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古代 中国語 における ( 死亡) の社会的変異

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(1)

社会言語科学 5巻第2 20033月 33‑47ペ ー ジ

研究論文

TheJapaneseJournalofLanguageinSociety, Vol.5No.2March2003,pp.33‑47

古代 中国語 における ( 死亡) の社会的変異

‑ 『史 記 』 言 語 運 用 の研 究 一 彰 国躍 (神奈川大学)

古代中国社会 は身分関係の厳 しい封建社会である. このような身分関係 は多かれ少 なかれ ことばの運 用 に反映 され る.『礼記』 (前 1世紀) の中で,身分 の異 なる人 の死 につ いてそれぞれ異 なる表現 を使 い 分 けるように規定 している.本論文 は 『史記』 (前 1世紀) を対象 として死亡 を表 す さまざまな異形 と 指示対象 の社会的身分 との関係,および言語変異 に影響 を与 え る他の社会的要因などについて考察 した.

そ して

,

『礼記』 の言語規範 と 『史記』 の言語運用 との問の違 いについて検証 を行 な った.

キーワー ド:言語運用,言語規範,社会的階層,異形, 自由変異

Th es o c i a lv a r i a t i o no f De at hi na nc i e ntCh i ne s e:

Ani nv e s t i gat i onofl anguageus ei n

TheGeneT・alHistoryofChin

a

GuoyuePENG(KanagawaUniversity)

AncientChinesesocietywasafeudalsocietywithaveryrigidhierarchy,afactorwhichtoa greaterorlesserextentinfluencestheuseofthelanguage.Inthebookofrites(onecenturyBC),the authorprescribesthatdifferentwordsshouldbeusedtoexpressthedeathofpeopleaccordingtotheir positionsinthesocialhierarchy.ThispaperinvestigatesinthegeneralhistoryofChina (onecentury BC)therelationbetweenthevariousvariantsthatexpressthemeaningofdeathandthesocialstatus oftheonereferredto;inadditiontootherfactorsthatcausethelanguagevariation.Thispaper verifiesthedifferentiationsbetweenthelanguagenormsinthebookofT・itesandtheapplicationsin thegeneralhistoryofChina.

Keywords:languageusage,languagenorms,socialhierarchy,variant,freevariation

1. は じめに

『礼記 ・曲礼』 には

,

「天子死 目崩, 諸侯 日義, 大夫 日卒,士 日不禄,庶人 目死 (天子 の死去 を崩 と 称 し,諸侯 には夷,大夫 には卒,士 には不禄,庶民

には死 と称す る

)

」 と記 されている. この記述 は, 古代中国社会 において指示対象 の身分階級 などの社 会的関数 によってさまざまな死 の表現が使 い分 け ら れ るとい う社会言語学的,語用論的現象 として多 く の研究 に引用 されている (王力

1 9 8 5:1 48

, 陳建民

1 9 8 9:1 2 2

,顧 日国

1 9 9 2:

ll,沈錫倫

1 9 95:6 5

など).

しか し,倫理規範 を示す ことを目的 とす る 『礼記』

の性質 を考えると, この記述 をそのまま古代中国語

の運用事実 として理解す るのにはまだ証拠不十分 と 言わざるをえない.『礼記』 の この記述 が どの程度 言語 の運用事実 を反映 したかを知 るためには,古代 中国語 の運用実態 その ものを調べ る必要がある.

古代中国語 の運用実態 について,その多 くは音声 言語 として永遠 に消え去 って しまったが,当時の口 語体 に近 い文体で書かれた書記言語の資料を通 して,

その一部 に光 をあて ることは可能である.われわれ は今回 『礼記』 とほぼ同 じ時代 に成立 した書物 『史 記』 (漠王朝,前

1

世紀) を検証 の対象 として選 び, そのテクス トにおける死 に関す る表現 の運用実態を 調べ ることにす る.

『史記』 は,漠武帝時代 の史官 (太史令,中書令)

‑ 33‑

(2)

社会言語科学 第5巻第2

を勤 めた司馬遷 の手 による中国最古 の紀伝体歴史書 であ り,中国伝記文学 の先駆で もある. ただ し,そ れは後世 の フィクシ ョンと しての歴史小説 とは違い, 先史 の部分 を含 めて歴史上 の人物や事件 を史実 とい

う認識 の もとで書かれた ものである. そ して, 『史 記』 に使 われた ことばは

,

「雅言」 とい う古代 中国 語 の標準変種 に属す るが,擬古体が多 く交 ざる後 の

『漢書』 などと比べれば明 らかなよ うに, そのス タ イルがより口語体 に近 い もの とな っている. このよ うな意味で 『史記』 は 『礼記』の記述 を検証す る恰 好 な言語資料 だ と言え る.

『史記』 は現在 い くつ もの版本が残 っているが, 本研究 は, 清朝金 陵局本 を底本 と した中華書局本 (1997)を調査 の対象 とす る. 『史記』 は 「本紀」

「表

「書

「世家

「列伝」 の5つの部門, あわせて

1 3 0

巻 によって構成 されて い る. 『漢書』 で は当時 においてすでに

1 3 0

巻の うち

1 0

巻 の内容 が散逸 し たと記 されているが, その真相 についてはまだ多 く の謎 に包 まれ,具体的な散逸文章 の個所 について も さまざまな議論が交わされ, その多 くの説 はまだ推 測の域 を出ない. したが って,今回の調査 は全

1 3 0

巻 の内容 を対象 とす る. ただ し,本文 の末尾 に綴 ら れた 「緒先生 日‑・」 の内容 は明 らかに司馬遷 の手 に よるものではないので,調査対象か ら除外 した.

2 .

用語の定義 と作業仮説

社会言語学 において,複数 の形態を有 しなが ら, 同一 の概念的,命題的意味機能を有す る言語項 目の ことを 「言語変項」(linguisticvariable)と言 い, 同一 の 「言語変項」 に属 しなが ら異 なる社会的 コン テクス トの中で使 われ た さまざまな形 態 の ことを

「異形」(variant)と言 う.以下 「人 間 の生命活動 が停止す る」 とい う意味の言語項 目を一 つ の「言語 変項」として捉 え,(死亡)で表 し,具体的な文脈 の 中で使われたさまざまな形態をその異形 とみな し, [崩], [舞] などのよ うに表す.

(死亡) の指示対象 の身分階級 などの社会的属性 が異形選択 に与えた影響 につ いて調べ る前 に, まず 次 のよ うな作業仮説 を立 てる.

作業仮説 : 『史記』 の言語運用 において,『礼記』

の規定通 り,人が死亡す ることに関 して,天子 には [崩],諸侯 には [尭],大夫 には [卒],士 には [不 禄],庶民 には [死] とい う異形 が それぞれ使 い分

け られ る.

これか ら, この仮説が成立す るか どうか,『史記』

の運用実態 と 『礼記』 の運用規範 との間 に相違があ るかないか, あるとした らどの程度 あるのか,身分 階級以外 にどんな要因が異形選択 に関与 したのかな どにつ いて検証 してい く.検証 のプロセスは, まず

『史記』 に現れた く死亡) のすべ ての異形 とその延 べ出現数 を調べ,各異形 の形態的,意味的特徴 を分 析す る. そ して,古代中国社会 の身分制度 につ いて 概説 し, その基本的な身分構造 を提示する.さらに, 全体像か ら具体的な文脈条件へ と議論 の焦点を しぼ

り,各異形が使われた人数 と人物およびその死亡年 を特定 しなが ら, その運用 にかかわ ったさまざまな 社会的要因などにつ いて考察す る.

3 .

異形の形態 と意味の分析

3 .1

形 態

『史記』 の中に

,

知死必勇」

,

漢馬死者十余蔦」

などのよ うに不特定人物 や動物の死 に関す る表現が 多 く含 まれているが, ここではこのような表現を考 察 の対象か ら外 し,特定 の人間の死 について言及 し た表現 にだけ限定す る. そ して,古代中国語 の文字 使用 においては, その表記上の特性 によ り,同音異 辛,同義異字, または同音同義 の語 に対 してその微 妙 なニュア ンスによってあるいは単 なる一時的な借 用 (通侶) によって異 なる文字形態を使 う現象があ る. その場合,音声 と意味だけを考えると

1

つの語 と認 めるべ きものが,異 なる字形 によって

2

通 り以 上 に表記 され ることにな る. たとえば, 『史記』 の 中の [没] と [投], [物] と [吻] はそれぞれ音声 言語 においては同一語 とされ るものである. ここで は書記 テクス トの表記 に したがい, いずれ も表記上 の異形の一種 と して併記する.(『史記』の原本が残 っ ていないので,こういった表記の違いは本来そうだっ たのか,写本 の段階で生 じた現象 なのか は不明であ

‑ 3 4‑

(3)

彰国躍 :古代中国語における<死亡>の社会的変異

る).

まず

,

史記』 に現れた く死亡) のすべ ての異形 を抽 出す る.

(死亡) : [卒/死/崩/尭/亡/終/漢/敬/

天/投/喪/倭/隈/貢/秩/百歳/

没世/物故/寿終/千秋/万歳/没歯 /吻身/万世/棄指/下席/棄群 臣/

填溝墾/天年終/指館舎/指賓客/山 陵崩/不立朝/宮車宴駕/千秋万歳/

登仙干天/天年下世/天崩地析]

この語形調査 によ り次 のような事実が判明 した.

① 『史記』 の中で,言語変項 (死亡) に対 して, 全部で

3 8

種類 の異形が使われ, その種類 は 『礼記』

の記述 (5種類) よ りはるかに多 い.

② (死亡) の異形 には

,1

字語や

2

字語 の よ うな 語嚢 レベルの表現だけでな く, [棄群臣] (臣下 たち をすて る),「不立朝」 (朝政 を休 む) な どの よ うな 句表現 も多 く含 まれている.

③ 『礼記』 の中で 「士」 の身分 に使 うとされ る異 形 [不禄] は

,

史記』 にはまった く現れていない.

ここで 『史記』 において 「士」 という身分 にあたる 者 に対 して, いったいどんな異形が使われたか とい う疑問が生 じた. この問題 については

5 . 4

で検証 す る.

『史記』 は多 くの史実 に関 して周王朝時代の古 い 文献 に基づいたと言 われて い る (韓兆埼

1 9 9 6

, 宮 崎市定

1 9 9 6 ) .

『史記』 の記述 とその根拠 とな る文 献 の1つ 『左伝』 の記述 を照 らし合わせ ると,一部 の基本的な事実 については宮崎

( 1 9 9 6: 8 8 )

が言 う

ように 「それ (『左伝』)を 『史記』が踏襲 している」

と言え るか もしれないが,言語運用 レベルにおいて はけっして 『左伝』 の ことばを 『史記』 がそのまま 写 したわけではないよ うである. たとえば,春秋時 代 の晋国の毒殺事件 について

,

『左伝』 で は 「‑与 犬,犬舞,与中臣,中 臣亦舞」 (‑犬 に与 えた ら犬 が死 に, お使 いの中臣に与 えた ら中 臣 も死んだ) と 記 しているが

,

『史記』 では 「‑与犬, 犬死, 与中 臣,小 臣死」 (『第

3 9

巻 晋世家』)とな って い る.

[巣] は以上 の語形調査で 『史記』 に はま った く使 われていないことが分か ったので, ここで司馬遷 は 史実 として 『左伝』 の記述 を参考 に して も,語嚢選 択 においては自分 自身 の言語習慣 に したがい, 自分 の使用語嚢 の レパー トリーに基づ いて書 き直 した こ とが は っき り分 か る. この意 味 に お いて,

3 8

の (死亡)異形 は司馬遷 自身 の使用言語 として信用す ることに問題 はないだろう.

次 に

3 8

の異形 の文字数 (昔節数) によ って

4

つ のグループに分 け, それぞれの延べ使用数を調べる.

表 1の調査で, [卒,死,舞,崩]が

3 8

の異形 の 中で,使用頻度が圧倒的に高 い表現であることが分 か る.使用率が もっとも高 いこの

4

つの異形が全部

『礼記』 の記述 に含 まれたので

,

『礼記』 は, [不禄]

の疑問をのぞけば,(死亡) の さまざ まな異形 の中 で もっとも代表的な表現 を規範 と して定 めた ことが 明 らかである.

3 . 2

意味的特徴

3 8

の異形 に現れた もっとも顕著 な意味 的特徴 は, [死] 以外 の異形 がすべ て多義 的 な表現 で, そ の

「死ぬ」 とい う意味 は本来 の一次 的 な意 味 か ら派生 表 1 異形の延べ使用数

一字 卒 死 尭 崩 終 没 亡 故 夫 役 喪 偵 院

延べ使用数

1 1 0 7 1 01 1 31 5 2 3 4 1 0 1 0 7 2 3 1 1 1 1 1 1

字 百歳 没世 物故 寿終 万歳 千秋 没歯 物身 万世 棄損 下席

延べ使用数

5 3 2 2 2 1 1 1 1 1 1

棄群臣 填溝墾 天年終 指館舎 指賓客 山陵崩 不立朝

延べ使用数

2 2 2 2 1 1 1

四字 宮車妻駕 千秋万歳 登仙干天 天年下世 天崩地蛎

‑ 35‑

(4)

社会言語科学 5巻第2

された

2

次的な意味 または含意 に属す るとい うこと である. たとえば, [崩] はその基本 的 な意 味 と し て

(山が)崩 れ る」 ことを表す動詞で

,

『史記』 に

「栗山崩」 などの記述があるよ うに, 当時 その

1

次 的な意味 として も使われていた. この ことか ら (死 亡) の異形 と しての [崩] は

,

「山が崩 れ る」 とい うメタファーによって形成 した派生的意味であるこ とが容易 に想像で きる. そ して, [棄群 臣], [不立 朝] などのよ うな句表現 も一種のメタファーで,文 字通 りにはあ くまで も 「臣下をすてる」

,

「朝政を休 む」 とい う意味で,「死 ぬ」 とい う意 味 はその

2

次 的含意 に属す るものである.

個 々の異形表現 には

,

「死 ぬ」 とい う意 味以外 に 次のよ うな多義的特徴が見 られ る.

(D崩れ る : [崩,山陵崩] は山が崩れ ることを, [勇] は山が崩れ る場合のような大 きな音 を, [天崩 地蛎] は天が崩れ地が裂 け落 ちることを, それぞれ

1

次的な意味 と して表 している. いずれ もとん だ災 難が起 きることか ら 「死」 に転意 したと思われ る.

②落 ちる : [隈,質,債] などは,1次 的 には星 などが空か ら落 ちることを意味す るが,天上 の星が 地上 の人間の魂 と対応 し,星が

1

つ落 ちると地上 に 人間が

1

人死 ぬ とい う民間信仰か ら死 を意味す るよ

うにな ったと思われ る.

③折れ る,中断す る : [天,殊] はある状態が途 中で中断す る意味か ら死 に転意 した.

(参無 くなる,消え る : [没,没 (歯), 投, 故, 喪,亡,物故,吻身] などは,無 くなる,消え る, 逃 げるなどいずれ も視界か ら遠 ざか り見えな くなる

とい う意味か ら 「死」 に転意 したものである.

⑤終 わ る : [卒,終,寿終,天年終] などはある 出来事 や期間が終了す る意味か ら 「死」に転意 した.

⑥長生 きす る : [百歳,千秋,万歳,万世,千秋 万歳] などは文字通 りには長 くまたは永遠 に生 き続 けることを意味す るが,①〜⑤が 「死」 とい う生命 活動が停止す る現象 を空間 と時間の現象 を通 して捉 えているのに対 して,⑥ は死 を生 の持続現象 として 捉 えている. このよ うに表現す ることは [死]が持 つマイナスの意味を和 らげる効果 を持 っている.

⑦生 きた人 間 の行為 : [棄指 (す て る), 下 席

(皇帝が退席す る),不立朝 (朝政 を休 む), 棄群 臣 (臣下 たちをすて る),指館舎 (官舎 をすて る), 指 賓客 (賓客をすて る),宮車宴駕 (御車が遅れ る

) ]

などは, いずれ も生 きた人間の意志 による行為 と し て表現 してい る. これ らの表現 は, ただ消極 的 に [死] とい う表現 を避 けるのではな く, あたか もそ の人がまだ生 きているかのよ うに表現 している. こ のように表現す るのは (死亡) とい う命題的意味を 伝 えると同時 に,最大限 に不吉 な出来事への連想 を 避 け,死 のマイナスイメージを極力軽減す る効果が ある.

⑧神 となる : [登仙干天] は神 とな って天 に昇 る ことを意味 し,神仙思想がはや る漢武帝時代の世相, 宗教観 を反映 している.

⑨土 とな る : [填溝

墾 ]

(溝 を埋 め る) は, 死者 を,溝を埋 める土 にたとえ,価値 のない もののよ う に表現 している.

3 8

の異形 中唯一 マイナスの価値 含意 を持っ謙譲表現である.

4 .

社会的階層の分析

『史記』 は,先史 の五帝時代か ら漠王朝の武帝時 代 (紀元前2世紀頃) までの約 3千年の歴史を綴 っ た ものである. その間に夏 (前

2 1

世紀 〜 前

1 6

世 紀),商 (段,前

1 6

世紀〜前

1 0 6 6 )

,西周 (前

1 0 6 6

‑前

7 7 1 )

,東周 (春秋戦 国, 前

7 7 0

‑前

2 2

1), 秦 (前

2 2 1

‑前

2 0 6 )

などの時代が移 り変わ っている.

古代中国の社会構造や官職制度,官職名 は各時代 に よって大 きく変化 したため

,

『史記』 に現 れ た さま ざまな人物 の身分 も,正確 にはそれぞれの時代や国 の身分制度 の中で相対的に判断 しなければならない.

しか し,各時代 や地域 の身分 の対応関係 を見 るため には統一 した基本的枠組みが必要で あ る. 『礼記』

では,古代中国社会の身分階級 を特定 の地域や時代 を超えて基本的に 「天子,諸侯,大夫,士,庶人」

5

つの クラスに区分 されている. ここでは,古代 中国社会 における基本的な身分構造 に着 目 し,特定 の時代 や地域 によ る官職名 の変化 に と らわ れず ,

(死亡) のさまざまな異形が使われた者 の身分階級 について

,

皇帝層,皇族層,諸侯 王層, 王族層,

‑ 3 6‑

(5)

彰国躍 :古代 中国語 におけ る<死亡> の社会的変異

大臣層,仕官層,庶民層」 の

7

つの層 に分 けて整理 す る.「皇族層」 と 「王族層」以外 は基本 的 に 『礼 記』 の

5

つの階層 に相当す るが

,

「皇族層」 と 「王 族層」 を設 けたのは

,

『史記』 の中で (死亡) の異 形が使われた者 に5つの階層 に簡単 に納 ま らない皇 帝の親族や諸侯王の親族が多 く含まれたためである.

以下各階層 の定義 と内容 について説明す る.

皇帝層 :古代中国の歴代最高支配者 を指 す. 『史 記』では最高支配者 に対 して,先史時代や夏商時代 には 「帝」,周王朝では 「(周)王,天子」, 秦, 漢 王朝では 「皇帝,皇,天子」 などと時代 によって異 なる呼び方 を しているが, ここでは,漢王朝 までの 歴代最高支配者 をまとめて 「皇帝層」 とす る.

皇族層 :歴代最高支配者 (帝,天子,皇帝 など) の配偶者や直系親族 を指す.皇族であ りなが ら他 の 官職 についている者 は (死亡) の異形が使われた時 の記述 内容 に したが う.

諸侯王層 :皇帝層以外 に, それぞれ国土 と臣民 を 持つ王の身分の者 を指す. これ らの人 々に対 して時 代 や地域 によって 「公, 王, 国君, 諸侯王, 軍手 (旬奴王)」 などさまざまな呼び方があるが, ここで はこれ らをまとめて 「諸侯王層」 と呼ぶ.そ して,

「諸侯王層」の時代 によ る内訳 と して, 夏商 まで は

「族首」, (西 ・東) 周王朝 は 「国君」, 秦 ・漢朝 は

「諸侯王」 とそれぞれ区別 して記す.(秦 は諸侯 を封 じる制度 をやめたので事実上 はなか った.)

王族層 :諸侯王層 の配偶者や直系親族 を指す.皇 族層 と同様,王族であ りなが ら他の官職 につ いた人 は (死亡) の異形が使われた時の記述内容 に したが

う.

大臣層 :「卿,大夫,相,丞相,御史大夫,相国, 宰相」 など皇帝や諸侯王を補佐す る大臣 クラスの上 層官僚や 「牒騎大将軍」 などのよ うな上級将軍, そ して漢王朝か ら 「侯」 の爵位 を授けられた者を指す.

「大臣層」 の中で皇帝層 に仕え る者 と諸侯 王層 に仕 え る者 との間に身分差が見 られ るが,諸侯王層 に仕 える者 の大半 は周王朝各国の大臣で,皇帝層 に仕 え る者 の大半 は秦 ・漠時代の大臣で,それぞれ単純 に 上下関係 をっ け る ことがで きな いので, ここで は

「大 臣層」 として1つにまとめた.

仕官層 ‥中下層官吏,一般貴族,学者文人を指す.

学者文人 を この層 に入れたのは,古代中国社会 にお いて学者文人 は事実上何 らかな文官職 についたケー スが多 いか らである.

庶民層 :医師,道士,遊侠,勇士,芸人 など上 の 階層 に入 らない人 々を指す.

5 .

異形の社会的階層分布

以下,(死亡) の各異形が使 われ た対象者 の人数 とその社会的分布状況 につ いて調べ る.各異形 の延 べ使用数 ではな く,対象者 の人数 を調べ るのは,対 象人物が話題 に登場す る回数 による偶然性を排除 し, 各異形 と社会的身分の関係 をクローズア ップす るこ

とがで きるためである.つまりこの調査では,同一 の異形が同一人物 に

2

回以上使 われて も

「 1

人」 と 計算 し

,1

人 の人物 に対 して

2

つ以上 の異形 が使 わ れた場合 には,各異形 のところでそれぞれ 1人 と計 算す る. たとえば,秦 の始皇帝 に対 して [崩]が延 べ13回, [死]が2回, [没] が1回 それぞれ使 わ れたが, [崩] [死] [没] の 「皇帝層」 にそれぞれ

1人 と計算す る.

ここでは 『史記』 の中で延べ使用数 が3桁以上現 れ

,

『礼記』 にも記述 された4つの異形 [崩, 亮, 卒,死] を中心 に各異形 の社会的階層 の分布状況 に ついて調べ る.

5 .1

[崩]

『史記』 における [崩] の使用対象 は,表

2

が示 す ように

8 9

人中

8 3

( 9 3 . 3 %)

が皇帝層 に集 中 し ている. この調査 によ り,『礼記』 の 「天子 日崩」

という記述内容 は 『史記』 における [崩] の運用実 態 とはぼ一致 していることが分か る.そ して同時に,

この調査で [崩]が皇帝層以外 の人物 に対 して も使 われたとい う6.7%の例外現象 の存在 も確認 された.

この例外現象 の具体的な条件 を見 るため に, [崩]

が使われたすべての人物 リス トを提示す る.

表3の リス トで, [崩]が使 われた 「皇帝層」(帝, 周王,皇帝)以外 の人物 は,すべて秦 と漢 の時代,

しか も皇帝 の父母 (太上皇,皇太后) に限 られ,時

ー3 7‑

(6)

社会言語科学 第5巻第 2号

2

[崩] の社会的階層分布

計 皇帝層 皇族層 諸侯層 王族層 大 臣層 仕官層 庶民層

89人 83(93.3%) 6(6.7%)

0 0 0 0 0

内訳 帝 周王 皇帝 皇太后 太上皇

表3 [崩] の使用対象

先史

商 帝 (47人) 黄帝,瑞項,帝告,尭,蘇, 寓,杏,太康, 中康,相,少康,予,梶,己 他 不降,局,崖,孔 甲,秦,零,湯,外丙, 中壬,太宗,沃丁,小 甲,薙己, 中 宗,仲丁,外壬,河室 甲,祖 乙,祖辛,沃 甲,南庚,陽甲,盤庚,中辛,小乙 武丁,祖庚, 甲,康幸,庚丁,太丁,乙

西周

周王 (29人) 文王,武王,成王,穆王,共王,訟王,孝王,夷王,宣王,平王,桓王,庄王,産王,恵王,裏王,頃王,匡王,定王,簡王,霊王,景王,敬王,元王,考王,

東周 威烈王,安王,烈王,覇王,慎親王

漢 皇帝 (7人) 秦始皇帝,漢高祖,孝恵帝,孝文帝,孝景帝,孝武帝,孝昭帝 皇太后 (5人) 秦始皇帝母太后,漢 呂太后,漢賓太后,漢薄太后,漢王太后

代 や親族関係 において はっきり限定 されていること が分 か る. そ して,漢高祖太上皇,秦始皇帝母太后 のよ うな初代皇帝 の父母 も息子 が皇帝 にな ってか ら 亡 くな った場合 には [崩] が使われ るとい う事実 が 判 明 した.後 ほどに も触 れ るよ うに,秦始皇帝 の父 にあた る秦荘裏王 は息子 が皇帝 になる前 に亡 くな っ たので [崩] は適用 されなか った.

5.2 [藁]

[尭] の階層分布 (表4)を見 ると, その使 用対 象 は 「諸侯王層」 を中心、に,「皇族 層」 か ら 「大 臣 層」 までの間 に分布 し

,

「皇 帝層」 と 「仕 官層」,

「庶民層」 に対 してはま った く使 われ て いな い こと が 分 か る. [尭 ] の 使 用 対 象 148人 中 ,91人

( 61. 5%)

が 「諸侯王層」 に属す ることや,「仕官層」

以下 に使 われない ことか ら, その使用領域 は [崩]

ほど明確 で はないが,皇帝 に次 ぐ高 い身分 の者 に対 して使 うとい う意味で

,

『礼記』 にお け る [尭] の 位置づ けをある程度反映 していると言 え る.

[尭] が使 われた対象者 (148人) の中 で周朝 時 代 の人物 は14カ国 (栄,斉,普,鄭,魯,秦,秦 , 楚,管,衛,陳,燕,呉,鶴 ) 中 の46人 の国君 と

1

人 の大 臣 (燕国の相) で, それ以外 はすべ て秦 ・ 漠時代 の人物 である. [夷] の指示対 象 に は周 朝 以 後 の人物 にかたよるとい う時代 的特徴 が見 られ る.

この特徴 は後 の [卒] と比較 す ると一層 はっきりし て くる.

5 . 3

[卒]

『礼記』 で は 「大夫 日卒」 と記 しているが, 表5 の調査 で は, [卒] はむ しろ 「諸侯王層」 (73.8%) に もっとも集 中的 に分布 している. [卒] は, 同 じ

「諸侯王層」を中心 に分布 している [莞] と使用領域 が大 き く重 な り,両者 の問 に 『礼記』 が記述 したよ うな はっきりした身分差 は見 られない.表

4

で [夷]

が 「仕官層」以下 の身分 にま った く使 われていない のに対 して,表

5

で は [卒] が 「仕官層」以下 の者 に も使 われ て い る. この意 味 にお いて, [尭 ] が [卒] よ り身分 の高 い人 に使 うとい う 『礼 記』 の位 置づ けに肯 けな くもないが, [卒] の運 用全 体 か ら 見 ると, その使用対象 の社会的身分 において 「皇族 層」 か ら 「庶民層」 まで幅広 く分布 し,時代的 に も 先史 (族首) か ら漢王朝 までを カバ ー し, (死亡 ) 異形 の中で丁寧 な表現 と して一般化す る傾 向が見 ら

38‑

(7)

彰国躍 :古代中国語における<死亡>の社会的変異

4

[亮]の社会的階層分布

計 皇帝層 皇族層 諸侯王層 王族層 大臣層 仕官層 庶民層

148人

0

3(2%) 91(61.5%) 9(6.1%) .45(30.4%)

0 0

内訳 皇太后 皇太子 公主 国君 諸侯王 王太后 王子 侯 相卿

5

[卒]の社会的階層分布

皇帝層 皇族層 諸侯王層 王族層 大臣層 仕官層 庶民層

600 0 8(1.3%) 443(73.8%) 13(2.2%) 122(20.3%) 12(2%) 2(0.3%)

内訳 皇后 妃 皇太子 族首 国君 諸侯王 太后 王后妃 太公子 親王 侯 相卿 大夫 将軍 官吏 学者 俳優 道士

れ る.

[卒]が丁寧 な表現 と して一般化す る傾向につい て,具体的なケースとして孔子 の死への言及 を調べ てみ る. 孔子 は, 52才 の時 に一 時期 魯 国 の官 職 (委更,栗 田) に勤 めた以外 は,74才で亡 くな るま で, ほとん ど学者 と して古籍整理 や教育,遊説 に生 涯 を費や した. その孔子 の死 について 『史記』 では 18回言及 したが, その うち [卒] が15回, [没]

が2回, [死]が1回それぞれ使 われた. 司馬遷 は

『第47巻 孔子世 家』 の中で孔子 の 出身 につ いて

「布衣」 (平民) と称 した.宮崎 (1996:38)も指摘 したよ うに,一介 の平民 出身 の学者 が 『史記』 の

「世家」編 の中で諸侯王や歴代名相 な どと肩 を並 べ るのは破格の扱 いである.司馬遷 は 『第130巻 太 史公 自序』 の中で孔子 を称 え,周公 と並んで500年 に 1人 しか出ないほどの 「至聖」 として敬意 を表 し たが, このような人物 の死 についてお もに [卒]が 使われた とい うことは, [卒]が [崩] と [亮] に 比べて身分制約がゆるく,高 く評価す る人物 を, そ の身分階層 にかかわ らず丁寧 に遇す ることがで きる ことばで あ ることが明 らかで あ る. 王 力 (1985:

148)では, [卒] は東周時代 にも大夫だけでな く諸 侯 にも使 われた りす ることがあるが,唐代 になると その身分制約がいっそ うゆる くなったと指摘 してい るが, この調査では、漢代 において [卒]がすでに 身分 に直結す る絶対敬語 の色合 いが薄れ丁寧 な異形 と して一般化す る傾向が はっきりしていた ことが分

か る。

[卒] と [莞] の使用対象 の身分が重 なる現象 は いったい何 を意味す るのか,それが同一人物 に使わ れたのか, それ とも人 によ ってあるいは細かい身分 条件 によって使 い分 け られていたのか, これ らの問 題 を検証す るために, [卒] と [尭] が使 われ た周 朝の14カ国の君 とその死亡年 をすべて調べてみ る.

6

はその調査結果 を示す ものである.表中, [卒]

しか使 われていない国 は省略す る.下 に直線 が付 い た者 には [卒] と [尭]が両方使 われ,波線が付 い た者 には [尭] だけが使 われ,残 り全員 は [卒] だ けが使 われた者である.括弧内は没年 , (?) は世 代関係 は分か るが,具体的な没年が不詳であること を意味す る.表

6

の調査で次のよ うな ことが判明 し た.

(丑 [尭] と [卒]が同一人物 に重複 して使 われ る 現象が はっきり確認 された. [舞] と [卒] は対象 の身分が ダブるだけで はな く, [尭] が使 われ た国 君46人中44人 に対 して [卒] も使 われている. そ して個 々の表現 スタイルや文脈条件 などを見 ると, その使 い分 けを動機づ けるような社会的 または修辞 的特徴が見 られない. た とえば,

燕王武公 の死 について,

「十九 (年)武公

費 」

14巻 十二諸侯年表』

「武公十九年卒,子恵公立

『第34巻 燕召公世 家』

魂安産王の死 について,

‑ 39‑

(8)

社会言語科学 5巻第2

6

[卒] [亮]使用の国君 リス ト

時 代

(106西周6‑前771) 春秋 (770‑前47東 閤 (6)770‑前221) 戦国 (前475‑前221)

太伯(?)仲旋 (?)季節 (?) 禽 処(?)轄 (?)頗高 (?)句 卑(?)去 斉 (?) 逮 (?)周章(?)熊遂(?)

棉 (?)(?)河鹿 (?)(?)夷吾鑑 嶋夷(?)周蕗 (?)(?)余橋疑吾屈羽 寿 夢(前 561)諸契 (前548)余祭 (531)余昧 (526) 曹叔(?)太伯(?)仲宮伯 (?)孝 伯 (?)夷伯 (君(?) 恵伯 (麓公 (766602))搾公 (昭公(?)共公(757)桓公(6178)文公(02)荘公(前657195)) 835)戴伯 (796) 産 生上502)宣公 (塾 ̲堕旦 武公 (578) 528)平公 (524)靖公 (

者庚(841)澄庚 (823) 文集 (746)部族(718)武公 (677)献公( 定公 (475)京公 (452)烈公 ( 献侯 (812)謬侯 (785) 6(51)恵公 (526)景公(塁 生(前 56塾 亘主3781)文公()壁前 6(258)蕪公(58)平公(前562132))盛盆昭公 389)孝公 (377)

鄭伯(?) 武公(公 (簡公 (前 586537)悼公(440))荘公(定公 (58755101)成 公(7))助 公(?)文公 (献公 (前57510)1荘公()前 5625)e6) 声公 (464)共公 (427)

教 子開 (?)微 仲(?)丁公申(?)蒋 公(?)(?)公稽 戴公 (720)荘公 (76前66)武公(69)垣 生迎748)宣公 (春公(前672937)謬公()成公 ( 悼公 (370)3%)休公 (373)砕公 ( (?)麓公 (831)壷塾遊 620)文公 (589)共公 (576)空生 垣亘̲ 元公

800)哀公 (800) (517)景公 (452)昭公 (404)

(?)伯 荒 (?)宮侯 (?) 蛮族 (前762)共侯 (760)載疾 (750)宣挨 (715) 成侯 (472)声侯 (457)元侯 ( 笑(?)武侯(?)夷侯(?) 桓庚 (悼侯 (前651959))揮侯 (前644)荘侯 (612)平庚 (522) 451)

召公(79(?)1)恵侯 (827)荘侯 頃侯 (宣庚(前766978))桓侯 (哀侯 (前7656)9鄭侯 (1)荘公 (前729)6搾挨 (58)襲公 (前711) 献 公(434)滑公(465)孝公 (403)並公(前 450)成公 (373)易王 618)桓公 (602)宣公(587)昭公 (574)̲塵 (321)昭王 (279)恵王(前‑272)

仝 遊 空包文公(前549)恵 公(545)平公 (前 56) 悼公(259)武威王(258)孝王 ( 公 (前493) 255)共公 (254)

伯禽(?)考公(?)楊公(?) 孝公 (前 769)愚 公(前 723)荘公 (662)楚公 ( 衷公(前 468)悼公(前 429)元公 ( 貌公(?)励 公(?)献公(?) 627) 女公(前 6m)宣公 (591)成 470)搾公 (375)共公 (355)康公 公 (826) 公 (573)嚢公 (542)昭公 (510)定公 (495) (前 344)貴公 (315)平公(295) 康叔 (?)東 伯(?)伯(?)庫伯(?)靖伯(?)考伯 (?)貞伯 武公 (669)戴公 (758)荘公 (659)成公(73前 伽 )紗公(5)宣公(700)恵 公(前 589)定公 4出公 (32)侯公(前 468)悼公(373)声公 (前 451)敬公(362)成侯 匡ー (?)頃侯(?)宜侯 (813) 退 廷ZZi献公 (544)裏公 (585)重 全 土塾.壁塾 君 ((前230)333)平庚(前 325)嗣君(283)

太公突公 ((?)?)丁公献公(?)(?)乙公 (武公 (?) 荘 公(643)童 盆塾 空 包 昭公 (731)麓 公(697)套王 (614)恵 公(前 686)桓 公(599) 平公 ((383)康公 (456)宣公 (前379)威 王(405)侯 太公320) 8795)25)文 公 (804)成 公 ( 塵 」聖2.轟公 (554)基生 土皇2 ≡ (301)

粥熊子(?)熊勇 ((?)熊渠(?)牌 紅 838)熊厳 ( 熊儀 (677)搾王 (7砿)熊 吹(614)召:王(75前 58)武王 (90)共王 (6前 5EX))文 王(60)康王 恵王 (340)懐 王 (432前 2)帝王 (96)威 王 (408)宣王 (329) 828)熊 霜 (822)熊 狗 ( (前 545)平王 (516)昭王 (前 489) 頃妻王 (前263)考烈王 (238)

8∝))熊等 (791)

孝公胡公(?)(?)慎公 (?)幽公 (申公(?)相公(?) 文公(693)宣公 (745)桓公 (648)縁 公(7前 607)利公 (32)共公 (700)61荘公 (4)̲盛塗 832)麓 公 ( 796)武 公 ( (前 569)哀公 (534)恵公 (506)懐公 (502)

781)夷公 (778)

・魂 文庚 (31(前 29)妻王 (77)安立王 (3兆)武侯 (319前 2)京 王(43)景蒋王(37前 20)恵王(96)壁宣228)

秦侯(?)公伯(?) 套公 (678)徳 公(前 766)文公 (676)童 公(71前 脱 )産 生塾 退出 成公6)寧 公(前 704)武公( 席共公 ((前415)献公 (443)簡公 (前362)孝公 (425)霊公338) (前 6u)康公(前 00功 共公 (前 恥 生)桓公 (576) 墓 室風 量と旦武王 (307)王(前

公 (537)哀公 (501)恵公 (491)悼 公(477) 251)孝文王 (250)荘碁王 (247) 86人 (うち 1人) 153人 (うち 1人,36人) 72人 (うち 1人 8人)

‑ 4 0‑

(9)

彰国躍 =古代中国語における<死亡>の社会的変異

表7 [死]の社会的階層分布

皇帝層 皇族層 諸侯王層 王族層 大 臣層 仕官層 庶民層

352人4(1.1%) 14(3.9%) 73(20.7%) 27(7.7%) 85(24.1%) 119(33.8%) 30(8.5%) 内訳 帝 皇帝 皇太后 皇后 妃 太公子 国君 諸侯王 太后 王后 妃 太公子 酋長 大 臣 侯 官吏 領袖 貴族 学者

表8 [死]の庶民層の内訳

内訳 遊侠 勇士 医師 仕女 大夫以下 の親族 その他

「其歳,魂安産王亦尭」 『第

7

7巻 魂公子列侍』

「三十四年,安産王卒」 『第44巻 魂世家』

[夷] と [卒] は, ある程度任意 に選択 され,両 者 の問に一種の自由変異

( f r e eva r i at i o n)

の現象 が発生 した可能性が高 い. この問題 につ いて次節で

さ らに議論す る.

(参 [卒]が周王朝全体 に分布 しているのに対 して, [尭] はお もに東周 の春秋時代以降 に分布 して い る 姿がはっきり見て取れる. [莞] が使 われ た もっと も古 い人物 は西周末期の宋恵公 (前800)で, 没年 不詳 の西周前 ・中期 の者 には [尭] はまった く使わ れていない.表

6

により [尭] の運用 には対象者 の 身分要素 だけでな く,時代 の新旧要素なども大 きく 関与 した ことが一層明 らかにな った.

5.4 [死]

7

では [死]がすべての階層 に分布 している現 象が観察 される. [死] と他 の異形 [崩, 秦, 卒]

との問に単純 に身分階級 だけで使 い分 け られたわけ ではない ことが この調査で分か った. [死] が広範 囲 に分布 していることについて次のようない くつか の要因が考 え られ る.

① 『礼記』 の 「土 日不禄」 に したがえば,「仕官 層」 は [不禄] が使われたはずの領域である. しか し,表

7

の調査結果 を見 ると 「仕官層」 には [死]

が もっとも多 く使われた領域 (119人33.8%)となっ ている. この現象 につ いて次の

2

つの視点か ら解釈 す ることができる.

まず,適時的に見て,『礼記』 は 『礼経』(孔子編,

現在散逸) を解説す るために書 かれた一面があるの で, その記述 「天子死 目崩,諸侯 日舞,大夫日卒, 土 日不禄,庶人 日死」 は周王朝時代の言語習慣 に基 づいた可能性がある.かつて周王朝 において このよ うな身分構造 と言語表現 との対応関係が存在 してい たと した ら,司馬遷が 『史記』 を執筆 した漠王朝時 代 になると, その対応関係が大 きく崩れ,各異形 の 間 に領域再分配 が行 なわれ, 前節 で見 た よ うに, [尭] と [卒] の間 に対象 の時代 によ る差 や 自由変 異が現われ ると同時 に, [死] と [不禄] の間 に も 領域争 いが発生 し, その結果, [不禄] が完 敗 し,

[死]が 「士」 の身分 にまで進 出 しその領域 を併合 したと見 ることがで きる. [不禄] が [死] に取 っ て代 わ られた原因について,周王朝が諸侯国の連合 体であ り,各諸侯国の中で士 と庶民の身分 がはっき り区別 され る必要があ ったが, 巨大 な統一国家漠王 朝の誕生 によ り身分構造が大 きく変わ り下級 の官吏

「士」 と庶民 の区別が 目立 たな くな り,(死亡) の異 形 によって表現 し分 ける必要性が薄れた と解釈す る ことがで きる.『唐書 ・百官志』 にお いて官吏 の死 につ いて 「二品以上称夷,五品以上称卒, 自六品達 於庶人称死」 (二品以上の官吏 は 「尭」,五品以上 は

「卒」,六品以下 か ら庶民 まで は 「死」 と称 す る) (王1985:148)と規定 して い る こ とか ら, 異 形 [不禄] の退廃がその後定着 した と見 る ことがで き

そして,共時的に見て,言語規範 は,

Wa r dha ugh

, R (1992:30)が指摘 した よ うに

,

「その言語 の使 用者が観察 された行動 と実際 に一致す るもの とい う ー 41‑

(10)

社会言語科学 5巻第2

よ りはむ しろ,かれ らがあこがれることを要請 され ているものなのである」 (和訳本 :

4

1). 『礼記』 が 示 した身分 と異形 の対応関係 について も, それは古 代中国語 の標準変種 「雅言」 の社会的規範 を示 した もので,儒教倫理観 に基づ く一種の理想化 された言 語運用 モデル と見 る ことがで きる. 「仕官 層 」 に

[死] が使われ るとい う今回の調査結果 は, 当時 の 言語運用の理想 モデル と言語運用の現実 との間のず れを示 した ものと解釈す ることがで きる.

(卦次 に, [崩] が使 われ るはずの 「皇帝層 」 に [死]が使 われた要因につ いて考えよう. [死]が使 われた皇帝層の人物 は,夏王朝では 「

」, 商王朝 では 「武乙,

」,秦王朝では 「秦始皇帝」 の4人 である.「柴」 と 「武乙,紺」 には [死] しか使 わ れていないが,秦始皇帝 には [崩] も使われている.

この4人 は歴史上暴君 と伝え られた人物であるが,

『史記』 では 「巽,武乙,村」 につ いて は民衆 を残 害 し天神 を冒涜す る邪悪 な人間 として描かれている が,始皇帝 につ いてはその凶暴 な側面 と歴史的功績 の両面がつづ られている.秦始皇帝 に対す る [死]

の使用 は

2

回だけである.

1

回 は限石 に きざまれ た ことば 「始皇帝死而分地」, もう

1

回 はあ る道士 の 予言 の ことば 「今主龍死」であるが

,2

回 と も 『第 6巻 秦姶皇本紀』 の中で始皇帝在位 当時 の人 び と が彼の死 をのろった ことばを引用 した ものである.

一方,始皇帝 に対す る [崩] の使用 は

1 3

回現 れ, いずれ も 「始皇帝五十年而崩」 (『第

5

巻 秦本紀

』 )

,

「始皇帝至沙丘崩」 (『第

8 8

巻 蒙括列伝

』 )

などの よ うに, その死 の事実を述べ ることばである. この

4

人以外 の皇帝層 の人物 に対 して [死]がまった く使 われていないことを考えると,「柴, 武 乙, 紺」 に 対す る [死] の使用 は明 らかに司馬遷 の評価的,待 遇的態度 に基づいた もので,秦始皇帝に対する

[ 死]

の使用 は,他者 の ことばを引用す るとい う間接的な もので はあるが, ある程度司馬遷が当時の人 びとが 始皇帝 に対す る憎悪 の態度 を異形 [死]が持っ待遇 的効果 を通 して反映 させたと見 ることがで きる.

唐代 の孔頴達 (7世紀) は

,

『礼記正義』 にお い て 『礼記』 の記述 「天子死目崩‑庶人日死」 につい て,「諸侯卑死不得効崩之形」 (諸侯 は天子 より身分

が卑 しいので天子 と同 じよ うに 「崩」 を使 うことは で きない),「大夫是有徳之位‑故 日卒也」 (大夫 は 徳がある立場 なので‑ 「卒」 と言 う),「庶人極膿 ‑ 故日死」 (庶民 はもっとも卑購 な身分 なので‑ 「死」

と言 う) (上海古籍 出版社

1 9 9 0:9 8 )

などと疏注 し, 異形 の使 い分 けを対象者 の尊卑 ・貴賎 や徳 の有無 な

どの倫理性 に関連 づ けて解釈 して い る. しか し,

「架,武乙,村」 などのよ うに高 い身分 を有 しなが ら徳 を備わ らず民 に尊 ばれない者がいれば,身分 と 倫理的評価 との間 に一種の矛盾が生 じて くる. 『史 記』 の運用実態を見 ると, このような場合,司馬還 は身分 とい う単一要素 による機械的な適用をせず, その人が身分相応 の徳や民心 を得ていたか どうか と いう倫理評価 の基準 を優先 させた ことが明 らかであ る. このよ うな言語運用法 は当時一般 の, あるいは 司馬遷 自身 の歴史観,価値観 に影響 された もので, 孔子がかって魯国の歴史を編纂 した時に使 った 「春 秋筆法」 と言 われ る対人評価法 にあい通 じるもので

ある.

③ [死]が幅広 く分布 しているもう1つの原因は, [死] は

3 . 2

の意味分析で指摘 したように

3 8

の異形 の中で唯一,死 を派生的な意味 と してで はな く, 1 次的な意味 として表す表現であ り,「庶人」 とい う 身分属性を指標す るだけでな く, (死亡)変項 の基 本形であることと深 く関係 している. [死] が暴君 に対 して使 われ る事実 と,「天子死 目崩」 の 中 の [死] の使 い方 のよ うに不特定 の人物 や動物 な どに 対 して使われ るとい う事実 とを合わせて考え ると, [死]が各異形 の中で もっとも基本 的 な表現 で, 異 形選択 の社会的身分条件 などが機能 しない場合 には [死] とい う基本形 にもどるとい う言語運用上 の ダ イナ ミックな一面が見えて くる.

(彰 [死] が幅広 く分布 して い る4つ 目の要因 は [死] と [卒], [尭] の間に起 きた 自由変異 とい う 現象 にある. 自由変異 とは, ある目的によ って使 い 分 け られず,特別 な意義 を持 たない無規則 な変異現 象 の ことを言 う

( Wa r d h a u g h1 9 8 6:1 3 8 ,S p o l s k y

,

B1 9 9 8:1 2 2 ) .

つ まり,同一文脈 において同一言語 変項 に属す る複数 の異形が どち らも可能な選択肢 と して現れ うる場合 の変異現象 の ことを言 う. その現

‑ 4 2‑

(11)

彰国躍 :古代中国語 における<死亡>の社会的変異

9

[死] と [亮] [卒] の自由変異

[死] と [卒] [死] と [尭] [死] と [莞] と [卒]

秦嚢公斉献公 ((前 776761前),荘公 (),文公 (前 7前167)3, 恵王 (1),桓公 (前 4前96413), 武公 (),景公 (前 3前40970))// 陳懐公 (前502)

戟 燕昭王 (前 279)/楚平王 (前 516),懐王 (前 296),晋哀公 (前 452)/ 秦荘裏王 (前247) 国 宋嚢公 (前637)/呉王諸契 (前548),余祭 (前526)

象 を確 かめ るために, [死] と [夷] [卒] が重 な っ て使 われた 「諸侯王層」 の人物 とその死亡年 を調 べ てみ る.表9はその結果である.

二重使用 の現象 は [卒] と [死] の間 に もっとも 顕著 に見 られ る. このよ うな変異 に規則性が あるか ど うかをみ るために, 同一人物 に複数異形 が使 われ た場合 の文脈条件 を見てみよ う.以下 は [亮] [卒]

[死] が使 われた秦荘裏王 (秦始 皇 帝 の父) につ い ての記述例 (全4例) である.

・荘重王即位三年,亮,太子政 為 王. 『第85巻 呂 不孝列伝』

・十六年,秦荘裏王卒,秦王趨 政立 . 『第40巻 楚 世家』

・五月丙午,荘裏王卒,子政立.『第5巻 秦本紀』

・年十三歳,荘裏王死,改代立為秦王.『第6巻 秦 始皇本紀』

以上 の用例 をみ ると, [莞] [卒] [死] は秦 荘嚢 王 とい う同一人物 に対 して ほとん どま った く同 じ文 脈 の中で使 われていることが分か る. この変異現象 につ いて,社会的 または文体的,修辞 的 に解釈す る ことはほ とん ど無理 で あ る. 前 節表6で見 られ る [卒] と [莞] の二重使用 を含 めて,(死亡) の各異 形 の間 に真 の意味での 自由変異 が存在す ることは明 らかで ある. もちろん, 自由変異 とは言 って も,完 全 に無制限,無条件 に自由 とい うわけではない. こ こで はさ らに自由変異 を 「体系的,組織的な もの」

と 「個別的,偶発的 な もの」 とに分 けることがで き る.表

6

に見 られ る [夷] と [卒] の間の 自由変異 と,表9に見 られ る [死] と [卒] の問の自由変 異 はいずれ も東周時代 (前770‑前221) の国君 に集 中 して現 われている. これは司馬遷の時代において, [莞] と [卒] の社会 的意味や指 示対 象領域 が あ い まいにな り

,5 ,6

百 年前 の人 物 に対 す る司馬 遷 の

対人評価 の意識 がゆれた結果 と見 ることがで きる.

一方,秦 の荘嚢王や漢 の厚東康王,梁懐王 のよ うに 限 られた指示対象 にのみ現 われた 自由変異現象 は組 織的な ものよ りも個別 的,偶発 的な もの と見 ること がで きる.

『礼記』 で は 「庶人 日死」 と言 って い るが

,

『史

記』 の中で [死] が使用 された庶民層 の数 はそれ ほ ど多 くない. これ は

,

『史記』 の中 で一般 庶 民 の死 につ いての話題 その ものが少 ない ことによるもので あ る.表8を見 ると分 か るよ うに,実際 「庶民層」

の中 には

,

「遊侠

「勇士

「医師」 な ど比較 的地 位 や人気 のある者 が大半 を占め, ま った く無名 な一般 庶 民 は ほ とん ど現 れ て いな い. しか し, [死 ] が

『史記』 の中で動物 に対 して も使 われ

,4

つ の異形 の中で評価値が もっとも低 い表現 であ るとい うこと か ら, それが当時一般庶民 に対 して も使 われていた

ことは容易 に想像 で きる.

5 . 5

その他の異形

(死亡 )変項 の中で, 以上 考 察 した

4

つ の異 形 [崩,亮,卒,死]以外 の異形 と社 会 的身 分 との関 係 をまとめ ると,表10のよ うにな る. 表1で はす べての異形 の中で,延べ使用数 において

4

異形 が圧 倒 的 に多 いが,表10で は,使 用対 象 人数 にお いて もその他 の異形 は4異形 ([卒 ]600人 , [死]352 人, [尭]148人, [崩]89人) に比べて はるか に少

ない. そのため, ここで分析 の視点 をやや広 げ別 の 角度 か ら他 の異形 の運用上 の特徴 を探 ってみたい.

あ る人物 の死 につ いて,確定 の事実 と して記述 す る 場合 とその人 の死 を仮定 して言 う場合 とが考 え られ る. そ して,異形 が地 の文 に使 われた場合 と会話文 に使 われた場合 とを区別 す る ことが で き る. 表10 で は, その他 の34の異形 と社 会 的階層 との関係 を

ー 43‑

参照

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