研究の基盤となるもの
〜教師おこし委員会より 〜子どもと生活を共にする中で、「気になる子」が出てくることがある。しかし、本来はどの子も「気 になる子」である。魅力を感じる姿にも、目を背けたくなる姿にも、見過ごしてしまう姿にも、子ども がよりよい自分になろうとしているからこその意味があるはずだ。
私たち教師は、どれだけ子どものよりよい自分になろうとする思いを感じ取れているのだろうか。子 どもの思いを推し量ることなく、教師が望む姿に押し込めていることはないだろうか。見栄えのよい姿 も、教師が望む姿を子どもに背負わせているだけなのかもしれない。
教師の働きかけが、子どもの成長を阻むこともあるし、子どもの成長を後押しすることもある。本校 では、どの子の成長も後押ししたいという思いから、教師の存在価値に注目した。
(1)教師おこしに込めてきたもの
子どもと生活を共にする中で「この子は煩わしい子だな」と思うことがある。手を煩わすその子がな ぜそうしているのかを考えずに、その場を取り繕おうとしてしまうこともある。教師が「そんな些細な ことに戸惑ってしまうのか」と感じてしまうことでも、その子にとっては大きな課題である。「逃げて いる」「甘えている」「自分勝手」と教師が感じてしまう子どもの心の内には、こうしたい・こうなりた いけれどもそうできない理由がある。
私たちは、子どものよりよい自分になろうとする思いに働きかけることが、子どもの成長を後押しす ることになると考えている。私たちは、どの子の成長も後押ししたいという思いから、「自分はその子 の成長を後押ししてきたのか」と教師としての存在価値を問い続けることを大切に考えた。教師として の存在価値を問い続けることで、子どものよりよい自分になろうとする思いに近づいていけると考えた からである。私たちは、「自分はその子の成長を後押ししてきたのか」と教師としての存在価値を問い 続けることを「教師おこし」と名付けた。
私たちは、教師としての存在価値を問うきっかけとして、子どもの姿から考えたことを記した教師お こしレポートをもとに、同僚と語り合う活動を取り入れた。子どもの姿から考えたことを記したり語り 合ったりすることは、自身のその子の見方を揺さぶる。それまでの自身の見方に縛られずその子の思い を推し量ろうとすることで、自分勝手だと見えていたある子の姿がこうしたい・こうなりたいからこそ の悩みや葛藤があふれ出る様だと感じたり、その子の姿は教師が考えていたより大きな成長への一歩で あったと感じたりすることが起きてきた。こうしてその子のよりよい自分になろうとする思いを推し量 る中で、私たちは教師としての存在価値を問い、その子の成長を後押しするために何ができるのかを考 えてきたのである。
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(2)本年度の重点
特定の視点から子どもを見続けることは、見方の固定化を生む。自身の子どもの見方に揺さぶりをか けようとした私たちは、昨年度、教師おこしレポートの他に静岡県版カリキュラム・児童心理の文献な どをもとにした語り合いを行った。より広い視点からの子どもの見方にふれることは、気になる子ども の姿の意味を再考したり、目にとめていなかった子どもの姿の意味について「その子は本当に自分の意 思でそうしているのか」などと考えたりすることにつながった。
一方で、語り合いが目の前の子どもの思いに迫るものとなっていたのかということが問題となった。
「その子をよく見ていなかった」と教師が安易に反省することは、その子に心寄せることにはならない。
教師の目に止まっていた姿は本当にわずかであっても、その中によりよい自分になろうとしているその 子の切実な思いが込められている。その時の精一杯で子どもの思いを推し量り続ける。そうした中でそ の子にとっての切実さが感じられてくるからこそ、その子の成長を精一杯後押ししたいという気持ちが わき起きてくると考える。
本年度、私たちは子どもの姿から考えたことを語り合い、子どものよりよい自分になろうとする思い を推し量り続けることを大切にする。そのために私たちは、教師おこしレポートをもとにした語り合い や、それとは形態を変えた語り合いを行っている。
教師おこしレポートには、子どもの姿から考えたことをありのままに書く。レポートを書くことは、
子どものよりよい自分になろうとする思いをじっくり推し量る機会となる。私たちはその子のさまざま な姿を思い返しっなげてみることで、その子の思いを探っていく。レポートを書く前に自分がその子に いだいていた見方と、レポートを書く中で感じたものとの間にずれを感じることも起きてくる。そうし た中で私たちは「自分はその子の成長を後押ししてきたのか」と自身の存在価値を問うていく。
教師おこしレポートをもとにした語り合いでは、子どもの姿に対する同僚の多様な見方にふれる。自 分とは異なる見方をする同僚の言葉は、自身のその子の見方を揺さぶる。その子の思いとして感じたも のを語りながら、自分の言葉がどこかその子の思いに迫り切れていないことを感じる教師もいよう。私 たちは、これまで目にとめていなかった姿もっなげてみることで、改めてその子の思いを推し量ろうと する。そうした中で、その子の思いとして感じたものをもとにして、「自分はその子の成長を後押しし てきたのか?」と教師としての自身の存在価値を問い直していく。
形態を変えた語り合いでは、「子どもに視点を当てた教育記事や文献などをもとにした語り合い」「参 観した子どもについて、本校教諭以外の方との語り合い」を取り入れる。より広い視点からの子どもの 見方にふれ、自身の子どもの見方に揺さぶりをかけていく。
私たちはこれらの活動をっなげていくことで、どの子の成長も支えていきたいと考えている。
「教師おこし」には、どの子の成長も後押ししたいという私たちの願いがこめられている。教師であ る私たちは、真筆に謙虚に「教師おこし」を続けていきたいと考えている。
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