ム
著者 飯塚 朝子
雑誌名 東京家政大学生活科学研究所研究報告
巻 19
ページ 1‑10
発行年 1996‑06
出版者 東京家政大学生活科学研究所
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009820/
保育者養成における音楽領域に ついてのカリキュラム
AStudy of Music Curriculums for Kindergarten and Nursery School Teachers
飯塚 朝子
Asako IIZUKA
はじめに
本研究においては, 保育者としての音楽の
「基礎技能」が何であるのか という問いの答 えを見いだす基礎調査として,音楽領域のカリ キュラムに関する調査および学生の対応の調査 を実施した。それにっいての結果ならびに先行 研究等を踏まえて,この問いの答えについて,
ひとっの考察をすすめたい。
日本の保育者養成校のカリキュラムのほとん どに,「ピアノ(鍵盤楽器)実技」という科目 が設けられ,一般的に保育者の音楽の「基礎技 能」として捉えられている。正確には,教育職 員免許施行規則の第一章第五条に明記されてい
る「教科に関する科目」の音楽にあたる科目と して位置づけられていることが多く,その場合,
幼稚園教諭免許および保母資格を取得するにあ たって必修となっている。
ところが,実際その施行規則には,特に「ピ ァノ」という楽器名称を明示しているわけでは なく,音楽の「基礎技能」は何であるのかとい う提示もされていない。それでは,なぜ一般的 にそれが定着しているのか。法的に「ピァノ」
という言葉が明記されていたのは,幼稚園設置 基準である。これは,幼稚園を設置するにあたっ て最低限設置しなければならない設備や遊具を 述べているものであるが,そこで長い間にわた り保育室の設備として「ピアノ又はオルガン」
の設置を義務づけていた。しかし,平成7年度 4月1日より施行されている幼稚園設置基準で は,その項目がなくなっている。
日本の音楽教育の歴史をたどると,ピアノは 必要不可欠な楽器といえる。これにっいては,
「1.基礎技能にっいて」で触れる。
これらから,日本の音楽教育の歴史的影響は かなり大きく,「音楽の基礎技能=ピアノ実技」
との考えが体制として定着している。これにっ いて,多くの保育者および研究者によって長い 間にわたって様々な議論がなされてきたことは いうまでもない。しかし,現在においては社会 における音楽の状況やこれまでの反省から,
「ピアノ実技」が保育者の音楽的知識や技能と して不可欠なものとはいい難くなっている。
それにもかかわらず,現在,大部分の学生が ピアノの練習に多大な時間を費やしている現状 をみると,まず 保育者としての音楽の「基礎 技能」とは何か を問い直し,明確にする必要 があると考える。
1.基礎技能について 1.基礎技能とは
保育者養成におけるカリキュラムは,教育職
員免許法および児童福祉法施行規則にそってた
てられており,今日一般的にいわれている「基
礎技能」とは,教育職員免許法施行規則第一章
第五条に明記されている「教科に関する科目」
の中の音楽,図画工作および体育にある。また,
国語,算数および生活は「基礎教科科目」とし て,基礎技能と同様に免許および資格取得の必 修となっている。
【資料1】教育職員免許法施行規則
(改正平成三年二月文部令四五号)
第一章 単位の修得方法等
第五条 免許法第五条別表第一に規定する幼稚園教諭の普通 免許状の授与を受ける場合の教科に関する科目の修 得方法は,小学校の教科に関する科目にっいて修得 するものとし,専修免許状又は一種免許状の授与を 受けるにあっては,音楽,図画工作および体育の教 科に関する科目についてそれぞれ四単位以上並びに 国語,算数又は生活の教科に関する科目のうちいず れか二科目っいてそれぞれ二単位以上を,二種免許 状の授与を受ける場合にあっては,音楽,図画工作 及び体育の教科に関する科目にっいてそれぞれ二単 位以上並びに国語,算数又は生活の教科に関する教 科のうちいずれか一科目にっいて二単位以上を修得 するものとする。
保母資格は,幼稚園教諭に必要とされている 知識・技能の他に,社会福祉,保健衛生,看護,
栄養等の知識・技能が必要とされているが,基 本的に幼稚園教諭免許に準じていると考えてよ いと思われる。ここで,疑問となるのが, な ぜ,「教科に関する科目」の音楽,図画工作及 び体育が,保育者としての「基礎技能」として 位置づけられたのか ということである。これ に関する先行研究は現在のところ見っかってお らず,この回答を明確に出すことはできない。
このように,「基礎技能」という科目は,多 くの曖昧さを抱えているため,本研究では,こ の「基礎技能」の音楽,およびそれを含む保育 者養成の音楽領域にっいてのカリキュラムに限 定して考えていくことにする。
2.音楽の「基礎技能」についての先行研究 現在,ほとんどの保育者養成校のカリキュラ
ムにおいて,音楽の「基礎技能」は「ピアノ
(鍵盤楽器)実技」としている。なぜ,ピアノ 実技が保育者としての音楽の「基礎技能」に位 置づけられたかは,現在のところ定かではない。
そこで,「ピアノ」という楽器にっいて考え てみる。まず日本の音楽教育の歴史は,ピアノ なしに語ることはできない。伊沢修二が日本の 音楽教育は「和洋折衷音楽」が望ましく,唱歌
教育に使用する楽器はピァノがよいとしている。
しかし,実際にやピアノはかなり高価で,日本 で製作する知識や技術がなかったため,オルガ ン製作に努めており,教育現場にオルガンが普 及した。そして戦後の高度経済成長に伴って,
オルガンからピアノへ移行し,現在ではピアノ は一般家庭にも定着している。っまり,ピアノ は日本の音楽教育の成長と共に飛躍的な普及を 遂げたといえる。
音楽界においての「ピアノ」を考えると,こ れも重要な役割を果たしている。ピアノは音楽 的基礎楽器として位置づけられているからであ る。例えば,日本の音楽科系大学入学にあたっ てほとんどの大学はピアノ試験を必ず実施して いるし,クラッシック音楽演奏家は,自分がど の楽器の演奏家であっても,最低限ピアノは弾 けるように教育されている。っまり,ピアノと いう音楽的基礎楽器を通して,様々な側面から 音楽理論などの音楽という学問を学んでいるこ
とになる。
それでは本研究で扱っている音楽の「基礎技 能」としてのピアノは,保育者になるにあたっ て演奏できなければならない楽器であろうか。
ここでいう「基礎技能」は,音楽演奏家および 専門家のための「基礎技能」ではなく,保育者
としての音楽の「基礎技能」である。この疑問 をいいかえるならば,「保育者にとっての音楽 の基礎技能は何であるか」ということになるで あろう。ここでは,これらの問いの回答を見い だそうとしている以下いくっかの論文をあげて おこう。
(1)澤田直子1);保育者養成における音楽教 育の問題点は「入学してくる学生の音楽的能力 に大きなばらっきがあることである」とし,学 生や保育者の実態を把握するための調査をおこ なっている。音楽的基礎能力養成のたあには,
音楽理論,ピアノ実技,歌唱が基礎教育の三本 柱で,中でも「ピアノ実技」を重要視している。
(2)白井淑子2);「音楽教育の出発点を受け
持っ保育者が基礎技能としてまず身にっけなけ
保育者養成における音楽領域にっいてのカリキュラム
ればならないことは うたうことs である」と 述べている。現在のピアノ実技重視の傾向が見
られる保育者養成の音楽のカリキュラムに疑問 を抱くと同時に,現在の保育現場の採用試験に ピァノが課せられる実情では悪循環であるとし て,見直しをはかるべきであるとしている。
(3)阿部明子3);保育者に必要な音楽の教育 的技能は,幼児と共にうたい,幼児が楽しんで 演奏する楽器を共に楽しみ,最も大切な音楽的 な感覚を育てていくことであると述べている。
ピアノは,一般的に基礎楽器であるが,ピアノ がうまく弾けることは必ずしも保育者に必要な 能力とはいえないとしている。このような背景 には,保育者養成の音楽領域のカリキュラムに 関わる教師のほとんどが,音楽の専門教育を受 けており,専門家養成の教授内容になりがちに なってしまうという問題を提示している。
(4)小林美実4);一般的に保育内容「音楽リ ズム」の授業において,2っの大事なものが欠 けていると指摘している。それは,「保育との かかわり」と「他学科目とのかかわりの薄さ」
である。小林は,「音楽リズム」あるいは基礎 専門科目の「音楽」において,最も基本とする のは「子ども側にすぐ役立っ」こととしている。
それは,子どもの音楽する姿を捉えたり認めた りする努力をし,子どもの音楽する喜びを共に 感じようと努め,音楽を通して子どもと仲間に なることであるとし,保育者が最も根本的に身 にっけなければならない「保育者の姿勢」であ ると強調している。また,このような保育者の 目や姿勢を音楽を通して育てていくためには,
学生自身が「感じたことを自分の思うように表 現する」ことを体験することが重要であるとし ている。
このように音楽領域のカリキュラムおよび音 楽の「基礎技能」については様々に述べられ,
長い間にわたって議論されてきている。しかし ながら,特に音楽にっいてはピアノが「基礎技 能」として定着している理由が不明確な上に,
さらにその基本的な考え方にっいても統一され
ていないのが現状である。
そこで,現在の保育者養成における音楽領域 にっいてのカリキュラムはどのようにたてられ,
授業がおこなわれているのかを探るための2っ の基礎調査をおこなった。
H.音楽領域についてのカリキュラム調査 1.シラバスを基にしたカリキュラム調査
(1)目 的
保育者としての「基礎技能」を,保育者養成 側は現在どのように捉えているのだろうか。そ の回答は,授業の内容にみられるのではないか と考える。そこで,今回は保育者養成校におけ る音楽領域にっいてのカリキュラムに焦点をあ て,以下の目的で「基礎技能」における基礎調 査をおこなった。
①音楽領域における保育者養成校の授業では,
どのような内容を教授しているのか。
②音楽領域の中でもどの点に重点や注目をおい ておこなわれているのか。
③地域によって授業の内容に特徴はみられるか。
④調査結果により,保育者養成における音楽の 基礎技能がどのように考えられているのか。
を考察する。
(2)調査にあたって
①対象
全国の保育系学科(昼間の課程)設置短期大 学で,幼稚園教諭免許および保母資格どちらと
も取得できる学科および専攻に限る。なお,養 成校の選択にあたっては,日本私立短期大学協 会「保育系学科(昼間の課程)設置短大」を基 本資料とする。
②調査方法
対象となる保育系学科設置短期大学の平成7 年度授業科目一覧と音楽領域の授業のシラバス
(syllabus)を参照し,シラバスに書かれてあ る文章をもとに各カテゴリー分類をおこなった。
ただし,ここでいう音楽領域の授業とは,専門
教育科目(教職必須科目)としての基礎技能を
中心としたもので,保育内容「表現」に関する
ものを含まない。
③調査期間
平成7年9月中旬に日本私立短期大学協会に ご協力いただき,当協会にて調査資料収集をお こなった。
④地域分類方法
本調査では,日本を東日本と西日本の2地域 に分けて結果を出すものとする。しかし,一般 にいわれている東日本と西日本の分類では困難 なため,北海道から愛知県を東日本,三重県か ら沖縄県を西日本とする。島根県にっいては,
対象となりうる短期大学が基本資料に掲載され ていないため,対象外としている。
(3)調査結果および考察
①対象にっいて
対象については,以下のようになった。
*保育系学科設置短大数 ;209
*幼稚園教諭免許および保母資格の両方が同時取得 できない短大数 ; 47
*授業科目一覧およびシラバスがそろわなかった 短大数 ; 38
【表1】対象数にっいて
a)音楽的専門知識・技能の偏重〈GROUP1>
【表2】ピアノ実技(ML等含む)
果日本 西日本 合 計
a 15(23」
i5(25.4
30(24.2)b 17(26.2 15(25.4
32(25.8)C
27(4L5
18(305 45(36.3)d
5( 7.7 5( 8510( 8.D
e
1( L5 6(10.2
7( 5,6)合 計
65(100.0 59(ioO.0 124(100.0)※()内は%
【表3】声楽
東日本 西日本
合 計
a
20(308)16(271 36(29.0 b
7(108) 1了(28.824(19.4 c l6(24.6) ll(18.6 27(2L8
d O( 一 )
1( 17
1( 0.8e 22(338)14(23.7
36(29.0 合 計 65(1000)59(ioO.O
124(100.0※()内は%
t表4】ソルフェージュ
東日本 西日本 合 計 あ る
24(369)28(47.5)52( 4ig)
な
い
4!(63.1)31(525)72( 58.D
合
計 65(1000)59(100.0)124(100.0)
※()内は%
〈分類〉シラバスの掲載内容
a)バイェル等使用b)バイエル等とそれ以外を併用 C)保育者養成用等を使用
d)その他e)ない
【表5】音楽理論および楽典
短大数
東日本 65
西日本 59
合 計 124
②カテゴリー分類の結果および考察
調査結果を提示しながら考察をすすめる都合 上,下記の4グループに分類することとする。
なお,すべての表において,小数点第2位以下 を四捨五入している。
〈GROUP1>音楽的専門知識・技能の偏重
〈GROUP2>保育者の音楽的基礎知識 ・技能の軽視
〈GROUP3>マーチへのこだわり
〈GROUP4>その他
〈分類〉シラバスの掲載内容
a)声楽用使用b)声楽用とそれ以外を併用 C)保育者養成用等使用
d)その他 e)ない東日本 西日本
合 計
あ る 44(677)48(8L4) 92(74.2)
な い
21(323)ll(18.6)
32(25.8)合 言}65(1000)59(100.0)
124(100,0)※()内は%
〈分類〉シラバスの掲載
a)あるb)ない
〈分類〉シラバスの掲載
a)あるb)ない
音楽的知識・技能は,保育者に身にっいてい ればいるほど,保育において幅広い活動を可能 にする。しかし,保育者を育てる場で,しかも 2年間という短期間で保育に関する様々な内容 を学ぶことを考えると,保育において最{邸艮必 要と思われる項目を吟味し,選択していかなけ ればならない。
〈GROUP1>は,保育者に必要な最低限必 要な音楽的知識・技能というより,音楽専門家 を育てる専門知識・技能の傾向があり,割合も 高い傾向がみられる。地域差は見られなかった。
この傾向は,音楽に関して専門すぎるために,
保育の専門性を学ぶ機会を失う可能性が大きく なると思われる。
【表3】声楽および【表5】音楽理論および
楽典にっいては,歌唱の基本や音楽そのものの
基礎を学ぶ上で,非常に有効な項目であり,保
保育者養成における音楽領域にっいてのカリキュラム
育者養成にとっても必要な項目と考える。しか し,頭声発声などの専門技術の習得を目標にし たり複雑な嬰種および変種の音階や細かな速度 標語など詳細にわたっての理論を講義している など,高度な知識・技能を要求している傾向が みられた。保育者の専門性を高めるためにも焦 点を絞っていく必要があるように思われる。
b)保育者の音楽的基礎知識・技能の養成不足 〈GROUP2>
【表6】簡易楽器演奏法および合奏
東日本 西日本
合 計
あ る
43(66.2) 28(47.5) 53(42.7)な い
22(33.8) 3互(52.5) 7!(57.3)合 計
65(100.0) 59(100,0) 124(100.0)〈分類〉シラバスの掲載
a)あるb)ない
※()内は%
【表7】弾きうたいなどのレパートリーづくり
東日本 西日本 合 計
あ る
31(47,7) 33(55.9) 64(51.6)な い
34(52.3) 26(44.i) 60(48.4)合 計
65(100.0) 59(100.0) i24(100.0)※()内は%
【表8】歌唱および合唱
東日本 西日本
合 計
あ る 23(35.4)33(55,9)
56(45.2)な い 42(64.6)26(441)
68(54.8)合 計
65(!00.0)59(100.0)124(100.0)※()内は%
〈分類〉シラパスの掲載
a)あるb)ない
〈分類〉シラバスの掲載
a)あるb)ない
保育者に必要な音楽的基礎知識・技能を習得 した上で,先述したような音楽的専門知識・技 能が与えられるならば,問題は少ない。しかし,
保育者としての音楽的基礎知識・技術に関して の結果は推測以上に低い傾向がみられた。
〈GROUP2>は,保育者として必要かっ十分 に活用できる音楽的基礎知識・技能であると考 える。そして,保育現場において,乳幼児の音 楽的活動の多くは, 【表6】簡易楽器演奏法お よび合奏,あるいは【表8】歌唱(および合唱)
である。また,その活動を充実させるために,
移調等の音楽的知識が必要であると思われる。
保育現場をみると,保育者が幼児にタンバリ ンの間違った持ち方を教えていたり,幼児の声 域を無視した歌唱伴奏をしていて,それに気づ
いていない姿をよく見かける。このようなこと を考えると,保育者養成としての立場を再認識 していく必要性を強く感じる。
c)「マーチ」へのこだわり〈GROUP3>
【表12】マーチング・バンド
東日本 西日本 合 計
あ る
2( 3.1) 6(10.2) 8( 6.5)な い
63( 96.9) 53( 89.8)ll6( 93,5)合 計
65(100.0) 59(100.0)124(100,0)〈分類〉シラバスの掲載
a)あるb)ない
※()内は%
【表9】和声法およびコード・ネーム
東日本 西日本 合 計
あ る 17(26.2) 44(74.6) 61(49.2)
な い
48(73.8) 15(25.4) 63(50.8)合 計
65(100.0) 59(100.0) 124(100.D)※()内は%
【表10】伴奏法および移調
東日本 西日本
合 計
あ る
23(35.4) 46(78,0) 69(55,6)な い
42(646) 13(22.0) 55(44,4)合 計
65(100.0) 59(100.0) 124(100.0)【表11】音楽教育法
※()内は%
東日本 西日本
合 計
a 1( 15) 0( 一 1( 0.8
b 14(2L5) 8(13,6 22(17,7
C 0( 一 ) 0( 一 0( 一
d 3( 46) 6(10.2
9( 7,3 e 47(74.2)45(76.2 92(742 合 計
65(100.0) 59(100.0 124(100,0※()内は%
〈分類〉シラバスの掲載
a)あるb)ない
〈分類〉シラバスの掲載
a)あるb)ない
〈分類〉シラバスの掲載内容
a)コダーイb)ダルクローズ
c)オルフ d)全般にわたって e)ない本調査をすすめている際に,「マーチング・
バンド」の存在に驚き,どのくらいおこなわれ ているかをみるため項目を設けたが,実際は少 数であった。但し,地域差がある傾向にあり,
西日本の方が多いと思われる。
この授業の目的は様々であるが,「マーチ」
に関して重視している傾向がみられた。そこで,
改めて「マーチ」という言葉を使用しているシ ラバスを取り出し,「マーチ」を取り上げる目 的についてカテゴリー分類をおこなった。
【表13】「マーチ」の目的カテゴリー分類
(1)マーチ演奏
1。現場ですぐに役立っ ;15 2。音楽指導の技術として ; 8 3.学生の音楽的能力を養う: 4
4.レパートリーとして ; 2 合計 29
(2)マーチング・バンド
1.学生の音楽的能力を養う ;3
2.音楽指導の技術として ;1 2.楽器演奏技能の習得 ;1 2.この活動を通して幼児教育を考える;1 2.保育現場が要求している ;1 2.大人が提供する姿勢で取り組む
(3)教則本マーチ編
1.現場ですぐに役立っ ;2 1.音楽指導の技術として ;2 1.実習や採用試験対策 ;2 2.レパートリーとして ;1 2.特になし ;1
(4)マーチ曲の創作 1.現場ですぐに役立っ
1.現場で必要な即興性・応用性を養う
8
計 1合
合計 8
2
1
計 −合
この調査結果をまとめると,以下のようになる。
1)現場ですぐに役立っ 2)音楽の指導技術として習得 3)学生の音楽的能力を養う 4)実習や採用試験等の対策
「マーチ」へのこだわりは,日本の音楽教育 などの歴史的影響が強く残されていると考えら れ,特に鼓笛隊として目をひく,っまり運動会 の行進に適しているとの慣習がある。保育現場」
においては,「友達とひとっのものを作り上げ 成功させる喜びを味わう」や「見栄えがよく,
保護者が見ていて気持ちがよい」などの理由か ら今日も運動会などの行事でおこなわれている ことが多い。しかし,子どもの主体性を尊び,
援助者として存在する保育者の必要性が叫ばれ ている今,このような理由から「マーチ」を重 視する必要があるとは思われない。
また,3)の傾向は,養成側が明らかに西洋 音楽を中心に考えている背景があると思われる。
例えば,日本の音楽には「間」という独特な音 の ため があり,延々と規則正しくリズムを 刻むことはほとんどない。そしいて,その「問」
が,日本音楽の心地よさでもある。このように みると,「マーチ」はあくまでも刻まれるリズ ムの一種であることを忘れてはならない。
d)その他〈GROUP4>
〈GROUP4>は,グループとして位置づける ことができなかった項目で,総合音楽,ゼミ,
音楽鑑賞などがある。地域差については,特に 傾向はみられなかった。ここでは,省略する。
2.ピアノ初心者の学生のピアノ練習時間調査
(1)目 的
この調査は,音楽の「基礎技能」として位置 づけられていることの多い「ピアノ実技」に焦 点を当てた。「保育者になるのに,ピアノ演奏 ができるできないは関係ない」と保育関係者は,
よく話をするが,学生が幼稚園教諭および保母 資格取得のために非常にこの授業に悩まされ,
特にピアノ初心者には過酷な授業となっている 現状がある。そこで,以下の目的でピアノ初心 者の学生のピアノ練習時間調査をおこなった。
①ピアノ初心者の学生のピアノ練習時間はどれ くらいであるか。
②「ピアノ実技」の授業にっいてどのように感 じているのか。
なお,この調査は他の目的も含めて調査した ものであることをっけ加えておく。
(2)調査にあたって
①対象
東京にあるT短大1年生ピアノ初心者18名。
②調査期間
平成5年5月から12月までとする。夏期休業 期間にっいては,対象の記録が曖昧なため,調 査対象外期間とする。
③調査方法
週1回火曜日2限終了時に記録表を配布し,
以下について記入し,記入終了次第回収する。
a)毎日の練習時間
b)1週間練習した感想や,その週の授業を受 けての感想などを自由に記入する。この自由 記述にっいては,対象の本当の気持ちをっか むために,調査を依頼する際に公にしないこ とを条件に詳細にわたって書いていただいた。
④対象が受ける「ピアノ実技」の授業にっいて a)使用している楽器;アップライトピァノ b)使用している教則本;バイエル,チェルニー,
ブルクミューラーなど
c)幼稚園教諭帯び保母資格取得にあたって;
保母資格の場合はバイエル106番まで,幼稚
園教諭2種免許の場合はさらにチェルニー10
保育者養成における音楽領域についてのカリキュラム
【表14】ピアノ練習時間調査結果
\ 颪対象
火一一一一一
@ 水 一一一一@ 木
曜 日 別 練 習 時 間
一一一一
@ 土
一一一一@ 日 一一@月
練習時間
D一.合_計._ Ml餌UTES
@ (TIME)
記入週
〟D.融一響EEKS 一 1週間練習@ 時間平均一 一 一 , 一 一 鼻 , − r − _
lUNITES/A WEEK
@ (T田E)
1日練習
@ 時間平均雫 一 一 一 一 一 一 _ r − −
@MUNITES/A DAY
a
810 900 660 900 780 630
720 5400(90:00 14 385.7(6:2555.1
b
690 960
1320990
1590 1470 330 7350(122:30 20 367.5(6:0552.5
C
H40
1390 1105 11602035 2420
1170 10420(173:40 21686.7(11:25 98.1
d 420 630
1080 1230210
1920330
5820(97:00) 21 277.1(4:3539.6
e 153
375 290
305385
565357
2430(40:30 18 135.0(2:1519.9
f 630 510 960 420
1620 1470430
6040(100:40 20 302.0(5:0043.1
9 390 840
1080810 1320 600 2190 7230(120:30)
21 344.3(5:4549.9
h 0 360
1620840 360
390 540 4ilO(68:30 17 241.8(4:0034.5
1﹂
250 365
375 535 130 1070 500 3225(53:45) 20 161.3(2:4023.0
360 420 300 360
180 120 60 i800(30:007
257.1(4:1536.7
k 390 600 420 480 330 810
702 3732(62:10 13287.正(4:45 41.0
1
1290
1260 1200 11101650
1590990 9090(151:30)
21 432.9(7:1061.8
m 690 660
1230870 1080 2010
210 6750(II2:30 21 321.4(5:2045.9
n 350 360 600
330830
720 18405030(100:30)
20251.5(4:!0 35.9
0 450
170430 390 540
330 490 2800(46:40) 17 164.7(2:4524.0
P 200 200 340 440 330
765 340 2615(43:35) 20 130.8(2:10 正8.7q 265
215500 185 845 810
460 3280(54:40) 20 164.0(2:4523.4
r
570 520 460 480 390 890
665 3975(66:15 20 198.8(3:2028.4
平均1502。7
596,4 1776.l l 657.5 i 811.4 1222.2 1859.6 5060.9(84:20) 18.4 283.9(4:4540.6
*1)小数点以下第2位を四捨五入
*2)(TIME)については結果からみる
およその算出時間である
番までとする
d)教授方法;「ピアノ実技」の授業は,毎週 月曜日の午後である。学生を10名前後のグルー プに分けて基本的には個人レッスンとしてい る。ひとりひとりの教師の教授法に違いがあ り,暗譜前提の教師もいれば,楽譜通りに弾 きミスさえしなければ合格とする教師もいる。
「ピアノ実技」の最終授業には,発表会をし ている。レパートリーづくりはなく,保育内 容「表現」の授業でおこなわれている。
(3)調査結果および考察
①対象について
調査協力をしていただいた対象の学生18名の うち,aとjの2名が幼稚園教諭2種免許およ び保母資格の取得を断念している。aにっいて は,保育者養成のピアノ実技の授業に関しての 内容に強く疑問を抱き,練習を続けられなかっ たことが自由記述の中に書かれてある。jにっ いては,どの授業においてもあまり出席してお らず,断念した理由も自由記述からは読みとる ことができない。
②練習時間にっいて
対象のピアノ練習時間を集計した結果は,
【表14】の通りである。曜日別練習時間合計で は,火曜日からの記入になっているが,これは 記入日が火曜日であったためである。
保育系学科短大の学生は,保育者になるため に2年間という短期間に,乳幼児あるいは保育 について多角的に学んでいる。そして,この現 状は学生にも教授している教師にも,スケジュー ル的・内容的に過重であるということはいうま でもない。特に学生は,一日の授業時間数も多
く詰まっている。
その状況の中でピアノ初心者であった学生は,
1日40.6分,1週間で4時間45分の時間という 多くの時間を費やしている結果をみることがで
きた。いいかえればこれらの時間は,学生自身 が将来保育者になるために授業時間外に作らな
ければならない必要な時間量といえるであろう。
これらから,保育を多角的に学ぶ必要性のある
学生が,保育者の基礎技能として位置づけられ
ているピアノ実技のために,これだけ多くの時
間を確保するだけの意味があるのかが大きな問
題となると考える。
この問題を解決するために,多くの短大では 入学案内に「入学時にピアノはバイエル○○番 までできるようにしておくこと」「バイエル○
○番までできていることが望ましい」などと断 り書きをしている。これを極端にいいかえるな らば「保育者になるためには,ピアノがある程 度弾けなければならない」ということになる。
そして,この断り書きをみた受験生は,「ピァ ノができなければ保育者になれないのか?」
「ピアノが下手だから保育者にはなれないのか?」
というような不要な不安を与えられているよう である。これは,保育者養成校のピアノ偏重の 問題を悪循環させているとしか考えられない。
③練習日にっいて
「曜日別練習時間合計」の平均時間を参照して ほしい。練習時間が火曜日がもっとも少なく,
日曜日そして月曜日が多いという結果を得てい る。これは,月曜日にピアノ実技の授業をして いることから考えると,授業が近づくにっれて 練習量が増加して,授業が終わると一気に減少 している傾向がみられる。っまり,学生は毎日 平均した時間を費やしているのではなく,授業
日や課題を考えながら上手にペース配分をして いることになる。対象hのように授業翌日の火 曜日は「ピアノを練習しない日」と決めて,気 分転換をしたりする学生もみられる。課題の多 いピアノ実技の授業の単位取得のため,それぞ れが自らをコントロールしていることがわかる。
④自由記述にっいて
調査結果としては出すことができないが,記 述の傾向として以下のような点が明確になって
いる。
a)ピアノ実技の課題は,資格取得のための 「ノルマ」である
ここでは,ピアノ実技の課題と他の授業でひ とっの課題としているレパートリー曲づくりに 対して,学生はどのように考えているのかを比
較してみる。以下のような記述が多くみられる。
*練習時間をとっても,バイエルに集中できない
*バイエル○○番まで進むことができてよかった
*バイエル○○番と○○番がやり直しだった。次は できるようにしたい
*人よりかなり遅れているようなので頑張りたい
*レパートリーを増やしたいが,バイエルが大変で 現実問題としてできない
*レパートリー曲をたくさん作りたい
このようにみると,「ピアノ実技」の課題は,
単位をとるための「ノルマ」といわざるを得な い。学生は「とにかく今の時点でバイエル○○
番までいかなくては…」という焦りでいっぱい のようである。
その反面,レパートリー曲には,学生の積極 的な姿勢がみられる。しかし,ピアノ実技だけ で手一杯の学生には,課題としてのレパートリー 曲が楽譜通りに完壁に弾くことが目的ではない ことや,授業の中の多くの課題のひとっである ことなどから,ピアノ実技の課題が学生の中で 優先されてしまうようである。
②効果的な教授方法
調査した短大のピアノ実技の授業が,教授す る先生によって教授方法が多少異なっているこ とは前述したが,学生にピアノを教授している 教師の接し方・教授方法によって学生の意欲が 大きく左右していることがわかる。
例えば,「いっもこわいと先生の前で緊張し て弾けない」「楽譜の読み方が間違っていてす ごく怒られた,教えてくれてもいいと思いまし た」「先生のうんざりした声を聴くとやる気が 失せる」等の記述から,いっもきびしい態度で 教授している教師の場合,学生が意欲そのもの
を削がれてしまうようである。逆に「先生にほ められた。次も頑張る。」等学生を励ましたり,
適切な指導を受けていると実感している学生は,
練習意欲をはっきりと伺い知ることができる。
これらから,ここでは何をポイントに練習す
る必要があるのか等を明確にし,教師が学生を
励ましたり,できた時にはほめたりして,学生
保育者養成における音楽領域にっいてのカリキュラム
とのコミュニケーションを大切にしながらすす めていく教授方法が効果的であると考えられる。
3.総合考察
これらの2っの調査結果からいえることは,
音楽の「基礎技能」として「ピアノ実技」がそ の理由の妥当性はともかくとして,しっかり定 着してしまっているということである。しかし ながら,保育関係者のすべてが「ピアノ実技」
を保育者としての音楽の「基礎技能」であると 考えているわけではない。それ故,現在にいた るまで音楽の「基礎技能」にっいて,長い聞に わたって議論がされているといって良いであろ う。それらから考えると, 保育者としての音 楽の「基礎技能」が何であるか という問いの 答え,っまり理論が確立されていないと考える。
この理論が確立されることにより,現在,模索 状態になりがちの音楽の授業内容が明示されて,
音楽担当教師も保育者養成としての要点を押え た授業が可能となる。そして,学生も「ピァノ 実技」のノルマにおわれることなく,保育者と しての専門性を高めることができると思われる。
このように,音楽領域のカリキュラムが模索 状態に陥り,さらに音楽の「基礎技能」にっい ての理論が確立されていないという現状の理由 として,以下のような点があげられると考える。
①音楽領域の科目担当教師のほとんどがピァノ 科系音楽大学出身で,教師自身が保育にっい ての専門性をもっていないことが多い これにっいて阿部も述べているが3),音楽専
門家としての教育を受けてきた教師に「保育の 中の音楽にっいて教授して欲しい」と養成校が 要求しても,これに答えることは難しい。「保 育者養成が目的でも,音楽領域だから音楽専門 家を教師としても良い」という発想は,非常に 危険性を含むと思われる。
②音楽領域の科目担当教師同士あるいは他の科 目担当教師との協調性の欠如
これにっいて小林も述べているが4),保育に 関するカリキュラムは,すべてに相互性があり,
単独で存在する内容はない。よって,より充実 した音楽領域の授業をおこなうにあたって教師 同士の強調性が必要となるのだが,この協調性 が欠けている傾向があると考える。
保育者養成における音楽領域のカリキュラム が,より充実するためにも,これらにっいては 早急に見直す必要があると考えている。
皿.まとめ 1.音楽の「基礎技能」の捉え方
本研究において,先行研究やそれを踏まえて おこなった2っの基礎調査をもとに, 保育者 としての音楽の「基礎技能」は何であるのか という問題に対する答えを模索してきた。ここ で,本論文のまとあとしてその答えを見いだす ための一考察をすることとする。 保育者とし ての音楽の「基礎技能」をここで考えるために は,まず保育者としての「基礎技能」を明確に する必要があると考える。それが最も重要な音 楽の「基礎技能」のべ一スだからである。そし て,それは保育者が子どもの音楽活動を子ども の立場となって,仲間として参加することであ り,それによって幼児と楽しさを共感すること ができ,子どもの真の姿を捉えることができる と思われる。っまり,保育者の「基礎技能」は,
「保育者の姿勢」あるいは「子どもを見る目」
を養うことであると考える。これは,保育者養 成をおこなうにあたって常に忘れてはならない 点であると思われる。
それでは,それを踏まえた上での音楽の「基 礎技能」は,何であろうか。わたしは,「歌唱」
であると考える。なぜなら,乳幼児に限らず,
人間の最も基本的な音楽活動が「歌唱」といえ るからである。歌唱や,人間が生れながらにも っ楽器「声」を使い,人間としての感情を最も 表現できる音楽的な手段といえる。
しかし,ここで述べている「歌唱」は,決し
て声楽という音楽的専門分野で学ぶような技術
を持った「歌唱」ではない。一例をあげるなら
ば,幼い頃よく聴く「母の子守歌」である。特
別な技術をもっているわけでもなく,上手に歌っ ているわけでもない。多少音程がはずれている かもしれない。しかし母親の子どもへの愛情が その子守歌によって伝わり表現され,それが乳 幼児に心地よい歌,っまり音楽として伝わるの である。
筆者の卒業論文「子どものうたと生活〜野口 雨情の詩の場合〜」でおこなわれた「童謡」に 関するアンケート調査の中の自由記述において,
以下のような記述がみられた。尚,ここでいう
「童謡」は,歌う場面や背景は異なるが,前述 した子守歌の役割を持っと考えている。
わたしの母は俗にいう音痴ですが,よく童謡を歌ってくれ ました。不思議と音程が狂わずその歌で育った私は間違いな く歌うことができます。忙しい中,よく手を引いて歌ってく れたのを思い出します。
(30歳代・女性)5)