組織論 の認識変化 と合理性 のメタ理論
高 橋 正 泰
目 次
Ⅰ 序
Ⅱ 学史研究 の方法 と位置づ け
Ⅱ 機能主義か らの出発 1.機能主義 と組織論
2.機能主義的組織論 と合理性
(1)伝統的組織論 にお ける合理性概念 (2)修正 され た組織 の合理性
Ⅳ 解釈主義か らの挑戦 1.解釈主義 の台頭
2.解釈主義的組織論 と合理性
Ⅴ 結 び
Ⅰ 序
経営学 にお ける組織論 の研究 は現在多岐 にわた ってい るが,その基本 命 題 は
「組織 は合理的であ る」 とい うメタ理論 によ って特徴づ け られ る。 これ らの組 織論 を検討 ,理解す る際 には,時間の流 れ に したが って時系列的 にかつ学 説 別 に,あるいはアプローチ別 に範噂分 けを して検討す ることが通例であ る。 そ の 意味で学史的研究 の重要性 は十分認識 で きる。 その際,歴史 ・社会的問題 を含 めて考察 す る もの もあるが,大部分 の検討 は,提唱す る論者の理論 フレームワー クと使用 され る諸概念 を中心 と して研究 されてい る。 しか し,ここで は少 し視 点 を変 えて,これ までの研究者 が組織現象 を組織 の理論 と して構築 す る と き, その理論 を展開す るためにメタ理論であ る組織 の合理性 を どのよ うに認識 して
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いるかを軸 に,その背後 にあ る科学観 ,および科学研究方 法 を考察 しつ つ,学 史的 に組織現象 を検討 しよ うと試 み るものであ る。学史研究 の方法 にはい くつ かの方法が考 え られ るが,それ らを簡単 に整理 しなが ら本論 の位置づ け と問題 意識 を明 らか に しつつ,組織論 の認識変化 を考察す ることにす る。 この よ うな 視点か らみてみ ると,組織論 の組織 を捉 え る認識進歩が認 め られ るようである。
Ⅱ 学史研究の方法 と位置づけ
あ る学問を理解す るためには,その学 問の生成発展 の歴史 を検討す る ことが 不可欠 の作業 である。 その視点か らみれば,学史的研究 とはまさにその学 問 そ の ものを研究す ることに他 な らないといえ る。 雲嶋 (1966)によれば,学 問 の 史的考察 の意味 は,これ まで生成発展 して きた諸学説 もしくは諸学派 の個 別 的 特性 を明 らか にす るとともに,過去 の諸理論 を顧 み ることによ り学問の現 状 を 明 らか に し,且つ理論体系 の確立 と進 むべ き正 しい方 向を見極 めるとい う理 論 的確立 のための手段 と して理解す ることにある。 その際の学史研究 の基本的姿 勢 は,
1.史 的考察 をなす際の選択基準
2.学 問の進路 を見究 め る未来志 向的態度
である。 1.の選択基準 に関 して は,量 的見地 か らで はな くあ る学説 が学 問 の発 展上 で重要 な役割 を演 じたか どうかであ って,且つその学問が何 を意味す るか を明 らかにす ることを指摘 している。2.の未来志 向的態度 は,すべ て の歴 史 的 認識 がつね に現在 の立場 か らな され るべ きで あることを示 している。 過 去,現 荏 ,未来 は単 な る時間的経過 で はな く,すべてが同時的存在 として理 解 され る ところの一環 した現在 を考え ることであ り,学史研究 は学問の理論的形成 の基 礎 的研究 をなすべ きもの と して理解 され るのであ る。 現状 を基礎 と して過去 の 学説 をふ りかえ り,これを批判的 に吟味 して今後 の学問 の進 むべ き方 向 な い し 課題 を理解 す ることが学史研究 において可能 とな るのであ る。
以上 の立場 にた った と して,その方法 はいかな るものが考 え られ るで あ ろ う か。研究方法 として,以下 の方法が考 え られている (雲嶋,1966:16‑25)。
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1.文献史的方法
過去 にあ らわれた研究者 の うち,重要 と思 われ るものの生 い立 ちを概 説す るとともに,それぞれの主 た る著書 および論文 を年代順 に配 列 して 文献考証 をお こない,すすんでそれ らの内容 を概説す るとい う方法。 こ
の方法 は,回顧的記述 といえ る。 2.問題史的方法
過去 における主要 な学説 の内容 を,それ らが成立 した歴史的背 景 との 関連 において選択 し,各学説 の価値 をそれ らの成立 を要請せ る歴 史 的動 機 にさかのぼ って判定 しようとす る方法であ り,評価 の相対主義 と没 未 来志 向的性格が内在 している。
3.方法史的方法
過去 における主要 な学説 をたん に回顧記述的 に問題 とするのではな く, また問題史 におけるが ごとく過去 における個別 的理論 の展開をたん に歴 史 的背景 との関連 において把握す るので もな く,学史研究 をお しすす め るためには,何 よ りもまず,これ まであ らわれた主要 な学 説 の方 法 に関 す る内面的発展 の関連 を把握 す ることこそが必要 であ る。 換言 すれ ば, 経営管理 に役立 っ各種 の個別 的理論 をば らば らな形 で理解す るので はな く,一 つのまとまりのある理論体系 にまでね り直すために何 よ りもまず 必要 なのは,け っして新 たな る個別的理論の展開で はな く,む しろ,そ れ らを統一的に把握す ることの出来 る固有 の研究方法 の確立 である。 そ の方法 は主要学説 の研究方法 に注 目 し,この意味 において,研究 方 法 に お ける内面的発展 を明 らか にす る方法であ る。 ここで は,文 献史,問題 史 の方法が前提 とされ る。
以上 の方法史 的研究 には
,
「客観説」 と 「主観説」 の立場が考 え られて お り,「主観説」 と して,アプローチを基準 とす る Koontz (1961) の学 派分 類 が あ げ られている。 雲嶋 にあ って は,学史研究 の方法 は客観説 にた った方法 史 的方 法が望 ま しい としてい る。 しか しなが ら,方法史的研究 の特徴である固有 の研 究方法 の確立 に限 っていえば,安易 に同意す ることはで きない。各学問分野 に
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おいて,それぞれが固有 の研究方法 を もつ とすれば,究極的 には学 際的研 究 の 可能性をその固有 の研究方法が故 に放棄 せ ざ るをえな くな るか もしれない。 ま
た,その研究方法 と科学性 の問題 も十分 に検討 す る必要があろ う。
さ らに,その研究方法 を整理す る選択基準 の客観性 について も,可 能 か ど う か は不透 明であ る。 主観主義 的な立場か らいえば,研究者が提示す る理 論 は突
き詰 めると研究者 の思惟 の産物で あ り,社会 的構成物 とな らざるをえない。 そ こに用 い られ る研究方法 も,したが って主観 的な方法 を選択せざるをえ な いで あろ う。 もしそ うで あるとすれば,いか に して客観的基準 を学史研究者 が提示 で きるので あろ うか。科学研究 にお ける主観性 の排除 は,社会科学 の伝 統 と し て鋭意探求 されて きた。 それ は自然科学 の方法 を用いることによって,飛 躍 約 な進展 が20世紀 に入 って もた らされたが,完全 に主観性を排除す るには至 って いない。 む しろ,主観主義者か らの批判 にさ らされ,ジ レンマに陥 っているか, あ るいはその批判 を無視す るかの態度 を とっているかのようにみえ る0
田中 (1979)は,経営学 を人間の認識過程 か ら説明 しよ うとす る研究 を,経 営学が科学的認識 の産物であ ることを認 めなが らも人間が現実社会 ,と りわ け 経済的諸事実 か ら無関係でない ことに よ り否 定 して い る。 この ことか ら田中
(1979)は,学史研究 の方法 と して総合的把握 の方法 を主張 す る。 この方 法 で は,学説 の歴史的運動法則 がその経営学史 の究極的な研究対象であるとされる。
この歴史 的運動法則 とは,その時代 にお ける社会経済的背景 との結 びっ さの な かで,経営学 の存在 を基本 的 に規定 して いる土台 にまで深 くは り進 んで経 営学 説 を明 らか にす ることによって,その生成発展 のなか にみ られ る規則的 な連 関
(‑法則性) を意味 している。
また,海道 (1983)は認識 の発展史 と しての学史研究 を,ある完全 な理 論 へ の展開 の歴史 であ るとい う規範的な性格 と学説 の分類 的体系化 において,社会 的経済 的基盤 が究明 されていない点 で排除す る1)。 したが って,理論 と歴 史 は たがいに有機的 に関連 して いるとい う根本 的な考 え方 に もとづ いて,歴史的 ア
1)海道 (1983)は,この認識発展史 としての学史研究 と して,Sch'dnpflug (1933)ら をあげて い る。
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プロ‑チ と理論的 アプロ‑チの統合 としての学史研究 を主張す る。 しか しなが ら,歴史的 アプローチにおける視点 と して,経済的基盤 の運動法則 の解 明が主 張 され るところでは,客観的 に把握 され る一般法則 に もとづいた経営学 が措 定 され,規範 的性格 を罵呈す る。 もちろん,この規範的性格 はさきに批判 した認 識発展史 としての規範的性格 とは主張上異な ると解 され るが,経済的運 動 法則 が客観的であ るとして も,なにゆえ にそれを研究者 は主観性 を排除 して理 論 構 築 が可 能 で あ り,学 史研 究 にお いて もまた可能 か は,十分 に理 解 され な い。
「人間 は合理 的である」2)として も研究者 の レベ ル にお いて も認知 限界 が存 在 す るのであるか ら,完全情報下 での客観性 を もって研究成果 としての理 論 を構 築で きるとは,はなはだいい難 いよ うに思 え るので ある。
これ らの議論 には,いずれ も科学 と しての経営学 を考 え るとき,そ こに は一 般的法則性 もしくは客観的法則性 と固有 の科学的方法論 が措定 されてい る。 こ
こでの単純 な疑問 は,いずれ もが諸理論 を検討す る際 にその歴史 的 ・社 会 的背 景や影響 を強調 しているに もかかわ らず,人 間が織 りなす社会的現象 の なか に 自然現象 と同様 な客観的法則性が存在す るとい うことを前提 としていることで ある。 この ことは,とりもなお さず いわゆ るモダ ン ・サイエ ンスを特徴 づ けて いる機能主義的な考 えか ら出発 してい ることになる。 研究者 が構築す る理論 を 考 えるとき,社会科学 の研究が 自然科学 の研究方法 と同 じ立場 に立っ ことに対 して は,はなはだ疑問を提示せ ざ るをえない。 もちろん,科学研究 にお け る伝 疏,とりわけ客観 的把握 および法則性 の存在 を完全 に否定 す ることはで きな い が,だか らといって ここで提示 した疑問 も消 え るわ けで はない。学史的研 究 方 法 として は多 くの批判 を浴 びることを覚悟 しつつ,経営学 における組織論 を認 識進歩 の観点 よ り,このよ うな問題意識 を もちなが ら,機能主義 的概 念 で あ る 組織 のメタ理論 としての 「合理性」 を考 えっ?,これまでの組織理論 を その理 論 の系譜 を辿 りなが ら,整理検討す ることに したい。
2)これ らの議論 については,佐伯 (1986)が参考 になる。
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Ⅲ 機能主義か らの出発
1.機能主義 と組織論 一
組織理論 で は常 に合理性 が追求 されて きた。 この組織 の合理性 の追求 か ら, 科学 的管理法以来 ,「経験主義 的」 ・ 「論理実証主義 的」 な方法 を取 り入 れ る ことによって,組織現象 を説 明す ることので きる規則性 の探求 が,組 織論 にお いて は専 ら研究 の主題で あ った。 さ らに,「批判的合理 主 義」 と称 され る反証 主義 は,一般的意味 において も組織論 を含 む社会科学 の学問分野 に大 きな影響 を及 ぼ した3)。論理実証主義 と批判的合理主義 には科学定立 の実証 に は相違 は あるものの,基本的には客観主義 で あ り,法則定立的である。認 識論 的 にいえ ば,「実証主義者」 は構成要素間の規則性 や因果関係性 を探 求 す る ことによ っ て,社会 的世界 に生起す ることを説 明 した り,予測 した りしよ うとす る特 性 を もっている。 つま り,この考 え方 は本質 的 に 「自然科学 を支配 している伝統 的 アプローチ」 に基礎 を もっているので ある (Burrell‑Morgan,1979:5訳8)0 組織論 における機能主義 はこの実証主義 の立場 を とり,機能主義的組織論 は組 織現象 を客観的 に法則定立的 に捉 えよ うとす る。 そ して,組織研究 の分野 にお ける支配的展望 は社会 システム論 と客観主義 の密接で相互作用的な関係 によっ て特徴づ け られ る (Burrell‑Morgan,1979:123訳153)のである。
2.機能主義的組織論 と合理性
(1)伝統的組織論 における合理性概念
経営学 の組織理論 の先駆 けであ る科学的管理法 には じまる伝統的組織論 は, クローズ ド・システムを前提 と して,機能主義 的立場 か ら組織 の完全合理 性 を 追求 して きた。 とりわ け,公式組織 の理論 であ る官僚制組織論 は,その特徴 が 突 出 している。 官僚制組織論 は,機能分化 すなわち専 門化か ら規則 と手 続 きに よる組織合理性 を,目的達成 のための手段 に関連 させている。 したが って,組
3)Popper(1959),Lakatos(1971)な ど多 くの業績 が あ る。
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織 の理想形態 と しての理念型官僚制組織 は,完全合理性 に支配 された組 織形 態 とな る。 ここにおいて,組織 は全人格 的な個人 を要求す るわけで はない。 組 織 が必要 とす るのは,各個人が もっている専門的能力であ り,非人格 的 な個人 で あ る。 したが って,組織 は人間の組織 とい うよ り機能分化 に基づ く職務 の組織 であ り,機能 的合理性組織である。 この組織 内の個人 は,科学 的管 理 法 で仮 定 された とす る 「経済人 モデル」 とともに暗黙 の うちに完全合理的人間の特徴 を あ らわ してい る。 この人間観 は,機能主義 的な法則性 の追求か ら形式合理性 に 支配 された機械的な組織観 を もた らした。 この組織 モデルで は,機械 と しての 人間が想定 されてお り,人間の主体性や動機,そ して認知 の問題 はその研 究 の 対象外 に追 いや られ,もっぱ ら機能的 に結 びつ いた職務 の体系 ・権限や責 任 の 体系 としての組織構造 と組織 の一般原則が研究 され ることにな った。
(2)修正 された組織 の合理性
しか し,これ らの完全合理性組織 モデルは,クローズ ド・システム観 によ り, 組織内外 の不確実性 を考慮す ることな く,所与であ る組織 目的 のために組織 内 部 の日的合理性 の問題 を対象 に して しま った ことによ り,現実 の組織現象 との 帝離 を認 め ざ るを え な くな った。 この よ うな伝 統 的 組 織 論 の 限 界 か ら, Barnard (1938)は個人 の動機的側面 に立 ちかえ り,協働体系 と して の公式組 織 をオープ ン ・システム観 に もとづ いて組織論 を展開 した。 ここにおいて個人 は,組織人格 と個人人格 を もっ もの と して把握 され,誘因 と貢献 の理 論 か ら組 織 に参加す る人間の機能的側面 である組織人格 を協働 の局面 か ら組織 は要求す ることにな る。 もちろん人間が持っ とされ る二重人格 と しての個人人格 と組織 人格 は並列 され るものであ るがゆえに,組織 には人間の動機的側面 であ る個 人 目的が持 ち込 まれ,それ は個人 に対す る組織 の関係 において意味を もっ ことに なる。 個人 的動機 は主観的な ものであ るが,共通 の 目的によ り個人 的解 釈 が ど うであれ,組織 の協働的側面 か ら非人格的,客観的な もの とな る組 織 の 目的定 式化 の問題4)が重要 とな る。 したが って,個人 の動機 的側面 か ら組織 の能率を,
4)組織 の 目標形成 につ いて は,Cyert‑March(1963)における議論が注 目され る。
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そ して組織 の 目標達成 の側面か ら有 効 性 を Barnard (1938)は論 じ,組 織 の 合理性 はこの観点か ら理解 され ることにな る。
さ らに Simon (1957)は,Barnard (1938)の組織均衡 の理論 を継承 しつつ 人間の認知限界 に焦点 をあてた。Simonはこの人 間 の認知 限界 か ら意思 決定 を事実前提 と価値前提 とに区別 し,主観的で ある価値前提 を とりあえず組 織分 析 か ら排除 して 目的 に関す る手段 の問題 を 「制約 された合理性」のもとで論 じ, 組織内の個人 を 「経営人」 モデル と仮定 した。経営人 は,経済人が完全 合理性 の もとで最適化基準 によ って行動す るのに対 して,制約 された合理性 か ら満足 化基準 に もとづ いて行動す る人間である。 さ らに この 「制約 された合理性」 の 概念を もとに,March‑Simon (1958)は伝統的組織論 の器械的側面 と組 織 内 意思決定 と参加 の意思決定 の動機的制約か ら個人 の組織内行動 を説 明す ること によ って,合理性 に対す る認知限界 を論 じた。 したが って,この観点 か ら官僚 制組織論 を代表 とす る技術的合理性 の組織 モデルは,動機 的制約 か ら組織 内 に 意 図 せ ざ る結 果 引 き起 こす とい う組 織 の逆 機 能 (Merton,1940;Selznick, 1949;Gouldner,1954)によ り不完全 な合理 モデルに修正 を余儀 な くされ る こ とにな る (Simon,1957)。 これ らの近代 的組織 論 も し くは行 動科 学 的組織 論 と称 され る組織論 は,オープ ン ・システム ・モデル と しての組織 を,組織 が要 求す る完全 な技術 的あ るいは目的合理性 を人間行動 の主観 的側面 ,すなわ ち価 値前提 にかかわ る動機 的制約 か ら,いか に達成す ることが出来 るか,を論 じて いる。 しか し,このパースペクテ ィブ内で はあ くまで も人間の行動 は合 目的的 であ って,人間 は目的を 自 らの うちに もち,それを達成 す るべ く手 段 を選択 す
る存在である。
さきに述 べ た意 思決定 の基準 で あ る最 適 化 と満足 化 の概 念 は,Thompson (1967)によれば,組織 に対す る合理 的モデル と自然 システ ム ・モデル に対 応 す る。 彼 は,合理 的 モデルであるクローズ ド・システムと自然 システム ・モデ ルであ るオープ ン ・システムの統合 モデルの構築 によ り,組織 のテクノ ロ ジー 観点か ら組織 の問題 を集大成す る。Thompsonにあ って は,組 織 とは業績達成 の合理的手段 と しての クローズ ド・システムとともに不確実性 に直面す るが同
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時 に組織 の合理性基準 に支配 され るオープ ン ・システムと して把握 され る。 組 織 は合理性基準 を満足す るために,技術 レベルで は確実性 に対 して アプ ローチ しなければな らず,かつ環境 の要件 を満足す るために柔軟 で適応 的でな けれ ば な らない (Thompson,1967:12訳15)。 その組織 が もつ二律背 反 す る要 求 に応 え るのは,媒介 として管理機能であ り,それ によって組織 は環境 の不確 実 性 を 減少 させ よ うとす る。 つ まり,完全 な技術 的合理性 はクローズ ド・システ ムの 論理 を用 いて不確実性 を除去す ることによって閉鎖性 を確保 しよ うとす る。 し たが って,合理性 の基準 によ って支配 され る組織 は作用す る変数 を減少 させ る ことによ り,テクニカル ・コアか ら可能 な限 り不確実性 を取 り除 くことが必 要 とな るのである。
因果関係 に関す る完全 な知識 と,関連す る全 ての諸変数 を コン トロールす る ことによ って可能 な技術的な合理性 は,手段的基準 と経済的基準 によ って評 価 され るが,組織 の合理性 はこの技術的合理性 のみで は不十分であ る。 組 織 的合 理性 には,さ らに(1)イ ンプ ッ ト活動,(2)テクノロジー活動,(3)アウ トプ ッ ト 活動 とい う相互関連 した主要 な構成活動 を含んでお り,イ ンプ ッ ト活動 とア ウ
トプ ッ ト活動 は環境要素 との間 に相互依存 の関係 にある。 それゆえに,組織 の 合理性 はクローズ ド・システムの論理 に完全 に適合するのではな く,オープン ・
システムの論理 を必要 とす るので あ る (Thompson,1967:19訳24)。か くし て,組織 の合理性 は,(1)組織 が直面 しなければな らない制約要 因 と,(2)組織 が対応 しなければな らないコンテ ィンジェ ンシー要 因,な らび に(3)組 織 が コ
ン トロールす ることので きる諸変数 (Thompson,1967:24訳30)によ って も た らされ る。 また,そ こにお ける人間 はきわめて多 くの変数 の影響下 にあ る多 元的な存在 であ り,人間の多様性が組織 の中で発揮 され るよ うにな ると組織 の 合理性 の撹乱要因 とな る。 人間の行為 は,(1)願望,基準 ,な らびに因果関係 に つ いての知識 あ るいは信念 を もって いる個人 と,(2)様 々な機会要因や制 約要 因を提供す る状況 との相互作用か ら生 まれ,そ してその相互作用 は個人 の知覚 あるいは認知 によ って媒介 され る (Thompson,1967:10ト102訳129‑130)。人 間の願望 や信念 は文化 的同質化 によ って影響 され るが,実際,目的志 向的組織
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の もつ合理性 の規範 は,文化 の基本 的な諸価値 や志 向性 とは相容 れない もの と 理解 され る。 オープ ン ・システムと しての組織 を制度 として評価す る場 合 ,組 織 の適合性が重要 とな り,準拠集団の概念 が注 目され る。 このよ うに,人 間 の 行為 もまた,組織 に関係す る変数 として Thompsonはその組 織理 論 に組 み込
むので ある。
これ らの理論 の延長線上 にあるとされ る一連 の コンテ ィンジェンシー理論 も また,オープ ン ・システムとしての組織 が対処 しなければな らない制約要 因及 び コ ンテ ィンジェンシー要因を特定す ることによ って,環境 との適合関係 を模 索 した5)。 コ ンテ ィンジェ ンシー理論 は,組織 内部での不確 実性 の削 減 の問題 よ りもむ しろ,組織 内外 の関係要因,特 に外部環境 の コ ンテ ィンジェ ンシー要 因を固定す ることによ って,容易 に組織 の合理性 を獲得 しよ うと した。 そ の結 果,この初期 の コンテ ィンジェ ンシー理論 は,静態的な組織構造 の分 析 の域 か ら脱す ることがで きず,組織 の主体的行為 を取 り込 む ことがで きなか った。 戦 略的選択 の観点か らこの欠点 を克服 しよ うとしたネオ コンテ ィンジェ ンシー理 論 は,組織 デザイ ン論 における貢献 は認 め られ るものの6),組 織主体 を十分 に 論 じきれて はいないよ うで ある。 ここでの議論 は,組織 の合理性 の問題 よりは, 環境 との適合性 による組織 の有効性 の議論 にウエイ トがおかれた。 したがって, 組織 の合理性 に関 して は,新 たな展開 はほとん ど見 られない。
伝統 的組織論 には じまる機能主義的組織論 に共通す るの は,クローズ ド ・シ ステム,オープ ン ・システムにかかわ らず,その システム論 にあ り,そ の 日的 志 向的な機能的組織観であ る。 例 えば,官 僚 制組織論 に は じま る組織 の構 造一 機能分析 は,社会 システムを構造 によって記述 し機能 によ って説明す る ことに あ る (今 田,1986)。 したが って,最適化基 準 によ る完全 合理 性 か ら満 足化 基 準 を前提 とす る制約 された合理性への認識変化 は認 め られたが,組織 はあ くま
5)コンテイジェンシー理論は確かに伝統的組織理論の 「唯一最善の方法」 という考え 方を放棄 し,個々の環境と組織の適合関係を考えたが,このことは一般理論への申 範囲理論であると位置づける議論がある。
6)コンテインジェンシ‑理論において不確実性を扱っている代表的な議論 としては, Galbraith(1973,1977)などがある。
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で も客観的合理性 を追求す るもの として扱 われ,かつ人間 は制約 はされ て い る が合理的であると仮定 されているのである。 組織 は,組織 自体 の,また環境 お よび人間 の もた らす諸変数 との相互関係 において捉 え るシステム観 に支配 され てお り,その諸関係 は機能 的 に連結 されている。
これ ら機能主義 的組織論 にあ って は,組織現象 はその当事者である組 織 メ ン バ ーか らは不完全情報 による,かつ情報処理能力の不十分 さか ら客観的現象 と して認知 で きないまで も,基本的 には客観性 を確保 で きるもの と して,理論構 築 に際 して研究者 は考 えているように思 われ る。 もちろん,文化的 もしくは社 会的要因 と して価値的側面 を扱 って はいる ものの,それは人間の認知的側 面 か らみて も組織 を理解す る上 で は不十分で あることは明 らかであ り,組織 の要 で あ る人間の精神的側面が十分考慮 されているとはいい難 い (Pondy‑Mitroff, 1979)7)。 ここに新 たな視点か ら組織 を研究す る理論が現 れて くるのである。
Ⅳ 解釈主義か らの挑戦
1.解釈主義の台頭
科学観 は変 わ りつつ ある。 機能主義 を特徴づ ける社会哲学 の経験主義 と実証 主義 は,次 々に押 し寄せ る解釈主義 ,構造主義,ポス ト経験 主義 の挑戦 を受 け ている (Skinner,1985)。社会科学であ る組織論 もその例外で はな く,実証主 義 の主張 に代 わ る新 しい主張 が注 目されて きているのである。 このよ うな新 し
いアプローチの基本 的な視点 は,「自然科学 が社会 分野 の学 問 の い とな み に十 全 に して適切 なモデルを提供す る」 とい う想定 に疑問を投 げか けている。 人間 の行為 が 自然 の出来事 とま った く同 じ方法で見 られ説 明 され るとい うことは原 理 的 に十分 な根拠があ るので あろ うか。人間の行為 の説明 と自然 の出来事 の説 明 とは論理的 に異 な る営みであ って,それゆえ 「あ らゆる成功的な説 明 は同一
7)Pondy‑Mitroff(1979)は,Boulding(1968)の システムの階層 モデルを用いて, 組織 のオープ ン ・システム ・モデルか ら文化 モデルへの新 しいメタフ ァ‑を論 じて
いる。
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の演縛 的モデルに従 わなければな らない」 とい う実証主義 の論点 は,基 本 的 に 誤 りで あるとい うことが示唆 され るので ある (Skinner,1985)。人間 の行為 の 説明には社会的 な行為 の意味を,その行為 を実行 す る主体 の観点 か ら捉 え直 し て解釈す ることを含 んだアプローチが求 め られているのであ る。
反証主義 によれば,理論 は人 々の心理学 的影響 とは何 のかかわ りな く,理 論 の客観 的 価 値 は, そ れ を生 み 出 した り,理 解 す る人 の心 と は独 立 で あ る (Lakatos,1978)8)。 しか し,Lakatosの提示 した研究 プ ログ ラム とい う方 法 論 には,科学者 の決断や選択 とい う事柄 が含 まれ る。 この理論選択 の基 準 は明 確 にされてお らず,理論変化 は科学者 の決断 によって しか説明 されない。 客観 主義 の考 え る科学 とは,客観的意味での知識 や思想 であ り,科学 が理 想 とす る 最終 目的 は 「絶対 的真理」 あ るいは 「客観的真理」 であ って,人間主体 とは切 り離 された存在 である。 しか しなが ら,この実在論 的な立場 には,致 命 的 な矛 盾 がある。 科学理論 が人間の形成物であ り変化 し発展す るものであ るの に,料 学理論 の対象 である世界 は本質的なあ り方が変化 しない とい うことであ る。 科 学理論 はあ くまで も社会的な ものであるに もかかわ らず,科学 の最終 目標 は真 理である。 人間が考 え る科学 とは関係 な く,真理 がなんであ るか は世界 の本質 によって定 まらている。 したが って,客観主義,実在論 によれ ば,科 学 は最 終
、目標 に到達 した瞬間,社会 的形成物か らそ うでない ものに突然変化 して しま う ことにな るのである。新 たに台頭 した反実証主義的 アプローチは,人間 の活動 を理解す る際 に妥 当かっ有用 とされ る 「観察者」 の立場 に立っ実証主義 に反 し, 参加者 の行為 の準拠枠 を用 いることによ ってのみ人間活動 が 「理解」 され ると 考 えるのである。 したが って,この立場 に立 てば,社会科学 は客観 的 で あ ると い うよ りはむ しろ主観的 に構成 され る。実証主義 (反証主義 も含 む) が合理主 義 ,客観主義 を とるとす るな らば,反実証主義 は相対主義 にたっ といえ るか も
しれない。合理主義者 は対立す る理論 の優劣 を比較す る際 にどの時代 に も通用 す る普遍 的な一つの規準 があ ると主張す るのに対 し,相対主義者 はあ る理論 が 他 の理論 よ りも良 い と判断で きるよ うな普遍的 ・非歴史的な合理性 の規準があ
8)Chalmers(1982:121訳199)に よ る。
組織論の認識変化と合理性のメタ理論 119
ることを否定す る。 すなわち,科学理論 に関 して どの点 が良 く,どの点 が悪 い と見 なされ るかは,個人 によ って集団 によ って異 な る。知識 を求 め る目的 は, 当該 の個人 や集団が重視 している価値 に依存す るとされ る (Chalmers,1982)。
組織論 で頻繁 に使用 され るパ ラダイムは,信念 の集合 によ り形成 され るいわ ば世 界観 で あ り基本 的 な ものの見 方 で あ る (Morgan,1980,1983C;高 橋 , 1988)。 その提 唱者 で あ る Kuhn (1962,1970)のパ ラダイ ム論9) は,Kuhn
自身 は相対主義 的立場 を否定す るものの,多分 に相対主義であ る。 それ故 に, 反証主義か ら痛烈 な批判 を浴 びることにな る。Kuhnにとって,何 が科 学 上 の 問題 となるか はパ ラダイムに依存す る し,ある分野が科学 と しての資格 が あ る かないか は通常科学 として伝統 を支 え ることがで きるかである。理論選択 にお いて は論理的 に従 わなければな らない基準 はな く,科学集団内部 で は集 団 が認 めている制度,広 さ,単純 さな どの価値 が存在 し,個 々の科学者 の選択 を導 く が こうした価値 を共有 していて も,個 々の科学者 は同 じ具体 的状況 にお いて さ え異 な る選 択 を行 う可 能 性 はあ りうる (Chalmers,1982:108訳180‑181)0 Kuhnによ って描かれ る科学進歩 は,前科学 一通常科学 一危機 一革命 一新 しい 通常科学 一新 しい危機 一 ・・・であ る。 これ までの経緯か らすれば,科 学 の進 歩 は確か に認 め られ るが,その進歩 が絶対的真理 に向か っているとい う確 証 は
ないのであ る。
この観点 か らいえば,組織論で議論 されている組織の問題 はメタファーであっ て,パ ラダイムの レベルで はないのであ る。 ただ,この相対主義 的 な立 場 に立 てば,これ まで組織論 の考 え方であ る機能主義 とは決別せ ざるをえない。 現象 学 ,解釈苧,現象学 的社会学 ,知識社会学 ,エスノメ ソ ドロ ジー に代表 され る 解釈主義 によれば,世界 はあ るが ままに理解 され,社会的世界 の基 本 的性質 は 主観 的 レベルか ら説 明 され る。 研究 に関す る立 場 は,「観 察者」 で はな く,研 究者 は研究 の参加者 の枠 の中で,すなわち個人 的意識 や主観性 の領 域 ,お よび 社会的意味 のネ ッ トワークの範囲のなかで科学及 び理論 を記述す るのである。 研究 しよ うとす る現象 (あるいは 「現実」)は,人 間個人 の外部 にあ り,個人
9)Kuhnのパラダイム論については,中山編 (1984)を参照されたい。
120 商 学 討 究 第41巻 第 2号
の意識 に関わ りな く存在す るとい う実在論的立場で はな く,個人の意識 の産物 となる。
2.解釈主義的組織論 と合理性
この組織 の解 釈 的視 点 は,行 為 の準拠 枠 にみ る ことが で きる。 Silverman (1970:126‑127)は,以下 の ことを指摘 している10)0
1.社会科学 と自然科学 とで は対象 に関す る全 く異 な った秩序 を扱 って い る。
厳密性 と懐疑 的態度 の原則 は双方 にあて はまるのであ るが,これ らの展望 が同 じであることを期待すべ きで はない。
2.社会学 は,行動 を観察す るよ りはむ しろ行為を理解す ることに関心をもっ ている。行為 は,社会的現実 を定義づ ける意味か ら生ず る。
3.意味 は,社会 によ って人 々に与 え られ る。共有 された志 向性 は,制度化 さ れ るよ うにな り,社会的事実 と して後 の世代 の人 たちによって経験 される。 4.社会 が人間を規定す ると同時 に,人間 もまた社 会 を定義 す る。 意 味 につ いての特定 の配置 は,日常 の行為 における継続的な再確認 によって のみ維 持 され る。
5.相互作用 を通 じて人間 も社会的意味を修正 し,変化 させ,変換 され る。
6.こうい うわ けで人間の行為 の説 明を行 うた め に は,関係者 た ちが 自分 た ちの行為 に寄与す る意味を考慮 にいれなければな らないことにな る。 どの よ うな方法 で 日常世界が社会的 に構成 されかつ,現実やルーテ ィンと して 知覚 され るのか とい うことが社会学的分析の重大 な関心事 となる。
7.実証主義 的説明で は,行為 が,外的で しか も拘束的な社会的諸活力 ない し 非社会的諸力 によって決定 され ると主張 され るのであ るが,このよ うな説 明 は受 け入 れがたい。
10)ここでの Silverman (1970)の引用は,Burrell‑Morgan (1979)の邦訳240ペ ー
ジによる。 しかし,この時点では基本的にSilvermanは機能主義であり,完全な 解釈主義の立場ではなく,この以降に解釈主義に転向するとされる (Burrell‑
Morgan,1979)0
組織論の認識変化と合理性のメタ理論 121 このよ うな社会学 的解釈主義 の態度 は,組 織 シ ンボ リズ ムの視 角 と共通 す る11)。 この組織 シンボ リズムのアプローチは,組織文化 の研究 にお いて認 め ら れて きた考 え方 である。 社会 ・文化 に関す る組織 の研究 は,人間関係論 にお い てすでに研究 されて きて はいるが,そのイ ンフォーマル組織 は自発的で かつ機 能的な展開 の帰結 であ り,したが って複合組織 が システムと して適 応 し,存続 す るのに必要 な存在 として とらえ られている。 た しか に,人間関係論 の組 織 は
「費用 と能率 の論理」 によるフォーマル組織 と 「感情 の論理」によるイ ンフォー マル組織 と して理解 され,組織 に社会関係 の様式 を認 めは してい る ものの,前 者 は 「経済的機能」 を果 たすために,後者 は 「社会 的機能」 を果 たすため の も のであ って,この相互作用 ・相互依存 の関係 にあ る両者 の調和が必要で あ る と され る。 この二重 の組織論理 に もとづ く 「社会人」 モデルは,あ くまで も機能 主義 の論理 にの っとった ものに しかす ぎない。組織 の中で協働す る個人 は,社 会的存在 と して位置づ け られて はいるが,それ は協働す る集団 にあ って彼 らの 社会的欲求 を満足す るとい う目的合理性 を もった機能的存在であ って,それ以 上 の もので はない。
組織 の文化研究 にみ られ る新 たな視点 は,人間の シ ンボ リックな側面 に強 い 関心 を もっている。組織 は目的を達成す るための機能 的存在で はな く,む しろ 共有 された シ ンボル と意味 の システムと して理解 され る。 シンボルは意味のあ る関係 の中で連結 されてお り,それ はあ る状況下で人 々の活動が どんな関係 に あ り,意味を もつかを示 している。 ここにおいて は,個人 が 自分 の行動 を いか に理解 し,解釈す るか,そ して これ らの行動 がいか に関連す るか につ いて組織 の分析を集 中す る。 したが って,そ こでの組 織 研究 は,(1)組織 は何 を成 し遂 げ,また(2)組織 はいか に して能率的 にそれを成 し遂 げるか とい う視 点 よ りは, (1)組織 はいか に して成 し遂 げ,(2)組織化 され る意味 は何か,とい う解釈 的視 点 に重点 をお く。 つま り,組織 は,意味,信念 を生 み出 し,伝説 ,神話 ,そ して 物語 を養成 し,儀式 ,儀礼 ,セ レモニ ーに よ って運 営 され る と考 え られ て い
ll)組織シンボリズムについては,高橋 (1985a,1985b,1986)を参照のこと。
122 商 学 討 究 第41巻 第2号 る12)0
それゆえに,組織 は客観 的 ・技術的合理性 を基準 とす るよ りは,組織 の もつ 意味や価値体系 ,そ して組織 が生 む価値 の基準 に したが う解釈的な合理 性 に し たが う。 そ して,この意味創 出は組織 メ ンバーによって もた らされ る。 人 間 は 学習 を通 して社会化 され,社会的 ・文化 的特質 を成長 の過程 で身 につ け,その 規範 (個人 が形成す る認知 マ ップもしくは思考パ ター ン) に したが って現実 を 構成 し,客観 的世界 との対比 を通 して常 に現実 を再解 釈 し,再構 成 す る13)。 し たが って,人間の行動 は 「限 られた合理性」による意思決定 の結果 とい うよ り は,む しろ行 った行動 を人間 は解釈 し,正 当化す る。 さ らに,この事 後 的 な正 当化 の過程 を とお して,組織 の合理性 が形成 され るのであ る。 個人 の意 思決定 とその結果である行動 は,あ る時点での,ある状況下での入手情報 (認 知 マ ッ プとい うフィル ターにか け られた認知情報) とシンボ リックに構成 され る現実 との結果 であ って,必ず しも客観的合理性 の論理 に支配 され るもので はな い。
個人 にあ って は,世界 は常 に主観 的 に構成 され るのであ って,そ の意 味 にお い て合理 的なのであ る。
このよ うな主観的合理性 か ら,組織理論 における解釈的研究 には以下 の4つ の仮説 が含 まれ る (Isabella,1990:9‑10)と思 われ る。第一 は,組織 メ ンバ ー は自 ら住 む現実 を能動的 に創造 し,将来 の行動 の基 とな る 「実体的記録 と シ ン ボ リックな記録 (materialandsymbolicrecord)」を創造す ることである。
第2の仮説 は,個人が共有す ることので きる準拠枠 が集 団 内 に存在 し,社 会的交換 を通 して創造 され,もしくは時間を超 えて取 り決 め られ る認知 的合意 が集団の支配的論理 あ るいは支配的現実 を意味す ることであ る。
第3は,集団 の管理者 の見方 は,組織変革 のあいだに発生す る認知 的 シ フ ト の中心 と して現 れ るので,特 に重要 であ ることである。 管理者 は組織 にお いて 重要 な認知機能 を果 た してお り,管理者 を支配 している現実 は他の組織 メンバー
12)このような組織の考え方については,Meyer(1984)が参考になる。
13)Berger‑Luckmann(1967)の解釈主義のパラダイムと同じ視座であるといえる。
組織論 の認識変化 と合理性 のメ タ理論 123 の現実 の解釈 に影響 を及 ぼす14)。組織 の もっ意味や重要性 は社会的構成体 によっ て措 かれ,それが組織 メ ンバ ーの措 く現実 である。
最後 の仮説 は,解釈 は後天的 に形成 され るとい うことである。 解釈 は起 こっ ている最 中で はな くて,出来事 の後 で形成 され る傾 向にあ り,解釈 的探索 は し ば しばすで に起 こった出来事 に基づいて形成 され,時間 とともに共通 した見方 が現 れ る。
このよ うな仮説 を受 け入 れ るとすれば,組織 の合理性 は,客観 的 ・技術 的合 理性 とい うよ り,意味創 出の主観的 ・解釈的合理性 を優先す ると仮定 され る。
組織 は,組織 メ ンバ ーによ りシンボ リックに構成 され,その了解 か ら個人 の認 知 をパ イプと して,存在す ると思われ る客観 的現実15)か らあ る程度遊 離 した基 準 に したが って行動す ると考え られ,それゆえに組織 内の個人 は現実 の再解 釈 を必 要 とす るの で あ る。 この よ うな循 環 過 程 を 「解 釈 的 循 環 」 と呼 ぶ (Heidegger,1927)。 このような立場か ら,社会行 動 の理 解 を求 めて依拠 すべ きモデルの一つ としてテキス ト解釈 とい うモデルがあ る。 このモデルで は原因 の追求 とか法則 の定立 とか はま った く問題 にな らない。部分 によ って全体 の理 解 を求 め,そ してその部分 の理解 は全体 の意味 に部分 が寄与す る仕方 で求 め る
とい う循環過程 だけが問題 とな る (Gadamer,1975)のであ る。
この解釈 的研究 の基本 的な視座 は,「人間 は,人 間 が生 きて い く社 会 にお い て適応 し,順応 し,かつ 自己生存 のために,学習 を通 して社 会 的 ・文化 的規範 を受 け入 れ,そ して社会的 な生活手段 を身 につ けることによ って社会 メ ンバ ー と して成長 した社会的存在で ある」16)にある。 それゆえ,人 間 は社 会 的価 値 を 言語 ・儀式 ・神話 ・伝説等 を媒介 として記憶 し,認知 マ ップを各 自で作成す る。
14)この よ うな管理 者 につ い て の と らえ方 に つ い て は,Deal‑Kennedy (1980),
Pfeffer(1981)が参考 とな る。
15)なぜな ら解釈学 ・現象学 的な立場 で は,そ もそ も客観 的,主 観 的 とい う二 分 法 自体 を否定 している。
16)これ らにつ いて は,高橋 (1985a)を参照 の こと。 また,ここか ら考え られ る解釈主 義的組織研究 の新 しい人間観 につ いて は,Pondy‑Mitroff(1979)も し くは高 橋
(1985b)を参照 されたい。
124 商 学 討 究 第41巻 第2号
そ して,個人 の外界 か らの情報 は,認知情報 と して各 自の もっ現実 の中で解 釈 され る。 各個人 は,それによ って現実社会 を理解 し,了解 し,行動 す る。 した が って,組織現象 もまた,同様 の意味 ・解釈 の循環 プロセスか ら組 織 の現 実 と して組織 メ ンバ ーか らは理解 され る。組織 は目的合理性 もしくは技術 的合理性 達成 のための手段 的道具 であ るとい う機能主義 的組織論 を十分評価 で きるが, 他方で組織行動 は人間行動 の集体 であ り,人間か ら独立で はないので あるか ら,
この意味 において組織 は共有 された シンボルあるいは意味のネ ッ トワークを も つ社会的構成体 であ り,組織 の価値体系 と しての意味形成 が重要 であ ると理 解
され る。
組織 は常 に目的指向的で手段的な存在 であ るとともに,シンボ リックな存 在 で もあ り,シンボ リックな側面が解釈主義で は強調 され る。 したが って,組織 の合理性 は組織 メ ンバ ーの現実 によ って実現 され,その有効性が解釈 され る と い う,あ くまで も主観 的 に組織 の合理性 は判断 され るのであ る。 ただ し, この ことは各個人 の構成す る組織 の現実が事実 としての現実 と常 に異 な っていると は限 らない。一致す る可能性 はあ りうる し,そのための手段 を社会 は社会 的 ・ 文化 的規範 と して,ひいて は組織 の規範 と しての組織文化 を組織 は創 出す る と 考 え られ る。 個人 は現実 と して組織 を理解 し,組織行動 を展開 し,技術 的 ・手 段的かっ機能的組織 を主観的 ・解釈的 レベルにおいて理解 し,この解釈 は循環 プロセスを経て常 に組織 を社会的に再構成す るのである。 しか しなが ら,この 個人 の もつ組織 の現実 は,決 して個別的で はな く,組織 の意味形成 の プ ロセ ス か らある程度共有 された ものである。 この ことは,一般 に組織文化 と呼 ばれて いるものである。 それゆえ,組織現象 は中立的な観察者の立場か ら組織 メンバー によ って把握 され るので はな く,彼 は常 にその組織主体 の一員 として組 織 を捉 え るはずで ある。 このよ うに組織現象 は組織内の各個人 の措 く共有 された組織 の現実 と して,また組織 の合理性 もその コンテクス トの中で理解 され ることに な るので あ る。
さ らに,この立場 は理論構築 において も同様 であ り,研究者 は当事者 で あ る 研究者 と組織現象 を相互作用 を含 む もの と して,研究 プロセ スの外 にた って絶
商 学 討 究 第41巻 第2号 125 対 的な方法で組織 を研究す ることを疑問視 しなければな らないであろ う。 した が って,科学 は基本的 に相互作用 のプロセスであ り,研究者 と研 究 され る対象 を結 びつ ける仮定 と実践 のネ ッ トワークを理解す ることが求 め られ る17)。 こ こ に,機能主義 的組織論 とは異 な る視座 が組織論 に もた らされ るのである。
Ⅴ 結 び
これ まで組織論 の系譜 に したが って,要約的ではあ るが組織 のメタ理 論 で あ る合理性 を中心 と して い くつかの考 え方 を検討 して きた。組織 を理論的 に把握 す る組織論 の認識 は,確実 に進歩 して きている。それはさまざまなラベルを貼 っ て はいるものの,また これ までの理論 の焼 き直 しの ごと く見 え るか も知 れ ない が,確実である。 機能主義 的組織論の論理 は,組織論が成立 して以来 圧 倒 的 な 支持を受 けて きたが,社会科学 の発展 によ りその限界 もまたみ られ るよ にな っ た。 それ は解釈主義 の ところで議論 した ことであるが,基本 的な科学観であり, 支配的なパ ラダイムにある。 社会科学 における真理 とはなんであろ うか。人間
の生み出 した現象 に,自然科学 的な真理 ,法則性 が存在す るのであ ろ うか。 こ の疑問 は依然 と して完全 には払拭 されて はいないようである。 社会科学 の研究 方法 を,今 田 (1986)は,観察 一帰納 ‑検証,仮説 一清輝 一反証,意味‑解釈 一 了解 の方法 に要約 し,そ して変換理性 の哲学 か らそれぞれの次元 の組合 せ によ り実際の研究 はなされ るとしている。 このよ うな立場か ら,彼 は本稿 の解 釈主 義 で論 じた ことを,自己組織性 の理論 を展開す ることによ り自省的解釈主義 と
して主張 している。 この概念 は今後 の組織論 の研究 には意義深 い もので あ り, これまでの機能主義 との決別がみ られ るよ うである。
現時点で は,科学 に対す る様 々な見方 あるいはパ ラダイム18)が あ り,そ こに 現在 の科学論 や科学方法論 の混在 と混乱があると思 われ る。 これ らの現状か ら
17)これ らの議論 につ いて は,Morgan (1980,1983a,1983b),Pinder‑Bourgeois (1982)において メ タフ ァーの問題 も含 め,参照 されたい0
18)例 えば,Morgan(1990)を参照 の こと。
126 商 学 討 究 第41巻 第2号
すれば,唯一絶対 の基準 を兄 いだせず,したが って多 くの考 え方 が共 存 で きる とい う解釈主義 の ところでみて きたよ うな相対主義 の考 え方 に したが った方が, 組織論 を考 えてい く上 で は生産 的であるよ うである。 その意味か らすれ ば,解 釈的機能主義 の組織論 が考 え られて もよいよ うで あ る。
組織論 の認識視点 を,第一 に学史研究 との位置づ げを考 え,組織 研究者 が組 織現象 をいかに把握 しているか,す なわち合理性 を どの様 に論 じて い るか, し
たが って,組織 に関わ る人間及 び組織 の認知 の問題 をいか に扱 って い るか,か ら検討 して きた。従来 の実証主義 ,客観主義 ,合理主義 の立場 に立 っ機能主 義 は,組織論 の成立以寒圧倒的な勝利 をおさめて きたが,明 らか に,その本質 的 要件 によ り内部崩壊 の危機 に陥 り,新 たな研究視点 の挑戦 を受 けてい るので あ る。組織理論 においての新 しい考 え方 である組織 に関す る解釈主義的研究 の代 表的研究 の一つ と して組織 シンボ リズム19)があるが,これ ら解釈主義 的組 織論 の本格的展開 はこれか らである。
参考文 献
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19)例えば,Turner(1989,1990)を参照のこと。