1. はじめに
科学技術・学術政策研究所(NISTEP)では、1971 年から約 5 年ごとに科学技術予測調査を実施してお り、2017 年から第 11 回科学技術予測調査を実施中 である。今回調査の特徴の一つは、多様なステークホ ルダーの参画によって様々な専門性や立ち位置を交 差させた議論を行い、複雑な科学技術と社会の関係性 を捉えていることである。本稿で述べる基本シナリオ とは、科学技術の未来像と社会の未来像を結びつけ、
科学技術発展がもたらす未来の社会を描いたもので ある。
ここで言う科学技術の未来像とは、具体的には別 途実施したデルファイ調査における科学技術トピッ クを指す。本デルファイ調査は、2040 年をターゲッ
【 概 要 】
本稿は特に、第 11 回科学技術予測調査における「基本シナリオ」について述べる。ここで基本シナリオとは、
別途実施されたデルファイ調査における科学技術の未来像(702 の科学技術トピック)と、同じく別途実施さ れたビジョンワークショップから得られた社会の未来像(50 の社会像)を結びつけ、科学技術発展がもたらす 未来の社会を描くものである。
基本シナリオの作成に当たってはワークショップを実施し、702 の科学技術トピックと 50 の社会像につい て、科学と社会の両面から入念な結びつけを行った。その結果、4つの基本シナリオ案に 470 のトピックが結 びついた。また、社会起点の検討では健康・医療・生命科学、農林水産・食品・バイオテクノロジー、環境・
資源・エネルギーといった、生活に身近で社会課題に近い分野の科学技術が 6 割以上社会像と結びついたのに 対し、科学技術起点の検討では、割合は全分野おおむね5割以下であるものの、分野の偏りなく科学技術と社 会像が結びついた。その後、専門家による検討等を経て、最終的に4つの基本シナリオを作成した。
キーワード:科学技術予測,ワークショップ,シナリオ
トイヤーとし、2050 年までの科学技術発展の 30 年 間を展望する調査である。分野別に設けた分科会(7 分科会、委員計 74 名)にて発展の方向性を検討し、
702 の科学技術トピックを設定した。詳細は本調査 の速報版を参照されたい注 1。
社会の未来像とは、2040 年頃の未来における望ま しい社会像を指し、地域社会・日本社会・国際社会な どの観点から意見を集約した。検討に当たっては、多 様なステークホルダーを交えたワークショップ(以 降、WS)を実施した。これまでに、ビジョン WS(約 100 名)、地域 WS(6 回、延べ約 340 名)、国際 WS
(14 か国約 60 名)を実施してきた。特にビジョン WS は約 100 名の大規模 WS であり、最終的に 50 の社 会像と、それらの社会において重要な 4 つの価値が得 られた。詳細は、報告書を参照されたい注 2。
注 1 科学技術予測センター「第 11 回科学技術予測調査 ST Foresight 2019(速報版)-「人間性の再興・再考による柔軟な社会」を 目指して-」,文部科学省科学技術・学術政策研究所.DOI:http://doi.org/10.15108/stfc.foresight11.101
ほらいずん
基本シナリオ
-科学技術の発展により目指す社会の姿-
科学技術予測センター 研究官 黒木 優太郎、特別研究員 河岡 将行
基本シナリオ -科学技術の発展により目指す社会の姿-
本稿では特に、これら科学技術の未来像と社会の未 来像を紐付ける「基本シナリオ」について、その設定 に至る背景と具体的な手法、得られた結果について述 べる。
2. 基本シナリオの背景
初期の NISTEP の予測活動はシーズ型であったが、
時代の変遷に伴い複数の手法を取り入れ、ニーズ指向 型、課題解決型へと変化し、現在は社会ビジョン構築型 の予測活動を行っている。2005 年の第 8 回調査から は、シナリオ・プランニングを調査に取り入れ、2015 年の第 10 回調査からは、「どうあるべきか」といった 未来像を描く、ビジョニングを取り入れた。その一方 で、これらの取組の結果と、第 1 回調査から絶えず続 けてきたデルファイ調査から見いだされる科学技術の 未来像は直接的に結びつくものではなく、それぞれの 結果を結びつけるには別の枠組みが必要であった。
そこで、これまでに得られた科学技術の未来像と社 会の未来像をそれぞれ見比べて、①目指す社会の姿、
②それに関連する科学技術、③科学技術と社会の関係 における留意点を1つのパッケージとした大きな枠 組みを設け、これを基本シナリオとした(図表1)。
日本の未来の多様性を考慮し、基本シナリオは1つに は定めておらず、後述するが今回は結果的に4つの基 本シナリオに整理されている。また、NISTEP の科学 技術予測調査において予測される科学技術や社会像 は全て望ましいものであるが、何の考慮もなく目指せ ば良いような、いわゆる「バラ色」にはならぬよう、
その推進における留意点も含めた。
3. 基本シナリオ WS の検討手順
基本シナリオを検討するに当たり、702 の科学技
術トピックと 50 の社会像を WS で紐付けることと したが、50 の社会像はそのままでは具体性が高く、
事前に 50 の社会像の整理を行った。それぞれの社会 像の特徴を精査したところ、大きな傾向として、①人 の考え、②人の機能、③仮想世界、④環境・社会につ いて述べている傾向が見いだされた。そこでこれらの 社会像を大きく 2 軸(個人と社会、無形と有形)で 分け、4つの視点(無形・個人、無形・社会、有形・
個人、有形・社会)として整理した(図表2)。
2019 年 2 月 28 日に開催した基本シナリオ WS には、デルファイ調査の分科会委員やビジョン WS の参加者、人文社会科学系の専門家等から 22 名が参 加し、上述の 4 つの視点で科学技術トピックと社会 像の紐付けを行った。
【検討手順】
4 つの視点ごとの紐付けは、「科学技術起点」と「社 会起点」の双方向で行った(図表 3)。これは、科学 技術起点(科学技術によって実現する社会)と、社会
図表 1 基本シナリオの概要
図表 2 50 の社会像から得られた 4 視点
図表 3 科学技術と社会の未来像の紐付け
注 2 科学技術予測センター「第 11 回科学技術予測調査 2040 年に目指す社会の検討(ワークショップ報告)」,NISTEP RESEARCH MATERIAL,No.276,文部科学省科学技術・学術政策研究所.DOI:http://doi.org/10.15108/rm276
えることにより、科学技術の発展がもたらす社会の姿 を幅広く描くことを目的としている。
WS では、4つの視点ごとにグループを分け、グ ループ別に図表 4 に示すような手順で検討した。
ステップ1では、事前に整理された社会像をベース に望ましい未来の姿を描いた。
ステップ 2、3 では各グループは更に二手に分か れ、科学技術の未来像を検討起点とするシナリオを作 成するチームと、社会の未来像を検討起点とするシナ リオをするチームに分かれて検討した。
科学技術起点チームでは、ステップ2で、ステップ 1で得られた未来の姿をもとに、デルファイ調査で 得られた 702 の科学技術トピックから、その未来の 姿の実現に関連するものを抽出・列挙した。続くス テップ3で、「そのトピックが実現するとして、それ に関わる(場合によって既にある)要素技術があれ ば、いったい何ができるだろう」「どんな社会になる だろう」といった検討をし、それを文章化した。
社会起点チームでは、ステップ2として、ステップ 1で得られた未来の姿をもとに、実現のための科学 技術や科学技術以外の要素、必要な施策などを検討 し、それを文章化した。ここでの科学技術は、デル ファイ調査の科学技術トピックは特に意識せず、必 要と思われるものを列挙した。続くステップ3で、ス テップ 2 で挙がった科学技術に関するトピックを選 択してもらうことで、最終的に社会像と科学技術ト ピックの紐付けを行った。また、このチームについて は、科学技術を実装する場合の留意点についても挙 げてもらった。
最後に、両チームが合流して1つのシナリオとして まとめ、WS 全体としては合計4つの視点に基づいた 基本シナリオ案を得た。
各グループの科学技術起点チームと社会起点チー ムのそれぞれで挙がったシナリオタイトルとそのシ ナリオに紐付く科学技術トピックの数、そして両チー ムが合流して作成したシナリオを図表5に示す。702 の科学技術トピックのうち、470 もの科学技術トピッ クが何らかの形で引用され、社会像と結びついた。
デルファイ調査において設定された7つの分野(健 康・医療・生命科学、農林水産・食品・バイオテクノ ロジー、環境・資源・エネルギー、ICT・アナリティ クス・サービス、マテリアル・デバイス・プロセス、
都市・建築・土木・交通、宇宙・海洋・地球・科学基 盤)のうち、引用された科学技術トピックの割合を図 表 6 に示す。
全体としては半数以上のトピックが社会像と結び ついたが、検討チーム別にみると、社会起点チームで は、健康・医療・生命科学、農林水産・食品・バイオ テクノロジー、環境・資源・エネルギー分野について は6~9割が社会像と結びつく結果になった。対して 科学技術起点チームでは、割合の高い分野はなく、5 割を超えるのは ICT・アナリティクス・サービス分 野だけであるが、おおむね全分野が万遍なく社会像と 結びついた。
5. 基本シナリオの策定
WS によって、「①目指す社会の姿、②それに関連 する科学技術、③科学技術と社会の関係における留意 点」についての検討結果が得られた。その後、専門家 による検討等を経て、最終的に4つの基本シナリオと してまとめた(図表 7、8)。これらの基本シナリオ には、AI、ロボット、センシング等の科学技術が含ま れるほか、脳機能イメージング技術や外部知能ネット ワークなど、より具体的な科学技術を活用し た社会像が描かれている。これらは、主に科学 技術を起点としたチームから出ており、双方 向での議論が効果的であったと言える。社会 像がある程度具体化したことで、科学技術と 社会の関係における留意点も具体性が高まっ ている。今後、基本シナリオの詳細について 別途報告書を作成し公表する。
なお、社会像と直接結びつくか否かは、基 礎か応用か等も大きく関わるため、基盤的な 科学技術は当然結びつきにくく、「引用されて いる・いない」は、「重要である・ない」「社 会に役立つ・役立たない」ではない点は留意 されたい。
図表 4 WS での検討手順
基本シナリオ -科学技術の発展により目指す社会の姿-
図表 5 各グループの検討結果
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図表 6 各分野における科学技術トピックの引用率
基本シナリオ -科学技術の発展により目指す社会の姿-
図表 8 基本シナリオ(無形・社会、有形・社会)