トマジウスの拷問批判論
カッタネオ著・仲島陽一訳
【訳者前書き】私の志は人の世から悪をなくすことである。特に問題とすべ きと考える悪は暴力であり、そのなかでも拷問は殺人に劣らない大きな悪と考 えている。よって拷問廃止の思想に関心を持ってきたが、そこで大きな存在と 感じられてきたのがトマジウスである(1655-1728。思想全般については、拙 著『哲学史』第14章第五節、行人社、2018、参照)。調べたく思ってもよい文 献がみつからずにいたが、以下に訳すカッタネオの『クリスチャン・トマジウ スの思想における犯罪と刑罰』に詳しい叙述をみつけたので勉強のため訳して みることにした。頻出するラテン語や古いドイツ語はもとより、地の文のイタ リア語も私には簡単でなかった。多くの誤りがあると思うので識者の叱正を乞 う。ラテン語の箇所は慣例により漢字カタカナ文で記し、英語・仏語・独語の部 分は記号*で示した。底本Mario A.Cattaneo,
Delitto e pena nel pensiero di Christian Thomasius
,Milano,Dott.A.Giuffrè Editore,1976,pp.158-176【本文】 著作「キリスト教徒の門から追放すべき拷問について」は、1705年 に出版され、扱われている主題は、厳密にいえば刑事手続法の対象を形づくり、
刑法典(それに私は意識的に自分の詳論を限定した)ではない。実際拷問は普 通法のなかで、証明の一方法として、真理の探求のための手続き的道具の一つ として把握された。しかしながらこの論文をも考慮することが重要と私には思 われるが、なぜならそれは、現在の仕事がおかれている見通しのためにも極度 の重要性を持っているからである。実際この著作は典型的な法学的野蛮に反対 する告発行為を構成しており、それゆえ刑罰についてのトマジウスの法哲学を、
彼の改革的様相と意義において性格づける、啓蒙的で人道的な精神の表現なの である1)。
この作品は二部ないし二章に分かれている。第一部では、既にトマジウスが
序文で述べたように、市民法の規則に基づき制定サレタ法という観点にした がって拷問が検討されている。第二部では拷問は、制定スル法という観点から、
理性と公正の原理にしたがって批判にさらされている2)。
「市民法ニヨリマタ習俗デ是認サレル拷問ノ習慣ヲ含ム」と題された第一章 において、トマジウスは、主として拷問を、真理の探究の不当で神法と自然法 とにかなわない手段とみなすことを宣告する。ルドウィコ・ウィウェス、キケ ロ、S.アゴスティーノの拷問に関する否定的判断3)を思い出させた後で、彼 はこの詳論に関する自分の基本的主張を始メニ主張する。「不正デ、不公正デ、
偽リデ、無意味ナ悪ヲ促進シ、最後ニスベテノ神的証ノ明瞭ナ様相ヲ欠く(シ タガッテキリスト教徒ノ門カラ退ケラレルベキ)コノ暴力的ナ拷問ヲ私ハ大胆 ニ追放スル」。しかし彼は繰り返すが、序文で示された順序に従うことによって、
拷問はこの第一章では市民法に基づいて扱われるであろうと。第二章ではこう した虐殺の支持者たちからの激しい議論への反駁に進むであろう4)。
トマジウスは続いて拷問の概念の法学的定義に進む。「ソレハ真理ニ対スル 激シイ責メ苦デ行ワレル尋問ニホカナラナイ」。順々に彼が検討するのは、拷 問が市民法から課される規則、拷問に服させ得る人の身分にかかわる、それが 適用される理由としての罪にかかわる、その適用を合法化するしるしにかかわ る、それを課す際に従う方法の合法性にかかわる、そして最後に裁判官がこう した問題で従うべき特別な手順にかかわる規則である。
第一の点〔身分〕に関してトマジウスは、ローマ人においては、ただ奴隷だ けが、自分の主人に対して犯したのでなければ、自分の罪のためであれ他人の 罪のためであれ、拷問を課され得たことを思い出させる。続く時代にはそれは 自由人にも広がったが、ただし社会的下層の自由人である。この下層民は罪人 としてであれ証人としてであれ拷問され得た。こうした拡大はただちにトマジ ウスの時代に現行法内で最大の拡張を持ち、この時代には、ぶれていたり矛盾 したりする証人に拷問を課すことが合法的である。このことの動機は、この類 の証言によっては、裁判官が赦免も断罪も与えられないということである。反 対に、特に犯罪という問題においては、どちらかの解決に至ることが国家にとっ
ては極度に重要である5)。
次に、公民の特別な範疇のなかで誰が拷問から免除されるかがある。〔すな わち〕著名な人々、元老院議員、軍から名誉ある退役をした人々、博士たち、
法律家たち、学者たちである。しかしながらこうした特権は、もっと凶悪な犯 罪の場合(主君殺し、皆殺し、ソドミズム、密通のような)や、問題の人々が その尊厳に反するしかたでふるまった場合は除かれた。続いて免れるのは、こ ども(14歳以下)であり老人(ある年齢以上)であり、妊婦(拷問は胎児を通 じてか母自身に対して致命的であり得る)である6)。
第二に、拷問はどんな犯罪の場合にも課され得るのではなく、ただ極刑か、い ずれにせよ体刑が科されると規定されている犯罪の場合にだけ科され得る7)。 第三に、被告の有罪への確信を持ったうえは、拷問の継続的な適用を排除す る証明の方法が明らかにされるのでなければならない。最も明らかな証明で既 に有罪と証明された被告に、自らの告白でそのような証明を確認させる目的で さらに拷問を加えようとする人々の主張に、トマジウスはけっして同意しない。
拷問は通常の手段でなく、真理の探究のための例外的で補助的な手段である。
「拷問ハ真理ヲモギトル通常ノ方策デハナク、ムシロソノ本来ノカツ唯一ノ目 的ハ、疑ワシイコトヲ確カメル、例外的ナスナワチ補助的ナ方策デアル。実際 理由トサレル目的ハ公益ニツイテ私達ガ動揺シテイルコト以上ニ必要デナイ」。
より確かな方策が存在するときには、このような危険で無宗教的な道具に頼る べきでないということが、万人に明らかにされるべきであろう。さもなければ、
真理の調査の手段を用いるというよりも罰を科することになってしまうであろ う。その存在が拷問の適用を正当化する諸々の状況証拠に関しては、法律家の 側からの多くの定義と弁別との対象である。トマジウスはそれらが確からしい ものであり、また被告の告白以外に余地を与えないようなやり方でなければな らないと考察することにとどめる。このような状況証拠からの判決は、トマジ ウスの判断では、特別な法規においてよりむしろ、判事の思慮ある自由意志に 委ねられるのが好ましいであろう。他方単一の状況証拠は、大きいと考量され ても、拷問を課すには法的に十分でない。これは法律で確かめられており、法
律はこうした状況証拠に関しては、しばしば単一でなく複数において表現され る8)。
法律家の間に起こる論議は、ただ一人の証言が、被告に拷問を課すのに十分 であるかどうかという問題である。トマジウスの答えは決定的に否定的であり、
一般に受け入れられた次の原則に基づくもので、それは、ただ一人の証言は被 告の有罪性を、その自白にそれだけで場を与える(そして続いて拷問を合法化 する)ほど確実なあり方で示す十分な証明ではない、というものである9)。 論じられた別の問題は、致命傷を負った者が死ぬ直前に、自分の殺害者の名 を言う場合に、拷問を課すことが合法的かどうかである。肯定的答は、死ぬ瞬 間に嘘をつくことは難しいので、瀕死の人を信じるべきであるという考えに基 づいている。しかしトマジウスによれば、すべての瀕死の者が、洗礼者ヨハネ のような者でないが、こうした者に対して彼は、拷問を課することによって有 効となる潜在的証明としてその考えを認めることができない。ただ一つの証人 の言葉が拷問を課すのに十分でないことは既にみた。この場合にただ一人の証 人だけでなく、自分自身への訴訟における証人の問題となる。トマジウスの判 断では、一様に論じられてきたこの問題に関して同様に言われなければならな いのは、罪人の側の一人の共犯者の手掛かりの場合に拷問を合法化するのに十 分であるかどうかということである。自白した罪人の経験は、他の合法的やり 方で有罪と証明された罪人の者と同様、後に無罪と証明された者を共犯者とし てしばしば示唆することを示すのであり、それは自分たちの不幸の道連れを持 つ目的なのである。一度ならず何度もこういうことが起こるのは、有罪の者が こうしたやり方で憎む人に復讐しようとするからである10)。
法学者に論議されたもう一つの問題は、法廷外の告白の、拷問を課すことに よる許容に関してである。トマジウスはこの場合にもまた、否定の答えを与え なければならないと考える。日々の経験が実際に示しているのは、しばしば弱 くて愚かな者が、重大な犯罪を犯したことを仲間内で自慢し、続いてその見せ かけの強さで得意になることである。こうした見せびらかしは、拷問を課すの に十分となり得ない。他方で、法的自白の本人は、既に有罪と証明された点にお
いて拷問にかけられてはならず、ふさわしい罰に処せられなければならない11)。 類比的にトマジウスが表したのは、逃亡が拷問を課す確かな動機を構成するか どうかという、やはり論争されていた問題についである。彼の判断では、初め に起こった逃亡も、告発状態におかれた後に起こった逃亡も、この目的のため に十分なしるしではない。しばしば起こることだが、完全に無実の人が、裁判 官たちの残酷さから、敵の手から、証人たちの不誠実さから、判決の不確実さ から、また牢獄の不自由から、逃亡をもって逃れることを選好する12)。 第四にトマジウスは、拷問の適用における、現行法に基づく、従うべき形式 と手順の問題に立ち向かう。人類に課すことが可能ないろいろな拷問について、
この問題において、多くのことが記されている。真理の探究のこうした非宗教 的なやり方をキリスト教国の法廷からなくすことは本当に不可能なのかどう か、また胸中にキリスト教的心を持つ裁判官が、気の毒な被告に課せられた拷 問が(後に無実が認められるならば)彼等の身体を無傷に保つようにすること に努めることがせめて必要でないか考慮することに、トマジウスは限定する。
被告が拷問のもとで告げた告白を後に認めないならば、三回まで拷問を課す ことを認める刑罰手続き14)を検討した後で、トマジウスは、裁判官が拷問の適 用において尊重すべき最後の諸条件を考察した。①)拷問を課す前に犯罪者ノ 身体(corpus delicti)の現前が確認されなければならない。魔術の犯罪の場 合には、裁判官は確かな想定をも受け入れる。②)その点で、もしどんな証拠 もあがっていないならば、犯罪の自白だけでは十分でないことが守られなけれ ばならない。疑わしいときは、もし自白があっても無実の一人を罰するよりも 罪ある十人を釈放するほうがましである。「疑ガワシイ十人ノ罪人ヲ釈放スル コトハ一人ノ自白ハシタガ無実ノ者ヲ断罪スルヨリモヨイ。」魔術の犯罪によっ て特に起こるような、犯罪者の現前が明瞭に現れないような隠れた犯罪におい て、そうした問題で誤りに陥りやすい。ここでトマジウスは、こうした犯罪の 実在の問題に関して発言せず、数年前に公刊された自らの論文「魔術ノ犯罪ニ ツイテ」を参照させる。この持ち場では彼は裁判官に、こうした偏見にふけり、
こうした犯罪の真実を認識しないことを警告するにとどめている。多くの女が
魔術の犯罪を犯したとして告発の下で火刑にされつつある。彼女等はかなりあ やふやなしるしをもとに拷問にかけられており、彼女等にとっては、多くが後 に続く(しばしばそれ自体が死をひきおこす)拷問よりも死を自ら選ぶことを 恐れてである。こうしたことが推定される犯罪の場合、このような不幸な女た ちが苦痛から逃れる目的で偽りの自白を告げることから、このように長い拷問 の下におかれることを避ける必要がある。③)次に、拷問によって審査を始め させないように配慮しなければならない。拷問は証明の他の手段に比べて補助 的である。もしも他の証拠で自白が得られるならば、拷問はどんな価値も持た ない。こうした手続きを守らずただちに被告を拷問にかける裁判官は、損害、
苦痛、および他のすべての派生的不都合を補償しなければならない。被告を苦 しい拷問にかけ、死に至らしめる裁判官は、死刑に処せられなければならない。
④)最後に、拷問の適用の前に、被告に告発されていることに関する証拠を伝 えなければならず、それに反駁する期間を与えなければならない15)。
「道徳上のおよび不正な拷問を含む」と題された、第二章の冒頭でトマジウ スは第一に、拷問の忌まわしい使用に反対して闘う議論を示し、第二に、それ に有利に加えられる諸理由の弱点を示そうと告げる。拷問に反対する根本的議 論は、その使用が必然的に伴う、深い不正と明白な不公平を示す議論である。
前の探求から帰結するのは、拷問が、犯人が不確実な犯罪についての調査の手 段として現れるということである。しかしなから、有罪とも無罪ともまだ確定 していない可哀そうな被告が、拷問によって、十分に確実な苦痛と責め苦を課 せられることになる。だから拷問は、真理を探究するための手段としてよりも むしろ、不確実な犯罪に対する罰として定義されなければならない。「ナゼナラ、
スベテノ身体ヘノ拷問ハ、タトエ判決ガ下サレル前デモ、刑罰ダカラデアル」。
反対に正当な刑罰は、有罪と証明された犯人と本当の犯罪を前提する。それゆ え不確実な犯罪の不確実な犯人が最も確実な責め苦に課せられるようになると いう拷問のこの最も残酷な原理が擁護され得るようなことがみられない。拷問 を導く二重の偽りの結果を、既に多くの文書が示してきた。第一に、犯罪の真 犯人である少なくない者が、拷問の残酷さに剛毅に耐えることに成功し、続い
てこれをもとに合法的に赦免に至る。第二に、まったく無実の者が、拷問に耐 えることに成功せず、力づくで出させられた自白のために、死刑にされる16)。 この点につきトマジウスは法学者プルンネマンの意見に言及するが、彼によ れば、拷問は人体にとって十分に有害でありときおりは致命的である。神の像 でつくられた人間の肉を、拷問によってこうして切り裂き剥ぐこと以上に残酷 で非人間的なことはない。そのうえ裁判官は、拷問の前ならできたかもしれな い自白された犯罪についてより確かに知ることができない。実際、拷問に耐え られる人々は嘘をつき、耐えられない人々もまた嘘をつく〔ことになる〕17)。 拷問は、大きなまた不可避の悪の源であるという点で、正しく構成されたす べての国家において避けられるべきである。拷問は実際、自らの被治者に対し て残虐行為を犯すことにより、すべての僭主に有用な手段である。公正という 口実の下で恐ろしく苦しめることで、法を基礎にして残酷さの対象として選ん だ人々を苦しめることによる、偽りのつくられた議論が、暴君には不足しない。
こうした態度の一例は、〔古代ローマ〕皇帝ティベリウスから提供される、と トマジウスは思い起こさせる。拷問は、一国家において、自らの願望で抵抗す る人々と闘うことで、圧制を擁護しようと向かう実力者たちにもまた役立つ。
次に教皇の世界では、拷問は、宗教的問題においてまた世俗的問題において、
聖職者の不正で名高い、篤実にして敬虔な人々から解放されるための最上の手 段である。魔術の疑いを受け、続いて最も厳しい拷問を受けた人々が(死刑の 標的となり)、一度でも自白を漏らせば、正義の外観でしばしば起こることで ある18)。
拷問において典型的な不確実性という性格の説明は、課される苦痛を増減す る権力が執行人にだけ属している、という事実の中に与えられている。この執 行人は自分勝手に、あるときは大きなあるときは小さな苦痛を被告に課すこと ができるのであり、裁判官自身が辛うじて、どれだけ拷問が有用であるかを理 解できるようなやり方でそうするのである。
しかし特に拷問の使用に反対するのは、自分の生命の防衛に正しく適合した 手段を用いる権利を各人に与える自然法の原理である。誰かに自己防衛を禁じ
ることは正当でない。ところで、拷問の手段でまたそれによってひきだされた 自白において、被告は自分自身を告発し、自分自身に罪を帰し、自分の生命を 危険におくことを余儀なくされる。トマジウスは叫ぶ19)。「アア恐ソシイ事ヲ!
ソノヨウニキリスト教徒タチデナサレルベキカ」。
続いてトマジウスは、神法の真理の探究によってこのような恐ろしい手段を 指示するものは何もないゆえに、拷問の実行は非難されなければならない、と 考える。拷問が罪人を糾問する正しくふさわしい手段であったかどうかは、聖 書における神の沈黙の下で過ぎてしまったのでわからない。また確かに、罪人 が課されることを要求する神の正義は、この領域を、世俗裁判の権能に委ねた。
しかしトマジウスは、聖書は拷問の実行を暗に禁じたと考えるが、なぜなら至 高の立法者は、疑わしい事例における証明方法を導入するのが問題のときには、
世俗の裁判官をしるしと議論に向け、拷問には向けないからである。統治のい ろいろな形態のために、他国と異なりある国での社会的必要から多くの標準が 必要とされるという観点での反論がある。したがって多くの制度が私達の裁判 所法において受け入れられており、そのなかに聖書のどんな命令もみられない と。このような反論へのトマジウスの答えは、統治のいろいろな形態にしたがっ ていろいろな法が出現する必然性を彼も認めるものである。しかしながらどん な人民にも、また特にキリスト教人民には、神から生じる法すべてを特徴づけ る公正と正義がおのずから完全に抜けているような法を導入することは許され ない。彼は続いて拷問を廃止することを示唆するが、それは聖書に含まれるな んらかの文章から示されるからではなく、すべての神的命令に表れている、真 の正義と純粋な公正さとのどんなしるしも、拷問からは生じないからである。
有罪であるかどうかがまだわからない人を苦しめることが公正さの表現なの か。有罪の者を罰を与えずに赦免し、無実の者に死を課することが公正のしる しなのか。自分の破滅をひきおこすように人間存在を強いることが自然的理性 にかなうのか20)。
福音的心情の習慣が現れるべきキリスト教的法廷から拷問を排除するのに有 利なもう一つの議論は、第一に、そのような制度はより獰猛な異教民族から伝
えられたものだ、という事実のなかにある。第二に、ローマ人は、獰猛な性格 ではあるが拷問の適用を奴隷に限り、自由人は除いたという事実に。既に彼等 が自らの不正に気付き始めたしるしであるが、奴隷の法的条件は彼等のところ では十分に悲惨で、ローマ法に従えば、彼等に害を課すことは可能でなかった のである21)。
続いてトマジウスは、拷問に味方して通常加えられる議論を考察する。はじ めは、拷問がかなり多くの民族の古い習慣であり、長期のまたは広範な同意で 働いてきた、という事実のうえに基礎が置かれる。そして長期の習慣は法的効 力を持つはずである。〔この議論に次のように〕トマジウスは反論する。しか しながら、拷問使用の古さから引き出されたこうした議論の弱さをみない者は ない。彼は、習慣がおのずから法の権威を具えているとする原理を認めない。
所与の慣行が法的意味での習慣の性質を得るので、単なる古さも、行為の頻繁 さも、多くの民族の単なる同意も十分ではない。それはなぜなら、「多数ノ誤 リハ悪行ヲ取リ除キモセズ正シモセズ、悪イ訴訟ノ公正ヲ弁護ノ多サガ償イモ シナイ」。実際、法的習慣になるに値する慣行は合理的で、根源的誤りのない ものでなければならない。それゆえ、拷問がまったく不合理で最大の誤りを基 礎として導入されたものである限り、法的意味での習慣の資格に値しない、と いうことがそこから帰結する22)。
拷問は刑事訴訟による重大な不都合なしには消滅し得ない、という異論もま た出される。実際、無実の結果が明らかになった被告は釈放されなければなら ないが、有罪が証明された被告はふさわしい刑罰に処せられなければならない。
しかし、無罪か有罪か明らかにする手段としてそして釈放か断罪かの結果に導 くあいだ、疑わしい場合、拷問を維持しなければならない〔という異論が〕。この ような反論はトマジウスによってどんな重みもない。拷問が偽りで、危険で、
誤った方法であること、裁判官たちが実際は、起こった犯罪について、初めにそ うだった以上に拷問を使用した後にも確信していない、という事実を知らない からである。だから拷問が、罪を単に疑われている人々の、釈放または断罪を確 実に導ける手段であると考える人々は、最も重大なあり方で間違っている23)。
最後に、拷問の擁護者が主張するのは、残忍な人々が一度ならずふさわしい 罰を受けても、もし拷問が適用されないままならば実際はそこから逃れるすべ を知っている、と経験が示しているということである。トマジウスは、経験へ のこの引照に、反対の経験への引照を対置する。国家の効用が残酷な人々の罰 を要求すると主張するならば、国家によってより重要なのは、無実な人々が最 も残酷な罰による拷問に至らないこと、不当な死に合わないことであると、彼 は言い返す。実際、経験が示しているのは、多くの場合に、拷問された人々が 犯していない罰を自白し、不正に罰されるということなのである。トマジウス は無実の者を断罪するより有罪の者を罰さずに釈放するほうがましであると判 断する。「ソノ罪科ガ確実ニ証明サレテイナイ十人ノ罪人ヲ良心的ニ救ウ裁判 官ハ一人ノ無実ノ者ニ拷問ニカケ自白ヲヒキダシ不当ナ死ヲ宣スル者ヨリ許サ レルニフサワシイ」。このような諸理由によって、彼は結論として、拷問は反 宗教的で不正な制度としてキリスト教諸国の法廷から除かなければならないと 言う。「ココカラシテ私ガ論文デ主張シタ、拷問ハ確カニ、非宗教的、不正デ、
神法ニモ自然法ニモ反スルモノトシテ、キリスト教徒ノ門外ニ最モ長ク追放サ レルベキコトガ十分ニ確証サレルト私ハ思ウ」24)。
拷問に関してそのとき検討された文書は、魔術の犯罪に関する論文に直接言 及するが、それはただこの論文の数年後に出版されたからだけでなく、内容上 の理由にもよる。この作品において、魔術の犯罪の無根拠と、それが推定され るしるしの一貫した絶対的な不相当を示して、トマジウスは、同様な「犯罪」
に対して有罪宣告できることによる実効的な「証明手段」だけが、拷問の手段 によって得られた自白であると宣告していた。そこから、無実の人々と断罪と 強く結びつくことによる、真理の探究のこうした推定的手段を根本的に廃絶す る必要が起こる25)。しかも私達がみたように、拷問に関する論文の中でトマジ ウスは二度まさに魔術の犯罪の事例をひいている。
そこで検討された魔術の構造は、ある意義を示している。私は二部に分けて 言及するが、第一部は制定サレタ法から考察された拷問の制度の研究に、第二 部は制定スル法の観点からの拷問の非人間性と不正の指示にあてられている。
しかしより注意すべき意味深いことは、第一部もまた、法的規範の総体につい て純粋に記述的であることに制限されず、現行法の限定的解釈を与え、証明の 異例で補助的な手段と考えられた拷問の適用の事例を減らそうと努めた、とい うことである。この第一部でもそれゆえ、拷問に対する批判と敵対的態度が既 に示されている。
しかしながらもちろん、より重要で飛びぬけているのは第二部である。ここ では拷問は多様な観点から攻撃されている。トマジウスの視点からもたらされ る論議の基本的論点を思い出すことが適切である。まず最初に、理性的―絶対 的論点の議論、拷問の根本的不正を示す面である。これは拷問が、真理の探究 のための手続き―トマジウスがまだ第一部で定義するような、「苦痛という 手段で実行される真理の激しい探求」手段―であるのとは反対に、実際には、
有罪かどうかまだわからない者に不確かな犯罪のために課せられる、むしろ現 実的な刑罰に陥っている、という事実に由来する。拷問の本性のこの根本的な 変質は、実用的現実において抽象された法的面で考察されると、―一時的と 称されるにせよ、―刑事訴訟法においてよりもむしろ刑法との関係において 拷問の論述を正当化する。拷問のこの第一の欠陥は、トマジウスの刑罰の哲学 の一般原則の侵害を構成しているが、彼にしたがえば刑罰は実際になされた犯 罪の真実に罪ある者だけに科されなければならないのである。
第二に、拷問の無用性の議論がある。拷問が真理を知る有用で有効な手段で ないのは、その最も致命的な結果が実際には、一方では、罪があっても強くて 頑健なものが拷問に抵抗しおおせて釈放され、他方では無実なのに、ひ弱で苦 痛に耐えることがうまくできなくて、犯していない罪を自白する(魔法のため の裁判でまさに起こったこと)者を断罪することに導くことだからである。こ の議論はオリジナルでトマジウスだけに固有のものだというわけではない。実 際それは、最大の効果的な説得力において、実際に拷問の多くの反対者のなか に繰り返される典型的な動機を構成している。既に若干の古代の著作から自明 視されていたし、その後はトマジウスの前ではフリードリッヒ・フォン・シュ ぺーが主張し、〔彼の後では〕順々にフリードリッヒ二世、ベッカリーア、ヴェッ
リ、ゾンネンフェルスのような思想家によって繰り返されるであろう26)。拷問 に反対する同様なやり方の議論は、『基礎[Fundamenta]』(v.supra.cap.Ⅱ)
のなかでトマジウスが特別に主張した、「無実の者の処罰」の合法性を否定す る自然法の一般原則と関連している。またそれはそのうえそこで検討されてい る著作の最後の完全な確信に再び結びつくが、その著作によれば、ただ一人の 無実の者を断罪するよりも十人の罪ある者を釈放するほうがよい。これは自由 主義と刑法的人道主義の基本的で放棄できない点を表す確信である。
第三に、神の像および似姿としてつくられた人間に、重大な苦痛と障害を引 き起こす司法手続きの残酷さと非人道性を示すことに向けられる、倫理的―宗 教的に定義される議論が注目されるべきである。これは、トマジウスの宗教性 をいっそう裏付ける動機である。
第四に、私は自然法的議論を強調したく思う。この観点からトマジウスは拷 問と自然法との対立を明確におくが、自然法の原理にしたがえば各人は自己防 衛権を持っている。拷問を受ける被告は実際苦痛を受けることによって、自分 自身を(けっして犯されていない犯罪についてであっても)告発することを余 儀なくされる。こうした動機はホッブズの思想のなかで、彼が次のように言う とき既に示唆されている。「*赦免の保証なく自分自身を告発する約定は……
無効である。そのような告発者の証言は、自発的に与えられるのでなければ、
自然によって腐敗されていると予め見積もられるからである。そしてそれゆえ 受け入れられるべきではない。またある人の証言が信用できないところでは、
その人にそれを与えさせるべきではない。また拷問による告発は証言としては 忌避されるべきである。拷問は推測の手段、さらなる検討と、真実の探求の光 としてだけ使われるべきだからである。またその事例において自白されたこと は、拷問されている者の安楽に向けられているのであって、拷問の情報に向け られてはいない。またそれゆえ十分な証言という信用を持つべきではない。自 らを救うための告発が真であれ偽であれ、それは自分自身の生命を維持する権 利によってなすのである」〔*原英語〕27)。ホッブズもまたトマジウスのように、
拷問の問題を、自分自身に対する告発の(またその無効性の)問題に結びつけ
ている。ホッブズが拷問を真理を探究する手段として定義している(またそこ からある程度拷問を認めるように思われる)ことは確かだが、しかしすぐ後で 自分の前の主張の価値をなくして、拷問の下で自白する者は、真なる事実を言っ たにせよ偽りの事実を言ったにせよ、拷問されている事柄の情報を与えたので はなく拷問から逃れるためにそうするのだと告げる。真理を知る手段としての 拷問から推定される価値はただちに弱められていく。それゆえホッブズは人道 的原理の名で拷問の断罪を宣するのではないが、自分自身への告発の門として 実質的な無効性を示すのであり、これは彼において自然法に従えば合法的に課 せられない(またここで彼の議論はトマジウスのものにかなり近い)。またこ の点で犯罪の真理を明らかにすることに確実に導くものではない(この主張は、
トマジウスのほかに、拷問に反対するすべての者に支持されることがみられよ う)28)。
第五に、トマジウスの思想の特に本源的で典型的にみえるのは、政治的な議 論で、拷問のなかに、自らの臣民に対して残酷にふるまう、あるいは自分自身の 支配を強める目的で、暴君によってかなり都合よい手段を示す面である。トマ ジウスは世俗的僭主であれ宗教的僭主であれ、特に魔術の犯罪に関係して引用 する。このような議論の特別な永続性と現実性とは、まさにエバーハルト・シュ ミットによって強調されている。「*今日に至るまで……第二部第四節におけ る断言はその正当性を示してきた。『尋問(すなわち苦痛を与える質問)〔*原独 語〕ハ臣下ニ残忍ナ暴君ニ正義ノ外観ノ下デ機会ヲ与エル』。」29)
第六に、私には興味深くみえるのは、神学的と呼び得るような議論が明らか になることで、実定的神法のなかの、拷問の制度の予見の欠如の上に基づいて いるからである。実際奇妙なのは、トマジウスが啓示と聖書への参照の上に立 てられた議論に頼るのを見ることであり、それはかの『基礎[Fundamenta]』
と同時代のある作品の中であるが、そこでは私達が知るように、彼は厳密に法 学的なすべての論述から実定的神法をはっきりと既に排除していたのであり、
「神的法学」の概念を乗り越えていたのである。その点で人道的問題の緊急性 に面して、拷問廃止という絶対的義務に面して、トマジウスがこうした議論に
頼り、原理に関して一貫性を見逃してもおり、したがって法の世俗化の道でい くぶん後戻りをする傾向があったと言えるかもしれない。諸価値の位階制にお いて人間性[l'umanita]が第一位を得るのであり、またこのことが根本にお いて、トマジウスの名誉に帰する。しかしながら他の点では、彼自身あまりに 明らかな矛盾にはまり込まないように注意して、神的な定めに関する(他の著 作で既に彼によって主張された)世俗的立法の自律の可能性に頼ったこともま た、観察されなければならない。実際彼は第二の機会に前の記述を少し訂正し て、拷問を課してならないのは、聖書本文中に明示的に示されていないからで なく、神的掟すべての根本から生じる公正と正義に反しているからだ、と主張 している。そのことは疑いなく正しい。ただ、トマソ・モロ30)とは違って、ト マジウスが死刑もまた、十戒の「殺すなかれ」という特別な命令であれ、神的 啓示に命を与える正義と公正の精神にであれ反していることに気づかなかった ことにだけ、遺憾の意を表現できる。ただし死刑は、正統的な宗教的要求より も、法的―社会的に厳密に条件づけられた動機の結果であり、それを科する明 白な規定があった。
最後に、彼とともに議論をいまなお浮き彫りにする労をとるに値する、―
彼の議論の批判的部分、拷問に賛成する議論に反駁する部分に付け加えて、
―トマジウスはこうした制度を、それが伝統の固有の部分で古くから用いら れていたがゆえに擁護する主張を決然と拒否する。トマジウス的議論の本質は、
誤りがどんなに広まっていても正しくされるわけではなく、真理に変えられる わけではない、ということである。このような位置をとることは典型的に啓蒙 主義的な心性を表しており、それは、―〔既成〕事実、経験、歴史、伝統の 上に立てられた制度の擁護に対し、―歴史を超越した合理的原理に、すぐれ た意味で理解された真理の観念に基礎をおかれた議論を対置する。トマジウス が表現したのと異ならないやり方で、約六十年後にベッカリーアは死刑と対決 するであろう。「もしも、何らかの犯罪に対して死刑を与えてきた、ほとんど すべての時代、ほとんどすべての国民の実例が私に反対したとしても、私は答 えよう、それは時効を持たない真理の面前で無になると。人々の歴史が誤りの
大量の山の観念を与え、そのなかには小さいものや雑然としたものもあるが、
合間の距離を大きくすると、真理が上に浮かび上がると」31)。
結論として、拷問に反対してトマジウスから示される議論はすべてオリジナ ルではない。あるものは既にキケロやS.アゴスティノのような古代の著者か ら重んじられており、またはスペインの人文主義者ジャン・ルドヴィコ・ヴィ ヴェスのような時代的により近い著者たちからで、その意見はトマジウスに よってまさに言及されていた(前参照)。しかし彼は拷問廃止の主張を、近代 自然法との関係でつくられた、新たな文脈と新たな心性の中に差し入れた。ト マジウスは啓蒙主義の真価と栄光のより大きな称号の一つを構成する闘いに道 を与えたのであり32)、彼の言説は、観念的連続性の正確な自覚を必ずしも常に 伴っていなくても、プロイセンのフリードリッヒ二世33)、チェーザレ・ベッカ リーア、ピエトロ・ヴェッリ34)、ジョセフ・フォン・ゾンネンフェルトのよう な人々によって、反復されるであろう。
【原注】
1) 同じ意味において、F.マティスは同書40頁において次のように意見表明している。
「*その時代において刑事訴訟と刑法の間にある密接な関連において、その取扱 いに関する当時の刑事訴訟なしでは魔法の不法行為はほとんど考えられないよ うに思われるということを考慮すると、トマジウスの刑法上の叙述における『キ リスト教徒の門から追放すべき拷問について』のような著作は、見逃し得ない。
論文「宗教裁判の起源について」についても同様である〔*原独語〕。」マティス によって引かれた後の著作は、多くは歴史的な性格を持っているが、拷問に関 する論文とある種の類縁を示している。拷問の主題は前述のものにもある:C.ト マジウス「宗教裁判の起源について」(Dissertatio Academica LXXXⅧ)ハレ、
1711,p.427n参照。「拷問ニヨッテヒキダサレタ自白ハヨリ先立ツ証拠ニ重ミヲ 付ケ加エナイ、ナゼナラ内容アル証拠ヘノ顧慮ナシノ拷問ト暴力トハ(スナワチ、
ソレラノ明瞭性ト明証性に反シテ彼等ガ信ヲ持ッテイルト考エラレルヨウニ、
証拠ニイワバ力ヲ加エルコト)ソレ自体ハトモニモロイモノデアルカラ」。
2) トマジウス「キリスト教徒ノ門カラ追放サレルベキ拷問」ハレ、序文、p.4.
3) Cicero,Oratio pro Cluentio,63,177(v.
M.Tulli Cicerones Orationes
,vol.Ⅰ ,Oxfonii,1957, Ⅰed,1905);S.Agostino,
De Civitate Dei, Ⅸ
,6;G.L.Vives,
Commentaria
ad Augustini De Civitati Dei,Paris,1544,Ⅸ,6.トマジウスはこれらの著者を第一章第一節5-6頁でひく。
4)C.Thomasius,
De Tortura,
cit.,cap.Ⅰ,§1,p.6.5)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅱ,pp.6-7.
6)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅲ,pp.7-9.
7)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅳ,pp.9-10.
8)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅴ,pp.10-12.
9)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅵ,pp.12-13.
10)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅶ,pp.13-14.
11)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅷ,p.15.
12)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅸ,p.16.
13)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅹ,p.17.
14)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅺ,pp.6-7.
15)Ibid.cap.Ⅰ,§Ⅻ,pp.7-9.
16) C.thomasius,
ibid
.,cap.Ⅱ,§Ⅰ,pp.22-23.ヵルプツォフ〔B.Carpzov,1595-1666.ドイツの刑法学者。ライプチヒ大学教授。裁判官として多くの公判に列し、異 端者裁判では二万ないし三万の死刑の判決を下した。〕自身、拷問の危険を強調し ていたことが思い出されるべきである:B.Carpzov,
Practicae
nova,cit,volⅡ,Quaestio CXⅦ,6-7,p.135.「審問ヘノ信ハ常ニデハナイガ得ラレナイ…ソ レユエコレハ真理ヲ探ル危険ナヤリ方デナイ、シカシ最モ疑ワシイ救済策ナノ ハ明ラカデアル…無実ノ者ガ拷問ノ苛酷サノタメニ自白シ有罪宣告サレル実例 ガ少ナカラズ起キテイル」。けれどもそのすぐ後で彼は付け加える、§8。p.135:
「ソレニモカカワラズ、真理ガ探求サレル必要ニ従ガッテ、拷問ガ用イラレル ベキデアル」。この点で、R.シュティニツィングは、前掲『歴史』77および76頁 で次のように書いている:「*彼〔カルプツォフ〕は、拷問の適用における恣意 的な残酷さと罪の執行における習慣的な粗野さに対して闘っている……大量に 彼は、拷問の疑わしさと、拷問によって強いられた自白の価値が疑わしいこと を承知している。しかしながら拷問は罪あるものがふさわしい罰を免れないよ うに『必要ニ促サレ』適用されねばならない(Qu.117)」[*原独語]。シュティ ニツィングの判断ほど好意的でないのは、H.R.トレヴァー・ローパーのもので ある。前掲書、pp.204-205:「1665年、シュペーの本の出版の四年後、ベネディ クト・カルプツォフは魔女裁判を扱う彼の大著『犯罪ノ実行』を出版したが、
カルプツォフはたぶんシュペーを読んでおり、拷問が重大な弊害の源であり、
欧州全体で、数千人が偽りの自白に誘導されたことを認めた。しかしながら彼は、
『必要ニ促サレ』て、無実にみえる人々に関しても、拷問がやはり適用されね
ばならないという結論に至り、無実の判決の彼の尺度は実際寛大ではなかった」。
17) C.Thomasius,
ibid
.,cap.Ⅱ,§Ⅱ,pp.22-24.トマジウスによって引用された ヨハネス・プルンネマンの一節は、著作『民事および刑事訴訟』(フランクフル ト=アンデルオーデル、1727,cap.Ⅷ,n.5§13(初版の出版年の掲載なし))より ひかれている。18)C.Thomasius,ibid..cap.Ⅱ,§Ⅳ,pp.26-28.
19)
Ibid
.,cap.Ⅱ,§Ⅴ,pp.28-29.20)
Ibid
.,cap.Ⅱ,§Ⅵ,pp.30-32 21)Ibid
.,cap.Ⅱ,§Ⅶ,pp.33.22)
Ibid
.,cap.Ⅱ,§Ⅷ,pp.34-35 23)Ibid
.,cap.Ⅱ,§Ⅸ,pp.35-36.24)
Ibid
.,cap.Ⅱ,§Ⅺ,pp.37-38.拷問に関する論文の最後に、「最モ高貴ナ主ノ志 願者ノ学部長」と題された後書きが加えられ、その中で「論文の学部長」(すな わちトマジウスが)、「拷問ハ不正デアリキリスト教国家ニ適サナイト道理ニ従 イ私ハ主張スル」と声明する。それでも彼はこう付け加えることが観察されな ければならない。「確カニ、私ハ他ノ多クノ汚点トトモニコノ汚点ガキリスト教 国カラ消滅サレルコトガ望マシイト主張スルガ、ソレハアル思慮ノアル基準ニ オイテ許サレル。一ツハ確カニソノヨウニ端的ニキリスト教国ノ指導者ガ相談 スルコトガ必要デアリ、いぎりす国民ニ倣ッテ他国民ノ拷問ヲ廃止スルカドウ カ、私ハ立チ止マル……病人ノ状態ヲ、死ノシルシト治療ノシルシヲ正確ニ区 別スベク、医者ハ十分ニ働ク。ソレカラハッキリシタ深刻ナ病状ヲ選ビソレヲ 追イ出ス。シカシソレハドレダケ思慮アル医者ニ許サレルカ。重病デナイノニ 無思慮ニ治療薬ヲ病ニ与エルコトハデキズ、サマザマナ考慮ガ医者ニヨッテナ サレル。タトエバ、体ノ構成、年齢、習慣、アルイハ病根ガアマリニ深刻デア ルタメデアリ、スベテヲ除クコトハデキナイタメデアリ、マタ類似ノコトガ考 慮サレルタメデアル。コノヨウニ政治家ハ法律家ト拷問ノ問題ニオイテ前モッ テ相談シ、拷問ガ廃止サレルベキカ考察シ、キリスト教国ガ努メテイル未済ノ 汚点ヲ一挙ニナクセルカドウカ、アルイハマタ尊大ナ拷問ト触レラレズニ残ッ タ汚点デ重イ恐ロシイ損害デナイカドウカヲ……ソレユエココデ私ニ自由ニソ レヲ用イルコトガ許サレルガ、ソレヲカツテ新法ニツイテ更ニ又与エル判決ニ ツイテ疑ワシイコトニオイテろーま人民ハ投票ヲ気遣ッテシタヨウニ、私ハ『マ ダ明瞭デナイ』[nondum liquit]ト言ウ」(「拷問ニツイテ」cit.,pp.41-42)。どんな留保も含まないこの後書きの存在は、拷問に反対する議論の実質にでは なく、その迅速な廃止の機会に関わるもので、この議論がトマジウスの実際の 著作か、「答弁」者マルティン・ベンハルトの独自のものでないかどうかという
疑問を生じさせた。この問題はこの章の前置きで(v.supra.§1)既に論じられ たより一般的な問題と関係しており、「論文」のなかの学部長と「答弁」のとの 間の関係にかかわり、出版された著作中の対比の中で前者が実質的な作者であ るという方向で解決する。あの拷問に関する試論に関する特別な問題の場合に おいてもまた、トマジウスの解釈する諸原理は同じ意味で明白である。H.ルー
デ ン ,
op.,cit
.,p.282:「*私達がここで言及しなければならないと思う議論は、トマ ジウスが彼の議長職の下で弁護された、また彼の学生ベルンハルトが去ったと きでも、彼がその講義において広めた諸原則に従ってつくられた議論である」〔* 原独語〕。E.ランツベルク『歴史』cit.Noten、p.58:「『拷問ニツテノ論文他』。*Th〔トマジウス〕がこの論文で答弁者マルティン・ベルンハルディを固有名で 語らせているとき、研究報告において(1705年6月15日の答弁者への手紙とい う形式で)彼の実際的考慮を妥当させるためのただの術策であるのがおのずか ら理解される。このことは本来の論文における発展の力を、再び全く抑圧され るべきでないかの考慮の混入によってくじかないために明らかに起こっている。
実際論文全体はTh.の心と頭から出てきている。個別的な数語が―それもけっ して確かでない―答弁者の筆から出ているかもしれないとしても。後書きの ためにこの論文における功績をTh.にまったく認めまいとする人々に対して多く を認めても、彼等はそのとき祭司長と答弁者の間の当時絶対的に支配的な関係 について何もわかっていないのである」〔*原独語〕。F.マティス、前掲書、
43-44頁:彼はいま報告されたランツベルクの一節を引用して、こう結論する。「* この見解に対してはトマジウスの他の諸著作において他の多くの共鳴も語って おり、そこで私達はここでランツベルクの見解に加わって、トマジウスを精神 的著者として扱った」〔*原独語〕。G.リヒト、
op.cit
.,p.26:「*形式的には明 らかにトマジウスはあるなんらかの理由から著者であることを拒もうとした。しかし、彼の学部長職の下で、彼が特定の精神的影響を行使しなかったような、
または彼自身の見解に矛盾するような著作が現れたということは、ほとんど想 定できない」〔*原独語〕。G.ミュラーcit.p.299.n彼は拷問に関する論文の後書 きの中で次のように書いている。「*候補者の意見―それでも実際はトマジウ ス自身のものであった―は用心深く『マダ明瞭デナイ』に水を差されている」〔* 原独語〕。これらの著者の観察は、―序言で報告されていた観察同様―決定 的である。したがってトマジウスの後書きは、改革の唐突さに関する慎重さ、
用心という意味を持つものと私には思われる。それは拷問の野蛮に対する根本 からの反対をけっして弱めるものではない。はっきりした位置を持たず問題を むしろ未決にしておくフランクの次の文からどれだけ弱められてくることがで
きるとは私には思われない;op.cit.,pp.77-78:「*数ある重要な自然法論者の 中でも、ふつうトマジウスは論文『キリスト教徒の門から追放すべき拷問につ いて』のために、拷問の決定的な反対者に数え入れられる。これに対してビーダー マンは(
Deutschland im
18.Jahrhundert
,Leibzig,1858,Ⅱ,p.382)正当に も候補者への著作に注目しているが、それにしたがえばこの問題でのトマジゥ スの立場は動揺しているように思われる。ハレ〔大学〕法学部長としてトマジゥ スは明らかに、彼は論文の編者ではなく、事柄自体において最終的にマダ明瞭 デナイに至ることを強調している。彼が実際論文からまったく遠くにいたこと は、それにもかかわらず主張されるべきではなく、また論文が文体的関係でト マジゥスの著作を多様に思い出させ、彼の一般的立場とこの著作の内容とがまっ たく対立しないだけに、いっそうそのようなことは確からしく思われない。著 者を完全に博士課程学生マルティン・ベルンハルディに帰そうとするならば、彼が拷問の最も重要な反対者と呼ばれるであろう。―しかもここで注意され なければならないのは、すでに十六世紀に拷問の制度が少なくとも状況から生 じるような何か自明なものとして受け入れられたのではないこと、拷問に関す る数多くの論文のほとんどすべてが拷問ノ道徳性ニツイテの一章を含んでいる ことである」〔*原独語〕。
25) フリードリッヒ・フォン・シュペーもまた、私達が知るように、魔術の法的処 罰と闘うことに捧げられた著作のなかで、拷問に反対する長い一連の議論を展 開 し て い る:「 犯 罪 ノ 予 防 」、F.von Spee,
Cautio criminalis
, cit.,spec.Dubium,XX,p.111:「ソレユエ、多クノ者ガ、苦シメラレテ拷問台カラ逃レル タメニ、シテイナイ罪ヲ告白シ、マタ悪漢ガ尋問者ガ示唆スルコトヲ好キナダ ケ嘘ヲツイタリ、被告人自身ガ前ニ嘘ヲツイタト白状スルノヲ恐レルベキデア ル」。p.130:「モシ一度デモ本当ハ無実ノ者ガ拷問ノ力デ生キテイル被告ガ犯罪 者トサレ火デ焼カレル危険ガ増スナラ、タダチニ無数ノ他ノ無実ノ者ガ同ジ被 告人ノ立場ニヒキイレラレルコトガ必然トナル」。pp.132-133:「有罪デアルト 決メルタメニ一度降参スルト、救イエノアラユル道ガ踏ミニジラレ、マタ罰カ ラ逃レル希望モ抱ケナイ……トイウノモ拷問ノ後デ身ヲ正シ苦痛ノ力デ真実デ ナイコトデ舌ヲ緩メタトイウナラバ、尋問ガ繰リ返サレルカラデアル……」
DubiumXⅪ,DubiumXⅫ,DubiumXXⅣ ,DubiumXXⅤ,DubiumXXⅦ , DubiumXⅪ,p.174:「無実ノ者ガ簡単ニ告発サレズ、罪アル者ガ簡単ニ許サレ ナイヨウニ。モシ、無実ノ者ニ無罪ヲ決メ頑固ナ罪アル者ニ罪ヲ帰スコトガデ キルナラバ、コノ本性ノ力ハ無実ノ者ノ拷問ニ反対スルニ十分デアル、罪アル 者ニモ同様。確カニ卑怯デアレバアルホド獰猛デアルノガ常デアリ、ソレユエ 無実ノ者ガ容易ニ屈シテシマウ」。p.175:「尋問デノコノ裁判ノ悲惨ヲ、優雅ニ
敬虔ニキリスト教的ニ、あうぐすちぃぬすハ嘆ク、『神ノ国』Lib.19.c.b……
Dubium,XXⅦ,Dubium,XXⅨ,p.186:「ソレユエ拷問ノ使用ハ完全ニ追放サ レルベキデアルカ、又ハ少ナクトモコノ危険ナ運命ヲ課ス拷問ガ全体的又ハ個 別 的 ニ 矯 正 サ レ ル カ 緩 和 サ レ ル カ ガ、 述 ベ ラ レ ル コ ト ガ 必 要 ト サ レ ル 」、
DubiumXXXⅣ, DubiumXXXⅧ, DubiumXXXⅨ, R.フ ラ ン ク は,
op.
cit
.,p.76でフォン・シュペーを拷問に反対するチャンピオンの一人と考えてい る。26) プロイセンのフリードリッヒ2世、Dissertation,p.115:「*……問題は……気 質にある。力強い悪漢は事実を否認する。弱い体質の無実の者は告白する。……
無実なら、彼に殉教者の苦しみを与えるのは何と野蛮であることか! 苦しみ の力で彼が、不本意に〔自白して〕逃れざるを得ないなら、疑惑をもたれただ けの有徳な公民を、最も激しい苦痛にさらし、死を宣するのは、なんと恐るべ き非人間性であるか!」〔*原仏語〕:C.ベッカリーア『犯罪と刑罰』Ⅻ:「これ は頑健な悪漢を赦免しひ弱な無実の者を断罪する確実な手段である」。ピエトロ・
ベッリ『拷問に関する考察』Ⅸ:「すべての刑法学者が……私に確言したのは、
頑健で決然とした犯人が、拷問に苦しんでも口を割らず、自分を告発するより も苦痛で死ぬ決心をすることが起こるのは稀ではない……他の多くの場合、拷 問にかけられた者は犯罪を告白する。しかし事実について私が知った恐怖すべ ては……こうした多くの不幸な者が不可能で不条理な犯罪を自白することは、
したがって拷問が口から吐き出させるのは嘘であって真実ではなく十分な証明 にならないのではないか」。ヨーゼフ・フォン・ゾンネンフェルス『拷問の廃止 に関して』チューリッヒ、1775,§6.24:「*罰は確証された悪徳の帰結ではなく、
拷問を課された者の弱さの帰結である。同様に同じ理由で赦免は確証された無 実の帰結ではなく、強い希望と大きな覚悟の帰結として考察され得る」〔*原独 語〕。
27)Th.ホッブズ『リヴァイアサン』ⅩⅣ,ed.cit.,pp.72-73.
28) この主張に関しては、マリオ・A・カッタネオ『ホッブズにおける刑罰の理論』
“Jus”1960,抜き刷りのpp.19-20,参照。
29) E.シュミット『入門』cit.,§204,p.214.トマジウスの文章の正確な引用は、し かし次のとおりである。「スベテノ専制君主ノ中デ最モ決然トシタ者ガ、最高ノ 不正ノ外観ノ下ニ、臣下に暴政ヲフルウ手段トイウ問題デアル」。((拷問ニツイ テ」cit.cap.,Ⅱ,§Ⅳ,p.27.)
30) 『ユートピア、または共和国のよりよい形態』ed.cit.,pp.44-45:「神は殺すこ とを禁じた、そして私達はとても幸せにも少しの金の盗みによって殺すのか。
なぜこのように、神の命令によって、殺すすべての権原が禁じられているとい
うのが正しいと理解されるなら、人定法が殺すことを課す場合を除けば、強姦、
密通、偽証を許す必要があると同じやり方で人々が決めるために決して反対し ないのはなぜか。神以外に、他人だけでなく私達自身にも死を与える権利を持 つことで、人間からの許可により、君主の決定に従って次々と殺すことが確立 され、またこのことがこの神的教えの戒めからの上述の一致を受けている、解 き放つ強い力を持つ場合を認めれば、予見された神からのどんな例外もなしに 手段を取り除くやり方をすれば、人間の裁可で殺すことを命ずる者は、そうし た場合に神の教えは、人定法が同意するときにだけ法的力を持つことにならな いだろうか」。
31)C.ベッカリーア『犯罪と刑罰』XⅣ。
32) F.ゲディッケ、
op.cit
.,p.245:「*彼[トマジウス]は寛容の真の原則をまず教 えた。拷問の不正義と忌まわしさとを最も啓発的に示した。単にこの二点だけ でも、彼の思い出に永遠の祝福を確証するのに十分でなければならなかった」〔* 原独語〕。E.ブロッホ『クリスチャン・トマジウス』cit.,p.49:「彼[トマジウス]は、拷問を廃止することを要求した最初の一人であった」〔*原独語〕。
33) E.ヴォルフは(『偉大な法思想家』cit.,capⅩ,p.412)拷問に関するトマジウス の試論が「1740年にプロイセンでフリードリッヒ大王による拷問の廃止に導い た」と書いている。
34) ピエトロ・ヴェッリが(『拷問に関する考察』ⅩⅣ)トマジウスを引用し、著作「綱 要と編集された他の諸著作」、ハレ、ⅩⅩⅦ、のなかに含まれた拷問に反対する 一文への参照を以て彼を『トマシ』と呼んでいることを私は覚えている。ヴェッ リの著作のBUR出版、ミラノ、1961の136頁の注179のなかで、G.L.バルニは、
ヴェッリ自身が、「市民法綱要」(ヴィッテンベルク、1503)の著者として、ト マジウスでなく「ラヴェンナのピエトロ・トマイ(またはトマシ)」を指してい る者として不正確に指示している。