判 例 研 究
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︿判例研究﹀
岩 手 靖 国 訴 訟
‑公式参拝・公金支出の合憲性
一 岩 手 県 議 会 靖 国 神 社 公 式 参 拝 決 議 損
害 賠 償 代 位 訴 訟 (甲 事 件 )
二 岩 手 県 知 事 ら に 対 す る 靖 国 神 社 玉 串
料 支 出 損 害 賠 償 代 位 訴 訟 (乙 事 件 )
盛岡地方裁判所昭和六二年三月五日判決︑
時報一二二三号三〇頁
︹判決要旨︺
藤 桐 ケ 谷
田 尚
判例則 章
一内閣総理大臣等による靖国神社公式参拝が実現されるよう
に要望する旨の普通地方公共団体の議会の決議は︑違憲無効
ということはできない︒
内閣総理大臣等が公的資格で行う靖国神社参拝は政教 分離原則に反しない
二普通地方公共団体のした靖国神社に対する玉串料等の献納
は︑憲法二〇条一項および三項ならびに八九条に違反しない︒
︹事実︺
1甲事件
岩手県議会は︑昭和五四年一二月一九日︑本件被告である同
議会議員三六名を含む議員三九名の賛成により︑内閣総理大臣
等による靖国神社公式参拝の実現を要望する旨の以下の決議を
した︒
靖国神社公式参拝について
靖国神社公式参拝を実現せられたい︒
理由
靖国神社には平和のいしずえ二五〇万英霊がまつられて
いる︒英霊に対し︑尊崇感謝の誠を捧げ︑国として公式儀
礼を尽すことは︑きわめて︑当然のことであり︑世界いず
れの国においても行われている︒
しかるに︑戦後︑靖国神社は国の手を離れ︑天皇陛下の
こ参拝も︑内閣総理大臣などの参拝もすべて個人的なもの
として扱われ︑また国際儀礼として当然の国賓の靖国神社
参拝も行われていないことは︑きわめて遺憾であり︑速や
かに国の代表並びに国賓の靖国神社公式参拝が実現される
よう強く要望する︒
同年一二月二一日︑本件被告たる同議会議長は︑自己の名に
おいて作成した本件決議事項を内容とする意見書︑請願書︑陳
情書を持参し被告議員らのうち八名を同向して上京し︑右意見
書を内閣総理大臣および総理府総務長官に︑請願書を衆参両議
員議長に︑陳情書を各政党に︑それぞれ提出した︒その際︑本
件決議に基づき意見書等を印刷した費用および被告らがその提
出のために上京に要した費用七万六=二五円が︑岩手県から支
出された︒これに対し︑岩手県の住民である原告らが︑本件決
議の無効を主張し︑県議会議長および議員らを被告として提起
した住民訴訟が甲事件である︒
まず原告らは︑次の理由から本件決議が違憲無効であると主
張した︒すなわち︑本件決議は︑宗教法人たる靖国神社の祭神
に対し︑天皇に国事行為として︑また内閣総理大臣等に国の代
表ないしは機関として靖国神社に参拝することを求めるのをそ
の内容としている︒故に︑いわゆる公式参拝は︑国家機関の宗
教活動︑特定宗教への援助行為にあたり︑その参拝のための公
金支出は特定の宗教団体に対し便益を与えることになるから︑
憲法二〇条一項後段︑同条三項︑八九条に違反する違憲行為で
あり︑かかる違憲行為を求める本件決議も違憲となるが故に憲
法九八条一項により無効である︒また天皇に対する行為を求め
る部分も憲法四条︑七条に違反し無効である︑とした︒
その上で原告らは︑主位的請求として︑被告議長は︑本件無
効な決議を有効なものとして取扱うことを厳に避止すべき義務
を負っていかにもかかわらず︑敢て自己の権限に基づき︑本件
決議を意見書等として印刷するための費用の支出負担行為をす るとともに︑その提出のための旅行命令を決裁して旅費の支出
負担行為をし︑また被告議員らは︑本件支出がなされることを
知りながら︑本件決議に賛成してこれを成立させ︑本件支出の
原因となるべき行為をしてそれぞれ岩手県に対し右支出相当額
の損害を与えたとして︑地方自治法二四二条の二第一項四号前
段に基づき︑岩手県が被告らに対して有する違法な公金支出に
よる損害賠償請求権を代位行使する︑と主張した︒さらに︑予
備的に︑被告議長は︑違憲無効である本件決議に基づき岩手県
が支出した印刷費および旅費の相当額を法律上の原因なくして
利得したものであって︑悪意の受益者というべきであり︑また︑
被告議員らは︑違憲無効である本件決議を成立させ︑県職員で
ある支出命令権者に違法な公金支出をさせ︑同県に印刷費およ
び旅費の相当額の損害を与えたことは︑同県に対する不法行為
を構成するとし︑岩手県は︑被告議長に対する不当利得返還請
求権および被告議員らに対する不法行為による損害賠償請求権
の行使を怠っているので︑同法二四二条の二第一項四号後段に
基づき︑岩手県に代位して右各請求をなす︑との主張をした︒
H乙事件
岩手県は︑昭和五六年︑靖国神社の春季および秋季例大祭に
玉串料として各七〇〇〇円︑みたま祭に献燈料として七〇〇〇
円︑計二万一〇〇〇を支出したが︑本件各支出は︑同県組織規
則および専決規程に基づき︑同県知事および福祉部長の監督の
下に︑福祉部厚生援護課長が専決者として︑支出科目を交際費
として︑支出負担行為および支出命令をしたものである︒これ
に対し︑岩手県の住民である原告らが︑本件各支出の無効を主
張し︑県知事︑福祉部長︑厚生援護課長を被告として提起した
住民訴訟が乙事件である︒
原告らは︑本件各支出は︑宗教上の組織または団体への公金
支出を禁ずる憲法八九条に違反し︑また︑特定の宗教団体であ
る靖国神社へいかなる名目にせよ寄附を行うことは︑宗教団体
に特権を付与することであって︑憲法二〇条一項後段により厳
しく排斥されるべき行為であり︑さらに︑玉串料の献納は︑そ
れ自体宗教性を帯有するものであるから︑本件各支出は憲法二
〇条三項にも違反して無効であると主張し︑被告ら三名は︑違
憲無効な本件各支出を行うことによって岩手県に総額二万一〇
〇〇円の損害を与えたものであるとして︑岩手県に代位して地
方自治法二四二条の二第一項に基づき︑損害賠償請求をした︒
なお︑両事件は︑昭和五八年から併合審理となった︒
︹判旨︺
1甲事件
一主位的請求について
地方自治法二四二条の二第一項四号前段にいう﹁当該職員﹂
とは︑同法二四二条一項の監査請求の対象となる行為を行う
﹁当該普通地方公共団体の長若しくは委員会又は当該普通地方
公共団体の職員﹂を指し︑地方自治法上の用語例に照らした場
合︑議長および議員はそのいずれにも該当せず︑被告らは右規
定の﹁当該職員﹂に該らない︒また︑本件で問題とされている 印刷費および旅費の支出手続についてみても岩手県の関係規定
上︑被告らがその支出について権限を持つものとは判断されず︑
原告らの本件訴中︑主位的請求に関する部分は︑被告適格を欠
き却下を免れない︒
二予備的請求について
ω本件決議にいう﹁公式参拝なるものが︑天皇並びに内閣
総理大臣等が公人としての資格立場において単に靖国神社に参
拝することを意味するものか︑あるいは国の行事として公費を
もって参拝を行うことを意味するのか︑右の文面のみからは不
明である︒﹂﹁したがって︑公式参拝の公式たる点については︑
本件決議の文章と本件決議がなされた当時世上に論議された点
を考慮して判断するほかはない︒﹂そこで︑本件決議の文章や
内閣総理大臣等の靖国神社公式参拝に関する政府統一見解等に
より検討すれば︑﹁被告らの要望する公式参拝は内閣総理大臣
その他の国務大臣︑衆︑参両院議長が公的資格で行う参拝を意
味するもののように解される︒﹂
②﹁そうであるとするならば︑その参拝をもってして憲法
二〇条一項︑三項に違反するものと判断することはできない︒
何故ならは︑公人と私人とは不可分であり︑内閣総理大臣等は
私人として思想及び良心の自由︑信教の自由を有し︑かつまた
政治的中立を要求されない公人たる政治家として︑自己の信念
に従って行動しうることはいうまでもなく︑そして︑憲法が保
障する基本的人権のうち思想及び良心の自由︑信教の自由の如
きは天賦人権の最たるものであって︑国家に優先することは何
人も否定しえず︑公人であることによってこれを制限すること
は許されないところであるから︑その自然人の発露として許容
され︑他方では公人として否定されることはありえないからで
ある︒﹂
㈲﹁仮に︑本件決議の内容を日本国の象徴としての天皇並
びに日本国の代表乃至は⁝機関たる内閣総理大臣等に対し︑国の
行事(例えば︑政府が主催し︑その費用を公費をもって支出す
る等)として靖国神社に参拝することを求めるものであるとし
ても︑本件決議の可決をもって違憲無効の行為ということはで
きない︒
もともと︑本件決議は普通地方公共団体の議会の権限にして
かつ職責たる法九六条の議決ではなく︑法九九条{項の意見の
陳述又は同条二項の意見書の提出を要する表決でもなく︑法律
に基づかない単なる事実行為としての意思の表明であって︑そ
の内容は国会又は政府機関への要望に過ぎないから︑何らの法
的効果を伴うものではなく︑また︑破壊活動防止法の教唆又は
扇動︑刑法二一二〇条の名誉棄損などのように犯罪行為を構成す
るものではないから︑法的な無価値判断を受けることもないと
ころである︒確かに︑右に仮定したような形式の公式参拝が実
施されるならば︑その公式参拝は憲法二〇条一項︑三項に違反
するといわなければならないが︑被告らが岩手県議会の決議の
形式によってそのような請願をするものと仮定しても︑被告ら
は普通地方公共団体の議会の議員としての政治職であるから︑
その決議をもって一定の政治的要求の表明をなしうるものとい うべく︑本件決議もその政治的要求の表明と考えられ︑しかし
てその要求は刑罰法規に触れるものでないことは前記のとおり
であるから︑右政治的要求の発表は憲法一九条が保障する思想
良心の自由及び憲法二一条が保障する言論の自由に属するもの
であって︑住民が被告らに対し本件決議を可決したことを理由
として政治的責任を問うことは別として︑法律上何人もこれを
問責できないものというべきである︒﹂
ω以上の点からして︑本件決議を違憲無効ということはで
きず︑原告らの予備的請求は理由がなく失当である︒
皿乙事件
一被告適格
﹁︹岩手県知事部局代決︺専決規定二条によると︑専決権者は
授権された事務につき常時授権者に代わって決裁を行うのであ
るから︑反面︑授権者はその授権した事項につき︑監督権限を
有することは別として︑決裁権を有しないものと解すべきであ
る︒﹂から︑本件玉串料等に係る公金支出は︑被告福祉部厚生
援護課長の専決事項であり︑被告県知事および被告県福祉部長
には︑右公金支出の権限はなく(また右公金支出について自ら
処理したものでもないから︑右両被告に対する訴は︑被告適格
がないので不適法として却下を免れない︒
二被告課長に対する本案について
ω﹁いわゆる津地鎮祭事件の最高裁判所昭和五二年七月一
三日大法廷判決(民集三一巻四号五三三頁)が判示するように︑
憲法二〇条︑八九条のいわゆる政教分離規定は﹃制度的保障の