発達障害児の保護者の学びについて : 療育教室に 通うことで母親が何を学んだか
著者 小越 咲子, 廣澤 愛子, 武澤 友広, 松井 富美恵, 近藤 信一郎, 三橋 美典
雑誌名 福井大学教育実践研究
巻 37
ページ 85‑88
発行年 2013‑02‑15
URL http://hdl.handle.net/10098/8262
実践報告・資料
1.研究の背景と目的
現在,特別支援学級のみならず,通常学級においても 学習面や生活面において特別な教育ニーズを有する子ど もへの特性に応じた教育・支援が課題となっている.特 に発達障害児者においては早期支援から教育・就労支援 等,生涯にわたる支援の必要性が高い.しかし発達障 害は状態像をつかみにくい面が多く(三橋,2005),当 事者一人ひとりの状態が異なり,その支援方法も100人 100様である.さらに特性に応じた支援を行うためには 個人の状態像の把握が必要となるが,活動場所(家庭,
学校,療育の現場等)によって状態像は変化する.また 発達障害は以前考えられていた以上に,同じ診断名で あっても均質でも恒常的でもないということがわかって きており,障害の原因を解明し,よりよい治療や教育を 実現していくためには,中核症状だけに注目していると,
多様性の混沌のなかに本質を見失ってしまう危険性があ る(神尾,2009).そのため発達障害児者の個々の多様 性に応じた支援を行うためには,診断の有無や診断名に 関わらず,個人の性質をよく把握し,個人毎の支援を行 うことが重要であり,個別に長期的に,動的に対応して いく必要がある.
特に,社会性の問題が大きい発達障害においては,社 会の中で,困り感やトラブルに巻き込まれることもあり,
そのたびに,問題解決を行っていかなければならない場 面も多い.しかし,家庭と学校で子どもの学習や行動・
精神面の様子に差がある場合,学校と保護者双方に相手
側の子ども理解と対応が不適切ではないかとの疑念が生 じやすく(古荘・岡田,2007),そのときどきに適切な 問題解決を行っていかなければならない.そのため,発 達障害を専門とする研究者が主催する大学における療育 教室に期待される役割は大きい.そのような療育教室で は学校や家庭に比べて子どもに介入できる機会は圧倒的 に少ないものの,保護者や学級担任から子どもの様子を 聴きとったり,子どもの集団活動の様子を観察した上で,
専門的知識に基づき発達段階に応じて取り組むべき課題 を正確に同定し,適切な支援を実施することが期待でき るからである.大学の療育教室では,発達障害の社会性 を育むことを目的に,心理劇・心理劇的ロールプレイン グ,集団遊戯療法,ソーシャルスキルトレーニング・行 動療法に基づく訓練,保護者・兄弟・定型発達の児童生 徒などを対象に含む集団療法など,各研究者の専門知識 を活かした活動が行われており,その成果も報告されて いる(滝吉・田中,2010).
一方で,大学で実施されている療育教室が参加者の 保護者の学びに与える影響は,ペアレントトレーニン グという視点から報告されてきた.発達障害児をもつ 保護者,その中でも特に母親への負担は非常に高く(芳 賀,2006),また認知特性の面からも保護者にも発達障 害と同様な特性がある場合が多く(芳賀,2010;杉山,
2011),社会性の問題を抱える場合が多い.そのために 学校,専門機関,専門家との連携といったコミュニケー ションが必要とされる場面が多く,かつ問題を抱えての
発達障害児の保護者の学びについて
〜療育教室に通うことで母親が何を学んだか〜
福井大学教育地域科学部 日本学術振興会 小 越 咲 子 福井大学教育地域科学部 廣 澤 愛 子 障害者職業総合センター 武 澤 友 広 福井大学教育地域科学部 松 井 富美恵 福井大学教育地域科学部 近 藤 信一郎 福井大学教育地域科学部 三 橋 美 典
発達障害のある人を対象とした療育教室に参加することで,参加者の保護者にどのような学びがあるか を明らかにするため,福井大学で開設されている療育教室である「たんぽぽ教室」と「楽集クラブ391」 の参加者の保護者3名を対象に,アンケート調査とインタビュー調査を行った結果を報告する.調査の結 果,保護者は療育教室に参加する他の保護者やスタッフとのかかわりを通して,他者のわが子に対する自 分とは異なる見方を包摂し,多角的に子どもの特性を捉える視点を学ぶだけでなく,他者との違いを認識 することで自己理解を深めていることが示唆された。
キーワード:
発達障害,療育教室,共感, 自己表現, 自己理解
小越 咲子,廣澤 愛子,武澤 友広,松井富美恵,近藤信一郎,三橋 美典
対処となると学校側,家庭側,クラスメイトやその親な ども関わり,さらには親,教師,専門家の支援方法や価 値観,人生観に左右され,連携の難しさは支援体制やルー ルや規則といったものの枠を超えて困難さを極める.そ こで,ペアレントトレーニングでは,発達障害児の親支 援を行うことで親の状況認知能力,問題解決能力などの スキルを向上させ,親がキーパーソンとして継続的な支 援者となれるよう,我が子のプロフェッショナルとなる ことを目的とする.従来よりペアレントトレーニングの 有効性は謳われており,トレーニング事例は多い(岩坂,
2011;藤原,2010;高階,2008).具体的には,あらか じめ定めたプログラムに沿って子どもとの関わり方を学 習させるというスタイルをとることが多い.
以上のように,大学で実施されている療育教室に参加 することで保護者が得られる学びは,ペアレントトレー ニングの視点から分析されることが多かった.しかし,
保護者に直接トレーニングを実施しない療育教室におい ても,保護者には学びがあることが予測できる.例えば,
一時的に子どもが家庭以外の場所で活動することで,余 暇が生まれ,ストレスの軽減に役立ったり,子どもの障 害が軽減されることで家庭での子育ての負担が減った り,子どもが療育教室で活動している間,保護者は別の 場所で情報交換を行うことで,子どもの支援に関する情 報を得られることなどである.特に,保護者同士が子育 てについて語り合うことは,支援に関する情報の獲得だ けでなく,同じような特性を持つ子供の子育てに関する 悩みを共有したり,励まし合うことで,ストレス軽減に もつながることが期待できる.そこで,本研究では,福 井大学で開設している療育教室である「たんぽぽ教室」
と「楽集クラブ391」に参加する児童の母親を対象に,
療育教室に参加する前後における変化について,インタ ビュー調査を実施し,療育教室に参加することで得られ る学びを明らかにすることを試みた.大学で実施されて いる療育教室には,スタッフの数が少ないために子ども への支援で手いっぱいになり,保護者へのペアレントト レーニングに人員を割くことが難しい場合もあるため,
子どもの活動時間中に保護者は別室で独自に情報交換を 行っている場合がある.本研究はそのような保護者間の 交流の場を設ける意味を明らかにする上で意義がある.
2.方法
対象者 福井大学において開設している発達障害児者 を対象とした療育教室「たんぽぽ教室」または「楽集ク ラブ391」に参加している児童の母親3名(回答者A―C) であった.なお,対象者の子どもの学年と性別の内訳は,
対象者Aの子どもが小学校4年生男児,対象者Bの子ども が小学校5年生男児,対象者Cの子どもが高校1年生女児 1名であった.いずれの対象者の子どもには発達障害の 診断もしくは発達障害の疑いがあった.対象者の特徴と しては,対象者Aの子どもは積極的に対人関係を持とう
とするが語彙が少ない.対象者Bの子どもはこだわりが 強く,場面緘黙が認められる.対象者Cの子どもは見通 しが立たないことに対する不安が強く,集団から距離を おこうとする傾向が強い.各自の調査日までの療育教室 への参加期間は,回答者Aは1.5年,回答者Bと回答者C は3.5年であった.
調査内容と手続き 療育教室の参加前後における変化 を以下の①―③の全3項目について尋ねた.なお,調査 はグループインタビューの形態で実施した.
質問内容は①子どもの変化:「療育教室に参加する前 後において,お子さんにどのような変化がありました か.」②保護者の変化:「療育教室に参加する前後におい て,あなた自身にどのような変化がありましたか.」③ 保護者の子どもの見方に関する変化:「療育教室に参加 する前後において,あなたのお子さんに対する見方にど のような変化がありましたか.」であった.
回答はボイスレコーダーで記録することを対象者に事 前に説明し了承を得てから,記録した.記録した音声デー タは文字データに変換し,分析に用いた.
3.結果
以下,回答者別に回答の要約を示す.
教室参加前後の子どもの変化について
■ 対象者Aの回答
子どもは学校ではストレスを感じているが,療育教室 では自分の言葉が使えるなど,ストレス解消になってい るようだ.子ども自身がそのような発信をするわけでは ないが,子どもを見ていてそのように感じる.
■ 対象者Bの回答
子どもが教室に参加している他の子どもや学生のス タッフと関わるようになって,表情が出てくるように なった.学校だとあまりしゃべらない.療育教室では人 と関わろうとしているのか,テンションが高い.
■ 対象者Cの回答
・子どもが仲間意識を強く持てるようになった.教室に は,「私をわかってくれる人がいる」と思っているよ うだ.居場所として子どもの中に位置づけられている と思う.
・人とのやり取りでは受け身一方だったのが,コミュニ ケーションのキャッチボールができるようになった.
教室参加前後の自身の変化について
■ 対象者Aの回答
転勤で土地を移ってきたので,他の保護者との話から その土地についての情報を得られることがメリットであ る.いろいろ情報を知れるし,逆に自分が知っている情 報を提供することで,「すごいなぁ」と驚いてもらえる.
相互にやり取りできることがうれしい.
■ 対象者Bの回答
他の保護者と関わるようになってから,自分の得意な ことは自分でやるが,得意じゃないことは任せようと考 えるようになった.自分のできることとできないことを 自分の中で完結させるのではなく,人とのかかわりの中 に位置づけることができるようになった.昔の「何でも 自分でやらなきゃ,失敗しちゃいけない」といった部分 をあきらめたというか,考え方が変わってきた.
■ 対象者Cの回答
・同じような子どもを持つ者同士,話し合うことで気持 ちが通じる,共感してもらえる,という安心感を得る ことができた.
・子どもが教室を楽しみにしている姿を見てほっとする ようになった.
教室参加前後の子どもの見方の変化について
■ 対象者Aの回答
先生や学生の話を聞くことで,自分が気づかないこと を発見できたり,子どもと学生のやり取りを観察して,
ハッとする部分もあるし,共感できる部分もある.例え ば,わが子はいちいち声掛けをしないとなんでもできな いかな,と思っていたが,案外,声掛けがなくても自分 で行動できたり,逆に人に「大丈夫?」とか言って気 遣っている様子を見ると,こういうこともできるように なったんだな,と子どもの成長に気づかされた.
■ 対象者Bの回答
子どもに対する見方が変わったというより,子どもを 自分の目だけで見ないようになった.他の人が子どもの ことをこういっているから,こういう面もあるんだろう なぁ,と自分の知らない,他の人から見た子どもの側面 も,わが子にあることを認めることができるようになっ た.自分の見方はある一面しか見ていないことが分かっ て,自分の見方にとらわれなくなった.自分は家の中の 子どもの姿しか見ていないが,社会の中でのわが子は他 の人から見た子どもの姿であると理解した.自分の見て いない場面でのわが子は想像するしかないが,自分は想 像力がそれほどあるわけではないので,他の人の評価も 受け入れるようになった.
■ 対象者Cの回答
わが子はまだまだ甘えたいという面があることに気づ いた.家では末っ子だが,上の子が容赦してくれないの で,甘えられない.療育教室で年上の女性スタッフに甘 えて,癒されている部分があることに気づいた.安心し て,自分の甘えを受け止めてくれる場所があることを十 分に自覚しているから安心して課題にチャレンジできる ようになったのだと思う.
4.考察
本研究の目的は,大学で開講している発達障害児者を 対象とした療育教室に参加する児童の母親を対象に,療 育教室に参加する前後における変化を報告してもらうこ
とを通し,療育教室に参加する保護者の学びを明らかに することであった.グループインタビューの結果,療育 教室に参加することで,参加する子どものみならず,母 親にもさまざまな学びがあることが示唆された.
療育教室に入る際の事前面談では,3人の母親とも,
子どもの困り感や障害の可能性に気づいてはいるが,障 害特性の理解や関わり方に自信が持てず,不安を抱いて いた。しかし,教室に通うことで認識の変化が生じ,3 人の回答は子どもの状態像が異なることもあって三者三 様であるが,子どもの特性や関わり方の理解について,
以下のように,ある程度共通した傾向が示唆される。
母親が気づいた参加前後の子どもの変化としては,「ス トレスの低減」といった心理的健康の増進と「感情表出」
「仲間意識」「他者への積極性」といった社会性の向上が 指摘された.この結果は,滝吉・田中(2010)が指摘 しているように療育教室での集団活動が社会機能を促進 し,子どもが安心して自己表現ができ,それを教室の仲 間やスタッフが温かく受けとめている結果が心理的健康 の増進につながっていることを示しているのかもしれな い.
次に,母親自身の参加前後の変化としては,「困り感 に対する共感に基づく安心感」「自分が提供した情報に よって他者から感謝されることから得られる自己肯定 感」「他の保護者と自分の比較を通した自己理解の深化」
が指摘された.これらの変化は子どもたちの変化と相同 性がある点が興味深い.すなわち,母親も他の保護者と のコミュニケーションを通して,自己の表現を安心して 行い,その表現が他の保護者から受けとめられ,評価さ れることで心理的健康の増進につながっているようであ る.ただし,子どもたちの学びと相同を示しながらも,
その質は母親における学びの方がより高次であり,例え ば,自己理解の深化が報告されたことは,母親の発達段 階に応じた社会性の獲得が促進されている面があるよう である.
最後に,母親の子どもの見方の変化としては,「他人 の子どもの見方の包摂」や「家庭生活だけでは確認でき ない子どもの心理特性の把握」といった点が指摘され,
子どもの理解が多面的になり,子どもの肯定的側面や必 要としている支援の内容に気づくための視点や機会が提 供されている可能性が示唆された.発達障害のある子ど もがさらされやすい二次障害として,自己肯定感の低下 が指摘されているが(別所,2006)母親が療育教室へ の参加を通して,子どもを多様な視点から評価できる視 点や機会が豊富になることで,家庭でも子どもに肯定的 評価を与える機会が増え,子どもの自己肯定感の低下を 防ぐことに貢献することが期待できる.
以上,ペアレントトレーニングを直接実施はしていな いが,子どもの療育を実践する傍ら,保護者間の交流の 場を設けている福井大学の療育教室に参加している保護 者は,他の保護者や教室のスタッフとの交流を通して,
小越 咲子,廣澤 愛子,武澤 友広,松井富美恵,近藤信一郎,三橋 美典
子どもを多角的な側面から評価するための複眼的な視点 を獲得するとともに,自身の心理的健康が増進したり,
自己理解が深まるという学びを認識していることが明ら かになった.この結果は,保護者間での交流を深める活 動は,ペアレントトレーニングとは部分的には異なるメ リットが得られることを示唆している.特に,保護者が 気負うことなく,安心し,自主的に楽しみながら学べた 点が「自己理解」「仲間意識」と「他者への積極性」を 深化させたのではないかと考えられる.これらは,他人 と協働と分業を行うために必要なスキルであり,間接互 恵の関係で子育てを行い,社会を生き抜く力をつけたと もいえる.
本研究は予備的なものであり,回答者も少ないために,
結果の一般化は難しいことに留意する必要があるが,ペ アレントトレーニングとは異なる保護者間の交流の場を 設けることの意義に迫ることができた点で意味がある.
今回の調査結果を参考に質問項目や回答用の選択肢を具 体化し,質問紙を作成することで,より大規模な調査を 行い,結果の一般化が可能か検討する必要があるであろ う.
引用文献
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芳賀 久保(2006)「注意欠陥/多動性障害,広汎性発 達障害をもつ母親の不安・うつに関する心身医学的 検討」心身医学46(1),75-86
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東京大学大学院教育学研究科紀要 第48巻 33-36 野田(2010)「発達障害児の家族支援の実施に関する調
査研究―家族支援の実施が支援者に与える影響につ いて―」東京大学大学院教育学研究科紀要 第50 巻 2010,181-188
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高階 内田 犬飼 井上(2008)「保健センターの親子 教室参加者を対象とした発達が気になる子どものペ アレント・トレーニング」発達心理臨床研究 第 14巻 17-25
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