前の章で私たちは、02のオルフェ、プリンセス、エディプ、スフィンクスたちが立たされて いる状況の類似性を指摘し、詩人と未知との関係について考察してきた。そこでここでは、も う一人のオルフェ、つまり0ノのオルフェに焦点を当てることにしよう。
前の章で02と『地獄の機械』を比較したように、ここでもいくつかの作品を比較しながら論
。を進めていきたいと思う。私たちがこれから見るのは、07、オペラ・コミック『ポールとヴィ ルジニー』、『地獄の機械』の三作品の終結部である。これら三作品の終結部では共通して新た な世界の唐突な出現が描かれている。以下、私たちはそれらの新たな世界と主人公たちがそこ に至るまでの過程に注目し、今までとは別の角度から詩人と未知の領域について考察していく。
なお、これらの作品の終結部の類似は既に松田和之によって指摘されており、これらの作品 を比較し論じるという方法は彼に多くを負っている。松田はコクトー作品で描かれているエデ ィプとオルフ エの類似を指摘し、そこにコクトー独自の死生観を読み取ろうとしている。彼は 0ノのオルフェと『地獄の機械』のエディプが両者とも作品の終結部において、「生者の世界」
を出発点として、「闇の世界」と「中間的世界」を経由し、最終的に「死者の世界」に到着する という同じ経路をたどっていることを明らかにしている。上記の二作品のみならず、コクトー 作品の研究において通常注目される機会の少ない『ポールとヴィルジニー』にも光を当てた松 田の一連の試みは極めて意義深いものである。そこで、私たちは松田とは別の角度から、すな わちコクトーの死生観ではなくコクトー的詩人像という観点からこれらの作品の終結部を眺め ることによって、松田の論考ではあまり触れられていなかった、これらの作品の終結部が持つ 別の側面について論じていくことにする。
1)唐突な世界の出現
07、『ポールとヴィルジニー』、『地獄の機械』の三作品は、その終結部において、それまで描 かれることのなかった新たな世界が登場するという点で一致している。ここでは、まずそれぞ れの作品の終結部について順番に見ていくことから始めよう。
(1)戯曲『オルフェ』
最後の場面である第十三場の冒頭には次のようなト書きが書かれている。
舞台が空に昇る。ユーリディスとオルフェが、鏡の中から部屋に入ってくる。ウルドビー ズが彼らを先導している。彼らは家を、まるで初めて見たかのように眺める49。
49{{re d6cor mon七e au cie1.Entrent par1a g1ace:Ewydice et Orph6e,Heurtebise1es mさne.I1s regardent1eur
ここでもオルフェたちは鏡を通過している。ただし、第十三場における鏡の通過は私たちが第 一部で見たものとは異なると言えるだろう。それまで鏡は生者の世界と死者の世界の境界であ った。しかし、第十三場において、鏡が結んでいる世界は生者の世界と死者の世界ではないの
である。
舞台上には登場しない鏡の向こう側の世界について詳しく把握することはできない。しかし、
第十場において、鏡の向こう側から死者であるユーリディスが現れたことや、死んだオルフェ が彼女に導かれながら鏡を通過したことから、鏡の向こう側の世界はそれまでと同様に死者の 世界であることが推測される。
世界が変化したのは鏡のこちら側の世界、つまり舞台上の世界である。「舞台が空に昇る」や
「まるで初めて見たかのように」という台詞からは、第十三場において舞台の場所が変化しだ ということが読み取れる。オルフェの家は生者の世界から別の世界へと変化しているのである。
この別の世界がどのようなものなのかは第十三場におけるオルフェの祈りの台詞で明らかにさ
れている。
オルフェ:神よ、あなたが私たちに私たちの住まいと私たちの家庭を唯一の天国として与 えて下さったことを、そしてあなたの天国の扉を私たちに対して開いて下さっ たことを私たちは感謝します。あなたが私たちのもとにウルドビーズを送って くださったことを感謝し、それにも関わらず私たちの守護天使の存在を私たち が認めていなかったことの罪を認めます。あなたがユーリディスを救って下さ ったことを感謝します。彼女は愛によって馬の形をした悪魔を殺し、そして彼 女も愛によって死んだがために救われたのです。あなたが私を救って下さった ことを感謝します。私が詩を愛していたがために、そしてあなたこそが詩であ るがためにわたしは救われたのです。アーメン50。
オルフェはこの新しい世界のことをparadis(天国)と表現している。舞台上の世界は空に昇っ たことにより、地上の世界から空の世界、つまり天国へと変化しているのである。第十三場の 以前では、鏡の通過は生者の世界から死者の世界への、死者の世界から生者の世界への移動で あったが、ここでは死者の世界から天国への移動となっている。
maison comme s i1s1a voyaient pour1a premiさre fois.》0ユ,p,422,
500rph6e:Mon Dieu,mus vous remercions de nous avoir assign6notre demeure et notre m6nage comme seu1 paradis et de nous avoir ouvert votre paradis.Nous vous remercions de nous avoir envoy6Heurtebise et nous nous a㏄usons de n avoir pas reconnu notre ange gardien.Nous vous remercions d avoir sauv6 Eurydice parce que,par amour,e1Ie a tu61e diab1e sous1a forme d un cheva1et qu e11e en est morte.
Nous vous remercions de m avoir sauv6parce que j adorais1a po6sie et que1a po6sie c est vous.Ainsi SOit−i1.
乃〃,P.422、、
ところで、オルフェは彼らの家が天国と変化したのは神の救いによるものであると述べてい る。言うまでもなく、ここでの神とはキリスト教における神であるのだが、作品においてDieu
(神)という言葉はそれまで一度も使われていない51。つまり、第十三場において神という概念 は何の前置きもなく、それまでの物語の流れとは全く無関係に突然用いられているのである。
そこで、オルフェが死に天国へ至るまでの過程を簡潔に確認してみよう。
第九場でバッカスの女たちに襲撃に気づいたとき、ウルドビーズはオルフェに逃げるよう説 得するが、オルフェはそれを断る。その際、彼らは次のような会話を行う。
ウルドビーズ:あなたはもう不可能なことをやりました。
オルフェ :不可能なことをこそ僕はやらなくてはいけない。
ウルドビーズ:あなたはいくつかの陰謀に耐えました。
オルフェ :まだ血が出るほどではない。
ウルドビーズ:あなたがおそろしい……。(ウルドビーズの表情に超人間的な喜びが表れる。)
オルフェ :彫刻家によって傑作へと削られている大理石は何を思うだろうか? 彼ばこ う考える。「僕はたたかれている、傷つけられている、侮辱されている、砕か れている、もうだめだ」この大理石は愚か者だ。人生が僕を削っているんだ、
ウルドビーズよ! 人生が傑作を作っているんだ。その打撃を理解せずに耐 えなくてはならない。身構えなくちゃいけないんだ。受け入れて、落ち着い たまま、むしろそいつを手伝って、協力して、仕事を終わらせてやらなきゃ いけないんだ52。
この台詞については後に詳しく見ていくのでここでは深くは触れないが、いずれにせよ、この 台詞において神という言葉は一度も使われていない。ましてや、オルフェは神に救いなど求め てはいないのである。そして、この台詞の後、オルフェはバルコニーから落下し、女たちによ って体を引き裂かれる。続く第十場では、部屋に投げ込まれたオルフェの首が次のように言う。
51第一場において、オルフェが詩作行為のことを「神々との隠れん坊」に例える場面があるが(乃〃,p.392)、そこで
使われているのは複数形のdieuxであり、大文字のDieuではない。そのときオルフェの念頭にあるのはミューズを始
めとしたギリシア神話の神々であり、キリスト教の神であるとは考えられない。52Heurtebise:Vous avez d6j査fait1 impossib1e.
Orph6e :A1 impossibIe je suis tenu.
Heurtebise:Vbus avez r6sist6主d autres caba1es.
0rph6e :Je n ai pas encore r6sist6jusqu au sang.
Heurtebise:Vous m e愉ayez...(石θ向β∂8θ♂慨舳r加わ由θθ理由血θ口〃θカゴθ舳功α㎜∂血θ。)
0rph6e :Que pense1e marbre dans1eque1un scu1p七ew tai11e un che向 鵬uvre?I1pense:{{0n me frappe,on m abime,on m insu工te,on me brise,je suis perdu、》Ce marbre estidiot.La vie me tai11e,Heurtebise!
Eue fait un chef−d o∋uwe.I1faut queje supporte ses coups sans1es comprendre.I1faut que je me raidisse.I1faut que j accepte,que je me tienne tranqui11e,que je1 aide,que je co11abore,que je1ui Iaisse finir son travai1、
♂,PP・414・415・
オルフェの首(重傷者の声で話す):ここはどこなんだ? なんて真っ暗なんだ。なんて頭 の重いことだ。それに体が、体がひどく痛い。僕はバルコンから落ちたはず だ。とても高くから、そうとてもとても高くから頭を下にして落ちたはずだ。
ところで僕の頭は……? そうだ、そう……ひとまず頭だ……どこだ、僕の 頭は? ユーリディス1 ウルドビーズ! 助けてくれ1 君たちはどこに いるんだ? 明かりをつけてくれ。ユーリディス!体が見えない。頭も見 つからない。僕にはもう頭も件もない。もう分からない。からっぽだ、僕は どこもかしこもからっぽだ。説明してくれ。起こしてくれ。助けてくれ!助 けてくれ! ユーリディス! (うめき声のように)ユーリディス……ユー リディス……ユーリディス……ユーリディス……ユーリディス……53
ここでオルフェは初めて助けを求める。ただし、ここで彼が助けを求めているのは神ではなく ユーリディスである。そして、この後彼を助けに現れるのは神でも守護天使であるウルドビー ズでもなく、ユーリディスである。なお、その際彼女はオルフェに「あなたを連れて行く許し はもらったわ」と述べる。第十三場でこの許しは神によって与えられたもので、オルフェが連 れて行かれた場所は天国であったことが明らかになるのだが、少なくともこの第十場において はこの許しに関して詳細は何も語られていない。
このように、第十三場の展開はそれまでの流れと関係なく唐突に行われている。第十三場で 登場する天国についても神についても、それ以前には一度も言及されていない。オルフェたち は作品の末尾において突然現れた新しい世界に導かれるのである54。
この時のオルフェの反応は興味深い。「まるで初めて見たかのように」部屋を見渡すオルフェ の姿からは、住み慣れた家が天国へと変わったことに対する彼の驚きが読み取れる。しかし、
彼は突如現れた天国の存在を決して疑わない。彼は神が自分たちを天国に導いた理由も、自分 の犯した過ちについても理解している。この瞬間、神や天国が存在することも、神とは詩であ ることも、彼やユーリディスにとっては当たり前のことなのである。つまり、第十三場では舞 台の場所が突然変化するだけでなく、物語の世界観自体も知らないうちに変化しているのであ
53La t銚e d 0rph6e,θ〃θμ〃θ舳θoム㎜血♂七〃郭2刀ゴるる舶4:0缶suis−je?Comme i1fait noir_Comme j ai1a tεte 1ourde.Et mon corps,mon corps me fait si ma1.J ai砒tomber du ba1con.J ai砒tomber de trさs haut,de trさs haut,trさs haut sur1a tεte,Et ma t6te...?au fait,oui...je par1e de ma tεte...
○亡est−e11e,ma t6te?Eurydice!Heurtebise!んdez−moi!o雌tes−vous?A11umez1a1ampe.
Eurydice!Je ne vois pas mon corps.Je ne trouve p1us ma t6te.Je n ai p1us ni t6te ni corps.Je ne domprends p1us.Et j ai du vide,j ai du vide partout.Exp1iquez−moi.R6vei11ez−moi.Au secours!Au secours!Eurydice!(0o伽〃θα刀θρ狛血旭)Eurydice...Eurydice...Eurydice...
Eurydice...Eurydice.、.
北ノ♂,pp.415−416.
54PierreDubourgはこうした0ユの終わり方を「妖精物語の終わり方」と称している(C£Pieere Dubourg,oμo危,p.
43)。興味深いことに、同名の妖精物語を題材として作られた映画『美女と野獣』(1946年上映)は、ベルと王子に戻っ た野獣が宙に浮き、王子の王国へと向かっていく場面で終わっている。『美女と野獣』においても舞台は最後には空を上 っていくのである。