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国民経済の体制的変動と経済政策の質的転換

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(1)

国民経済の体制的変動と経済政策の質的転換

その他のタイトル Change of National Economic System and Policy

著者 松原 藤由

雑誌名 關西大學經済論集

巻 5

号 3

ページ 265‑293

発行年 1955‑06‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/15757

(2)

265 

生活は著しい体制的変動を遂げてきたことはいうまでもない︒一口にいえば資本主義的国民経済の変貌である︒現 国民経済の体制的変動

近代から現代にかけてのわれわれの経済生活は資本主義を主流とする国民経済生活であるが︑それは資本主義の

経済組織と密接な関係から生ずる国民経済の基本的変動︵発展変動・循環変動・構造変動︶によって︑われわれの経済

実の問題として︑第一次世界大戦から第二次世界大戦を経て今日に到るわれわれの国民経済生活を考察の対象とす

ると︑この三十年間には資本主義が高度化し︑独占の段階に進み︑それに伴つて国民経済は重要な体制的変動を遂げ

新しい体制に転換しつつある︒全く別個の新しい体制へと変革したものに︑ソ連を始めとする社会主義の経済体制

があり︑未だ資本主義を主流とするものといえども︑それは資本主義の自由経済体制ではなく︑既に今日では資本

主義の統制経済体制へと転換している︒しからば国民経済の体制的変動とは具体的には如何なることであるか︒

ここに国民経済の体制的変動とは資本主義経済体制から社会主義経済体制への変革を意味するのではない︒それ

はあくまでも資本主義の枠内における自由主義経済体制から統制経済体制への転換を意味するのである︒前者の資

本主義経済体制から社会主義経済体制への変革は革命であり︑後者の自由経済体制から統制経済体制への転換は︑い

(

 

国民経済の体制的愛動と経済政策の質的膊換

(3)

266 

範囲に亘つて物価は膠着していていてそれ仕ど動かない︒

統制経済体制への転換は経済組織の︱つの推移である︒

一般的に生産設備が過剰を呈したこと︑ 利潤の鞘が維持されたこと︑ わば推移である︒革命は一般的に非合法的・暴力的・激発的に行われ︑推移は合法的・平和的・漸進的に行われる︒資本主義経済体制から社会主義経済体制への変革は明らかに経済組織の革命であり︑後者の自由主義経済体制から

しかしこのことは一般的にいえることであって必ずしも絶対的にいえることではない︒何故ならば自由主義経済体制から統制経

済体制への転換は理論的にも実際にも全てが合法的•平和的・漸進的に行われたとは断言できないからである。およそ歴史的変化

のうちには推移と革命がある︒推移と革命とは一応︑根本的には区別し得る︒しかし推移の過程において︑資本主義経済体制にお

ける現象形態のみならず︑やがてはその本質をも変革してくる可能性がないとはいえないのである︒

さて資本主義の変貌は︑それは国民経済的には自由主義経済体制から統制経済体制への転換であるが︑すぐるニ

大大戦間において極めて顕著であった︒資本主義の変貌は独占時代に入ると顕著になり︑

は実によく﹁独占時代﹂の特徴をあらわしている︒ドップ

(M

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ob

b)

比類なき強硬さをもった失業︑

投資率は減退し︑

徴を細かに観察すると︑ 物価が崩落する代りに︑

政治家や産業家の対策は生産費の切下げよりも生産制限にあったこと︑

的市場を求めること︑輸出超過の一般的礼讃︑資本輸出等々︑ 一九二九年の世界恐慌後

この特徴は︑主たる産業の広い

大規模な広告宣伝戦︑特権その他の制限政策︑

一般に﹁生産設備の過剰に対する恐怖﹂が支配し︑

かつての冒険︑危険を賭する熱は跡形もなく消え去つて保守︑慎重が支配した︒以上のような特

( 1 )  

この期間には︵二大大戦間︶次のような特徴があるとドップはいう︒ カルテルによる割当︑

︵イ︶失業の膨大と実

(4)

267 

質賃銀の不変︑︵口︶技術的革命と労佑生産力の増加︑

級の出現および経営と所有との分離︑

ファッジスト経済の進展︑

世界大戦前夜に政治経済は著しく変化した︒時計は容易に十九世紀の資本主義にも一九三0年代の資本主義にも戻

ところでかくの如き資本主義の独占段階における諸現象を考察して︑それは資本主義の末期的現象であるといわ

( 2 )  

れる︒すなわち如何なる良制度といえども時勢の推移とその制度自身の老衰とによって︑かつての長所は或は滅失

し︑或は逆に短所となって︑昨日の良制度が今日の悪制度となることは︑歴史の繰返し教えるところである︒資本

主義とても︑またこの流転の運命を遁れることは不可能であった︒末期の資本主義とは︑資本主義制度が︑

育期および全盛期を経て︑既に老衰期に到達せる時代相であって︑現時の資本主義制度が︑それである︒しかして

資本主義制度の末期的現象の最も根本的なるものを挙ぐれば︑

(2 )

私有財産制度が変質せること︑

会化せること︑等である︒

右の如き指摘は︑

︵ホ︶経済力の集中傾向︑

︵チ︶民主主義国における需要の欠乏︑︵リ︶国家資本主義への傾向等であり︑第二次

( 3 )

資本家自身の社会機能が喪失せること︑

これを充分に認め得るが︑ ︵二︶新中産階

その生

いまここでは資本主義の末期的現象や資本主義の滅亡などを論じよ

うとするのではない︒資本主義制度は資本主義が多くの民衆を養い得る力のある限り存統するであろう︒従つてこ

こで述べようとするのは資本主義の存続の問題ではなく推移の問題である︒換言すれば第一次世界大戦前後より第

二次世界大戦後の約十年間の時期を考慮に入れて︑資本主義的国民経済が如何なる体制的変動を遂げてきているか︑

(4 )

資本の生産機能が反社

( 1 )

資本主義的自由競争の機能が退化せること︑ ︵へ︶販路の制限および生産技術の変化︑

︵ 卜

︵ハ︶産業の集中と小企業の頑強な存続︑

(5)

それは既に指摘した如く自由経済体制から統制経済体制への転換であるが︑

するのである︒

もっとも第二次世界大戦後︑民主主義国においては︑自由経済体制への復帰が叫ばれ経済統制は次第に緩和され

これは戦時統制︑従って直接統制ないし需給統制の緩和であって︑

ると速断してはならない︒資本主義経済の運動法則は容易に自由経済体制への復帰を承認しないのである︒しから

ば自由経済体制から統制経済体制への原理的転換とみなし得る事象とは如何なることを意味するのであろうか︒そ

れは︵一︶個人主義から社会保障制への発展︑

︵四︶国家の経済活動の拡充強化︑等である︒以下は︑その要約的説明である︒

(‑︶個人主義から社会保障制への発展⁝・・・資本主義が独占の段階に入るにつれて資本主義の社会思想的基礎であ

る個人主義の原則は修正され︑今日程度の差こそあれ既に社会保障の原則が加味されてきている︒イギリスはその

わが国とても不充分ではあるが︑その例外ではない︒

周知の如く個人主義は社会における根源的な存在は個人であり︑ それが直ちに自由経済体制への復帰であ︵三︶資本支配の後退と労仇主義の拾頭︑

その個人の自由なる結合によって社会が形成さ

れるとする思想である︒この思想は経済荀には財産権と自由権を認めることにより各個人の生活維持は各個人の自

己責任においてなすべきであるという建前である︒されば国家はあくまで個人の自由を尊重し︑従ってこれに対す

る国家の干渉を最小限に制限することが社会発展の要因であると考えられたのである︒このように個人の生活維持

を各自の自己責任にまかすという個人主義原理は資本主義の安定的発展期を背景とし︑かつ根拠として︑しかも生

産力の著しい向上に基礎づけられつつ︑雇用機会が実質的に恵まれていたという基本条件によって支えられて始め これを主として原理的に説明しようと

(6)

269 

いな承認しなければならなくなったのである︒

かつ存続したといえるのである︒しかるに資本主義が高度化し独占の段階に到るや︑大量かつ持続的な

失業者を作り出し︑財産権の保護も無産の労仇者の生活保障には役立たず︑経済的自由も形式たるに止まり︑実質

的には雇用機会←所得水準←生活維持を保障するものでなくなった︒かくの如く財産権の保護と経済的自由の保障

によって国民の生活維持を社会的に保障せんとする個人主義的秩序原理の矛盾が現実化し持続化するに及んでは︑

国家が全国民の生活維持のために積極的に配慮せねばならぬという思想が生れることは当然であり︑

国々においては今なお資本主義的・個人主義原理を維持しておりながら︑

( 3 )  

承認せねばならなくなってきたのである︒

ての生活部面にわたつて社会保障︑

一方には労仇を売る外に生活の道な かくて多くの

この上に社会生活保障の原理をも併せて

日本国憲法第二十五条において﹁すべて国民は︑健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する︒国はすべ

社会福祉および公衆衛生の向上および増進に努めなければならな

い﹂と規定し︑国民生活の維持を実現するような制度および経済政策を樹立することが国家政治の理想とされてい

る︒もっとも各国における社会保障制の実際は必ずしも共通ではない︒殊に社会保障制の根本精神を人道主義的立

場におくだけでなく︑資本主義経済における社会主義たる建前をとるか︑或は社会主義政策の一環ないし社会主義

への前進政策として考えるかによって︑その基本的性格は全く異つてくる︒しかし何れの立場をとるを問わず今日

の資本主義的国民経済生活の維持と安定のためには社会保障制は不可欠の存在として︑その必要性は充分に承認さ

︵二︶営利主義の修正⁝⁝資本主義は利潤のための利潤の追求であるといわれる︒だから資本主義経済にあっては

資本が作用しており︑それの利潤が原動力となって経済が運営せられてゆく︒

(7)

国民経済の体制的変動と経済政策の質的転換︵松原︶

き労仇者があり︑他方には資本を所有する資本家がある︒資本家の資本用役は企業によって運用せられるのである

この運用というのは資本をもつて労仇その他の生産財を買い︑それから得らるる生産物を売ることによって

( 4 )  

利潤を獲得することである︒いま利潤を獲得する行為を営利と称するならば営利主義こそ資本主義を貫く指導精神

であり︑経済精神である︒この精神を忠実に達成すべく実践するのが企業による商品生産である︒従つて営利主義

は次の如く説明せられる︒自由経済の時代には︑企業は専ら利益の多少を目標として経営され︑もうけ得るだけ自

由に利益を牧め得た︒そして企業の成績は︑利益率の大小できまり︑また経営者の手腕は︑株主に支払う配当金の

大小で測られた︒そして金融資金は利廻りの少しでも高い方向に流れ︑投資家は安全率と利益率とを目安として動

( 5 )  

いた︒公益上必要とするものでも利益の少ないものは造らない︒これを営利主義と称する︒いうまでもなく営利主

義を実践する企業の商品生産は非計画的生産であり︑ムJれが恐慌や失業を生み︑惹いては︑このことが社会保障制

の進展を必然化したのであるが︑社会保障制の進展は逆に営利主義の修正を必然化することとなるのである︒

何故ならば資本主義社会における財政は個人牧入から強制的に獲得する租税を中心とするものであり︑社会保障

費の増大は︑それだけ企業者の牧益水準および就業者の所得水準を低下せしめることとなるからである︒そしてこ

のことは惹いては国民所得の生産を低下せしめる縮少再生産へ追いやるという危険さえはらんでいるのであり︑ま

た国家が社会保障の一環として私的企業に対して国家的統制を行って雇用の増大を強制するか︑或は公企業におい

て失業者を吸牧しようとすれば︑国家は私企業に対する管理を有効に実施し得るような体制を整えなければならな

変更することとなり︑ いが︑このことは私有財産制度に修正を加えるとともに︑企業活動に対する国家的統制によって営利主義の原理を

この関係からして資本主義の特徴たる営利主義生産の原理が修正をうけることになるのであ

 

(8)

垂直的結合への発展を可能にする︑

(d )

更に水平的結合へ発達する︑

て生ずる︒すなわち

( a )

商品に対する需要の増大︑

( e )

副次的生産による生産原価の低下︑

( b )

生産量の増加による価格の引上げ︑ 如何なる意味においてであろうか︒ これは生産規模拡大に基づく作業過程の複雑化 によって決定づけられている︒ かつて第一次世界大戦時代には各国は戦時利得税を徴牧した︒また第二次世界大戦中には職分奉公や公益優先が

叫ばれ︑会社利益の配当制限が行われた︒もとよりこれは戦時統制経済下の現象であったが︑今日といえども極端

なる営利主義の修正︑不適正な利潤の排除︑換言すれば利潤の純化ないし適正化は営業自由制の修補として︑また

社会保障制の進展にかんがみて必要である︒なお営利主義の修正は︑次に述べる資本支配の後退と労仇主義の発展

︵三︶資本支配の後退と労仇主義の拾頭⁝⁝資本主義経済においては︑資本家の資本用役は企業によって運営せら

れるが︑この場合に資本家とは︑企業に対する投資機能と企業を運営する経営機能とを所有する人である︒これが

本来の意味における資本家である︒しかるに資本主義経済が発展して独占資本の段階に到達すると︑企業形態︑特

に株式会社の発達のうちに資本と経営の分離が一般化してきた︒

が︑資本家の固有機能である投資機能と経営機能とを分離独立せしめて資本家機能の縮少を必然化したのである︒

. ( 7 )  

すなわち巨額の資本投資と経営上の専門的知識の併有が困難となったからに外ならない︒いうまでもなくかくの如

き現象の生起は資本主義経済の変貌︑端的にいえば前述せし営利主義の修正の客観的根拠となるのである︒それは

いま述べた如く生産規模の拡大に基づく作業過程の複雑化は︑生産技術の進歩とあいまつて次の如き原因によっ

( C )

生産増大は

るな

O'' 

(9)

しかし三大労佑立法の制定以来︑労仇組合運動の活澄化・団体交渉制の拡大・労仇協約締結の 一時点においては相対的に大株主としてのウェートは異ら 国民経済の体制的変動と経済政策の質的転換︵松原︶

( 8 )   ( f )

良品質の製造による事業の拡大等である︒生産技術の進歩と生産規模の拡大は企業経営において巨額の投下

資本と専門的経営知識とを必要ならしめる︒しかるにこの二つの機能の併有が困難となったことによって分離が必

然化したのであるが︑この事態は資本家の営利主義を専門的経営者の標榜する経営合理主義によって修正ないし変

質せしめることを意味するのである︒何故ならば経営とは生産性目標の合理的達成を指向するものだからである︒

なお最近の技術の進歩は営利主義の追求と矛盾する場合がないでもない︒

利潤追求の手段として利用されるのであるから︑新技術の創始者や︑その独占者には超過利潤が与えられる︒

理由は自明であろう︒すなわち資本家は新技術が従来と同質の財貨の生産単位を低減するものであるか︑換言すれ

ば新技術に労仇節約的発明か資本節約的発明のいずれかをもつているか︑もしくは同様の費用で従来よりも良質の

財貨を生産し得るものであるか︑従って新技術を利用すれば超過利潤をあげることが可能であると確信しない限り

新技術の採用はしないのである︒従って如何に人類の幸福のために貢献すると認められる新技術も営利主義を満足

せしめない限り現実には利用されないのである︒ここに技術の進歩と営利主義の追求との矛盾が生じ︑新技術の生

産への利用が国家の経済活動として実現されるに到るのである︒これはやはり営利主義の修正であり︑惹いては資

本支配の後退である︒

もっとも資本支配の後退といつても︑資本家の全面的後退と考えてはならない︒最近の如く資本と経営の分離お

よび株式分散傾向が顕著となった時代においても経営を背後で支配する者は少数の大資本家であり︑また株式が分

散すれば大株主の所有株式数は絶対的には漸減するが︑

( 9 )  

ないからである︒ 一般に資本主義経済において技術は︑

(10)

273 

(四)国家の経済活動の拡充強化•…••国家の経済活動は資本主義的国民経済の中で非常に大きな役割を果してきて

いる︒殊に第一次世界大戦中および戦後に至って国家の経済活動は拡充され︑このことが比較的に新しい概念とし

ての国家資本主義︵S

t e

c ap i

t al i

s m;   Sta~tskapitalismus)という言葉を生み、極めて多義的に使用されることになった

のである︒ここに国家資本主義とは︑国家権力がある特定の資本家的企業を直接その統制下においた場合に︑資本

家的経済制度のうちに発展するところの資本主義である︒かかる意味での国家資本主義が特別の意義をもつに至っ

たのは︑上述の如く第一次世界大戦中および戦後であり︑それは資本主義の危機を国家権力によって補強ないし救

済するために国家の経済活動が拡充されたからである︒第二次世界大戦中および戦後の今日︑国家の経済活動の拡

充は資本主義的国民経済の持続のための益々要請されている︒

か︒それは極めて多面的な活動であるが︑次の三部面から説明しよう︒それは国家資本の役割の増大︑官公営企業

の発達︑国家信用の膨脹である︒何故ならばかかる三つの現象は国家の経済活動の拡充強化を意味するに外ならな

︵イ︶国家資本の役割の増大⁝⁝いうまでもなく国家資本は私的資本と対立する概念であるが︑これを現実に機能

は︑この間の事情を明示している︒ 端的にいえば労佑主義ないし労佑主義・資本主義

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が拾頭すると資本支配の後退が余儀なくされるのである︒もとよりかくの如き傾向の端緒的形態は第一次世

界大戦中または大戦後からみられるが︑最近特に顕著となり︑イギリスにおける

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や︑アメリカの

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普及および労佑者の経営参加が一般化すると︑

しからば国家の経済活動とは何を意味するのである ドイツの

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(

の制度

(11)

る権力的牧入と密接に結びついていることが︑その特徴である︒ 家資本として規定し︑その役割の増大を指摘する︒

国民経済の体制的変動と経済政策の質的転換︵松原︶

する形態よりみるときは︑国有鉄道︑軍需工業︑専売事業︑通信事業等を始めとする︑

10  

いわゆる官公営企業の資本

が国家資本である︒しかしこの意味の国家資本は官公営企業の発達として次に取扱うから︑いまは除外し︑ここで

は国営企業をも含めて広く国民経済の産業各部門に国家資本が参加する場合の︑例えば国家が国営企業および私企

業に対して株式や社債の形で出資し貸付ける資本︑国営の金融機関に蓄積されたる資本等︑すなわち貨幣資本を国

国家資本の投資が一般になされるのは私的資本をもつては不可能な産業や事業の経営の代行として或は資本主義

経済の危機を補強ないし救済をする場合である︒これには次の如き諸場合がある︒私的資本をもつてしては利潤の

追求が満足されない場合︑私的資本の蓄積が貧弱な場合︑恐慌や戦争の勃発によって資本主義が危機に当面した場

合︑植民地等に新たな資本を投下する場合等である︒ところで以上の如き場合に国家資本の投資が要請されるのは

資本主義の秩序や︑その発展法則からいえば明らかに一つの矛盾であるが︑国家資本投資の増大はまた逆に資本主

義の秩序や発展法則を変容して︑ここに修正資本主義

( m o d i f i e d c a p i t a l i s m ;   r e v i s e d   c a p i t a l i s m . )

と称せられる段階へ

と資本主義を変貌せしめる客観的契機の一つを創出するのである︒既に若干述べた如く︑また後において述べる如

く第二次世界大戦中および戦後の資本主義諸国の国内国外経済の現状は︑国家資本投資の増大なくしては国民経済

生活の充実は不可能に近いといつても過言ではないのである︒いうまでもなく国家資本の創造は財政機構を通じて︑

すなわち課税権力によって強制的に徴牧されるか︑或は公債の募集によって︑

全部もしくは一部の政府出資の金融機関によって行われるのであるが︑ または金融機構を通じて︑すなわち

いずれの場合たるを問わず財政機構を通ず

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(12)

資本の協力関係として出資ないし貸付けられるのである︒ ︵口︶官公営企業の発達⁝⁝ここに官公営企業とは︑国家の所有経営するものと同時に︑地方公共団体の所有経営するもの︑すなわち官営企業と地方公営企業とを称するのである︒もっとも今日では︑団体という企業主体の如何は︑昔ほど重要な意義をもたないようになり︑企業に対する実効ある統制と企業自体の公共性とが反対に重大な意義を有するようになっている︒換言すれば国家や地方公共団体が直接的に企業の所有・運営を行うこと以外に︑公共的立場から私企業の運営に指導的ないし統制的に千渉することが現実に成立しているのである︒かくて官公営企業というよりは公企業と︑その内容を拡大して呼称する方が適切であるかも知れない︒

( a )

私的独占の弊害除去︑現代公企業の生成とその発達の根拠は︑

( C )

政治的理由による公共の福祉等︑

家観の変遷等である︑

国家資本の投資によるのであるが︑ である︒なお公企業の生成のため必要であった条件と︑その充足過程は︑

( a )

'国家および地方公共団体の企業経営能力の発達︑

( 1 0 )  

具体的には次の如き場合であもとより公企業︑特に官公営企業の発達は︑

る︒私的資本にとつては危険性が多く且つ利潤獲得が困難である場合︑私的資本によっては不可能な巨大企業の創

設の場合である︒なお国家資本は独占的企業を作り上げる場合︑産業合理化を促進する場合等にも私的資本と国家

さて第二次世界大戦後における各国の産業社会化の現象は一国産業体系のうちに私企業・公企業・公私混成企業

等の諸形態を混在せしめ︑また産業統制は資本主義経済の矛盾を克服するために重要な経済政策として実施せられ

ているのは事実である︒かくては前述せし国家資本の役割の増大と公企業の発達とは︑次に述べる国家信用の膨脹

国民経済の体制的変動と経済政策の質的転換︵松原︶

(b )

現代技術の目党しい進歩︑ この場合の国家や地方公共

(b )

財政政策的理由による牧益追求︑

( C )

時代思想並びに国

(13)

債 ︑ (b )

銀行券・紙幣︑

とともに密接な関連をもちつつ国家の経済活動を拡大強化しているのである︒

︵ハ︶国家信用の膨脹⁝⁝国家信用は租税とともに資本主義国家の物質的基礎であり︑その諸形態は次の

( a )

( C )

国家金融機関︑

(d )

である︒もとより私的信用に対する国家信用の

役割は資本主義の発展にとつて最も強力な槙杵の一つであった︒けれども独占段階以後における信用の膨脹︑すな

わち国債・銀行券・紙幣の増発ないし濫発並びに国家金融機関による貸付の増大および私的信用に対する国家信用

の補充(例えば銀行貸付の保証•株式配当の保証)の増大が限度を超えて肥大化すると、この国家信用の負担は、

帰するところ国民︑それも主として労佑者︑農民︑中小企業者に転化される恐れがある︒

しかし国家信用の膨脹は一面︑国家の経済活動の拡充強化を意味するものであるが︑他面︑資本主義経済におけ

る私的信用の実現が困難になったことを意味するものである︒従ってこのことは明らかに資本主義経済における一

つの矛盾の現われであるが︑今日の資本主義的国民経済を支える槙杵として国家信用の膨脹は公然として存在して

いるのである︒ここに︱つの矛盾とは︑国家信用の膨脹は資本主義の原理と矛盾し︑且つ国家信用の国民的負担は

国民経済を圧迫し︑国民生活を脅威して︑その社会の存立を危うくするが︑国家信用の膨脹なくしては今日の資本

主義的国民経済の維持が困難であるという相互矛盾を意味するのである︒

これを要するに上述の如き個人主義から社会保障制への発展︑営利主義の修正︑資本支配の後退と労佑主義の拾

頭︑国家の経済活動の拡充強化等は︑国家の経済に対する影響力を増大して資本主義の変貌ないし社会化を促進し︑

ここに自由競争を基盤とする生産手段の私有制および利潤制とにより流通経済的ないし価格経済的機構を通じて形

成されている資本主義的国民経済の︑いわゆる自由経済体制を統制経済体制へと転換せしめているのである︒かく

(14)

277 

げてきたのであろうか︒これが次の課題である︒

昭和二十六年︑こ

1ー五六頁︒ て今日多くの資本主義諸国においては︑国家の経済統制と社会化とが一体となり︑換言すれば生産手段の社会化とともに所得および消費の社会化傾向が国家の直接或は間接の指導規制ないし統制の形態をとりつつ顕著に進展しているのである︒ここでは統制経済について触れないが︑

端的にいえば今日の経済体制は資本 このような統制経済体制のもとにおける社会化を︑特に社

会埜義化と考えるならば︑今日のわれわれの経済体制は明らかに資本主義と社会主義の二重経済

(d ua

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ハンセン(とユnH•

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は私的資本主義経済と社会主義経済の混種である二重経済を一っは公私混在の生産

( 1 1 )  

経済︑他は公私混在の消費経済とに区別し︑二重経済は次のような点で他の制度よりも優れているという︒長所の

︱つは︑高度な中央集権の高圧的強制に対し個人の自由により大なる活動範囲を与える︒換言すれば二重経済は一

方では独占化されて極めて制圧的な私的産業制度から︑他方では同じく高度に制圧的な集産制度から逃れる︱つの

方法である︒次に二重経済においては︑個人の創意はなお経済の広汎な分野で自由な活躍を続け︑官営企業の分野

で発生するかも知れない非進歩的な官僚的傾向︵例えば能率の低下︶に絶えず新たな活を入れる役をなす︒

うな経済は安定と不安定との間の変動の幅を狭くする︒なお所得や消費を更に社会化する方向へ向つて国家的干渉

を行うことは完全雇傭を実現することを可能ならしめる︒

成美﹁資本主義の変貌とその狩来﹂

国民経済の体制的変動と経済政策の質的転換︵松原︶ 体制であるといえる︒

この二重経済は明らかに修正資本主義経済であり︑

ムペーターがいう如くそれは指導された資本主義︵磨

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c a p i

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s m )

主義の統制経済体制である︒しからば上述の如き国民経済の体制的変動につれて経済政策は如何なる質的転換を遂

.

..  ‑‑.....  ‑..  —---'

(15)

UO) UO) (9)  (8)  (7)  (6)  (5)  (4)  (3)  (2) 

国民経済の体制的変動と経済政策の質的転換︵松原︶

1

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10 0頁 ︒

0

頁 ° Pa ul   A.   Sa m u el s o n,   Ec on om i 

19 51 , 

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H an s e n.   F i s c a l   P o l i c y   a nd   Bu s i ne s s   C y e l e s

1.  

94 1.  

都留重人訳﹁ハンセン財政政策と舟気循環﹂昭和三十年︑四四五ー四五四頁︒

経済政策の質的転換

国民経済の体制的変動につれて︑それと相互作用的に対応する経済政策の質的転換には次の三つの傾向が看取さ

れる︒その︱つは︑発展政策←循環政策←構造政策への過程であり︑その二は︑生産政策←分配政策←綜合政策へ

の過程︑その三は︑経済政策が社会政策的︑経営政策的色彩を濃厚にしつつ﹁経済計画﹂政策へと進展しつつある

過程である︒もとよりこれらの三つの傾向は相互に関連があり︑また内容的にも同じものがあるが︑従ってこれを

個々別々に理解してはならない︒しかしここでは理解のための便宜上︑分割的考察を試みよう︒

資本主義を主流として国家形成の強化とともに国民経済が形成されて以来の経済政策は︑主として︑また基本的

には︑発展政策︑すなわち経済的発展政策である︒いうまでもなく政策主体が発展政策を採るのは︑それは一国に

(16)

279 

一 五

は一定の歴史的︑自然的︑社会的条件があり︑そしてこれらの与えられた条件のもとにおいて国民的生産力を強化

することが︑何よりも国民の経済生活を充実︵維持と向上︶する所以であり︑また国民的生産力は人口の量的質的増

大の地盤からも要請されるからに外ならない︒かかる意味では重商主義的な産業の拘束を排除し︑生産手段の私有

制と利潤制のもとに営業自由制を確立せんと意図した自由主義経済政策は資本主義の基本的な発展政策であったと

いえる︒そして発展政策の方向としては次のものが︑すなわち︵イ︶特許権政策︵個人創意の助成および新技術の発展

C 1 )  

助成・公営企業の設立などの政策︶等が数えられる︒ ︵二︶資本形成政策︵特殊銀行政策・貯蓄奨励・外査導入の

とりもなおさずそれは生産政策なのであって︑

は︑主として生産政策としての工業発展政策︑農業増産政策︑貿易振興政策等︑

生産力の体系樹立に指向したのである︒いま試みに国民的生産力発展の政策的諸手段を列挙してみれば︑

術の進歩向上対策︑

︵ホ︶生産機構整備対策︑ 従って資本主義展開期の政策

︵卜︶資源開発対策等である︒

しかるに資本主義経済が発展する反面︑恐慌や不況現象を含む景気変動が流通過程における循環的矛盾の結果と

しておこってくると︑上述のような発展政策よりはむしろ循環的政策が支配的に重要な政策として要請されるに至

このことは資本主義経済の特質およびその運動法則をみれば明らかなことである︒何故なれば価格•および利率を規制者とする自動的調節機能の障害として、具体的にいえば財貨と貨幣、価格と金利の不均衡として

︵へ︶経営体の拡充および合理化助成対策︑ ︵口︶生産設備の高度化対策︑︵ハ︶生産要素増大対策︑︵二︶生産諸要素の能率化対策︑

一国の産業化を基盤とする国民的 もとよりかくの如き発展政策は︑

︵ハ︶環境経済政策︵個体締済の発展を阻止

(17)

までもない︒

現われる循環矛盾は︑.資本主義経済の本質的矛盾たる生産と消費の不均衡から発生する必然的現象であるからであ

る︒従って循環政策ないし景気政策は︑循環矛盾ないし景気変動を根本的に排除することを目的として要請される

のではなくて︑

景気政策としては︑ それを可及的に平坦化し︑景気変動による経済的被害を最小限度に圧縮する目的をもつて要請され

︵イ︶貨幣・信用の統制政策︵中央銀行の割引政策および公開市場政策等︶

要の不況時への延期政策︑貿︵へ︶建築および住宅政策︑

このような景気政策は資本主義が自由競争段階より独占段階へと展開するにつれて︑その実施を強めたことはいう

資本主義が独占段階へと進み︑しかもそれが自治統制の段階から国家統制の段階へと展開してくると︑経済的被害

を与えるものは循環矛盾以外に構造変動から生ずる構造矛盾となり︑それが拡大化して国民経済そのものの危機を

招来したので︑ここに国民経済の構造的矛盾を克服しようとする計画的な︑そして全面的構造政策を要請するに至る

のは必然である︒かくて今日の経済政策は国民経済生活における循環矛盾を克服するための循環政策たるに止まら

( 2 )  

ず︑更に進んで構造矛盾を克服することを意図する構造政策たる性格を併せ含んでいるのである︒重要な構造政策

としては資本主義経済を前提とする限り︑ ︵二︶公共的労佑調達政策および公共的需

︵卜︶失業保険︑等が数えられる︒

(1 )

補整的構造政策︵構造的矛盾としてのひずみを補整し︑経済の発展並び

に循環を順調ならしめようとするもので日本では︑経済の民主化政策・農業構造の補整政策・カルテル政策と組合化政策・労働政

策と社会保障制•国際牧支の構造政策等)、

(2 )

戦時並びに経済恐慌における構造政策︵戦時統制経済政策・構造的イン

(3 )

計画的構造政策︵国民経済の全体的整合を図りつつ経済発展を企図する計画諾済 ︵ハ︶投機および利益制限政策︑

, 

̲̲̲̲ー・・・・‑・‑‑・‑‑・・. 一ー・

(18)

これを要するに経済政策は国民経済の体制的変動に対応して基本的には発展政策から循環政策へ︑その統一とし

第二の傾向である生産政策から分配政策へ︑更に綜合政策への過程は次の如く理解し得よう︒上述せし発展政策

は主として生産政策であり︑それは国民経済生活の充実のために一国の生産力構造の主要な基礎的要素である生産

手段の質的・量的増大を計つて財貨の国民的供給を潤沢ならしむるために実施されるものである︒いうまでもなく

かかる政策が要請されるのは一国の生産力を大ならしむることが直ちに一国の経済力を強大ならしむる所以に外な

らないからである︒しかし資本主義経済にあっては生産力が増大して財貨の供給が潤沢となっても︑財貨の分配が

一方に偏するならば一部の国民の経済生活は豊かになり得ても全体としての国民の経済生活は充実されないであろ

う︒何故ならば資本主義経済においては生産は専ら企業の商品生産として営まれ︑生産の結果に対する分配は企業

家︵資本家・経常者︶の手によって私的に行われるのが原則だからである︒要するに拡張再生産の基礎となる資本の

蓄積が私的に行われ︑分配もまた私的に行われることが資本主義経済の特質の一つであり︑分配の不均等ないし不

平等の禍根も︑また分配が生産手段の所有者により私的に行われることから生ずるのである︒`

ところで賓本主義経済の展開過程において︑財貨の分配︑すなわち所得分配の私的な不掏等が顕在化し︑貧富二

正義﹂とか﹁流通の正義﹂とかいう︑ 階級の対立となり︑殊に国民一般を貧しきにおくことが︑あらゆる社会的経済的問題を生起せしめたことは︑ここに指摘するまでもない︒そこで資本主義が独占段階へ進むにつれて︑アリストテレス以来︑いい古された﹁分配の

いわば︱つの経済倫理の立場から生産政策に次いで所得分配の不平等を是正 ての構造政策へと質的転換を遂げてきているのである︒

( 3 )  

政策︶であるといわれる︒

(19)

282 

する分配政策が要請されるに至ったのである︒しかしてこの所得分配の不平等を是正する政策的手段は多いが︑主

として財政を通じての調整︵累進課税︶︑賃銀政策︑

められねばならないが︑

の動向である︒ この外︑社会政策としての失業保険・手当その他諸種の社会保障および公共投資或は投資

助長政策︑雇用政策等が利用される︒もっとも今日の現状では分配率を大きく左右せしむるものは政府の財政牧支

さて資本主義の展開過程において生産政策に次いで分配政策が要請されるに至ったが︑この二つの政策の間には

交換ないし流通政策︵循環政策︶があることはいうまでもない︒ところで資本主義が独占段階に進むと独占的競争

のために生産は著しく阻害される︒何故ならば独占は企業の生産量を最も利潤のある点にとどめる︒端的にいえば

供給制限は独占の有力な手段だからである︒また独占的競争は多くの浪費を生ぜしめ︑且つ投資や分配の問題に重

大な影響を及ぼすものである︒かくて独占の進行は循環矛盾以外に構造矛盾を深め国民経済の危機を招くに至る︒

ここに資本主義的国民経済の国家的統制として統制経済体制が確立されるに至ったのである︒このような段階に達

すると経済政策は必然的に生産政策︑流通政策︑分配政策を統一した綜合政策へと︑換言すれば国家の統制的千与

が強化され︑生産統制︑分配統制︑消費統制︑金融統制︑物価統制︑貿易統制と国民経済が全面的に︵産度の差こそ

る︒このような統制経済政策こそ明らかに国民経済の発展矛盾︑循環矛盾のみならず構造矛盾をも克服することを

意図する構造政策たる性格を併せもっとともに︑それは文字通りの綜合経済政策なのである︒これを要するに国民

経済の体制変動に対応して経済政策は生産政策から分配政策へ︑更にそれらを統一したところの綜合政策へと質的 わけても最低賃銀の決定︑これは物価政策との関係において定

参照

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