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藤野義和著『同族による経営の維持と終焉の論理』
博士論文審査要旨 本稿の概要
本稿のリサーチクエスチョンは、「株式の所有構造が分散した大企業で、同族経営が維持 される理由は何か、また、その同族経営が終焉し専門経営者の経営に転換する理由は何か」
という問いである。
この問いをめぐって、藤野氏は、本学の修士課程で、パナソニックなどを事例とした予 備的考察を展開した。そして、本稿では、同族経営が多いとされる医薬品業界を研究対象 として、この問いのより本格的探究を試みている。
本稿実証分析の結論の要点は、第一に、グローバル化の進展が医薬品業界における同族 経営の終焉のメカニズムとして機能していること、第二に、過去に医薬品業界は数度の産 業構造の大転換を経験したが、過去の大転換は同族経営には影響を与えなかったことであ る。
これらの発見は、一見すると単純なものにみえるかもしれない。しかしそれらは、同業 界の産業史、及び、そこに所属する諸企業の膨大な企業データ(戦略、財務データ、製品 構成、経営陣の属性など)の緻密で、独自性の高い分析から導出されたものである。とり わけ、同業界の戦略グループの時系列分析や製品データの分析から同業界の競争構造を描 き出した点は特筆に値する。
そして、この実証分析は、先行研究のレビューと関連づけられ、同族経営の継続には安 定した収益基盤の存在が必要であり、また同族経営の終焉にはその破壊が関連していると いう理論的仮説が導き出される。
本稿の構成
本稿は8つの章で構成される。
第1章では、同族企業研究のレビューが行われる。
まず、そこでは、同族企業研究の諸発見には矛盾するものが多いことや、研究方法とし ても事例研究のアドホックな組み合わせが多く、体系的分析や理論的考察が欠落する傾向 があることなどが指摘される。また「同族経営の終焉」について焦点を当てた論考は、過 去の同族企業研究ではほとんど行われていないことが確認される。
一方、同族経営終焉の論理の探究の観点から注目すべきものとして、バーリ=ミーンズ とチャンドラーの研究が提示される。前者は「株式の所有構造の分散」が、後者は「階層 組織のマネジメントのスキルの必要性」が、それぞれ同族経営の終焉を説明する論理とし て解釈できることが指摘される。
2 第2章では、本稿の分析ツールが提示される。
これまでの同族企業研究の限界を乗り越えるため、一業界の多様な企業群を体系的に分 析するツールとして「戦略グループ」が採用される。「戦略グループ」とは、移動障壁によ って定義される戦略を共有する企業群を意味する、経営戦略論ではよく知られた概念であ る。「戦略グループ」を識別することで、業界内の同族企業の多様性や、同族企業と非同族 企業の差異を定量的、定性的な企業データにより分析することが可能になる、という立場 が本章で提示される。
第3章は、医薬業界に注目する前提として、わが国上場企業の株式所有構造と経営陣の 分析による企業の支配形態の歴史的推移の独自調査・分析が提示される。
そこでは、対象企業数263社の、1950年から2005年までの株式所有構造と経営陣の属 性がデータ化され、「創業者企業」、「同族企業」、「経営者企業」、「その他所有者企業」の 5 つのカテゴリーに各社が分類される。その結果、それ自体経営学において有意義な様々な 事実が確認されるが、医薬業界については、同族経営の比率が高いという常識を確認した うえで、1990年を転機として同族経営が減少しているという事実を発見し、それを本稿の 研究課題として位置づけている。
第4章は、医薬品業界を分析する前提として、医薬品の製品カテゴリーの説明とその分 析が提示されている。
医薬品が「一般医薬品」と「医療用医薬品」に区分されることは周知のことであろう。
そして、「医療用医薬品」はさらに細分化されるが、そのなかでも「新医薬品」の「新有効 成分医薬品(NCE)」が注目される。
NCEは最も新規性の高い医薬品であり、それ以外の新開発医薬品もNCEの開発成果を 応用することで実現されることが多い。また、NCE の開発は、企業が単独で行う以外に、
海外企業からの技術導入として実施される場合も多い。このようなNCEの内実を分析する ことで、個々の企業の開発能力や製品戦略の特徴が明らかになると考えられるのである。
以上のような議論を経たうえで、本章では、1970 年代から2000 年代までの業界全体と 個別企業のNCEの開発動向のデータ分析が提示される。
第5章では、医薬業界の戦略グループ分析と主要12社の事例研究が行われる。
戦略グループの識別には、売上高輸出比率と海外企業から技術導入したNCEの規模が次 元として採用され、戦略グル―プの時系列上の変化が分析される。そこでの発見は数多い が、もっとも重要なポイントは、1990年代までに売上規模で優位にあった企業群は、海外 から NCEを輸入する戦略グループにある企業であったこと、2000年代に入ると、その中 の主要企業は独自開発の医薬品を輸出する戦略グループに転換したことである。またこの ように戦略グループの移行を経た企業では同族経営が終焉し、一方、輸出比率が低く過去 から現在にわたり戦略グループに変化がみられない企業群では同族経営が継続していると いう発見がその発見と対置される。
第6章では、医薬品業界の産業史が記述され、前章の戦略グループの分析からの洞察が
3 展開される。
医薬品業界の産業史としては、そこに参加する卸、病院、薬局、海外メーカーなどのア クター、法規制(政策を含む)、技術などの歴史が記述される。そして、明治以降の医薬品 業界では、今日に至るまで5度にわたる構造的変化が起きていたことが指摘される。また、
過去4度の構造変化では同族経営には大きな影響がなかったという事実が確認される。
同族経営の終焉の論理として、構造的変化への対応が求められるとき専門経営者への移 行が必要とされるという説があるが、この事実はその説とは整合的ではない。そこから本 稿は、「グローバル化」と表現される取引構造の変化が現在の構造変化の独自性であり、そ こに同族経営の終焉の理由を解き明かす鍵があることを指摘する。同族経営を終焉させた、
独自開発の医薬品を輸出する戦略グループに属する企業群が、グローバル化の影響を最も 受けているのである。
第7章では、医薬品業で同族経営の解消が進んだ理由を整理しながら、チャンドラーの 同族経営から専門経営者への転換の論理との関連づけや同族企業研究の問題点や今後のあ るべき姿が議論される。そして最終章となる8章では、結論と課題が簡単に整理されてい る。
本稿の評価
本稿で最も評価できる点は、膨大なデータの分析により、医薬品業界の戦略グループの 歴史的推移を描き出したことである。この作業は極めて難しいものであるが、地道な試行 錯誤を繰り返すことで、学会などでも一応の評価を得る水準の分析を提示し得た点は高く 評価できる。
また、それによって、同業界において、同族経営を維持した企業群と同族経営を終焉さ せた企業群の比較から様々な仮説を導出することも可能になった点も高く評価できる。藤 野氏も指摘する通り、これまでの同族企業研究は、個別の事例研究や大まかな比較による ものが大半であったが、医薬品業界の産業史と戦略グループの分析を組み合わせることで、
本稿はこれまでの同族研究にはない緻密な分析のためのモデルを提示し得ている。
一方、本稿には改善の余地も残される。論理展開をさらに明確にするためには、同族経 営と家制度の関係や各国独自の企業制度の影響などについてのレビューを追加し、それを リサーチクエスチョンと関連づけることが望ましい。また医薬品業界の個別企業の事例分 析をより深く掘り下げることも今後の課題であろう。また、同族企業の継続や終焉の論理 についての結論はより明確に説明される必要がある。
しかしこのような課題は今後の藤野氏の研究課題となるものであり、それが論文の価値 を損なうようなものではない。本稿は、博士論文としては十分に合格に値する水準にあり また、藤野氏が研究者として独り立ちできる研鑽を積んできたことを示すに足るものであ る。