日本のソーシャルワークにおける文化的基盤 : 「 世間」に生きる日本の「個人」への視点
著者 空閑 浩人
雑誌名 評論・社会科学
号 77
ページ 43‑63
発行年 2005‑10‑20
権利 同志社大学社会学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011864
日 本 の ソ ー シ ャ ル ワ ー ク に お け る 文 化 的 基 盤
││﹁世間﹂に生きる日本の﹁個人﹂への視点││
空 閑 浩 人
蠢
はじめに
日本のソーシャルワーク研究においては︑これまで欧米で生まれ育ったソーシャルワークから多くを学んできたとい
う歴史がある︒もちろん︑そのことがこれまでの日本のソーシャルワークにおける理論の発展や実践の質の向上に寄与
してきたことはいうまでもない︒しかしその一方で︑今日においてもなお︑日本における﹁社会福祉専門職の実践力が
十分に伸びてこなかった最大かつ根本的な原因は︑実践現場に浸透できる実践理論を十分提示できてこなかったことに
ある﹂︵白澤2004:16︶という指摘や︑わが国における社会福祉援助の研究は﹁率直にいえば︑アメリカにおけるソー シャルワーク研究の動向に振り回されてきた﹂︵古川2004:260︶という指摘がなされている︒つまり︑利用者の生活
実態を見据え︑そこから出発するソーシャルワークのあり方に関する検討が必ずしも十分に行われていないという指摘
︵1︶である︒わが国のソーシャルワーク研究が抱えるこのような課題を克服していくためには︑何より日本人とその生活を
︵2︶知ることが必要であり︑そのためには︑日本人の行動・生活様式や価値観等のいわゆる﹁文化﹂の視点に立った検討を
避けては通れないと考える︒このことは︑決して欧米のソーシャルワーク理論の導入や日本におけるこれまでの研究の
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蓄積を否定するものではなく︑またそれらを無視して︑新たに日本独自のソーシャルワークを構築しようとするもので
もない︒ソーシャルワークが︑人間の具体的な生活にかかわり︑その生活を支援する営みである以上︑人々の現実の日
常生活の姿に眼を向けてこそ︑その本来のあり方を見出していくことができるのであり︑﹁欧米文化の中で生まれ育っ
たソーシャルワークが︑真に日本人の社会生活問題の解決に役立つ方法論として︑浸透していくには日本人の暮らしの
側から検討していく必要がある﹂︵遠藤2003:61 ︶ということなのである︒それは︑日本人の生活実態に迫り︑日本の
文化的基盤に根ざしたかたちで︑ソーシャルワークのあり方を追求し︑構築する作業の必要性を意味するといえる︒
本稿では︑そのための試みの一つとして︑日本における﹁個人﹂概念に着目して︑日本のソーシャルワークがかかわ
る現実の人間存在への理解について考察する︒すなわち︑今日のソーシャルワークにおいて︑人間存在の形態を表す言
葉として当たり前に使われている﹁個人﹂という概念について︑それが果たして日常生活を営む日本人の︑生活者とし
ての現実存在を的確に意味しているのかという観点からの考察である︒さらにその考察を通して︑日本のソーシャルワ
ークにおける理論や実践の文化的基盤を見出し︑日本的なソーシャルワークの構築に向けた課題を探りたいと考える︒
蠡
ソーシャルワークにおける人間存在への視点
︵1︶日本のソーシャルワーク研究に問われていること
精神医学者として日本的なものの見方︑考え方を精神医学に導入して︑日本独自の精神病理学の展開を行った木村敏
は︑日本の精神医学の現状について︑﹁日本人が西洋式の心理学や精神医学の眼で眺められ︑治療されてきた︒言葉こ
そ日本語が用いられてはいるものの︑その言葉は西洋の言葉の直訳でしかなかったのである︒このような事態がいつま
でも続くことは︑けっして許されるべきことではない﹂︵木村1972:184︶と述べている︒日本のソーシャルワークは 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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欧米のソーシャルワーク理論から多くを学び︑発達してきた︒しかし︑実践現場に浸透する理論が十分に提示できてい
ないという前述のような指摘の背景には︑確かにソーシャルワークをめぐる多くの重要な概念が翻訳︑導入されてはい
るものの︑木村の指摘と同様の問題や課題があるのではないかと考える︒たとえば︑アメリカのソーシャルワーク理論
は︑アメリカで暮らす人々の生活の現実とそのなかで起こる様々な生活上の困難を見つめ︑そしてその困難に直面する
人々にかかわる実践のなかから構築されてきたものであり︑それらが日本で暮らす日本人の生活を視野に入れたもので
ないことは言うまでもない︒しかし同時に︑日本とは異なる場所で育ったソーシャルワークといえども︑それが人間や
人間の生活にかかわるものである以上︑そこに一定の国際的な普遍性があり︑そこから多くを学ぶことができるという
のもまた確かなことである︒その意味では︑欧米からのソーシャルワーク理論の導入は︑日本のソーシャルワークの発
展の可能性を増大させるという側面を決して失うことはない︒問題は︑欧米で育ったソーシャルワーク理論を︑日本人
の生活問題の解決に向けた社会福祉実践を支え導く援助方法論として浸透︑発展にかなうかたちで︑﹁翻訳﹂して取り
入れ︑日本的に再構築することができるかどうかということではないかと考える︒さらにこのことは︑同時に︑日本の
ソーシャルワークの発展のための手段や材料として︑欧米のソーシャルワークを適切なかたちで取り込む︑あるいは意
識的に取り込まないといった態度を我々がとれるように︑日本人の現実生活への理解を基盤にしたソーシャルワークを
洗練させていくことができるかどうかという課題でもある︒そのためにも︑日本人の﹁文化﹂理解の視点に立った生活
理解と︑それをふまえたソーシャルワークのあり方を問う作業が日本のソーシャルワーク研究に求められるのである︒
︵2︶ソーシャルワークにおける人間存在への視点
日本人の文化理解については︑いわゆる﹁日本人論﹂に代表される多くの議論がある︒なかでも︑これまでに示され
た日本人の文化を表すキーワードとして有名なものに︑たとえば﹁恥の文化﹂︵R・ベネディクト︶︑﹁タテ社会﹂︵中根
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日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
千枝︶︑﹁甘え﹂︵土井健郎︶などが挙げられる︒もちろん︑このような概念について︑それが日本人をとらえるのに適
︵3︶切かどうかといった議論はあるが︑日本人の行動様式や意思決定︑対人関係の取り方などにみられるある一定の特徴を
表現した言葉であるといえる︒それ故に︑このような概念が意味する日本人の行動様式などがソーシャルワークの展開
に当たりどのような影響を及ぼしているかという研究ももちろん必要であり︑そのような研究を蓄積し展開していくこ
とが求められるのは確かである︒しかし︑一方でそのような日本人の行動や生活に表れる一定の文化的な側面のみに着
目しての検討では︑日本人の現実生活に迫り︑そこからソーシャルワークのあり方を問い直す作業としては限界がある
と考える︒なぜなら︑ソーシャルワークの研究において文化理解の視点に立つことの重要性は︑その実践が文化を対象
にするものなのではなく︑あくまでも現実の生活を営む人間にかかわる実践だからである︒文化への理解は︑あくまで
もその国や地域に生きる人間やその生活の理解のために必要なのである︒そして︑日本人の文化︑いわゆる﹁日本人ら
しさ﹂とされるものは︑日本人の人間存在のあり方から生み出されている行動や意思決定の仕方︑その他生活の様々な
側面にみられる特徴である︒すなわち︑そのような日本人的とされる行動様式や生活様式を生み出している現実的・具
体的な人間存在にまでさかのぼってのソーシャルワークのあり方の検討でなければ︑欧米から学んだ既存のソーシャル
ワーク理論を日本人の文化に合わせて﹁どう適用するか﹂というような︑単なる﹁適用の仕方﹂に議論の重点が置かれ
ることになるか︑あるいは逆に︑文化が違うからという安易な理由で︑欧米のソーシャルワークは日本では適用できな
いという短絡的な判断に至ってしまうのではないかと考えるのである︒出発点はあくまでも︑日本人の存在でありその
生活と文化である︒求められるのは︑日本で暮らす利用者の存在とその生活実態を見据えるなかからの︑ソーシャルワ
ークのあり方の検討であり︑実践の展開なのである︒
社会学者で日本研究を続けている濱口惠俊は︑﹁︿にんげん﹀存在をどのような形でとらえ︑また社会生活での相互の
関係をいかなる視点から眺めているか﹂︵濱口1998:I︶が日本社会を分析する拠点を形成すると述べている︒ソーシ 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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ャルワーク研究においても︑その理論や実践の基盤を形成し︑日本人の現実生活から出発するソーシャルワークの構築
の可能性を拡げるためには︑人間存在への視点の追求が必要であると考える︒そしてそのためには︑人間存在を表す言
葉として︑ソーシャルワークを語る際の前提となっている﹁個人﹂という言葉に着目し︑その言葉のもつ意味が︑果た
して日本人の具体的な存在を適切に表しているのかどうかについて改めて検討しなければならない︒それはすなわち︑
﹁利用者・当事者という存在そのものに関心を向け︑その事実を説明するにふさわしい準拠枠を︑既知のそれにとらわ
れず探求する﹂︵北川2004:33︶という作業になるのである︒
蠱
ソーシャルワークにおける﹁個人﹂概念の再検討
︵1︶﹁個人﹂概念への着目
欧米で生まれ育ったソーシャルワークが︑文化の違いを超えてそのまま日本での実践に適用できるわけではないとい
う主張は︑確かにこれまでも多くなされてきた︒そして︑ソーシャルワークの日本的な展開を追求する必要性も主張さ
れてきた︒しかし︑その取り組みが必ずしも十分でなかったことはこれまで述べてきた通りである︒必要なのは︑欧米
からの実践理論を﹁いかに適用するか﹂という議論ではなく︑むしろ︑欧米のソーシャルワークがその前提としている
﹁準拠枠﹂への日本の側からの問いではないかと考える︒つまり︑現実にはわが国には存在していない︑あるいは存在
したとしても多くの人々に共有されるには至っていないような欧米のソーシャルワークの﹁準拠枠﹂を︑無意識のうち
に日本人の生活実態やその生活への援助活動の前提としているのではないかということへの問いである︒そして︑その
問いに対してここでは︑これまで人間存在として自明とされてきている﹁個人﹂概念が︑はたして現実に日常の生活を
営んでいる日本人の人間存在のかたちを反映した概念となっているかどうかを検討したいと考える︒かつて︑嶋田啓一
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郎は︑﹁国際社会における日本の社会福祉の課題﹂と題された一番ヶ瀬康子︑仲村優一との座談会のなかで次のような
発言を残している︒
個人主義を背景に成立したソーシャル・ケースワークをそのまま適用してよいものか︑日本において一つの重要
な問題を提示しているように思うのです︒私は︑厳密に言えば︑日本的ケースワークという考え方を追求する必要
があると思っているのです︒しかしそこでは﹁個人﹂という考え方が問題になるのです︒︵嶋田ほか1982:148︶
現実的・具体的な人間にかかわり︑その人間の生活を支援するソーシャルワークにおいては︑人間存在をどのように
理解しているかが︑その理論や実践の出発点となり︑その基盤を形成すると考える︒そして︑そのような人間存在への
理解は︑単なる生物学的・自然的存在としてではなく︑その国の﹁文化﹂に規定されながら現実の日常生活を営む︑生
活者としての人間理解である︒日本における﹁個人﹂概念の再検討にあたり︑まずは﹁個人﹂とそれに密接に関連する
﹁社会﹂という言葉の誕生からみていくことにする︒
︵2︶日本における﹁個人﹂と﹁社会﹂の誕生
﹁個人﹂という言葉は︑﹁社会﹂とともに明治時代に作られた翻訳語であり︑societyの訳語としての﹁社会﹂の語 が︑一般的に使用され始めたのは明治一〇︵1877︶年頃で︑individualという語に対する﹁個人﹂という言葉が成立し たのは︑それより少し遅れて︑明治一七︵1884︶年であったとされている︵齋藤1977:220,229および作田1996:5, 7︶︒しかし︑言語学者の柳父章によれば︑﹁individualということばは︑当時の日本人にとって︑とても分かりにくい意
味のことばであった︒それは︑societyということばが分かりにくかったのと︑本質的に同様である﹂︵柳父1982:26︶ 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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とされている︒すなわち︑互いに密接に関連する言葉としてのindividualとsocietyであるが︑そのような概念と同一 の意味をもつ言葉が︑当時の日本に存在していなかったということである︒しかし︑societyの意味に近い言葉として
は︑日本には﹁世間﹂という言葉があった︒柳父は﹁世間﹂という言葉について︑﹁﹃社会﹄と違って︑日本語としてす
でに千年以上の歴史を持っている︒語感の豊かな私たちの日常語である︒その意味について考えてみると︑societyと かなり共通している﹂と述べている︒それではなぜ︑society は﹃世間﹄と訳されなかったのであろうか︒このことに ついて阿部謹也は︑﹁societyという言葉は個人の尊厳と不可分であり︑その意味を込める必要があったためにこの訳語 を採用することができなかったのである﹂︵阿部1995:175 ︶と指摘している︒つまり︑日本に実在していた﹁世間﹂ は︑individualとしての﹁個人﹂により生み出されるsocietyとしての﹁社会﹂ではなかったのである︒societyとは
﹁究極的には個人individual を単位とする人間関係﹂︵柳父1982:6 ︶であり︑そのような社会の前提となる﹁個人︵in- dividual︶﹂は︑﹁国家や社会と対立し︑それらを組成する要素︑他人や国家権力から侵されることのない不羈独立の存 在︑自由平等な権利の主体﹂︵齋藤1977:229︶とされている︒﹁欧米の社会という言葉は本来個人がつくる社会を意味
しており︑個人が前提であった︒しかしわが国では個人という概念は訳語としてできたものの︑その内容は欧米の個人
とは似ても似つかないものであった﹂︵阿部1995:28−29︶のである︒そうであればまさに︑﹁individualの思想と日本 の現実とは︑あまりに遠い﹂︵柳父1982:40︶状況にあったということになる︒日本人は︑その生活世界である世間の
なかで︑自らの意思や行動を世間で共有されている価値に合わせながら︑世間と対立することを避けて生きてきた︒そ
れは︑権利の主体として周囲に左右されない自らの信念に基づくというよりもむしろ︑世間の価値に基づき周囲の人々
との良好な関係を保つことを優先した意思決定や行動︑生活様式であった︒
確かに﹁社会﹂や﹁個人﹂という言葉は︑日本語としては誕生した︒しかし︑人々の具体的な日常生活には︑その本
来の意味をもって浸透していくことはなく︑あくまでも抽象的に用いられるに至ったということなのである︒
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日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
︵3︶生活世界である﹁世間﹂とそのなかの日本の﹁個人﹂
﹁社会﹂という言葉が生まれても︑日本人は日常生活のなかでは﹁世間﹂という言葉を使い続けた︒つまり︑日本人
の日常生活は﹁社会﹂よりも︑﹁世間﹂のなかにあったということになる︒このことは︑現在の日本についてはどうで
あろうか︒刑法学者であり﹁世間論﹂研究者である佐藤直樹は︑﹁私たちにとっての明治以降のこの百年間に︑社会と
いう言葉がある程度浸透したとしても︑深層の部分では﹃世間﹄が依然として息づいている﹂︵佐藤2001:99 ︶とし︑
さらに﹁すくなくとも西欧人が社会に生きているという意味では︑私たちが生きているのは︑社会ではなく﹃世間﹄で
ある﹂︵佐藤2004:45 ︶と述べている︒日本人の生活世界が現在においても﹁社会﹂というよりはむしろ︑﹁世間﹂で
あるのなら︑日本のソーシャルワークのあり方を見出すためには︑この﹁世間﹂に生きる日本の﹁個人﹂の姿を知る必
要がある︒今日では︑individual やsociety という語に対し︑あたりまえに﹁個人﹂︑﹁社会﹂という言葉をあてている︒
しかし︑﹁私たちが現在﹃個人﹄とよんでいるものが︑ホントに西欧社会の個人と同じものなのか︑そういう疑問をぬ
ぐい去れないのである﹂︵佐藤2004:137︶という指摘や︑﹁西欧型の︑社会に対して主体的に関わっているような自立
した個人というのであれば︑日本はそうした個人によって成り立っている社会ではない︑と言うべきであろう﹂︵船曳
2004:176︶という指摘にもあるように︑本来のindividualやsocietyという意味での﹁個人﹂や﹁社会﹂という言葉
が︑今日においても日本に定着しているとはいえない状況にある︒ソーシャルワークは︑それが人間にかかわる営みで
ある以上︑その理論や援助方法・技術においては︑確かに国や文化の違いを超えた一定の普遍性をもつものである︒し
かし︑同時にそれは︑前述したように単に自然的存在としての人間ではなく︑それぞれの国や社会や文化に生きて︑具
体的に日常の生活を営む﹁生活者﹂としての人間にかかわる︑あくまでも﹁ソーシャル﹂な営みである︒すなわち︑人
間の生活の現実にかかわる実践や方法論として︑日本におけるソーシャルワークのあり方を問うならば︑その出発点と
なり基盤となる具体的な人間存在や生活実態への理解において︑どうしても日本人の生活世界としての﹁世間﹂や︑そ 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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のなかで暮らす︑individualとは異なる日本の﹁個人﹂の姿をどうとらえるかという問題を避けることはできないと考
︵4︶えるのである︒
﹁世間﹂に生きる日本の﹁個人﹂は︑周囲に同調しない強い信念を持ち︑自律的な意思決定や行動の基準を内面化し
ている権利の主体としての﹁個人︵individual︶﹂と違い︑自らの信念や権利の主張よりも︑むしろ世間や周囲の人々と
の関係を重視しながらの意思決定や行動を行いつつ生きる存在なのである︒
蠶
日本の﹁個人﹂をどうとらえるか
そもそも︑日本語で﹁個体﹂や﹁個人﹂と訳される英語のindividual については︑﹁ラテン語の﹃インディヴィドゥ ウム﹄︵individuum︶を直接承けた語であり︑﹃分けられる︵もの︶﹄︵dividual=dividuum︶という意味の語幹を否定の接 頭語︵in︲︶で打ち消した︑﹃分けられないもの﹄﹃分割できないもの﹄﹃不可分のもの﹄というのが︑その文字どおり の元の意味である﹂︵藤沢1987:2︶とされている︒それによれば︑﹁個人﹂とは︑それ以上部分に分けられない︑いわ
アトムば﹁原子﹂として存在する人間を意味するということになる︒このような人間存在の理解は︑たとえば﹁数える単位﹂
としては成り立つであろう︒しかし当然のことながら︑個々の人間は︑単に数えられる﹁単位﹂として存在し︑生きて
いるのではなく︑様々な集団に所属し︑様々な他者との多様な人間関係を生きる存在なのである︒改めて日本のなかで
の﹁個人﹂をどうとらえるかについて︑ここではそれぞれの学問的立場から日本人や日本人の人間関係について考察し
た三者の見解をふまえつつ検討していきたい︒
まず︑昭和期のフランス文学者であり哲学者であった森有正は︑﹁肉体的に見る限り︑一人一人の人間は離れてい
る︒常識的にはそこに一人の主体︑すなわち自己というものを考えようとする誘惑を感ずるが︑事態はそのように簡単
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ではない﹂︵森1971:103︶として︑日本人における﹁我﹂と﹁汝﹂︑すなわち﹁私﹂と﹁あなた﹂の関係のあり方につ
いて次のように述べている︒
﹃私﹄が発言する時︑その﹃私﹄は﹃汝﹄にとっての﹃汝﹄であるという立て前から発言しているのである︒日
本人は相手のことを気にしながら発言するという時︑それは単に心理的なものである以上︑人間関係そのもの︑言
語構成そのものがそういう構造をもっているのである︒︵森1971:115︶ このような森の見解については︑一人称および二人称代名詞について考えたときに︑英語では常にIとYouである
のに対して︑日本語の場合は︑人間関係のかたち︑つまり相手が誰かによって様々な呼び方があることからもわかる︒
さらに加えて︑我々は相手との関係をその都度判断しながら︑尊敬語や丁寧語の使用など言葉の表現の仕方も使い分け
ている︒このことからも︑日本語がその都度の人間関係を前提として︑またその関係に影響を受けて表現される言葉で
あるとともに︑改めてそのような言葉を使う日本人がいかに対人関係に敏感な存在であるかがわかる︒このような日本
語の使い方にみられるように︑日本人は︑一人ひとりが独立してそれ自身のあり方を持つというような︑﹁独立自存す
る自己充足的な存在﹂︵藤沢1987:3︶としての﹁個人﹂ではなく︑相手との関係に規定され︑その関係を自らに内在
して︑はじめて自分が誰であるかというような具体的なそのあり方を持つようになる﹁個人﹂であるといえる︒
次に︑精神医学者の木村は︑﹁日本人において︑存在や行為のあるべき本来の姿を最終的に規定する拘束力の主体
が︑人と人との間という究極的な場所に置かれている﹂︵木村1972:65︶とし︑さらに﹁個人が個人としてアイデンテ ィファイされる前に︑まず人間関係がある︒人と人との間ということがある﹂︵木村1972:142︶と指摘している︒つ
まり︑日本人の場合は︑いわば﹁個人﹂と﹁個人﹂が先にあってそこから人間関係が生まれるというのではなく︑その 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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あいだ︵5︶逆で︑人間関係が生じることにより︑その﹁間﹂から﹁個人﹂が生まれ︑成立するということになる︒﹁人間﹂という
日本語は︑まさにこの﹁人と人との間﹂に存在して生きる日本の﹁個人﹂の姿を表した言葉であるといえよう︒佐藤
は︑この木村の見解について︑﹁これは自己責任や自己決定ということが︑個人からではなく︑人と人との﹃間﹄から
︵6︶発生するということ﹂︵佐藤2004:264︶であると述べている︒このことからも日本のソーシャルワークのなかで︑利
用者の自己責任や自己決定という概念について︑その欧米における自律的な権利の主体としての﹁個人﹂によるものと
は異なる︑日本的なあり方を十分に検討し︑理解する必要があるといえる︒
かんじんさらに︑社会学者の濱口は︑日本人を﹁個人﹂とは異なる﹁間人﹂という言葉で示しており︑また︑日本人に特徴的
な他者との関係性を︑﹁個人﹂間で形成される﹁社会関係﹂ではなく﹁間柄﹂という言葉で表現して︑次のように述べ
ている︒
﹁個人﹂はデカルトの言う﹁我思う︑ゆえに我あり﹂といった個体的思惟そのものに存立根拠を持っている︒こ
れに対して︑﹁間柄﹂そのものの体現者としての﹁間人﹂は︑﹁我結ぶ︑ゆえに我あり﹂といった関係的基盤に根ざ
している︒そのアイデンティティ︵自分が確かに自分であるという感覚︶は︑﹁間柄﹂とともにある︑と言えよ
う︒︵濱口1998b:23︶
濱口は︑自立した﹁個体﹂ではなく︑人々の間の関係性やその関係が織りなす﹁場﹂に内在した行為主体である﹁関
係体﹂としての﹁にんげん﹂モデルを提唱している︒そしてそのような﹁にんげん﹂モデルである﹁間人﹂としての日
本人は︑﹁自己と他者との意味連関の中で︑その連関性それ自体を自己自身として受け止めるような﹂︵濱口2003:19︶
人間存在である︒そしてそれは︑他者との関係に根ざし︑常にその関係性とともに在り︑そのような関係性が自己のあ
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日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
り方を本質的に規定し︑また形成するような存在の姿を持つ人間であるといえる︒ これらの見解をふまえると︑日本の﹁個人﹂は︑societyとしての﹁社会﹂ではなく︑むしろ﹁間柄﹂のネットワー
クとしての﹁世間﹂のなかで生きる存在として︑またそれは︑いわば﹁人と人との間﹂と表現される状況や場に内在し
た行為主体として︑他者との関係性や自分が置かれた状況に規定されながら︑そのときどきの行動や意思決定を行うよ
うな人間存在であるといえる︒さらに︑そのような日本の﹁個人﹂とは︑﹁個体﹂としてのindividual が意味する﹁個
人﹂ではなく︑﹁間人﹂とも表現されるように︑﹁関係体﹂として存在する人間存在である︒言い換えれば︑集団の中で
ひとり自らの信念に基づき自律的であろうとする欧米型の﹁独の文化﹂に対して︑自らの意思決定や行動にあたり周囲の人と
あわいの関係を重視する﹁間の文化﹂︵濱口2003︶のなかで生きる存在であるととらえることができる︒高田眞治は社会福祉
の内発的発展について考察した著書の中で︑濱口が提唱した﹁間人﹂概念に触れて次のように述べている︒
﹁ささえあう﹂という行動を︑人間と人間の関係を単に線で結ばれるものとしてではなく︑結合子︑場としてと
らえること︑またお互いの生活空間が重なり合った関係として︑生活空間・生活の場を共有するという﹁間人﹂の
指摘は示唆的である︒この人間関係のありようは福祉文化を内発的に拓いていくものとして期待される︒︵高田
2003:170︶
日本人の生活や文化に根ざしたソーシャルワークのあり方を検討することは︑欧米から輸入してきたソーシャルワー
クを︑日本人の生活実態に沿って再構築することになり︑高田の言葉を借りれば︑それは同時に︑日本のソーシャルワ
ークのあり方を﹁内発的に﹂発展させていくことにもなると考える︒そのためには︑individualとは異なる日本の﹁個
人﹂︑すなわち﹁個体﹂ではなく﹁関係体﹂としての人間存在の理解と︑このような人間存在を成立させる人間関係や 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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その関係が織りなす﹁場﹂を日本のソーシャルワークにおける理論や実践の文化的基盤として据えることが必要なので
はないだろうか︒
蠹
日本人の生活現実から出発するソーシャルワークの構築
これまで︑検討してきたように︑日本のソーシャルワークのあり方を考える際に︑societyやindividualとしての﹁社
会﹂や﹁個人﹂といった概念を無自覚に前提としていては︑日本での実践に浸透する理論を構築することもできず︑ソ
ーシャルワーク研究において永年指摘されてきた理論と実践との乖離を埋めることは難しいと考える︒日本におけるソ
ーシャルワークのあり方を考えるには︑まず日本人を知ること︑すなわち日本人の生活者としての基底的な存在の姿を
実態に即してとらえ︑そのような存在様式をもつ人間により営まれる生活のなかから発現する問題状況として︑生活上
の困難を理解する必要があると考える︒日本人の行動・生活様式や価値観などの文化については︑たとえばその意思決
定の弱さや曖昧さ︑主体性がなく世間体を気にするといったような︑どちらかといえばソーシャルワークの展開の妨げ
になるものとして理解されてきているように思われる︒しかし︑そもそも生活支援の方法や実践としてのソーシャルワ
ークの目的とは︑利用者の生き方や価値観︑行動・生活様式を評価し︑またそれらの変化を求めるものではないであろ
う︒少なくともそのこと自体が︑ソーシャルワークの第一義的な目的ではない︒その人の個性が発揮され︑受け入れら
れる他者とのつながりのなかで︑その人らしい︑いわゆる主体的な生き方をいかに支えるかがその実践の目的なのであ
る︒欧米におけるindividualの思想と比較して︑日本の﹁個人﹂の行動や意思決定に見られる特徴等を評価し︑それら
をたとえば文化の遅れや古い価値観︑時代に合わない考え方などと否定し︑変わるべきものととらえるのではなく︑そ
の現実の理解︑すなわちありのままの文化的状況のなかでの人間理解から出発する生活支援としてのソーシャルワーク
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日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
のあり方を見出す取り組みが必要なのではないだろうか︒もちろん生活習慣や行動様式等の文化は︑確かに時代ととも に変化していくものであり︑その意味では︑individualやsocietyとしての﹁個人﹂や﹁社会﹂が︑日本人の意識や生活
の中に浸透し︑人間存在や生活空間を表す言葉としてふさわしいものになる時がいずれ来るかもしれない︒また︑たと
えば﹁世間﹂の意識についてもいずれは消滅していくかもしれない︒しかし一方では︑今日の日本の若者をめぐるひき
こもりや﹁ニート﹂といった問題について︑﹁世間﹂の目に苦しむ若者の姿からの指摘もなされており︵玄田・斎藤
2004︶︑依然として日本人の生活に﹁世間﹂の意識が受け継がれ︑人々の生活に影響を与えているともいえる︒まさに
阿部が言うように﹁日本の歴史の中では︑古いものが堆積し︑整理されることがない︒しかし︑同時に新しいものもど
んどん入ってくる︒人々の眼は新しいものに注がれるので︑古いものは見えなくなることがある︒しかし古いものは消
え去ることなく生き続けており︑私たちの行動を規定し続けている﹂︵阿部1995:256−57 ︶のである︒ これまで検討してきたように︑現在の多くの日本人にとっての日常はsocietyとしての﹁社会﹂ではなく﹁世間﹂の なかにあり︑加えてindividualとしての﹁個人﹂を生きているとはいえない状況にある︒しかし︑たとえ日本人の存在
様式や価値観︑生き方が欧米の﹁個人﹂とは異なっているとしても︑利用者のその人らしい生活や個性的な生き方︑そ
の連続性を支えることができる社会福祉援助の実践であり理論としてのソーシャルワークでなければならないと考える
のである︒
蠧ー展のクーワルャシソ﹁たしに盤基を﹂場開
カソリックの神父である井上洋治は︑キリスト教が日本に根付かないのはなぜか︑そして根付かせるにはどうしたら
よいかについて考察した論文のなかで以下のように述べている︒ 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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もし存在論的にも︑また社会的にも︑日本文化の基底をなす考え方が﹃個﹄ではなく︑﹃場﹄であるとすれば︑
そこからでてくる必然的な帰結は︑日本文化に受容された日本キリスト教は︑現在までのような西欧の﹃個﹄の神
学ではなく︑﹃場の神学﹄をもたねばならず︑またかならず持つようになるであろうということである︒︵井上
1984:2︶
本稿は︑日本のソーシャルワーク研究において︑これまで欧米から多くを学びつつも︑未だ実践現場に浸透する理論
が十分に提示できていないという課題に対して︑文化理解の視点から人間存在のあり方にまでさかのぼって検討するこ
とで︑日本人の生活現実から出発するソーシャルワークの構築のための文化的基盤を探ろうとする試みであった︒その
ためにソーシャルワークにおける﹁個人﹂概念に着目し︑それが日本人の現実の人間存在を的確に表した概念かどうか
いうことを検討した︒つまり︑現実はそうではないのに︑いわば欧米ソーシャルワークがその前提としているindividual
としての﹁個人﹂を︑そのまま日本のソーシャルワークのあり方を考える際の前提や準拠枠にしているのではないかと
いう問いであった︒現実の日本人は︑individualの意味での﹁個人﹂としてではなく︑また︑societyとしての﹁社会﹂
というよりはむしろ﹁世間﹂のなかで︑人間関係が織りなす全体状況や﹁場﹂に内在した﹁関係体﹂としての人間存在
を生きている︒さらに日本の﹁個人﹂における﹁個性﹂や﹁その人らしさ﹂とは︑他者との関係︑あるいは置かれた状
況や場所に依拠したかたちで導かれ︑発揮され︑受け入れられることによって成り立つ︒そのような日本人の人間存在
のあり方を前提にすると︑欧米とは異なった観点からのソーシャルワークの検討が可能になる︒それはすなわち︑前述
の井上の指摘にならえば︑日本人が行動主体や生活主体として成立する﹁場﹂へのまなざしとそのような﹁場﹂を文化
的基盤に据えたソーシャルワークの理論と実践の追求である︒そして︑そのような﹁場﹂への視座を基盤にしたソーシ
ャルワークとは︑今日の様々な生活問題を自らが個性や自分らしさが発揮でき︑行為主体や生活主体となれるような他
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日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
者との関係や居場所のなさ︑すなわち自らを支える生活空間としての﹁場﹂の喪失という観点から捉え︑再び自らの生
活の主体として存在し生きるための﹁場づくり﹂という観点から︑生活支援に取り組む日本の社会福祉援助の追求であ
る︒今日の日本のソーシャルワークにおいて︑たとえば自己決定ができないことや︑自律できないことを否定的にとら
えることになってはいないだろうか︒また︑そのことがいたずらに個人の﹁強さ﹂を求め︑自己決定や自律を強いるこ
とになってはいないだろうか︒さらに︑それによって利用者に新たな精神的負担や生活のしづらさを負わせることにな
ってはいないだろうか︒これまで検討してきたように︑日本人の生き方として︑日本人にとって大切なのは︑﹁個﹂と
しての強さよりもむしろ︑人と人との﹁間柄﹂なのである︒individual としての﹁個人﹂を前提とし︑いたずらにその
ような﹁個人﹂の自律を求めるソーシャルワークであれば︑それがたとえば﹁他人に頼らずに生きる﹂ことを利用者に
求めることになるのであれば︑それはややもすると日本人にとって大切な人との﹁間柄﹂を切断する方向に援助活動が
働くことになる︒生活習慣の無理な変化を求め︑そのような形での自助努力を促し︑自律的な強い﹁個人﹂となること
を利用者に求めるのでは必ずしもなく︑むしろ利用者にとっての自然な生活のかたちやその連続性が支えられ︑いわば
﹁暮らしの手ごたえからくる﹃生きる実感﹄﹂︵外山2003:35︶を利用者が受け止めることが出来るような﹁場﹂の構築
を援助の目標にして語りなおされたソーシャルワークが日本に必要なのではないだろうか︒それは︑たとえば自らの力
では生活上の困難を解決できないということ︑また自律した主体的な意思決定や行動ができないということ︑いわばそ
のような﹁弱さ﹂が必ずしも否定されるのではなく︑むしろその﹁弱さ﹂が受容されることから新たな生活上の価値や
世界が広がるとでもいうような体験︑そのような体験を可能にする多様な他者との関係︑すなわち﹁場﹂が構築され︑
与えられることにより︑再び自らが主体となっての生活が可能になるようなソーシャルワークの追求である︒言い換え
れば︑個々人に﹁強さ﹂を求める欧米流のソーシャルワークではなく︑弱い個人が弱いままに尊重され︑その存在が支
えられる対人関係の豊かさとその関係が織りなす生活空間や環境としての﹁場﹂を重要視し︑そのような﹁場づくり﹂ 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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という観点から︑施設や地域における生活空間や環境づくり︑まちづくりやネットワークづくり︑そして一人ひとりの
生活づくりを目標にしたソーシャルワークの理論と実践の追求である︒
蠻
おわりに
﹁世紀を超えて︱ソーシャルワーク研究の課題︱﹂と題する特集が組まれた﹃ソーシャルワーク研究﹄一〇〇号の巻
頭言には︑﹁本誌の刊行の意義は︑ソーシャルワークをすぐれて実践知・実践学として既存の学問的方法と理解を超え
るもの・・・︒固定的な既成の概念から出発するのではなく︑むしろ現実の中から・・・﹂︵畠山2000:1︶と︑それ
が季刊誌として刊行するに至った意義が改めて示されている︒改めてその意義をふまえつつ︑本稿で見出された﹁場﹂
の概念に関するさらなる検討とそれを文化的基盤とした日本のソーシャルワークのあり方について検討していきたいと
考える︒それは︑日本人の生活と﹁場﹂との関係についての考察を深め︑そこで得られた知見を︑個々人が自らの生活
︵7︶の主体として存在し生きるための﹁場づくり﹂を目標にした援助活動の展開に結びつけていく作業であり︑すなわち日
本人の生活現実のなかから出発するソーシャルワークの構築を目指すものである︒
注︵1︶﹁日本人﹂をどのように定義するかについても種々の議論があると思われるが︑本稿では﹁日本語を母国語とし︑日本で生活
している人々﹂としておく︒
︵2︶二〇〇四年一〇月に東洋大学にて開催された日本社会福祉学会第
52デモ・アジア東とクーワルャシーソ﹁︑はで会大国全回ル
の構想︱ソーシャルワークと国民文化︱﹂と題された日韓交流企画シンポジウムが行われ︑ソーシャルワークの背景にある
﹁国民文化﹂理解の重要性と文化理解をふまえたソーシャルワーク研究の必要性が指摘された︒
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日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
︵3︶たとえば最近では︑長野晃子︵2003︶が﹁恥の文化﹂とされている日本は︑実は﹁罪の文化﹂であるという主張を展開して おり︑また船曳健夫︵2004︶は日本人論が必要とされた理由を明らかにするとともに︑戦後の日本人論の検証から今後の展望
を述べている︒
︵4︶阿部謹也は﹁日本の歴史家達は欧米伝来の近代的な歴史学をあたかも自然科学のようにして受容れてきた︒その際に客観性
が重んじられるという形で︑研究主体としての自己を省みることなく︑史料の中に入っていったのである︒その際に明治十七
年に作られた個人という言葉は支えになったと思われる︒学者達は日本語になった個人という言葉が欧米の個人とは決定的に
異なったものだということには気がつかなかった︒おそらく今でもほとんどの人は気がついていないように見える﹂︵阿部
2004:145−46︶とし︑また佐藤直樹は﹁人文・社会科学を含めて日本のほとんどの学問が西欧からの輸入品であるために︑こ
れらがすべてこの社会を前提に組み立てられている︑ということである︒ところが︑学者をふくめて私たちは︑現実には﹃世
間﹄に生きているために︑この社会を前提としている学問との間に﹃ずれ﹄が生じる︒この﹃ずれ﹄に気づかないで学問して
いる学者が︑あまりに多すぎるのである﹂︵佐藤2004:46︶として︑日本の現実を見ていない日本の学問のあり方に疑問を呈
している︒
︵5︶さらに︑この﹁人間関係﹂という日本語については︑第二次世界大戦後︑humanrelationsの翻訳語として導入されたもの
で︑﹁個別的な行動主体としての︿ひと﹀の存在そのものと︑そうした主体が生み出し主体間を連結する︿人間関係﹀を︑はっ
きり切り離して扱おうとする欧米人の理念を反映している﹂︵濱口1998︶という説明がされている︒
︵6︶たとえば安楽死をめぐる日本人の自己決定の問題について︑﹁自己決定もまた︑自己がおこなっているようにみえながら間が
おこなっている︒そんななかで私たちが︑安楽死のときにだけ﹃自己決定﹄をもとめられても︑それは無理というものだろう﹂
として︑さらに﹁安楽死の自己決定を個人がおこなうというのは︑すくなくともわが国では︑一種のフクションにすぎない︒
﹃世間﹄のなかで生きる私たちは︑個人を生きていないからである﹂と述べている︒︵佐藤2004:71−72・76︶
︵7︶たとえば︑二〇〇四年一二月二日付﹃朝日新聞﹄朝刊では︑阪神大震災の被災者が暮らす兵庫県内の災害復興住宅で﹁孤独
死﹂の問題が︑今日においても後を絶たないことを報じている︒入居者の生命や健康を支え︑生活意欲を導き︑それぞれが生
き甲斐を実感できるような他者とのつながりやなじみの関係︑その関係が織りなす﹁場づくり﹂としての︑生活空間や生活環
境づくり︑地域づくり︑街づくりが求められている︒ 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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三︱一三二頁︒
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柳父章︵1982︶﹃翻訳語成立事情﹄岩波新書︒ 日本のソーシャルワークにおける文化的基盤
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The study of cultural base of social work in Japan
──The viewpoint to ‘individual’ in Japan living in‘seken’──
Hiroto Kuga
Historically, the most of models of study methods of social work in Japan have been introduced from the US or European countries. However, there still has been lack of theories of social work which are useful for practical fields, even today.
Therefore, the reinterprets of these theories, which have been introduced from the US or European countries, based on Japanese life style or culture is essential. The aim of the current article is to find cultural base of social work in Japan, from con- sidering about the concept of an individual in Japan, whether it is suitable to express Japanese actual human existence. Individuals in Japan are living in rather ‘seken’
than society. And they are greatly influenced by local neighborhoods, and more sub- ject to opinion or relationship with neighbors than individual value. The social work in Japan has to be developed culturally based on the concept of ‘place’ , from under- standing such Japanese features or humanism which is based on relationship with neighbors.
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日本のソーシャルワークにおける文化的基盤