捜査手続における強制採尿について (岡田万嗣志村 欣一布川玲子十菱駿武教授退職記念号)
著者名(日) 三神 正一郎
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 71
ページ 19‑47
発行年 2013‑03‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000508/
論
捜
説査 手 続 に お け る 強 制 採 尿 に つ い て
三 神 正一 郎
目次 はじ めに 第一 節 従来 の学 説と 捜査 実務 第二 節 最高 裁昭 和五 五年 一〇 月二 三日 第一 小法 廷決 定 第三 節 最高 裁平 成六 年九 月一 六日 第三 小法 廷決 定 まと め
はじ めに 覚せ
い剤 取締 法は
︑第 四一 条の 三第 一項 一号 及び 第一 九条 にお いて
︑い わゆ る覚 せい 剤自 己使 用の 罪を 規定 して いる
︒人 が覚 せい 剤を 使用 した 場合
︑覚 せい 剤の 成分 は︑ 体内 で代 謝さ れる 部分 を除 いて
︑尿 の中 に一 定期 間残 留
─ 19 ─
する
︒当 然の こと なが ら︑ 人は 自ら 体内 で覚 せい 剤の 成分 を作 り出 すこ とは でき ない ため
︑覚 せい 剤自 己使 用の 罪 の被 疑者 の尿 を採 取し 分析 する こと は︑ 覚せ い剤 自己 使用 の罪 にお いて の最 適な 採証 方法 であ る︒ しか しな がら
︑ 覚せ い剤 自己 使用 の罪 の全 ての 被疑 者が
︑捜 査機 関に 任意 に尿 を提 出す るこ とは 現実 的に 期待 でき ない
︒そ こで
︑ 捜査 手続 にお いて 被疑 者か ら強 制採 尿を する 必要 性が 生じ てく るこ とに
( )
なる
︒
ここ で︑
﹁強 制採 尿と は︑ 尿道 用カ テー テル
︵導 尿管
︶を 被処 分者 の同 意な しに 尿道 に挿 入し て︑ 膀胱 から 直接
︑ 尿を 採取 する こと を
( )
いう
﹂︒ 強制 採尿 に関 して は︑ まず
︑そ の処 分方 法ゆ えに
︑被 処分 者に 著し い精 神的 な屈 辱感
を与 え被 処分 者の 人間 とし ての 尊厳 を侵 害す るか ら︑ そも そも 全面 的に 許さ れな いと いう 説と
︑覚 せい 剤自 己使 用 の罪 の立 証に おい て被 疑者 から の強 制採 尿は 不可 欠で ある から
︑一 定の 形式 で許 され ると いう 説の 対立 があ った
︒ 次に
︑一 定の 形式 で許 され ると いう 説の 中で も︑ いか なる 令状 が必 要か につ いて
︑様 々な 説に 別れ てい た︒ その よ うな 中で
︑後 述す る最 高裁 昭和 五五 年一
〇月 二三 日第 一小 法廷
( )
決定 は︑ 強制 採尿 は捜 索差 押令 状に よっ て許 され る
と判
( )
示し
︑さ らに 最高 裁平 成六 年九 月一 六日 第三 小法 廷
( )
決定 は︑ いわ ゆる 強制 採尿 令状 の効 力と して
︑強 制採 尿に
適す る最 寄り の場 所ま で被 疑者 を連 行す るこ とも 許さ れる と判 示し た︒ これ らの 判例
︑殊 に昭 和五 五年 一〇 月二 三 日第 一小 法廷 決定 を受 けて
︑現 在で は﹁ 強制 採尿 は実 務に おい て定 着し た捜 査方 法と なっ て
( )
いる
﹂︒ そこ で︑ 本稿 では
︑ま ず︑ 昭和 五五 年一
〇月 二三 日第 一小 法廷 決定 以前 の学 説と 捜査 実務 の運 用を 整理 した 後︑ これ ら二 つの 判例 につ いて 検討 して ゆき たい
︒
第一 節 従来 の学 説と 捜査 実務 従来
から
︑人 の身 体を 対象 とす る採 証手 続は
︑一
︑捜 索と して の身 体検 査︑ 二︑ 検証 とし ての 身体 検査
︑三
︑鑑 定と して の身 体検 査の 三つ に別 れる とさ れ︑ それ ぞれ 行い 得る 範囲 も区 別し て考 えら れて きた
︒ そし て︑ 人の 身体 を対 象と する 採証 手続 に必 要な 令状 につ いて も︑ いか なる 令状 で︑ どこ まで の処 分が 許さ れる かに つい て︑ 三つ の考 え方 に別 れて
( )
いた
︒
まず
︑① 着衣 を着 たま まで
︑ポ ケッ トな どを 捜索 する こと
︑② 頭髪
・耳 腔に 隠し た物 を探 すこ とま では
︑捜 索状 のみ で可 能だ が︑
③口 腔・ 肛門
・膣 など の体 腔内 に隠 した 物を 探す こと は︑ 捜索 状に 加え て︑ 身体 検査 令状 が必 要 であ り︑ また
︑④ レン トゲ ンや 電波
・超 音波 など によ り身 体内 部に 隠し た物 を探 すこ と︑
⑤吐 剤・ 下剤 など を施 用 し嚥 下物 を排 出さ せる こと は︑ 捜索 状に 加え て︑ 鑑定 処分 許可 状が 必要 だと す
( )
る説
︒
また
︑① 着衣 を着 たま まで
︑ポ ケッ トな どを 捜索 する こと
︑② 頭髪
・耳 腔に 隠し た物 を探 すこ とま では
︑捜 索状 のみ で可 能だ が︑
③口 腔・ 肛門
・膣 など の体 腔内 に隠 した 物を 探す こと
︑④ レン トゲ ンや 電波
・超 音波 など によ り 身体 内部 に隠 した 物を 探す こと
︑⑤ 吐剤
・下 剤な どを 施用 し嚥 下物 を排 出さ せる こと は︑ 捜索 状に 加え て︑ 身体 検 査令 状が 必要 だと す
( )
る説
︒
さら に︑
①着 衣を 着た まま で︑ ポケ ット など を捜 索す るこ と︑
②頭 髪・ 耳腔 に隠 した 物を 探す こと
︑③ 口腔
・ 肛門
・膣 など の体 腔内 に隠 した 物を 探す こと
︑④ レン トゲ ンや 電波
・超 音波 など によ り身 体内 部に 隠し た物 を探 す
─ 21 ─
こと まで
︑捜 索状 のみ で可 能だ とす
( )
る説 の︑ 三つ の説 であ った
︒
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そし て︑ この よう な﹁ 身体 の検 査方 法の
( )
体系
﹂を 前提 にし て︑ 強制 採尿 につ いて も考 えら れて きた ので ある が︑
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まず
︑前 述の よう に︑ 強制 採尿 につ いて は︑ 被処 分者 に著 しい 精神 的な 屈辱 感を 与え 被処 分者 の人 間と して の尊 厳 を侵 害す るか ら︑ そも そも 全面 的に 許さ れな いと いう 説︵ 否定 説︶ と︑ 覚せ い剤 自己 使用 の罪 の立 証に おい て被 疑 者か らの 強制 採尿 は不 可欠 であ るか ら︑ 一定 の形 式で 許さ れる とい う説
︵肯 定説
︶と の対 立が あっ た︒ ただ し︑
﹁ど のよ うな 令状 によ って も︑ およ そ強 制採 尿は でき ない とい う﹂ 否定 説は
﹁支 持さ れ
( )( )
なか った
︒﹂
︒
12 13
しか しな がら
︑肯 定説 も︑ 強制 採尿 をど の様 な強 制処 分と して 考え
︑ど の様 な令 状に 基づ いて 行い 得る かで
︑三 つの 説に 別れ た︒ まず
︑強 制採 尿を 鑑定 とし ての 身体 検査 だと とら え︑ 鑑定 処分 許可 状に 基づ いて 行い 得る とす る考 え方 があ った
︵鑑 定処 分許 可状 説︶
︒こ こで
︑鑑 定と は﹁ 特別 の学 識経 験に よっ ての み知 り得 る法 則及 びそ の法 則を 適用 して 得 た意 見判 断の
( )
報告
﹂を いう
︒確 かに
︑強 制採 尿は 採尿 自体 が目 的な ので はな く︑ 採尿 した 尿中 の覚 せい 剤の 成分 を
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分析 する こと が主 な目 的で ある 点に 着目 すれ ば︑ 処分 の性 質か らは
︑こ の考 え方 が妥 当で ある とも 思わ れた
︒し か しな がら
︑こ の考 え方 には
︑捜 査機 関が 鑑定 受託 者に よっ て行 う場 合︑ 条文 上︑ 直接 強制 がで きな いと いう 問題 点 があ った
︒つ まり
︑刑 訴法 二二 五条 四項 の﹁ 準用 する 一六 八条 六項 は︑ 身体 検査 の直 接強 制を 規定 する 一三 九条 を 準用 して いな い︒ また
︑﹂ 二二 五条 は︑
﹁身 体検 査を 拒ん だ者 につ いて 鑑定 人か ら裁 判官 に身 体検 査の 直接 強制 等を 求め るこ とが でき る旨 を規 定し た一 七二 条も 準用 して いな い︒ この ため
︑鑑 定の ため の身 体検 査を 被疑 者が 拒否 し︑ 間接 強制 の方 法に よっ ても その 目的 を達 し得 ない 場合 には
︑ど のよ うに すべ きか が
( )
問題
﹂で あっ た︒
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また
︑一 方で
︑強 制採 尿を 検証 とし ての 身体 検査 だと とら え︑ 身体 検査 令状
︵刑 訴法 二一 八条 一項
︶に 基づ いて 行い 得る とす る考 え方 があ った
︵身 体検 査令 状説
︶︒ ここ で︑
﹁検 証と は︑ 場所 や物 また は人 の身 体に つい て︑ その 存否 や形 状・ 性質 など を︑ 五感
︵視 覚・ 聴覚
・触 覚・ 嗅覚
・味 覚︶ によ って 認識 する 強制
( )
処分
﹂を いう
︒確 かに
︑
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強制 採尿 を検 証と して の身 体検 査だ と考 えれ ば︑ 刑訴 法二 二二 条一 項が 一三 九条 を準 用し てい るた め︑ 検証 のた め の身 体検 査を 被疑 者が 拒否 した 場合 でも
︑直 接強 制が 可能 であ ると いう 利点 はあ った
︒し かし なが ら︑ この 考え 方 には
︑検 証と して の身 体検 査は
︑体 表・ 体腔 を見 る︑ 触る とい う身 体の 外面 を観 察す るに とど まる
︑と いう 処分 の 性質 を無 視し てい ると いう 問題 があ った
︒ そこ で︑ 捜査 実務 にお いて は︑ 身体 検査 令状 と鑑 定処 分許 可状 の両 方の 令状 を発 付し ても らい
︑医 師を して 強制 採尿 を行 うよ うに なっ た︵ 両令 状の 併用 説︶
︒確 かに
︑こ の方 法に よれ ば︑ 前述 のよ うな
︑そ れぞ れの 処分 が有 す る問 題点 を克 服で きる とい う利 点は あっ た︒ しか しな がら
︑検 証と して の身 体検 査と 鑑定 処分 とし ての 身体 検査 で は︑ それ ぞれ の処 分を 実施 する 主体 が明 確に 区別 され てお り︑ それ ゆえ に︑ それ ぞれ の処 分で 行い 得る 範囲 も限 定 され てい るの であ る︒ その 点を 無視 し︑ 便宜 的に 両方 の令 状を 発付 して もら うと いう 併用 説の 考え 方に は︑ 理論 的 な問 題点 があ ると 言わ ざる を得 なか った
︒ ただ し︑ これ に対 して
︑併 用説 の論 者で ある 井上 教授 は︑
﹁検 証と 鑑定 とは
︑そ もそ も︑ 互に 相排 斥し 合う 関係 にあ るの では なく
⁝鑑 定は 特別 の知 識経 験を 以っ てす る検 証の 補充
︑つ まり
︑本 来裁 判所 が行 うべ き検 証を
︑そ の 対象 の性 状等 の充 分な 認識 のた めに 特別 の学 識経 験を 必要 とす るが 故に
︑鑑 定人 に命 じて 行わ せる もの だと 解し 得 るの であ る︒ そし て︑ まさ にそ のよ うに
︑鑑 定が 本来 裁判 所の なす 検証 を補 充・ 代替 する もの であ るか らこ そ︑ そ
─ 23 ─
の鑑 定に 必要 な処 分を 鑑定 人自 身が 独自 の力 で遂 行す るこ とが 不可 能も しく は不 適切 とな った 場合 に︑ 裁判 所な い し裁 判官 がそ れを 補う こと がで きる こと にな るの では なか ろう か︒
⁝こ のよ うな 裁判 所の 命令 によ る鑑 定と 対比 し て︑ いわ ゆる 嘱託 鑑定 は︑ 捜査 機関 によ る検 証を 補充
・代 替す るも のと 位置 付け るこ とが でき る︒ そし て︑ そう だ とす ると
︑こ の場 合に は︑ 鑑定 に必 要な 身体 検査 の処 分を 鑑定 受託 者が 独自 に遂 行す るこ とが 不可 能ま たは 不適 切 とな った とき は︑ その 鑑定 の嘱 託者 たる 捜査 機関 がこ れを 補う べき だと いう こと にな ろう
︒⁝ むろ ん︑ そう する た めに は︑ 捜査 機関 自身 にそ の処 分を 行う 権限 が存 しな けれ ばな らな いが
︑⁝ 裁判 官の 身体 検査 令状 の発 付を 得︑ 適 切な 専門 家を 補助 者と して 実施 する 限り
︑捜 査機 関の 検証 処分 とし ても 同程 度の 処分 をす るこ とが でき ると 解さ れ るの であ るか ら︑ 身体 検査 令状 の下 に︑ 鑑定 受託 者を 補助 者と して
︑直 接強 制に より その 身体 検査 を実 行す れば よ いの であ る︒ 以上 のよ うに 考え ると きに は︑ 従来 の多 数説 およ び実 務が 体液 の強 制採 取一 般に つい て採 用し てき た 併用 説の 考え 方は
︑便 宜的 な解 決で ある どこ ろか
︑む しろ
︑現 行法 の構 造に 最も 良く 適合 した 解決 であ るこ とが 判 ろう
︒そ して
︑強 制採 尿に つい ても
︑そ の法 形式 とし ては
︑鑑 定処 分許 可状 と身 体検 査令 状と の併 用に よる とい う のが
︑あ るべ き解 決で あっ たよ うに おも わ
( )
れる
﹂と 反論 する
︒
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しか しな がら
︑一 方で
︑寺 崎教 授は
︑こ の見 解に 対し て︑
﹁確 かに
︑鑑 定と 検証 との 間に は競 合す る部 分が ある し︑ 検証 の補 充と いう 側面 を鑑 定に 見出 すこ とも でき るだ ろう
︒し かし
︑身 体検 査が 拒否 され たと き︑ 鑑定 人が 裁 判官 に被 処分 者の 身体 検査 を請 求で きる
︵法 一七 二︶ のは
︑裁 判官 に直 接強 制の 権限 が与 えら れて いる から だと 言 える
︒裁 判官 と異 なり
︑そ もそ も捜 査機 関に は身 体検 査を 直接 強制 でき る権 限が ない
︒し たが って
︑︵ 法一 七二 の よう な規 定が ない にも かか わら ず︶ 捜査 機関 が︑
﹃身 体検 査令 状の 下に
︐鑑 定受 託者 を補 助者 とし て︐ 直接 強制 に