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暖地一第巻八十第
(號四+八第)
変襲爵翼馨會
丈氏會羅誕鞭恢購書昌次
O原著及實験
●肺結核患者血液所見二於ケ〃グラウイソ兵ノ
學読二就キテ
ド〃下〃竹中繁次耶 一
〇通 信
●山本直枝君懸信︒●林篤氏通倍︒●富山同窓曾記事︒
0校内雑報
●講話會例會︒●那谷ゆき︒●馨科四年忘年級會託︒●卒業謹書授與
式︒●圖書室月報︒●支那語研究重日︒●須藤︑石阪︑土肥三敢授な迎
ふ.●土肥教授署歴︒●石阪敏授暑歴︒●金澤病院の登展︒
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O叙任及辞令●内閤︒●宮内省︒●丈部省︒●金澤讐學專門學校︒ O人 事●研究生許可︒●陸軍依託生︒●海軍軍曲譜生︒●安藤佐吉氏︒●鈴木正孝氏︒●板谷外之助氏︒●岡田申吉氏︒●杉原周輔氏︒●鰹居會員︒●居所不明一員︒ O會 告●校外待別會員零墨調書︒○ 一︑β酬
へ通信︶第・十入懸 鱈η 一 號
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第八十四號
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磁布
通
信
駒山本直枝君通信 ︵四+二年卒業︒同級生宛︶
第一 信
拝啓釜評論肚健御研學の段奉賀候小生錦地出楼以來己にニケ月海上無事に
各港を経過致し去ろ一目マ.勘測平熱に上陸二日鐵路ストラスプ〃グに到着
林教授に迎へられて久々異境に温き握手致候尚一週間滞在の上質堆な空回
可致目下留學地決定に付交渉研學致居候各港にてば詳細御逸信可致存置へ
共飛ひ歩きに忙敷く冤角隠か座り兼れ今日直打過ぎ候次第不乙御容赦霧雪
度忘り航海卒稔にて只一度玄海で些か鞭てられぬ切り酬釧灘ば少し叢り候〜
共巖富船£順れ漫も食堂の題罪な息らす洞行のこ三ホ・辮機嫌ありしの みそれさへ小説物屋ば一軒も見當らす愉快に畏し申候是れで滋先年房州の沖で大赦三拾五銭の書鍵當に剰銭つけて吐き出しれる強者に御座候暑さも強いば強いかさりごて酬いぬ牛分もなく印度洋に反りて涼みかてらに通り申候上海に害い六のが八月の二十一日甲乙行五人打連れ早速上陸﹁フニス﹂塗の支那人力車に乗じ豊陽舘♂云ふに落付申候東洋第一の都ε聞いて來れがさして立派にも思へす只滑道の巡査ε陣笠かふりれる支那巡査ば目につき申候五人ビに長讐敏授林君徳島開業三浦君京法大助敏授河田君束京開業鈴木君霊小生を加へて五人組若い者同志にて頗ろ氣か適ひダルセーユ上陸迄絡始行動を共に致候此日馬車にて市内を見物致し翌日漁車三時間蘇洲に遊び五人顧馬な蓮れて孤蘇城外の寒山弄を見物致し日夜上海に餓り翌朝錦船出帆致候四日間更に島影存見す退屈なる航海の後香港に上陸ケープ叱力1に乗リジ廿ークに昇り港内な眼下に見下し申候此町ば遙仁上海より立派にて歓羅巴風に耀セ2申候翌朝錨な抜いで新嘉波に向ひ九月一日入港早速上陸碩田舘に投じ書飯後馬車な雇いて植物等な見物致候澹道熱帯植物繁茂し大に氣に入り申候其夜ば番頭に案内さぜて有名の花街な見物致候日本の女多敷々しめ苦々敷感し候西洋の女郎僕等の一隊な見て云ひも云つ六リアナタアノネピァヤソリ申候翌朝自働車な雇ひ市の北外にある椰子林水源地等私見雄大なろ熱帯の景笛な賞し候上露船出航翌日ペナンに上陸馬車な雇い植物園動物園﹇僅田物縮印度山評支那寺3伽見一物致し一候馬車寺﹂云へげ3風派に聞ゆ・が牛裸の黒いのが御し六ろガタ患車に御座候それでも形ば馬車だけに何だか景氣つき申候香港以西ば到塵英語通用致し毫も不便を感し六る事御座なく候乞食迄かマスターマスターマ上詔ふて⁝銭ん覧乞ひ申候此塵な登してより六日錫蘭島コロソ瀞に着す天竺ξに此所の事である人間ば眞黒で恰も金佛糠の如し然もみんな眼繹迦檬の顔に似て居るから妙であ.
る人力車を雇ふべ公園博物襯尋見海岸にあるガ︑ルフェースホテWで書叡
な食ふれ食堂優に三百人な入る㌧に足ろ毛唐の紳士叔女充満し其内に震り
込ん六る小生等の柊好ば赤毛布も膏ならざるε云ふ有様にて些か氣か滅け
申候翌朝クヰンスホテルの案内者に導かれてカンデーに繹迦の古跡秘訪ね
申候漁車賃馬車代書食代秘合して英貨一封にて里馬なやって呉れろのば誠
に簡箪だが先生大分儲けうに違ひ東之候漁車四時間午前十一時朝臣ンデー
に着し〃ヰンスホテ〃にて書飯秘喫し親書の池な一周してバラダアサガワ
毒に行く入口にば乞食群ななし頻りに憐みを乞ふ薄78き.啄膚スリが出て來
て英語で案内をやろ此所を出て向ふ側の繹迦の坐灘しぬリミ云ふ菩提樹の
下を通り抜け馬車に塾してカンデーの一つ向ふの羅村にある植物園に向ふ
滑道娼家生な並べ折ふし黒いのか白い歯なむき出して手招き秘するを見て
縮み上り申候此所の植物園ば世界第一ピも云ふべきもの﹂由さすかに立派
なるものに候カンデーよリコロンボに至β問七十哩澹道山叉山其雄大なる
山水ば根から日本εば舞嚢か違ひ申候コロンボな出て\七書夜水天の問な
航し九月二十日アデン沖祉経過し右に亜刺比亜左に亜弗利加な眺め廿五日
ズ司に達し二十七日ボ︑UN胡引巴に着す夜牛なれこもシヤンパソな雇ふ
て市内撫プラばき廻り佛蘭入の縮葉書屋伊太利人の店秘れ㌧き起してひや
かし療夜の白々こすろ頃船に露れば間もなく錨な抜いで池中海に入る廿二
日午前伊太利メシナの海峡秘通ろ右にメシナの川を眺め伊太利の澹岸に沿
ふて航ずろ事約五時間大小の人家相蓮り山薄線にて恰も油糟秘見るが如く
ソヂすの町に來れ頃に海岸を遽る入影さへ手に敢る檬に見へ先年地震に壌
れれろ〃イーネ惨権蜜横うな見申候
同日午後自燗奄吹くストロソ瀞りーの火出を右舷に眺め翌日午後ユルシカ
なサ〃ヂニアの問な過き十月一日早曉蓬に佛蘭西准望み申候午前十時頃住
みなれ六る三島丸に別な惜み形式的の就關の検査を濟まし荷物なクツク會
紬のドルメツチユに渡し手ぶらにてホテ〃ドセネフに投し鼓に倫敦行愚合
し同勢七入紀念の撮影なやリホテ財の自働車に乗しノー㍗ッダム樽物縮公 園等を見物蹄宿致し候並の瀞ーイば燕尾服なつけて給仕致些か底氣味悪く感し財布の日な押へ卑候午後十一時ホテルを出で㌧伯林行の林︑河田繭君ε〃ソグの案内者に導かれてマ〃セーユを獲し申候漁車ば欧洲に似す頗る不潔にて二等室三人詰の所へ同勢三人の前に赤いのが一人漁車か幽ろε書の勢れで午後二時頃まで眠つれウスラ寒いのでフト目を醒すε二人ぼタンイもなく睡つて居る向ふ側の異人さんだけ一人ホントは此方が異人である目なぱちくりさぜて居て待て居ましれ定ばかり佛蘭西語で何やら云ふジユタパン28フラセ﹁ト云へば今度ばそんなら蜀乙語秘話すんだろうミばつきりしぬ濁乙語で云ふ莚に於て仲好しになつてあれこれ語す佛蘭西人ば不潔六ごか車掌ば不親切だミか先生中々こほす睡つ六り喋つぬりして居ろ中に夜ば白々ミ明け午後六時ε云ふに濁乙人ば並て乗り換へてシユン︵ンへ行くビて別れれ自分に林敏授に電報なう六うε思ふて漁車から降り物の捌リ相な顔なして居るのに英語で聞いても猫乙語で聞いても皆目通しない今度は速成の佛蘭西語て聞くミ今度ほ通したかしらないが向ふの返答か此方へ通しないま㌧よフツンカル迄行つて見ろε構内存突端迄行くビ其所にテソグラフミ云ふカンパンがか㌧つず\居る此所で嚇央翫附か涌﹁し敦雨畏報な打ちて⁝構旧内秘自分の活撫車へぞ﹂來て見るミ自分の乗つ乳列車切リになされて其所等に見ねない些かダチぐミ面喰つ六が向ふの方の窓から林君ご河田君が呼んで居る御蔭で迷ひ子にならんて濟んだ漁⁝車ば油給 の襟な佛蘭西の景色な逢ふて凡そ日本の漁車の二倍の速力で走る田舎のスデーシヨンなミで漁車か両側になつて留る時ば窓から面なだしやがつてジヤポネーぐピ云つて物珍し相に凝覗する此方
へ來てば此方が毛唐なのであろ申にば窓の所まで御苦勢に見に來る奴もあ
る午後二時ペチクロワの停車場より國一境秘越へ十分位でアル下ミユンスタ
ーの停車場に著き親關の検査私受し僕等が革鞄に挙ク下ル何某ミ書いてあ
るのな見て一つも開かずに逸し申候叢にて佛蘭西の金秘濁貨に両換し申候
︵通信︶第十λ魅 第一號
=二
第入十四號一三
︵通信︶︐第十入巻 第一號一四第入十四號一四
遊よりば人間かガラリ唇歯リイカメシキ冑冠りし濁乙の巡査赤鵬の体格偉
大なる車掌ににビスマーグの様なが乗り込み申候國境な出てよりば景直門
に攣りウイセ村の飛ひ飛ひに散在し大ろ其問に敢會の屋根の突出すろ畑に
ば収穫のウズ高く積み上げられぬる百姓の馬車昔水ソ〃の本で見六其景色
其儘である鴻の鳥でも居そうな百姓家の屋根パノラマば其れからそれヘピ
攣り午後の四畦過車掌か此次で降りるんれマ﹂云ふので面喰つぬ實ばマルセ
聖rユでクソクゆμ山ハ時ス干ラス︒フルグ碧一だミ一調ふれから詫ハ積dりで電州報ん馬して.
置いカの敦そりや聞レ2まぜ沁ピ云ふカって始まらすそうかそして居る申に
着いてしまつ六仕方かないから遊て賦りて伯林行の二人な見逡り赤鵬に命
して荷物な受取らし馬車だ雇ばぜバウルラーバンドスタU﹁凶建云ふビヤ
ーεにかりに塩け議し六三十分も走つカピ思ふ頃フラウセルンの前で車か
止め六車の音な聞いて大牙年寄らしいもの奇麗な御婆さんがド〃下ル林の
所︵︑來流だろうミ云ふて下りて來た生檜牛月前に引越され六ピの話Q今日
打つ六電報⁝ば廻して論い六二云ふ︸グ㍗ル佐な木か鼓へ行けご云.ふれのか
ミ急いて恥る申にも先生の話までしれ再ひ車を返しメルラス㍗ラーセの下
・宿に來ろ建正しく敢授の下宿流が不在であろ年取つ日影さんかも1少しす
るビ露られろビ云ふから蛙に荷物な預けて再ひ徒歩で停車揚へ引返しプラ
ットホームに入ろ定今しもバーセッより六時牛の流車かついて補うその人
別込
フ申な林⁝敏授が彼←力燕山月探して居らる㌧のが﹁見へろ即ち綜帳開な隔て︑呼
び遊艮一年振異境に温く手奄握り合ひ互に健康な親し合ひ申候
爾來此庭に留る面一週日に日々市内属国遙致し佐々木先生の題信にありし
當地第一の名物ミユソスター葎見物し大學にてにシユミーラベ︑ルビの玄室
松原敏授の先年來られしビ云ふウナルソyベルヒの神詣科さてば佐々木教
.授が此ご番目の窓に座って勉強されしミ云ふホーフマイスターの讐化學な︑見申候先日ば電車にてデイソ河岸に來りうインンルドな遣絶し申候薄地の
割﹁列セリー公園申産立振にてゲンセリーゼの銅像に名物の榛に御座候 林教授三所に話して居ろε西洋に來て居る感しかなさす時翫大貫に話し行く猫評語に驚かされ外國蔦來て居るな氣つく位談笑中々吐きるものに無之候 同窓諸 兄 机下
︐馨* づ︸ラスプルクにて 山 本 直 枝
*
第 二 信
時下寒さに向ひ候諸兄如何御起居被嘉賓か小生儀俄かに困引碧出行
な見合ぜ此塵ミユン︿ンに舵な曲げ先月十二旧林敏授に逡られて一人寂し
くストラスブルグの夜道車に投じ申候
ミユン︵ンば内科最も優勢にて斯界の豪斗ミュラー敏授︒物質代謝の種下
パウエル夏鳶︶理窟的療法のリLデル敢授︒血漉染色にて名ある剥眉教授﹁
あり︑第一ば連申多読に過ぎ︑第二に結構だが邦人にば不向きだεの話︑
第三に小生にば最門が蓮ひ︑小生ばマイ教授の﹁ラポラトリユム﹂に勉強す
ろこミに致し候﹂外の敢授も﹁クリニソク﹂な覗く位は出愛重候︑即ち敏室
に教授秘訪ひ爾來面癖な見て貰ふ承諾な得握手致候︑内科は各分科致居リ
候へ菰髄鞘一分置致さす各内科⁝各一字の﹁ラポラ下りユム﹂な備ひ規模頗 る出演大殊
に當科建築らしく誠に奇麗に候
さて話が後もごりして.﹁ス駆ラスプ〃が﹂の十日間ば林ざんの下宿に寝起
きして寒き蜀逸の秋の日た温く過し候へこも亦袖を労つ事ご相成り停車揚
の﹁プフエー﹂に別盃を奉げ申候︑敏授の姿が幽かにくに途に見セ2すなろ
迄帽子葎振って別れを悟み申立︑座に写れば同室の濁逸話狸寝して一語な
も饗ぜす︑アソペンワイヤεカル︑スルー箸で二度迄思ひ掛けな・き乗換に
逢ひて面喰ひ翌朝七時途力もない大きな停車場に荷物ε共に降され候傾リ
念ずるば須市にて買つ距ミユソ︵ンの立食一枚︒心細くもそこらに居糞予
ソーガー秘呼んで荷物な﹁アウフベコー〃ンが﹂に預けさぜプラリミ民賢の
町に乱発ひ畠で地圖秘れよりに大學から祭り離れて居ない所志下宿探しに
廻り候︑貸間の札に殆ご家並にあろが倦而氣に喰つ六所にないQ三軒も冷
かし力揚句漸く現今の下宿奄撰んで午後停車場から宿換へ致候︑其日の内
に牛永久的の住居秘定めようε云ふんだから無理な相談でばあろが幸に親
切な出呉︸皿目︻な家鷹に.プツカソタ目性ば何よdりの幸︷輯に御座候︑爾⁝來﹂地圖な相
手に盲滅法に飛び歩き到ろ所の﹁レストラン﹂か食ひ廻ばり今でば常定めの
所も二恩大に見當つき心丈夫に相成候
同地にば日本人が大分居ろ由なうも小生ばまるで人里離れ六やうな生活葎
致し寂しき事限りなく只日本婆の内に同船しれる人一人ある切りそれも構
いのて二三度行つればかり︑ヒルソンプランドε云ふ婆さんばそれにく
は愛嬌のよい婆さんにて行く毎に笑顔にて迎撃2申候善書にば他に日本人が
五六人も居り三度く日本食が食へろ由羨ましき事にて小生日本食に別れ.
流馬耳塞の畔織來正味一ケ月を過し申候︑日本姿勢に十五六の日本兼茶目
の少年が居て﹁グ⊥プソタソバ︵ルドク下ッしミ申候寂しいに寂しいが
結局一入が氣樂に有之候
一人で何もかもやつれが困つカのば大志の凶漁きが少しも解らす無駄足秘
屡使つ六位にてやればやれうものに御座候但し言葉には閉口に御座候︑車
⁝掌巡査の類なれ一ほ識昌々に.も多少げ﹇解雪り由甲偉〃へ出ハ所湘岨バイエ劉㍊dり秘やる
奴になろビ喋って居るのがさて極細語やら朝鮮語やらさへも解り申さす候
﹁アインマル﹂秘﹁アマル﹂定云ひ﹁マン﹂な﹁マ﹂定云ふばまだしもなるも﹁ジ
yド﹂な﹁ザン﹂ビ云ひ﹁ハーベソ﹂な﹁ホム﹂ミ云ふが如きば言語学噺にて﹁ア
ウフグライヒノホイヒし等の﹁チ3旧しに切り棄て御免﹁アグライノ
イ﹂・定客候母音の﹁エ﹂ば大概響かさす候こんな事ぼ麗ぴ2すぜも用ば帯し申
候へこ・も解らないのほ誠︸に不愉⁝快なものに︑て瀦凧にさわり申候︑中にしμ先生 も取ってやり多くなやって居る入もある由なれごも小生にば其根氣無季候︑重圏生なごほ反って正しく候小生迷子になるミ必ず子供をつかまへて聞く事に致し居候小生の下宿の近所ば豫にや\こしく事理左檬に近くで迷.子になろこ¢多く候來て一週間ほこ経つ力頃迷子になって困って居ろ虜へ三人の小謡生通り候故此奴に聞かばやε存じ候塵あべこべに﹁到ーンストウーセば何麗だ﹂ご申逃出し面喰ばし申候何でも此の邊に住む悪太郎にて二三度も尋ねれ事のある奴等ビ見ぴ2今日は大勢な頼んで逆襲なやつ流んだなピ思ばす吹き出し申候︑芝地の詳細ば己に先輩の蓋しぬる庭改めて云ふ程の特長も見出さす只途上﹁メソヅル﹂の剣痕あろ學生の⁝俳一御するε﹁廿i〃フアス﹂葎引張ろ馬の逞しきヒ途上此寒いのに牛勇断あらわなる婦人の多きマ﹂電車の車掌の風彩堂々ぬるビ巡査のいかめしきば周に付き乱塾先日ばソエソペリンの﹁ルフ下シフ﹂を見物に﹁ソス下ラソしで近か付きになつ表若は紳士ご連れ流ちて郊外.迄串掛け申候西洋人の親切なろば解れしく候下宿に鯖ってフラウに話しれらば口を丸くして用心なしないε時にbドイ目に遭ふ事があろミ注告致候︑然し其人ぼ全くの好人物にて今次に﹁メソヅル﹂に案内ゼらる㌧約束に御座候︑先づは長い旅行日記も鼓に筆欄き申候此度ば御地よりの御題信鶴首して待入候頓首
増嵩篤氏通信︵佐々木敏授宛︶
謹啓追々寒氣に相落候虚御機嫌如何に御座候か駆上候降而小生多相不攣無
事日々蓮単子居候傑乍他事御安心傘下度二野來御無音仕居候塵岡本兄より
の蓮信にて過日來御不快にて御臥床相成り居候由頓電了知不仕残鵜仕慨然︑t最早御快癒にて御離床εの御事恒等仕候何卒折角御自重被年度願上候學
校卒業試瞼も最早結了の事書存じ從って引き績き彼是れε御多忙書存候山
本君も週飴當地に滞・在の上民賢へ赴譲・目下マイ敏授の下に入園致候由通信
ハ通 信︶
第十八倦 第一號一五第入十四號一五
︵逓信︶第十入唇 第一號一六第八十四號
一六
有之候何れ詳細ぱ本人より御短信致す事ご存上候︑加藤君今般盤尊卑講座
携任ビ相成事由母校の爲め慶賀の至りに候御詰ひの節ば宜うしく御守聲被
下諸候り小生も己に瀟︻ケ年以上経過致し時Bの早きにば驚き入り候其後
當地に別に攣う六事も無之漸く本月上旬よリ新墨期ミ相成候シユミーデベ〃h先生も何分七+オの高齢讃評あり亡錐ごも老司の傾き然し引き汚き講
義ななし居られ候ホーフマイスタ○病理のキアリは老いれリビ錐こも爾雪
礫六うものに候伯林小㎜兇科ホイプネル敏授愈々凋落二月を以て土偶浪一ε決定
後任ミして當岩室のチエルニーの晶群も亦内定致候就而ば小生も此機を利
用し來年夏學期より何れか他の大鷲へ輔學致し叉攣ばり遺る方針な學ぶも
得策マ﹂存じ次回の留學地な考へ居候
當地も追々寒氣を増し去ろ三日初雪有之候朝夕の冷氣宿しみ申候
右御伺労々如斯に御座候乍揮高安︐山碕両先生な始め諸先生へ御面會の節
ば宜うしく願上候頓首 ︵大正元年十一月十日︶
噛富山︑同窓︑會記事
樗な飾りし紅葉.影も無く去りて米卑し駝ぷ年の暮れ十一月二十五巨ごに
なりぬ︑所ば富山ホテ配面上紀念の間.電燈花やかに輝きて敷き列ぶ布團
の圭待ち顔なろ午後六時︑束より西より集ひ來ろ面々︑一つ學びの庭に入
ミ成りし同胞學友︑早や此所にも彼所にも揚の静けさな破りて︑温かき談
話.遠慮なしの示談躁組し合ぜての思しさ︑他所の見る目も羨しき極みな
れ七時ご云ふに酒盃ば舞げられ︑醇ふてに意氣衝天.或ば昔を語りて人の
脂⁝な解き︑或ば未來な談じて人勝な奪へ︑時に取りて美妓仙女も︐虹の如
き氣焔にば呆然自失して面す所秘知らす︑歌舞め興ば禺でざうも温かき情
趣ぽ自然¢堂に盗れて四隣に快秘話リぬ︑想ひ會すろ者二十有二冷仁を業
定すろ讐師艦非す揮愛子旨ごする藥剤師︑換言ぜり窟脚一流の士のみ是為 紳士の會合ご云ばすして何ぞや︑同窓の情誼に加味ずるに紳士の人糞を以︑てす︑それ如何に高潔親睦なる事よ︑一男の拍手ば幹事堀来太郎君の辞な増歯2ね︑君ば本會開會の主旨な蓮べ併て一年志願兵εして入坐すべき小西肉興清士の迭別の意私兼れ度さ由な蓮べらる︑次で小西叢立て謝意存陳して︑會ば隅々佳境に入り︑﹁メス﹂取る手︑隠診器持つ手︑匙操る手︑徳利もつ手︑入り制れてに纒にり.もつれてばもつれて同窓の情誼ほ置くく相互の心急縛して止む見なし︑⁝⁝⁝⁝夜ば更けぬ撚れも人も醇レ2ぬ︑謎き沁名残りば次會にと︑家路存辿ろ我が独に露ば舎りて.霜月の天暗し︒.田日の幽賦金.員甑鱗業秘糊記績疑
心金 岡清彦水上峯太郎末岡外次郎田 上 清貞申田徳次鄭
織坂城井片近管長高村 田井:石本山郷納澤田澤 馬蝉清:艮重景安範金 時茂治吉作孝成弘國廣
松井長兵衛 ︵全科開業︶︵藥局艶種︶︵内科開業︶︵同︶
︵眼科︶
︵藥種藥局︶︵廣一堂圭︑市會議長︶︵小見科︶
︵耳鼻咽喉︶︵茸鼻咽喉︶︵皮膚花柳梅︶︵眼科︶
︵婦産科.︶︵眼科︶
︵歯科口腔科︶へ内科︑七人科︶︵藥意志局︶
阿小福高森
波加西田米
寛眞美安正 吉清明治英
︵廣貫堂技師︶
︵赤十字病院内科︶
︵謄神経科︑内科︶
︵内科︶
︵赤十字病院内科︶O今回入管ぜらる㌧小西眞清君ば昨年の卒業にして松原博士の下に研究煮
て當市高田小見科院に副院長となり本夏以來自宅に干て開業ぜられしが國
民の最大義務な果すべく軍讐生建して七聯隊へ入隊ぜらろ︑事建なりぬ︑
謹んで同窓會が卸量の誠意を致す灰︑願ばくば健康に一層留意ぜられ一年
夕飯の軍隊生活を終了ぜられんこ定な切望す︒
轟術
三三 坐影
回︽ 坐伽
砺不 並㊨
砺亦 砺亦
一昨暉国出隅国醐纈●口層唱聞㎝口回嗣胴鯛國一犀隔■国圃偽噌鰺斜口国ロ一嘱胴嗣胃闇聞口隅鳴鴨暫幽蟷国酬﹁4伺印闘國陶層國魯曽較内.羅報
纏講話會例會 ︵+月二+六日︶
坐殖
午前の授業な絡へて︑午後二時開曾・細思に︑大功堂の豫定であっ糞が︑
い郡合上︑第一敢室へうつされ六〇
一︑国α彪Φ忌昌①d冨ロσQ ︑ 石 坂義正氏
都合により︑本題に︑次回に廻して︑本日に︑本校學生の体格に付いて述
べカ︒近年本校學生問に︑齢疾病の劇増しカこ定を.一見明瞭な統計表に示
摘し︑馬脚の原h囚や豫蛾防一心の︑研究ぜ・bるベキ・を痛⁝快に肱醐じ敦O 此の時︑會長窪から︑高安先生が立六れて︑十全會々則第一條なあげて︑此の説に賛し︑薙衆な刺戟ぜられカ︒ 二︑所感 マ 川島 俊轟﹁講話部の振興策や︑學術實習部属張の必要や︑運動會な旗して︑懸賞講話部を設けれい事やな︐面白く説明ぜられ六・ 余の理想が實現ぜらる︑曉にば︑徹夜紳維衰弱︑あら69る不自然な伸ふ︑試験制度の如きば自然清滅するであら︑つーーε︑殺鼠を梯って︑降壇ぜらる・ 回晶︑正宗運試毎︑たる吾等 石 川 義 助氏離︸二部の演壇へば︒之れが初陣ぢやご云ふ︒ 我望彦μ︑新⁝校舎ピ此ハに.︑薪らしい精紳な得六Qそれ葎正宗の名刀εすろ︒我等ば︑迫れを研磨すべき責任があるQ自ら作れる規則がある︒此の正宗な︑世界の名刀六らしむろ秘訣に︑研磨すろ入の決心にあろ︒そして研磨すろ方法の如何にあろQ︑ 四︒雑感噺束 ︐ 眞下眞一郎氏恐れ多い今秋の愁αさりεて吾等に此の悲しみを貢ふて勉臥しなければならない ε云ふ事から︑所感数條秘蓮べ︑感蝕って︑高利貸︑質屋の攻撃に迄及んだ︒演説ば藝術であるミ云ふ様な︑蝿の態度︑音色︑かなり﹁パウセー﹂が長かつカQ 五︑圖書館に就いて 田中吉左衛門轟紳経後根の研究︑﹁アメリカ﹂獲見︑望遠鏡三明等︑昔の二者が︑如何に苦心しれであらふか︒今日の二六に︑より大なろ研究がなければならぬQそれにに︑︑位置の選定や︑時間の節約やの關係から.自然寸書館の必要が起って來る︒︐今後諸君の決心一つで︑我が圖書館ば︑説備も完全し噛珍書も充満すろであらふ︒ 定︑終りに︑科學研究の極点な︑倫理︑宗教に
一致ぜしめカ︒ 六︑小希望 ・ 村山頁李氏
讐學饗展の歴史な贈れ︑今U磐學の爾幼稚であって.腎等の前途遼遠なる
︵校内雑報︶第十入巻 第一號一七第八十四號一七
︵校内維報︶第十入懸 第一號一八第入十四號一八︑
な想へば︑び六すら︑健康為重んすべきであらふ ミ要すろに︑大希
望であっ六︒ 七︑自炊の日記 伊藤患 一茂
日露戦争後︐我國外債償却のばかばかしからざるに︑露國ばすでに︑五億
圓の飴裕がある︒これ等ば皆︑國民個人の鯉濟に依ろだらふ♂︑人に先ん
じて︑自炊生活に入つ六〇ま乳近時乃木将軍の殉死によリ.思ひ起す其の
人の性絡に︑刺 ぜられて︑盆々所存の膀が固まつカぜ︑自炊の動機を蓮
べ六〇 ︽︑歓洲精瀞墨界 松原先生
﹁ウイー︑ソ﹂の精四病學界ば︑現在余リ盛でないが.古くは有名な學者もあ
?鴛︒申にも古マイ.不〃ト民ば︑繕榊病學者ざしての外に︑謄解剖學者ε
して︑師顯にれ六︑其後クラフ下︑エビング氏ば︑臨床的就中経過によリ︑
疾病秘分類して︑甲よリ乙に攣じ得るものビしカQ此の隠退後な︑ングネ
ッ氏が織承しカが︑何等特色が無いG然し尚邦留誓湯の︑絶ぴ2ないのに︑
ナーベルスタイネル義あろが爲めであろQ此の研究所ば︑近時政府維持の
下に︑艦脊髄の生理的及び病理的︑就中脊髄配達道路の研究なして居るの
で︑之等の進歩に︑ミユン︵yに劣らないQ
スタインホフの病院ば︑敷地面積約四十四万埣︑三千人の患者秘牧結する
事が出來る︒病院ミ云ふよりに︑むしろ町である・地形ば階段状ななして︑
後方に高まり︑最後に壮嚴な大寺院がある︒斯くの如く他に類な見ない︑︑
大病院であろけれこも︑學界に製してに︑貢胤する所がない︒特に不安な
る患者に勤すろ塵置なごば︑蟹的極まうものがあろ︐ ぜ︑いつもの如
く︑語種の圖な福げて︐言明ぜられ索Q 九︑偶感 金子先生
人間が赴會に零するにに︑沈思熟考が無ければならない︒此の素封を輕卒
洋薄εでも云はふか︒此の老人が︑後者の爲めに︑自己の失敗談諸職悔し やう ミ︑多くの例存興甲げ︑先生の鳳大敗談秘蓮べ︑學生馴訓戒ゼ・ち︑れ■
れ○
午後六時︑燈火の下に會長閉會の辞存述べられれQ 庭の小松も︑秋の夜の景物なあやまらないQ何塵かで︑轟が鳴いて居る︒馬鹿に響く聲だ︑想像深い︑.君子の大脳にに︑次回に廻し六出露子の﹁玉のみ聲﹂も私語いてるうだらふ︒ 霜音ざるな閉會す灯取り巌も居て ︵恥く羅坊記︶翻那谷ゆき ︵三年級々會一+一月+七日︶
輕き雨の音に眠りは被られ六︑昨夜今日一日の色々の空想を抱いてれ六胸
にば潜抜けのし索感が起らない謬に11ゆかなかつれ︑雨戸を繰ればほのほ
のくε明けゆく束の山の端ばそれでも雲がきれてゐ六︑﹁きっε舞れうに
蓮ひない﹂こう猫心に榊賜いて出襲の仕度存する︑臆て急な出ろε其雪晴頭
にまれバラー\ぜ雨がふってき六︑一けれこも今εなって引き返す氣にもな
られない︑弩ま㌧よ猫でもい\から行って來う﹂ミ身重場へ急いだ︑停車場
の通りから遥かに瞳な投げる定級長先生が例の歓来私漫遊しスき六ミいふ
ハットを被って人待ち顔に停んでゐられるのが眼についれ︑私の胸にば嬉しい曙光が輝いカ︑時間までに集まってきれ者無量+二人︑朝雨が降って
ゐ添εば云び乍らあまりに人敷が少かつ六︑兎も角も七時二十分の汽車に
搭つぬ︒野々市を過ぎて左晴すれば越路の山々に巳に白衣を言うてみる﹁秋すぎて
冬昂るらし眞白にぞ越の山路に雪ぞふりけろ﹂︒松任た通り美学な過ぎ手取
の川瀬な走り乍ら右著すれば日本海の波濤瀞濟ミして打ち寄すうさま秋ミ
いふ心の感鯛に営々詩趣為添へるのであるQ
小松へ昏れ.停車場ば人波な打ってるろ.さて何事であらう2大谷瀬本願
弄前法主の來錫亡いふこミが知れぬ︑聴聞な見ろ定僕等ビ同汽車に搭って
ゐられるらしい﹁坊圭の力ほごねらいもんだなア﹂ピ頻りに詞章な饗してみ
ろ︒汽車にのって間もなく雲が消ねて小舞子の松原々走ってみろ頃ばカラ き ドリビ晴れてゐぬ︑誰かが﹁松原暗れ﹂だこ云ふ︒松原秘ぬけ出て水田の間
な走ろ︑賦日さんの光がキラノ\ε漣に反射し畦の稻架の彼方に藁屋の屋
根が見ねてそれよりも高い稽口淋しく黄ばんでみる︑何ピいふ詩趣でぜう︑
私等に静寂なこの秋の朝権汽車にのってこの景色に接して巳に豫想以上の
感じな得ましれ︑呪んや・.︑れからなほ秋深い田舎のあれりな師の君ご學び
の友蓮ぜが無秀才な話に足の遙む感知らなかつ六愉快さ私に︑︑の生麟的な
叙情的な秋の景色の讃美をひεリ擾にすうにしのびなかつれ︑筆ば拙く時
に遅く充分に記蓮ずろこ定ば商工ないが柳にても今日一日のこξな諸君に
想ばすこεな得ばご重き筆・秘呵して紙面ん〜汚しますO
動橋へ悔い六のは九時頃であっカ︑この停車場でも坊圭な拝むれめの群衆
が雪崩な打ってるる︐中にば合掌唱名のみで溺足ぜず饗鍍を車中へ投げこ
んだ着もあろ︑今更宗敏の大なる力秘思ばない繹ににゆ蓄まぜんでしれQ
僕等も汽車掻捨て㌧から脱帽して敬意存表し距Qε後の方に.ゐ☆さがな口
がS君の頭ば廿リケンの様だ定意外に大きな聲で叫んだ︑ドソミ笑つぬの
で田舎人ば怪訟な顔秘して僕等な見てみれ︒
淋しいけれこも何塵かに李安潜思はず様な山の魏々講中に一面に温いそし
て心な和まさればならめ十一月旦ばの日光が溢ってみる.重いふ様な景色
の間奄先生な取り巻いて打ち語りつ︑歩いぬ︑暫く尊いれε思ふεばや那
谷てあろ︑馬施に近い︑電思って時計な見うど十暗.頃であっカ︑樹木深蓬
山勢短呼なろ那谷寺の境内︐季違からか大工の槌の音が漂うて來る︑入口
の石碑の蘇なむしって図嚢ぜない字葎寄り合って挿んだ﹁二割婆な電光
朝露ビ聞あけば彌陀れのまろ︑人ぞめでれき﹂o 韻事の坊さんに導かれて左に岩麗な仰ギ︑右に小丘葎顧みて巖窟の大悲閣へ塾拝し六〇坊さんば徐に那谷聯の繰託な解かれれ︑其大要ばこ﹃である
﹁當山に入皇四+四代養老元年かの有名なる越智の当無大和禽が妙理菩薩
の霧隠によって白山な開拓すろ根魚ミして開かれれ露刹でも定巖谷寺ε稀
したのであろ後 花堂法皇が北國に三十三所の身動な草創ぜんミ思ひ立た
れ曲地の幽蓬なのなめで給ひ糾して那谷寺ご吹名ぜられれ︑その所以は那
智及谷汲の各頭字を取って名けられカのだそして千手親音な安置してあ
る﹂ミいふ︒坊さんば語秘警めて曰く﹁凡そ人に無我の境に入らねばなら
ぬゴージソへ潰乱︶ば父母より此の均体をうけ六ものであろ︑そして交母に
孝な致ずばゴージソが君に忠なる所以であろ忠ばま六ゴージソが無我に入
るの第一階梯である﹂ε云ひ絡って得々たうものでみる︑ゴージソを幾度
も級り返して言にれたので後の方に苦笑してみろ者があっれ・坊さんに別
れ.てから各白爵脚ひ/\に山石山 へ登つれ︑そこくに從鄭ね山陽ってみる山石に.ぼ
所々侵蝕ぜられ力痕が見レ2ろ︑京都大學の比企教授によれば之等ば凡そ火︐由岩に屡し石英粗面岩安山岩の類よリ成り礪疇や貴蛋白石なごもあるεい
ふこピであろ︒私は太古これらの岩漿が地表から噴出してゐカこごなごな
麗些し今更の様に自然の偉大なカな感じましぬ︑瞳な脚下に注ぐ電そこに
湛々れろ池があろ︑紅葉ば己に遅いが爾ほ眺望に償せないものがないでも
ない︒且叉岩角に継って岩石山な下って後散り敷いた紅葉な踏んで或は傘
亭に入り或ば三重の塔な訪ひ芭蕉塚な探るなご反って詩的の情緒が湧いて
來ろのである︑塚に日く﹁石山の石よリ白し秋の風﹂o
那谷で書聖な食つ六其間氣焔万犬冷語百出順な解かざるを得なかつ六Q十
二時那谷な辞して粟津に向ふ︑十方野曝なろ山⁝越セ2の秋の空麗な吸ひ落葉
樹のやばらかに並び立つ由オ山ビの間の隠秘通りめけて粟津に適い六のに
一時頃であっ六︑善吾櫻の三十六盤の大廣間へ案内せられて︑食ふ喋る飲
む少しの暇もロが休まない︒鰭て硫牝水素の臭秘かぎながら温泉の快感な
︵校内雑報︶第十八﹁巻 昂一號一九第入十四號一九
︵校内雑報︶第十八巻 第一號二〇第入十四號ご○
味び充分の漱な為して粟津か去つ六のば五時前であっれ・
蹄路車中幾度か那谷の坊さんのゴージソが繰り返へされ六金澤羅へ下りて
から元氣よく〃ラス會の万歳秘三唱して華麗し六Q鳴呼愉快なりし日よ︒
吾々の均瀞が今日一日中に得れる塵決して少塚らざるこε々信じて疑にな
いのである︒
㊥馨科四年忘年級會記 ︵+ご月九日︶
年忘れ叉も財窟の煤彿ひ︒
鬼の來ろてふ師走の空︑誰の財布も黒雲蜜布して三軍空しミ云ひ漉そうな
今日雌頃︑サー級會だ︑忘年だ⁝⁝明日ば且那の⁝⁝待てく三日も前か
・う今日出せ︑今畠せε火の付く様な催促︑幾ら鬼の月ミば云へ早りε云ヘゴ
ば聞レ2ない︑大藏省の財政困難ば爾依然ピして廻さんに車もない此の時節・
さ.リεて無⁝下に鶯の聲ミも行かす.⁝:孫末代鬼ににぜじビ悟つれりな年の
暮・・⁝二尊ば明げて今日ば級會︑場所ば病院會議室︐時に十二月九日午後
ご時︑此んな事を思っていろビ︑前座露彿ひの役目巌かに彼岡君昨日の鬼
に今日の何εか︑ポケットの重さに跨まで沖つ六かご一か拭知らねこ︑皆
さん張り猛々しからぬ御面相ご︐見てかあらぬか︑ビリヅケン宗世渡り學第
一章自己廣告の御復習へ︑法螺も吹くべし擾けるべからす.重字も時に一
種の風音あり︑以て自信の勝利者中るな得ば上乗ε︑有難い哉福の瀞:來
年に嬉々鼻の下に心配のあろ御互標︐物げ試し一ソやって見て代は御蹄へ
り御勝手れり随喜の涙も注ぐも注かざるも御心委ぜ︐抵て持ち近くもない
貧乏世帯Q
二番茶に田中君前の御茶菓子に六月以來創設の始めから殆ご一入で御厄介
な煩している圖書室一久・も今∴茂ば春の御日︻見へな内科研究室一で書 夜兼行やり
ますから御㍊儀ぜっさり黒々し︽御挙世の程為ネガ七ア﹂ゲ⁝濃︑国起此の 一年申にぜめて型だけなり婁ドグ下ルらしく本でも讃んで成って並び六ひε︑親の心を誰ぞ知ろ仇に聞くまい伜共布らぬ先の棒に御要心!學校も後向ふ六ク月︐さ射ば明春に雑煮㍊つて晴々敷総見物︑指折って來る年な曇れん野次がいよく今日の本膳︑煩ばしれのば入坂松山導の山内師昨日が丁度悟入だからミて繹尊ばじめ雲門輝師の悟道修業談な説かれて天地芝入︑人ミ心︑心ミ法︑ビ諄々切々漉々ミ法門の一義な敏へらるく一時餓︑偏碍に日 雲門三三三山 暴雲門示レ衆云乾坤之内宇雷之間︒申有一二二一秘説在形山一Q 枯二燈籠一向二上殿裏一〇將二山門一再二燈籠上一Q 頒 日 看々O古岸何人杷事由芋も雲再々℃水漫々0 明月蔵⁝花君自書︒ε天地一体︑心均即一︑二即一︑れろ不漸の妙趣ある氣の鍛錬な説いて詳なり︑實にや氣ば天地宇宙に充ちて本自即一︑萬衆皆一思︑一箪百攣して百花開き干関して干草萌一9山峙水流.雲屯雨下︑︐正邪賢愚︑悪阻伸屈︑冠婚秋冷叉一氣の剖鋼︐施曲折︑衝突︑交錯して生す︑合すれば蕩々溌々の
用聞亡なる師の所謂形由之一寳︑本來皆物より生する塵の希微にして知る
不可︑捉ふ不可︑而かも逼れ物の本態にして微分子なうが如く一にtて二︑
二にして一︑氣あれば物あり物と聖書失へば即ち物六らざる隠れを形山秘
密の一寳ミ云ふ静かなるを物とぜば動くもの拭之れ独習らん乎要ば探って
以て水漫々雲再々の境界に遊ばしめん工夫のみ︒終って菓子が出る下李級
長の諸子の希望ε矛盾についてミて注意単簡兼れて閉會の辞があって御母
ひ苦い御茶受けε云ふ柊なり煎れ秘歳末御親儀胃病の妙藥ミ目出度き今H
の年忘れ︑笑って手な鞭つれのが四時牛︑曲日御來楽な書し流のば松原︑
柏里S︑藏光の諸上庄︑塵境てプラη心寒い雨と鳳の小山払想念聡のがじ︑塒へ
一絞内雑報︶第十八餐第留號第入十四號 逝く年暦鬼の笑ふや除夜の鐘芳 坊
㊧卒業誓書授與式
十一月十二日午後二時より本校大講堂に於て第二十五同卒業証書敢授式な
墨行ぜらろ︑定刻教授職員及生徒入場︑高安校長起って戊申詔書な奉謹ぜ
られ︐証書授輿に移る︑即卒業者左の如しQ讐學︐科 雨森艮順 喜多禎次 丸谷定雄 根布定吉 藤巻敏太郎 安藤億次 丸山浩李 笠島宗之 源明藤吉 習弊豊吉 高橋邦次郎 竹再善松 田邊鼎介 正印義正 加勢 基 岡.田申吉 ︵百九名︶烏居 環村一山三塁三郎富田豊咲上野辰太郎高崎丈雄齋藤塾則的場貞行青木國ご二男︑藤澤好彦今村鐵夫安江芳雄飯田 豊︐關山信作小山角次賂大島重雄廣瀬 勇 小池オ一藤岡馬子金田友三郎白木孝一篠田嘉年・鈴木康一吉川 誠岩田高明宇山春禧永山昇一木下 熈河ロニ郎北村清太郎小池勇助秋田 平押山金二等
内さ にら
代ば へ悲
逝てしく oかりし年よ︑ま六來ん春の花な頼みに一先今年の筆溌ひ名勝案
藥
藤谷吉岡學渡磯内戸石沖佐駒入古山宮吉紳北伊西島佳申馬
㌔田田湿田暉㌦魏田屋疇曇鷲藤鵜吉田揚
三菊i藁太童政太芳次L 三秀
泰・・e一一
四昇憲和七次一之
治太郎鄭 郎二野男一平平艮1〜進鄭男野郎知雄i鄭雄鄭喜鄭貞稠
大末1村柴 ハヒ
異書黒1来
八一・直郎
中武村赤五中軽重単向青倉村川福岩楠吉野稻
皇離嵐釜購正時讃蝦田薮
一二六鄭齋吉龍明生内一雄郎鄭吉一鄭稔藏實
田野伊大 中口藤西 磨幸次
政 他 吉耶雄三
深・竹野岬町渥春蒔永六上山上西大楠越岡吉紅 鱒越永澤田町田舟谷田島川原野脇野村田見原
太 徳
末甚
陸三義信瓦町信仁員芳耕匡成勝彌太次新湯周 頁鄭長盛海願行三絶輝治男之藏」雫郎鄭雄造輔
へ檀内雑報︶第十八巻 第一號二二第入十四號ご二
西岡牛三 申出長松 藤田研ご 金森叉一 手塚歓二 堀部冥吉
森 田次 郎
次で優等生左記四名に銀時計︸個宛授興ぜられたり︒馳青碧科 雨森良順 鳥居 環 小池オ一 藥.學科 岡田一躍
次で高橋邦二郎氏に左記薦記按な授爵ぜられ且同氏が十全會の事業に蓋力
ぜられ遜るな感謝し表彰記念εして花瓶一個な本會よリ贈呈ぜリ︒
薦 ・記 按
性深沈にして男工あり︑糟晩學に薦して而も魂守克く勉め出塁尋常なら
す︑憲爾亦可なり︑同窓爲に風化する所多く象皆推服す︑今や卒業して
將に校門な辞ぜんこすうに當り鼓に之な表彰す
大正元年十一月十二日 金澤讐學平門墨校長高安右人
次に雨森夏順氏に病理學成蹟優等に付小原芳雄奨墨摺εしてカルデソ氏著
病理組織學的検査法一部及ウナルファル︸小田切頁太郎共著︻蜀和評典一部
葎授與ぜちる︒
因に該奨學賞ば曾て本校講師にして雪害の名ありし小原芳雄氏が明治四
十四年一月六日死去ぜられれろ時入田二野氏等襲起ミなり金武百武拾五︑・圓な醸出して之れな基金εし其利子奄以て明治四+五年以降の卒業生中
病理學成蹟優等者に學通な授翻すろこご定められたるものなり︒
構ありて讐學科卒業生総代雨森語順遺品藥學科卒業生総代岡田二耶民の答
辞ありて式絡リ.小憩の後茶話會に移ろQ ㊧圖書室月報
霜葉な返す秋風の暮影高く空の明鏡に現れ出でし圖書室に︑春陽又も明け
なん天鼓の聲勇ましぐ盛斐︑更に内科研究室に打って出でんビす︑希くに會
友諸氏の接踵來室の程な︑因に開設以下︑寄購な辱ふし旗ろ氏名並に罪名
次の如し︑謹て感謝の意を表し併て陸績御寄附の榮な賜はらん事な乞ふ︒
︵書 名︶
一診断學一最新眼科全書薪舞総論︵藁葺下ご二
一新撰生理學
一弁上内科新書
一婦人科診断及治療學
一十科學講︐義
一精稗病診断及治療學
一細胞及組織論完 以 上
蒲講輪蒜謳
輪支那語研究曾
金髪全全全購下高下 子 準安平氏 上上上上買
治 用右用 郎 複声入彩色 殿 殿殿殿堂
十月末獲會の式な畢げてより着々其の研究の歩武な進めつ㌧あろ全會は今
次以れに二恩講師奄迎へて組織稽見ろ可身︑ものあらんεすうに至れり斯く
て︑やがてば極東中天の空に風雨を巻いて勇飛ぜんεする有志諸鴛の裳階
や訥に旧拡εすべきものあり今や會則成ろぜ云ふ掲げ以て其の登展ε層倍諸
鷺の参會な切望す〇
一︑本會ば金澤馨學恵門學校支那語研究會亡構すQ
二︑本営に支那語研究な以てB的帯すQ
三︑本元ば本校に縁故ある有志者な以て組織すQ
四︑本會ば三蓋及講師︐委員各若干名を置き會長ば會務な総脅し委員に其
庶務に任すQ
但委員ば通常會員の互選によりて之れ葎定め會長の許可秘得べきもの
ピず○
置︑會員を別ちて賛成特別通常の三εし賛助會員ば佳宴の援助者な以て特
別黒化ば本語研究有志の先輩を以て通常會員ば有志生徒よリ成ろものε
し︑特別逸常の各曾員ば鳥撃に關すろ一切の貢搭に與ろべきもの¢﹂す︒
穴.附 則
イ︑會費ば出席の有◎無に.不拘毎月七日迄に.委員に山背附ずべキ︑事Q
ロ︑入會希望者ば其旨委員に逸し所定の會員証な受取らるべしu
ハ︑退會希望者ば其旨委員に逸し會員証な返附するにあらすんば依然會
員六るべき責に任すQ
⑧須藤○石阪○土肥三二授を迎ふ
明治の奮舞璽ば去りて大正の新幕ば開かれ諸事改元ご共に新に獲展して止
ます此の幸運に乗じて五口三更らに新進氣鏡の三教授を迎ふ%を得漏るけ吾一
人の愉快之に過ぐるものなし須藤教授ぱ我鳥撃化學界の白眉にして世人未
だ・讐化學の必要な解ぜざうに先だち馨三三の鼻祀六ろ隈川博士ε共に二十
年間以上斯學の研究に從ひて多数の業蹟な公にし其博學ば全茂の著書ε共
に我國猫早島り昨年黒部省の祓遇すろ所ごなり蜀乙に留思して今伯林にあ
り蓋し普題の讐牝學ば既に研究し審して亦氏の顧ろべき絵地なき秘以て今
や血清化學の研索に志し新生面の編奥な極められつ\ありつ
石坂敏授ば東京大學卒業後直ちに大澤課目博士の下に生理學な研究しなが ら本校講師ごなりて撒年な纏過し一昨年二月官命な帯びて濁汚に留學し曾爾ほ斯學の大家に親炎ぜられつ︑あり全敏授は本年二月露期すべき筈なりしも更らに留學の期間な延期して來大正三年早春に聡慧ぜらる㌧こミ︑なれりQ吾人は此篤學にして前途甚だ有墓の新敢授秘得て吾校に更に一段の光彩な添へぬろこピを喜ばすんばあらすQ土朋敢授ば方今我國に於ける皮膚病及び花柳病學の泰斗六る土胆多型博士ミ共に岩盤の双壁れりQ全量授ば皮膚病及花柳病學を研究すうに先だちて臨床留意の基礎逼るべき病理學を研究し爾ほ進んで細菌誹議室に止り或は外科學敏室に入り其基礎固くして學識博く誠に臨床讐學研究方法の好模範な示さろ㌧ものご謂ふべしQ
⑱土肥激授暑歴
東京府雫民醤名粟田章司
土 朋 章 司
明治九年六月二十一日生 原籍東京府東京布麹町匠下二番町四十六番地
現住 同 上
一明治二十一年四月東京英語學校︵日本中學校︶入學
一同二十六年四月同校四年級一=ア退學
一同二十山ハ年一血月ヨリ同Mご十年コ一月マーア嶋魯東山尿盤面宙翻門學校讐生學含二溜羅
合
一同三十年五刀内務省讐術開業試瞼二及第シ九千九百九十號チ以テ思懸二
登録税ラル
一同三十一年六月東京帝甘受怨讐科大學選科入學試瞼二合格
一同三十一年八月ヨリ冊二年八月マテ東京帝國大壷皇軍大県教授盤學博士
︵校内雑報︶第十入巻 第一號ご三第入十四號二三
へ校内雑報︾第・十入慰 魏勾﹂ 號﹂二四第入十四號ご四
佐藤吻三吉二就テ外科學研究
一周三+二年九月ヨη世二年八月マテ超越鷹飼大細糸科大學敏授盤學博士
三浦守治及同敏授讐學博士山極勝三郎二就テ病理學及病理解剖學研究
一周三十三年九月ヨリ三十四年八月マテ東京帝国大學讐科大學敏授盤學博
士緒方正規二就テ衛生學及細菌學研究
一同三至四年九月ヨリ三十九年二月マテ東京帝國大學讐科大學敏授醤學博
士土肥慶藏一一就テ皮﹁膚病歓毒學及泌尿器強腰研究
ご同三十九年三月出獲蘭領布畦バタビ到二流ケをナイセル氏動物読響辛子
所二赴ク一同三+九年五月・り四+二年五月マテ猫逸國プレスラウ大通皮膚病翠黛
科当室二入り講師チーレ〃氏敏授ナイヤル氏二就テ研究
一圃四十二年六月ヨリ同十刃マテ伯林維納巴里ノ諸大二二修學銀行チナス
一周四十四年六月論文提繊二元リ讐學博士ノ學位チ授輿セラル
蝋石鞍敷授暑歴
原籍 富山縣中新川郡早月加積村大宇栗山村
二千百九十三番地李民
石 阪 伸 吉
明治十四年八月十日生
一明治三十一年四月東京猛画讃協會學校第四年級く入學
一同.三十三年四月同校卒業
一町年七刀第一高等學校第三部へ入學同三十六年七月同校卒業
噸同年同月束京帝國大學讐科大學︵入學四十年十二月二十日同科卒業
一同四十一年一月二十三日東京帝國大學讐科大墨助手二任セラソ即日磁理
學漱室勤務 一同四十一年七月十四日生理學講師チ囑託唱同四十三年十一月一日生理學研究ノ爲メ満二箇年間弘誓國へ留學チ命セ ラル 働金澤病院の登展今回土朋章司博士が金澤讐學専門學校敢授に薪任ぜられ六ろ々⁝機マ︑し從塞下墨敏授主任の金澤病院外科一部に包含ぜられし皮膚病及花柳病科な割きて新れに土毘博士な部長芝して該病科た増設すうに至れリ︒然れごも該部な新tに建築すろの豫算なきカめ先づ當分は外科一部の階上なる磨工部を外科研究室の一室に移動して同新守の診察施術室マ︑なし讐員三二名ぜなし
一名な新任し他の一名ば外科剛部動員より着任す方︑︑定︑なるべしミ云ふ
爾ほ本年九月に罧蟄授も脈塑らるき︑εなれば目下内科蔀山碕敏授
の下に附庵しつ﹂ある小見科の猫立三見うに至ろべし
此に於て内科一部Q内科ご部︒淋経科︒小見科︒外科一部︒︐外科二部︒皮
梅科︒眼科︒嬬人科の九科な見るに至れり爾ほ此上耳鼻咽喉科及び整形外
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轡内 閣 東京帝國大學磐科大學 助敏授正六位讐學博士 任金澤磐學専門學校敏授
叙爵等官四等
六級俸下賜 ︵十二月二日︶
任金澤讐學専門學校教授
叙古同竺寸官山ハ等
六繰俸下賜〜+二月二日︶讐學博士
任金澤馨學專門學校敏授
︐ 叙古同等官ユハ竺寸
十級俸下賜 ︵十二月五日︶
⑭宮内省
十月三十日
叙從七位
㊥文部省
十一月二十日
給三級俸 金澤昏昏專門照校書記 須藤憲 三石 阪 伸 吉土 魍 章 司加 藤
寛
山本兵三郎
︵叙任及欝令﹂第十入倦 第一號 給五級俸 金澤留學專門學校助教授 給七級俸 金澤馨學専門學校書記㊨金澤馨學專門畢榛十月十六日 細菌學衛生學副手チ囑託ス十月二十四日 金澤讐學恵門學校書記
御国川有之文部小百犠矩加染郵墜暴叡即山円張所︵出張チ命ス
十一月十六日 金澤讐學專門學校讐學士 雇由付︵月俸金戴拾圓給與︶ 磐牝學副手チ命ス十一月二十七日 金澤讐學轟門學校書記 富山﹇ 職井ノニ市く轟張チ全叩ス屯−二目刀十山ハロ図 金澤讐學八掛學校訂自今月俸金武捨滲圓給與
金澤讐學恵門學校雇
自今月俸金武拾圓給蛆ハ
金澤讐學專門學校雇
自今月俸金拾九圓給與
金澤讐學專門學校雇
自今月俸金拾七圓給與 林 常 雄川 島 俊蒲藤光澄山本兵三鄭藤 岡 孫 喜幽本兵三郎中野錆太耶野・崎 芳孝柴野 順習河 西 林 藏
二五第八†掴號二五
︵入 事︶第十八巻噛第 號ご六第八十四號二六
園國隔口耀嘱■圃鱒凶一一一ロ一一口剛嘔昼鱒一醐■属■員曝一一■脚騙一昌麟回一隅隔闇翻一口隔闊國日閂一一口一一帽一國口剛コ一屠■國
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愚研究生許可
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眼外瀞讐病
科 経化理 科部科學學
産科婦人科轡陸軍依託生 本年度卒業生にて各科研究生な許可されぬろ諸君呼笛山浩雫的場貞行・小池オ一 喜多頑次白木孝 一源明藤吉 端谷国忌 加勢 基富田豊咲 野坂賢藏 岩佐利一 ﹁大正元年度卒業陸軍衛生部依託生の見習篠笛左の物
言隊に分布服務ぜらるQ
歩兵第七聯隊︵金澤︶
歩兵第+聯隊︵姫路︶
歩兵第三十七聯隊︵大阪︶
歩兵第三十入聯隊︵伏見︶
歩兵第五十四聯隊︵岡山︶趨海軍軍四壁生
岩安北1住金青鳥
田鴫唄触
高芳太三三伸明雄郎鄭鄭一一一環
藤高吉 澤池川 好勇 彦助誠
向 井 喜 内島 璽 喜寛永 義 長
本年本校生徒志願者申讐學科第三學年石川面出
毒中西輿三次郎全科第二學年大阪府出均吉田憲吉の両氏十二月十日付全
軍二子生馴記せられ☆りQ 働安藤佐吉民 ︵四+二年度卒業︶仙豪轄重兵第二大隊附なりしが今 圓第二師團軍讐部部員に掴差ぜられれリ︒趣鈴木正孝氏 ︵四+三年度卒業︶民ば今回朝鮮濟洲島にある濟洲慈
悪讐院に勤務さろ㌧事でなり去ろ+一月二+三日赴任の途に上らる︒
駒板谷外之助氏 ︵全一︶は卒業後久しく市内牛塚一院起勤務中な
リtが今回石川縣警察讐な拝命ぜられ六り︒
轡岡田 申士口氏 ︵大正元年度王業︶に卒業愚婦入科に研究申なりしが
大聖寺泣沼病院へ韓勤ぜられ衷リ︒
鱒杉原周輔氏 ︵全上︺同しく婦人科に研究中なりしが今回京都帝國
大學讐科大學嬬入科敢室にて研究ぜらろQ
轡蒋居會員︑
佐世保軍港︒軍艦磐手へ軍讐少監㌔
東京市淺草野瓦町二入
清國天津・北清淑逡歩兵大隊本部
三重縣北牟婁郡棺賀村
石川前羽咋郡越路虚字千路
横.濱市子安町字西町
金澤市明治生命保瞼會就讐
東京小石川匠大塚仲町二四
金澤市新堅町︸丁目一〇四
紳奈川縣警察部衛生課
仙豪第二師團軍磐部
朝鮮濟洲島慈恵画院
東京市有隣生命保陰會社讐.
角鈴安置自弁池芦石尾望都大
豊麟勝上幕澤鱗翻
六孝吉郎重元政昭也吉造藏治
ほへ
全章全翌璽全圏全髭景解義…星