は じ め に
植物の種分化は昔から大きな注目を集めており、ポリ ネーターへの適応や生息地の環境への適応、倍数化など が種分化を引き起こす主要な原動力と考えられてきた (Rieseberg and Willis 2007)。しかし、動物で種分化の原 動力として重要視されている“性選択”や“性的対立” (reviewed in Ritchie 2007)を植物の研究で目にすること はほとんどない。そもそも植物では性選択や性的対立を 扱った研究そのものが、理論でも実証でも動物に比べて 非常に少ない。本稿では、種分化は生殖隔離が進化して いく過程と見なし、生殖隔離の進化を促す要因として性 選択や性的対立に注目する。まずは、昔から研究され概 念の整理も進んでいる動物について、性選択と性的対立 がどのようなものであり、生殖隔離の進化をどのように 引き起こすと考えられているのかをごく簡単に概観する。 その後、植物の繁殖過程を受粉前、受粉後受精前、受精 後の過程の三つに分けて、その順番に、植物と動物の違 いを踏まえながら、植物でも性選択と性的対立が働いて いるのか、そして、それらが生殖隔離の進化を引き起こ しうるかをみていく。
動物における性選択と性的対立と
生殖隔離の進化
性選択は主に雄間競争とメスによる配偶者選択の二つ の様式に分けられる。この様式の違いは、オスとメスで 作る配偶子に大きな違いがあることに起因している。オ スが作る精子はコストが低く大量に作られるが、メスが 作る卵はコストが高く多くは作られない。オスは交尾回 数が多くなるにつれて適応度が増えるが、メスは交尾回 数に応じて単純に適応度が増えず(Bateman 1948)、むし ろ子にまわせる資源の制約を受けることになる。この状 況下では、オスは交尾回数を増やすためにメスをめぐっ てオス同士で競争し、メスは交尾相手となるオスを選ぶ ように進化するとされている。雄間競争のもとでは競争 に関わるオスの形質だけが進化するが、配偶者選択のも とではメスに選ばれるための極端なオスの形質とその形 質を選ぶためのメスの選好性が相互作用して共進化する (reviewed in Andersson 1994)。 動物の種分化の研究では、配偶者選択によるオス形質 2008 年 10 月 1 日受付、2009 年 3 月 5 日受理 e-mail: [email protected] 現所属:京都大学生態学研究センター/チューリッヒ大学植物 生物学研究所Present Address: Center for Ecological Research, Kyoto University; Institute of Plant Biology, University of Zurich
種分化における性選択と性的対立
特 集
植物での生殖隔離の進化における性選択と性的対立の役割
安元 暁子
九州大学大学院理学研究院生物科学部門
Roles of sexual selection and sexual conflict in evolution of reproductive isolation of plants. Akiko A. Yasumoto (Department of Biology, Faculty of Sciences, Kyushu University)
要旨:植物では動物と異なり種分化の原動力として性選択や性的対立はほとんど注目されてこなかった。本稿では受粉 前、受粉後受精前、受精後の過程の順に、動物との違いや植物における性選択や性的対立についてレビューし、生殖隔 離の進化との関連について議論する。受粉前の花による生殖隔離は、性選択や性的対立ではなく、以前と異なるポリネ ーター分類群へ花が適応することにより生じやすいと考えられる。受粉後受精前の過程は性選択と性的対立が生じやす く、特に激しい性的対立のもとで、急速な生殖隔離の進化が起こりやすい可能性がある。受精後の過程は哺乳類などの 胎生の動物や子育てをする動物と良く似ており、栄養供給をめぐる性的対立がゲノムインプリンティングなどの進化を 通して生殖隔離の進化に関与したのかもしれない。 キーワード:種分化、花粉管競争、花粉と花柱や胚珠の相互作用、選択的中絶、ゲノムインプリンティング
とメスの選好性の共進化は種分化を引き起こす原動力の 一つとして扱われてきた(reviewed in Ritchie 2007)。も し異所的な集団が異なる共進化のプロセスを経たならば、 それぞれの集団で異なる繁殖形質が急速に進化し、副産 物的に集団間には生殖隔離が進化しうる。また限られた 条件下では、同所的な種分化が起きることが理論的に示 されている(reviewed in Ritchie 2007;伊藤 2009)(例: 性選択の対象となるシグナルや感覚器が生息環境への適 応と関連している場合など)。 配偶者選択が繁殖形質の急速な進化をもたらすメカニ ズムを説明した主な仮説はランナウェイ説(e.g., Lande 1981)、優良遺伝子説 (e.g., Iwasa and Pomiankowski 1991)、 感覚バイアス説(e.g., Boughman 2002)の三つである。ラ ンナウェイ説は、メスの選好の対象となるオスの形質(例: 羽の色、長い尾羽)とメスの選好性形質の二つに遺伝的 な変異を仮定する。優良遺伝子説はランナウェイ説の仮 定に加えて、遺伝的に質が良くコンディションの良いオ スだけがメスの選好の対象となるオスの形質を発現でき ると仮定する。どちらの説でも、メスに選好される形質 を持つオスとその形質を選好するメスは交尾しやすいた めに、メスが選好するオスの形質(例:長い尾羽)が繁 殖成功において有利となると、遺伝相関により、相関し たメスの性質(例:長い尾羽への選好性)も有利となる。 一旦、そのようなメスの性質が有利になると、オスの性 質にはますます強い選択が働き、尾羽の長さがさらに長 くなるという正のフィートバックが起こる。そのため、 オスの形質はますます極端に、極端なオス形質へのメス の選好性もますます強くなるという急速な共進化が起こ る。一方、感覚バイアス説は選好性に関わるメスの感覚(色 覚、聴覚など)が他の生態的要因などで既に進化してい ることを仮定する。例えば、透明な池で豊富な赤い餌を 主な餌としているために、赤への選好性を示す黒い魚を 考えてみよう。この魚は既に視覚を通した赤への選好性 があるため、もしオスの体色が赤みを帯びるような突然 変異が起きれば、メスは目立つ赤いオスを好むため、世 代が進むにつれ、オスの体色は黒から赤へと急速な進化 を遂げるだろう。この場合、メスの感覚形質はオスの形 質への選択圧として働き、オスの形質を急速に進化させ るが、遺伝相関の発生は必須ではない。感覚バイアス説は、 種分化の分野で最近特に注目を集めており(総説として、 木村 2009)、アフリカ産シクリッドのオスの体色とメス の視覚の事例(Seehausen et al. 2008)が特に有名である。 性選択は交配前の過程を中心に調べられてきたが交 配後の過程でも働いている。特に複数回交尾(multiple mating)が起こる場合には雄間競争と配偶者選択の場がメ スの体内にまで持ち越される。メスの体内では交配後受 精前の過程として精子競争(sperm competition)と隠れた メスの選好性(cryptic female choice: メスが特定のオスの 精子を優先的に受精に用いること)が起きている(reviewed in Birkhead and Møller 1998;Simmons 2001)。受精後の過 程でも子への世話や栄養投資に関して性選択が働いてお り、鳥類や哺乳類では母親が父親の違いに応じて子への 世話を調節することがある(Differential allocation: Sheldon 2000)。つまり交配後の過程でもメスがオスを選ぶ配偶者 選択は働いている。
性的対立(sexual conflict)は性選択の中でも、オスと メスの利害が一致しない状況を指し、配偶者選択と同様 に急速な繁殖形質の進化を引き起こしうる(reviewed in Holland and Rice 1998;Arnqvist and Rowe 2005)。そのた め、種分化の原動力の新たな候補として注目を集めてい る(Parker and Partridge 1998)。性的対立のもとにあると、 オスでは、相手メスの適応度が減少するとしても、自身 の交尾回数が増えて父性を確実にするような、メスを操 作する形質が進化すると言われている。一方、メスは交 尾回数が増えるほど、オスに操作されて不利益を被る機 会が増えて適応度が減少するため、メスでは、交尾から 受ける不利益を避けるような、オスの操作形質への対抗 形質が進化すると考えられる。例えばショウジョウバエ のオスが作る付属腺タンパク質(Accessory gland proteins: Acps)は、射精物と一緒にメスの体内へ移動した後に相 手メスの産卵を促すと同時に再交尾を抑制し、さらには 寿命を縮めてしまう(Chapman et al. 1995;Holland and Rice 1999)。交尾あたりの産卵数を増加させて他のオスと の再交尾を抑制するというオスからメスへの操作は、交 尾したオスの適応度を増加させるが、寿命の短縮により メスの生涯適応度を減少させてしまう。そして、メスは このようなオスの操作に対し対抗進化をしていることが 示唆されている(Rice 1996;Holland and Rice 1999)。
植物における性選択と性的対立と
生殖隔離の進化
受粉前の過程 〜花粉運搬をめぐる性選択と性的対立〜 花粉は小さくてコストが低く大量生産が可能で、動物 の精子に相当する。一方で胚珠は花粉に比べ大きくてコ ストが高く多くは作れず、動物の卵に相当する。したが って、花粉を通したオス機能による繁殖成功は、ポリネーターの訪花回数が多く、より多くの花粉がより多くの 花に送粉されるほど、大きくなると考えられている(菊 沢 1995;Skogsmyr and Lankinen 2002)。一方で、胚珠を 通したメス機能による繁殖成功は、受精に必要な花粉数 以上の花粉は不要で、また、種子に投資する資源量が重 要となるため、訪花回数が増えたからといって必ずしも 増加しないと考えられている(菊沢 1995;Skogsmyr and Lankinen 2002)。オス機能同士は送粉の機会を増やすため に、ポリネーターの訪花をめぐる競争関係にあり、一方、 メス機能はオス機能に比べてポリネーターを誘引する必 要性が低い(菊沢 1995;Skogsmyr and Lankinen 2002)。 つまり、植物も動物と同様に雌雄間で配偶子のコスト と最適な交尾(送粉)回数に非対称性があり(Bateman 1948)、これは性選択が生じる条件である。ただし、植物は、 動物と比べて性表現が多様であるため、性表現によって 性選択による進化的帰結が変わってくる。まずは、植物 の性表現について簡単に説明し、次に性選択の働き方に ついて概説し、受粉前の過程において、性選択による受 粉前の隔離が進化する可能性について議論する。 植物の性表現は雌雄異体の種が多数を占める動物とは 随分異なる。代表的には、一花の中に雄しべと雌しべを 持つ両性花を咲かす植物(hermaphrodite)、同じ株が単性 花である雄花と雌花を両方付ける雌雄同株(monoecy)、 雄花だけをつける雄株と雌花だけをつける雌株がある雌 雄異株(dioecy)などがある(詳細な性表現の説明は菊沢 1995)。最も種数が多いのは両性花を咲かす植物である。 動物と同じようにオス個体とメス個体が分かれている雌 雄異株の種数はさほど多くない。 単性花では一般に雄花が雌花よりも花弁が大きく派手 で蜜や花粉などの報酬が多い。通常、花粉は低コストで 多量に生産できるが、胚珠は多くの投資を必要とし多く は生産できない。そのため、雄花は派手な花弁や多量の 報酬でポリネーターを数多く誘引して訪花回数を増や し、花粉を大量に持ち出させることで適応度は増加する (e.g., Vaughton and Ramsey 1998)。一方、雌花は受精に必 要な量の花粉が柱頭に付着すれば良く、訪花回数や柱頭 に付着する花粉量が必要量を超えた場合に適応度は頭打 ちとなりそれ以上は増えない(e.g., Vaughton and Ramsey 1998)。雌花の繁殖は花よりも種子や果実へ資源をまわす ことで適応度が増加するため、訪花回数よりも資源の制 約を受けやすい(菊沢 1995)。ポリネーターに対し派手 で報酬が多い雄花と地味で報酬が少ない雌花という現象 は、上述した性選択で予測される結果のパターンに当て はまるため、植物でも性選択が働いた証拠と考えられて
いる(菊沢 1995;Skogsmyr and Lankinen 2002;Prasad and Bedhomme 2006)。
両性花は、一つの花の中で花粉(オス機能)と胚珠(メ ス機能)の両方を作るため、個体内だけでなく、花内で も、オス機能とメス機能の間で、資源をめぐる対立が生 じている(Charlesworth et al. 1987;Grant 1995)。この両 性花におけるオス機能とメス機能の資源をめぐる対立は、 個体内のみで対立が起こる雌雄同株の植物に比べて、強 いと考えられる。両性花では花内でもオス機能とメス機 能が資源をめぐって対立するため、両性花にも雄花と雌 花と同様な性選択が働いていたとしても、片方の性機能 にとってのみ有利な花サイズや蜜量が選択されることは 起きないだろう。例えば、花弁を切除した実験における 適応度要素の検討から、オス機能(花粉持ち出し)をめ ぐっては大きな花弁サイズが選択的に有利となるが、メ ス機能(花粉持ち込み)を通すと小さなサイズが有利と なることが分かっている(e.g., Morinaga and Sakai 2006)。 これは、花内で生じるオス機能とメス機能の資源をめぐ る対立のために、花弁に投資したいオス機能を通した選 択圧と、花弁への投資を抑えて種子に投資したいメス機 能を通した選択圧は互いに打ち消し合っていることを意 味する。そのため、この二つの選択圧が組合わさった最 終的な選択圧のもとでは、花弁サイズはオス機能にとっ ての有利さとメス機能にとっての有利さが妥協した中間 的な表現型となるだろう。もちろん、同じ個体が雄花と 雌花を咲かす雌雄同株でも、個体内で資源をめぐるオス 機能とメス機能間の対立が存在する。しかし、両性花と 違って花内ではそのような雌雄の対立がないため、雄花 と雌花はそれぞれの選択圧へと反応した進化を遂げてい るようだ。 両性花でも雌雄同株 でも、花内や個体内で生じるオ ス機能とメス機能の資源をめぐる対立は、ランナウェ イ説や優良遺伝子説で仮定される、オス機能とメス機 能の遺伝相関を妨げるため、花形質のオス機能とメス機 能の急速かつ極端な共進化は起こりにくい(reviewed in Skogsmyr and Lankinen 2002)。植物では、遺伝相関が起き にくい理由は他にも二つある。まず、植物は動物と違っ て動き回れず、花粉の移動を風、水、昆虫、鳥類、哺乳 類などのポリネーターに頼っていることである。個体同 士が直接出会い、オス機能とメス機能が直接相互作用す ることはなく、また、花粉の移動は受動的に起こるため、 受粉の段階で積極的に交配相手を選ぶことができないた め、遺伝相関は生じにくい。さらに、両性花でも雌雄同 株でも、もし生存に不利なほど誇張された花形質をオス
機能が示すとしたら、誇張された花形質を必要としない メス機能も生存への不利さを受けることになる。その結 果、生存に不利なほどの花形質は進化せず、オス機能と メス機能の急速な共進化は起こりにくいだろう(reviewed in Skogsmyr and Lankinen 2002)。これらの理由により、訪 花回数や個体内・花内の性分配を通した性選択が植物に おいて生殖隔離の進化を引き起こす可能性は低いと考え られる。また、植物では現在、受粉前の過程で個体間の 性的対立は知られていない。 受粉前の生殖隔離の進化については、古くから、性選 択ではなくむしろポリネーターへの花の適応が主要因と して重要視されてきた(e.g., Grant 1994)。ポリネーター は分類群によって色・香り・形・報酬などについて決ま った選好性を示す。そのため、それぞれのポリネーター 分類群に適応した花は、ある決まった特徴を示す形質群 を持つように進化することが多い(pollination syndrome; van der Pijl 1961)。例えば、スズメガ媒花は花色が薄く甘 い香りを放ち夕方に開花するという形質群を持ち、ハチ ドリ媒花は赤い花色で香りがなく蜜量が豊富という形質 群を持つ傾向がある。このようなポリネーターの分類群 に適応したと考えられる特徴的な花形質群は、植物の分 類群を問わずに見ることができる(e.g., Grant 1994)。ミ ゾホウズキ属 Mimulus やオダマキ属 Aquilegia、アヤメ属 Iris、Ipomopsis 属(ハナシノブ科)などはこれまでと異 なるポリネーター分類群に花が適応することで種分化が 起きた可能性が高い系として研究が進められている(e.g., Bradshaw and Schemske 2003;Campbell 2004;Whittall and Hodges 2007;Martin et al. 2008)。これらの系は近縁種間 で花形質とポリネーターの分類群が大きく異なるもの の、人工授粉をすると容易に雑種を作るために、受粉前 隔離が主な隔離機構として機能しているとされる(e.g., Grant 1994)。植物のオス機能とメス機能は、繁殖に有利 な訪花回数に違いはあれども、どちらも同じ分類群のポ リネーターに 1 回以上訪花されなければ繁殖できない。 そのため、オス機能とメス機能の双方にとって、花色や 花香、花サイズ、報酬などはポリネーターを誘引するた めの広告として重要な形質である。例えば、花色や花香 に突然変異が起きた際に、新しい花色や花香が、これま でとは違うポリネーター分類群において他の生態的要因 で適応進化してきた視覚・嗅覚による選好性とマッチし ていれば、ポリネーターの感覚器への花色や花香の適応 が受粉前の生殖隔離を引き起こすだろう。ポリネーター を誘引するための広告を持つ花と、視覚や嗅覚などの感 覚に依存して訪れる花を決定するポリネーターという関 係は、感覚バイアス説の派手なオスと選好するメスの関 係と似ていることが指摘されている(Gegear and Burns 2007;Thomson and Wilson 2008)。花による隔離は性選択 で進化したとは言えないが、感覚バイアス説に基づく性 選択と似たメカニズムが花とポリネーターの間に働いた 可能性がある。ただし、ポリネーターの学習能力が、ポ リネーターの選好性をさらに複雑にしているとも考えら れ(Thomson and Wilson 2008)、さらなる研究の進展が待 たれている。 受粉後受精前の過程 〜花粉管競争と配偶者選択〜 植物の受粉後受精前の過程は動物における交尾後受精 前の過程と非常に良く似ている。柱頭に持ち込まれた花 粉は柱頭上で発芽し、花柱の中に花粉管を伸ばし、花 柱の根元にある子房内の胚珠を目指す。花粉も精子と 同様に胚珠との受精機会をめぐって柱頭上や花柱内で 互いに競争する(花粉競争:pollen competition; reviewed in Skogsmyr and Lankinen 2002;Bernasconi 2003;Erbar 2003)。また、花粉管は花柱から栄養を供給されて伸長 し、胚珠が分泌する誘引物質に誘導されることから、胚 珠による花粉の選別も起きていると考えられる(reviewed in Skogsmyr and Lankinen 2002;Bernasconi 2003;Erbar 2003)。 受粉後受精前の過程における植物と動物の大きな違い は、植物では 1 回の受粉でも動物でいうところの複数回 交尾(multiple mating)となりうることである。ポリネ ーターが送粉するとき、ある花から持ち出された花粉が 全て次に訪れた花の柱頭に付着することはない。通常、 花粉は 2 花目以降に持ち越されてさらなる受粉の機会 をうる(花粉持ち越し;pollen carryover; Rademaker et al. 1997)。花粉持ち越しが起こると、ポリネーターの体の 上で複数の花粉親の花粉が混じるため、一度の訪花でも 柱頭には複数の花粉親の花粉が持ち込まれることになる (reviewed in Bernasconi 2003)。これは、動物で 1 回の交尾 では 1 頭の交尾相手のオスからだけ精子を受けとるのと は随分と異なる。植物では 1 回の受粉により複数回交尾 と同じような状況が起こりうるために、1 回の受粉だけ で動物における精子競争や隠れたメスの選好性が起こり うる。また通常、柱頭はしばらく受容可能なので、二度 以上の受粉により柱頭上の花粉数と花粉親の数は増えて ゆく。さらに、植物では、花粉移動が完全に受動的に起 こるため、柱頭へ付着する花粉の量と組成は偶然によっ て決まる。胚珠親は受粉する花粉の量や組成を積極的に
選べないため、植物では動物よりも受粉後の花粉管競争 や胚珠親による選別が重要かもしれない。 昆虫では複数回交尾をしたときに、後から交尾した オスが精子競争で有利になるケースが多い(reviewed in Simmons 2001)。また、昆虫をはじめ動物では、精子競争 に有利だったオスの子孫の生存力や繁殖力が増加すると いった報告はない。一方、植物では昆虫とは逆に、早く 柱頭へと到着し速く花粉管を伸ばし速く胚珠に行き着け る花粉管が有利だとされている(reviewed in 菊沢 1995; Skogsmyr and Lankinen 2002;Bernasconi 2003)。そして、 花粉管伸長が速く花粉管競争で有利だった花粉で受精さ れた種子は、花粉管競争のない状況でできた種子よりも 発芽率、生存力、成長率、繁殖力などが優れていること がある(e.g., Quesada et al. 1993, 1996)。これまでに、シ ロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana (L.) Heynh)の成熟花 粉をマイクロアレイ法で解析した研究から、半数体であ る花粉の内部で 8,000 近くの遺伝子が発現されタンパク質 を合成していることも分かってきた(haploid expression: reviewed in Bernasconi et al. 2004;McCormick 2004)。もし、 これらのタンパク質の合成速度が花粉管の伸長や花柱か らの栄養獲得と相関していれば、花粉管の伸長が速い花 粉で受精された種子はタンパク質合成速度において生理 的に優れた遺伝子を受け継ぐことになるかもしれない。 また、変動する環境(温度や土壌)の中で、遺伝的 に質が良くコンディションの良い個体だけが花粉管伸 長速度の速い花粉を生産できるような場合には、花粉 管伸長速度は優良遺伝子説で想定されているメスが選好 するオスの形質の条件に良く当てはまる。実際に、花 粉管の伸長能力や受精能力は、遺伝的な要因だけでなく (e.g., Krauss 2000)、成育中の花粉親が曝された気温や栄 養条件にも影響を受けるため(e.g., Pasonen et al. 2000; Haileselassie et al. 2005;Hedhly et al. 2005)、受粉後の過 程において優良遺伝子説で考えられているような性選択 が起きている可能性は高い。ただし、花粉管伸長速度は、 花粉の中に含まれていた物質だけでなく、花柱から受け とる栄養の供給にも影響されると考えられるため、胚珠 親に選好された結果かもしれないことに留意する必要が あるだろう。イヌブナ(Fagus japonica Maxim.)では、伸 長中の花粉管が、胚柄(胚珠を心皮壁につなぐ構造であ り花粉管の通り道)で一度、珠孔(胚珠にある管状構造 で花粉管が入り込む)の近くでもう一度の計 2 回にわた って、しばらくの間伸長を停止する現象が知られている (Sogo and Tobe 2006)。この二度の停止を経る中で花粉管 数が徐々に減るため、胚珠親による花粉管選別が起きて
いる可能性が示唆されている(Sogo and Tobe 2006)。植 物の受粉後過程では、単純に花粉管伸長速度だけが重要 というわけではないと考えられる。 これらの事例や状況から、植物の受粉後受精前の過程 では、受粉前の過程に比べて性選択が働く状況が整って いると考えられる。それでは、性選択は受粉後の生殖隔 離の進化を促す主要因なのだろうか。性選択による生殖 隔離の進化が起きるには、集団間でメスの選好性とメス に選好されるオスの形質が分化することが必要である。 そのため、二つの集団の両方で、花粉管伸長速度を選好 の指標とするような性選択が働いている場合は、集団間 に環境に違いがあったとしても、性選択による遺伝的分 化が生じにくいため、生殖隔離の進化は起こらないだろ う。一方で、生殖隔離の進化が起こる例としては次のよ うなケースが考えられる。片方の集団では、花粉管伸長 が速いことが胚珠親に選好される形質となるような性選 択が働き、もう片方の集団では、伸長中のある段階で花 粉管内に含まれている受精後に必要な何らかの物質量が 胚珠親に選好される形質となるような性選択が働き出し た場合には、メスの選好性形質と選好されるオスの形質 の集団間分化がさらに促され、生殖隔離の進化が起きる だろう。この場合の生殖隔離は、花粉管と花柱 / 胚珠間 相互作用の不和合性として観察されると予想される。 Phlox 属(ハナシノブ科)の 2 種を異なるカルシウム (Ca)濃度の土壌条件で育てると種間交雑の和合性は両親 が育った土壌条件に依存し変化する(Ruane and Donohue 2008)。これは、花粉親や胚珠親が育った土壌中の Ca 濃 度が花粉の競争能力や花柱選別力に影響していること、 また、種間で、花粉や花柱 / 胚珠における Ca の利用法に 違いがある可能性を示唆している。特に、後者は、受粉 後の性選択と関わっているかもしれない。単に栄養条件 や土壌条件が花粉や花柱の状態へ影響することはこれま でにも知られていた。しかし、その影響に種差があり、 その種差が種間交雑における花粉と花柱 / 胚珠の不和合 性に寄与する可能性はほとんど注目されてこなかった。 環境が花粉や花柱 / 胚珠に与える影響、そして受粉後の 過程における性選択や生殖隔離の進化に与える影響は、 まだ未解明な問題である。 〜激しい性的対立〜 性的対立のもとでは、オスがメスを操作し、メスがオ スの操作に対抗進化する拮抗的共進化がおきやすいため に、ここまで述べてきた性選択よりも急速に花粉と花柱 / 胚珠間の相互作用の集団間の不和合性が進化しやすい可
能性がある。以下に、受粉後の過程における性的対立と 生殖隔離の進化についてみていく。 植物ではこの 5 年間で受粉後の過程における性的対立 の研究が活発になってきた。植物における性的対立を示 した直接的証拠はまだないが、二つのケースが注目され ている。一つは、受粉後に柱頭が溶解するタイミングを めぐる性的対立である(Lankinen et al. 2006)。もし、花 粉が発芽し花粉管を伸ばし出した後に、柱頭を溶かすこ とができるなら、その後の他の花粉による受粉を妨げる ことで潜在的な競争相手を排除できるので、花粉親にと っては適応的かもしれない。しかし、これは柱頭に付着 する花粉数や花粉親の多様性を減らすことに繋がるので、 胚珠親にとって適切な種子数・父性数を減少させること になり、適応的でないかもしれない。多くの植物分類 群で花粉の到着後に柱頭が溶解する現象が知られている (van Doorn 1997;O'Neill 1997)。柱頭の溶解が後からの受 粉を妨げるためであるとすれば、動物における交尾後ガ ードや交尾栓に近い現象かもしれない。
もう一つは、柱頭が花粉を受けとり可能になるタイ ミングをめぐる性的対立である。多くの植物で柱頭の 受容性の遅延が知られている(e.g., Ganeshaiah and Uma Shaanker 1988)。柱頭の受容性の遅延とは、開花後に柱 頭がある一定の時間をおかないと受粉後でも柱頭上で花 粉が発芽できない現象を指し、胚珠親が花粉管競争に参 加する花粉の数と花粉親の多様性を増やすために進化さ せた形質だとされている(e.g., Herrero 2003)。もし柱頭 上の花粉が柱頭の受容開始前でも発芽できて花粉管を伸 長させられるならば、その花粉の花粉親は繁殖上の有利 さを得ることになるだろう。ただし、そのような花粉の 形質は胚珠親の利益を損ない、性的対立を引き起こす かもしれない。草本のコリンソウ(Collinsia heterophylla Buist)では、柱頭が受容性を示すタイミングが、胚珠 親だけでなく花粉親にも依存しており(Lankinen and Kiboi 2007)花粉の形質が柱頭の性質を操作している可 能性が示唆されている。また木本のギンネム(Leucaena
leucocephala (Lam.) de Wit)は、大量の花粉が付着した時
のみに花粉の分泌物が柱頭上の pH を増加させて柱頭上 の花粉の発芽阻害タンパク質を不活性化し、花粉の発芽 を促す(Ganeshaiah and Uma Shaanker 1988)。これも性的 対立がありそうな状況である。 柱頭の溶解にしても受容性の遅延にしても、花粉に付 着している化学物質と柱頭表面の化学物質や受容体が、 直接的に相互作用していると考えられる。もし性的対立 によって、花粉や柱頭の化学物質や受容体の間に、集団 間で異なる急速な拮抗的な共進化が起きたとしたら、化 学物質や受容体に集団間の分化が生じ、種間交雑の際に 化学物質と受容体が不和合となり、花粉の発芽や花粉管 の伸長が失敗するというような生殖隔離が進化するだろ う。実際に動物のアワビなどでは、同種の認識や生殖隔 離に関わる精子表面の糖タンパク質と卵表面の糖タンパ ク質受容体が、他のタンパク質に比べて非常に急速な進 化を遂げており(Swanson and Vacquier 2002)、性的対立 が生殖隔離を進化させた有力な系として注目されている (林 2009)。アブラナ科植物では、雌細胞の認識と吸水に 関わる花粉付着物質(glycine-rich pollen surface; GRPs)が 急速な進化と多様化を遂げていた(Fiebig et al. 2004)。こ の GRPs が性選択や性的対立に関わっている直接的証拠 はないが可能性は高い。 このように受精に至る過程では、花粉と柱頭、花粉管 と花柱や胚珠の相互作用は不可欠であり、それぞれが分 泌するタンパク質とその受容体が隔離の進化と関わっ ている可能性は高い。Gamma-aminobutyric acid(GABA: Palanivelu et al. 2003)を始め様々な化学物質が、花粉管 伸長や胚珠への花粉管誘導に必要なことが知られてい る。従って、種間では、花粉管伸長 / 誘導に必要な化学 物質やその最適濃度などが異なるために、花粉管伸長や 受精が失敗する可能性がある。アブラナ科の種間交雑で 花粉管が異種胚珠の出すシグナルを受け取れないため に受精が失敗することが知られている(Shimizu 2002)。 また、同種花粉の優先性という現象も、受粉後の生殖 隔離として知られている(Conspecific pollen precedence; Marshall et al. 2002)。この現象は、同種花粉と異種花粉 の混合花粉を受粉した際に、全種子数に対する雑種種子 の割合が花粉の混合比からの期待値よりも下回ることを 指し、様々な分類群で報告されている(Iris、Mimulus、
Ipomopsis etc. reviewed in Marshall et al. 2002)。キスゲ属
のキスゲ(Hemerocallis citrina Baroni var. vespertina (H. Hara) M. Hotta)とハマカンゾウ(Hemerocallis fulva L. var. aurantiaca (Baker) M. Hotta)でも、種間交雑では種内 交配に比べて花粉管伸長速度が遅くなるため(Yasumoto and Yahara 未発表)、同種花粉の優先性が起きやすい状 況にある。キスゲとハマカンゾウでは花粉管伸長速度の 変異幅に種差があり (Yasumoto and Yahara 未発表)、花 粉管誘導をめぐってそれぞれの種で異なる性的対立を経 てきた可能性がある。同種花粉の優先性も、性的対立に より花粉や花柱 / 胚珠が集団間で異なる化学物質や最適 濃度を利用して花粉管を誘導するように進化した結果と して起こった現象かもしれない。また、動物でもアワビ
など様々な分類群で同種精子の優先性 (conspecific sperm precedence)が報告されており(e.g., Marshall et al. 2002)、 同種配偶子の優先性のメカニズムを動物と植物で比較す ることから新たな知見が得られるだろう。
植 物 で は 動 物 と 異 な り 自 殖 を 行 う 種 類 が 多 い。 Brandvain and Haig(2005)は性的対立により自家不和合 性(self-incompatible; SI)種と自家和合性(self-compatible; SC)種の間で生殖隔離が進化する可能性を提案した。自 殖は同じ個体の花粉と胚珠を受精するため、動物の一夫 一妻よりもさらに性的対立は起こりにくいだろう。一 方、派手で他殖的な花ほど、ポリネーターに沢山訪花さ れて柱頭に持ち込まれる花粉親数が増えるため、性的対 立も強くなるだろう。つまり、植物は自殖という交配シ ステムの存在により、動物よりも性的対立の強さが幅広 くなると考えられる。そのため、拮抗的共進化が起きに くい自殖集団と拮抗的共進化が起きやすい他殖集団の 間で、受精自体の失敗や攻撃的な花粉による多精受精 (polyspermy: 胚珠や卵に花粉管や精子が二つ以上受精す る現象。多精受精された胚珠や卵は一般的には死亡する: Spielman and Scott 2008)などによる生殖隔離が進化しや すいかもしれない。実際に、植物では古くから、自家和 合性の種と自家不和合性種でかけ合わせた際に前者の花 粉は後者の胚珠を受精できないが後者の花粉は前者の胚 珠を受精できるという現象が多く報告されており、“SI x SC ルール”として知られている(Lewis and Crowe 1958; de Nettancourt 1997)。 受精後の過程 〜選択的種子 / 果実中絶と栄養供給をめぐる性的対立〜 受精後の過程では果実の中に複数含まれる受精済みの 胚珠が胚珠親から栄養を供給されて種子へと発達してい く。この状況は一度に複数の胚を育てる胎生の動物と似 ている。異なる点は植物の場合は子宮に相当する果実を 同時に複数育成する点である。ここでは、栄養供給をめ ぐる性選択と性的対立、そして生殖隔離の進化の可能性 について述べていく。 栄養供給をめぐる性選択として、植物では、発達中 の果実や種子が中絶される現象(選択的果実 / 種子中 絶)が知られている(菊沢 1995)。選択的果実 / 種子中絶 は、成長が悪い種子やそのような種子を含む果実と維管 束の間に離層を形成し、栄養供給を選択的に停止するた めに起こる。これは、哺乳類で調べられている母親体内 での胎児の選択的中絶 / 再吸収(reviewed in Rosenfeld and Roberts 2004)や、動物において母親が子の父親に応じて
子への世話の量を調整する Differential allocation(Sheldon 2000)とよく似ている。植物では、雑種種子や雑種種 子を含む果実が選択的に中絶されることで 2 種が生殖 的に隔離される可能性が述べられてきた(Emms et al. 1996;Tiffin et al. 2001)。しかし、直接的証拠は Williams et al.(2001)の研究だけである。この研究は受精後に発 達中の雑種種子が中絶されて初めて生殖隔離が生じるこ とを報告している。また、キスゲ属植物では花粉親や 胚珠親が経験する気温や栄養条件が、果実中絶を通じ て、生殖隔離の強さを変化させることが示唆されている (Yasumoto and Yahara 未発表)。
受精後の性的対立として、近年は、胎生の動物(特に 哺乳類)と植物において、栄養供給に関わる遺伝子で起 こるゲノムインプリンティングが注目を集めている。ゲ ノムインプリンティングとは、ある遺伝子が母親から伝 わったか父親から伝わったかによって子の体内で発現さ れるかどうかが決まる現象を指す。哺乳類でも植物でも、 成長中の胎児や種子(特に胚乳)において、栄養供給促 進因子は父親から伝わった遺伝子が発現される(母親経 由だと発現抑制される)が、栄養供給抑制因子は母親か ら伝わった遺伝子が発現される(父親経由だと発現抑制 される)。一般に、複数回交尾をすると、子宮内の胎児や 果実内の種子は異なる父性を持つ状態(multiple paternity) になる。父親(花粉親)は自身の子との血縁度は 1/2 だ が子の兄弟姉妹とは血縁関係がないため、自身の子が母 親(胚珠親)からできるだけ多くの栄養を獲得できた方 が適応的である。一方、母親(胚珠親)にとって子宮や 果実内の子は全て 1/2 の血縁度を持つので、全ての子に 平等に栄養を供給して同程度の大きさに育てた方が適応 的だろう。このようなゲノムインプリンティングの起源 が母親と父親の対立であることは理論的にも示唆されて いる(Mochizuki et al. 1996)。 近縁種でそれぞれ異なる方向へ性的対立の共進化が起 きたとしたら、ゲノムインプリンティングされた栄養供 給を促進する父親由来遺伝子と栄養供給を抑制する母親 由来遺伝子の相互作用のバランスが崩れ、胚発生がうま くいかなくなり生殖隔離が進化すると考えられる。シ ロアシマウス属の Peromyscus polionotus と P. maniculatus は、この予測に反しない系であり、ゲノムインプリンテ ィングが関与した性的対立が生殖隔離として機能するこ とが示されている(Vrana 2007)。母親が P. maniculatus で 父親が P. polionotus の交配で生まれた子は両親種に比べ て非常に小さい。一方、母親が P. polionotus で父親が P. maniculatus の交配で生まれた子は、両親種に比べて異常
に大きく成長する。どちらの交配も子の発育は不全とな り、結果的に 2 種は生殖的に隔離される。この結果は、 性的対立の緊張度が P. polionotus よりも P. maniculatus で 強いために、母親が P. maniculatus で父親が P. polionotus の交配では栄養供給が強く抑制され、母親が P. polionotus で父親が P. maniculatus の交配では、過剰に栄養が供給さ れるために生じたと解釈されている。 同様の現象が植物でも見つかっているが、もう少し複 雑で面白い。被子植物は重複受精を行い、花粉から胚珠 へと渡された精細胞 2 個が、それぞれ卵細胞と中央細胞 と受精する。卵細胞と精細胞が受精した胚は次世代の個 体となるが、中央細胞と精細胞が受精した胚乳は、種子 が発芽し、胚が成長する際に必要な栄養を蓄積する器官 である。中央細胞の核相は 2n で精細胞が n であるため、 胚乳は 3n となる。そして胚乳では、ゲノムインプリン ティングされた花粉親由来の栄養供給促進因子と胚珠親 由来の栄養供給抑制因子が、胚珠親からの栄養供給をめ ぐって対立していると考えられている。Haig and Westoby (1991)は倍数性が異なる近縁種で相互交配した事例を 集め、例えば 2 倍体と 4 倍体の相互交配により雑種種子 の胚珠親由来ゲノムと花粉親由来ゲノムの比率が 2 : 1 か らずれると、胚珠親由来ゲノムが多い場合は胚乳の発達 が見られず、花粉親由来ゲノムが多い場合は胚乳の異常 発達が起きることを発見した。また、裸子植物では、胚 乳の核相は n で胚珠親由来のゲノムのみからなる。その ため被子植物の重複受精による胚乳の核相 3n(胚珠親 2n +花粉親 n)自体が、胚乳に蓄える栄養量をめぐる胚 珠親と花粉親の性的対立のもとで進化してきた可能性が 示唆されている。これまでにいくつかのインプリンティ ング遺伝子が特定されており(池田・木下 2008)、最も 良く調べられているのは MEDEA という遺伝子である。 MEDEA は胚珠親から由来する場合にのみ発現され、胚 乳の成長に関わることで胚発生を負に制御する遺伝子 で(Grossniklaus et al. 1998)、分子進化学的(Spillane at al. 2007)・分子集団遺伝学的(Kawabe et al. 2007;河邊 2008)にも中立でない進化を遂げてきた可能性が示唆さ れている。MEDEA は胚乳や胚の発生に関わる遺伝子であ り、受精後の生殖隔離にかかわる可能性もあるため、種 分化と絡めた今後の研究が期待される。 ゲノムインプリンティングが関与する成長促進・抑制 をめぐる性的対立は、独立な拮抗的共進化によって集団 間の分化を促し、生殖隔離を進化させうる有力なメカニ ズムである。栄養供給をめぐるゲノムインプリンティン グが哺乳類の適応放散で重要な役割を果たした可能性も
示唆されており(Zeh and Zeh 2000)、裸子植物から被子 植物への進化や、被子植物の適応放散にも重要な役割を 果たしてきた可能性もあるのではないだろうか。ただし、 現時点では、ゲノムインプリンティングによる種間の生 殖隔離が、種分化の原因であるのか、結果であるのかは、 答えが出ていないことに留意する必要があるだろう。
お わ り に
植物も動物と同様、あらゆる繁殖過程の段階で性選択 / 性的対立は働きうる。ただし、性選択や性的対立が生殖 隔離の進化に関与するのは、受粉前の過程よりも受粉後 以降の過程である可能性が高い。受粉前の過程はポリネ ーターが介在するために、非常に複雑な系となっている。 一方で受粉後の過程は配偶子と雌器官との相互作用に限 定され、動物と植物で良く似ている。植物は、受粉後の 過程において、動物ではできない操作実験を様々実行す ることができる。受粉の際に花粉数だけでなく花粉親数 が操作でき、花粉管の伸長についても観察することがで きる。さらに培地上に受粉後に切断した花柱をのせ、花 柱の切断面の側に生きたまま取りだした胚珠を置くとい う Semi in vitro 法(Higashiyama et al. 1998;Palanivelu and Preuss 2006)も駆使すれば、花粉側だけでなく、胚珠に ついても種間で入れ換えることもできるため、不和合性 の原因が花粉にあるのか胚珠にあるのか伸長スピードや その変異について調べることができるだろう。受粉後か ら受精に至り、種子が得られるまでの過程は、生物学的 面白さからだけでなく、農作物の育種上の重要性からも、 生理学的、分子生物学的・細胞生物学的にどんどん研究 が進んでいる。特に、花粉で発現されている転写産物や タンパク質を網羅的に調べようとするトランスクリプト ミクス・プロテオミクスの進展は目覚ましい(reviewed in McCormick 2004)。植物における性選択 / 性的対立を調べ る上で、受粉後以降の過程はこれから大きな成果が期待 される領域である。謝 辞
本稿執筆に際し、有益なコメントを頂いた粕谷英一氏、 森長真一氏、土松隆志氏、原野智広氏、新田梢氏、山本 宇彦氏、編集委員と校閲者の方々に厚く御礼申し上げる。 また、いつか植物と動物の研究を繋ぐような総説を書き たいというモチベーションを育んでくれた九州大学生態 科学研究室メンバーと矢原徹一氏、そして、共に企画を立ち上げた木村幹子氏にも合わせて感謝を申し上げたい。 著者は、本稿の執筆中に藤原ナチュラルヒストリー財団 からの助成を受けた。
引 用 文 献
Andersson M (1994) Sexual selection. Princeton University Press, Princeton
Arnqvist G, Rowe L (2005) Sexual conflict. Princeton University Press, Princeton
Bateman AJ (1948) Intra-sexual selection in Drosophila. Heredity 2:349-368
Bernasconi G (2003) Seed paternity in flowering plants: an evolutionary perspective. Perspect Plant Ecol Evol Syst 6:149-158
Bernasconi G, Ashman T-L, Birkhead TR, Bishop JDD, Grossniklaus U, Kubli E, Marshall DL, Schmid B, Skogsmyr I, Snook RR, Taylor D, Till-Bottraud I, Ward PI, Zeh DW, Hellriegel B (2004) Evolutionary Ecology of the Prezygotic stage. Science 303:971-975
Birkhead TR, Møller AP (1998) Sperm competition and sexual selection. Academic Press, London
Boughman JW (2002) How sensory drive can promote speciation. Trends Ecol Evol 17:571-577
Bradshaw H, Schemske DW (2003) Allele substitution at a flower colour locus produces a pollinator shift in monkeyflowers. Nature 426:176-178
Brandvain Y, Haig D (2005) Divergent mating systems and parental conflict as a barrier to hybridization in flowering plants. Am Nat 166:330-338
Campbell DR (2004) Natural selection in Ipomopsis hybrid zones: implications for ecological speciation. New Phytol 161:83-90
Charlesworth D, Schemske DW Sork VL (1987) The evolution of plant reproductive characters: sexual versus natural selection. In: Stearns SC (ed) The evolution of sex and its consequences. Wiley, New York, pp 317-335
Chapman T, Liddle LF, Kalb JM, Wolfner MF, Partridge L (1995) Cost of mating in Drosophila melanogaster females is mediated by male accessory gland products. Nature 373:241-244
de Nettancourt D (1997) Incompatibility in angiosperms. Sexual Plant Rep 10:185-199
Emms SK, Hodges SA, Arnold ML (1996) Pollen-tube competition, siring success, and consistent asymmetric hybridization in Louisiana irises. Evolution 50:2201-2206 Erbar C (2003) Pollen tube transmitting tissue: place
of competition of male gametophytes. Int J Plant Sci 164:S265-S277
Fiebig A, Kimport R, Preuss D (2004) Comparisons of pollen coat genes across Brassicaceae species reveal rapid evolution by repeat expansion and diversification. Proc Natl Acad Sci USA 101:3286-3291
Ganeshaiah KN, Uma Shaanker R (1988) Regulation of seed number and female incitation of mate competition by a pH dependent proteinaceous inhibitor of pollen grain germination in Leucaena leucocephala. Oecologia 75:110-113
Gegear RJ, Burns JG (2007) The birds, the bees, and the virtual flowers: can pollinator behavior drive ecological speciation in flowering plants? Am Nat 170:551-566
Grant V (1994) Modes and origins of mechanical and ethological isolation in angiosperms. Proc Natl Acad Sci USA 91:3-10
Grant V (1995) Sexual selection in plants: pros and cons. Proc Natl Acad Sci USA 92:1247-1250
Grossniklaus U, Vielle-Calzada J-P, Hoeppner MA, Gagliano WB (1998) Maternal control of embryogenesis by MEDEA, a Polycomb group gene in Arabidopsis. Science 280:446-450 Haig D, Westoby M (1991) Genomic imprinting in the
endosperm: its effects on seed development in crosses between species and between different ploidies of the same species, and its implications for the evolution of apomixis. Philos Trans R Soc Lond B 333:1-13
Haileselassie T, Mollel M, Skogsmyr I (2005) Effects of nutrient level on maternal choice and siring success in Cucumis
sativus (Cucurbitaceae). Evol Biol 19:275-288
林 岳彦 (2009) 性的対立による進化:その帰結の一つと しての種分化. 日本生態学会誌 59:289-299
Hedhly A, Hormaza JI, Herrero M (2005) Influence of genotype-temperature interaction on pollen performance. J Evol Biol 18:1494-1502
Herrero M (2003) Male and female synchrony and the regulation of mating in flowering plants. Philos Trans R Soc Lond B 358:1019-1024
Higashiyama T, Kuroiwa H, Kawano S, Kuroiwa T (1998) Guidance in vitro of the pollen tube to the naked embryo sac of Torenia fournieri. Plant Cell 10:2019-2031
Holland B, Rice WR (1998) Chase-away sexual selection: antagonistic seduction versus resistance. Evolution 52:1-7 Holland B, Rice WR (1999) Experimental removal of sexual
selection reverses intersexual antagonistic coevolution and removes a reproductive load. Proc Natl Acad Sci USA 96:5083-5088 池田陽子・木下 哲 (2008) ゲノムインプリンティング. (島本 功・飯田 滋・角谷哲仁監修) 植物細胞工学シ リーズ24 植物のエピジェネティクス. 秀潤社, 東京, pp 129-133 伊藤 洋 (2009) 生態的環境への適応と配偶者選択がもた らす種分化. 日本生態学会誌 59:273-280
Iwasa Y, Pomiankowski A (1991) The evolution of costly mate preferences. II. the handicap principle. Evolution 45:1431-1442
Kawabe A, Fujimoto R, Charlesworth D (2007) High diversity due to balancing selection in the promoter region of the medea gene in Arabidopsis lyrata. Curr Bio 17:1885-1889 河邊 昭 (2008) インプリント遺伝子MEDEAの進化パタ
工学シリーズ24 植物のエピジェネティクス. 秀潤社, 東 京, pp 152-153
菊沢喜一郎 (1995) 植物の繁殖生態学. 蒼樹書房, 東京 木村幹子 (2009) 性淘汰+自然淘汰:配偶者選択が環境適
応と関連して進化するとき. 日本生態学会誌 59:281-287 Krauss SL (2000) The realized effect of postpollination sexual
selection in natural plant population. Proc R Soc Lond B 267:1925-1929
Lande R (1981) Models of speciation by sexual selection on polygenic traits. Proc Natl Acad Sci USA 78:3721-3725 Lankinen A, Hellriegel B, Bernasconi G (2006) Sexual conflict
over floral receptivity. Evolution 60:2454-2465
Lankinen A, Kiboi S (2007) Pollen donor identity affects timing of stigma receptivity in Collinsia heterophylla (Plantaginaceae): a sexual conflict during pollen competition? Am Nat 170:854-863
Lewis D, Crowe LK (1958) Unilateral interspecific incompatibility in flowering plants. Heredity 12:233-256 Marshall JL, Arnold ML, Howard DJ (2002) Reinforcement:
the road not taken. Trends Ecol Evol 17:558-563
Martin NH, Sapir Y, Arnold ML (2008) The genetic architecture of reproductive isolation in louisiana irises: pollination syndromes and pollinator preferences. Evolution 62:740-752 McCormick S (2004) Control of male gametophyte
development. Plant Cell 16:S142-S153
Mochizuki A, Takeda Y, Iwasa Y (1996) The evolution of genomic imprinting. Genetics 144:1283-1295
Morinaga S-I, Sakai S (2006) Functional differentiation in pollination processes between the outer and inner perianths in Iris gracilipes (Iridaceae). Can J Bot 84:164-171
O’Neill SD (1997) Pollination regulation of flower development. Annu Rev Plant Physiol Plant Mol Biol 48:547-574
Palanivelu R, Brass L, Edlund AF, Preuss D (2003) Pollen tube growth and guidance is regulated by POP2, an Arabidopsis gene that controls GABA levels. Cell 114:47-59
Palanivelu R, Preuss D (2006) Distinct short-range ovule signals attract or repel Arabidopsis thaliana pollen tubes in
vitro. BMC Plant Biol 6:1-9
Pasonen H-L, Käpylä M, Pulkkinen P (2000) Effects of temperature and pollination site on pollen performance in
Betula pendula Roth - evidence for genotype-environment
interactions. Theor Appl Genet 100:1108-1112
Parker G, Partridge L (1998) Sexual conflict and speciation. Philo Trans R Soc Lond B 353:261-274
Prasad NG, Bedhomme S (2006) Sexual conflict in plants. J Genet 85:161-164
Quesada M, Winsor JA, Stephenson AG (1993) Effects of pollen competition on progeny performance in a heterozygous Cucurbit. Am Nat 142:694-706
Quesada M, Winsor JA, Stephenson AG (1996) Effects of pollen selection on progeny vigor in a Cucurbita pepo x C.
texana hybrid. Theor Appl Genet 92:885-890
Rademaker MCJ, De Jong TJ, Klinkhamer PGL (1997) Pollen dynamics of bumble-bee visitation on Echium vulgare. Funct
Ecol 11:554-563
Rice WR (1996) Sexually antagonistic male adaptation triggered by experimental arrest of female evolution. Nature 381:232-234
Rieseberg LH, Willis JH (2007) Plant speciation. Science 317:910-914
Ritchie MG (2007) Sexual selection and speciation. Annu Rev Ecol Evol Syst 38:79-102
Rosenfeld CS, Roberts RM (2004) Maternal diet and other factors affecting offspring sex ratio: a review. Biol Reprod 71:1063-1070
Ruane LG, Donohue K (2008) Pollen competition and environmental effects on hybridization dynamics between
Phlox drummondii and Phlox cuspidata. Evol Ecol
22:229-241
Seehausen O, Terai Y, Magalhaes IS, Carleton KL, Mrosso HDJ, Miyagi R, van der Sluijs I, Schneider MV, Maan ME, Tachida H, Imai H, Okada N (2008) Speciation through sensory drive in cichlid fish. Nature 455:620-626
Sheldon BC (2000) Differential allocation: tests, mechanisms and implications. Trends Ecol Evol 15:397-402
Shimizu KK (2002) Ecology meets molecular genetics in
Arabidopsis. Popul Ecol 44:221-233
Simmons LW (2001) Sperm competition and its evolutionary consequences in the insects. Princeton University Press, Princeton
Skogsmyr SI, Lankinen A (2002) Sexual selection: an evolutionary force in plants? Biol Rev 77:537-562
Sogo A, Tobe H (2006) Delayed fertilization and pollen-tube growth in pistils of Fagus Japonica (Fagaceae). Am J Bot 93:1748-1756
Spielman M, Scott RJ (2008) polyspermy barriers in plants: from preventing to promoting fertilization. Sex Plant Reprod 21:53-65
Spillane C, Schmid KJ, Laoueille-Duprat S, Pien S, Escobar-Restrepo JM, Baroux C, Gagliardini V, Page DR, Wolfe KH, Grossniklaus U (2007) Positive darwinian selection at the imprinted MEDEA locus in plants. Nature 448:349-352 Swanson WJ, Vacquier VD (2002) The rapid evolution of
reproductive proteins. Nat Rev Genet 3:137-144
Thomson JD, Wilson P (2008) Explaining evolutionary shifts between bee and hummingbird pollination: convergence, divergence, and directionality. Int J Plant Sci 169:23-38 Tiffin P, Olson MS, Moyle LC (2001) Asymmetrical crossing
barriers in angiosperms. Proc R Soc Lond B 268:861-867 van der Pijl L (1961) Ecological aspects of flower evolution. 2.
zoophilous flower classes. Evolution 15:44-59
van Doorn WG (1997) Effects of pollination on floral attraction and longevity. J Exp Bot 48:1615-1622
Vaughton G, Ramsey M (1998) Floral display, pollinator visitation and reproductive success in the dioecious perennial herb Wurmbea dioica (Liliaceae). Oecologia 115:93-101 Vrana PB (2007) Genomic imprinting as a mechanism of
Whittall JB, Hodges SA (2007) Pollinator shifts drive increasingly long nectar spurs in columbine flowers. Nature 447:706-709
Williams J, Boecklen WJ, Howard DJ (2001) Reproductive processes in two oak (Quercus) contact zones with different levels of hybridization. Heredity 87:680-690
Zeh DW, Zeh JA (2000) Reproductive mode and speciation: the viviparity-driven conflict hypothesis. BioEssays 22:938-946