オ ー ス トラ リア の 産 業
一 一 農 業
,鉱 業,製 造 業,小 売 業 を 中 心 と し て 一 一
丹 野 勲
は じ め に
オ ー ス トラ リア の産 業 構 造 を考 察 す る場 合,以 下 の視 点 が重 要 で あ る。
第1は,羊 毛,食 肉,穀 物 とい った農 業 ・牧 羊製 品,お よび天 然 資 源 な ど の一 次 産 品 の輸 出 の比 重 が 高 い こ とで あ る。1988‑89年 度 の統 計 に よ る とy オ ー ス トラ リア の輸 出額 の66 .3%が 一 次 産 品 で 占 め られ て い る。 オ ー ス トラ
リア は,巨 大 な農 業,資 源輸 出 国 で あ る。 一 次 産 品 は,不 安 定 な 商 品 市場 に 左 右 され る た め,オ ー ス トラ リア経 済 に は,脆 弱 な構 造 が 内 存 して い る。
第2はsオ ー ス トラ リア の第2次 産 業,特 に工 業 製 品 の 国 際競 争 力 が 弱 い こ とで あ る。 オ ー ス トラ リア の工 業 部 門 は,輸 入代 替 的 な 国 内市 場 志 向型 で あ り,そ の 多 くは外 資 系企 業 で あ る。 政 府 の保 護 主 義 的政 策
,国 内 市場 の狭 小,労 働 賃 金 ・条 件 の硬 直 性,高 金 利 政 策 等 に よ り
,オ ー ス トラ リア の工 業 製 品 の 国 際競 争 力 は,最 近 とみ に弱 まっ て い る。
第3は,オ ー ス トラ リア の産 業 構 造 を雇 用 者 数 ,所 得 か ら見 る と,第3次 産 業 ・サ ー ビス業 の 比 重 が 高 い こ とで あ る。 流 通,金 融,運 輸,通 信 等 の産 業 に巨 大 企 業 が存 在 して い る。 これ らのサ ー ビス産 業 の 中 に は
,公 営企 業 も
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多 く見 られ る。
本 稿 で は,オ ー ス トラ リア の産 業 の 中 で重 要 で あ る と考 え られ る農 業 ・鉱 業,製 造 業,小 売 業 に関 して研 究 す る。
1)
第1章 オ ー ス トラ リア の 農 業 ・鉱 業
1.オ ー ス トラ リア の 農 業
(1)歴 史
オ ー ス トラ リア の 農 業 は,1788年,最 初 の 入 植 者 が オ ー ス トラ リア に 到 着 し た と きか ら始 ま っ た 。 最 初 の 成 功 し た 農 場 は,1793年 シ ドニ ー の 西 の パ ラ マ ッ タ(Parramatta)に 作 られ た ジ ョ ン ・マ ッ カ ー サ ー ・エ リザ ベ ス 農 場 (JohnMacathur・sElizabethFarm)で あ る。 マ ツ カ ー サ ー は・ 農 業 の 改 良 に 努 力 し,植 民 地 第1の モ デ ル 農 場 に育 て 上 げ た 。 彼 の妻 の 名 を と っ た エ リ ザ ベ ス 農 場 は,1800年 まで に,葡 萄 園,果 樹 園,野 菜 畑,穀 物 畑 を作 り,豚, 牛,鶏 の 飼 育 を も行 な っ た 。 ま た,マ ッカ ー サ ー は メ リ ノ種 の 羊 を オ ー ス ト
ラ リア で 最 初 に飼 育 し,羊 毛 を 生 産 し た 入 植 地 の 先 駆 者 で も あ っ た 。
そ の 後,小 麦 が,南 オ ー ス トラ リア で 大 規 模 に栽 培 さ れ,1840年 代 か ら, 南 オ ー ス トラ リア 州 は最 大 の小 麦 生 産 州 と な っ た 。 放 牧 産 業 は,ク イ ー ン ズ
ラ ン ド州 とニ ュ ー サ ウ ス ウ ェ ー ル ズ 州 の 西 部 地 域 の 主 要 な 産 業 と し て 発 達 し た 。 現 在 で は,オ ー ス トラ リア は,牛 ・羊 肉 生 産 国 と し て 世 界 の ト ッ プ3国 の̲つ で あ る。 酪 農 業 は,南 一 東 海 岸 を 中 心 と し て 発 達 し た 。 さ と う きび は・
北 ニ ュ ー サ ウ ス ウ ェ ー ル ズ 州 か ら北 ク イ ー ン ズ ラ ン ド州 まで の 東 海 岸 を 中 心 に栽 培 さ れ て い る。
オ ー ス トラ リ ア の 重 要 な 農 業 ・牧 羊 産 業 の 生 産 物 は,穀 物(そ の 多 く は 小 麦),羊 ・牛 肉,酪 農 品,羊 毛,砂 糖,は ち み つ,フ ル ー ツ,ワ イ ン で あ る。
歴 史 的 に,農 業 生 産 品 は,オ ー ス トラ リア の 輸 出 の 大 多 数 を 占 め て い た 。 1950年 代 末 ま で,農 業 部 門 か ら の輸 出 の割 合 は,80%以 上 を 占 め て い た 。 最
82国 際経営論集No.41993
近 で は そ の 比 重 が 低 下 し て きて い る 。 これ は
,農 業 生 産 の 生 産 量 が 低 下 し て い る た め で は な く,鉱 業 や 製 造 業 の 輸 出 の 著 しい 増 大 の た め で あ る
。 農 業 地 帯 は,オ ー ス トラ リ ア大 陸 の60%強 を 占 め て お り
,残 りの 地 域 の 大 多 数 を 占 め る 未 使 用 の 土 地(多 く は砂 漠)刎 まか は都 市 部
,森 林,鉱 物 地 帯 で あ る。 農 業 地 帯 の 多 くが 牧 羊 や 酪 農 地 帯 で あ り
,作 物 栽 培 の 耕 地 は 約4%
程 度 で あ る 。
② 穀 物
(a)小 麦
オ ー ス トラ リア の 主 要 な 穀 物 作 物 は,小 麦,大 麦,オ ー ト麦,モ ロ コ シ, と う も ろ こ し,米,ラ イ 麦,キ ビで あ る。 小 麦 は,オ ー ス トラ リ ア の す べ て の州 で 産 出 さ れ,小 麦 は生 産 と輸 出 に お い て 最 も重 要 な穀 物 で あ る
。 1788年,小 麦 は フ ァー ム ・コ ー プ(FarmCove)
,現 在 の シ ドニ ー ボ ト ミ ッ ク ガ ー デ ン で 最 初 に 栽 培 さ れ た 。 しか し,1820年 代 ま で 小 麦 栽 培 は拡 が ら な か っ た。 ビ ク ト リ ア 州 と南 オ ー ス トラ リア 州 は
,1830年 代 に小 麦 栽 培 が 始 ま っ た が,タ ス マ ニ ア が 最 も普 及 し た。 タ ス マ ニ ア は,気 候 が 英 国 小 麦 に適 し て い た か らで あ る 。1900年 代 初 頭 に な る と,小 麦 栽 培 が 鉄 道 の発 達,肥 料 の 使 用,新 し い 農 業 技 術 と方 法 の 導 入 と共 に 拡 が っ た
。 ウ ィ リア ム.フ ェ ラ0(WiliamFarrer)は ,オ ・一 ス トラ リ ア の 気 候 に 最 も適 し たHardier Wheatを 導 入 し,1950年 代 を通 し て 小 麦 産 業 は成 長 し拡 大 し た
。 現 在,オ ー ス トラ リア は世 界 で3番 目 の 小 麦 輸 出 国 で あ る
。 約15百 万 トン が 一 年 に輸 出 さ れ,そ れ はオ ー ス トラ リア の 穀 物 の85%で あ る
。1988/89年 度 は,1.9百 万 ト ンが エ ジ プ トに,1 。5百万 トン は 中 国 に,1 .5百 万 ト ン は イ
ラ ン,イ ラ ク に,百 万 トン は イ ン ド と 日本 に輸 出 さ れ た
。 小 麦 産 業 は,1988 年 に は8,275百 万 ドル の 生 産 量 で あ る。 小 麦 の 約80%は
,パ ン に 使 わ れ,こ の 市 場 は,専 門 化 さ れ て きて い る。
オ ー ス トラ リ ア の 小 麦 を 管 理 ・統 制 し て い る政 府 機 関 と し て オ ー ス トラ リ ア 小 麦 委 員 会(TheAustralianWheatBoard:AWD)が あ る
。 オ̲ス トラ オース トラリアの産業83
リ ア 小 麦 委 員 会 は,小 麦 ・小 麦 生 産 物 の 購 入,1売 却,処 分 を 目 的 に1939年6 月 に設 立 さ れ,国 内 と海 外 で の 小 麦 の 売 買 に 対 し て,法 的 権 限 を有 し て い る。
(b)米
オ ー ズ トラ リ ア で は,米 は1924‑25年 に ニ ュ ー サ ウ ス ウ ェ ー ル ズ 州 で 最 初 に 栽 培 され た 。 現 在 オ ー ス トラ リア の 米 の 約97%は,ニ ュ ー サ ウ ス ウ ェ ー ル ズ 州 で 生 産 さ れ て い る。 そ の ほ か,ク イ ン ズ ラ ン ド州 で も若 干 生 産 し て い る 。
著 者 は,オ ー ス トラ リ ア 滞 在 中 に,オ ー ス トラ リア の 米 を試 食 し た が,日 本 の 米 と味 の 点 で 遜 色 な い もの で あ っ た 。 オ ー ス トラ リア の米 の 市 場 価 格 は,
日本 の 約5分 の1程 度 と安 価 で あ る 。
⑧ 食 肉,酪 農 製 品
(a)食 肉
オ ー ス トラ リ ア で は,食 肉 と し て,牛 肉,羊 肉,豚 肉,鳥 肉 が 生 産 さ れ て い るが,最 も生 産 量 が 多 い の は牛 肉 で あ る。 オ ー ス トラ リア の牛 肉 生 産 は す べ て の 州 で 行 わ れ て お り,生 産 量 の 半 分 以 上 が 輸 出 さ れ て い る。 図 表1は, オ̲ス トラ リ ア の 主 要 な 食 肉 の 生 産 量 と輸 出 の 推 移 を 見 た も の で あ る。
表1オ ー ス トラ リアの 主 要 な食 肉の 生 産 量 と輸 出
(単位 千 トン) 生 産 量 輸 出 量
19881989 1988
1989
圃
牛 肉 ・子 牛 肉
羊 肉
子 羊
全 食 肉生 産 量i
1,547.91,542.0 262.2265.6
290.5292.3 2,404.22,404.5
894.5
×55.0 47.2
875.3
×51.2 41.5
(出 所:Thei//'(ゾAustralia,p.256)
肉 牛 の 数 は,干 ば つ と 洪 水 に 大 き く影 響 を 受 け る 。1970年 代 に は,肉 牛 が 約9百 万 頭 減 る と い う 長 い 干 ば つ が あ っ た 。 オ ー ス ト ラ リ ア 肉 牛 は,シ ョ ー ト ホ ー ン 種,ヘ レ フ ォ ー ド 種,ア バ ー デ ィ ン 種,ア ン ガ ス 種,デ ボ ン 種 な ど の 血 統 を 混 合 さ せ た も の で あ る 。 オ ー ス ト ラ リ ア は,一 人 あ た り の 食 肉 消 費 量 は 世 界 で5番 目 の 国 で,年 間77.1キ ロ グ ラ ム 消 費 す る 。 西 ド イ ツ は,世 界
84国 際 経 営 論 集No・41993
最 高 の 消 費 量 で,一 人 当 た り91.8キ ロ グ ラ ム で あ る。
オ ー ス トラ リア食 肉 ・畜 産 会 社(AustraliaMeatandLivestockCorpo ・ ration=AMLC)が,オ ー ス トラ リア の 食 肉 ・家 畜 の 国 内 消 費 と販 売 ・輸 出
の 促 進 を 目 的 と し て,1977年12月 に 政 府 に よ り設 立 さ れ た。 こ の 会 社 は,日 本 の 消 費 者 に 対 し オ ー ス トラ リ ア ビー フ の 宣 伝 キ ャ ンペ ー ン を も行 っ て い る。 オ ー ス トラ リ ア 食 肉 ・畜 産 会 社 の 主 要 な 機 能 は次 の と お りで あ る
。 1.オ ー ス トラ リ ア で の 食 肉 と家 畜 の 生 産 改 善。
2.オ ー ス トラ リ ア 肉 の 消 費 とセ ー ル ス の 促 進 と奨 励。 オ ー ス トラ リア 国 内 と海 外 へ の 家 畜 の 販 売 。
3.オ ー ス トラ リア か ら の 食 肉 と家 畜 の 輸 出 の 奨 励 ,支 援,促 進,統 制 。
(b)酪 農
オ ー ス トラ リア の 酪 農 は,19世 紀 か ら農 村 の 主 要 な 産 業 で あ っ た。 特 に 牧 羊 業 が ひ ど い 打 撃 を受 け た1930年 代 の 大 恐 慌 に,酪 農 業 は急 速 に拡 が っ た 。 オ ー ス トラ リア は,規 模 が 大 き く,酪 農 技 術 の 改 善 の た め 大 変 効 率 的 な 酪 農 経 営 を行 っ て い る 。
ビ ク ト リア 州 は,オ ー ス トラ リア の 全 体 の ミル ク生 産 の 約60%を 占 め て お り,オ ー ス トラ リア 最 大 の 乳 牛 生 産 州 で あ る。 オ ー ス トラ リア は,世 界 の ミ ル ク の2%弱 を 生 産 して お り,オ ー ス トラ リ ア の 酪 農 品 の 輸 出 量 は
,酪 農 品 で の 世 界 貿 易 の7%を 占 め て い る。
酪 農 製 品 の約30%が 液 体 ミル ク の 形 で 消 費 さ れ,オ ー ス トラ リア の 一 人 当 た りの 年 間 ミル ク消 費 量 は100リ ッ トル で あ る。 最 近 の 消 費 者 の 健 康 指 向 か ら,ミ ル ク の 多 く は低 脂 肪 や ス キ ム ミル ク の 形 で 売 ら れ て い る。
㈲ 羊 毛
オ ー ス トラ リ ア で の 最 初 の 羊 は,1788年 に オ ー ス トラ リア へ の 最 初 の 移 民 船 団 に よ っ て 導 入 さ れ た 。 こ の 羊 は,ケ ー プ ・ フ ァ ッ ツ 種(CapeFat
Tails)と い い,毛 深 い 羊 毛 と太 っ た 尻 尾 を も っ て い て 食 肉 と し て は 適 し て い た が,ウ ー ル 生 産 に は 向 か な い 品 種 で あ っ た 。18世 紀 の 終 わ り に メ リノ 種
オース トラリアの産業85
が 南 ア フ リカ か ら導 入 さ れ た 。 こ の メ リ ノ羊 は,ス ペ イ ン メ リ ノ の 子 孫 で あ り,マ ッ カ ー サ ー(JohnMacarthur)を 含 む 植 民 地 の 土 地 所 有 者 に 対 し て 南 ア フ リカ 統 治 者 の 妻 が 売 っ た もの で あ る 。
マ ッ カ ー サ ー は,オ ー ス トラ リア で の 羊 毛 生 産 の パ イ オ ニ ア で あ る。 マ ッ カ ー サ ー は,イ ギ リス 本 国 の 植 民 地 大 臣 ロ ー ド ・キ ャ ム デ ン(LordCam‑
den)か ら下 付 地 を授 け られ,キ ャ ム デ ン牧 場 で メ リ ノ 種 の 羊 を 飼 育 し た 。 マ ッ カ ー サ ー は,1807年 に英 国 に対 して 最 初 の ウ ー ル を輸 出 し た 。 こ の 牧 場 で 生 産 さ れ た メ リ ノ種 の 羊 毛 は,品 質 の 点 に お い て も価 格 の 点 に お い て も, 国 際 的 市 場 で 十 分 競 争 で き る も の で あ っ た 。
1822年 ま で ドイ ツ の ウ ー ル が マ ー ケ ッ トの リー ダ ー で あ っ た が,し だ い に ドイ ツ の ウ ー ル輸 出 は減 少 し,オ ー ス トラ リア が マ ー ケ ッ トの リー ダ ー と な っ た 。1830年 代 初 め か ら約20年 間,羊 毛 が オ ー ス トラ リ ア 最 大 の輸 出 品 と な っ た 。
1840年 初 頭,ウ ー ル 価 格 は 下 降 し,深 刻 な 干 ば つ が あ っ た 。 オ ー ス トラ リ ア の 牧 羊 業 者 は,1851年 オ ー ス トラ リア で 金 が 発 見 さ れ て 大 きな 影 響 を受 け た 。 牧 場 の 羊 飼 い,雇 い 人 の 多 くが 金 捜 しの た め 職 を離 れ て い っ た 。 牧 羊 に 従 事 す る人 口 が 減 っ た こ と は,か え っ て 牧 場 経 営 の 効 率 性 を 高 め た 。 ゴ ー ル
ド ラ ッ シ ュ に よ る人 口 の 急 増 は,国 内 羊 毛 需 要 の 拡 大 を も た ら し た 。
羊 毛 産 業 の 歴 史 の な か で 最 悪 の 不 況 は1929年 か ら始 ま り}約10年 間 続 い た 。 ウ ー ル 以 外 の 商 品 の 価 格 も ドラ マ チ ッ ク に下 が っ た が,オ ー ス トラ リア の 最 大 の輸 出 品 で あ っ た ウ ー ル の 価 格 は半 分 に な っ た 。 そ れ は,1930年 初 頭 の 世 界 的 な 経 済 恐 慌 の た め で あ る。1929年 の 恐 慌 以 前 で は オ ー ス トラ リ ア の輸 出 所 得 の 約 半 分 は羊 毛 で あ っ た が,1930年 初 頭 で は3分 の1に 減 少 し た 。
今 日,オ ー ス ト ラ リ ア の 羊 の 約75%以 上 が,メ リ ノ 種 で あ る 。 他 の 種 の 多 くは,食 肉 生 産 の た め に イ ギ リス で 生 ま れ た 種 を メ リ ノ種 に 交 配 し た 混 血 種 で あ る 。
オ ー ス トラ リア は世 界 で 最 大 の ア パ レ ル ウ ー ル の供 給 者 で あ る 。 世 界 の ウ 86国 際経営論集No.41993
一 ル の4分 の1以 上 を 生 産 し
,メ リノ ウ ー ル で は約 半 分 を 生 産 し て い る。 オ .̲....ストラ リア は
,170百 万 頭 以 上 の 羊 が い る(一 人 当 た り約11頭 とな る)。 し か し,専 門 家 の 間 で は,こ の 羊 の 数 は か な り過 剰 で あ る と感 じて い る
。 オ ー ス トラ リ ア の 羊 の 約40%は,NSW州 で あ る。
現 在,ウ ー ル 生 産 の約95%が 輸 出 さ れ,オ ー ス トラ リ ア の 輸 出 所 得 の10%
以 上 を稼 い で い る。1989‑90年 度 の ウ ー ル 輸 出 は60億 ドル で あ る。
オ ー ス トラ リア ・ウ ー ル 公 社(TheAustralianWoolCorporation)が , 牧 羊 業 者 の 所 得 を 増 大 させ,利 益 を安 定 的 に 維 持 す る た め1973年 に設 立 さ れ た 。 オ ー ス トラ リ ア ・ウ ー ル 公 社 は,ウ ー ル の 市 場 開 拓 や 販 売 促 進 を行 い
, ま た ウ ー ル の 研 究 開 発 の た め 資 金 を も提 供 す る。 公 社 の 基 金 は,牧 羊 業 者 に 自 ら果 た さ れ た 税 金 に よ っ て い る。 公 社 は,ウ ー ル に対 す る 基 本 最 低 価 格 を 決 め,オ ー ス トラ リア で 行 わ れ る通 常 の レ ギ ュ ラ ー ウ ー ル オ ー ク シ ョ ン の価 格 が 最 低 価 格 に 到 達 し な い ウ ー ル に つ い て は 公 社 が 購 入 し,後 に 価 格 が ふ た
た び 上 昇 し た と き に 売 却 す る と い う価 格 安 定 策 を行 っ て い る。
⑤ 砂 糖
1788年,さ と う き び は オ ー ス トラ リ ア で の 最 初 の 移 民 船 団 に よ っ て も た ら さ れ た 。 最 初 に 成 功 し た プ ラ ン テ ー シ ョ ン は,NSW州 の ポ ー ト ・マ ッ コ ー リー(PortMacquarie)で1321年 に 作 られ た が,10年 後 に 閉 鎖 し た。QLD 州 で 最 初 に さ と う き び収 穫 が 行 わ れ た の は ブ リス ベ ン で,1862年 で あ っ た。 QLD州 の さ と う き び 産 業 は1860年 代 後 半 に 成 立 し た 。1830年 代 の 終 わ り に 最 初 の 砂 糖 精 製 所 が オ ー ス トラ リ ア砂 糖 会 社 に よ っ て 建 設 さ れ,1855年 ,植 民 地 砂 糖 精 製 会 社(TheColonialSugarRefiningCompany;CSR)に よ っ
て 買 収 さ れ た 。 現 在,CSR社 は,オ ー ス トラ リア の 主 要 な 砂 糖 精 製 会 社 の 一・つ で あ る
。
現 在,オ ー ス トラ リア の さ と う き び は,NSW州 北 部 マ ク リー・ン か ら ク ィ 0ン ズ ラ ン ド州 の モ ス マ ン ま で の2
,100キ ロ メ ー トル に わ た る東 海 岸 沿 岸 地 域 で 多 くが 栽 培 さ れ て い る 。 さ と う き び 生 産 量 の95%は,QLD州 で あ る 。
オース トラリアの産業87
1989年 の さ と う き び の 栽 培 面 積 は,2,100平 方 キ ロ メ ー トル で あ る。 オ ー ス トラ リア の さ と う き び 農 家 は,機 械 化 が 進 ん で お り,世 界 で 最 も効 率 的 経 営 が さ れ て い る。
連 邦 とQLD州 政 府 は,砂 糖 の 栽 培,精 製,マ ー ケ テ ィ ン グ,輸 出 を コ ン トロ ー ル し て い る 。QLD州 政 府 は,オ ー ス トラ リ ア の 主 要 な 砂 糖 製 造 会 社 で あ るCSR社 と ミ ラ ク イ ン社(MillaquinSugarCompany)と の 間 で ・ 精 製,国 内 の 販 売 と流 通 に 関 す る契 約 を 結 ん で お り,ま た,CSR社 と の 間 で 輸 出 マ ー ケ テ ィ ン グ に 関 す る契 約 を 結 ん で い る。
オ ー ス トラ リ ア は,世 界 で 最 大 の さ と う き び 製 造 と輸 出 国 の 一 つ で あ る。
1989年 に は24百 万 トン を生 産 し,そ の75%を 輸 出 して い る。 オ ー ス トラ リア の 砂 糖 の 約4分 の1は 国 内 市 場 で あ り,そ の 残 り は 原 料 の 形 の 砂 糖(raw bulksugar)と して 輸 出 さ れ る 。 オ ー ス トラ リア 砂 糖 の 主 要 な輸 出 国 は,ア
ジ ア 諸 国 で あ る 。 (6)フ ル ー ツ
オ ー ス トラ リア で は,多 種 多 様 な フ ル ー ツ が 生 産 さ れ て い る。 各 州 は,州 の 気 候 に 適 合 し た フ ル ー ツ を 生 産 し て い る。 例 え ばsQLD州 で は ・ ト ロ ピ カ ル フ ル ー ツ,タ ス マ ニ ア州 は りん ご とベ リー とい っ た と こ ろで あ る。 フ ル ー ツ の 生 産 額 を 見 る と,り ん ご,オ レ ン ジ,バ ナ ナ,西 洋 梨 が 多 い 。
フ ル ー ツ の 輸 出 は,過 去 数 年 間 か な り増 加 して お り,生 産 額 の 約4分 の1 が 輸 出 さ れ て い る。 特 にi近 年,天 然 生 ジ ュ ー ス の輸 出 が 増 加 して い る 。
り ん ご と梨 に つ い て は,オ ー ス ト ラ リ ア ・ り ん ご ・梨 会 社(TheAus‑
traliaAppleandPearCorporation)が,オ ー ス トラ リア の りん ご と梨 の輸 出 の 促 進 と統 制 機 能,お よ び 国 内 の 流 通 促 進 機 能 を担 っ て い る。 缶 詰 フ ル ー
ツ に つ い て は,オ ー ス ト ラ リ ア 缶 詰 フ ル ー ツ 会 社(TheAustralianFruits
Corporation)が オ ー ス トラ リ ア 国 内 の 流 通 と海 外 へ の 輸 出 に 関 す る機 能 を 担 っ て い る。
88国 際 経 営 論 集No.4ユ993
σ)葡 萄 とワ イ ン
オ ー ス トラ リ ア の フ ル ー ツ 産 業 の な か で,ワ イ ン製 造 産 業 は重 要 で あ る。
ワ イ ン生 産 で は,NSW州 の ハ ン タ ー バ レ ー(HunterValley),SA州 の バ ロ ッ サ バ レ ー(BarossaValley)が 有 名 で あ る。 葡 萄 は,す べ て の 州 で 栽 培 さ れ て い る。
初 代 総 督 ア ー サ ー ・フ ィ リ ッ プ 卿 は,フ ァ ー ム ケ ー ブ(現 在 の シ ドニ ー に あ る ロ イ ヤ ル ボ ト ミ ッ ク ガ ー デ ン)に オ ー ス トラ リア に 初 め て ぶ ど うの 木 を 植 え た 。 し か し,海 風 と余 り に も肥 え た 土 地 は,良 い ワ イ ン ぶ ど う を生 ま な か っ た 。 そ の 後,ジ ェ ー ム ス ・バ ス ビ ー(JamesBusby)は,ハ ン タ ー バ
レ ー に ぶ ど う の 木 を植 え た 。1852年 ま で に,こ こ で は毎 年270 ,000リ ッ タ ー の ワ イ ン と4,500リ ッ タ ー の ブ ラ ン デ ー を 生 産 し た 。 そ の 時 期,SA州 は,
ま だ ワ イ ン生 産 州 か ら は ほ ど遠 か っ た 。
1989年,オ ー ス トラ リ ア は403百 万 リ ッ タ ー の ワ イ ン を生 産 し,そ の う ち 39.4百 万 リ ッ タ ー(生 産 の 約9.8%)が 輸 出 さ れ た 。 輸 出 額 は98 .7百 万 ドル で あ る。 比 較 的 短 期 間 で オ ー ス トラ リア は 世 界 の 最 高 級 に等 し い ワ イ ン 製 造 技 術 を発 達 させ た 。 オ ー ス トラ リ ア ・ワ イ ン ・ブ ラ ン デ ー 会 社(TheAus‑
traliaWineBrandyCorporation)が1986年 設 立 さ れ,オ ー ス トラ リア の ワ イ ン輸 出 を 管 理 ・統 制 し て い る。
⑧ 綿
最 初 はQLD州 で1860年 代 に 栽 培 さ れ,綿 の 栽 培 は し だ い に 他 の 州 に 拡 が っ た。1920年 代 まで は 綿 の 生 産 量 は少 な か っ た が,政 府 が 綿 産 業 を 補 助,保 護 した た め,急 速 に発 展 し た 。 特 に,機 械 化 さ れ た 収 穫 機 や 害 虫 コ ン トロ ー ル が こ の 産 業 を安 定 さ せ た 。1970年 中 期 か ら,綿 産 業 に対 す る投 資 が 拡 大 し, 綿 の 輸 出 は増 大 し た 。 現 在,オ ー ス トラ リ ア の 綿 生 産 の 多 く は,QLD州 で 行 わ れ て い る。1988年,オ ー ス トラ リア は,177,000ト ン の 綿 が 輸 出 さ れ, 輸 出 額 は353百 万 ドル で あ る 。
オ ー ス トラ リ ア の 産 業89
2.オ ー ス トラ リア の 鉱 業
経 済 的 に 重 要 な 鉱 物 は オ ー ス トラ リア の い た る と こ ろ で 発 見 さ れ る。 国 内 と輸 出 ニ ー ズ に対 す る十 分 な 鉱 床 が 存 在 し て い る。
オ ー ス トラ リア の 主 要 な 鉱 物 は,ボ0キ サ イ ト,黒 炭,粘 土,銅,ダ イ ヤ モ ン ド,金,鉄 鋼 石,鉱 石,鉛,マ ン ガ ン}天 然 ガ ス,ニ ッ ケ ル,塩,銀, ス ズ,ウ ラ ニ ウ ム,亜 鉛 で あ る 。 オ ー ス トラ リア の す べ て の 鉱 物 の権 利 は, 連 邦 が 持 っ て い る。 しか し,州 や テ リ ト リー は,そ れ 自身 の 鉱 物 規 制 を 持 ち,
鉱 物 ロ イ ヤ リ テ ィー を 集 め て い る。 連 邦 は,沿 岸 か ら3海 里 以 内 の 沿 岸 の 鉱 物 の権 利 に 対 し て 責 任 を 持 っ て い る。 オ ー ス トラ リア の 鉱 物 の 収 入 は,企 業 税 が か か ら な い 。
1989年 の オ ー ス トラ リア のGDPの 約10%は,鉱 物 か ら で あ る。 図 表2は, 1988‑89年 の 鉱 物 生 産 を示 し て い る。
オ ー ス トラ リア は,世 界 の リー デ ィ ン グ ダ イ ヤ モ ン ド生 産 国 で あ る 。 世 界 最 大 の ボ ー キ サ イ ト生 産 国 の 一 つ で あ る 。 石 炭 輸 出 国 と して 世 界 貿 易 の25%
を 占 め て い る。 鉄 鋼 石 で は,世 界 第2位 の 生 産 国 で あ る 。 ニ ッ ケ ル で は世 界 第3位 の 生 産 国 で あ る。 金 は 西 側 諸 国 で 第4位 の 生 産 国 で あ る。 銅 で は,世 界 第9位 の 生 産 国 で あ る 。
第2章 オ ー ス トラ リア の 製 造 業
1.概 況
18世 紀 後 期 か ら19世 紀 の 初 頭 に か け て の 植 民 地 建 設 の 時 代,オ ー ス トラ リ ア の 製 造 業 は,ま だ か な り小 規 模 で あ っ た 。 塩,パ ン,ろ う そ く,繊 維,皮, 道 具,家 庭 用 品 とい っ た 生 活 に基 本 的 に必 要 な 品 の生 産 が 中 心 で あ っ た。
1820年 代 か ら50年 に か け て の 時 期,羊 毛 産 業 が 主 に 英 国 に対 す る輸 出 産 業 と し て 急 速 に発 展 した 。 製 造 業 もニ ュ ー サ ウ ス ウ ェ ー ル ズ 州 を 中 心 と して 発 展 し始 め た 。 移 民 の 急 増 に対 応 し て,食 品,飲 料,輸 送 機 械,建 築 等 の 産 業
90国 際経営論集No.41993
衰2オ ー ス トラ リア の 鉱 物 生 産
kt kt kt
OOOc kg kt kt kt Mm3 kt kt
37,298kilotonne{kt) 184,47kt
276kt
36,297metriccarat 184,383kg
97,437kt 487kt 1,917kt
15,772millionm3 64kt
7,110kt 1,092t 7,186t 4,506
769kt (出所:Ther//'げAustralia,p.262)
が 発 展 し た 。
1850年 代,製 造 業 は 急 速 に 発 達 し た が,人 々 は ゴ ー ル ドラ ッ シ ュ に誘 わ れ, 製 造 業 の 多 くが 崩 壊 し た 。1890年 代,大 き な 不 況 が あ り,海 外 との 競 争 を 排 除 し,国 内 で 作 られ た商 品 を保 護 す る た め 関 税 が 導 入 さ れ た 。 第1次 大 戦 は, 鉄,繊 維,電 気 製 品,木 材 産 業 を 発 達 させ た 。 こ の 時 期,こ れ らの 商 品 は輸 入 で き に くか っ た か らで あ る 。 第2次 大 戦 の 時 期,オ ー ス トラ リア は機 械, 航 空 機,造 船 等 の 軍 需 産 業 の 発 展 を 経 験 し た 。
現 在,製 造 業 は100万 人 以 上 の 雇 用 者 を持 ち,1989年 の 製 造 業 生 産 額 は, 約1,340億 ドル で あ る 。 オ ー ス ト ラ リ ア の 製 造 業 は,高 金 利,国 内 市 場 の 狭 小,保 護 主 義,労 働 コ ス ト高,と い っ た 環 境 の 中,国 際 競 争 力 は必 ず し も高
くは な い 。
オ ー ス ト ラ リア の 産 業91
2.保 護 主 義 政 策
オ ー ス トラ リア の 製 造 業 に対 す る保 護 主 義 政 策 は長 い 歴 史 を持 っ て い る 。 オ ー ス ト ラ リ ア で 最 初 の 保 護i主 義 的 連 邦 関 税 は,1908年 の リ ン 関 税 (Lilletariff)で あ る と言 わ れ て い る 。 リ ン 関 税 は 関 税 を 課 た す 品 目 を2倍 に し,連 邦 の 関 税 収 入 は3倍 に な っ た 。
1921年,連 邦 は,リ ン 関 税 の 税 率 を 約3分 の1引 き上 げ た グ リー ン 関 税 (Greentariff)を 導 入 し た 。 こ の 関 税 引 き上 げ の 目 的 は,鉄 鋼 産 業,自 動 車 組 み 立 て 産 業 とい っ た オ ー ス トラ リア の 萌 芽 期 の 産 業 を保 護 す る た め で あ る 。 鉄 鋼 業 と 自動 車 組 み 立 て 工 業 の 確 立 に よ り,第1次 大 戦 と1920年 代 に採 来 の 成 長 と多 様 化 へ の 基 盤 を ま す ま す 強 固 に した 。 ま た,連 邦 は,1921年 に独 立 の 諮 問 機 関 と し て 関 税 委 員 会(TariffBoard)を 創 設 し た 。 海 外 の 生 産 コ ス トの 低 下 と戦 後 の ブ ー ム の終 焉 と い う状 況 の 中 で,連 邦 は1920年 代 中 期 に さ ら に 関 税 率 を 引 き上 げ た。 この 引 き上 げ に 対 し て,初 め の う ち は農 牧 業 者 の 抵 抗 が あ っ た 。 製 造 業 に対 す る 関 税 に よ る保 護 主 義 は,オ ー ス トラ リア 経 済 に生 ず る 生 産 費 の 上 昇 に よ る 負 担 が,結 局 農 牧 業 者 にふ りか か る と主 張 し た の で あ る 。 こ の よ う な 抗 議 に 応 じ て,地 方 税(CountryParty)の 賛 成 で, 砂 糖,ぶ ど う,バ タ ー,チ ー ズ とい っ た 特 定 の 農 産 物 に対 す る保 証 価 格 制 度
が 生 ま れ,な ん で も保 護(protectionallround)と な っ た 。 特 に,バ タ ー に つ い て は,ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド,ア メ リカ,ヨ ー ロ ッパ 諸 国 の バ タ ー と有 利 に 競 争 させ る た め,バ タ ー の 国 内 販 売 価 格 を上 げ て 実 質 価 格 と協 定 価 格 と の 差 額 を酪 農 製 品 輸 出 業 者 へ の 助 成 金 に あ て る政 策 を 実 施 した 。
1930年 に は,世 界 的 不 況 の 勃 発 に よ る 国 内 失 業 対 策 の た め,い っ そ うの 保 護 主 義 政 策 で あ る ス カ リ ン 関 税(Scullintariff)が 導 入 さ れ た 。 ス カ リ ン 関 税 は,今 ま で 以 上 に 関 税 率 を 広 範 囲 に 引 き上 げ,一 一部 の 品 目 に つ い て は輸 入 数 量 制 限 や 輸 入 禁 止 の 措 置 が と られ た 。 さ ら に,1931年 に は豪 州 ポ ン ドは 英 国 ポ ン ドに対 して25%切 り下 げ られ る 通 貨 交 換 レ ー トの 変 更 が 行 わ れ た 。 ス カ リ ン 関 税 は オ ー ス トラ リ ア の 自 動 車 組 み 立 て や 部 品 産 業 の 発 展 を促 進 し
92国 際経営論集No、41993
表3工 業製 晶に対 す る輸 入関税率 {%)
70
6D
50 40
30 20
10
0
190919141919/201924/51929/301934/51939/40(年)
(出 所:KymAnderson"TariffsandManufacturingSector",R .Maddock&1.W.
Mcleaneds.,TheAustralianEconomictheLongRun,p .177.}
た 。1937年 の 国 産 車 の 国 内 調 達 率 は43〜50%で あ っ た と され て い る 。
図 表3は1909年 か ら40年 ま で の オ ー ス トラ リ ア の 工 業 製 品 に 対 す る輸 入 関 税 率 の 平 均 の 推 移 を 表 わ し た も の で あ る。
第2次 大 戦 後 も引 き続 き高 関 税 率 に よ る保 護 主 義 的 政 策 を継 続 し た 。 保 護 関 税 対 象 輸 入 品 の 関 税 率 はi1949年 の26%弱 か ら63年 に は約32%へ と上 昇 し
て い る。
しか し,1973年 に 関 税 を一 律25%引 き下 げ る とい う オ ー ス トラ リ ア の 産 業 政 策 の転 期 と な る産 業 保 護 削 減 政 策 が,ウ イ ッ トラ ム 労 働 党 政 権 に よ り実 施 さ れ た 。 だ が,繊 維,衣 料,履 物,自 動 車 組 立 て や 部 品 とい っ た特 定 の 産 業 に つ い て は例 外 と し,保 護 主 義 政 策 を維 持,強 化 し た 。 保 護 さ れ た産 業 以 外 の 工 業 製 品 の 有 効 保 護 率(Effectiveratesofprotection)は,1974年 の23%
か ら81年 に は14%と 低 下 し て い る の に対 し,こ れ ら の 保 護 さ れ た 産 業 の 平 均 は74年 の45%か ら81年 に は130%と 著 し く上 昇 し て い る。1974年 か ら繊 維,
オース トラリアの産業93
衣 料,履 物,自 動 車 に対 す る輸 入 数 量 制 限 や,関 税 割 り当 て制 度 とい った非 関 税 障 壁 が導 入 され た。 この よ う に,高 度 に保 護 され た特 定 産 業 に対 す る産 業 政 策 の再 強 化 が 実施 され た 。
1980年 代 にな り産 業 政 策 が保 護 主義 か ら,よ り一 層 の 自 由主s市 場 原 理 主義 に転 換 して い く。1983年 に は,労 働 党 が ふ た た び政 権 を奪 取 し,ボ ブ ・
ホー クが首 相 とな っ た。 ホー ク労働 党 政 権 は,段 階 的 に保 護 主 義 を撤 廃 して い く政 策 を実施 した。構 造 調 整 を必 要 とす る製 造 業 に つ い て,個 別 産 業 政 策 が 立 案 され た。83年 の鉄 鋼 業 再 建 計 画,84年 の 自動 車 産 業 政 策(バ トン ・プ ラ ン),86年 の繊 維,衣 料,履 物 産 業 再 建7ヵ 年計 画 な どが あ る。 い ず れ の個 別 産 業 政 策 も,保 護 主 義 の 削減 を通 じた 当該 産 業 の合 理 化 案 が 中核 で あ る。
また,ホ ー ク政 権 の 「合 意 に基 づ く経 済 運 営 」 に よ る産 業政 策 の た め に,オ ー ス トラ リア製 造 業 協 議 会(AustraliaManufacturingCounci1:AMC)が,
政 府,産 業 界,労 働 組 合 の三 者 協 議 の場 と して新 た に創 立 され た。
1980年 代 後 半 に入 って,保 護 主 義 政 策 か らの決別 へ の志 向が ます ます高 ま った 。88年 の 経 済 声 明 で は,輸 入 割 当制 度 の廃 止,製 造 業 に対 す る平 均20%
の 関税 保 護 の削減,乗 用 車 に対 す る関税 保 護 の 削減 ペ ー ス の加 速 化 な どが 発 表 され た。
3.新 産 業 政 策
オ ー ス トラ リ ア 政 府 は,1991年3月,「 競 争 力 あ る オ ー ス トラ リア を 築 く
2}
た め に」 と題 す る新 産 業 政 策 を発 表 した。 この政 策 は関税 保 護 を大 幅 に削減 す る こ とに よ り国 内市 場 の競 争 を促 進 させ る と と もに,税 負 担軽 減 な どの追 加 的措 置 とあ わ せ,オ ー ス トラ リアの製 造 業 の国 際競 争 力 の 強化 を狙 った も の で あ る。
新 産 業 政 策 で は,関 税 保 護 削減 措 置 が そ の中核 とな って い る。 その 関税 引 き下 げ措 置 の概 要 は以 下 で あ る。
① 一 般 関税 率 は乗 用 車 と繊維,衣 料,履 物 を除 き,現 行 の10%あ るい は
94国 際 経 営 論 集No.41993
15%か ら93年 まで に0律5%に 段 階 的 に引 き下 げ る。
② 乗 用 車 の 関税 率 を,バ トン ・プ ラ ンが 終 了 す る92年 時 点 の35%か ら 2000年 に は15%に まで 引 き下 げ る。
③ 繊 維 ・衣 料 ・履 物 の関 税 率 は,現 行 の55%か ら2000年 に は最 高 で25%
まで 引 き下 げ る。
④ 繊 維 ・衣 料 ・履物 に適 用 され て い る輸 入 数 量 制 限 を93年3月1日 まで に,補 助 金 制 度 は95年7月1日 まで に廃 止 す る。
また,関 税 引 き下 げ以 外 の ビジ ネ ス ・コス ト引 き下 げ の た め の措 置 と して は,① 生 産 関 連 投 入 財 お よび活 動 に対 す る売 上税(SalesTax)の 免 税 範 囲 の 拡 大,② 減価 償 却 制 度 の簡 素 化 な どが 導入 され た。
以 上 の よ うに,新 産 業 政 策 で は,従 来 の保 護 主義 的政 策 を大 転 換 し,市 場 原 理 を優 先 した よ り自 由競 争 を重 視 した産 業 政 策 を志 向 して い る。
今 回 の新 産 業 政 策 で は,前 述 した よ う に,例 外 措 置 と して 保 護 され た繊 維 ・衣 料 ・履 物,自 動 車 な どの産 業 に対 して も,大 胆 に 自由化 を求 め て い る。
(1)繊 維 ・衣料 ・履物産業
オ ー ス トラ リア の繊 維 ・衣 料 ・履 物 産 業 は,従 来,製 造 部 門 で最 も保 護 さ れ て お り,関 税 割 り当 て,高 率 の関 税,バ イ ・ロー制 度,補 助 金 な どに よっ て 国際 競 争 か ら保 護 され て い た。 新 産 業 政 策 で は,輸 入 割 り当 て,補 助 金, 関 税 率 の段 階 的 削減 に よ って,同 産 業 を よ り輸 入 競 争 に さ らす こ とで あ る。
具 体 的 に は以 下 の政 策 が盛 り こ まれ て い る。
① 輸 入 数 量 制 限 を93年3月1日 まで に廃 止 す る。
② 補 助 金 制 度 を95年7月1日 まで に廃 止 す る。
③ 関税 率 は,96年 まで に段 階 的 に最 高55%ま で 引 き下 げ る計 画 を延 長 し, 2000年 まで に最 高25%ま で に 削減 す る。
オ ー ス トラ リア政 府 は,以 上 の よ うな繊 維 ・衣 料 ・履 物 産 業 に対 す る新 産 業 政 策 に よ り国 内業 者 の 国 際競 争 力 の強 化 を狙 って い る。 今 後 は,保 護 主義 の撤 廃 に よ ります ます業 界 の再 編 合 理 化 が 進 む とみ られ て い る。
オーストラリアの産業95
② 自動 車 産 業
オ ー ス トラ リア の 自 動 車 産 業 に 対 し て は,長 い 間 保 護 主 義 政 策 が と られ て きた 。
オ ー ス トラ リ ア に 最 初 に 自 動 車 組 み 立 て 工 業 が 開 始 さ れ た の は,1920年 代 で あ る。1925年 に,ア メ リカ の フ ォ ー ド社 が オ ー ス トラ リア に進 出 し,自 動 車 組 み 立 て を始 め,翌 年 の26年,ゼ ネ ラ ル ・モ ー タ ー ズ社(GM)も オ ー ス
トラ リア で の 組 み 立 て を 開 始 し た。 米 系 自動 車 メ ー カ ー2社 の 現 地 生 産 の 目 的 は 高 い 輸 入 関 税 に対 応 す る た め で あ っ た 。
第2次 大 戦 後,オ ー ス トラ リア 政 府 は,自 動 車 産 業 を よ り一.層発 展 させ よ う と し た 。 国 内 自 動 車 産 業 を保 護 ・育 成 させ る た め,オ ー ス トラ リア 政 府 は, 依 然 輸 入 車 に 高 関 税 を課 た す 保 護 主 義 的 政 策 を継 続 した 。GM系 の オ ー ス ト
ラ リア 製 造 会 社GMフ ォ ー ル デ ン社 は,オ ー ス トラ リア で 開 発 した 車 種 フ ォ 0ル デ ン の 生 産 を 開 始 し た 。 フ ォ ー ド ・オ ー ス トラ リ ア 社 も,1960年 に 「フ ァ ル コ ン』 の 現 地 生 産 を拡 大 した 。 ク ラ イ ス ラ ー社 も,オ ー ス トラ リア で 現 地 生 産 を 開 始 し米 系 大 手 自動 車 メ ー カ ー3社 が,オ ー ス トラ リア で,自 動 車 組 み 立 て を行 う体 制 を 確 立 し た 。
日本 の 自 動 車 メ ー カ ー は,1976年 に 日産 自動 車,1977年 に トヨ タ 自動 車 が と も に メ ル ボ ル ン で 現 地 生 産 を開 始 し た 。1980年 に は,三 菱 自動 車 は ク ラ イ ス ラ ー ・オ ー ス トラ リア 社 を 買 収 し,ア デ レ ー ドで 現 地 生 産 を 開 始 した 。
1988年,豪 州 ト ヨ タ とGMホ ー ル デ ン は合 併 しUAAI社 と な っ た 。1992 年10月,日 産 自動 車 は,オ ー ス トラ リ ア で の 現 地 生 産 を 中 止 し,工 場 を 閉 鎖 す る こ と を 決 定 し た 。 日産 自 動 車 の 現 地 生 産 撤 退 に よ り,オ ー ス トラ リア の 自動 車 製 造 会 社 は,フ ォ ー ド ・オ ー ス トラ リ ア,UAAI(GMホ ー ル デ ン と
ト ヨ タ の 合 併 会 社),三 菱 自 動 車 オ ー ス トラ リ ア の3社 と な っ た。 日産 の 撤 退 の 理 由 は,新 産 業 政 策 に よ る 関 税 率 の 段 階 的 引 き下 げ政 策 に よ り現 地 生 産 メ リ ッ トが 薄 れ る こ と,累 積 赤 字 が 約5億 ドル に 達 す る な ど,経 営 環 境 の 悪 化 に よ る もの と見 られ て い る 。
96国 際経営論集No41993
オ ー ス トラ リアの 自動 車 産 業 の保 護 主 義 的政 策 は,84年 に大転 換 した。84 年,当 時 の商 工 技 術 大 臣 が 中心 とな っ て,『 バ トン ・プ ラ ン』 と呼 ばれ る 自 動 車 産 業 計 画 が 発 表 され た。 そ の 内容 は以 下 で あ る。輸 入 割 り当 て制 を廃 止
し関税 割 り当 て制 に代 替 し,関 税 率 を漸 減 させ る。5社 あ る 自動 車製 造 会 社 を3社(も し くは3グ ル ー プ)に 整 理 統 合 し,13あ っ た モ デ ル数 を6に 絞 る よ う励 奨 し,規 模 の メ リッ トを計 る。 以 上 の よ うな大 胆 な 自 由化政 策 で あ っ た。
今 回 発 新 され た新 産 業 政 策 も,バ トン ・プ ラ ンの政 策 を踏襲 し,強 化 す る 内容 とな っ て い る。 自動 車 産 業 に対 す る新 産 業 政 策 の骨 子 は以 下 で あ る。
① 乗 用 車 の 関税 率 を92年 の35%か ら毎 年2 .5%ず つ 軽 減 させ,2000年 ま で に15%に す る。
② 従 来 自動 車 製 造 業 者 の部 品 な どの輸 出実 績 に基 づ い て部 品 の輸 入 関 税 を免 除 して い た制 度 は存 続 す る。
③ 高 級 車(4万5,000ド ル 以 上)に 対 す る売 上 税 率30〜50%の 段 階 的 適 用 を一律30%に 簡 素 化 す る。
以 上 の政 策 の うち,関 税 率 の年2 .5%引 き下 げ は,現 地 生 産 の メ リ ッ トを 薄 め る事 に な り,日 産 自動 車 の撤 退 に代 表 され る よ うに オ ー ス トラ リア の 自 動 車 製 造 メー カー の み な らず,自 動 車 部 品 メ ー カ ー に対 して も深 刻 な打 撃 を 与 え る恐 れ が あ る。 オ ー ス トラ リア の 自動 車 産 業 は,こ れ か ら国 内,海 外 メ ー カ0と の厳 しい競 争 の 中 で生 き残 りをか け た戦 いが続 く'と予 想 され
る。
第3章 オ ー スFラ リア の 小 売 り産 業
1.オ ー ス トラ リア の 小 売 り産 業 の 歴 史
1950年 代 の 終 わ りか ら,オ ー ス トラ リア の ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト産 業 は 急 速 に 発 展 し た 。60年 代 や70年 代 初 頭 に か け て郊 外 型 シ ョ ッ ピ ン グ セ ン タ ー が 多
く作 られ た 。1970年 代 初 頭 に は,デ ィ ス カ ウ ン ト ・ス トア ー が 登 場 し た
。80 オース トラ リアの産業97
年 代 に は,ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト同 志 の 競 争 が 激 化 し,規 模 の 経 済 や 競 争 優 位 の た め,合 併 や 買 収 が 盛 ん に行 わ れ た 。 そ の 結 果,1988年 に は,オ ー ス トラ
リア の 食 料 雑 貨 販 売 産 業 の86%を7つ の 主 要 ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト と問 屋 グ ル ー プ で 支 配 し て い る状 況 とな っ て い る。
オ ー ス トラ リア の ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト産 業 は,現 在 成 熟 期 と な っ て お り, 市 場 細 分 化 戦 略 が 必 要 と され,価 格 よ りむ し ろ高 品 質 や 消 費 者 サ ー ビ ス に 重
点 を 置 くア ッ プ ・マ ー ケ ッ トを 主 体 とす る ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト と,低 価 格 に 重 点 を置 くデ ィ ス カ ウ ン トス ー パ ー マ ー ケ ッ トと の 分 化 が 進 ん で き て い る 。
2.売 上 高 と マ ー ケ ッ ト ・ シ ェ ア
オ ー ス ト ラ リ ア 統 計 局 に よ る とs食 品 雑 貨,菓 子,た ば こ の1987年 一88年 期 の オ ・一 ス ト ラ リ ア で の 小 売 り 総 売 り 上 げ 高 は,1,915.2億 ド ル で あ っ た と 報 告 し て い る 。 こ の 数 字 は,オ ー ス ト ラ リ ア の 個 人 消 費 の 約12%に あ た る 。 1988年 に は,4つ の 主 要 な ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト と,3つ の 主 要 な 問 屋 が 存 在 し て い る 。 こ れ ら の 企 業 で,88年 に お け る オ ー ス ト ラ リ ア の た ば こ,食 品 雑 貨,菓 子 の 総 売 り 上 げ の 約86%を も 占 め て い る 。 こ の 数 字 に は,多 少 ダ ブ ル カ ウ ン テ ィ ン グ が 含 ま れ て い る と 予 想 さ れ て い る が,こ の 数 字 は,こ の 産 業 の 高 度 な 集 中 化 を 示 し て い る 。
オ ー ス ト ラ リ ア の 主 要 な ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト企 業 と し て,コ ー ル ズ ・ メ イ ヤ̲(ColesMyer),ウ ー ル ワ ー ス(Woolworths),フ ラ ン ク リ ン(Fran‑
klin),ジ ュ ウ エ ル(Jewel)が あ る 。 主 要 な 問 屋 と し て ・ デ ビ ッ ト'ホ ー ル デ ィ ン グ(DavidHolding),ク イ ー ズ ラ ン ド ・ イ ン デ ペ ン デ ン ト 。 フ ォ ワ イ ル セ ラ ー一(QueenslandIndependentWholesaler二QIW)・ コ ン ポ ジ ツ ト ・バ イ ヤ ー(CompositeBuyer)が あ る 。 ま た,主 要 な コ ン ビ ニ ス ト ア と し て,サ ウ ス ラ ン ド ・ コ ー ポ レ ー シ ョ ン(SouthlandCorporation)の7一
イ レ ブ ン(7‐Eleven),デ ビ ツ ト ・ ホ ー ル デ ィ ン(DavidsHolding)の フ ー ド ・プ ラ ス(FoodPlus)が あ る 。
98国 際 経 営 論 集No・41993
3.オ ー ス ト ラ リ ア の 主 要 な ス ー パ ー マ̲ケ ッ トチ3) (1)ウ ー ル ・ ワ ー ス 社(WoolworthsLtd)
ウ ー ル ・ ワ ー ス 社 は,1988年 現 在,オ ー ス ト ラ リ ア で 最 も 大 き な 食 品 小 売 ス ト ア ー で あ る 。1924年,こ の 会 社 は
,シ ド ニ ー で バ ラ エ テ ィ ー ・ ス ト ア ー と し て 創 業 し た 。1950年 代 ま で}こ の 会 社 は,個 人 商 品 や ホ ー ム 商 品 を 中 心 と し て 商 売 を 行 っ て い た 。1950年 代 終 わ り に
,ウ ー ル ・ ワ ー ス 社 は ニ ュ ー.
サ ウ ス ウ ェ ー ル ズ 州 で,食 品 小 売 部 門 に 参 入 し た
。1960年 に は,食 品 小 売 部 門 の 拡 大 の た め に,フ レ ミ ン グ ・ フ ー ド ス ト ア ー 社(FlemingFoods
St・re)と マ ク イ リ ワ ラ イ ス ・ホ ー ル デ ィ ン グ 社(McIlwraithsH。ldings)
の 買 収 を 行 っ た 。 ま た,同 年,女 性 ア パ レ ル 小 売 企 業 ロ ッ ク ス マ ン ・ス ト ア ー 社(RockmanStore)を 買 収 し た
。
ウ ー ル ・ ワ ー ス 社 は,1960年 代 ・70年 代 を 通 し て
,徐 々 に バ ラ エ テ ィ ー サ ー ビ ス ス タ イ ル か ら
,セ ル フ サ ー ビ ス ス タ イ ル に 小 売 形 態 の 型 を 変 え て い っ た 。
ウ ー ル ・ ワ ー ス 社 は,1929年 ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド に 進 出 し
,ウ ー ル ・ ワ ー ス ・ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド 社 を 設 立 し て,株 式 の40%を 保 有 し た
。 こ の 株 式 は, ウ ー ル ・ ワ ー ス 社 が16.3%の 株 式 を 保 有 す る ナ サ ン 社(LD
.Nathan,Co) に 徐 々 に 売 却 さ れ た 。
ウ0ル ・ ワ0ス 社 は,1980年 代 初 頭,多 角 化 戦 略 を 行 っ た
。1981年 に,デ ィ ッ ク 。 ス ミ ス 社(DicksmithElectronic:DSE)を 買 収 し た
。 デ ィ ッ ク.
ス ミ ス 社 は,当 時,13の 店 舗 を 持 ち,主 に 電 気 機 器 や パ ー ツ を 扱 っ て い た
。 1988年 ま で に,デ ィ ッ ク ・ ス ミ ス ・ チ ェ ー ン 店 は
,オ ー ス ト ラ リ ア と ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド に68店 舗 持 つ ま で に 拡 大 し た
。 ウ ー ル ・ ワ ー ス 社 の 歴 史 で 最 も 重 要 な 買 収 は
,1985年 当 時,リ ー デ ィ ン グ ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト で あ っ た セ ー フ ウ ェ イ ・ ス ト ア ー(SafewayStores)
の 買 収 で あ る 。1987年 の 終 わ り ま で に,セ ー フ ウ ェ イ と ウ ー ル ワ ー ス の 店 舗 の ネ ッ ト ワ ー ク は,458店 の ス0パ ー マ ー ケ ッ ト
,194の 食 料 品 ス ト ア̲一一,58
オ ー ス トラ リ ア の 産 業gg
表4ウ ー ル ・ ワ ー ス 社 の 企 業 業 績
売 上 高($m) 営 業 利 益($m)
営業 利 益 率(%) 経 営 利益($m) 経 常 利 益 率(%) 負債 対 資 本 率(%) 店 舗 面 積(千 平 方m)
1平 方 メー トル あた りの売 上 高($)
3,692 144 3.90 so.7 1.64 43.0 1,048 3,523
4,827 173 3.58
62.s 1.30 40.6 1,338 3,so7
5,468 84 1.54 8.74 0.16 40.6 1,470 3,721
5,717 80 1.40 7.79 0.14 41.8 1,432 3,99
(出 所:Woolworths.Ltd.Annual・Report,1988.)
の デ ィ ス カ ウ ン ト ・ス ト ア ー,84の バ ラ エ テ ィ ー ・ス ト ア ー で あ る 。
1988年 の ウ ー ル ・ ワ ー ス 社 の 主 要 な 株 式 は,イ ン ダ ス ト リ ア ル ・ イ キ ュ イ テ ィ̲社(lndustrialEguityLtd)が40%,AMPソ サ エ テ ィ ー(AMP Society)が11%を 占 有 し て い る 。
図 表4は,ウ ー ル ・ ワ ー ス 社 の1985年 か ら88年 ま で の 企 業 業 績 の 推 移 を 示 し て い る 。
(2)コ ー ル ズ ・ メ イ ヤ ー 社(ColesMyerLtd)
コ̲ル ズ.メ イ ヤ ー 社(ColesMyerLtd)は,1988年 現 在 ・ オ ー ス ト ラ リ ア で 第2位 の 食 品 小 売 企 業 で あ り,第1位 の 一 般 小 売 企 業 で あ る 。
コ̲ル ズ.メ イ ヤ ー 社 は,G.J.コ ー ル ズ(G.J.Coles)に よ り バ ラ エ テ ィ ー ・ス ト ア ー と し て 創 業 さ れ た 。1950年 代,60年 代,コ ー ル ズ 社 は,積 極 的 に 買 収 を 行 い,小 売 企 業 と し て 急 速 に 拡 大 し た 。 コ ー ル ズ 社 は,買 収 に よ
り す べ て の 州 で 店 舗 を 持 つ こ と に な り,小 売 企 業 と し て の 地 位 を 確 立 し た 。 1968年,コ ー ル ズ 社 は,ア メ リ カ のKマ ー ト 社(KMartCorporation)
が50%出 資 し,ジ ョ イ ン トベ ン チ ャ ー の 型 で,オ ー ス ト ラ リ ア にKマ ー ト デ ィ ス カ ウ ン ト ・ス ト ア ー(K.MartDiscountStore)を 設 立 し た 。
1960年 代,70年 代,コ ー ル ズ 社 は,セ ル フ サ ー ビ ス タ イ プ の 店 舗 形 態 の 運 100国 際 経 営 論 集No.41993
営 を 始 め,従 来 の バ ラ エ テ ィー タ イ プ か ら セ ル フ サ ー ビ ス タ イ プ に転 換 し て い っ た 。 ま た,食 品 の 取 り扱 い 範 囲 を拡 げ
,冷 凍 商 品,フ レ ッ シ ュ フ ル ー ツ, 野 菜,肉 を も取 り扱 う よ う に な っ た 。 さ ら に,独 自 ブ ラ ン ドの 商 品 を も開 発
し た 。 コ ー ル ズ 社 の ブ ラ ン ド と し て,食 品 ブ ラ ン ド と し て のFarmland
,家 庭 用 品 ブ ラ ン ド と し て のEmbassyが あ る 。
1985年7月,コ ー ル ズ 社 は,オ ー ス トラ リ ア の 巨 大 な デ パ ー トや ス ー パ ー グ ル ー プ で あ る メ イ ヤ ー 社(MyerEmporium)を9億 豪 ドル で 買 収 に成 功 し た 。 買 収 後,コ ー ル ズ ・メ イ ヤ0社(ColesMyerLtd)と し て オ ー ス ト ラ リ ア 最 大 の デ パ ー ト とス ー パ ー マ ー ケ ッ トグ ル ー プ 企 業 と な っ た
。
コ0ル ズ ・メ イ ヤ ー 社 は,1980年 代 中 頃 よ りデ ィ ス カ ウ ン ト ・ス ー パ ー の 事 業 を拡 大 す る戦 略 を と っ た 。 そ の 一 環 と し て,1987年,南 オ0ス トラ リ ア 州 を 本 拠 地 とす るBI‑LOデ ィス カ ウ ン ト ・ス ー パ0 ,チ ェ ー ン(25店 舗) を 買 収 し た 。 ま た,1988年 に は}ニ ュ ー サ ウ ス ウ エ ル ズ 州 の シ ョ イ ズ (Shoeys'discountsupermarket)の40店 舗 を買 収 した 。
コ ー ル ズ ・メ イ ヤ ー は,国 際 化 展 開 も積 極 的 で あ る
。1988年,ニ ュ ー ジ ー ラ ン ドの プ ロ グ レ シ ブ ・エ ン タ ー プ ラ イ ズ 社(ProgressiveEnterprise)を
買 収 し,ニ ュ ー ジ ー ラ ン ドで の 事 業 を拡 大 し た 。 プ ロ グ レ シ ブ 社 は,ニ ュ ー
表5コ ール ズ ・メ イヤ ー社 の 企 業 業 績
売 上 高($m) 営 業利 益($m) 営 業 利 益 率(%) 経 営 利 益($m) 経 営 利 益 率(%) 負 債 対 資 本 率(%) 店 舗 面 積(千 平 方m)
1平 方 メー トル あた りの 売上 高($)
6,132 230 3,75 122 Z.00 42.fi 1,386 4,425
10407 310 2,99 172 1.66 48.3 2,735 3,805
11,370 407 3.58 205 1.8Q 32.3 2,877 3,953
12,774 522 4.09 279 2.18 4fi.3 3,lfi7 4,097
(出 所:ColesMyerAnnualReport,1988 .)
オ ー ス トラ リ ア の 産 業101
ジ ー ラ ン ド で27の ス ー パ ー一,3つ の デ ィ ス カ ウ ン ト ・ ス ト ア ー,7つ の フ ァ ミ リ ー レ ス ト ラ ン を 持 っ た ニ ュ ー ジ ー ラ ン ド の 大 手 小 売 企 業 グ ル ー プ で あ っ た 。
図 表5は,コ ー ル ズ ・ メ イ ヤ ー 社 の1985年 か ら88年 ま で の 業 績 の 推 移 を 示 し て い る 。 コ ー ル ズ ・ メ イ ヤ ー の 利 益 は,順 調 に 拡 大 し て い る 。
部 門 別 の 売 り 上 げ 高 を み る と,食 品 ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト部 門 と 酒 類 販 売 部 門 の 売 り 上 げ は,全 売 り 上 げ 高 の36.9%を 占 め て い る 。 ま た,税 引 前 の 利 益
を 見 る と,上 記 の2部 門 で42.6%を 占 め て い る 。
1988年,コ ー ル ズ ・ メ イ ヤ ー 社 の 店 舗 数 を 見 る と,1,605の 独 立 店 舗 と, コ.̲̲..ルズ ・ニ ュ ー ワ ー ル ド ・ ス ー パ ー 内 に あ る リ キ ュ ー ル ラ ン ド ・ ス ト ア ー の よ う な イ ン ス ト ア ー 店 舗 が559あ る 。
コ ー ル ズ ・ メ イ ヤ ー 社 の 主 要 な ス ト ア ー チ ェ ー ン は 以 下 で あ る 。346店 舗 を も つColesNewWorldSupermarket。82店 舗 を も つBI‑LOShoe's
DiscountSupermarket。12店 舗 を も つFoodmarket。33店 舗 を も つSuper K.MartHypermarket。77店 舗 を も つTargetDiscountStore。99店 舗 を も
っKMartDiscountStore。236店 舗 を も つColesFosseysDiscountStores。
38店 舗 を も っMyerDepartmentStore。43店 舗 を も つGraceBrosDepart‑
mentStored
1988年 の 時 点 で の 主 要 な 株 主 は 以 下 で あ る 。K.MartCorporation(USA) が27%,BarclayInvestments(メ イ ヤ ー フ ァ ミ リ ー一)がX1.3%・Westfield が10.1%,Voyager(SolomonLew)が9.6%,AMPが42%で あ る 。1987年 11月,コ ー ル ズ ・ メ イ ヤ ー 社 は,英 国 の ロ ン ド ン 株 式 市 場 に 上 場 さ れ た 。
お わ り に
本 稿 で は,オ ー ス トラ リア の 産 業,特 に 農 業,鉱 業,製 造 業,小 売 業 を 中 心 と し て 論 じ て き た 。 オ ー ス トラ リア の 産 業 は,農 業,畜 産 業,羊 牧 業,鉱
102国 際 経 営 論 集No.41993
業 とい っ た1次 産 業 の国 際 的競 争 力 は高 い が,製 造 業 の国 際 競 争 力 は低 い と い う特 徴 が あ る。 オ ー ス トラ リア で は,1次 産 業 に依 存 した不 安 定 な経 済 構 造 を変 革 し,オ ー ス トラ リア経 済 の 国 際競 争 力 の 向上 をめ ざす政 策 に関 して 多 くの議 論 が な され て い る。 そ の議 論 の 方 向 と して は,以 下 の よ う に要約 さ れ るで あ ろ う。
第1は,工 業 製 品輸 出 の一 層 の拡 大 で あ る。 従 来,オ ー ス トラ リア の製 造 業 は,内 需 中心 で,輸 出 の比 重 は極 めて低 い。 この原 因 は,オ ー ス トラ リア の製 造 業 は国 際 競 争 力 が 弱 く,外 資 系 企 業 が製 造 業 の中 に 占 め る割 合 が 高 い た め で あ る。 オ ー ス トラ リア特 有 の優 位 性 を生 か した工 業 製 品 を開 発 し,輸 出 す る戦 略 を とる こ とに よ り,製 造 業 の国 際 競 争 力 を向上 させ る必 要 が あ る。 輸 出企 業 の 育成 が 重 要 な政 策 として議 論 され て い る。
第2は,第3次 産 業,特 に観 光 関 連 産 業 の育 成 ・強化 で あ る。 オ ー ス トラ リア の観 光 資 源 は,世 界 的 に見 て も極 め て す ぐれ た もの を持 って い る。 オ ー ス トラ リア の 自然 は,ま だ未 知 な もの も多 く,魅 力 的 で あ る。 現 在 も,オ ー ス トラ リア は,世 界 か ら多 くの観 光 客 を受 け入 れ ,そ の収 入 はオ ー ス トラ リ ア のGDPの 約1割 に達 す る と推 定 され て い る。 観 光 関連 産 業 は,オ.̲̲...スト ラ リア の最 も将 来 性 の あ る有 望 な産 業 で あ る と言 わ れ て い る。 リゾー ト開発, ホ テル建 設,観 光施 設 の整 備 等,観 光 立 国 へ の よ り一 層 の志 向性 が 議 論 され て い る。
第3は,従 来,ほ とん ど未加 工 で輸 出 され て い た一 次 産 品 を,加 工 して輸 出 す る こ とに よ り,付 加 価 値 を高 め る戦 略 で あ る。 例 えば,羊 毛 を原 料 と し た アパ レル 製 品,加 工 畜 産 物,ワ イ ン,ビ ー ル,ア ル ミ精 錬 等 ,オ ー ス トラ
リア の原 料 の優 位 性 を生 か した産 業 の育 成 で あ る。
1
第4は,オ ー ス トラ リア産 業 の国 際 競 争 力 を弱 め た原 因 と して 指摘 され て い る労使 関 係 を改 革 し よ う とす る動 きで あ る。 従 来 の 中央 に よ る強 制 仲 裁 制 度 に よ る労 使 関 係 か ら,企 業 で の労 使 の個 別 交渉 に よる労 使 関 係 へ の変 革 で あ る。 ビ ク トリア州 の 自 由,国 民 連 合 で あ るケ ネ ッ ト政 権 が打 ち だ した労 使
オ0ス トラリアの産業103
関 係 の改 革 政 策 な ど は,極 め て注 目 され る。
第5は,国 営 企 業 の 民営 化 政 策 で あ る。92年,オ ー ス トラ リア の 国営 航 空 会 社,カ ンタ ス航 空 とオ ー ス トラ リア ン航 空 が 合 併 し,民 営 化 され た。 国 営 銀 行 コモ ンウ ェル ス銀 行 も,民 営 化 が計 画 され て お りi国 営 電 信 ・電 話 会 社
で あ るテ レ コム ・オ ー ス トラ リア も民営 化 に関 す る議 論 が行 わ れ て い る。
オ ー ス トラ リアで は,以 上 の よ うな産 業 政 策 に関 す る論 議 が さか ん に行 わ れ て い るが,ま だ具体 的 成 果 に は乏 しい。 現 在,連 邦 レベ ル で は労 働 党 が 政 権 を担 っ て い るが,保 守 連 合 が政 権 を奪 取 す る政 治状 況 にな れ ば,従 来 の産 業 政 策 が ドラ ス テ ィ ッ クに変 化 す る可 能 性 が あ る。 こ こ数 年 間 は,政 治 との か らみで オー ス トラ リア の産 業 政 策 に つ い て,注 意 深 く見 つ め る必 要 が あ ろ
う 。
注
1)第1章 は,以 下 の 文 献 に 多 く を 負 っ て い る 。 TheBookofAustralia{1991}
YearBookAustralia(1990)
2)新 産 業 政 策 に つ い て は,以 下 の 論 文 が 詳 し い 。
「オ ー ス ト ラ リ ア の 産 業 政 策 」 『ジ ェ ト ロ セ ン サ ー 』1991年9月 号,pp.65‑
840
3)オ ー ス ト ラ リ ア の 主 要 な ス ー パ ー マ ー ケ ッ ト チ ェ ー ン の ケ ー ス に つ い て は, 以 下 の 文 献 に 多 く を 負 っ て い る 。
G.Lewis,A.MorkelandG.Hubbard,CasesinAustralianStrategic /Management,1991.
参 考 文 献
FrancisG.Castles,AustralianPublicPolicyandEconomicVulnerability, Allen&Unwin,Sydney,1988.
GeoffreyBlainey,TheTyrannyofDistance,MelbourneUniversityPress,