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友 成 誠

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Academic year: 2021

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親鷲の思想形成

一『歎異抄』に見られる悪人正機説の再検討ー 教科・領域教育専攻

社会系コース 友 成 誠

はじめに

本研究は鎌倉時代に生きた親鷺の思想の再検 討を行ったものである。その中でも特に『歎異 抄』に記されている親鷺の代表的な思想の一つ 悪人正機説について注目した。なぜなら、悪人 正機説を親鷺の思想であると確定するためには、

現在においても多くの課題が残されていて、研 究者の間で、も今だにはっきりとした決着がつい ていなし、からである。

悪人正機説の先行研究としては、戦後、家永 三郎氏が悪人正機説の思想を「親鷲独自の立場 を最もよく代表する思想、Jと評したことから端 を発している。その後、田村円澄氏が『口伝紗』、

『醍醐本法然上人伝記』から同じような思想を 発見し、親鷺のものではないと主張された。し かし、重松明久氏によって、『歎異抄』と上記の 二つには思想的差異があるとし、『歎異抄』を悪 人正因説という概念に分け、残りの二つを悪人 正機説とした。その後、悪人正因説は熊田健二 氏や平雅行氏らに継承されてきた。そして現在 において研究者の間では、悪人正機説、悪人正 因説という二つの説が存在している。

そのため、本研究において歴史学的な視点か ら親驚の思想を再検討したい。また、本研究の 柱となるのが平雅行氏の研究であり、氏は顕密 体制論の視角を継承する形で、古代国家に財政 的に依存する寺院から、自らの力で財政的に自 立した寺院へと変革する中で仏教の社会的浸透 の過程を客観的に検討し、親驚研究においても

指 導 教 員 大 石 雅 章

歴史学的な手法によって新たな親驚像を築いて おり、現在においても親驚研究の中心的な存在 である。また、末木文美士氏や遠藤美保子氏等 も本研究の視野に入れることで悪人正機説の比 較・考察を行ってきた。

第一章 中世における専修念仏の歴史的意義 ここでは、中世における顕密仏教(正統)と 専修念仏(異端)の立場の違いから、お互いが 用いていたとされる悪人正機説の思想的差異を 検討した。そこでは、顕密仏教側が用いていた 悪人正機説には、念仏しか往生の術を持たない 当時の民衆に対して、簡便化された方便の行と

して与えることで、自力で往生する者の教えと 分けて用いてきた。そのことは、確かに民衆の ための宗教ではあるものの、それは差別性を含 んだ救済論であると言わなければならなかった。

一方、専修念仏側の法然・親鷺は、顕密仏教側 が用いていた悪人正機説の差別性を乗り越える ことで、普遍性・平等性をもった万民に通用す る教えに変えていこうとした。特に親驚におい ては、二章で詳しく検討するが、独特な善人悪 人観を用いたことで、これまでの顕密仏教側の 悪人正機説と大きな思想的差異があったことが 確認できる。

第二章 『歎異抄』に見られる悪人正機説の再 検討

(ー)前半では、ここまでに見られたような悪 人正機説の差別'性を伴った問題に対して親驚は どのように乗り越えてきたのか、思想構造の再

(2)

- 278 - 検討を中心に行ってきた。結果、悪人正機説と 悪人正因説のそれぞれの構造の違いを示したう えで、親鷺が悪人正機説を乗り越えようとした 思想は、悪人正図説という形で示すことができ た。また、悪人正因説の論理から見られる親鷲 の思想としては、正像末観と信心正因から成り 立つ重層的で独特な善人悪人観が存在し、複雑 なもので、あった。しかし、この親驚の悪人正因 説の善人悪人観が、これまで、顕密仏教側によっ てもたらされてきた民衆に随伴した差別を克服 し、万民の与える思想へと発展させることに成 功した。また、その親鷺の善人悪人観を明確に 証明できる史料としては『歎異抄』三条である

ことがここで確認できた。

(二)後半は、現在、親鷺の思想が悪人正図説 でないとされている問題を取り上げ、検討して きた。主に二つの問題を取り上げた。一つめは、

悪人正機説(悪人正因説)が親鷺の思想、でなく、

法然などが唱えたものとする問題である。二つ めは、『歎異抄』三条の著者が親鷺の弟子の唯円 であることから、悪人正機説(悪人正因説)の 思想や善人悪人概念が親鷺自身の著書から明確 に見つからないことの問題である。

一つめの結論としては、前述したように、悪 人正機説(悪人正図説)の論理を説明できるの は、現在においては、『歎異抄』三条のみであり、

他の史料である『口伝紗』、『醍醐本法然上人伝 記』との違いを見出すため、それぞれを解釈し 比較した上で検討してきた。『口伝紗』、『醍醐 本法然上人伝記』に見られる善人悪人観はこれ までに見られた悪人正機説に基づくものであり、

『歎異抄』三条との善人悪人観とは異なる価値 観であることを確認することができた。そのこ とによって、『歎異抄』三条の思想は法然のもの ではないことも確認できた。

二つ自の結論としては、平氏の論より、親驚 の悪人正因説を信心正悶説の文学的な修辞表現 と捉えたとき、親鷺の主著『教行信証』信巻に おいては、「悪の自覚jと「弥陀の救済を信じて やまない人」の部分が『歎異抄』三条の悪人観 にあたり、それは機法二種深信としてあらわさ れていることが確認できた。よって、『歎異抄』

三条の思想と親驚の著書との関連性を見出すこ とができた。

第三章悪人正因説~造悪無碍の関係性につ

いての再検討

第三章では、遠藤氏の論をもとに、親驚の造 悪無碍批判と悪人正因説から生まれる矛盾につ いて検討した。遠藤氏の結論の中では、親驚は 造悪無碍批判の思想を持つことにより、悪人正 機説(悪人正因説)は親鷺の思想、ではないこと を述べられている。

そのため、本研究では、親鷺が造悪無碍をど のように捉えていたのかを中心に検討した。検 討内容としては造悪無碍の定義、悪の中身、善 義絶驚の件での造悪無碍の対応についてなどを 史料から考察してきた。

結論としては、親鷲は、悪の内容を人間社会 における世俗的な悪と、全ての人が持っている 普遍的なものである宗教的な悪とを使い分け、

世俗的な悪に関しては造悪無碍の批判として、

親鷺の教えの根底となるものは宗教的悪として 擁護する立場であったと考えられる。そのため、

悪人正図説もその意味では、親鷲の思想として 存在した思想、と本研究では結論づけることがで

きた。

以上が、簡単な要旨となるが、これ以外にも 悪人正機説・悪人正因説については検討するべ き課題は多く、今後の研究や史料の発見により、

親鷺思想の本質により迫ることが期待できる。

参照

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