩崎力訳、rジャン・コクトー全集』第八   巻、東京創元杜、1987年。

〃:エθ8θo蝪μo勉8ゴ。〃〃θμans P0∫.『職業の秘密』佐藤朔訳、『ジャン・コクトー全集』

  第四巻、東京創元杜、1980年。

0:m66かθco〃ρ企らGa11imard一,2003.

㎜0:Zθ蛇娩〃θ〃〃りψゐ6θ,dans五P0り.『オルフェの遺言』三好郁朗訳、『ジャン・コク   トー全集』第八巻、東京創元杜、1987年。

(8)

目次

序文1頁

第一部 未知なるもの

第一章 外部に存在する未知  1)鏡の通過 3頁

 2)死神とプリンセス 8頁 第二章 内部に存在する未知  1)inspirationとexpiration12頁  2)オルフェの過ち 14頁

第二部 服従と不服従

第一章 オルフェの服従  1)反抗としての創作 16頁

 2)追い求めひざまずくオルフェ 17頁  3)知ろうとしすぎること 23頁  4)媒体としての詩人 25頁

第二章I

vリンセスの服従

 1)役人のような死者たち 29頁

 2)生者の世界に魅了されるプリンセス 30頁  3)不完全な神スフィンクス 32頁

 4)人間としての反抗34頁

 5)栄光を失ったエディプとミューズを奪われたオルフェ 36頁  6)人間性の剥奪 40頁

 7)自己の意味を見いだすことの無意味さ 43頁

第三部 新たな世界の出現

 1)唐突な世界の出現 47頁   (1)戯曲『オルフェ』 47頁

  (2)『ポールとヴィルジニー』 51頁   (3)『地獄の機械』 54頁

 2)実現不可能な愛の成就 57頁

(9)

3)詩人の発見 63頁 4)非現実的な現実 66頁 5)受け入れること 69頁 6)自分の死 73頁

結論 詩人と軽業師77頁 参考文献82頁

(10)

序文

 20世紀フランスを代表する文学者の一人であるジャン・コクトーは、生涯幅広い分野で活躍 し続けた。処女詩集『アラジンのランプ』(1909年)によって詩人として文壇にデビューした彼 であるが、その8年後にはバレエ『バラード』(1917年)でスキャンダルを巻き起こし、さら に1年後には評論『雄鶏とアルルカン』で注目を浴びている。それから約10年の間に彼は『喜 望峰』(1919年)、『ポエジー 1917−1920』(1920年)、『用語集』(1922年)、『平調曲』て1923 年)、rポエジー 1916−1922』(1925年)、rオペラ』(1927年)などの詩集を発表し続ける一方 で、詩以外の分野においても小説『ポトマック』(1919年)、バレエ『エッフェル塔の花嫁花婿』

(1921年)、評論r職業の秘密』(1922年)、小説r山師トマ』(1923年)、評論rジャック・マ ルタンヘの手紙』(1926年)、戯曲『オルフェ』(1926年)などの代表作を執筆している。作品 の羅列はこれで終わりにするが、彼が文学に留まらず、映画、絵画、美術などの分野において も傑作を残していることも最後に付け加えておこう。

 このようにあらゆるジャンルにおいて活躍したコクトーであるが、彼自身は「詩人」である ことに生涯こだわり続けた。彼が自身の作品を分類分けする際に用いた、po6sie ae th6atre(演 劇の詩)、po6sie deroman(小説の詩)、po6sie decritique(批評の詩)などの名称からも、詩 人であることへの彼の強い信念を感じとることができる セろう。

 そうした詩人コクトーを魅了したものの一つがオルフェの神話である。彼は戯曲『オルフェ』

を執筆して以来、生涯にわたってこの神話を題材とした作品を作り続けた。戯曲『オルフェ』

を書き上げた1925年にはパステル画『オルフェとユーリディス』を、翌年1926年にはデッサ ン『オルフェの頭部』を彼は制作している。また1926年には、po6sie p1astique(造形の詩)

と彼白身が命名した、針金や厚紙などでつくられた小型のオブジェをパリのカトル=シュマン 画廊の展覧会に出品しているが、その中にはオルフェを題材とした作品が存在した。1944年に はコクトー自身の手によるリトグラフが挿入された戯曲rオルフェ』の台本が出版されている。

また同年には、演出家のローラン・プティらとrオルフェ』と題したバレエを制作する計画が あった。1947年にはデッサンr竪琴を持つオルフェ』、1950年には戯曲rオルフェ』のアレン ジとも言える映画『オルフェ』と再び『オルフェとユーリディス』というパステル画を制作し ている。翌年には『月桂樹を飾られたオルフェ』や『葉を飾られたオルフェ』などの絵画を描 いており、1960年にはコクトー自身が主役を演じた映画『オルフェの遺言』を公開している。

もちろんオルフェの神話に魅了された芸術家たちは山のようにいるが、コクトーのように生涯 を通してこの神話を扱い続けた芸術家は珍しいと言えるだろう。

 生涯詩人であることにこだわり続けたコクトーにとって、神話上の詩人オルフェはまさに最 適な題材であったのかもしれない。1951年に行われたアンドレ・フレニョーとの対話の中で、

(11)

コクトーはオルフェの神話に関して次のように述べている。

私の道徳的な歩みはびっこを惹いた男の歩みです。片方の足は生の中にあり、もう片方の 足は死の中にあります。だから、私が生と死が向かい合う神話へと至ったのは当然のこと

でした1。

後に『知られざる者の日記』(1953年)の中でコクトーが「詩とは道徳である」と述べているこ とを思い返すならば、この記述はコクトーの詩人観とオルフェの神話が、生と死というテーマ において密接に結びついていたことを示していると言えるのではないだろうか。

 本論文では、オルフェを題材として書かれた作品のうち戯曲『オルフェ』(以下α)と映画

『オルフェ』(以下09に焦点を絞り、これらの作品の考察を通じてコクトーの言う詩人とは いかなる存在であるかを明らかにしていく。まず第一部では、コクトー的詩人の追い求める 1 inConnu(未知なるもの)について述べる。作品は未知なるものからもたらされるというのが コクトーの基本的文学観であるが、未知なるものという言葉は単に外的な存在を表しているわ けではない。確かに未知なるものは詩人の外部に存在するものであるが、それは同時に詩人の 内部に存在するものでもある。ここでは、未知なるものの一つである死の世界が両作品におい てどのように描かれているのかに注目し、未知の外部性と内部性について明らかにしていく。

次に第二部では、未知なるものを前にしたときの詩人の姿について検討する。ここでは、現実 に対する反抗としての創作というコクトーの基本的姿勢を確認したうえで、02のオルフェとプ リンセス、戯曲『地獄の機械』のエディプとスフィンクスの関係の考察を通じて、詩人の服従 の必要性を明らかにする。最後に第三部では、0ノ、『地獄の機械』、オペラ=コミック『ポール とヴィルジニー』の終結部に見られる類似について、第一部と第二部で明らかにしたことをも とに考察していく。なお、これらの作品の終結部に注目するという方法は松田和之の論文2から 着想を得ている。私たちは松田が用いたコクトーの死生観という観点からではなく、コクトー 的詩人像という観点からこれらの作品の終結部を眺めることによって、彼の論考ではあまり触 れられていなかった、これらの作品の終結部が持つ別の側面について論じていく。

111Ma d6marche mora1e6tant ce11e d un homme qui boite,un pied dans1a vie et un pied dans Ia mort,i16tait norma1que j en arrivasse主un mythe o亡1a vie et1a mort s a脆。nt.1)刀q p.79.

2C£松田和之「ジャン・コクトーにおけるオイディプスの変貌一〈生者の国〉からく死者の国〉へ一」、『フランス語 フランス文学研究』、第53号、1988年、73−83頁。松田和之「『恐るべき子供たち』試論」、『GALLIA』、第31号、1991

年、284−293頁。KazuyukiMatsuda,llLam6tamorphosed 0rph6echezCocteau−Sur1epassage du加。棚ゐdθ8

㎡昭批8au〃。皿みる8〃。rお一}),Ga11ia,No28.1989,pp.51−58.Kazuyuki Matsuda,《La Mort sous1a飴rme d une jeune femme chez Cocteau_sur1a genさse du personnage de1a Princesse du fi1m0ψ石6θ一}),GaI1ia,No40.2001,

pp.219−226.

(12)

第一部 未知なるもの

第一章 、外部に存在する未知

1)鏡の通過

 まずは、02の主人公であるオルフェについて見てみよう。トラキアの詩人オルフェは、太陽 を崇拝する宗教の司祭であり、その指導者でもあった。この土地で彼の栄光は絶頂にあり、町 中の人々が彼の詩を暗唱していた。しかし、ある日一匹の馬と出会ったことで彼の生活は一変 する。彼は司祭の地位を捨て、馬や、妻のユーリディスともに世間から離れ田舎に隠遁する。

しかし、彼は詩の創作を放棄したわけではない。彼は馬が蹄を打ち鳴らす回数をアルファベッ トに置き換え、それを写し取ることで詩を創作する。

 馬との出会いはオルフェの詩作に対する考えを変化させる。馬との出会い以前、オルフェが どのような創作をしていたのかは明確には書かれていない。ただ、彼の作品は人々によって暗 唱される程愛されていたという事実から、以前の彼の作品は万人に理解されうるものであった

ことが想像されるだけである。

 こうしたオルフェの行為を見て、「まじめじゃない」と言う妻ユーリディスに対して、彼は次 のように応える。

オルフェ:まじめじゃないって? 僕の人生は風味が出始め、ほどよく熟し、成功と死の      においが漂い始めたんだ。僕は太陽と月を同じ袋の中に入れてやる。僕には夜      が残っている。そして他のやつらの夜じゃない! 僕の夜だ。この馬は僕の夜      に入り込み、潜水夫のようにそこから出てくる。こいつはそこから言葉を持つ.

     てくる。これらの言葉のうち最も短いものでさえあらゆる詩より驚くべきもの      であることを君は感じ取らないのかい? 貝殻の中に海の音を聞くように僕が      そこから自分の声を聞くこれらの短い言葉のうち、たった一つのためでも僕の      全作品を引き換えに渡すだろう。まじめじやないって? 何が必要だっていう      んだい、愛しい人よ。僕は世界を見つけるんだ。自分の皮膚をひっくり返すん      だ。この未知なるものを追いつめてやる3。

30rph6e:Pas s6rieux?Ma vie commengait註se faisander,主6tre主point,査puer1a r6ussite et1a mort.Je mets1e     so1ei1et1a1une dans1e m6me sac.I1me reste1a mit.Et pas1a nuit des autres1Ma nuit.Ce cheva1

    entエe dans ma nuit et i1en sort comme un p1ongeur.I1en rapporte des phrases.Ne sens−tu pas que1a

    moindre de ces phrases est p1us6tomante que tous1es poさmes?Je donnerais mesα∋uvres comp1さtes     pour une seu1e de ces petites phrases o白je m 6coute comme on6coute1a mer dans un coqui11age.Pas     s6rieux?Que te曲ut−i1,ma petite?Je d6couvre un monde.Je retoume ma peau.Je traque1 inconnu.

0−Z,pp,391−392、

(13)

オルフェはこの馬を通じて、未知なる言葉を引き出そうとしている。この馬の言葉こそが彼に とって本当の詩であり、これらの言葉に比べたら彼が今まで書いてきた作品はほとんど価値が ない。彼にとって詩とは未知の領域に属するものなのである。ここでは彼はこの領域のことを manuit(僕の夜)と表現しているが、第一場の他の箇所でオルフェは詩のことをpoさmedurεve

(夢の詩)や且eur du fond de1a mort(死の奥底に咲く花)とも表現している。夜、夢、死、

これらの言葉は詩の根源である未知なる領域を指し示す言葉として使われているのである。

 興味深いことに、上の引用箇所で使われているtraquer I inComu(未知なるものを追いつめ る)という表現は、評論『知られざる者の日記』(1953年)においてコクトーが彼白身の詩論を 述べる際にも用いられている。

私には次のように思われる。未知なるものを追いつめることが、詩人の仕事なのである。

例えば、私の戯曲の馬や、映画のロールス・ロイスがオルフェをだましたように、未知な るものが詩人をだましたとしても、それでもオルフェは、偶然ではあるが未知なるものの 領域に入り込んだのだ4。

私たちがオルフェに見てきた、未知なる領域に惹かれる詩人としての姿は、作者コクトーのそ れが反映されたものであると言うこともできるだろう。

 ところで、夜、夢、死、これらのものは古今東西のあらゆる芸術家たちを魅了し続けて来た。

コクトーと同時代に活躍したシュルレアリストたちも、夢や眠りに多大な影響を受けている。

夢や死が持つ未知性に詩を求める詩人ρ姿はあまりにもありふれており、これらのシンボルが 持つ未知の魅力から完全に解放されている詩人を見つける方が難しいと言えるだろう。しかし、

ありふれているからといってそれを軽視することはできない。本論文の目的は、このありふれ た詩人像がいかにコクトー作品の独自性を成しているかを明らかにすることと言っても過言で はないだろう。

 0ノにおいて、詩の根源を未知なる領域に求めるオルフェの姿を最も明らかにしているのは、

第七場における、鏡の通過の場面であると言えるだろう。07において鏡は現世と死者たちの世 界の境界として描かれている。この場面は亡き妻を求めて冥界に下る神話上のオルフェの姿の 単なる焼き直しではない。「死の奥底に咲く花」を求めていたオルフェが、鏡をくぐり抜けて、

死の世界へ侵入するこの場面は、彼が理想としていた詩人像を体現化したものであると言える だろう。なお、ウルドビーズは、死者の国へと向かったオルフェとユーリディスのことを、I1s dorment(彼らは眠っているのです)と表現している。鏡の先は死の世界であるとともに、夢の

4{{C est,i1mesemb1e,1at査。hedupoさtequedetraquer1 incomuet,si1 incomu1epipe,commei1pipeOrph6e,par

1e cheva1de ma piさ。e et par1a Ro11s de mon fi1m,0rph6e ne s en trouve pas moins engag6dans son rさgne.》凪pp.

117_118.

(14)

世界であり、夜の世界なのである。

 0ノ以後の作品でも、コクトーは鏡の通過の場面をしばしば用いている。映画『詩人の血』(1932 公開)の主人公である「詩人」は、動き出した女性の彫像に誘われて鏡を通過する5。鏡の内部 はnuit(夜)である。「詩人」は進み続け、1 h6te1des Fo1ies−Dramatiques(劇的な狂気のホテ ル)と呼ばれる場所に着き、そこでいくつもの不可思議な光景を目にする。『詩人の血』のあと がきにおいて、コクトーはこの場面に関して次のように述べている6。

まず、「詩人」という登場人物が鏡の中に入っていくのをあなた方はご覧になるでしょう。

次に、彼はある世界の中を泳ぎます。それは私が想像する世界なのですが、私たちのうち 誰もその世界のことを知りません。この鏡は彼をある廊下へと導き奏す。そのときの彼の 歩みは、夢におけるそれなのです7。

コクトーは、鏡の向こう側の世界を誰も知らない世界と表現する。07と同様、『詩人の血』に おいても鏡の先は未知の領域として描かれているのである。ここでVouS(あなた方)ではなく、

nouS(私たち)という言葉が使われていることに注目しよう。「私たち」の中には、もちろん作 者コクトー自身も含まれている。コクトーは「私たち」という言葉を使うことで、この世界の 絶対的な未知性を強調しているのである。詩人が惹かれる領域の絶対的な未知性については、

第二部で詳しく見ていくことにしよう。

 なお、r詩人の血』のあとがきには、次のような記述もある。

ウィリアムソン兄弟が海底をすみずみまで探索したように、『詩人の血』において、私は詩 を探索しようと試みました。彼らが海の中に降ろした釣鐘型潜水器を、私自身の内部にあ る海溝へと降ろすことが問題でした。詩的状態を捕まえることが問題だったのです。詩的 状態など存在せず、それは自発的な興奮状態の一種であると多くの人たちが思っています。

5その際、次のような会話が交わされる。

詩人のアップ。彼は話す:「鏡の中には入れない」

彫像のアップ:「おめでたいことね。鏡の中に入った、とあなたは書いた。でも、あなたはそれを信じていない」

Gros p1an du poさ七e.I1par1e:《0〃刀わηかθρ棚あ刀β ノθ88泊。θ&》

Gros p1an de1a statue:《ゐノθ眉〃。ゴ君θ.肪∂86αゴCσ〃わ刀θ〃か虹C山刀βゐβ8泊。θ8θ 〃〃ケαoyaゴ8ρ∂&》

皿フ戸p.1286.

r鏡の中に入った、とあなたは書いた」という台詞は、明らかにαのことを指している。r詩人の血』において、コク トーは、作者である彼自身を登場人物に投影している。こうした手法は、後に『オルフェの遺言』においてより明確な 形で使われる。

6このあとがきは、1932年1月、ヴィユー・コロンブレ座において『詩人の血』が上映された際、コクトーによって行

われた講演に基づくものである。そのため、ここでは講演の口調で訳すことにする。

7《D abord,vous verrez1e personnage du poさte entrer dans une glace.Ensuite,i1nage dans un monde que nous ne connaissons ni1es uns ni Ies autres,mais que j imagine.Cette g1ace1e mさne dans un cou1oir,et sa d6marche es七

。e11e des rεves。})北ゴ♂,p.1311、

(15)

しかし、自分たちは詩的状態からもっとも遠くにいると思い込んでいるような人たちでさ え、そうした状態を知っているのです。深い喪の悲しみやひどい疲れを、彼らが思い出し ますように。彼らは炉の前てかがみ込み・まどろんでいますが・しかし・眠ってはいま芦 ん。その直後に、彼らの内部で結びつきが生じ始めます。それらは、概念やイメージや記 憶の結びつきではありません。むしろ、それは交尾する怪物たちであり、光の中を通り過 ぎる秘密であり、あいまいで謎めいたひとつの世界全体なのです[…コ8。

創作行為や詩的状態に関するこの記述は、私たちが最初に引用したオルフェの台詞と類似して いる。まず、どちらにおいても創作行為は潜水に例えられており、詩人の内部に存在する領域 はun monde(一つの世界)と表現されている。また、オルフェはこの世界をinConm(未知の)

と形容し、コクトーは6quiVoque(あいまいな)や6nigmatique(謎めいた)と形容している。

そして、前者はこうした世界をretoumer(ひっくり返す)と言い、後者はtOumer(すみずみ まで探索する)と言う。この二つの文書から読み取れる詩論は同じものであると言えるだろう。

 話しを鏡の通過に戻そう。0ノとほぼ同じように物語が展開する02においても、鏡は生者の 世界と死者の世界を行き交うための道具として登場する。ただし、02では生者の世界と死者の 世界の狭間にゾーンと呼ばれる中間地帯が設けられているという点や、鏡を通過する際のオル フェの意識が07と02では異なるという点など、両作品における通過の場面にはいくつか違い も見られる。この違いについては後に詳しく見ていくことにしよう。

 なお、07と02では通過の場面以外にも、鏡が生と死の境目を表す道具として使われている 場面が他にもある。オルフェたちは左右反対に書かれた手紙を鏡に映して読むことで、彼らの 身に危険が訪れていることを知り、そして両者とも手紙の警告や芦迫の通りバッカスの女たち や前衛詩人たちの襲撃によって死ぬ。これらの手紙は死を予言し伝達するものであるが、それ

らの伝達者としての役割は、鏡による反転によって初めて成立する。つまり、鐘もまたオルフ ェたちに死を宣告する役割を帯びているのである。また、02では、オルフェは車のバックミラ ーを介してユーリディスの顔を見てしまい、彼女は再び死者の国へと消え去ることにも注目し よう。これらの場面において、鏡は登場人物たちに直接的であれ、間接的であれ死を与える道 具として描かれているのである。

 このように、コクトーにおいて鏡とは未知なる世界への入り口である。こうした鏡の使われ 方を見た者は、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』を思い出さずにはいられないだろう。

8.Dans Z∬舳M0〃αVP0〃㎎j essaye detoumer1a po6sie,comme1es舳resWi11iamsontoument1efond de1a

meL I1s agissait de descendre en moi−m6me1a c1㏄he qu i1s descendent dans1a m叫主de grandes profondeurs.I1 s agissait de surprendre1 6tat po6tique.Beaucoup de gens s imaginent que1 6tat po6tique n existe pas,que c est une sorte d excitation vo1ontaire.0巧m6me1es personnes qui se croient1e p1us1oin de1 6tat po6tique,1e connaissent.

Qu e1es se souviement d un grand deui1,d me grande fatigue.E11es se courbent devant1e飽u,e1王es somno1ent,

mais e1Ies ne dorment pas.Aussit6t commencent en e11es des associations qui ne sont pas des associations d id6es,

ni d images,ni de souvenirs.Ce sont p1ut6t des monstres qui s a㏄oup1ent,des secrets qui passent dans1a1umiさre,

tout un monde6quivQque,6nigmatique[..、].))乃批,p.1310。

(16)

コクトーと親しい間柄にあった作家のモーリス・サックスが、コクトーが0ノの執筆を行ってい た1925年にキャロルの作品を翻訳していたことが既に明らかになっており、コクトーがキャロ ルの作品から影響を受けたと考えることも十分可能であろう9。メルシオール=ホネも『鏡の文 化史』の「鏡の通り抜け」という箇所においてコクトーとキャロルの作品を並べて取り上げて いる。彼女はそこでオルフェとアリスの鏡の通過について、「通り抜けはひとつの違反行為でも あり、それは子供と詩人だけが信ずることのできる前代未聞の冒険」と述べている。同じ箇所 で、彼女は02について次のように述べている。

      ノーマンズランド

銃は、毎日の具体的生活と夢想部分とのあいだの中間地帯である。詩人は好きなときにそ こを超えることができ、そして気が狂っているわけではないので、言葉の魔術によって鏡 のこのふたつの側面を絶えず結び付けることができる。鏡を「水のようにする」ことが可 能な手袋を考えだしたコクトーは、鏡とはr死神が出入りする扉」だと言っているが、こ こでの死神とは、無に至らせる死神ではなく、他所の約束、現実世界の彼方にあって詩的 世界に至らしめる、光り輝く夜の約束なのである10。

コクトーにおいて、鏡の向こうにある死の世界は虚無の世界ではない。既に述べたように、死 の虚無性ではなく、死の他所性や未知性にこそ詩人は魅力を感じるのである。ホネが言うよう に鏡が「現実の重みと罪悪感の圧迫とが取り除かれた世界」への扉であるならば、死の未知性 に惹かれたコクトーが鏡の向こう側を死の世界に設定したことは自然であると言えるだろう。

 ところで、詩人によって鏡が「水のように」なったとしても、水に潜る際必ず抵抗が生じる ように、鏡の通過は困難さを必ず伴うものでもあるということを見逃してはならない。たしか に、鏡の通過を信じることができる数少ない存在である詩人と子供は「好きなときにそこを超 えること」ができる。しかし、いくら彼らと言えども、鏡を通過することは「現実世界の境界 標が道しるべとはならない行路を進む冒険」なのである。

 『詩人の血』において、鏡の向こう側にある「劇的な狂気のホテル」の廊下を「詩人」が歩 く場面では次のようなトリックが用いられている。一クトーは廊下の壁に当たる部分を床に設 け、「詩人」を演じる役者にその上を這いずらせる。そして、それを上からカメラで撮影するこ とで、コクトーは「詩人」の歩みぶりを独特なものとして表現している。『詩人の血』のあとが きで、コクトーはこのトリックについて説明しながら、次のように述べている。

[…]あなた方はとても辛く、とても奇妙な方法で歩く男をご覧になるでしょう。彼の揺

9ジャン=ジャック・キム、エリザベス・スプリッジ、アンリ・C・ベラールr評伝ジャン・コクトー』秋山和夫訳、筑

摩書房、1995年、162頁。

・oサビーヌ・メルシオール=ホネr鏡の文化史』竹中のぞみ訳、法政大学出版局、2003年、283頁。

(17)

れ動く筋肉は、その歩みの努力とは対応していません11。

鏡の中の「詩人」の歩みは「辛く」て「奇妙」なものなのである。

 『詩人の血』で用いたこのトリックをコクトーは、02の中でオルフェとウルドビーズたちが 生と死の世界の狭間であるゾーンを進み行く場面でも一部用いている。加えて、02ではスロー モーションの技法が用いられることによって、オルフェの独特な歩みぶりはより一層強調され ている。この場面に関してさらに言うならば、オルフェとウルドビーズの歩き方が対照的であ ることも見逃すことはできない。ウルドビーズが体を全く動かず楽々と進み続ける一方で、オ ルフェの歩みは遅々として進まない。どんどん先に行ってしまうウルドビーズにオルフェは、

「ついていくので精一杯だ」と声をあげる。ウルドビーズとの対比によって、オルフェの歩み の困難さは一層強調されているのである。

 戯曲である07では鏡のこちら側の世界しか描かれていないため、鏡の向こう側でのオルフェ の様子を見ることはできない。しかし、彼が鏡を通過する直前に、ウルドビーズは彼に「始め のうちは少し辛いでしょう」と説明している。αにおいても、鏡を通過することは決して容易 なことではないと言えるだろう。

 このように、コクトーは鏡の通過を困難なものとして描いている。コクトーの詩人たちは鏡 の中を楽々と歩くことはできない。鏡の中での歩みは辛く苦しいものであり、地上における人々 の歩みとは全く別物なのである。こうした鏡の中での詩人の歩みぶりは、未知なる領域を前に

した詩人の姿であるとも言える。このことについては、第二部で詳しく論じることにしよう。

2)死神とプリンセス

 既に述べたように、07と02では鏡を通過する際のオルフェの意識に違いが見られる。α のオルフェは亡き妻との再会を欲して死の世界に赴く。鏡を通過する前の場面で、オルフェの 口から語られることはユーリディスのことばかりであり、詩や詩作活動について彼は何も語っ ていない。台詞から読み取れるオルフェの意識のレベルで言うならば、彼は亡き妻との再会を 求める夫として鏡を通過するのであって、詩人として鏡を通過するわけではないのである12。

 それどころか、私たちが前に引用した第一幕の台詞以降、未知に関するオルフェの台詞はな い。登場人物たちの意識のレベルで見る限り、未知なるものに惹かれる詩人のテーマは第一幕 以降鳴りを潜めてしまうのである。この点は07と02の大きな違いであると言える。というの も、0ノでは断片的にしか見ることのできなかったそのテーマは、他方02では物語の根幹をな すテーマとなっているのである。そして、この違いの大きな要因の一つとなっているのは、02

1ユ《[...]vous voyez un homme qui marche de faCon trさs p6nib1e et trさs6trange,et dont1a muscu1ature mouvante ne correspond pas主1 e脆rt de sa promenade、})50βp.1311.

12Cf.Pieere Dubourg,刀蝪〃∂ω惚b dθ北∂刀0go施∂α,Grasset,1954,p.259.

(18)

におけるプリンセスという登場人物の存在である。

 02のプリンセスは07の死神を下書きとして作られた人物である。物語の展開において、0ノ の死神と02のプリンセスは、ユーリディスを死者の世界に連れて行くという点では同じ働きを する。他にも両者の共通点として、ドレスを着た若い女性であること、部下を連れていること などが挙げられる。しかし、彼女たちのオルフェとの関わり方には大きな違いが見られる。

 0ノの死神は第六場にしか登場しない。かつてユーリディスが所属していた月の教団の代表者 であるアグラオニースの罠にかかり、オルフェが留守の間にユーリディスは封筒の糊にしこま れた毒を舐めて瀕死の状態になる。すると、鏡の中から死神が助手のアズラエルとラファエル を伴って現れ、ユーリディスを死者の国へ連れて行く。その後、オルフェはユーリディスを探 しに鏡を通過し、死者の世界で死神と出会うが、既に述べたように、0ノでは鏡のこちら側の世 界しか描かれていないので、オルフェと死神の出会いを私たちは直接見ることができない。そ の後、ユーリディスと共に死者の世界から帰ってきたオルフェの台詞によると、彼は死神が部 屋に忘れていった手袋を返した見返りとして、今後二度とユーリディスの姿を見ないという条 件付きでユーリディスを連れて帰る許可を与えられた。

 以上が0ノにおける死神の行動である。物語上、オルフェと死神の接点は一度しかなく、唯一 彼らが直接出会う場面もオルフェの口から間接的に語られるだけで、舞台上で直接演じられは

しない。オルフェにとって死神は妻を冥界へ連れて行った存在以外の何者でもないのである。

 02におけるオルフェとプリンセスの関わりはそれとは全く異なる。物語中、彼らは四回出会 う。一度目は干映画の冒頭である。02のオルフェはαのオルフェとは異なり、司祭という役 職にはついておらず著名な詩人という肩書きのみを担っている。そうした彼の状況は物語の冒 頭、カフェで起こった事件に巻き込まれることで変化していく。カフェにいた前衛詩人たちの 一人であるセジェストが、詩人たちと警官の争いのさなかバイクにひかれて死ぬ。事故の現場 にいたオルフェはセジェストのパトロンであるプリンセスによって半ば強制的に、彼女の山荘 へと連れて行かれる。その道中、彼はカーラジオから聞こえてくる奇妙なメッセージを耳にし、

山荘についた後にも、部屋にあるラジオからメッセージが流れてくるのを聞く。彼は自分のい る状況を把握できず混乱し、さらにプリンセスと死んだはずのセジェストが鏡の中に入ってい くという光景を目撃して気を失う。その後、ウルドビーズとともに帰宅した後、彼は0ノのオル フェと同様の奇行に走る。彼はラジオから聞こえてくるメッセージを彼に向けて送られている ものだと思い、必死になってそれを書き写す。馬がカーラジオに変わった以外、07と02のオ ルフェたちの行為には大きな差は見られない。オルフェとプリンセスの一度目の出会いは、07 では描かれていないオルフェと馬の出会いに相当すると言えるだろう。

 二度目の出会いの場面において、オルフェがプリンセスに対して惹かれていることが示され る。ただし、正確に言うとこの場面は出会いの場面とは言えない。オルフェはセジェストの箏

(19)

件の証人として警視のもとへ向かう途中でプリンセスを見かけ、彼女を必死に追いかけるが見 失ってしまう。

 三度目の出会いは、鏡の向こう側の世界で行われる。鏡をくぐり、ゾーンと呼ばれる場所を 通過したオルフェは死者の国の裁判所に到着する。そこでオルフェはプリンセスも彼のことを 愛していたことを知る。互いに愛情を確かめ合った彼らは、再び出会うことを誓い、そして別

れる。

 彼らの四度目の出会いは、オルフェの死後になされる。オルフェがセジェストの死に関わっ ていると思い込んだ前衛詩人たちの襲撃によって死んだ彼は、再びウルドビーズに連れられて 鏡をくぐる。そこでオルフェは、彼のことを待っていたプリンセスとゾーンで再会を果たす。

彼らは再会を喜ぶが、その後、プリンセスは半ば強制的な形でオルフェを地上に返す。

 以上のように、プリンセスは物語の主要な登場人物として、作品の始まりから終わりまで登 場し、オルフェと関わり続ける。そして、彼らは互いに愛し合っている。オルフェのプリンセ スヘの愛情は02の主要なテーマとなっているのである。

 注目すべきは、オルフェのプリンセスに対する愛情の強さである。オルフェとユーリディス は元々「模範的な夫婦」であり、ユーリディスによれば、オルフェが朝になるまで家に帰って 来ないなどということは一度もなかった。しかし、プリンセスと出会った後のオルフェは一変 してしまい、妊娠の報告をするユーリディスを軽くあしらう程にまでなってしまう。それほど までに、プリンセスとの出会いはオルフェにとって決定的なものだったのである。彼の愛の強 さがもっとも表れているのは、ユーリディスを交通事故で亡くした彼が死者の国に赴こうと決 意する場面だろう。

オルフェ ウルトビーズ:

オルフェ ウルトビーズ:

オルフェ ウルトビーズ:

ウルドビーズ…… またユーリディスと一緒になりたいんだ。

あなたが私に懇願なんかするべきじゃありません。私があなたに申し出て いるんです。(オルフェの肩に両手を置きながら)オルフェ、私の目を見て 下さい。あなたがもう一度一緒になりたいのはユーリディスなのですか、

それともあなたの死なのですか?

だけど……

私ははっきりした質問をしているんですよ、忘れないで下さい。あなたは 死と一緒になりたいのですか、それともユーリディスなのですか?

(目をそらしながら)二人ともだ……

 ・・そして、可能ならば二人とも欺きたいのですね……13

130rph6e  :Heurtebise...Je veux rejoindre Eurydice.

Heurtebise:Vbus n avez pas査me suppher.Je vous roffre.(月。醐批βθ8〃∂血β舳rノθβ6ρ棚ノθ8aりΨゐ6θ)0rph6e,

     regardez−moi dans1es yeux.D6sirez−vous rejoindre Eurydice ou1a mort?

(20)

そもそもこの場面のオルフェは、妻を亡くし嘆き悲しむ神話上のオルフェの書き換えである。

神話ではオルフェはその悲しみの強さ故に通常人間には成し遂げることのできない冥界下りを なす。02のオルフェもユーリディスの死を知ったとき、取り乱す程嘆き、ウルドビーズに助け を求める。それにもかかわらず、彼はウルドビーズの質問に動揺してしまう。彼は0ノのオルフ ェのようにユーリディスだけを求めて死の世界に向かうのではない。プリンセスヘの愛が、彼 が死者の世界へ赴こうとする要因の一つとなっていることは明らかである。

 こうした彼の愛情の強さを、プリンセスの女性としての魅力だけで説明することはできない だろう。彼の愛1音の強さは、プリンセスの正体が1amort(死)であることと大きく関わってい ると言える。というのも、ウルドビーズから質問される直前にオルフェはプリンセスが死であ ることを告げられるのだが、そのとき彼は次のように応えている。

オルフェ:僕はそれについて話していた。それを夢見ていた。それを詩によって讃えてい      た。僕は死のことがわかっていると思っていた。だけど、わかってはいなかっ      たんだ……14

この台詞から、オルフェが以前から詩作のテーマとして死を取り上げていたことがわかる。自 分の前に突如現れた女性が、実は自分が長年追い求めていた死であることを知り、オルフェの プリンセスに対する愛情は一層強くなる。オルフェは女性としてのプリンセスに男性として惹 かれただけではなく、詩人として追い求めるべき対象を彼女に見出していたのである。コクト ーは02のまえがきで、オルフェのプリンセスに対する愛1音について次のように端的に述べてい

る。

彼女のオルフェに対する愛とオルフェの彼女に対する愛は、詩人たちが自分たちの住む世 界を越えるあらゆるものに対して感じるあの深い引力や、私たちがそれにはっきりした形 を与えることも働かすこともできない私たちに取り掻いた無数の天性を私たちから削除し てしまう不自由さを克服しようとする詩人たちの執拗さを表わしている15。

Orph6e   :lM1ais、..

Heurtebise:Je vous pose une question pr6cise,ne1 oub1iez pas.Est−ce1a mort que vous d6sirez rejoindre ou      1≡:urydice?...

0rph6e  (d6tournant1e regard):Les deux...

Heurtebise:...Et,si possib1e,tromper1 une avec1 autre...

0尾pp.68−69.

ユ40rph6e:J en par1ais.J en r6vais.Je1a chantais.Je croyais1a connaitre.Je ne1a connaissais pas...

乃ゴ♂,P.66.

15くくSon amour pour Orph6e et1 amour d 0rph6e pour eue figurent cette profonde attraction des poさtes pour tout ce

qui d6passe1e monde qu i1s habitent,1eur achamement査vaincre rinfirmit6qui nous ampute d une fou1e d instincts

qui nous hanten七sans que nous puissions leur donner une危rme pr6cise ni1es agir.}1冊〃.

(21)

オルフェのプリンセスに対する愛は、未知の世界に対して詩人が感じる引力そのものである。

詩人の天性は未知の存在なくしては成立しない。メルシオール=ホネが述べていたように、死 の世界の住人であるプリンセスは、オルフェにとって「他所の約東」であり、「現実世界の彼方 にあって詩的世界に至らしめる、光り輝く夜の約束」に他ならないのである。

第二章 内部に存在する未知

1)inspirationとexpiration

 今まで見てきたように、詩人は死や夢のもつ未知性に魅了される。詩人にとってそれらは、

別の世界の存在を約束するものに他ならない。ところで、それならば「詩人」の創作活動とは ここではないどこかへの逃避にすぎないのだろうか。オルフェたちが向かう死の世界は、現実 からの避難場所にすぎないのだろうか。そこで改めてコクトーの作品に戻ると、私たちはそこ で描かれている死や夢が単なる隠れ家ではないことに気づくだろう。そして、コクトー作品に 描かれている未知の領域はその他所性だけに価値を持つような存在ではなく、より多面的な存 在であることを見いだすことになるだろう。この章では、それらの領域のもう一つの側面につ いて詳しく見ていこう。

 0ノのオルフェは、夜という領域について次のように述べている。

オルフェ:[…コ僕には夜が残っている。そして他の者たちの夜じゃない1 僕の夜だ16。

ここでは、未知の領域である夜が、ma nuit(僕の夜)、つまりオルフェ自身の夜であることが 強調されている。これと同様のことは02のプリンセスについても言える。プリンセスはただの 死ではなく、オルフェの死であり、セジェストやユーリディスたちの死でもある。というのも、

セジェストやユーリディスはその死後、プリンセスのことをmamort(私の死)と呼んでおり、

また、オルフェがプリンセスに出会う三度目の場面で、プリンセスはナレーションによって1a mort d un poさte(詩人[オルフェ]の死)と述べられている。また、まえがきで、コクトーは 彼女について次のように説明している。

プリンセスは死を象徴してはいない。なぜならばこの映画に象徴はないからだ。スチュワ ーデスが天使ではないのと同じょうに彼女は死ではない。彼女は手ルヲ土あ売であり、そ

160ノ,p.391、

(22)

れは彼女がやがてセジェストの死やユーリディスの死となるの一と同じことである。彼女は 数えきれない程いる死の役人のひとりなのだ。私たちはそれぞれ自分の死を持っており、

誕生以来それに見張られているのだ17。

「私たちはそれぞれ自分の死を持っており、誕生以来それに見張られている」という死生観は 大変興味深いものであり、そのことについては第三部で詳しく触れることになるが、ここで注 目すべきはプリンセスが死そのものを具現化した存在ではなく、オルフェたち固有の死である ことがわざわざ強調されているという点である。

 0ノでも02でも、詩の根源である領域は詩人自身の領域であることが強調されている。こう した強調は、私たちが既に見た、『詩人の血』のあとがきにおけるコクトー自身の記述の中にも 見られると言えるだろう。彼はそこでenmoi−mεme(私自身の内部へ)と降りていくことが重 要であり、また詩的状態とはene11eS(彼ら[人々]の中で)生じるものであるとも述べている。

 これらのことからわかるように、コクトーにおいて重要となるのは詩の根源となる領域が現 実の外部にある未知な存在であるとともに、それが詩人自身の内部にあるということなのであ

る18。

 それゆえ、コクトーは詩人の霊感を表すinspirationという言葉を使うとき、とても慎重にな る。次の言葉は、コクトーが02のまえがきでオルフェについて述べたものである。

17《La Princesse ne symbo1ise pas1a mort puisque ce丘1m est sans symbo1es.E11e n est pas p1us1a mort qu une h6tesse de1 air n est un ange.E11e est屈〃〃后♂りψゐ6θ,comme e11e d6cidera d εtre ce11e de C6geste et ceI1e

d Eurydice.E11e est une des innombrab1es缶nctiomaires de1a mort.Chacun de nous possさde sa mort qui1e

survei11e depuis sa naissance1})02

18Laurence Scb脆mは02のオルフェの鏡の通過と『詩人の血』の「詩人」の鏡の通過の両者に共通するモチーフと

して、descentein愉ieure(内的な降下)を挙げている。Schifanoによれば、鏡の先にあるゾーンとは「内部空間と個 人的な神話の独創的な表象」であり、鏡を通過することは自己の中へと進みいくことである。

    〔マラルメとは〕反対に、オルフェの鏡の不法侵入は、夢と記憶の中での危険な歩みを通じて、取り戻され再   統合された自我への帰路を彼に開く。

  《  Ue附action du miroir par Orph6e1ui ouwe au contraire,主travers1a marche p6ri11euse dans1es songes et

  1es souvenirs,1a voie d un retour査un Moi reconquis et r6uni丘6.〉)L.Schifano,0ψゐ6θdθ0go加舳,At1ande,

  2002,p.71.

コクトー作品における鏡の通過を考える上で、Schifanoの指摘はとても魅力的なものである。だが、テキストに書かれ

たことだけを視野に入れるならば、02のゾーンをオルフェ自身の「夢と記憶」の領域として捉えるSchifanoの解釈は

いささか不正確なものであると言えるだろう。ウルドビーズによれば、ゾーンとは「人間たちの記憶と彼らの習慣の廃 壇」からできた世界であり、その「人間たち」とは死者たちのことに他ならない。ゾーンはオルフェだけの世界ではな いのである。詩人の内的領域への降下を強調するという点でSchifanoと私たちはとても近い立場にいるが、ゾーンの彼 の解釈に賛同することは私たちにはできない。私たちにとってゾーンとは、コクトー自身が述べているように、生と死 の世界の中間地帯に他ならない。

   ゾーンはいかなる教義とも関係がない。それは生のはっきりしない境目である。生と死の間の中間地域。そこ   では、人々は完全に死んでもいないし、完全に生きてもいない。

  《 La Zone n a rien主voir avec aucun dogme.C est une frange de1a vie.Un no man s1and entre1a vie et1e   mort.On n y est ni tout査fait mort,ni tout倉fait vivant.})02

詩人が内面へと視線を向けることを強調するために、ゾーンを持ち出し、それを曲解する必要はない。オルフェが自分 自身の死であるプリンセスに詩人として惹かれているという事実だけで私たちには十分である。

参照

関連したドキュメント

(G1、G2 及び G3)のものを扱い、NENs のうち低分化型神経内分泌腫瘍(神経内分泌癌 ; neuroendocrine carcinoma; NEC(G3)

また適切な音量で音が聞 こえる音響設備を常設設 備として備えている なお、常設設備の効果が適 切に得られない場合、クラ

注:一般品についての機種型名は、その部品が最初に使用された機種型名を示します。

OFFI CI AL SCORE CERTI FI CATE GTEC (4技能) (CBT可). Test Repor t For m I ELTS™(Academi c

Step 2: Reconstruction of the signal from the derived trace data by deconvolution (ill-posed)...

内部に水が入るとショートや絶縁 不良で発熱し,発火・感電・故障 の原因になります。洗車や雨の

日林誌では、内閣府や学術会議の掲げるオープンサイエンスの推進に資するため、日林誌の論 文 PDF を公開している J-STAGE

Visual Studio 2008、または Visual Studio 2010 で開発した要素モデルを Visual Studio