奈良教育大学学術リポジトリNEAR
保健室におけるアートセラピー的手法の導入に関す る開発的研究(第3報) ―ワークシート作成過程 と試用に関する報告―
著者 市来 百合子, 上田 光枝, 堂上 禎子, 大久保 千恵
雑誌名 教育実践総合センター研究紀要
巻 20
ページ 321‑326
発行年 2011‑03‑31
その他のタイトル Introduction of Art Therapy Method for Health Promotion at school in Japan (3) −Production Process of Art Therapy Worksheets and its trial usage at schools−
URL http://hdl.handle.net/10105/5916
―ワークシート作成過程と試用に関する報告―
市来百合子
(奈良教育大学教育実践総合センター)
上田光枝
(奈良教育大学付属小学校)
堂上禎子、大久保千恵
(奈良教育大学附属中学校)
Introduction of Art Therapy Method for Health Promotion at school in Japan (3)
-Production Process of Art Therapy Worksheets and its trial usage at schools-
Yuriko ICHIKI
(Center for Educational Research and Development. Nara University of Education)
Mitsue UEDA
(Elementary School Attached to Nara University of Education)
Sadako DONOUE, Chie OKUBO
(Junior High School Attached to Nara University of Education)
要旨:保健室や相談室に来室した児童・生徒への心理的な個別支援としてアートセラピーの手法を用いたアートワー
クブックの開発を行ってきた(市来, 2009, 2010)。本稿ではその第 3 報として実際のワークシートの考案にあたって、学校場面での制限を踏まえた内容や画材選択等の作成過程を示し、それぞれのワークシートの内容と留意点等につい て述べた。また試作の10枚のワークシートを小中学校の養護教諭、担任、スクールカウンセラーに試験的に活用して もらった結果についてインタビューを行った。その結果アートワークブックが、教員と児童生徒との 2 者関係をつな ぐ媒体機能とアセスメント機能を持ち、相互関係を賦活させる可能性が明らかとなった。また導入の際は、保健室や 相談室での個別支援のツールとして位置づけるだけでなく、学校全体でこころの健康に関する予防的観点を持つこと が重要であると思われた。更に今後は、一斉授業などで開発的なカウンセリング手法として用いる可能性も示唆され た。
キーワード:アートセラピー Art Therapy, 学校カウンセリング School Counseling,
保健室登校 Students with special needs in school infirmary1
.はじめに保健室や相談室などで行う個別の心理的な支援の一 つとしてアートワークブックの開発研究を進めてきた
(市来他, 2009, 2010)。特に第 2 報では、不登校やひ きこもりの支援に照らして、保健室登校や相談室を訪 れる児童生徒たちが養護教諭やスクールカウンセラー との関係を通して自己愛の修復を体験し、外界への興 味が増して対人関係構築に向けて動き出すことができ ることを論じた。また自己を肯定し、自己愛を充足さ せる自己対象体験がアート活動を通して為されること
の意義についても述べた。
更にここ10年の保健室登校支援に関する研究を概観 し、次の 4 つの分類を想定したアートワークブックの 課題を考案することを論じた。 1 )こころの居場所づ くりへ向けた課題(養護教諭や相談者とのラポールづ くり 2 )自己内省、自己理解を促進する課題 3 ) 社会化の過程を支援する課題(対人関係の経験を深 め、内省する課題) 4 )カラダに関する課題(上記
3 段階のいずれにも関連がある)。
これらの結果を受けて、本研究ではまず実際のワー クブックの作成過程について次の点から述べる。 1 )
作成手順 2 )作成条件 3 )対象年齢 4 )内容 さらにアートセラピーに関する研修や説明を受けた 小中学校の養護教諭、担任、スクールカウンセラーら に試作のワークシートを試験的に活用してもらった結 果の一部を報告する。
そして学校現場にこのような非言語的な個別支援の 手法を持ち込んだ際の可能性や課題についても検討す る。
2
.アートワークブックの作成2
.1
.作成過程の概要筆者の主導で小学校教諭である大学院生、イラスト レーター、そして他のアートセラピストの意見などを 参考にしながら、2010年 3 月から作成していった。ま ず、上記の 4 つの課題内容に関して、既存の臨床場面 で用いられている描画法、心理学に関するワークブッ ク系の著書にある課題、日米両国のアートセラピー関 連の著書やワークブックなどから該当しそうな課題を 見つけだし、その中から日本の学校教育の保健室場面 にも適合し、かつ発達年齢に応じたものを絞り込んだ。
それぞれの課題は、「~法」と命名されるような標 準化された既存の描画法ではなく、遊戯療法や構成的 グループエンカウンターの導入やゲームとして経験的 に使われているものや米国のアートセラピーの臨床実 践の中で用いられているもの、あるいは美術教育の課 題の中で使われているものがアイデアの基本となって いる(Dennison & Glassman, 1987; Furrer, 1982; 河 村, 2002; 諸富, 2001; 大谷, 2005,2010; Rappaport, 2009;
瀬崎, 2007; 國分, 2001)。 アートセラピストである瀬 崎(2007) は、アートセラピーの手法について治療者 がクライエントの状況を理解し、自らの創造性に基づ いて立案していくことの重要性を述べている(p30)。
今回の保健室や相談室という特定な場面の中でのア ートの導入に関して、既存の様々な方法を取り入れ ながら筆者らの経験をもとに話し合いを重ね独自に 選定し作成した。その際、出来上がりのシートは、
表現する画面の大きさを十分に確保するためにB 4
(一部A 4 )とした。またデザインソフトのAdobe Illustrator CS 3 ,Adobe Photoshop CS 3 を用いて、
コンピュータグラフィックによる印字とイラストの視 覚効果を十分に検討した。各シートの名前は、児童生 徒になじみやすいように命名した。
2
.2
.学校現場を考慮にいれた制作に関する条件 ワークシートの考案に際して、学校現場における相 談場面での使用という条件から次のような制限を考慮 に入れ、作成した。・課題内容は、養護教諭らがずっとついて見ていなく ても出来るように、また児童生徒がワークシートの
画面を見て教示を読んだだけでやり方が分かるよう に工夫した。その一つがイラストレーターの描く例 示である。例示の目的は、児童生徒が一人で出来る こと以外に、表現が巧拙を問わないこと、また内容 的にどのような表現でも構わないことを視覚的に伝 えるためである。
・ 2 次元的な表現に限定し、 3 次元の粘土や工作的な 活動(折り紙など)は管理上、排除した。
・使用者によってコピーが出来るように、ほとんどが モノクロで、一部カラーとした。また管理しやすい ように、二つ折で容易にファイリングできるよう工 夫した。
・市来(2008)の調査から養護教諭が保健室で対応で きる時間を考慮に入れ、 1 枚の作成時間を15分以内 と想定した。
・画材については、管理や後片付け、また課題の連続 性を考慮に入れ、固形描画材料(鉛筆、クレヨン、
クーピー、色鉛筆)およびコラージュのみとした。
2
.3
.作成したワークシートの対象年齢今回の課題は、前思春期の小学校 4 、 5 年生から中 学 3 年生までを対象として作成した。この頃になると、
全般に言葉が少なくなり、対人関係も複雑さを増して いく。この年齢の子どもたちは低学年のように自由に 描いてはくれることは少ないので、むしろ枠のある非 言語的な方法での自己表現が適切な場合が多いのでは ないかと考えた。
2
.4
.内容(課題)について作成内容については、市来(2009)の論文から、保 健室登校の児童生徒の学級復帰の支援として次の 4 つ の分類に沿って上記の手続きで作成をすすめた。
「こころの居場所づくりへ向けた課題」として作成 したのは、自己紹介のためのワークシート(『I likeな になに』,『I don’t likeなになに』)と『気持ちの絵』
である。
自己紹介のためのワークシートは、養護教諭とのラ ポールの形成と子ども理解を目的とした自己紹介のワ ークシートである。自分の好きなこと/嫌いなこと
(教科、時間、食べ物、場所、TV番組など)を、文 字や絵を使って表すことで自然な形で自己表現する。
また養護教諭や相談員も同様にシートを描くことで緩 やかに自己開示することになる。さらに嫌いなことを 表現するワークシートは自己についてのネガティブな 側面や負の感情にも触れる機会となり、それを養護教 諭らに受けとめてもらえることが、居場所感を生み出 すための大きな進歩となろう。
『気持ちの絵』は、他のものと比べると小さめ(A 4 サイズ)で、毎日でも手軽に取り組めるようになって いる。その時々の感情や気分を色、線、形でイメージ
市来 百合子・上田 光枝・堂上 禎子・大久保 千恵 保健室におけるアートセラピー的手法の導入に関する開発的研究(第 3 報)
して短時間で表現するいわばアートセラピーの基礎練 習のような意味がある。保健室を訪れた時に、まず体 温を計るようにセルフモニタリングの働きをすると思 わる。
「自己内省、自己理解を促進する課題」については、
ここでは紙面の関係で『ハート塗り絵』『私のプチお 守り』のみを報告する。『ハート塗り絵』は、感情語
(「やった(うれしい)」「ムカつく」「おもしろい!」
「さびしいな・・」)を視覚的に表現するものである。
『私のプチお守り」は、自分を守ってくれるものや 強さの源をお守りに準え、子ども本人が自分の内的・
外的なリソースに気づくことができる。また児童生徒 が不安になったり、弱気になったりしている時に、養 護教諭らが奨励やサポートの介在物として会話に登場 させることが出来る。例えば「次に教室に行く時にあ れを持って行こうか」などのように、「お守り」を機 能させる 2 者関係を形成することが出来るかもしれな いのである。
「社会化の過程を支援する課題(対人関係の経験を 深め、内省する課題)」については、まず自分のいる 環境への気づきを促す課題(『(わたし(僕)のまわ り)』)を考案した。心因性で来室する児童生徒の多く は不安を抱えており、学校場面を正確に認知していな いことが多い。この課題は、自分の身近にいる人や状 況に気づくことを目的としているが、情緒的な揺れも 予想して構成度の高いコラージュ作成とした。
自分のまわりにあるもの(あるいは人)は、家と学 校場面の両方が考えられ、課題を分けてもよい。コラ ージュを選ぶ順番や位置によって本人の対人認知が見 てとれる。バリエーションとしてもう一枚作る時は、
「こうなってほしい」という理想の関係図を作って比 較し内省することも可能である。
「カラダに関する課題」については、保健室という 特性を生かして児童生徒が体の感覚をつかみ、心身相 関に気づいていくことができるような課題を設定し た。そのために、今回は心理療法の一技法であるフォ ーカシングを取り入れて 3 枚のシリーズとした。諸富
(2001)は、フォーカシングを「自分の気持ちと上手 に付き合う力」を養うとして学校現場での活用につい て述べている。中でもクリアリングスペースの技法と して「箱イメージ法」という自分の気がかりを箱の中 に納めていく方法を提言し、悩みや不全感と「間をと る」ことの有効性について述べている。
ここで作成したカラダに関する 3 枚のシリーズは、
児童生徒がカラダの感覚から徐々に自分の気がかりや 悩みに触れ、感覚的に表したり、記号などの自分だけ の表現方法で表すことができるような仕組みである。
最初の『カラダカルテ』は、カラダの感じを「全体 的な体調」「頭」「のど」「おなか」「足」に分けて、ス ケールでチェックする。その際必要であれば、ゆっく
り呼吸することを促してカラダの内側に注意を向ける ようにし、リラクセーションを教える要領で教示する。
2 番目(『もしもしカラダさん」)は、『カラダカル テ』でチェックされた感覚を、視覚的に表わす課題で ある。「のどがゴロゴロつまっている感じ」「胸がもや もやする感じ」を色や線で表すことで、フェルトセン スに近づいていくものである。
3 番目の『こころの空間づくり』は、画面の中心に 自分を位置づけ、自分のまわりに思い浮かぶ気になる ことや楽しみなことなどを吹き出し等で外在化させ、
整理していく課題である。諸富(2001)の「箱イメー ジ法」との相違点は、自分を中心に位置づけることで 自分の状況を客観視させることと、気がかりを納める 箱や枠にあたる部分もアートで表現させることである。
3
.アートワークブックの試験的活用について 試作として考案した10枚のワークシートを、2010年 10月末から、小学校 3 校、中学校 1 校の養護教諭 4 名、担任(小学校) 2 名、およびスクールカウンセラー 1 名に依頼し、該当の児童生徒対象に使用してもらう よう依頼した。その 7 名はアートを用いて個別支援を 行う意義や方法に関する研修会やその説明を受けた者 であり、実際に使用した場合は筆者に連絡してもらい、
個々のケースについてインタビュ-を行った。以下に 試行の手続きを記す。
3
.1
.手続き3
.1
.1
.対象保健室登校の児童生徒および、頻回来室、あるいは 養護教諭らが気になる児童生徒を対象とした。ワーク シートは、小学校中学年~中学生を念頭に作成したが、
低学年でもできそうな場合は使用可とした。
3
.1
.2
.ワークシートの選択養護教諭らが児童生徒の状態に適合しそうなワーク シートを選んでも、本人に自己選択させてもどちらで もよい。枚数は制限せず、養護教諭らの判断に任せた。
3
.1
.3
.画材12色のクレヨン、12色のクーピー、16色の色鉛筆、
コラージュボックス(切り抜いたコラージュを箱に入 れたもの)
3
.1
.4
.教示、PDI及び作品の保管などについて 一般的な教示として、次のように勧め、描いた後は それについて話を聞く(Post Drawing Interrogation;以下PDI)ように依頼した。「このシートは自分の気 持ちや考えを色や形や線を使って表せるようになって います。ここでは点数をつけたりしないので、思い浮
かんだことを自由に表してみて下さい。」
PDIでは、絵の巧拙に言及しないのは言うまでもな いが、それに加えてカウンセリングマインドを発揮し て、ミラリングや感情の明確化の技法によって言語化 を促すことが重要である。
そして描いたものは持ち帰らせず、ファイルに綴じ ておくこと、継続になりそうな場合は本人用のファイ ルを作り保管することなどを伝えた。
4 .試用に関する結果および考察 4
.1
.使用者へのインタビュー4
.1
.1
.導入のタイミングについて学校への本法導入に関しては、研修や説明を受けた 教員らであったので、管理職への説明等は概ねスムー ズであった。しかし保健室の来室数が一日平均30名を 超える小学校では、なかなか養護教諭が個別に気にな る子どもに係わることができない現状も報告された。
そのような場合に、最も使いやすそうなワークシート は、『カラダカルテ』のような体の訴えに関する問診 的な内容の短時間で出来るものであった。それに対し て別の小学校の養護教諭(平均来室数20名以下)は、
「個別に時間をとるのは難しいが、個別のニーズが分 かっている場合は、ゆっくり時間をとってリラックス させてあげたいと思うし、そのような児童生徒も確実 にいるのでこういうものを使わなければならない」と その必要性について述べた。実際の使用状況について は学校の規模や来室人数、また保健室の物理的構造に 依るところが大きいと思われたが、そのような時間 的・物理的制限の中で、いかに有効な個別支援を提供 できるかが、当初のアートワークブック開発の目的で もあった(市来, 2009)。今回の試行から、その目的を 達成するための具体的な方略の一つとして、短時間で 出来るものからじっくり取り組むものまで、時間的に 多様な種類のワークシートを用意しておくことが重要 ではないかと思われた。そうすれば、養護教諭の判断 によって、時間の制限がある場合でも適当なワークシ ートを選択し、短時間でも多くの情報を取得すること ができ、また子どもにとっては切り替えのきっかけに なるのではないかと思われた。
4
.1
.2
. ワークシートが 2 者関係に与える影響について
ある小学校の養護教諭は、『I likeなになに』を高学 年の女子に使用した感想について、次のように述べた。
それは、来室後にしばらくその場にいる場合、言葉で のやりとりだけではなく、ワークシートがあることに よってそれが媒体となり、「その子に向かい合ってあ げることができた」というものである。
さらに、「どの学校にも、生育歴などから考えても、
明らかにかまって欲しい、あるいは優しくヨシヨシし て欲しい子どもたちがいる。そのような子どもたちを 状態に応じて休ませる場合、なかなか言葉だけでは会 話が続かないが、 2 者間にこのようなものがあると、
関係が深まる」と述べ、「このワークシートをやって いる間は子どもはイキイキと楽しそうに見えたし、本 人の満足度があるのではないか」と述べた。
中井(1976)は、アートセラピーにおいて、援助者 と被援助者の 2 者の間に「第 3 の対象」として描画が 入ることの意義について述べている。保健室での養護 教諭と児童生徒の関係は、カラダに明らかな不調がな い場合、そこに居てよいかどうかの問題とも絡み、微 妙な不安定さを持っている。アートワークブックは、
そのような 2 者の関係性を解き、子どもに安心感を与 えるものとして介在するのではないかと思われた。
また 2 名の小学校の養護教諭は、次のようにそのア セスメント機能について述べた。「こちらの思ってい た子どもと違う一面が垣間見えた時に、すごいなと思 った」「高学年以上から中学生になると、その子ども の世界観があり、普段は見えないがこれをやっている と意外な一面があることがわかった」「まだ子どもと 信頼関係が築けていない段階でも、急激に距離が縮ま る」
このように、 2 者関係の中に、非言語的な媒体物を 用いる事で、言葉では表れにくい児童生徒の内的世界 に対する理解が進み、子どもとの距離感が縮まって信 頼関係を構築する契機になると思われた。
4
.1
.3
.保健室以外での使用の可能性小学校担任(低学年と高学年)にこのワークシート を提示したが、 2 名とも「クラスで使ってみたい」と 述べ、特に「『I like なになに』『I don’tなになに』は 自己紹介のよいツールではないか」と述べた。 1 人 は、「このような自然な形での自己開示が、学級づく りに役立つと思う」と述べ、「もし行うならば学級が 編成される 4 月当初に使用して自己紹介に役立てた い」と述べた。
また今回はスクールカウンセラーが使用するに至ら なかったが、ふさわしいケースがあれば面接構造がは っきりしているので使いやすいと思われる。
自主的に来談した場合でも、言語表現の豊かでない 場合は、手を動かしながらおしゃべりをする中で、悩 みを間接的に開示していくことができる。また心理学 に興味を持っているという理由で来室する生徒には、
ラポールをつけるツールとして有効に働くことが想像 できる。
4
.2
.児童・生徒らへの試行から次にワークシート使用時の児童生徒の様子について 検討する。
市来 百合子・上田 光枝・堂上 禎子・大久保 千恵 保健室におけるアートセラピー的手法の導入に関する開発的研究(第 3 報)
・来室したのは高学年女子で、クラスの中で人間関係 のもつれにより孤立しがちな立場にあった。保健室 に時折来室するが、その時はたまたま体育の見学時 であった。ベッドで休む程ではないらしく、ワーク シートを勧めてみると、嬉しそうな表情でその中か ら「I likeなになに~」を選ぶ。そこに書き込まれ たことから、普段クラスの中では見せないが、独自 の趣味や世界観を持っていることが養護教諭には理 解できた。描画中はニコニコして、よくしゃべり自 分のことをわかってもらえるのが嬉しい様子にみえ た。
・頭痛で来室した中学生 3 年女子である。ワークシー トを勧めてみると乗り気で取り組む。『I don’t like なになに』を選び、勉強(教科)への不満や起床時 間についての嫌悪感を述べた。その内容からは家族 からの勉強に対するプレッシャーが感じられ、受験 ストレスも相まって来室したと思われた。その後、
養護教諭と進学や将来のことについて話した。
5
.今後の課題と発展5
.1
.ワークシート作成から今回の作成からわかったことは、実際に学校相談場 面にアートセラピーの手法を持ち込む時には、上記で 述べたような様々な条件があり、その制限の範囲の中 で最大限イメージを喚起し、自由に表現してもらう仕 組みを考えなければならないことであった。
その結果として、今回は全般に構成度の高い課題の 作成となった。グラフィックソフトによる太めの黒枠 の中に書き込む形式は、授業で用いる「課題プリント」
のようにも見える。また文字での表現も許し、例示も あるため、何をどのように表現するか、ある程度はっ きりした枠組みの中で、心理的な安全を保障しようと した。
このような構成度の高いワークシートでも、児童生 徒にどのタイミングで導入し、自由な表現を促進させ、
その後の話し合いから彼らの不安を取り除いていける かは、教師の本法に対する理解とカウンセリングマイ ンドによるところが大きいと思われた。ワークシート は、処方箋ではないので、表現を促す枠組みを提示す るだけでは不十分である。それに着手させるような自 由で安全な雰囲気と、表現した時はそれを見守り、理 解しようとする人がいて初めて児童生徒との相互関係 が構築されていくと思われた。
5
.2
.ワークシートの試行からまず試験的な活用から、このようなワークシートを 学校に導入する際の困難や課題について検討する。
予想通り、各学校の規模や保健室の物理的な構造に よって個別の支援の時間や場所のとりやすさが異なっ
ていた。保健室登校で来室する児童生徒が固定してい る場合は使いやすいが、そうでない場合で、来室数が 多い学校では、他の児童生徒が入ってくるので使用が 難しい。
またこのようなワークシートは楽しいので、子ども によっては来室頻度が増えるのではないかと恐れる担 任もいるという養護教諭の意見があった。こういった 使用のタイミングに関しては、養護教諭の判断に委ね られるところであるが、いずれにせよ保健室でも、学 校の他の場面と同様、児童生徒の心理を理解したり、
その様子に応じて個別に対応する必要があるはずであ る。
特に保健室はカラダとこころを見守る場所であり、
そのための有効な介入手法として、本方法の意義を理 解した上で意識して使用してもらうことが望まれる。
来室頻度が増えることだけに着目するのではなく、ま ず子どものニーズを受けとめる努力が先であり、その 状態を見ながら制限を課しつつ、担任と密に連携して いく必要があろう。
更に述べると、ワークブックの使用によって保護者 から「こころの問題を探られた」と訴えがあるのでは という心配がある場合についても同様である。学校全 体でメンタルヘルスの予防に取り組んでいるというス タンスがあれば、その子どもだけに特別に絵を描かせ るというのではなく、全ての児童生徒たちも同様に安 定した気持ちで毎日を過ごしていけるように、予防や ケアに心を砕いていると伝えられるのではないだろう か。その場合、直接的な指導よりも、このような非言 語的なツールを用いた間接的な接近法が有効なのは明 らかである。
またアートワークブックを使用する目的は、「本人 が自身のこころのケアの方法を学んでいる」ことでも ある。その使用によって自身の感情のコントロールの 仕方や心と向きあう方法を教育しているという意識を 全ての教員が持つ必要があろう。
また今回の試みでは相談室での利用はなかったが、
保健室だけでなく使用状況がそれほど制限されない相 談室でのスクールカウンセラーによる使用の可能性も 今後は検討していきたい。
5
.3
.保健室・相談室以外での使用の可能性につい て
このアートワークブックは、保健室での児童生徒向 けに開発してきたが、担任が一斉授業の中で行って学 級づくりや感情表現のトレーニングに活用するという 方向も試行によって見えてきた。学級づくりという目 的には、これまで構成的グループエンカウンターや SSTなどの対人関係訓練が主流であったと思われる。
このようなアートセラピー的な要素を入れこむこと は、こころのセルフケアのための自己表現の方法を子
どもたちが学習するとともに、外在化されたものから、
お互いを認め、理解することにもつながる。開発的な カウンセリングにおける描画の使用については、岡田
(2006)が朝学活の時間での「お絵かき遊び」を試み、
カタルシス効果や児童生徒理解の促進について論じて いる。このアートワークブックも、そのような活用が 今後可能となろうが、その場合は、図工や美術とは目 的を違えて行うという活動目的のリフレーミングが重 要となろう。
6
.終わりに今回の試行で、アートワークブックは、養護教諭ら と児童生徒の間に働く有効な媒体物となり、相互関係 を賦活していく手段となる可能性が示唆された。
そしてその媒体物は子どもに関する重要な情報でも あり、アセスメント機能ももっている。その有形性が 故に、必要な場合は、別の大人、すなわち担任や他の 教員、あるいは家族などに伝え、そこから適切な支援 につなげることも場合によっては、可能となり得よう。
その場合は情報開示に関する守秘義務を踏まえなが らも学校全体で、メンタルヘルスに関する予防的観点 を持ち、カウンセリングマインドをベースに有効に活 用されていくことが求められる。
7
.参考文献Dennison, S.T., & Glassman, C.K. 1987 Activities for Children in Therapy. Charles C Thomas. Illinois.
Furrer, P.J. 1982 Art Therapy Activities and Lesson Plans for Individuals and Groups. Charles C Thomas. Illinois.
市来百合子, 生田周二, 上田光枝 2009 保健室にお けるアートセラピー的手法の導入に関する開発 的研究-アートブック作成に向けての検討(第 1 報)-奈良教育大学教育実践総合センター紀要, 241-246.
市来百合子, 生田周二, 上田光枝 2010 保健室にお けるアートセラピー的手法の導入に関する開発的 研究(第 2 報)-保健室登校支援のためのアート ブック導入の意義と内容の検討-奈良教育大学教 育実践総合センター紀要, 19-26.
河村茂雄 ワークシートによる 2002 教室復帰エク ササイズ 図書文化
國分康孝 2001 エンカウンターで学級が変わる ショートエクササイズ集Part 1 ~ 2 図書文化
社
諸富祥彦 2001 学校現場で使えるカウンセリングテ クニック 誠信書房
中井久夫 1976 芸術療法の有益性と要注意点
Japanese Bulletin of Art Therapy. 9 .
大谷直子 2005 自己表現ワークシート 図書文化 大谷直子 2010 自己表現ワークシート 2 図書文化 岡田珠江 2006 描画を生かした教師のためのカウン
セリング入門 明治図書
Rappaport, L. 2009 フォーカシング指向アートセラ ピー 誠信書房
瀬崎真也 2007 創造的アートセラピィ 黎明書房 市来 百合子・上田 光枝・堂上 禎子・大久保 千恵