トルコ語指示詞における非文脈指示用法と文脈指示用法について
文脈指示用法を中心に
バルプナル メティン
(岡山大学)
On Non-Text and Text Dependent Uses of Turkish Demonstratives Focusing on Text Dependent Use
Balpinar, Metin
Okayama University
In Balpinar 2010b, Modern Turkish demonstratives were analyzed from the perspectives of “shared space” and “recognition by the hearer”. In this paper, we show that Turkish demonstratives have phenomena which cannot be explained in terms of such perspectives, and claim that the notion of “control- lable domain” will be an efficient way to deal with the phenomena. Among others, the following points are discussed in the text:
(1) Whether the referent is introduced into the verbal text or not is the key factor in determining the appropriate use of Modern Turkish demonstra- tives. e distinction between deictic and non-deictic use is irrelevant for the “Text Dependent Use” of Turkish demonstratives.
(2) When the referent is not textualized in the above sense (the “Non-text Dependent Use”), the notions of “shared space” and “recognition by the hearer” determine the distribution of Turkish demonstratives. Conversely, where the referent is textualized (the “Text Dependent Use”), the notion of “controllable domain” will be operative.
(3) By thinking as argued in the text, we will be able to provide a more compre- hensive explanation for the distribution of Turkish demonstratives than previous proposals such as: (i) whether the referent is proximal or not (Hayashi, 1985, 1989), (ii) whether the referent is an element of the hearer’s or speaker’s utterance (Nishioka, 2006), and (iii) whether the demonstra- tives are used deictically or not (Kinsui, 2002; Nishioka, 2006).
Keywords: Turkish, Demonstratives, Linguistic Textualization, Non-Text Dependent Use, Text Dependent Use
キーワード : トルコ語,指示詞,言語テキスト化,非文脈指示用法,文脈指示用法
* この原稿の完成にあたっては,和田道夫先生に助言とコメントを頂きました。また,トルコ語の例 文に関してはBALPINAR, Hasan; BALPINAR, Dilâra; YAVUZ, Aysun; DİRİK, Sevalに容認性を 判断してもらいました。ご協力いただいた方々に感謝の意を表します。最後に本稿の内容を一層深 く考え直す機会を与えて下さいました2名の匿名の査読者の方々にも深くお礼を申し上げます。
1 はじめに
現代トルコ語には,bu, şu, oに代表される3系列の指示詞がある。従来の研究・解釈では,
bu, şu, oとその派生形(表1)は指示形容詞(bu, şu, o; böyle, şöyle, öyle; bunca, şunca, onca)又は指示代名詞(bu, şu, o;bura, şura, ora; burası, şurası, orası)とされる。
本稿では,これまであまり述べられていないbu, oの文脈指示用法を中心に論じることにす る。まず,以下に,トルコ語指示詞の先行研究を見ていく。
2 トルコ語指示詞の先行研究
現代トルコ語指示詞における従来の研究・解釈は,a)指示詞の様々な用法を伝統的な文法 概念を用いて説明しようとするものと,b)指示詞の用法を独自の概念を導入し,新しい観点 から説明しようとするものとに分類することができる。
2.1 bu, şu, oの用法を伝統的な文法概念を用いて説明しようとする先行研究
従来の文法書ではトルコ語の指示詞の直示用法は,(i)話し手から指示対象までの距離,(ii)
指示対象が1人称(話し手)・2人称(聞き手)・3人称(他者)のうちどの人称に近い位置に あるか,ということに基づいて説明されてきた。(i)の場合,話し手の近くにあるものをbu,
話し手からやや離れているものをşu,話し手の遠くにあるものをoで指示するとされている
(Lewis 1967, 飯沼 1995, Ergin 2002, Banguoğlu 2004)。(ii)の場合,1人称の近くにあるも のをbu,2人称の近くにあるものをşu,3人称の近くにあるものをoで指示するとされてい
る(Kissling 1960)。更に,(i)を基準にしているものの,bu, şu, oの用法を区別する上で
別の基準を用いる解釈も存在する(Jansky 1943, Peters 1947, テュレリ 1969, Gencan 2001, Kornfi lt 1997)。
Jansky 1943及びPeters 1947は,şuとoの違いに関して,şuは目に見えるもの,oは目に
見えないものを指示するのに用いると述べている。テュレリ 1969は,buとşuの区別に関して,
話し手に近づいて来ようとするものをbu,話し手から離れて行こうとするものをşuで指示す るとしている。更に彼は文脈指示用法について,既に述べられたことを指示する時bu,後か ら述べようとすることを指示する時şuを用いるという。このような主張は,Gencan 2001に も見られる。Gencan 2001: 199は「Geçmiş konular için bu, sonra gelecek konular için şu
kullanılmalıdır(終わった事柄を指示する場合bu,後からくる事柄を指示する場合şuが用い
られるべきである)(和訳は筆者)」と述べている。
1 はじめに
2 トルコ語指示詞の先行研究
2.1 bu, şu, oの用法を伝統的な文法概念
を用いて説明しようとする先行研究
2.2 bu, şu, oの用法を新しい観点から説
明しようとする先行研究
3 bu, şu, oの非文脈指示用法について
4 bu, oの文脈指示用法について
4.1 指示対象が発話現場に存在する場合 4.2 指示対象が発話現場に存在しない場合 5 おわりに
2.2 bu, şu, oの用法を新しい観点から説明しようとする先行研究
Underhill 1976はジェスチャーという規準に基づいて,şuで指示されるものはジェスチャー
を伴う場合であり,bu又はoで指示されるものはジェスチャーを伴わない場合であると述べ ており,かつbuは話し手に近いもの,oは話し手から遠いものを指示するのに用いるとして いる。また,照応用法(anaphoric use)としてbuとoが文中において既に述べられたことを,
şuは後に述べられることを指示するのに用いられるという。Underhillのこの主張に対し,林 1985は,「(聞き手が)対象に既に気付いているかどうか」ということをbu, şu, oを使い分け る基準として用いることを提案している。林は,「聞き手が対象に既に気付いている」と話し 手が見做している場合bu又はoを,「聞き手が対象にまだ気付いていない」と話し手が見做 している場合şuを用いるとしている。そして,『「対象に既に気付いているかどうか」という 点を「ディスコースに既に対象が導入されているかどうか」と言い換えることにより,ダイク シスだけではなく文脈指示にも適用できると考えられる(林 1985: 57)』としている1)。また,
buとoとの違いに関して林はそれぞれ話し手に近いもの,遠いものを指示するのに用いると している2)。
西岡 2006はウズベク語・カザフ語・新ウイグル語・トルコ語・アゼルバイジャン語の指示 詞を扱った研究である。彼女はトルコ語の指示詞について次のような結論に辿り付いている。
現場指示用法(発話現場において知覚できるものを指示する用法)の場合,トルコ語の指示詞 bu(近称)及びo(遠称)は(談話へ)導入済みの要素を指示するために用いるのに対し,şu
(近称/遠称)は要素を談話へ新規に導入するために用いるという3)。また,非現場指示用法(発 話現場において知覚できないものを指示する用法)の場合,独立指示用法(先行言語表現が不 要な用法)におけるşuは要素を談話へ新規に導入するのに用いられ,非独立指示用法(先行 言語表現が必要な用法)におけるbuは「話し手自身の直前の発話内の構成素を指示」・「対話 相手の発話全体を指示(textual deixis)」し,oは「話し手自身の直前の発話内の構成素を指 示」・「対話相手の発話内の構成素を指示」するという4)。
以上,現代トルコ語の指示詞における諸研究をまとめた。その中で,先行発話文脈中に指示 対象が導入されている場合の指示詞bu, oの使い分けに関しては充分解決されていない問題が 残されている。また,従来の研究の中で提案されている考え方では本論文第4節において指摘
表1 トルコ語の指示詞
bu- şu- o-
-ra, -rası bura/burası şura/şurası ora/orası 場所
-(y)le böyle şöyle öyle 性状
-(n)ca bunca şunca onca 量
— bu şu o もの・人
(バルプナル 2010b: 9)
1) 林 1985では「ダイクシス」と「文脈指示」という概念が用いられているものの,bu, şu, oの用 法が「ダイクシス」と「文脈指示」に分類され,検討されているわけではない。同様のことが Kornfi lt 1997, Underhill 1976についても言える。
2) 林 1985と同様の主張は林 1989においても見られる。
3) 基本的なアイデアは林 1985, 1989によるものであるが,金水 2002: 241も「şuは,対象を談話に 新規導入する標識であることは明らかである」と指摘している。
4) 西岡 2006では「話し手自身の直前の発話内の構成素を指示」するのに用いられるbu, oの使い分 けについては言及されていない。
する用例をどう説明すればいいかという問題も残る。本稿ではbu, oの文脈指示用法(先行発 話文脈内において言語テキスト化されている対象を指示する用法)に焦点をあて,「指示対象 が言語テキスト化されているか否か」及び「指示対象が話し手の管理可能な領域にあるか」と いう観点からbu, şu, oの用法を処理できるような指示詞体系を提案する。
以下においては,「指示対象が先行発話文脈中に言語テキスト化されている(指示対象が先 行発話文脈中に言語表現として顕在的に現れている)か否か」という観点から,指示詞の用法 を「非文脈指示用法(Non-text Dependent Use)」(言語テキスト化されていない対象を指示 する用法)(3節)と「文脈指示用法(Text Dependent Use)」(言語テキスト化されている対 象を指示する用法)(4節)に分類して考える5)。また,文脈指示用法を便宜上,指示対象が発 話現場に存在する場合(4.1節)と指示対象が発話現場に存在しない場合(4.2節)に分けて 考察する。最終節では,以上の議論をまとめる。
結論の一部を先取りして言えば,3節ではbu, şu, oの非文脈指示用法について以下のこと を指摘する。「共通の空間」にあると話し手が判断した対象のうち,話し手は,「聞き手が既に 気付いている」と判断した対象をbuで,「聞き手がまだ気付いていない」と判断した対象を şuで指示する。これに対し,話し手は,指示対象が「共通の空間」に存在しないと判断した 場合には,その対象をo(o1, o2)で指示する。続く4節では,bu, oの文脈指示用法について 述べる。文脈指示用法のデータの中には,上で述べた「共通の空間」,「聞き手による認識」と いう2つの観点では十分に捉えることのできない現象が存在することを指摘し,それらの現象 を説明するためには「管理可能な領域」という概念が有効であることを主張する。4.1節では,
現場(直示)指示用法として用いられているbu/oの文脈指示用法について検討し,(i)文脈 指示用法のbu/oの分布が,従来言われてきた「指示対象が話し手から近いか遠いか」という 距離的な概念ではなく,「管理可能な領域」という非距離的な概念に基づいて決定されている こと,(ii)「話し手と指示対象の距離」という発話現場への言及を通してはじめて得られる情 報が必要とされていないという点で,文脈指示用法のbu/oの分布の決定に当たって「現場指 示性」という概念は必要でないことを論じる。4.2節では非現場(非直示)指示的に用いられ たbu/oの文脈指示用法について述べ,(i)4.1節で見た現場指示用法の場合と同様に,非現 場指示用法においても,文脈指示用法のbu/oの分布は「管理可能な領域」という概念に基づ いて決定されること,(ii)現場指示及び非現場指示の両用法において,「管理可能な領域」と いう同一の概念が働いていること及び上で述べたように「管理可能な領域性」が「現場指示性」
の持つ距離的な概念に依存していないことから,「現場指示用法」及び「非現場指示用法」と いう区別は文脈指示用法指示詞の分布の決定において本質的な関連性を持たない(irrelevant) 区別であることを論じる。
5) 本稿では,指示詞の用法を「文脈指示用法(Text Dependent Use)」と「非文脈指示用法(Non-text
Dependent Use)」に大別して考えている。本稿の「文脈指示用法」と「非文脈指示用法」は,基
本的には「ディスコースに導入済みの要素を指示する用法」と「ディスコースへの新規導入用法」
(林 1985,西岡 2006)にそれぞれ対応する。但し,林/西岡は(指示対象の)導入先をディスコー ス(「対話者たちがお互いに共有していると思い込んでいる場面及び文脈に関する知識」(林 1985:
57))としているが,本稿では導入先を発話文脈(「発話者が音声又は一定の書記法を用いて表出し た(言語)テキスト」)と考えている。こうした(指示対象の)導入先の違いがもたらす帰結につ いては(注)18参照。なお,筆者は文脈指示用法(Text Dependent Use)と照応用法(Anaphoric use)を区別して考えており,本稿では照応用法については扱わない。
3 bu, şu, oの非文脈指示用法について6)
本節では,指示対象が先行発話文脈中に顕在的に言語テキスト化されていない場合に用いら
れるbu, şu, oの用法(非文脈指示用法)について述べる。以下においては,便宜上先ずşuの
用法から見ていく。次の用例を見てみよう。
(1) a. (両者が遠く離れている場面で,話し手は遠くにある山を指して聞き手〈Ahmet〉に)
Ahmet, {*bu/şu/*?o} dağ-a bak!
アフメット あの 山-与格 見ろ アフメット,あの山を見ろ!
b. (同じテーブルで聞き手と話している場面で,話し手はそのテーブルの上にある一枚の 写真を聞き手〈Ahmet〉に示して)
Ahmet, {*bu/şu/*o} fotoğraf-a bak!
アフメット この 写真-与格 見ろ
アフメット,この写真を見ろ!(Balpınar 2010a: 194)
(1)では,聞き手がまだ気付いていないと話し手が判断した対象((1a)では山,(1b)で は写真)がşuで指されている。また,(1a)では指示対象は話し手からも聞き手からも遠く 離れており,(1b)では指示対象は両者のすぐ目の前のところにある。このように,指示対象 が話し手にも聞き手にも一様に遠い(1a),或いは一様に近い(1b)と話し手が判断した場合,
聞き手がまだ気付いていないと話し手が判断した対象をşuで指し示すことができる。この観 察が基本的に正しいということは,(2)の例からも窺うことができる。(2)でも,(1)と同じく,
指示対象(バッグ)は「聞き手がまだ気付いていない」と話し手が判断したものである。しか し,この場合,指示対象は話し手から遠く離れた聞き手の空間(非一様な空間)にあるため,
şuを用いることはできないのである。
(2) (話し手が大声を出さない限り聞き手が聞こえない程両者が離れている場面で,話し手は 聞き手の腰にしているバッグを指しながら,大きい声で)
Hasan, bel-in-deki {*bu/*?şu/o} çanta-da ne var!
ハサン, 腰-属格人称語尾(2人称単数)-連体化 その バッグ-位格 何 ある ハサン,(あなたの)腰にあるそのバッグの中に何があるの!
次に(3),(4)の例を見てみよう。ここでは,聞き手がその存在に気付いていて,かつ話し 手からも聞き手からも一様に近い,又は一様に遠いと話し手が判断した対象をbuで指示して いる。
6) 本節はバルプナル 2010bの内容の一部を整理し直したものである。
(3) (話し手と聞き手は同じテーブルに座り,話し手が聞き手に自分の撮った写真を見せてい る場面である。テーブルの上にある一枚の写真を見ている聞き手に対して話し手は) {bu/*şu/*o} fotoğraf-ı geçen sene Budapeşte-de çek-miş-ti-m.
この 写真-対格 去年 ブダペスト-位格 撮る-完了形-過去形-1人称単数 この写真を去年ブダペストで撮りました。
(4)( 登山の場面で,話し手と聞き手が山の頂上に到着し,目の前に広がる美しい景色に気付く。
しばらく二人でその美しい風景を見て,話し手は隣の聞き手に) {bu/*şu/*o} manzara-yı görmek herkes-e nasip ol-maz.
この 景色-対格 見ること みんな-与格 機会がある-否定形 このような絶景は誰にでも見れるものではない。
これらの観察は次のようにまとめることができる。
(5) 指示対象が話し手にも聞き手にも一様に近い或いは一様に遠いと話し手が判断し,かつそ の一様性が共有可能であると判断する場合,「聞き手がまだ気付いていない」と話し手が 判断した対象はşuで指示され,「聞き手が既に気付いている」と話し手が判断した対象は buで指示される。
(5)において注意すべきことは,buとşuの非文脈指示用法は「指示対象が同様の条件((5)
の下線部分)で話し手と聞き手に共有できる(と話し手が判断する)空間にある」という点で 共通しているということである。(5)の下線部の条件が満たされた場合に,話し手は聞き手と の間で指示対象に対する一種の心理的一体感を作り出すことができ,話し手と聞き手との間で その指示対象に関する言語的情報を共有することができるようになる。このように考えると,
(5)の下線部の条件は,対話者たちによる「共有可能性」の条件の一つとして位置づけること ができる。この「共有可能性」の条件に基づいて話し手の判断によって構成される空間を本稿 では「共通の空間(shared space)」と呼ぶことにする7)。また,「聞き手が指示対象の存在に 気付いているかどうかという話し手による判断」を「聞き手による認識(recognition by the hearer)」と称する(バルプナル 2010b)。
(6)「共通の空間」: 話し手が聞き手との「一様性」に基づいて判断する「共有可能」な空間概 念を「共通の空間」と呼ぶ8)。
以上の議論において興味深いことは,対象の指示に当たって,bu, şuが指さし等の直示的 な指示方法を伴って用いられるということである。例えば,(1)で見たように,聞き手がまだ 7)「共通の空間」は話し手と聞き手で構成する空間の共通部分(intersection)であり,話し手と聞き 手で構成する空間の和(sum)ではない。また,「空間」は,指示対象を含む話し手(及び聞き手)
の現場スペースのことである。そのスペースは心理的な要因を含む概念であり,対話者たちから物 理的にどれほど離れているかというふうに厳密に測定できるものではない。「共通の空間」につい ては(注)13も参照。
8) 本文でも述べたように筆者は「一様性」の条件を「共有可能な空間」を決定する条件のうちの一つ として理解している。「自由なアクセスの条件」については注13を参照のこと。
気付いていないと話し手が見做している対象を指示する場合,対象の特定のために指さし等の 直示的動作が必要になる。また,(3)-(4)のデータからも容易に分かるように,聞き手が指示 対象の存在に既に気付いていると話し手が見做している場合でも,指さし等の直示的な指示方 法が使用可能となる。指さし等の直示性が原則的に「共通の空間」の存在を前提にするもので あることを考えると,bu, şuが「共通の空間」の指示詞であることが,bu, şuに強い直示性 の見られる理由であると考えることができる。
さて,「共通の空間」を(6)のように定義するならば,oは「非共通の空間」の対象を指示 する指示詞と考えることができる。このことについて次に見てみよう。
(7) (話し手が聞き手と立ち話をしている場面で,聞き手(マルコ)がポケットから取り出し た時計に気付き,聞き手に)
Ne güzel saat {*bu/*şu/o} Marko Paşa 何 美しい 時計 それ マルコ 閣下
マルコ閣下,それは何て美しい時計でしょう。(Öğüt 2004: 221)
(8)(友達〈Eserさん〉が高い壁の上に立っていることに気づき,話し手は友達のEserさんに) Eser, ne iş-in var {*bura/*şura/ora}-da?
エセルさん, 何 仕事-属格人称語尾(2人称単数) ある そこ-位格 エセルさん,そこで何をしていますか。(Eldem 2004: 468)
(7)の場合,時計は話し手の空間から独立した聞き手の空間にあり,非言語的な方法によっ て(聞き手の)空間に導入された後,指示の対象となる。また,(8)では聞き手の居場所は,(7)
と同じく,話し手の空間を含まない聞き手に近い空間ということになる。従って,(6)の「共 通の空間」の観点から見た場合,(7)の時計,(8)の聞き手の居場所は話し手にとって,聞き 手との「一様性」を持たない「非共通の空間」内の対象として見ることができる9)。こうした 観察からoが「非共通の空間」の指示詞であることが見て取れる。
(7)-(8)では聞き手が対象の存在に気付いているが(後述表2のo1の場合),oは聞き手が 対象の存在にまだ気付いていないと話し手が判断した場合にも用いられる(後述表2のo2の 場合)。前出の(2)はそのような場合に当たると考えられる。(2)では指示対象(バッグ)は,
話し手から遠く離れた聞き手の空間にあるため,聞き手との一様性を持たない「非共通の空 間」にあり,又聞き手の意識が指示対象に向けられてはいないことは明らかである。更にこの 場合(指示対象が非共通の空間にあり,聞き手がその存在に気付いていない場合),belindeki
〈腰にある〉という表現を省略すると,oの容認度が非常に低くなるということが次の(2)′か ら分かる。
9) 本文例(7),(8)において,聞き手は指示対象に向けられた話し手の関心に気付いておらず,その 意味では,指示対象は聞き手の関心が一方的に及んでいる空間に存在し,(その意味で話し手に対 して自由に開かれておらず)話し手による自由なアクセスが制限されている空間にあると考えるこ ともできる。このような観点については注13参照のこと。
(2)′((2)の場面設定と同様)
Hasan, {*bu/*şu/*?o} çanta-da ne var!
ハサン, その バッグ-位格 何 ある
ハサン,(あなたの)そのバッグの中に何があるの!
この観察から,聞き手が対象の存在に気付いておらず,かつ指示対象が「非共通の空間」に存 在すると判断する場合(後述表2のo2の場合)にも,oが用いられ,かつその容認性が言語 的限定表現(belindeki〈腰にある〉)の存在に依存しているということが窺われる。同様のこ とが次の(9)についても言える。
(9)( 話し手は遠い山脈のふもとにある村を指さしてその村の方向を見ていない隣にいる聞き 手に)10)
Bak! {*bura/*şura/ora}-da bir köy var uzak-ta.
見ろ あそこ-位格 一 村 ある 遠いところ-位格
見て!あそこに村があるよ,遠くの方だけど。(Tecer 2009: 95(一部改変))
(9)では,限定表現uzaktaの付加からも分かるように,指示対象bir köyは話し手にも明 確に確認できない遠くの位置にあるのだから,それを聞き手と一様性を持つ条件のもとで共有 されている空間にあると考えることはできない。従って,(9)の場合,指示対象は「非共通の 空間」に存在していると考えることができ,本稿の仮説どおり,o系列指示詞のみ(この場合 はo2)が認められ,şu系列指示詞は使用が認められない。更に,(9)′から分かるように,言 語的限定表現uzaktaを省略すると,(2)′の場合と同じくo系列指示詞の使用が不適切になる ことから考えて,o系列指示詞(後述表2のo2の場合)は,その適格性が言語的限定表現の 存在に大きく依存していることが分かる11)。
(9)′((9)と同様の場面設定で)
Bak! {*?şura-da/*ora-da} bir köy var.
見ろ あそこ-位格 一 村 ある 見て!あそこに村があるよ。
以上のようなデータから,bu, şu, oの非文脈指示用法に関しては次の結論が導き出される。
a) 従来の見解(林 1985,西岡 2006)とは異なり,şuだけではなく,buやoも指示対象を 発話文脈に導入する機能を有する。
10) oは本来指さし等の直示的動作となじまない直示性の弱い指示詞であるが,一定の条件を満たして いるoの用法の場合(o2の場合)には補助的な手段として指さしが容認される。詳しくはバルプ ナル 2010b参照。
11)この依存関係に関しては,詳しくバルプナル 2010bを参照のこと。なお,(9)′において指示対象(村)
が(例え遠くにあっても)話し手にはっきり認識されている場合には,容認性は以下のように変わ る。
()″ Bak! {şura-da/*ora-da} bir köy var.
b) bu, şuは「共通の空間」の対象を,oは「非共通の空間」の対象を指示するのに用いられる。
c) buは聞き手が対象の存在に気付いている場合に,şuは聞き手が対象の存在にまだ気付い
ていない場合に用いられる。一方,oは,bu及びşuと異なり,聞き手が対象の存在に気 付いている場合にも,まだ気付いていない場合にも用いられる(気付いている場合がo1, 気付いていない場合がo2)。
d) 本稿で言う(2)及び(9)におけるo(o2)は,指さし等の非言語的補助だけでは不十分 であり,言語限定表現(言語的補助)が義務的である点から考えて,直示性が弱い指示詞 であると考えられる。
e) 指示詞の非文脈指示用法は,その分布が「共通の空間性」の有無という「現場指示性」が
(基本的に)提供する情報によって決定されているという意味において,「現場(直示)指 示性」がその用法に本質的な関連性を有している(relevant)指示詞用法であると言える。
f) 非文脈指示用法の指示詞が,(他の条件が同じならば)(後で見る文脈指示用法の場合と異 なって)指さし等の直示的手段とともに用いられることが可能であるのは,上記eで見た
「現場(直示)指示性」の帰結であると考えることができる。
oが直示性の弱い指示詞であることは,oの使用条件である「非共通空間」性が,対象の指 示に当たって,指さし等の直示的な指示方法とは原則的になじむものではないという点に求め ることができると考えられる。何故なら指さし等の非言語的・直示的指示方法は,「共通の空 間」の存在を前提にしてはじめて十分に機能する指示方法であると考えられるからである。い ま((2)と(9)の)o2の持つ直示性の弱さ(上記のd)が,oが「非共通空間」の指示詞で あることの帰結として捕えることができるのならば,同様の直示性の弱さは同じ「非共通空間」
の指示詞である(7)-(8)のo1の使用に当たっても観察されるべきはずである。この予測が正 しいことは,(7)-(8)のo1が指さし等の直示的指示方法と共に用いられた場合,その使用が 極めて不適切なものとなってしまうことからも見てとることができる。今「非共通空間」内の 対象は,その空間の特性上,(指さし等の直示的指示とは異なる)何らかの対象特定のための 限定要件が対象指示のために必要とされると仮定してみよう。(2)と(9)のo2の場合,これ らの要件が言語的限定要素の付加であることは上で見た。では,(7)-(8)のo1の場合,対象 の特定のために話し手が利用する限定要件とは何だろうか? それは話し手が聞き手による対 象特定が容易に行われると推測するに十分な非言語的な情報であると考えることができる。具 体的には,(7)-(8)の場合,これらの限定要件はそれぞれ聞き手がポケットから時計を取り 出すという非言語的な情報,聞き手の居場所という非言語的な情報であると考えることができ る。コミュニケーションの経済性を考えるなら,(7)-(8)において指さし等の非言語的な情報 を更に付加するならば,o1がその用法に当たって必要とする限定要件が非言語的な情報によっ て重複的に満たされてしまうために不自然になってしまうと考えることができる。一方,(2) 及び(9)で,o2が指さしと共に用いられることは,o2の限定要件が,(聞き手が対象に気付 いていないと話し手が判断することによって,)言語的情報(下線された表現)として与えら れていることと無縁ではない。何故なら指示対象特定のための限定要件として,言語的情報に 加えて指さし等の非言語的情報を付加することは,条件の強化ではあっても,それが重複にな ることはないと考えられるからである。
以上の考察を交差分類表にまとめると表2のようになる。
4 bu, oの文脈指示用法について
前節では,非文脈指示用法のbu, şu, oは指示対象を発話文脈中に導入し,その分布は,「共 通の空間」及び「聞き手による認識」という概念を用いて説明することが可能であることを見 てきた。本節では,この二つの概念では十分にとらえることができないトルコ語指示詞のデー タが存在することを指摘し,それらのデータを説明するためには「管理可能な領域」という 概念が有効であることを主張する。以下においては,便宜上トルコ語指示詞の用法をa)指示 対象が発話現場に存在する場合(4.1節),b)指示対象が発話現場に存在しない場合(4.2節) に分けて議論を進めていくことにする。
4.1 指示対象が発話現場に存在する場合
本節では,トルコ語指示詞の用法を分析する上で,文脈指示用法のbu/oの分布を決定する 要因は「管理可能性」という(現場指示性から独立して定義できる)概念であり,従来言われ てきた「話し手と指示対象の相対的距離」という現場指示性に強く依存する概念ではないこ とを論ずる。又その意味において文脈指示用法の指示詞は,現場指示用法であるか非現場指 示用法であるかを問わず一律に(現場指示性に依存しない)「管理可能性」の条件に従うこと を論じ,「現場指示性」の観点が文脈指示用法の指示詞の分布には本質的な関連性を持たない
(irrelevant)ものであることを論ずる。一方,非文脈指示用法の場合には,前節で見たように
指示詞の分布は「共通の空間」及び「聞き手による認識」という概念に基づいて決定され,「現 場指示性」は「共通の空間」の設定に必要な概念として位置づけることができる。このように 考えるならば,「現場指示性」という概念は「非現場指示性」と対立する「用法」として機能 しているのではなく,非文脈指示用法が必要とする条件の一つとして位置付けられるべきであ ることを主張する。
次の用例を見ていただきたい。
表2 現代トルコ語における(言語テキスト生成時の)指示詞の体系12)
共通空間
聞き手による認識 + −
+ ①
bu ③
o1
− ②
şu ④
o2
(①は用例(3),(4)に;②は用例(1),(9)′に;③は用例(7),(8)
に;④は用例(2),(9)に相当する)
12)「共通の空間」及び「聞き手による認識」をそれぞれ正と負の値を持つ素性として分析するなら,「非 共通の空間」の指示詞であるトルコ語指示詞oは,表2のように分布していると考えることにな る。この場合,oは形態的同一性を持つ2つの異なる指示詞o1とo2として見ることができる。o1, o2が持つ異なる機能が単一のo形態素によって担われている点に,現代トルコ語のoが持つ用法 の見かけ上の複雑さが起因しているのだろうと筆者は考えている。
(10) A: {*bu/şu/*o} yumağ-ı ver-ir mi-sin?
その 毛糸玉-対格 与える-アオリスト 疑問形-2人称単数
その毛糸玉を(こちらに)渡してくれる?
B: {bu/*şu/*o} yumağ-ı mı?
この 毛糸玉-対格 疑問形 この毛糸玉?
A: Evet, {*bu/*şu/o} yumağ-ı.
はい その 毛糸玉-対格 うん,その毛糸玉(を)。
(西岡 2006: 63-64)({ }内の表示とyumak〈毛糸玉〉の挿入は筆者による)
西岡(2006: 64)によれば,この例では,話し手AはPCゲームに熱中している話し手B の背後から呼びかけ,話し手Bの直ぐそばに転がっていった毛糸玉を拾って渡すように頼ん でいるという。
この例においてまず考えなくてはいけないのは,話し手Aの第1発話に用いられているşu の用法である。このşuは言うまでもなく第3節で見た先行発話文脈中に指示対象が言語表現 として導入されていない「非文脈指示」のşuである。従って前節の我々の仮説ではşuの選択 は指示対象(毛糸玉)が「共通の空間」にあり,かつ「聞き手による認識」がないとの話し手 の判断に基づいていることになる。前節で我々は「共通の空間」の定義の一部として「一様性」
という概念を導入したが,(10)のAの第1発話の場合指示対象(毛糸玉)は聞き手に一方的 に近い「非一様」な空間にあると言わざるを得ない。それにもかかわらず,話し手が対象を「共 通の空間」にあると判断してşuを用いるのは何故だろうか? 一つの考え方として,それは 指示対象が,「話し手による指示対象にかかわる円滑な指示行為の遂行を防げない空間」にあ ると話し手が判断したからであると考えることができる13)。この考え方が基本的に正しいなら,
例(10)のAの第1発話の指示対象は,(注)13で述べた意味において,「共通の空間」にあ ると言うことができる。一方,「共通の空間」をこのように捉えるならば,(10)のBの発話,
13)現時点で筆者は「共通の空間」(共有可能な空間)の決定条件として,本文(5)で述べた「一様性」
の条件に加えて,「話し手による指示対象にかかわる円滑な指示行為の遂行を防げない空間」であ るか否かが重要な役割を果たしていると理解している。言い換えれば,「話し手による指示対象に かかわる指示行為の円滑な遂行」を保証するために必要な,話し手による自由なアクセス(利用)
の可能性を「共通の空間」の構成のための重要な概念の一つと考えている。このように考えるなら,
「非共通の空間」は「話し手による自由なアクセス」が何らかの理由で制限されている空間と定義 することができるだろう。そのような制限された空間の一つの例としては本文例(7)-(8)の場合 のように,聞き手が聞き手自身の支配する空間内の対象に向けられた話し手による関心に気付いて おらず,従って話し手にとっては「聞き手の関心が一方的に支配している空間」と判断せざるを得 ない空間の場合を挙げることができる。(これに対し,本文例(10)のAの第1発話の場合,聞き 手であるBが対象(毛糸玉)の存在にそもそも気付いていないのだから,対象の存在する空間は「聞 き手の関心が一方的に支配している空間」にはあたらない。)同様に,話し手による自由なアクセ スが制限される空間のもう一つの例としては本文例(2),(9)のような,話し手の対象へのアクセ スが距離的に制限されていると話し手が判断する場合を挙げることができよう。このように考えた 場合,筆者は第3節で検討した非文脈指示用法のデータは,バルプナル 2010bで論じた「一様性」
の条件を用いなくても,「自由なアクセス」条件だけを用いて説明することが可能であると考えて いるが,紙数上の制限もあり,本稿ではその議論には立ち入らないこととし,「一様性」の条件と
「自由なアクセス」条件をいずれも「共通の空間」の定義の一つとして本稿では併記しておくこと にする。
Aの第2発話においても,Aの第1発話同様に指示対象(毛糸玉)は話し手の自由なアクセス を防げない「共通の空間」に存在していると言わざるを得ない。その場合,Aの第2発話にお
けるyumak(毛糸玉)は「共通の空間」に存在し,かつ聞き手がその存在に気付いている対
象に相当するのだから,第3節で見た我々の仮説ではbu yumakが選択されることが予測さ れる。しかし,実際にはAの第2発話ではo yumakしか容認されない。
こうした観察から我々はAの第1発話の指示詞選択とAの第2発話の指示詞選択がそれぞ れ異なる条件に従っていることを見てとることができる。Aの第1発話の場合には((注)13 で述べた意味において)「共通の空間」と「聞き手による認識」という概念に基づいて指示詞 şuの分布が決定されている。一方Aの第2発話の場合には,そのような条件では指示詞の分 布を正しく捉えることができない点で,「共通の空間」,「聞き手による認識」とは異なる概念 がAの第2発話の指示詞選択の背後に働いていると考えることになる。
こうした問題を検討するに当たって,考慮すべきことがらは,(i)Aの第1発話とAの第2 発話の指示詞の分布は何故それぞれ異なる条件に従うのか?(ii)Aの第1発話が従う条件が
「共通の空間」と「聞き手による認識」であるならば,Aの第2発話が従う条件とはどのよう なものであるか? の2点である。(i)の問題については従来言われてきたように(林 1985,
西岡 2006),Aの第1発話は指示対象を新しく導入する用法(本稿で言う非文脈指示用法に基 本的に対応する)であり,Aの第2発話は導入済みの指示対象を指示する用法(本稿で言う文 脈指示用法に基本的に相当する)であるとする区別がその背後にあると考えることができるだ ろう。ただ,本稿の立場と林,西岡の立場の重要な違いは,本稿では(バルプナル 2010bの 考察に従い)非文脈指示用法の指示詞(bu, şu, o)は,(観察された指示詞データの分布上か らも,又非文脈指示用法の定義上からも)bu, şu, oのそれぞれが導入用法を持っており,そ の分布が「共通の空間」と「聞き手による認識」という概念によって決定されると主張するの に対し,後者(林/西岡)の立場は導入用法では無条件でşuが選択されると考えている点で ある。言葉を変えるならば林,西岡の立場では,(buやoではなく)何故şuだけが導入用法 の指示詞として選ばれるのかということを記述することはできても説明することはできないと 言わざるを得ない。又本稿の立場に立つ場合,Aの第2発話に見られる文脈指示用法の指示詞 の分布が「共通の空間性」に基づいては決定されていないことから,我々は文脈指示用法の指 示詞の分布は,例えそれが(指示対象が現場に存在する)現場指示用法の場合であっても,「共 通の空間」の設定を必要とせず,従って(「共通の空間」設定のために必要な)「現場指示性」
の情報に依存しないで決定されている可能性を見てとることができる14)。
さて次に,Aの第2発話が従う指示詞分布条件がどのようなものであるかという上記(ⅱ) の問題について考えてみよう。文脈指示用法,非文脈指示用法という観点に立って(10)の例 を見直した場合,それぞれの用法の定義上(2.2節及び(注)5参照)からAの第1発話対B の発話及びAの第2発話というグループわけが可能になる。Aの第1発話の場合(非文脈指 示の場合),((注)13で述べた意味での)「共通の空間」,「聞き手による認識」という概念が 指示詞(bu, şu, o)の分布を決定していることは既に見た通りである。それでは,(10)のB 14)文脈指示用法の指示詞分布が「現場指示性」の情報に依存しないで決定されることは,以下で見る ように,その分布が(「現場指示性」に依存する必要のない)「管理可能性」の条件によって決定さ れていることからも分かる。従来の指示詞研究では(林,西岡を含めて)現場指示が持つ「現場指 示性」の情報が非文脈指示用法及び文脈指示用法に対してそれぞれ,どんな意味を持つか又は持た ないかということに関して明示的に論じられたことはないと筆者は考えている。
の発話,Aの第2発話グループ(文脈指示の場合)において指示詞選択の基準となっている概 念は何だろうか? 一つの考え方としては,下記(11)のように文脈指示用法を一般化するこ とが考えられるかもしれない(林 1985,1989)。
(11) 文脈指示用法においては,話し手は指示対象が(空間的又は心理的に)自分に近いと判 断したものをbu,(空間的又は心理的に)自分に近くないと判断したものをoで指示する。
(11)の一般化が,基本的には正しいことは,以下の例から見てとることができる。
(12)(A,B 2人の会話)
A: Siz-in okumak iste-diğ-iniz kitab-ı あなたたち-属格 読むこと 望む-連体形-2人称複数 本-対格 getir-di-m.
持ってくる-過去形-1人称単数
あなたの読みたがっていた本を持ってきました(私は)。
B: {bu/*şu/o} kitab-ı ne zaman-a kadar ödünç al-abil-ir-im.
この/その 本-対格 いつ-与格 まで 借りる-可能形-アオリスト-1人称単数 この/その本をいつまで借りられますか(私は)(林 1989: 98(一部改変))
この場合,話し手BはAが持ってきてくれた本を自分(B)の手に既に受け取って尋ねてい るのなら,bu kitabıが適切であり(指示対象が話し手に近い場合),一方Aがまだ持ってき た本をBに手渡していない状態でBが話しているのなら,o kitabıの使用が適切である(指 示対象が話し手に近くない場合)。このように考えるなら,上で見た(10)の場合毛糸玉は話 し手Aから離れた場所にあるのだから,Aの第2発話でoが用いられるのは当然と思えるか もしれない。しかし,この一般化では次の(13)-(14)のような用例を説明することはできない。
(13)(話し手は隣にいる聞き手に対して)
Göz-üm-e birşey kaç-tı. Çok acı-yor…
目-属格人称語尾(1人称単数)-与格 何か 入る-過去形 とても 痛む-継続形 Bu mendil-le {*bu/*?şu/o} şey-i al-sa-n-a!
この ハンカチ-で その もの-対格 取る-仮定形-2人称単数-強調詞
(私の)目に何か入った。とても痛い…このハンカチでそれを取ってくれ!
(14)( 話し手が危険な山道で車を運転している場面である。そこで,助手席にいる聞き手に対 して)
Ön-üm-deki panel-de kırmızı bir düğme var ya.
前-属格人称語尾(1人称単数)-連体形 パネル-位格 赤い 一 ボタン ある よね {*bu/*?şu/o} düğme-ye bas-ar mı-sınız?
その ボタン-与格 押す-アオリスト 疑問形-2人称複数
(私の)前にあるパネルに赤いボタンがあるでしょう。そのボタンを押してくれませんか?
(13)では指示対象(話し手の目に入ったもの),(14)では指示対象(赤いボタン)は話し 手のすぐ近くにあるのだから(11)の原則によるとbuの使用が予測されることになる。しか し,実際にはbuで指示することは不可能で,oで指示されている。その理由としては次のよ うなことが考えられる。(13)では指示対象は話し手がそれが何であるかを自分で自由に見た り,確認したりできないところにある。また,(14)では話し手は手をハンドルから離すこと ができないため,たとえ直ぐ目の前にあっても手を伸ばしてボタンを押すことができない状態 にある。換言すれば,(13)-(14)の場合,指示対象は(たとえ話し手のすぐ近くにあっても) 話し手が主体的にその指示対象をコントロールできない領域にあるということである。従って,
この観察から,文脈指示のoの用法については次の一般化をすることできる。
(15) 文脈指示用法においては,話し手にとって管理可能な領域(controllable domain)に存 在していないと話し手が判断した対象を指示するのにoが用いられる15)。
このように考えると,(10)のAの第2発話においてbuではなくoが使用されるのは,指示 対象(毛糸玉)が話し手から離れているためでなく,指示対象が話し手から見て管理可能な領 域にないからであると考えることになろう。つまり,(10)のAの第2発話の場合,指示対象(毛 糸玉)は話し手Aから独立した話し手Bの空間にあるものであり,話し手Aが主体的に管理 できない領域にあるということである。従って,(10)のAの第2発話では対象を指示するの に(15)によりoが選択されるのである。一方,その同じ指示対象(毛糸玉)が,Aの第1 発話ではşuで指示されている。この違いが指示対象の言語テキスト化の有無(文脈指示対非 文脈指示の対立)に依存しているものであることは上で述べた通りである16)。
次に,文脈指示用法のbuはどういう場合に用いられるのだろうか。次の用例を見ていただ きたい。
(16)(車の販売員が,車の様々な特徴を客である聞き手に次々と説明している場面である) Direksiyon-un üzer-in-deki düğme-yi
ハンドル-属格 上-属格人称語尾(3人称単数)-連体形 ボタン-対格 gör-üyor mu-sunuz? {bu/*şu/*o} düğme araba-nın
見る-継続形 疑問形-2人称複数 この ボタン 車-属格 silecek-ler-i-ni çalış-tır-ır.
ワイパー-複数形-属格人称語尾(3人称単数)-対格 動く-使役形-アオリスト
ハンドルの上にあるボタンが見えますよね。このボタンは車のワイパーを作動させます。
15)「管理可能な領域」とは,発話の場所・時間において話し手(発話者)の主体的な活動を防げない と話し手が判断した領域である。例(13)では指示対象に対する話し手の主体的な認識活動,例(14)
では指示対象に対する話し手の主体的な身体活動が防げられている領域内に指示対象が存在してい ると考えることができる。
16)例(10)の指示対象(毛糸玉)の存在する空間は,物理的には単一空間だが,「管理可能」性の観 点(文脈指示用法の観点)からは話し手Aにとって「管理可能でない空間」であり,「円滑な指示 行為の遂行」/「自由なアクセス」の観点(非文脈指示用法の観点)からは話し手Aにとって「共 通の空間」として切り取られることになる。そしてこうした空間の切り取りが指示対象の言語テキ スト化の有無によって決定付けられているとするのが我々の本稿での主張の一つである。
(17)( 話し手は,手の届く範囲にある変わった形の植物を見ながら,その方を見ていない近く にいる聞き手に対して)
Ne kadar garip bir bitki! {bu/*şu/*o} bitki-ye Japonca-da ne den-ir?
何と 変な 一 植物 この 植物-与格 日本語-で 何 言う-アオリスト 変わった植物ですね。この植物は日本語で何と言いますか?
(18)(A,B 2人が部屋の窓から外を眺めている場面で)
A: Şu bina-lar-a bak!
あの 建物-複数形-与格 見ろ あの建物を見てご覧!
B: Ne güzel bina-lar!
何 きれい 建物-複数形 なんて美しい建物でしょう。
A: {bu/*şu/*?o} bina-lar-ın hepsi-ni ben yap-tı-m.
あの 建物-複数形-属格 全て-対格 私 作る-過去形-1人称単数 あの建物は全部僕が作りました。
(16)-(18)ではそれぞれボタン,植物,建物は先行発話文脈に導入された後,buの指示対 象となる。これらの指示対象は全て,(13)-(14)のケースとは逆に,話し手が主体的に見たり,
確認したりできるところにある。つまり,(16)-(18)の指示対象は話し手の管理可能な領域に あるということである。このことから,文脈指示用法のbuの使用条件を次のように規定できる。
(19) 文脈指示用法の場合,話し手にとって管理可能な領域に存在すると話し手が判断した対 象を指示するのにbuが用いられる。
(15),(19)で述べた一般化(文脈指示用法では対象と話し手の距離ではなく,話し手によ る管理可能性という概念が重要であるということ)が正しいということは,上記(18)の用例 をうまく説明できることからも分かる。(18)では建物は話し手から遠く離れた窓の外にある。
それにもかかわらず,話し手が指示対象をbuで指示できるのは,それらの建物が自分自身で 設計・建築したものであるという意味で,話し手の管理可能な領域にあると話し手が判断する からである17)。また,(19)が例(10)のBの発話中のbuの用法を説明できるものであるこ
17)この観察が正しいということは次の例からも分かる。
((18)と同じ場面で)
A: Şu bina-lar-a bak!
あの 建物-複数形-与格 見ろ あの建物を見てご覧!
B: Ne güzel bina-lar!
何 きれい 建物-複数形 なんて美しい建物でしょう。
A: {*bu/*şu/o} bina-lar-ın hepsi-ni ünlü bir mimar yap-mış.
あの 建物-複数形-属格 全部-対格 有名な 一 建築家 作る-伝聞 あの建物は全部有名な建築家が作ったそうです。
本文(18)の場合と異なり,この場合建物が話し手Aの管理可能な領域にないことは明らかであろう。
とは言うまでもない。
さて,本稿では指示詞が文脈指示用法として用いられているか否かは,「先行発話文脈中に 指示対象が言語テキスト化されているか否か」によって決定されると言う立場をとっている が,この観点から(13)-(18)の用例をもう一度見てみよう。
(13)′ Bu mendil-le {*bu/şu/*o} şey-i al-sa-n-a!
この ハンカチ-で この もの-対格 取る-仮定形-2人称単数-強調詞 このハンカチでこのものを取ってくれ!
(14)′ {*bu/şu/*o} düğme-ye bas-ar mı-sınız?
その ボタン-与格 押す-アオリスト 疑問形-2人称複数 そのボタンを押してくれませんか?
(13)′-(14)′の場面設定は(13)-(14)と同様で,聞き手が対象の存在に気付いていないと 話し手が判断した場合である。この場合,(13)′-(14)′と(13)-(14)の唯一の違いは,先行 発話文脈中への指示対象の導入の有無である。先行発話文脈に言語テキスト化された同一名 詞を持たない(13)′-(14)′(本稿での定義により非文脈指示用法)では対象をşuでしか指示 することができない。何故ならば(13)′-(14)′の指示対象(ハンカチとボタン)が存在する 空間は(注)13で述べた「聞き手の関心が一方的に支配する空間」ではないのだから,その 意味で指示対象は共有可能な「共通の空間」に存在していると考えられ,かつ聞き手が対象の 存在に気付いていないのだから,非文脈指示用法のşuだけが選択されることになる18)。また,
şuの指示に当って対象を特定するには指さし等の直示的指示動作が必要となる。一方,(13)-
(14)の場合(本稿での定義により文脈指示用法),先行文脈中の同一名詞(bir şey, düğme) を指示対象としてoの指示が成り立ち,指さし等の直示的指示方法は必要ない。このことから,
先行発話文脈中に言語テキスト化されている対象を指示する(13)-(14)のような文脈指示用 法の場合,その対象の特定に当って指さし等の非言語的な直示方法ではなく,先行発話文脈中 に導入された指示対象に関する言語テキストが重視されるということが分かる(この意味でも 文脈指示用法の場合,「現場(直示)指示性」が指示行為の本質を担っていないことが分かる。)。 同様のことがbuの用法についても言える。
18)(13)′-(14)′では聞き手が対象の存在に気付いていると判断した場合に次のようにoが使用可能と なる。
(13)″ Bu mendille {*bu/*şu/o} şeyi alsana. (14)″ {*bu/*şu/o} düğmeye basar mısınız?
このハンカチでこのものを取ってくれ! そのボタンを押してくれませんか?
本稿の立場では,(13)″,(14)″は先行発話文脈中に言語テキスト化された同一名詞を持たない のだから定義上非文脈指示用法であり,(13)″,(14)″の指示対象(şey, düğme)は(注)13で述 べた聞き手の関心が一方的に支配する空間(非共通の空間)に存在し,かつ聞き手が指示対象の存 在に気付いているのだから,非文脈指示用法のo(o1)が選択されることは正しく予測できる。一 方,林 1985,西岡 2006のように,指示対象の導入先を(発話文脈ではなく)ディスコースと考え る場合,(13)″,(14)″では指示対象は(発話文脈中に言語テキスト化されてはいないが)ディスコー スには導入済みであると考えることもでき,その意味で(13)″,(14)″を文脈指示用法であると解 釈することになるだろう。その場合,林/西岡の立場ではディスコース内の(言語化されていない)
要素を対象にして「照応用法」を想定することになり,「照応用法」を発話文脈外の要素にまで拡 張して考えることが必要になるだろう。
(16)′ {*?bu/şu/*o} düğme araba-nın silecek-ler-i-ni
この ボタン 車-属格 ワイパー-複数形-属格人称語尾(3人称単数)-対格 çalış-tır-ır.
動く-使役形-アオリスト
このボタンは車のワイパーを作動させます。
(17)′ {*?bu/şu/*o} bitki-ye Japonca-da ne den-ir?
この 植物-与格 日本語-で 何 言う-アオリスト この植物は日本語で何と言いますか?
(18)′ {*bu/şu/*?o} bina-lar-ın hepsi-ni ben yap-tı-m.
あの 建物-複数形-属格 全て-対格 私 作る-過去形-1人称単数 あの建物は全部僕が作りました。
(16)′-(18)′の場面設定も(16)-(18)の場合と同様で,聞き手が対象の存在に気付いてい ないと話し手が判断した場合である。このような場合,(16)-(18)の場合とは異なり,先行 文脈中に言語テキスト化された同一名詞の存在なしで対象をbuで指示することはできない。
言い換えれば,(16)′-(18)′は本稿で定義する非文脈指示用法に相当し,(13)-(14)の場合と 同じ理由で非文脈指示用法のşuだけが選択される。その予測が正しいことは(16)′-(18)′の データから確認できる19)。また,(16)′-(18)′の場合,şuの指示を成り立たせるためには指さ しが必要となる。一方,(16)-(18)では指さし等の直示的指示方法が用いられなくても,先 行発話文脈中の同一名詞の存在のみでbuの指示が成り立つ。このことから,本節(13)-(14)
のoや本節(16)-(18)のbuのような文脈指示用法の指示詞は,第3節で見た「共通の空間」
とそれに連動する直示的指さしに強く依存する非文脈指示用法の指示詞とは明らかに異なる分 布を示していると言え,このことからも又我々は,文脈指示用法の場合,例え現場指示用法と して用いられていても,「指さし」等が持つ「現場指示性(直示性)」が文脈指示用法の指示行 為の本質を担っているのではないことが分かる((注)14参照)。そうした「現場指示性」の 関連性の差異を本質的に決定付けている要因が,指示対象の先行発話文脈中における言語テキ スト化の有無にあるとするのが,本節における我々の主張の一つである。
以上,本節で考察したbu/oの用法は「指示対象が先行発話文脈中に言語テキスト化されて いる」場合に用いられる文脈指示用法であるということを見た。その場合,bu/oの用法を使 い分ける上で「管理可能な領域」という概念が有効であると主張した。言い方を変えれば,「管 理可能な領域」という概念は「指示対象が言語テキスト化されている」場合に有効であると いうことである。一方,「指示対象が先行発話文脈中に言語テキスト化されていない」(13)′-
(18)′や3節のbu, şu, oのような場合,「管理可能な領域」という概念ではなく,「共通の空間」
及び「聞き手による認識」という概念が有効であるということを論じた。具体的には,(10)
の話し手Aの第1発話において毛糸玉はまだ発話文脈内に言語テキスト化された形で導入さ れていないため(非文脈指示用法),「共通の空間」と「聞き手による認識」という概念がbu,
şu, oの適切な分布を決定する基準となる。この場合,毛糸玉は話し手Bが気付いていないと
19)(16)′-(18)′では「聞き手が対象の存在に気付いている」と話し手が判断した場合にbuが使用可 能となる。しかし,その場合,対象の特定に当たって指さし等の直示的動作が必要になる。
話し手Aが判断したものであり,かつ((注)13の意味において)「共通の空間」にあると話 し手Aが判断したものであるため,şuで指示されるのである。毛糸玉は話し手Aによってşu で指示されることにより,言語テキスト化された形で発話文脈中に導入され,以後の毛糸玉へ の指示は定義により文脈指示用法を構成することになる。従って,話し手Bは同じ毛糸玉を 指示する場合に今度は「管理可能な領域」という概念が有効となり,bu或いはoの中から「管 理可能な領域」性に基づいて適切な指示詞が選択される。この場合,毛糸玉は話し手Bにとっ て「管理可能な領域」にあるので,(19)により対象を指示するのにbuが選択される。同様に,
話し手Aの第2発話においても毛糸玉を指示する際に「管理可能な領域」という概念が働き,
bu或いはoの中から適切な指示詞が選択される。この場合,話し手Aにとって毛糸玉は「管 理可能な領域」にないと判断されるため,(15)によりoが選択される20)。
これまでの議論から導き出されるもう一つのことは,bu/oはいずれも「文脈指示用法」と
「非文脈指示用法」を持っているのに対し,şuは「非文脈指示用法」しか持っていないという ことである。上で述べた「指示対象の言語テキスト化」という観点から見た場合,3節のbu,
şu, oはいずれも言語テキスト化されていない対象を指示するのに用いられるため「非文脈指
示用法」の指示詞として考えることができる。また,上で見たように,本節のbu/oは先行発 話文脈中に言語テキスト化されている要素を指示できることから,「文脈指示用法」の指示詞 として使用されていることが見てとれる。一方,(10)の用例から分かるように,話し手Bも 話し手Aも,一旦şuで発話文脈内に言語テキスト化された形で導入された対象を再びşuで 指示することはできない。このことは,şuが発話文脈内にまだ言語テキスト化された形で導 入されていない対象を指示する,言い方を変えれば,指示対象を発話文脈に新規導入する時に だけ用いられる指示詞であるということを意味していると考えられる。つまり,şuはそもそ も「非文脈指示用法」しか持つことができない指示詞であるということである21)。このことは 次のようにまとめることができる。
(20) şuは非文脈指示の用法のみ持っており,一方bu, oは非文脈指示と文脈指示の両方の用 法を持っている。
本節において最後に述べたいのは,先行研究全体にわたって見られる(11)のような一般 化は「管理可能な領域」という概念から導き出すことのできる帰結の一つに過ぎないという点 である。つまり,指示対象が話し手に近い/遠い(と話し手が判断する)ということは,話し 手にとっての「管理可能な領域」という概念から導き出せる一つの個別の場合に過ぎないとい 20)「指示対象の言語テキスト化」という観点から見た場合,bu, şu, oの非文脈指示用法は,指示対象 を言語テキスト化するための指示詞の用法であり,「共通の空間」や「聞き手による認識」は指示 対象を言語テキスト化するために必要とされる概念と位置づけることができる。このように考える ことによって,これまであまり指摘されてこなかった可能な「言語テキスト」構成のための条件は 何であるかという問題にも多少の貢献ができるのではないかと考えている。
21) şuが指示対象を新規導入するための指示詞であることは,(注)3でも述べたように,林(1985,
1989),金水(2002)等において指摘されているところである。一方,bu/oにも導入用法があり,
それらの用法が,「共通の空間」と「聞き手による認識」によって決定付けられていることは,筆 者の知る限り,バルプナル 2010b,本稿で初めて論じられたものである。şuには後方指示用法が ある(林 1985,1989)が,筆者はこうしたşuの用法は本稿で定義する意味での文脈指示用法では なく,照応用法であると考えている。なお筆者の考える照応用法については,稿を改めて論じる予 定である。