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症 例
Ⅰ
. はじめに
膵癌は現在,増加傾向にある.年間死亡数約 28000 人であり,この 30 年間で約 3 倍に増加 している.中高齢者に多く,特に 70 歳以上の 男性に多い.部位別では,膵頭部癌が 60%,体 部癌が 20%,尾部癌が 8%,2 区域以上の癌が 9%,全体癌が 1% と言われる.
80 歳の男性の膵尾部癌例を報告する.発見 時にすでに多数の周辺組織,臓器に転移を認め た.病理解剖では主病巣の他に膵内に広く膵上 皮内腫瘍性病変(PanIN)を認めた症例であっ た.
症 例
症 例:80 歳,男性 既往歴:高血圧(70 歳)
家族歴:特記事項なし 現病歴:
2017 年 3 月初旬より食欲低下,倦怠感があり,
近医を受診した.単純 CT 上で膵尾部に 3cm
大の腫瘍性病変を認め,肝臓にも多数の腫瘤を 認めた.精査の結果,主病巣は膵尾部癌で,他 の病巣は多発肝転移,癌性腹膜炎,多発リンパ 節転移と診断された.磁気共鳴胆管膵管造影
(MRCP)にて肝 S1 腫瘍による肝門部胆管の閉 塞性変化と肝内胆管の拡張,門脈の閉塞性変化 を認めた.膵癌 cStage Ⅳの診断で緩和療法目 的に同年 4 月 21 日当院消化器内科に入院した.
入院時現症
身長:177cm,体重:75kg,皮膚・眼球:黄染 を認めた.
血圧:150/88 mmHg,心拍数:90 /min,体温:
36.6 ℃,SpO2:96%(room),
GCS15(E4,V5,M6)
心電図:sinus,90 bpm,正軸,S-T change(-)
胸部 X 線写真:うっ血(-),右胸水(+),
CTR:45%
胸腹部単純・造影 CT 所見:
左肺上葉外側に 13 mm 大のスリガラス状陰 影があり肺転移を疑った.右下肺野には陳旧性
広範囲に膵上皮内腫瘍性病変(PanIN)を有していた膵臓癌の一剖検例
菅井 恭平
1),笹生 俊一
2),春日井 聡
3), 種市 良雄
3),秋山 剛広
3)八戸赤十字病院 初期研修医1),同病理診断科2),同消化器内科3)
Kyohei Sugai
1),Shunichi Sasou
2),Satoshi Kasugai
3), Yoshio Taneichi
3),Takehiro Akiyama
3)1)Resident, 2)Department of Pathology,
3)Department of Gastroenterology, Hachinohe Red Cross Hospital Key words:膵癌,膵上皮内癌,肝門部癌転移,肝不全
炎症性変化を疑う索状影を認めた.膵臓では,
膵尾部に約 4 cm 大の不整形な腫瘤影を認め た.造影 CT では尾部の腫瘤影は膵実質より低 吸収で境界不明瞭であり,膵癌が考えられた.
膵癌の脾門部,胃壁および Gerota 筋膜への進 展像を認めた(図 2a).多発肝腫瘍を認め,腫 瘍は肝実質より乏血性であった.これらは膵癌 の多発肝転移巣と推測された(図 2b).腫瘍圧 排による門脈本管の閉塞を認めた.膵尾部周囲 に不整形の多発リンパ節腫大,腹水を認め,リ ンパ節転移,腹膜播種の状態が考えられた.
入院後経過
4 月 21 日,食欲不振があり,補液のみで加 療を開始した.排便はあるものの鼓腸,腹部膨 満を認めた.4 月 27 日 SpO
2低下があり,酸素 投与を開始した.5 月 2 日,鼓腸改善せず経口 摂取困難なため食止めとしたが,中心静脈カ テーテル挿入拒否のため末梢静脈より補液継続 とした.5 月 7 日,腹部膨満に対し腹水穿刺を 施行し,2700 ml の排液を認めた.腹水の性状 は黄色,清であった.5 月 8 日,呼吸苦出現,
吐気・倦怠感が増強し,利尿薬と制吐剤を投与 した.全身状態が悪化し,徐々に意識レベルが 低下し,尿量減少が見られ,同日 16 時,死亡
した.
臨床診断
#1 膵尾部癌
#2 多発肝転移腫瘍
#3 閉塞性黄疸
#4 癌性腹膜炎
病理解剖所見
177cm,75kg の男性.黄疸を認めた.黄色 調混濁した腹水が 2600ml 貯留していた.腹膜 には 3 cm 大以下の結節性病変を散見し,特に
図1:入院時胸部 X 線写真.CTR:45%,
右胸水貯留を認める.
図2a 図2b
図2a, b:腹部造影 CT 写真.膵尾部に 4cm 大の腫瘤と周囲のリンパ節腫大,肝両葉の多発腫瘤影を認める.
図 4:膵臓の割面.膵尾部に 7.0 × 3.0 × 2.8cm の 灰白色を呈する癌巣を認める.
図6:膵尾部癌巣内の遺残膵管.膵管上皮が乳頭 状に増殖し,中~高異型性を示している.
増殖細胞の一部が浸潤性に増殖し,周囲腺 癌組織へと移行している.HE 染色.
対物× 20.
図3:肝臓の割面.肝内に 3cm 以下の結節性病 変を数個認める.肝門部には 7.0 × 5.0cm の腫瘤を認める.門脈,肝内胆管は閉塞状 態で,肝内胆管には胆汁うっ滞を認め,肝 臓全体が胆汁調色調を呈している.
図5:膵尾部の主病巣の組織像.浸潤増殖する 中分化型腺癌である.HE 染色.対物× 10.
1630 g で,腫大し、強い黄緑色調を呈していた.
割面は暗黄緑色調と明るい黄緑色調の微小部が 混在していた.肝内に 3 cm 大以下の灰白色調 結節を数個認めた.肝門部には 7.0 × 5.0 cm 大 の大きな腫瘤を認めた.肝内細胆管の胆汁うっ 滞像を認めた(図 3).膵臓は 18 × 5.5 cm 大で,
膵尾部に 7.0 × 3.0 × 3.0 cm の灰白色調の癌巣 を認めた(図 4).脾臓は 60g と萎縮し,1.5 × 0.7 cm 大の被膜を含む灰白色調の癌転移巣を脾門 部に認めた.腎臓は左右ともに黄疸色を呈して いた.傍大動脈リンパ節に癌転移を認めた.心
していた.肺は,黄疸色調を呈するほか著変は 無かった.胃には出血性びらんを認めた.
組織学的所見
膵尾部の癌組織は,中分化型腺癌(図 5)で,
膵周囲組織へ浸潤増殖していた.癌巣内で遺残 膵管に膵上皮内腫瘍性病変(PanIN)を認め,
その PanIN 腺管の一部が周囲へと浸潤し,中
分化型腺癌組織へと移行する像を認めた(図
6).膵尾部から頭部の主膵管およびその分枝に
広く PanIN が見られた.その異型度は膵頭部
から体部にかけては低異型性の部位が多く,体 部では低異型性ないしは高異型性を示してい た.膵管内に,粘液産生および粘液貯留像は見 られなかった.肝臓と肝門部,脾臓,傍大動脈 リンパ節,肝門部リンパ節,腹膜の各転移巣は 膵尾部癌の転移巣であった.肝門部転移巣で門 脈と胆管内へ癌が浸潤増殖している像をみた.
肝臓では,胆管,細胆管に胆汁うっ滞が強く見 られ,肝細胞の変性,壊死を広く認めた.
Ⅱ . 考 察
本症例は,膵尾部に中分化型腺癌を認め,さ らに膵全体の主膵管とその分枝に PanIN を認 めた症例であった.
浸潤性膵管癌の前癌病変には,pancreatic intraepithelial neoplasm(PanIN), 膵 管 内 乳 頭 粘 液 性 腫 瘍 intraductal papillary mucinous neoplasm(IPMN)が知られている.この中で も,浸潤性膵管癌の多くは PanIN に由来する と考えられ,これらは通常型膵管癌と呼ばれ る
1).
PanIN は膵管上皮より発生し,組織学的に 乳頭状あるいは平坦な増殖形態を示す非浸潤性 の上皮内腫瘍性病変である.その異型度から PanIN–1,2,3に分類され,PanIN–3は従来の CISと同義として扱われた.近年,PanIN–1,2
を low glade PanIN,PanIN-3 を high grade PanIN の二段階に分類された
2).grade が進む ごとに,段階的に K-RAS,p16,p53,DPC4 などの遺伝子変異が集積していき,浸潤性膵管 癌へと進行すると考えられている.浸潤性膵管 癌でも同様の遺伝子変異を認める事から通常型 膵管癌が PanIN を由来とする根拠として挙げ られている
3).
本症例では,膵尾部の主病巣の癌巣内の遺残 膵管内で上皮の異形乳頭状増殖を示す PanIN 部位があり,この一部が浸潤性増殖している事 を示唆する像を認めた(図 6).これらから,
本症例は PanIN から浸潤性膵管癌へと進行し たことが推察された.膵頭部から尾部までの膵 管で PanIN を認めていることも PanIN 由来を 支持する所見であると考えた.PanIN は加齢 変化により増加するとの報告があり,60 歳以 上の男性においては 33% に認められると言わ れる
4).このため,浸潤性膵管癌の周囲には PanIN を認める事が多く,他領域の膵管内へ の進展様式としては,以下の 2 つの様式が挙げ られている.PanIN が膵管内進展したものと,
浸潤癌が膵管内に浸潤増殖し,進展したものが 考えられる.前者は浸潤癌に比べると,主膵管 内の異型性が低いとされる.一方,後者は浸潤 癌と同等あるいはそれ以上の異型性を示すとさ
図7:膵体部主膵管.膵管上皮が小乳頭状に増殖 している.周囲への浸潤を認めない.High grade PanIN の組織像である.HE 染色.
対物× 10.
図8:膵体部主膵管.高円柱状細胞の増殖部.核 は基底部に並んでいるが,強い重積を示す 部位がみられる.HE 染色.対物× 40.
を認めたが,膵体部の膵管内腫瘍は low grade PanIN ないしは high grade PanIN の像を示し ており,上述のように PanIN に由来した膵尾 部の主病巣形成が推察された
5).
PanIN と鑑別すべき膵管内病変として IPMN が挙げられる.浸潤性膵管癌の少数は IPMN に由来するため,PanIN と IPMN の鑑別は特 に重要である
3).IPMN は豊富な粘液産生を認 め,膵管は拡張・蛇行することが多く,複数の 囊胞状に拡張した膵管が認められ,ブドウ房状 を呈する.PanIN は上記のように膵管拡張を 来す粘液分泌,貯留はなく,膵管の拡張を認め ない
3).
予後については,IPMN 由来浸潤癌に比較し て PanIN 由来浸潤癌が有意に不良といわれる.
TNM 分類のステージ別に比較すると,リンパ 節転移のない早期段階では IPMN 由来浸潤癌 が有意に予後良好とされる
1).IPMN 由来の管 状腺癌は 5 年生存率 37 ~ 55%,粘液癌は 61
~ 87% で,PanIN 由来の通常型膵管癌と比べ 良好とされるが,リンパ節転移のある段階では 両者の差はわずかとなり,統計学的有意差は見 られない事が多い.通常型膵管癌と IPMN 由 来浸潤癌の両組織型を腫瘍の大きさやステージ を合わせて比較すると,通常型膵管癌では腫瘍
られ,リンパ節転移も頻度が高い.これに対し IPMN 由来浸潤癌の管状腺癌では脈管侵襲,神 経浸潤,リンパ節転移の頻度は半減し,粘液癌 ではこれらの頻度はさらに低い
3).
PanIN は膵管内での膵上皮の増殖性病変の ため CT や US で病変所見を得ることは通常困 難と言われている.本邦で,偶然に発見され,
切除された low grade PanIN の単独病変の 2 例の報告がある.これらは偶然に発見された2 例であり,術前の発見は困難であった
6).high grade PanIN においては ERCP,MRCP によ り得られる主膵管狭窄像から診断の契機となる との報告がある.この主膵管狭窄は,PanIN あるいは急性・慢性膵炎等による周囲への炎症 細胞浸潤→膵管周囲組織の線維化→膵管狭窄と いう機序と,PanIN 自体による膵管狭窄→膵 管周囲炎→膵管周囲組織の線維化という機序が 推測されているが,過去の報告例においては high grade PanIN 病変単独による主膵管狭窄 を発見した報告は捜せなかった
7).膵管の狭窄 像を認める症例では high grade PanIN の可能 性を念頭におくことで,浸潤性膵管癌の早期発 見の一助となると考える
8).
図9:膵頭部主膵管.中円柱状細胞が増生し,体 部に比して異型度は低い.HE 染色.
物× 20.
図 10:図9の拡大.
1)平岡伸介:膵管内腫瘍に由来する浸潤癌の診断根 拠.病理と臨床 2013;31:277-286
2)古川徹:膵臓癌の前癌病変.日消誌2015;112:1457- 1463
3)福嶋敬宜:膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)と膵上 皮内腫瘍性病変(PanIN)の診断意義. 病理と臨床 2013;l31:268-276
4)Hiroyuki Ito,Yoshiaki Kawaguchi,Yohei Kawashima,Atsuko Maruno,Masami Ogawa,
Kenichi Hirabayashi,Tetsuya Minea : A Case of Pancreatic Intraepithelial Neoplasia That Was Difficult to Diagnose Preoperatively. Case Rep Oncol 2015;8:30–36
5)上坂克彦:周囲に線維化領域を形成した膵上皮内癌 の1例.膵臓2014;29:919-925
6)水谷泰之,大塚浩之,森島大雅,藤塚宣功,
片山雅貴,石川秀樹 膵上皮内癌の1例 膵臓 2013;28:785-791
7)上松俊夫,久保田仁,鈴木秀昭,木村恵三,
石川和夫,児玉章朗:急性膵炎を契機に発見された 膵上皮内癌の1例.日臨外会誌 2002;63:1799-1803 8)山雄健次,中澤三郎,内藤靖夫:膵癌の膵管像と組
織像の対比-膵癌の早期診断のために. 膵臓 1985;27:1538-1552
追記1):本例は2017年度臨床研修医CPC症例として発 表した。
2):本例は当病院産婦人科の向井田理佳先生の御 尊父です。勉強の機会を与えてくださいまし たことに深く感謝致します。
文 献