著者 モール フローラ, ヘン=ガル シャイ
雑誌名 東京家政大学附属臨床相談センター紀要
巻 13
ページ 13‑23
発行年 2013‑03
出版者 東京家政大学附属臨床相談センター
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00010074/
遊戯療法特別講演
被 災 者 支 援 描 画
フローラ・モール シャイ・ヘン=ガル
Children Draw War
Flora Mor Shai Hen-Gal
〈 在日イスラエル大使館一等書記官
Michal Tal氏よりご挨拶 〉
1おはようございます。在日イスラエル大使館か ら来ました、「ミハル タル」と申します。皆さ ん、あまり機会がないと思いますので、母国語の ヘブライ語で話しますので「比嘉
ひ か」に通訳しても らいます。今年はイスラエルと日本の国交 60 周 年の年になります。二国の関係は文化的に農業や 産業、そして科学の分野にまで及んでおります。
けれども最も大事な役目を果たしているのは、個 人的な人と人との関係であると思います。東日本 大震災の津波などで、トラウマの状態で心に傷を 受けた子ども達との繋がりを持ちたいと思って 来ております。
そして今回も、東北・仙台のほうにも参りまし て、皆さんには先ほどご覧いただいたヒブキ君と いう、ヘブライ語では「抱っこちゃん」という意 味の(名前の)ヒブキ君、この人形を被災地の子 ども達にも、そしてお世話をしてくださっている スタッフの方々にも、提供していきたいと思って おります。トラウマを受けた子ども達を中心に、
このヒブキ人形による治療がかなりの効果を現 しております。イスラエルでは 6 万人の子ども達 が、これによって心の健康を回復しております。
1JDC (Joint Distribution Committee)
そしてまた、病院でも色々な大きな手術の準備段 階にある子ども達や、また、そういう大きな治療 後の子ども達の精神的な心の支えにもなってお ります。今日もこの会が成功しますようにと祈っ ております。ヒブキ君を最初に見ての皆さんの反 応からも、非常に成功していることを目の前にし ております。まだヒブキ君をもらっていない皆さ んですが、もう見たその瞬間にこのヒブキ君と何 らかの繋がりができてしまっているのを拝見し ました。そして今回、前回もそうですが、このヒ ブキプロジェクトの日本への紹介、導入に関して 原教授がすべてを用意してくださり、繋げてくだ さいました。今日もそのためにこの会が持てます ことを心から感謝しております。そしてこのイス ラエルからのスタッフを受け入れて下さいまし た、東京家政大学の皆様に心から感謝いたします。
ありがとうございました。
〈 フローラ・モール先生 〉
今日はこの場にお招きいただきまして、心か
ら 感 謝 い た し ま す 。 私 ど も は 「 JDC ( Joint
Distribution Committee)」という機関に所属して
おります。この機関は全世界のユダヤ人、特に子
ども達への支援を中心に活動しております。今回
このような機会を与えて下さった色々な経緯が
ありましたので、少しお話をさせていただきたい
と思います。
イスラエルでも日本と同じように、色々な自然 災害があります。または少し日本とは違う状況か と思いますが、戦争状態というような状況にもな ることがあります。そういう時に子ども達は支援 を必要としています。多くの殆どの子ども達は、
特に支援がなくても通常の日常生活に戻ること ができる場合が多いです。それは災害や戦争状態 等が起こった直後に、ひとつの行為をすることに よって、通常の状態に戻ることができるのです。
一言でこれから説明いたします。
色々な災害、或いは戦争状態の出来事が起きま すと、大なり小なり皆さんショックを受けます。
世界的に行われました実験や研究結果によりま すと、災害等を経験した人たちの中の 5%は更に 何らかの支援が必要になるというデータが出て おります。そしてイスラエルでは、ヒブキの人形 を介して治療を受けた 5 万人の人の中で、1000 人が更なる支援、アートセラピー(芸術治療、芸 術療法)を受けております。
「トラウマ」というのは心的外傷とも言われて いますが、今日は「トラウマ」という言葉を使わ せていただきます。災害等の大きな出来事に遭遇 してこれまでにない経験だったり、想像もできな いような経験をした子どもは、まず記憶を失いま す。その記憶から断絶されます。そして感情的な 記憶から絶たれます。災害等を受けた大人もそう ですが、子どももその出来事が起こる以前と以後 の連続性を失って記憶が絶たれるという状態に なります。出来事の後、通常の生活に戻れた人に とっては、その痛い、苦い過去の記憶は必要のな いものですので、そういうものを忘れて通常の生 活に戻れれば何の問題もないのです。けれどもこ こで忘れてはならないのは、前に起こったその大
きな出来事が後々影響して、痛い、苦い過去の記 憶をコントロールできない状態になるという現 象があることです。
芸術療法の効果としましては、それによって新 しい物語が形成されていきます。その中には実際 に苦い経験だったりショックを受けた経験も少 し盛り込まれていたりしますが、そのような新し い物語(ストーリー)が形成されるということで す。非常に大事な点になります。それが新しい生 活を想像していく力になっていきます。人はその 大きな出来事を経験したその後に、新しい生活を 創造する力を得ていきます。健全な通常の生活に 戻れるようになるためには、過去に起こった出来 事、現在そして将来という連続性を取り戻すこと が大事になってきます。実際に絵を見ていただけ れば、どのようにしてその連続性が回復されてい くのかおわかりいただけると思います。
多くの場合、芸術療法を必要とする人、或いは 子ども達は、自分が経験したその過去の出来事を 表現する言葉を持っていないのです。その時にそ の人が描く絵によって、その内面が多く表現され ていきます。あたかも、仏陀という言葉に色々な 内容が盛り込まれているように、その子どもが描 く絵の中にあるシンボル(象徴的なもの)は非常 に多くを物語ります。この芸術療法が確立するに 至るまでに、芸術が心理学的に大きな役目を果た すということの証拠を例示するのが長年非常に 難しかったのですが、最近の研究成果によって他 の色々な治療法と同じように、この芸術セラピー
(芸術療法)も効果があるという色々な証拠とな るデータが出てきております。
これはイスラエルでの芸術療法のプログラム です。殆ど幼稚園、保育園で行われておりまして、
こういったことを参考にしていただければ日本
での保育の現場でも何らかの変化をもたらし、皆
さんがその代表になられるのではないかと思っ ております。その時にその方法というのが効果的 でなければなりません。本当に良い方法があれば 一週間に 1 時間だけでも、それを取り入れてくだ さると非常に大きな効果になって、全国的に日本 の子ども達、或いは国民を救うことになるかもし れません。ただ、そう簡単ではありませんので、
イスラエルでも、このシステムが導入されるまで に非常に多くの時間を必要としました。実際に子 どもが学習能力を発達させるのに、このアートが 大きな役目を果たすことが見られるまでには、最 初は子ども達が受け入れられるような形で考慮 する必要がありますので、時間と工夫が必要であ ろうかと思います。日本で、例えば大きな災害等 があった場合は、その直後にはこの芸術療法は使 わない方がよいと言われたりしています。しかし ヒブキのプロジェクトはその直後から使えます。
それでまず対応していただいてその後、数か月後 にこういう芸術療法を導入する組み合わせがよ ろしいのではないかと思っております。
日本ではちょっと想像がつきにくいかもしれ ませんが、ミサイルが実際に飛んでくるという状 況がイスラエルではあります。それに備えている 家庭の子ども達も含めて、そういう状況に置かれ る子ども達も多くいます。この絵(Ⅰ-①)をよ くご覧いただきたいと思います。イスラエルでは 冬は雨期になります。ミサイルが飛んできた状況 に置かれた子ども達が、その後冬の情景を描いた 絵ですが、雨の代わりにミサイルが落ちてきてい るのが黒いもので示されています。これは、日本 の津波を経験した子ども達に例えますと、同じ水 です。津波の海の水と雨、同じ水という観点から、
例えば絵を描かせますと、何らかの形で水の恐れ を、雨と津波が連想されて描くようなことがある
かもしれません。
最初に理論的に申し上げましたのは、子どもが 災害を受け、過去の記憶から断絶されると、その 後色々な悪影響が出てきてしまうということで す。イスラエルの場合は、ミサイルを描いた黒い 雨、或いは津波を経験した子ども達が描いた嵐の 海のような絵は、過去のもの、災害との記憶が少 し盛り込まれており、これは回復につながること になります。記憶から全く断絶されているわけで はないという状況が理解できます。そして子ども 達が最初に描いていたのは先ほどの絵です。少し ずつこの芸術療法が功を奏して最後の段階では、
今見ていただいているような、火を噴いている龍 のような絵を描いたりするようになります(Ⅰ-
②) 。少しずつ絵を描きながら子どもが話すその 部分的な物語は、そのお世話をする例えば保育士 の先生が聞きながら、段々いくつかの絵を描きな がら、段階を経てひとつのストーリーとなるので す。それをまた最後にお世話をする人が子どもに ストーリー全体を話してあげることが必要にな ってくると思います。
この絵の例でいきますと、龍が転んで鼻から血 を出した。彼は小さくて黒く、黄色いまだら(斑)
の眼をしていた。彼は高すぎる木に登った。彼の 角が折れて、そこが毒ガスでいっぱいになった。
龍はガスに怯えて自分が死ぬと思った。すると口
から火が出て毒ガスをみんな燃やし、龍は生き残
って現在まで幸せに生きているというお話、スト
ーリーです。この物語の前半に例えば毒ガスに怯
えて自分は死ぬと思った、と書いてあるように最
初子どもはいろんな不安、恐怖に怯えるという心
の状態だったのです。その経験した出来事が何で
あろうと、ミサイルを受けた状態であろうと、津
波であろうと大体同じような絵を描いていきま
す。それは絵というのはシンボルであるからです。
私の周りで息子も、最近の世界中の現象になっ ていますが、クールジャパンと言われている日本 のアニメを非常に好んでおります。日本の皆様は 世界中で一番こういった分野に優れた民族であ ると思っております。一方で、私は、日本の社会 というのは、通常の生活の中で表現するというこ とがあまり豊かにできていない部分もあると聞 いております。その時にこういう療法が非常に大 きな役目を果たすのではないかと私は思ってお ります。
先ほどのことをもう少し詳しく申しますと、日 本には、感情の表現というのがなかなか直接的に されない国民性があると思いますので、こういう 芸術療法等の分野の効果が、他の国の民族よりも、
大きく役目を果たすのではないかと思っており ます。
東北の被災地に行きました時に、このヒブキの プロジェクトを行ったのですが、皆さんも幼少時 代に例えば、毛布やシーツやぬいぐるみとかいつ も身から離さないで、何か物をもっていると安心 して眠れるといったことがあったかと思います。
よく汚れた毛布等であったりするのですが、いつ もそれを持っていないと不安になるというよう な物があったりしますが、それを移行対象と心理 学では申します。いつも身近に何らかのものがあ ると安心できるというような心の状態がありま すので、ヒブキもそういった対象になりますし、
そういった面でも絵というのが大事な役目を果 たすかと思います。
例えばひとつの紙全体に描くのか、或いはその 一部に描くのか、大きな場所に描くのか、小さな 場所に限って絵を描くのか、というようなことも その方法に細かく関連してきます。或いはトラウ マに関係ある内容を描くのか、通常の生活に戻っ
たその状況を描くのかといった絵の内容ですね。
ですから色々な段階で一人の子どもが描くその 絵の内容によって、まだトラウマの記憶が強く残 っているのかどうかと、段々に日常の生活にも戻 りつつあるのかと、そういった内面を絵の内容に よって理解することができます。すると、使う色 も一つのシンボルになりますので、どのような色 を使って描いているかということが内面を非常 に大きく表しています。日本は非常に美的感覚が 優れた民族であると思いますので、私がここで説 明する必要はないと思います。ここに描いてあり ますように、例えば真っ白な空間があったりです ね、飾りがたくさん描いてあったりそういう絵の スタイルによってその人の内面を知ることもで きます。
例えば、表情が無い真っ白な顔の人を描いたり する場合もあります。或いはその絵に何らかの秩 序が見られるものであったり、全く無秩序に散り 散りばらばらに色々なものを色々な形に描いて いくという秩序が見られない絵、そういったもの もあるかと思います。
Ⅱ-①の絵をご覧いただきますと、殆どが空白 の部分で、その一部に赤い部分を描いているとい う感じの絵になります。絵の構成では、左側の赤 い部分だけ実際に絵を描いていて、右側の部分は 殆ど白のままですね。Ⅱ-②の絵は色々な絵を紙 全体に描いてはいますけれどもかなり乱れたよ うな状態の絵が描かれています。これは同じ子ど もが段階を経て描いた絵ということですね。Ⅱ-
①が最初の段階、そしてⅡ-②、そしてⅡ-③とい う順序になります。Ⅱ-③になりますと緑が出て きて自然の植物、赤いものが描かれておりますけ れど、その周りには自然を表しているような緑が 入ってきております。
そして真ん中はまた別の子どもになりますが、
最初の段階はⅢ-①、そしてⅢ-②、Ⅲ-③という 風な段階を追っての絵になります。Ⅱ-②とⅢ-
②の絵は、まだそれでも色々な絵が描かれており ますけれども、ストレスとか恐怖などが見られま す。そして、Ⅲ-③の絵になってきますと、幾重 にも重なったような四角いものが描かれており まして、ここにはある程度の秩序が出てきており ます。3 段目も、最初の段階がⅣ-①の絵、非常 に乱雑な形で描いた絵で、色を幾つか使っている だけの上から下になぐり描きという感じの縦線 しか見られません。その次にはもう太陽が出てき ています(Ⅳ-②)。Ⅳ-③の絵は顕著ですけれど も、最初のなぐり描きの状態から、太陽が描かれ て緑も描かれて、少しずつ日常の状態に戻りつつ あります。そしてⅣ-③の絵には家が描いてあっ て花も咲いていてという、もう通常の心の状態に 戻っている状況が見られます。
子どもにこういう絵を描かせる時に制限を与 えてはいけません。 「自由に何でも描いていいか らね」と言って描かせることが大事です。そうし た場合に描かれる絵の内容はその時のその子ど もの内面の状態を顕著に表していきます。それは 内面の投影と言われております。そしてその絵を 描く道具もいろんな種類の道具、クレヨンとか絵 具とか油絵とか色鉛筆とか多く与えて、そしてそ の使い方は全く自由で、子どもが好きなように描 く、使いたい道具も自由に使うということで、道 具を組み合わせたりしながら、自由に描かせるこ とが大事になってきます。その時に、お世話をす る保育士の先生の心の状態が非常に大事です。例 えばⅡ-①の絵ですね。こういう絵を描いたとき、
保育士の先生が、 「えっ、なんでこんな絵を描く の」など言ってしまうように、許容力がないと、
どんな絵を描いても、それを受け入れることがで
きません。また許容力がないと、子どもはその本 当の心の状態を出しきれませんので、お世話をす る人の安心感を与える雰囲気が、非常に大事にな ってきます。またはその保育士の先生が理想とし て描いているような、例えば花を描いてほしいと か、そういった方向に仕向ける状態だと正直に子 どもは内面を表しませんので、何でも描いていい んだよという感じで受け入れることが大事にな ります。許容力といいますか、包容力といいます か、そういったことが非常に大事になってきます。
どんなことが表現されてもびっくりしないとい うか、それを受け入れる心が非常に大事になって きます。
芸術療法士に求められるのは、私たちの生きて いる社会の中で起こってくる色々な痛ましい出 来事、そういったものをどれだけ受け入れて乗り 越えていくことができるか、そういう前向きな心 です。まず子どもに施す前にそれぞれご自分で絵 を描いたりして、その絵はひとりひとり違うと思 いますけれども、自分が幼少の頃から何か受けて きた傷かな、と思うようなことも絵に表してみて、
そのご自分の通ってきた感情的な心情的な経過 を辿ってみるということをしていただくのがよ ろしいのではないかと思います。
被災地に行きました時にも、このヒブキの人形
を紹介させていただきました。専門家の方にも使
っていただきました。その時にこのヒブキを使っ
て、なんとか乗り越えられる子どもになってほし
いとお世話をしたのですが、実は、その支援者ご
自身も被災者の方だったのです。家族を失うなど
の非常につらい体験をしていますが、被災した子
ども達を世話しています。ヒブキを使った支援を
子どもに施すだけでなく、また子どもたちに回復
してもらうことを要求するだけではなくて、支援
者自身が津波の体験などをある部分思い出しな
がら、自分自身がヒブキによって癒されたり、心 を回復させてこの状況を乗り越えようとしたり という経緯も、子どもを支援する上で非常に大き な助けになったことを覚えています。
シャイ・ヘン=ガル先生にもう少し実例をみて いただきながら説明をしていただけるかと思い ます。今日も何回か途中で皆さんに確認させてい ただきましたけれども、一方通行ではなくコミュ ニケーションを取りながら、一つのものを伝えて いくということが、或いはこういう芸術療法をお こなっていくときには、非常に大事だと思います ので、そのようなこともお聞きしました。
シャイ・ヘン=ガル先生
こんにちは。ちょっと重複しますが、フロー ラ・モール先生が話された 5 つの点をもう少し振 り返ってみたいと思います。子どもが描いた絵か らどのようなことが汲み取れるかという点で、非 常に大事になってきますので、この 5 つの点とい うのをもう一度振り返ってみたいと思います。
先ほども言いましたように、3 人の子どもの最 初の段階の絵(Ⅱ-①、Ⅲ-①、Ⅳ-①)ですが、
ここには非常に大きな傷を受けている状況も絵 に描かれております。最後の絵(Ⅱ-③、Ⅲ-③、
Ⅳ-③)になりますと、それから日常生活を取り 戻したような心の状態が見てとれます。イスラエ ルでも困難な状況に置かれている子どもがいる のではないかという時に、まず万遍なくその一つ の教室の子ども達みんなに、一つの絵を描かせま す。そして描いた絵を見ていきます。ひとりひと りの子どもの絵を見ていきますと、最初の絵(Ⅱ -①、Ⅲ-①、Ⅳ-①)に見えるような、困難な状 況が見られる絵が見つかるかもしれません。イス
ラエルの戦争状態に置かれた子どもの描いた絵 を参考に見てみたいと思います。
オリ君という 8 歳の子どもがいました。ミサイ ルが飛んでくるのですが、家族は無事でした。け れども飼っていた犬がそれで死んでしまいまし た。オリ君はとてもその犬が好きでした。好きな 犬が死んだ後にその悲しみをずっと感じていま した。そして犬がミサイルによって死んだという ひとつの出来事が、ひとつの出来事にとどまらず、
それ以前に受けてきたオリ君の色々なつらい状 況も思い出させることになります。例えばそれは イスラエルのテルアビブという街で少し高いビ ルに、お母さんと一緒に昇っていたとき、昔ニュ ーヨークのツインタワービルが爆破された 9.11 について 4~5 年前にテレビで見たことを思い出 しました。その状況が自分の昇っているビルにも 起こるんじゃないかと不安に駆られます。恐れを 持ったその時にはオリ君はその恐れを何も表現 しませんでした。言葉にも出しませんでした。し かしその数年後にミサイルによって、とても好き だった犬が死んでしまったことによって、昔、ア メリカの 9.11 の爆破の悲劇の出来事の映像を見 て、自分が昇っているテルアビブのビルにも突っ 込んでくるんじゃないかと怖れを抱いた、その時 には口にしなかった恐れが甦ってくることにな りました。このように一つの出来事がそれに留ま らずそれ以前に抱いていた怖れや不安等、そうい ったものが呼び起こされることがあることがわ かります(Ⅴ) 。
次の実例はヨナタン君という、戦争状態におか れた 9 歳の子どもです。最初の段階で 3 つの絵を 描いています。Ⅵ-①の絵が「僕は傷ついた」 、Ⅵ
-②は「僕は焼けた」、 「僕は死んだ(Ⅵ-③) 」 、と
いうのが 3 番目です。このような絵を描いていま した。どれにも怖れというのが共通して描かれて いると思います。その次は絵ではなくて、彫刻の ような感じの、非常に恐ろしい怪獣のような顔を 作りました(Ⅵ-④) 。これもやはり怖れが現れて いますが、ヨナタン君はこの怪獣をコントロール できる力が備わっているように感じていると言 いました。このアート治療を受けているヨナタン 君が最後の段階で描いた絵はこのような絵でし た(Ⅵ-⑤) 。最初の段階で描いた 3 つの作品、そ して怪獣の彫刻のような人形に比べると、通常の 心の状態を現している絵を描いています。青い空 があって太陽があって、彼の世界はいつもの日常 生活が戻ったような状況を描いています。それで 非常に興味があるのは、下の方に描いている花に ついてです。草木の一部は枯れかかっています。
これはまだトラウマの状況が残っていることが 見て取れます。けれどもその一部はしっかりと、
もう元気な草花が描かれていることによって、枯 れた草木も部分的には描いていますが、もう前を 向いて立ち上がっている状態が見て取れます。で すからその描く絵の内容によって治療の段階や 治療の方法もわかっていきます。
次の最後の実例ですが、モシェ君という 9 歳半 の子どもです。これも家にミサイルが飛んでくる ような戦争状態に置かれた子どもです。その後学 校にいつものように通うようになりました。戦争 状態の直後、学校にきたモシェ君は怒り出したり イライラしたり教室で暴れまわったり、友達と喧 嘩ばかりしたりと、普通の状態ではありませんで した。そしてその学校の判断でモシェ君にはアー ト治療が施されました。最初の絵(Ⅶ-①)には 赤い、また黒い色でも表されておりますが、死と か恐怖とかトラウマの状態が描かれています。絵
とは言えないかもしれませんが、赤い色でグチャ グチャと描いて、そこに黒い部分があるだけの内 容です。これで、その心の状態は 9 歳半ですが、
もっと小さい時の発達の状態に戻っているよう な状態です。その次の絵(Ⅶ-②)は仏陀の絵を 描いており、それによっていろんな平安とか心の 安らぎとか、そういったものが描かれています。
ただ、その周りには色々なもの、また落書き的な ものが描かれています。直接そのような安らぎの ものだけでない、その周りにはまだ色々な落書き も加えられている状態です。
最後にお伝えしたいのは、安全な場所という内 容のものです。皆さんも子どもと色々な活動をさ れる中で使っておられるのではないかという方 法です。 2 つの段階によって構成されます。 まず、
子どもに恐れを感じるものを描かせたり作らせ たりします。モシェ君 9 歳半はその時に家を作り ました(Ⅶ-③) 。中が見にくいかもしれませんが、
家の中には非常に怖い怪獣が潜んでいます。それ を彼は作りました。次に子どもに自分が安心でき る、安全な場所を描かせたり作らせたりします。
モシェ君は犬を作りそれを怪獣の友達として怪
獣の横に置きました。その後Ⅶ-④に描いてある
ような川があって、非常に静かな家、そして川に
も飛び込んで水遊びができるような、一番自分が
安心できる場所を描かせます。まず子どもに恐ろ
しいというものを作らせたり描かせたりして、そ
の次に自分が一番安心できる場所というものを
作らせたり描かせるという方法が、イスラエルで
も非常に効果を現しています。子どもの心の状態
によって怖れや不安を抱いている状態から、安心
感のある安全な場所というような心の状態に変
わっていくことができるということになります。
フローラ・モール先生
全体を通して振り返りますと、 2 つの方法をお 伝えしました。ひとつは真っ白な紙に何でも自由 に好きなことを描かせるという方法、そして 2 つ 目の方法は今、シャイン博士が説明しました、恐 ろしいものや、場所を描かせたり作らせたりした 後で、それとは反対に安全で安心な場所を描いた り作らせたりする方法です。短期間で効果を出す ための方法は 2 つ目の方法ですが、皆さんがこの アート治療を使ってお世話をすることに、だんだ ん自信を持ってきたらどちらかというと自由に 描かせる方法を使うことをお薦めします。
〈 質疑応答 〉
Q:過去の記憶を断絶するといろいろな悪影響が あるということですが、どのような影響があ りますか。具体的な事例をお話しいただけま すか。
A:フロ-ラ・モール先生
例えば子どもに何でもいいから絵を描い てとお願いしても、真っ白な状態で何も描か ない子がいたとします。何も描かないか、或 いは同じものを同じように繰り返して描く、
それしか描かない。そういった発達能力が見 られない場合、それは記憶から断絶されてい るという心の状態を表します。そのような時 には、プレッシャーを与えずに時間をかける ことが大切で、無理やりどうにかしようとい うことは必要ありません。そのお世話をする 人が、プレッシャーを与えずに許容力を持っ て、それも受け入れながら時間をかけて治療 していくという必要があります。実際の現象 としては学習能力を失ったり、或いは例えば 死んでしまいたいと思ったり、社会から心を
閉ざしてしまうとか、そういった非常に悪い 現象になって現れることがあります。或いは そのような、自分を閉ざしてしまう、静かな 状態ですけれども非常によろしくない状態、
或いは周りに危害を加えたり暴れたりとい うような状況が考えられます。
Q:つらい体験をした子どもの絵を初めて見させ ていただいて、またそれに対する先生の解釈、
その子どもの心がどのように描かれている かということを聴かせていただいて勉強に なりました。
A:シャイ・ヘン=ガル先生
ちょっと逆説的になりますけれど、私たち イスラエルは戦争状態に置かれたり、かなり 困難な状況に置かれることが多い国でもあ りますので、逆に困難な状況に置かれたとき にどうやって乗り越えてきたかということ を、日本に来て皆さんとお話ししながら、ま た日本でもイスラエルに無い独自の問題も あると思いますので、そういった会話をしな がら、ともにそういう困難を乗り越えていけ るようになるためにみなさんとの出会いが あったかと思いますので、この場を設けてく ださったことに感謝します。
Q:アートセラピーについて 2 つ方法を教えてい
ただきましたが、2 つ目の子どもに恐れを感
じているものを描かせたり、安全な場所を描
かせたり作らせたりする流れに効果がある
と教えていただきましたが、第一段階の子ど
もに恐れを感じるものを描かせたり作らせ
たりしたときに先に進めなくなる、第二段階
に進む前に、今までの記憶の中から怖いとい
う気持ちが出てきて次の段階に進めなくな ることがあるのか、そういうことがあった場 合どう対処したら良いか教えていただきた い。
A:シャイ・ヘン=ガル先生
そのような子どももいますので、そのよう な子どもには何回も何回も繰り返し恐ろし い場所というものを描き続けさせます。
最初に言いましたように許容力を持つこ と、その状態を受け入れることが一番大事に なります。恐ろしいものを描いた状態からす ぐ急に安全な安心できる場所に移れない子 どもには、その恐ろしいものは 5 回でもいい し、6 回でもいいし、20 回になるときもあり ます。ただ、「安全な場所を描いてみて」と は言ってありますので、でもそれは描けない、
恐ろしいものを描き続ける、しかしそれも受 け入れながらやっているうちにどこかで変
化が現れるということがわかりますので、そ のようにしております。
A:フローラ・モール先生
その時に、ただ単に繰り返して恐ろしいも のをずーっと描き続けさせるというのでは なくて、その時最初に作った、例えば恐ろし いもの、「これは何なの」とか言って、会話 をしながらその内容にふれていきます。そう すると、段々、心の変化が現れてきて、もう 少し安全と思われる、安心できるものは何か という段階へ変わっていくことができます。
ですから、その段階で、世話をして下さる保 育士の先生との会話とかコミュニケーショ ンが必要になってきます。それが「だめだ」
とかのコミュニケーションではなくて、「こ れ何なの?」とか何か心が表現されているも のを引き出していくと、変わっていくことが 多いと思います。
Ⅰ-① Ⅰ-②
治療始め 治療中期 治療後期
Ⅱ-① Ⅱ-② Ⅱ-③
➔ ➔
治療始め 治療中期 治療後期
Ⅲ-① Ⅲ-② Ⅲ-③
➔ ➔
治療始め 治療中期 治療後期
Ⅳ-① Ⅳ-② Ⅳ-③
➔ ➔
オリ君 8才
Ⅴ
ヨナタン君(Ⅵ①~⑤)
「僕は傷ついた」 「僕は焼けた」 「僕は死んだ」
Ⅵ-① Ⅵ-② Ⅵ-③
➔ ➔ ➔
Ⅵ-④ Ⅵ-⑤
➔ ➔
モシェ君 9歳半(Ⅶ①~④)
Ⅶ-① Ⅶ-②
➔ ➔
Ⅶ-③ Ⅶ-④