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『 資本論』 における搾取,利用, Expl o i t a t i o n

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25

『 資本論』 における搾取,利用, Expl o i t a t i o n

<論 説 >

山 口 拓 美

目 次 はじめに

1.利用,搾取,およびExploitationの語学的関係

日本語の 「搾取」 と欧語のExploitationの相違0/Exploitationの訳語選択の困難性。/Exploita‑ tionの訳語 として 「搾取」が定着するに至る経緯。/「利用」 と 「搾取」。

2 .

『資本論』における 「利用」 と 「搾取」

Exploitationの訳語 としての 「搾取」の不適切性。/「利用」 と 「搾取」 とExploitation./労働 力利用の非倫理性。/Exploitationの一般的意味 と 『資本論』的意味の同一性。/「許容 しうる 搾取」 と 「許容 しえない搾取」。

3.『資本論』における様々な 「搾取 (Exploitation)」

「剰余価値論的搾取」 と 「利潤論的搾取」。/利潤論的搾取の度合。/地力の搾取。/人間のケイ パ ビリティと自然のケイパ ビリティ。

4.『資本論』の 「搾取 (Exploitation)」は専門用語であるか

Exploitationの訳語の不統一。/「搾取」 と 「搾取度」。/「搾取」は専門用語 としては定義され ていない。/農業における 「土地の搾取」 と 「動物の搾取」。

は じ め に

資本主義的生産過程 において,労働力 の買 い手 は,購入 した生産手段 を利用す るの と同 じよう に,購入 した労働力 を,剰余価値生産のための手段 として利用す ることがで きる。 しか し,機械 の ような生産手段 とは異 な り,人間の人格性 の うちに実存 す る ところの労働力 は,その利用 の仕 方 に対 してある一定の制限 を要求す る。す なわち,労働力 の利用 には,ある一定の規範 または倫 理性が必要 とされる

それでは,労働力の利用 の倫理 とは,そ もそ もどの ような原則 に よって規制 され るべ き領域 な のであろ うか。 この点 に関 して,われわれ は別稿 で1, カ ン ト倫理学 の中に労働力利用 の倫理原 則 を求め, カ ン トの 目的 自体 の法式 を,マルクスの労働力理論 とヌスバ ウムのケイパ ビリテ ィ ・ アプローチ に依拠 して, よ り具体 的かつ現代 的な姿 に展 開 した。 そ して, この原則 に基づ いて現 在 の 日本 における労働力利用の在 り方 を批判 的に検討 した。

ところで,マルクスの労働力理論 に依拠 して労働力利用 のあ り方 を論 じようとす る場合

,

本論』 にお け る搾 取論 に触 れず に済 ます こ とはで きない と思 われ る。 とい うの は

,

「利 用」 と

「搾取」 とは近似 した概念 であ り, しか も 「搾取」 の概 念 は,マル クスの労働力利用論 の中心 と

(2)

26 商 経 論 叢 42巻 第4 (2007.3)

なる概念であると考 えられて きたか らである しか し,先の別稿ではこの概念の分析 に立 ち入 る ことがで きなかった。そ こで本稿 では,労働力利用 の倫理 とい う見地か ら

,

『資本論』における

「搾取

( Ex p l o i t a t i o n )

」の概念 を改めて検討 してみることに したい。

1.利用,搾取,および

Expl oi t at ion

の語学的関係

は じめにまず,本稿が論究の対象 とす る 「搾取」 は, 日本語の通常の意味での 「搾取」ではな く

,

資本論』で用い られている

Expl o i t a t i o n

の訳語 としての 「搾取」であ るこ とを強調 してお きたい。 とい うのは, ドイツ言乱 フランス語お よび英語 の

Expl o i t a t i o n

と日本語 の 「搾取」 との 間には看過 しえない意味上のズ レがあるか らである。 この意味のズ レとい う事実 は,例 えば次の ような 日本語辞典の記述の中に見て取 ることがで きる。

「搾取① しぼ りとること

。s quee z e

② 階級社会で,生産手段 を所有す る資本家が労働者の労働 によって生 じた剰余価値 を独 占すること

。e xpl o i t a t i o n

2

ここで,われわれはまず, 日本語の 「搾取」 には

s que e z e

e xpl oi t a t i o n

とい う

2

つの意味が あることを確 認 してお きたい。 しか も

,

搾 取」 は 「搾 り取 る」 と読 め る こ とか ら, 日本語 の

「搾取」の模 となるイメージは

s que e z e

となることに注意す る必要があ る。 この 「搾 り取 る」 と い うイメー ジはかな り強力であるため,書 き手が

e xpl oi t a t i o n

の意味で 「搾取」 を用 い ようとし ているように見 える場合 において も,結局の ところは 「搾 り取 る」 になって しまってお り,その ためそれ を英文 に翻訳 しようとす る と

,e xpl o i t a t i o n

ではな く

s que e z e

を用 い なければな らな く なる場合が多 く見受け られる。例 えば,辞書 に挙 げ られている次の ような用例がそ うである。

「彼 らのへそ くりまで搾取す る3

「仲買人が手数料 を搾取す る

4 」

ここで用 い られている 「搾取」 は

,

「(‑から)‑を搾取す る」の意である と考 え られるこ とか ら,これ らの和文 を欧文 に翻訳す る場合

,

「搾取する」 を

e xpl o i t

と置 き換 えるよ りは,英語 であ れば

s q ue e z e

e xt r a c

tを, ドイツ語 であれば

a us pr e s s e n

e x t r a hi e r e n

を用 いる方が適切 であ る ように思 われ る。 こ う した事情,す なわち 「搾取」 と

Expl oi t a t i o n

の不対応 を示 す事 例 は,

『資本論』の中にもしば しば見出される。例 えば次の一文がそ うである

「この剰余労働が,直接的生産者す なわち労働者か らしぼ り取 られる形態 だけが, もろ もろの 経済的社会構成体 を区別する5

日本語的な感覚か らすれば, この訳文の 「しぼ り取 られる」 は ドイツ語 の

e xpl o i t i e r

tの訳語で あろうと推測す るのが 自然である。 しか し,実際の ドイツ語原文 は次の ようである

" Nurdi eFo r m,wo r i nd i e s eMe

h

r a r be i tde m unmi t t e

lb

a r e n

P

r

oduzenten,dem A rb e iter,垂g竪

匹 些 w

i

r d,unt e r s c he i de td i ed ko no m is c he nGe s e l l s c ha f t s f o r m a t i o ne n

6"

さらに,次の2つの邦訳文 における 「搾取」 とい う語 は, 日本語の語感か らも用語それ 自体か らも

Exp l o i t a t i o n

の訳語のように しか見 えない。

(3)

資本論』における搾取,利用

,Ex p l o i t a t i o n

27

「不払労働 の搾取 は,‑の節約 としてのみ‑現 われ る7」 (小は引用者による省略部分)

「こうして,剰余労働 の搾取 は,その独特 な性格 を失 う8」 ところが, これ らの ドイツ語原文 は次の ようである。

" e r s c he i ntAus p r e s s u ngvo nu nbe z a hl t e rAr be i tn ura l sEr s pa r ung

9"

"

Sov e r l i e r td i eAbpr e s s ungv o nMe hr a r be i ti hr e ns pe z i f is c he nCh

ar

a kt e r 1 0 "

この ように, 日本語 の 「搾 り取 る」す なわち 「搾取」 は, ドイツ語 の

Exp l o i t a t i o n

とは一致 し ない。「・‑か ら‑ を搾取す る」 とい う日本語の言 い回 しは

,e xpl o i t i e r e n

の用法の中にはないので ある。 こうした意味上の大 きなズ レは,恐 ら く

Ex p l o i t a t i o n

と 「搾取」 との語源 の相違 に由来 し ている と考 え られる。

ドイ ツ語 の

Ex p l o i t a t i o n

はフラ ンス語 か らの借用語 であ る。 この点 は英語 の

e xp l o i t a t i o n

も同 様 であ り,実際,マルクスはこの語 をフラ ンス語 と意識 して用 いてい る

1 1

。 フラ ンス語 の

e xp l o i ‑ t a t i o n

は動詞 の

e xp l o i t e r

か ら派生 した もので あ るが, この動詞 は更 に古典 ラテ ン語 の

e xp l i c a r e

に まで遡 る

。e xp l i c a r e

,e x

「外へ

」pl i c a r e

「折 り畳 む」 であ り

,

「開 く

「解 く

「ひろげ る」

「のばす」 といった意味 を持つ。 フランス語の

e xp l o i t a bo n

は, まず開発,経営, 開発 された場所 を意味 し, さらに比倫 的な用法 として,利用,活用,悪用 とい う意味 を与 え られてい る12。つ ま り

,Exp l o i t a t i o n

の中核 的な意味は 「開 く」 であ り, ここか ら 「開発」

,

「利用」,そ して 「悪 い利 用」す なわち 「搾取」 とい う意味 を持つ に至 っている とい うことがで きる。一方, 日本語 の 「搾 取」 は

『搾 (しぼ) り取 (と)る』 を音読 して生 じた和 製漢語13」 で あ る と考 え られ てい る。つ

ま り語源的に見 て も

,

「搾取」の中核 的意味 は 「搾 り取 る」 なのである。

この ように, 日本語 の 「搾取」 と ドイツ語 の

Exp l o i t a t i o n

は, まった く異 なった語源 を持 ち, したが って, まった く異 なった中核 的意味 を持 ってい る。 それゆ え

,

「搾取」 と

Expl o i t a t i o n

と の間に意味上のズ レがあることは蓋 し当然であるといわなければな らない。 しか も, ここで特 に 注意すべ きことは

,Expl o i t a t i o n

の根 源的意味である 「開発」 とい う意味 を, 日本語 の 「搾 取

はまった く持 たない とい うこと,そ して 「利用」 とい う意味 をもほ とん ど持 たない とい うことで あ る。 このため

,

『資本論』の邦訳 においては

,Exp l o i t a t i o n

を次の ように訳 し分 ける必要 が生 じ る。

1)

" Obgl e i c he xa kt e rAus d r uc k鮎rde nExp l o i t a t i o ns gr a dde rAr be i t s k r a

i s td i eRa t ede s Me hr we r t ske i nAus dr uc kf u rd i ea bs o l ut eG

r6

J S ede rExp l o i t a t io n・ 1 4 "

「剰余価値率 は,労働力 の堕里 壁 の正確 な表現であ る とはいえ,堕里 の絶対 的 な大 きさの表現 では決 してない。 15

2 )" a us s e i ne m Ka pi t a l de n ge w6 hnl ic he n Pr o 五t d ur c h Expl o i t a t i o n de r Bode na r t A he r a us z us c hl a ge n1 6 "

「土地種類Aの型昼 によって 自分の資本か ら通常の利潤 を しぼ り出す こと

1 7 」

この よ うに

,

『資本 論』 の邦 訳 で は,労働 力 が対 象 とな る文脈 で は

Exp l o i t a t i o n

が 必 ず 「搾

(4)

2g 商 経 論 叢 42巻第4 (2007.3)

取」 と訳 されているのに対 し,土地が対象 となる文脈では,たいていの場合 「利用」 と訳 されて いる。仮 に, 日本語の 「搾取」 に も 「開発」や 「利用」 とい う意味が含 まれていたな ら,上記引 用文

2 )

Exp l o i t a t io n

を 「搾取」 と訳 さず に 「利 用」 と訳 す 必 要 は なか ったで あ ろ う しか し, 日本語 の 「搾取」 は 「搾 り取 る」 とい う意味が強 く

,

「利用」 とい う意味 をほ とん ど持 たな いため,上記の ような訳 し分けをせ ざるをえないのである。

Exp l o i t a do n

とい う用語の 『資本論』 における重要性 か らす る と, この語 を文脈 に応 じて訳 し 分 けなければな らないことは看過 しえない不備であるといわなければな らない。 とい うのは,こ の ような訳 し分けを通 じて,訳者の解釈が訳文の中に強 く混入 されて しまうことが考 え られ,そ れによって

「 Exp l o i t a t i o n/

搾取」 の学術用語 としての地位が 隆しくなるか らであ り, また

Exp l o i ‑ t a t io n

概念の誤解 を惹起す ることに もなるか らであ る。『資本論』の翻訳者 と して著名 な長谷部 文雄氏 は

,「

資本論』の原典 と翻訳18」 と題する解説文の中で,次の ようなエ ンゲルスの文章 を 引用 している

「もっと悪いことだが,彼 は,同 じ言葉が くりか え して出て くるばあいに,それ を,種 々さま ざまな違 った言葉で翻訳するのであって,そのさい,専 門用語 はつねに一個同一の適当な言葉で 再現 されねばな らぬ ことを忘れている。 19

長谷 部氏 は, 自身の 『資本論』の邦訳本 において

,Exp l o i t a t i o n

を上記 引用 文 1

)2 )

と同様

「搾取」 と 「利用」 とい うふ うに訳 し分 けてい る。 この こ とが意味 してい るの は,長谷 部氏 は

Ex pl o i t a t io n

を専 門用語 とは見 なさなかったか,あるいは,すでに定着 していた 「搾取」 とい う 日本語が,翻訳の基本原則か ら長谷部氏 を逸脱 させ るほ ど不適切 な訳語であったか,そのいずれ かであろ う。『資本論』の

Exp l o i t a t i o n

が学術 的専 門用語 であるか否か は議論 の余地があ り, こ れについては後で論 じることにす るが,少 な くとも

Exp l o i t a t i o n

に 「搾取」 とい う訳語 を当てた ことは適切 な処理ではなかった, といわざるをえない。 とはいえ, 日本語以外で も,欧州語 と系 統 を異 にす る言語 においては

,Exp l o i t a t i o n

の訳語 についてやは り同 じような困難が生 じている ようである。例 えば,言語系統上,比較 的 日本語 に近 い と考 え られている トル コ語 では

,

『資本 論』の先の引用文 1)2)と同 じ箇所が次の ように訳 し分け られている。

1)

" A山一 de 亘e ro r a

nl

,e me kg t i c t i n血

些 de r e c e s i nig6s t e r e nke s i n bi ri f a deo l ma kl abi r ‑ l i kt e ,S 6 mdr t i nt i n mut l a kbd y dkl t i 離山t ihi G bi rz a m a ni f a dee de me z .

20"

2 )" At o pr a か1 m 主 ! 1 e nme s i nde kis e m a ye s i ni n ya t m i l e ,o l a ga n ka n ge r G e

kl

e ! t i r m e s i neo l a ‑ na ks a gl a ya c a

g121"

ここで

Exp l o i t a t i o n

の訳語 として用 い られている s

d m ii r

tiは

,

「労働や資源 を自らの利益 のため に使 うこと」 とい う意味の トルコ語であるが22,この言葉の動詞形 S

6 mdr me k

はその ような意味 の外 に

,

「食い尽 くす

「吸 う

「たか る」 といった意味 を も持つ。一九

i ! l e nme s i nde ki

は動詞 の

i 亨 1 e me k

が変化 した ものであ り

,i 亨 I e me k

は 「手 を加 える

「加 工 す る

「耕 す

「刺繍す る」

「働 く」 といった意味 を持つ。 日本語の 「搾取」 に比べ る と, トル コ語 のS

6 m ii r

tiは,欧語 の

e x‑

(5)

r資本論』における搾取,利用

,Ex p l o i t a t i o n

29

pl oi t a t i on

によ り即 した形で使用 され うるような意味を与 え られているといえる。 しか し,それ で もこの語が

2 )

の文で使用 されていないのは,恐 らく 「食 い尽 くす

「吸 う

「たかる」 といっ た意味の広が りに

Expl oi t a t i o n

のそれ と重な らない部分があるか らであろう。

また,中国語訳で も

,1 )

Expl o i t a t i on

は 「剥削」

,2 )

Expl oi t a t i o n

は 「利用」 とい うふ う に訳 し分け られている23。 この ような事実 は

,Expl o i t a t i o n

とい う語 に対応す る一個 同一の訳語 を見出す ことがいかに困難な作業であるかを示 している。 日本語辞典 は

,Expl oi t a t i on

の訳語 と して 「搾取」が普及す るようになった経緯 を次のように記 している。

「 e xp l o i t a t i o n

の訳語 としては

,

『共産党宣言』の

1 9 0 4

年訳では

,

『駆使

『虐使』が当て らjlて いたが

,1 9 2 1

年の堺利彦訳か ら 『搾取』が用い られ,以後労働運動の文献やプロ レタリア文学 の作品などで多用 されるようにな り,一般化 した。 24

ここに見 られる 「駆使」 とい う日本語 は

,Expl o i t a t i o n

の訳語 として 「搾取」 よ りも適切 であ るように思われる。 というのは

,

「駆使」が持つ 「駆 り立てて使 う

「追い立てて使 う」 とい う意 味が

,

「開発

「経営

「利用」 という

e xpl o i t a t i o n

の意味 と重 なる部分が多いか らである。それに もかかわ らず

,

「駆使」 に代 わって 「搾取」が用 い られるようになったのはなぜ なのであろ う か。

この点について

1

つ考 え られるのは

,Expl o i t a t i o n

が 「搾取」 と訳 される以前 に

,Aus be ut u ng

が 「搾取」 と訳 され,それが 日本の読書人の間に受け入れ られていた, ということである。例 え ば

,1 91 9

年の高畠素之訳 『マルクス資本論解説』では,第二篇第三章の見 出 しが 「労働力 の搾 取率25」 と訳 されているが,カウツキーの原文は

" De rGr a dde rAus be uhngde rAr be i t s kr a

氏26"で ある。 カウツキーは,あるいは自身の著書が 『資本論』の易 しい解説書であることを意識 して, 外 来語 である

Expl o i t a t i o n

に代 えて本来の ドイツ語 であ る

Aus be ut ung

を用 いたのか もしれ な い。あるいは,すでに当時の ドイツで も

Expl oi t a t i o n

は一般 には もはや使 われない単語 になって いたのか もしれない。いずれに して も

,a us be ut e n

は同義語 に

a us s a uge n

a us pr e s s e n

を持 っ てお り27

,e xpl o i t i e r e n

に比べ ると日本語の 「搾取」 に若干近い語感があるといえる。そこで訳者 は, さほ どの違和感 を持つ こともな く

Aus be ut ung

を 「搾取」 と訳 したので はないか と思 われ る。そ してここか ら 「労働力の搾取」 とい う言回 しが拡が り,ついには

Expl o i t a t i o n

も 「搾取」

と訳 されるようになった可能性がある。

もちろん,これは 1つの推測であるが, ともか く各種の文献において採用 され,最終的に生 き 残 った訳語が 「搾取」だったという事実は動か しようが な く,われわれ も

Expl oi t a t ion

の訳語 と してこの語 を用いざるをえない。 とはいえ

,Exp l o i t a t i o n

の訳語 として 「搾取」が定着 したこと は

,

『資本論』における

Expl oi t a t i o n

概念の誤解 を惹起す る一因になっているように思 われる。

われわれが本節の冒頭で引用 した 日本語辞典の説明文の② は,この ような誤解 の一例 である

「階級社会で,生産手段 を所有する資本家が労働者の労働 によって生 じた剰余価値 を独 占す るこ と」 という説明は,明 らかに 『資本論』における

Expl o i t a t i o n

概念の説明を意図 していると考 え

(6)

30 商 経 論 叢 42巻第4 (2007.3)

られるが

,

『資本論』のExploitationは 「剰余価値 を独 占す ること」であ る とはい えない。 しか し, こうした理解 は, この辞典 にか ぎらずマルクス経済学 をも含 む様 々な文献で見 られるもので ある。そ こで次 に,Exploitationの概念 を 『資本論』の叙述 に即 して よ り立 ち入 って検討 したい と思 うが,その前 に以上の辞書的な議論か ら, さしあた り次の点 を確認 してお きたい。

一般 的 に,Exploitationは何 らかの対象 を利用 す る こ とを意 味す る。特 に,倫 理 的 な文脈 で Exploitationという用語が用 い られる場合,それはあたか も土地 を開発 し,利用 し尽 くす ように 人 を取 り扱 う 「悪い利用」,あるいは 「是認 しえない利用」 を意味す る。つ ま り,Exploitationと は 「利用」の特殊 な形態であるといえる

2 .

『資本論』における 「利用」 と 「搾取

『資本論』によれば,労働力 は 「それの使用価値 その ものが価値 の源泉 であ るとい う独 自な性 質 をもっている一商品28」であるか ら,労働力の買い手 はこの商品 を使用 または利用す ることに

よって剰余価値 を生産することがで きる。その際マルクスは,労働力の価値 に対する剰余価値の 割合 を剰余価値率 と名づ ける とともに,そ こか ら 「剰余労働/必要労働」 とい う比率 を導 き出

し, この比率 を次の ように労働力の搾取度 (Exploitationsgrad)と呼んだ。

「剰余価値率 は,資本 による労働力の, または資本家 による労働者の,搾取度の正確 な表現で ある。 29

『資本論』においてExploitationとい う用語が最 も明断 に規定 され るの は, この一文 に付せ ら れた次の ような 「第二版への注」 においてである。

「剰余価値率 は,労働力の搾取度の正確 な表現である とはいえ,搾取 の絶対 的な大 きさの表現 では決 してない。た とえば,必要労働が5時間で剰余労働が5時間であれば,搾取度 は100%で あ る。 ここで は搾 取 の大 きさ (DieGr66ederExploitation)は5時 間で はか られ る。 これ に対 し て,必要労働が6時 間で剰余労働 が6時 間であれば,100% とい う搾取度 は不変 の ままであ る が,他方,搾取の大 きさは5時間か ら6時間に20%だけ増大す る。 30」

この ように

,

『資本論』で 「労働力 の搾取」 とい う場合,その意味内容 はこの箇所 に関す る限 り明確 であるように思 われる。す なわち,剰余価値論 において搾取 とは

,

「剰余労働 をさせ るこ と」言い換 えれば 「必要労働時間を超 えた労働力の利用」のことであると解す ることがで きる

そ うす ると, ここか らわれわれは, さらに次の 2つの点 を確認す ることがで きる。

第1点は,前節で検討 した 「搾取」 とい う訳語 の不適切性 についてである。『資本論』の剰余 価値論 において労働力のExploitationとは 「剰余労働 をさせ ること」である。 ところが, 日本語 で普通 に 「搾取」 と言 う場合,乳や油の ような搾 り取 られる対象 に 目線が向いて しまうため, 日 本では 「搾取」が 「剰余労働 させ ること」それ 自体 ではな く,剰余労働 の結果 である ところの

「剰余価値 を取得す ること」 と理解 されて しまう傾向がある。「剰余価値 を独 占す ること」 とい う 先 に見た 日本語辞典の記述は,こうした理解の一例である。 また,マルクス経済学者の間で も,

(7)

資本論』 における搾取 ,利用,Exploitation 31

「剰余価値の取得」 とい う 「搾取」概念 の理解 は普通 に見 られる ものである。例 えば宮川賓氏の

『搾取の理論』では次の ように 「搾取」が定義 されている。

「搾取 とは,他人 を労働 させて,労働 の成果 を,労働 に参加 しない ものが横取 りす ることであ る。 31

しか し,「他人 を労働 させ ること」 と 「労働 の成果 を横取 りす るこ と」 は別の事柄 である。そ して 「搾取 (Exploitation)」 とは,上で見 たように,前者 を指すのである。 この ことは,次の 『資 本論』の一文が明瞭に示 している

「彼が地代 として土地所有者 に引 き渡す ものは,い までは もはや,彼 によ り,彼 の資本 の力 に よって,農業労働者たちにたいす る直接 の搾取 (Exploitation)を通 じて しぼ り出 された (extrahier‑ ten)この剰余価値の‑超過部分 にす ぎない。 32

この ように,論理 的前 後 関係 と して は, まず 「剰 余 労働 を させ る」 とい う 「搾 取 (Exploita‑ t

ion)」行為があ り,その次に,それを通 じて 「しぼ り出 された (extrahierten)」剰余価値 を 「取得 す る」 とい う行為が来 るのであ る。それゆえ

,

「剰余価値 の取得」 を 「搾取 (Exploitation)」 と見 なす 日本的理解 は, 日本語の 「搾取」 とい う言葉のコア ・イメージに歪め られた不適切 な理解で あるといわなければな らない。

第2点は

,

『資本論』における労働力 の 「利用」 と 「搾取 (Exploitation)」の関係 につ いてであ る。すでに記 したように

,

「剰余労働 をさせ ること」 は 「必要労働時間を超 える労働力 の利用」

と言い換 えることがで きる。つ ま り

,

「搾取 (Exploitation)」の一般 的意味 と同様 に

,

資本論』 に

おいて も 「利用」 の特殊 な形態が 「搾取 (Exploitation)」 なのである。す なわち,資本 による労働 力の利用が,必要労働時間を超 えて剰余労働時間に達す る と,そ こか ら 「搾取 (Exploitation)」が 始 ま り,剰余労働時間が長 くなればなるほ ど,搾取度が高 まるのである。

しか し

,

『資本論』 における 「利用」 と 「搾取 (Exploitation)」 との関係 が以上 の ような もので ある とす ると, ここで次の ような疑 問が生 じる。す なわち

,

『資本論』の 「搾取 (Exploitation)」 の概念 にはそ もそ も倫理的な価値判断が含 まれているのだろうか, とい うのがそれである。 とい うのは,必要労働時間を超 えて労働力 を利用す ることが 「搾取 (Exploitation)」であるな らば,刺 余価値生産 を 目的 とす る資本 主義 的生産 において は,労働 力 を利 用す るこ とはすべ て 「搾取 (Exploitahon)」 になって しまうか らである.長時 間労働 が望 ま し くない こ とにつ いて は多 くの 人々が同意す るとして も,例 えば標準以上の賃金が支払われる

1

6

時間の労働 であって も,そ こに剰余労働が含 まれ るな らば, この ような労働力利用 も 「搾取 (Exploitation)」であ り

,

「搾取 (Exploitation)」がネガテ ィブな価値判断 を含 むのな ら, これ も倫理的に望 ま しくない行為 と判断 されることになる。 しか し,果た してその ようにいえるのであろうか。 さらにいえば,剰余労働 時間が30分だった として も,やは り倫理的に是認 しえない労働力利用 になるのであろうか。

明 らかにマルクスは,資本主義的な労働力利用は,その利用の程度が どうであれ,すべて否定 されるべ きものであると考 えた。恐 らく,この点に,近代市民社会の哲学者であるカン トと共産

(8)

32 商 経 論 叢 42巻第4 (2007.3)

主義者マルクスの倫理学の相違があるとい うべ きであろう。 カン トの 目的 自体 の法式 とは次の よ うなものであった。

「汝の人格 の中にも他のすべての人の人格 の中に もある人間性 を,汝がいつ も同時 に 目的 とし て用い,決 して単 に手段 としてのみ用いない, とい うようなふ うに行為せ よ。 33

ここでは,他者 を利用することそれ 自体 は,否定の対象 とはされていない。 カ ン トが否定す る のは,他者 を単 に手段 としてのみ利用す ることである。他者 を目的 として も取 り扱 っているか ぎ り,他者の利用 は是認 されるのである。それでは,他者 を目的 として も取 り扱 うとはどの ような 事態 を指すのであろうか。われわれは別稿 においてこの点 を次の ように理解 し, これを労働力利 用 に関わる倫理的原則 として提示 した。

「労働力の利用 は労働者の中心的な機能的ケイパ ビリテ ィを損 な うことのない範 囲で行われな ければな らない。 34

この原則 か らすれば,労働者 は,剰余価値生産のための手段 としてのみ利用 され るのではな く,彼の中心的な機能的ケイパ ビリティの達成 に配慮 されつつ取 り扱われているか ぎり, 目的 と して も取 り扱われてお り,そ して もしそ うな らば, この労働力利用 は倫理的に是認 され うる, と い うことになる。

これに対 してマルクスは

,

賃銀制度の廃止35」 を主張 してお り, したが って労働 力商 品の利 用それ 自体 を否定 している。 とい うのは,労働力の商品化 を特徴 とす る資本主義的な労働力利用 は,一方 における生産手段の所有者,他方 におけるその非所有者 とい う階級関係 に基づいて行 わ れているか らである。そ して,この経済的階級関係 において,労働者 は生存 のために自身の労働 力 を売 らざるをえず,そ うである以上,賃労働 は本質的に強制労働 であ り,労働の強制 は奴隷制 と共通す る部分 を持つか らである

「諸 階級 の最終 的廃止36」 を 目標 とす る共産主義者 マル クス が,労働力の資本主義的利用 を否定 し,労働力が どれほ ど穏 当に取 り扱われていようと,それを 倫理的に是認 されえない利用,すなわち 「搾取」 と見 な したのは当然 であるとい うべ きか もしれ ない。

この ように見 て くる と,マルクスの 「搾取」概念 は

,Expl o i t a t i on

とい う言葉の含意 を最大 限 に活用 した もの となっていることがわか る。 とい うのは,生産手段 の所有者 は,その非所有者 に 対 して優越的な地位 にあ り,この経済的優越性 に基づいて,劣等的地位 にあるところの労働者の 労働力 を利用で きるのであるが,この 「優越的地位 に基づいて何か を開発利用す ること」 こそが 搾取 の一般 的意味 であるか らであ る。 この こ とは,英語 にお け る

e xpl o i t a t i on

の 同義語 であ る

t a ke a d va nt a ge o f

とい う成句 に的確 に表 されている.「搾取」 は 「利用」の特殊 な形態であ り, その形態 とは 「優越的地位 に基づ く利用」 なのである。それゆえ,対等 な地位 にある者 同士が相 互 に利用 しあ う場合, この関係 は相利共生関係であって,搾取関係 ではない。労働力利用の倫理 学 は,本来 こうした相利共生関係 を目標 とすべ きであ り,この点でマルクスの搾取論 は倫理的に 高い境地 に立 っているといえる

(9)

資本論』 における搾取,利用,Exploitation 33 とはいえ,一方でマルクスは

,

「社会 は, 自然 的な発展諸段 階 を跳 び越 えることも,それ らを 法令で取 りのぞ くことも,で きない37」 と述べ てい る。す なわち,労働力 の搾取 を即座 に廃絶す ることはで きない, と述べている しか し

,

「その社会 は,生みの苦 しみ を短 くし,やわ らげる ことはで きる38」 と述べ

,

資本論』第 1巻では労働力 の取 り扱 いを規制す る工場法 に対 して多 くのページを割いた。つ ま りマルクスが 『資本論』で重視 したのは,労働者階級 の発達のために 労働力搾取の度合いを媛和す ることであったのである。 この ことをマルクスは,仮想的労働者の 口を借 りて次の ように記 している

「私 は毎 日,労働力の正常 な持続 と健全 な発達 とに合致す る限 りでのみ労働力 を流動 させ,運 動 に,す な わ ち 労 働 に 転 換 し よ う。‑‑・私 の 労 働 力 の 利 用 (Benutzung)と そ れ の 略 奪 (Beraubung)とは, まった く別 なこ とが らであ る。‑‑私 は標準 労働 日を要求す る。 39」 (‑・・・は 引用者 による省略部分)

ここか ら,労働力の搾取 には,労働力の利用 とそれの略奪 とい う2つの部分があることがわか る。前者,すなわちここで謂 う労働力の利用 は,本来否定 されるべ きものであるとはいえ,資本 主義の枠 内ではさしあた り許容せ ざるをえない,あるいは許容 しうる,搾取 と考 えることがで き るであろう。そ して労働力の略奪の方 は,絶対 に許容 しえない搾取 と考 えることがで きる。つ ま り,搾取 には

,

「許容 しうる搾取」 と 「許容 しえない搾取」の

2

つの段 階がある。われわれが先 に提示 した労働力利用 に関する基本原則 は, この 「許容 しうる搾取」 と 「許容 しえない搾取」の 境界 を示す手段 の1つであるとい うことがで きる

さて,以上の考察か ら

,

資本論』における労働力 の搾取 は,生産手段 の所有者がその経済的 優越性 に基づいて生産手段 の非所有者の労働力 を開発利用す ることである, とい うことが明 らか となった。 しか し,労働力の搾取が この ようなものであるとすjtば,必要労働時間を超 える労働 力 の利用 とい う行為以外 に も,搾取 と呼 ばれて しかるべ き行為 があ るように思 われ る。す なわ ち,利潤率 を上げるために,労働者の健康 を犠牲 に して不変資本 を節約 し,労働力 を不快 で危険 な条件の下で利用す る, といった行為がそれである。次 に,この間題 を考 えてみ よう

3 .

『資本論

にお ける様 々な 「搾取

( Expl oi t a t ion) 」

労働力の搾取のためには,建物,機械,原料,補助材料等の生産諸手段が必要である。 これ ら は,労働力 の搾取 のために 「搾取手段 (Exploitationsmittel) 40」 として機 能す る しか し,搾取手 段 は不変資本であ り,それ 自体が価値 を新 しく形成す ることはないのであるか ら,利潤率 を増大 させ るためには,これ らの使用 をで きるだけ節約す るこ とが必要 となる。その際,作業場 の広 さ,機械の安全装置,換気装置 といった不変資本の使用が節約 されると,労働者 は不快かつ危険 な状態で労働せ ざるをえず, しば しば深刻 な健康被害 をこうむることになる。労働者 を犠牲 に し たこの ような不変資本充用上の節約 は,労働者の劣等的地位 に付 け込んだ労働力 の利用であ り, 先 に見た 「搾取 (Exploitation)」の原義か らすれば, これ も労働者の搾取 と呼ばれて よい ものであ

(10)

34 商 経 論 叢 42巻 第4 (2007.3)

る ように思 われ る。 マ ル クス は

,

『資本論』第

3

巻 第

5

章第

2

節 「労働 者 を犠 牲 に しての労働 諸 条件 の節約」 の中で次 の ように述べ てい る。

「イギ リスの炭 鉱 で は

,1 8 6 0

年 ごろには,毎 週平均 して

1 5

人 が殺 され た。 ・・・‑殺 教 の数 は ま だ非常 に大 き く,監督官 の数 は不 十分 でその権 限 は小 さい に もか か わ らず,監 督 制 度 の制 定 以 莱,災害 の数が非常 に減少 した とい う事情 こそ, まさに,資本主義 的搾 取 (knpitalistischen Exploi‑

tation)の 自然 的傾 向 を示 してい る。‑ この人 間の犠牲 は,大部分 ,炭鉱所有者 たちのいや しい 食欲 のせ いであ り,た とえば彼 らは, しば しば立坑 を1つ しか掘 らせ ないので,有効 な換気 が不 可能 なだけで な く, この1つ の立坑がふ さがれ る と脱 出 も不 可能 なのであ る。 41

ここには

,

「剰 余労働 を させ る こ と」 とい う前節 で見 た 「労働 力 の搾 取」 とは異 な る, もう1 つ の 「資本主義 的搾取」 が見 られ る。す なわち,利潤率増大 を 目的 に労働 者 の健康維持 に関わ る 不変 資本 の使用 を節約 し,そ う した作 業場 で労働力 を利用す るこ と, これであ る。マ ル クス に よ れ ば, これ も労働 者 の 「搾 取 (Exploitation)」 なので あ る。そ こで

,

『資本 論』第1巻 の剰 余価 値 論 で規 定 された 「剰余労働 をさせ ること」 を 「剰 余価値論 的搾取」 と呼ぶ とす れば,第3巻 の利 潤論 で取 り上 げ られ る 「節約 された労働諸条件 の下 で労働 させ るこ と」 につ いては, これ を 「利 潤論 的搾取」 と呼ぶ こ とがで きるであ ろ う。

利潤論 的搾取 は,それ 自体 は剰余価値率 を増大 させ る もので はないか ら,その搾取 の度合 い を 剰余価値率 で測 る こ とはで きない。恐 ら く, この点 に 「労働者 を犠牲 に した不変 資本充用上 の節 約」 が搾取論 に含 まれ る議論 とは見 なされて こなか った理 由の1つがあ る と思 われ る。 とい うの は

,

『資本論』 にお ける搾取論 の最大 の特徴 は,搾 取 の度合 い を剰 余価値 率 に よって定量 的 に処 理 で きる ところ にあ るか らで あ る

『資本 論』 は,搾 取 とい う事 象 の定 量 化 に成 功 した こ とに よって,倫理学 と経済学 が融合 した独特 な書物 になってい る とい える。 それ ゆ え,搾取度 を求 め る とい う 『資本論』 の精神か らす れば,利潤論 的搾取 につ いて も,その度合 い を把握す る何 らか の尺 度が あ って しか るべ きであ る。 われ われが別稿 で導入 した労働 者 の ケ イパ ビ リテ ィの リス

42は, こう した作業 に対 して1つ の手段 を提供 しうる ものであ る と思 われ る。

利潤論 的搾取 は,労働者の健康 に直接被害 を及 ぼ し,労働 者 のケ イパ ビリテ ィを 日に見 えて損 な うものであ る。す なわ ち,労働 時 間 に変化 が なか った り,あ るい はそ れが短 縮 され た場 合 で ち,一方 で労働現場 の換気,室温 ,騒音等 の調節や,危 険 な原材料 ,機械 ,廃 棄物等 の安全対 策 に投 じられ る資本が節約 された とす れば,当然 の こ となが ら労働者 の健康 は蝕 まれ,その中心 的 な機能的ケイパ ビリテ ィが損 なわれ る。 そ して,不変 資本充用上 の節約 に よって労働 者 のケ イパ ビリテ ィが損 なわれた とすれば,た とえ剰 余価値 率が不変 であ った として も,労働者搾取 の度合 いは利潤論 的搾取 の形態 において増大 した ことになる。 この ような搾取 は,労働者 のケイパ ビリ テ ィを損 な うものであ る以上 ,度合 いの高 い搾取 であ り,前節 で導入 した表現 を用 い るな らば, ま さに 「許容 され え ない搾取」 で あ る。 われ われ は別稿 で,労 働 力 の 「利 用」 と 「略奪」 の境 罪 ,す なわち 「許容 され うる搾取」 と 「許容 され えない搾取」 の境界 に対応す る と考 え られ る と

(11)

資本論』 における搾取,利用,Exploitation 35 ころの最長労働時臥 これを見出すための手段 として 「労働力利用の基本原則」 を使用 したが, ここではさらに利潤論的搾取の度合いを把握す るための手段 として も, この 「原則」 を使用で き ることがわかる。不変資本充用上の節約が労働者のケイパ ビリテ ィを損 なっているな らば, この ような労働者利用 は 「許容 されえない搾取」の水準 に達 しているのであ り,ケイパ ビリティの喪 失が大 きければ大 きいほ ど,利潤論的搾取の度合いは大 きい と考 え られるのである

さて,以上のような検討 を通 じてここで改めて確認すべ きことは

,

『資本論』の理論展 開が第 3巻の段 階 に入 る と

,

「搾取」の概念が新 たな文脈 の中で使用 されるようになる, とい うこ とで ある。すなわち,剰余価値率 との一体性の中に置かれていた 「搾取」 の概念が,そ こか らある程 度独立 し,利潤率 との関連の中で用い られるようになる, とい うことである。そ して,議論が さ らに展 開され最終的な段 階に達す ると,地代論の最後の章 において,われわれは次の ような記述 と出会 うことになる

「どち らの形態 において も,土地‑ 共同の永遠の所有 としての,交替す る人間諸世代 の連鎖 の譲 ることので きない生存および再生産の条件 としての土地‑ の 自覚的,合理的な取 り扱いの 代 わ りに,地力 の搾 取 (Exploitation)と浪 費 (Vergeudung)が現 わゴ1る (この搾 取 (Exploitation) が,社会的発展の到達水準 に依存 しないで,個 々の生産者たちの偶然的で不均等 な事情 に依存す るとい うことは別 として)。小所有 においては, この ことは,労働 の社会 的生産力 を使用す るた めの諸手段 と科学 とが欠けていることか ら起 こる。大所有 においては,借地農場経営者たち と所 有者 たち とので きるだ け急 速 な致富 のため に これ らの手段 が利用 (Exploitation)され る こ とに

よって43

この一節 に関 しては,われわれは次の2点に注 目したい。

第1点は

,

「搾取」 の対象 についてである。 ここでは

,

「搾取」の概念が 「地力」 とい う人間以 外 の存在 にまで拡張 されて用い られている

資本論』においては

,

「搾取」 とは労働力 だけでな

く地力 において も,その資本主義的な利用の仕方 を特徴付 ける概念 なのである

第2点 は,訳語 の選択 とこの一節 の理論 的意義 につ いてであ る。 ここに見 られ る地力 のEx‑

ploitationに対 しては,土地のExploitationを 「利用」 と訳す どの邦訳者 も,一致 して 「搾取」 と い う訳語 を当ててい る。 これ には

,

「地力」 は 「土地」 よ りも 「搾 り取 られ る」対象 と して イ メージしやすい とい う日本語上の事情 もあるか と思われるが, しか しここのExploitationが 「利 用」ではな く 「搾取」 と訳 された真 の理由は,次の ような文脈上の必要性 にあると考 え られる

す なわち, ここではExploitationがVergeudung(浪費)とい うネガテ ィブな言葉 と並置 されてお り

,

「浪費」 と釣 り合 いを持たせ るため にはExploitationを 「利用」 と訳す ので は弱す ぎる とい うこと,そ して さらに, この文章が次の ような一節 に,す なわち 「搾取」 とい う用語 を強 く想起 させ る一節 に続いてい く, ということである

「大工業 と工業的に経営 される大農業 とが共 同 して作用す る。大工業 と大農業 とが もともと区 別 されるのが,大工業 はむ しろ労働力,それゆえ人間の 自然力 を荒廃 させ破滅 させ るが,大農業

(12)

36 商 経 論 叢 42巻第4 (2007.3)

はむ しろ直接 に土地の 自然力 を荒廃 させ破滅 させ ることであるとすれば,その後の進展 において は両者 は握手す る。 とい うのは,農村 で も工業制度は労働者 たちを衰弱 させ,工業 と商業のほう は農業 に土地 を枯渇 させ る諸手段 を与 えるか らである。 44」

ここでは

,

労働力の搾取」 と 「地力 の搾取」が

,

人間の 自然力 を荒廃せ しめること」 と 「土 地の 自然力 を荒廃せ しめること」 と言い換 え られ, しか も両者が密接 に関係 しつつ進展す ると述 べ られている。 ここか ら

,

『資本論』 において展 開 されている利用 と搾取の倫理学 は,単 に労働 力だけを対象 とす るのではな く

,

「土地の 自然力」 をも対象 とし,それ を労働力搾取 との関連 で 論 じようとす るものであったことがわかる。

この ような,人間自然力の搾取 と土地 自然力の搾取 とを関連付 ける 『資本論』の搾取論 は, 自 然の荒廃 と破滅が地球規模で進む現代 のわれわれの立場か ら見 ると,マルクス 自身の意図を超 え て, よ り拡大 された問題領域の中で機能す る力 を持つ ものであるように思われる。事実マルクス のこの思想 は,近年では新 たな概念 を組み込 まれて,地球環境 問題の領域 に も適用 されるように なっている。例 えば,これまでわれわれが用 いて きた用語 を用 いるな らば

,

人間の 自然力」 と

「土地の 自然力」 は

,

人間のケイパ ビリテ ィ」 と 「土地 (自然)のケイパ ビリテ ィ」 とい うふ う に言い換 えることがで きるが

,

「自然 のケイパ ビリテ ィ (潜在能力

)

」 については,すで に吉 田文 和氏が次の ように述べている。

「私 は,かつて環境問題 を考察す るさいの視角 として

,

『自然生産力』破壊 としての生産力破壊 を提起 したことがあった。す なわち

,

『自然生産力』 とその条件 の破壊,それを通 じての労働能 力 としての生産力の破壊,労働主体 の生産物 ・獲得物 としての生産力の破壊 を検討 した。すでに 古典 は,資本主義の もとにおける人間 自然力破壊 と土地 自然破壊 の同時進行,な らびに相互 関 係, とくに人間自然力破壊の基礎 としての土地 自然破壊 とい う問題 を提起 していた。‑・‑セ ンの

『潜在能力 アプローチ』 との関連でいえば,環境破壊 に よって人間の 『潜在能力』がいか に被害 を受け,その発達が阻害 され,逆 に 『潜在能力』 を守 りそれを発達 させ るためには,何が必要か が示 されなければな らないのである。 また 自然生産力破壊 について も,種 の絶滅 によって,いわ ば 自然の 『潜在能力』が破壊 されるとい う視点 も考 え られる。生物多様性の保護の基礎 にかかわ る問題である。 45

見 られ るように

,

人 間のケ イパ ビリテ ィ」 と 「自然 のケ イパ ビ リテ ィ」の破壊 とい う問題 は,す ぐれて現代的な問題であ り

,

資本論』の搾取の倫理学 は,こう した領域 において必要 な 理論的枠組みを提供 して くれるものである。われわれは別稿で,マルクスの労働力理論 を基礎理 論 の 1つ として労働力利用の倫理 を論 じたが,ここで見 た 『資本論』の搾取論 に依拠す るな ら ば,われわれは次の段 階 として,われわれの議論 を自然利用の倫理へ と拡張す ることがで きるで あろう。そ して,その ような議論 を通 じて,マルクスの時代 とは異 なった現代資本主義の特徴 を よ り明確 に示す ことがで きるであろう。 しか し,そ うした議論 は別稿 に譲 ることにして,その前 に, ここではまず先 に掲 げていた問題 を考察 しておか なければな らない。それは

,

『資本論』 に

(13)

資本論』における搾取,利用,Exploitation 37 おけるExploitationとい う用語が,一個 同一の訳語 を必要 とす るような,学術 的専 門用語 である のか否か とい う問題であった。節 を改めてこの問題 を検討 してお こう0

4 .

『資本論』の 「搾取

Expl oi t a t ion」

は専門用語であるか

これ まで見 て きた ように

,

『資本論』の邦訳では,Exploitationお よびexploitierenとい う ドイ ツ語 に対す る訳語が統一 されない ままとなっている。ほ とん どの場合,Exploitationは 「搾取」

と訳 されているが,文脈 に応 じて 「利用」 と訳 され るこ とがあ る。 また,exploitierenが 「利用 し尽 くす」 と訳 されている箇所 もあ る46。 さ らに,邦訳 の 「搾取」 はExploitationだけに当て ら れてい るのではな く,AuspressungやAbpressungも 「搾取」 と訳 されている。 この ような訳語 の不統一 は

,

資本論』 におけるExploitation概念の重要性 か らす れば,決 して望 ま しい こ とと はいえない。 とはいえ,Exploitationが学術 的専 門用語 でないな らば,文脈 に応 じた訳 し分 け も ある程度許容 されなければならない。い うまで もな く日本語 は, ドイツ語や フランス語や英語 な どの欧語 とはまった く系統 を異 にす る言語であるか らである。それでは

,

資本論』のExploita

t

ionは,一個 同一の訳語 を要求す る学術 的専 門用語ではないのであろうか。

まず,剰余価値 の可変資本に対す る比であるところの剰余価値率が,学術 的専 門用語であるこ とには疑問の余地が ない。 『資本論』第

1

巻では,第

4

章で剰余価値が定義 され,第

6

章で可変 資本が定義 される。そ して,第7章で剰余価値率が定義 された直後 に,必要労働 と剰余労働 の概 念が導入 され,剰余価値率が剰余労働の必要労働 に対す る比 に等 しい とい う結論が述べ られる。

われわjlの主題であるExploitationが登場す るのはここにおいてであって,す なわち 「剰余価値 率 は,資本 による労働力 の,または資本家 による労働者 の,搾取度 (Exploitationsgrad)の正確 な 表現である」 とい う文の中に現れる。 ここで剰余労働の比率的大 きさが労働力の搾取度 と規定 さ れたことか ら,搾取 とは, ここでは剰余労働 をさせ ることであると解 されることになる。それゆ え, ここまでの ところでは,搾取 は剰余価値,可変資本,必要労働,剰余労働 といった学術 的専 門用語 によって規定 されてお り, したがってそれ 自身 も学術 的専 門用語であるように見 える。

ところが,すでに見た ように

,

『資本論』第3巻では

,

「地力の搾取」 という概念が現れる。 し か もこの概念 は,労働力の搾取 との関連 において取 り扱 われていることか ら,誤植や言葉遊 びの 類であるとは考 え られない。 しか し

,

資本論』 において剰余労働 は労働力 に固有 の属性 であっ て,地力 に剰余労働 をさせ ることはで きない。それゆえ, ここでは,搾取 は 「剰余労働 をさせ る こと」 とい う意味では使 われていない, といわなければな らない。 この事実 は,搾取 とい う用語 それ 自体 は,学術 的専 門用語 としては定義 されていない, とい うことを意味 しているように思わ れる

実際

,

『資本論』の本文で定毒づ け られてい るの は,労働力 の 「搾取 度 (Exploitationsgrad)」 で ある

「搾取 (Exploitation)」 については,可変資本や剰余労働 な どとは異 な り

,

「私 は・・・・・・を搾取 と呼ぶ」 といった仕方では定義 されてお らず,第 2版への注 で剰余労働時間の長 さを 「搾取の大

(14)

38 商 経 論 叢 42巻第4 (2007.3)

きさ (GrdLSederExploitation)」 と言 い換 えて い るだけで あ る。つ ま り,マ ル クス に とって問題 だったのは,搾取概念の意味内容 を学術的に定義す ることではな く,労働力の搾取 とい う事象の 度合 いを計量す ることであったのである。そ して,剰余価値率 によって労働力の搾取度 を表現で きるとい うことを見 出 したのである。それゆえ,搾取 とい う用語それ 自体 については,マルクス もこれを 「優越的地位 に基づいて何か を開発利用す ること」 といった一般的な意味で用 いている と考 えられる。学術的専 門用語 として定義 されているのは,労働力の搾取 とい う領域 において, その度合いを定量的に表現するところの労働力の 「搾取度 (Exploitationsgra

d

)」の方である.

い うまで もな く

,

「搾取」 と 「搾取度」 とは

,2

つの異 なる概念 であ る。搾取 度 は搾取 に付随 す る概念であ り,搾取 という事象が消滅すれば搾取度 を計量す ることもで きな くなる。 しか し, 搾取度 を計量す るための手段が消滅 したか らといって,搾取 とい う事象 まで もが消滅す るわけで はない。マルクスの搾取度の計量方式 は,生産物価値全体か ら不変資本価値 を差 し引 くことで価 値生産物 を導 き,それを剰余価値 と可変資本 に分け, これ らか ら剰余価値率 を計算 し, これを剰 余労働の必要労働 に対す る比へ と変換す る, とい うものである。その際,剰余価値率 は常 に労働 力搾取度‑ と変換 され うるとは限 らず,そ うでないケース も出て くる。例 えば

,

資本論』第1

巻第

1 5

章 には次の ような文章がある。

「労働 日の延長 と不可分な労働力 の消耗 の増大 は,一定の点 までは,代償 の増大 に よってつ ぐ なわれ うる。 この点 を超 えると,労働力の消耗 は幾何級数的に増大 し,同時に労働力のすべての 正常な再生産の諸条件 と活動諸条件が破壊 される。労働力の価格 とその搾取度 とは,相互 に同 じ 単位で計量 される大 きさではな くなる。 47

剰余価値率が労働力搾取度す なわち剰余労働の必要労働 に対す る比へ と変換 され うるため に は,可変資本す なわち労働力の価格が必要労働 に対応 している必要がある。 ところが,労働 日が 過度に延長 され労働力の消耗が限度 を超 えると,労働力の価格が どれほ ど増大 して も,労働力の 再生産が不可能 になる。労働力 の再生産が不可能になれば,必要労働 時 間 とい う概念 は成立せ ず, したが って必要労働 という概念 も成立 しない。必要労働 とい う概念が成立 しなければ,剰余 労働 の必要労働 に対す る比 も成立 しない。つ ま り,剰余価値率 によって労働力の搾取度 を表現す ることがで きな くなるのである。

この場合,労働力の 「搾取度」 を計量で きな くなったことによって,労働力の 「搾取」の方 も 消滅 して しまった, とい うことになるのであろうか。当然のことなが ら,その ようなことはない といわなければな らない。 この場合,む しろ逆 に搾取 の度合 いは高 まってい るのであ る。 しか し,剰余価値率ではそれを表現す ることがで きないのである

この ように,剰余価値率 は労働力搾取度 を計量す るための1つの手段 であるにす ぎず,搾取度 の計量のためにこの手段が使 えな くなるとい う事態 も考 え られる。それゆえ,剰余価値率 と 「搾 取度」 と 「搾取」 との関係 は絶対 的なものではないのであって,資本主義的な労働力利用が行わ れているか ぎり,剰余価値率の存否 にかかわ らず

,

「搾取」 とい う事象 は存在す る といわなけれ

(15)

資本論』 における搾取,利用,Exploitation 39 ばな らない。 しか し,われわれは しば しば次の ような議論 を目にす る。す なわち,労働価値説 も 剰余価値率 も成立 しないのだか ら搾取 はない, とい うのがそれである。そ して, この ような議論 の文脈では,人は しば しば搾取の概念 を再定義 しようと試み るようである48。 しか し, もともと

『資本論』で も搾取概念の定義はなされていないのであるか ら,その ような試み は特 に必要 ない ように思われる。問題 は,労働力の搾取 とい う事象 をどの ように計量す るか とい うことであ り, 剰余価値率の信頼性が失われた場合 には,それに代 わって労働力 の搾取度 を表現 しうる新 たな指 標 を作ればよいだけのことであろう。つ ま り, この場合必要 とされるのは 「搾取」 の再定義では

な く,労働力の 「搾取度」の再定義である。

労働力搾取の大 きさを剰余労働 の大 きさで示す とい うマルクスの方式 は極 めて明快 なものであ るため,われわれは しば しば搾取 イコール剰余労働 とい う表象 を持 って しまう。 しか し,剰余労 働 とい う概念 は,搾取の度合いを計量す るために導入 された概念であって,剰余労働があるか ら 搾取 もある, とい うのではない。資本家が 自らの優越的地位 に基づ いて労働者 を利用す るとい う こと,言い換 えれば,労働者が劣等的地位 に付 け込 まれて資本家 に利用 されるとい うこと, この 事実 は,その度合 いを剰余労働概念 によって把握で きな くなったか らといってな くなるわけでは ない。搾取 とい う用語 自体 は

,

資本論』 において も

,

「優越的地位 に基づいて何かを開発利用す ること」 といった意味で用い られてお り,剰余労働 だけが搾取 を意味す るのではないのである

さて,その ように考 えれば

,

地力 の搾取」や 「土地の搾取」 とい う文言 は,理論的混乱 に基 づ く概念で もなければ,奇妙 な表現で もないことがわかる。マルクスは搾取 とい う用語 を一般的 な意味で用 いているか らである

「地力」や 「土地」 は,人間に対 して劣等 な地位 にある。それ らは,単 なる手段 として,人間あるいは資本 によって一方的に開発利用 される客体であ り, まさ に搾取の対象 なのである。その際,地力 は搾取 を通 じて低下 した り荒廃 した りす ることがあるか ら,その搾取 には 「許容 されえない搾取」の段階があると考 え られる。マル クスが先の引用文で

「浪費」 と並べ て言及 している 「搾取」 は, この ような 「許容 されえない搾取」 の ことであるよ うに思われる。そ して,邦訳者 もこの ような文脈 でExploitationが用 い られている ときには, こ れを 「搾取」 と訳 している。一方,土地の荒廃 を取 り立てて想定 しているわけではない と解 され うる文脈では,邦訳者 は土地のExploitationを 「利用」 と訳 してい る。土地が単 なる手段 として 一方的に利用 されるのは当然であ り,そこに倫理的含意 を見 出せ ないか らであろ う。 とはいえ, 農業 的土地利用 は,それが 「許容 され えない搾取」であ ろ うが,そ うで なか ろ うが,Exploita‑ t

ionとしての利用であることには変わ りな く,そこには対等 な者同士が相互 に利用 しあ うところ の相利共生 関係 は成立 しない。 この ような農業の搾取的性格 は, とりわけ牛,豚,鶏などの農業 用動物の利用 に顕著 に現れる。現代 の機械化 された大畜産農場 は,農場 とい うよ りはむ しろ工場 とい うべ き存在であって,そこには資本主義的搾取の1つの極 限的な姿が見 られる。われわれは この間題 を, 自然利用の倫理 を取 り扱 う別稿 で取 り上げる。

(16)

40 商 経 論 叢 42巻第4 (2007.3)

1 拙 稿 「労 働 力 利 用 の倫 理 と卓 越 主 義」福 島 大 学 経 済 学 会 『商 学 論 集』第75巻 第2号,20073 月,2卜38ページ。

2 講 談社 カ ラー版 日本語大 辞典 第二版』梅 梓 忠 夫 ・金 田一春 彦 ・阪倉 篤 義 ・日野 原 重 明監 修,講 談 社,1995年,846ページ。

3 『日本国語大辞典 第八巻』小学館,1974年,674ペー ジ。

4 類語大辞典』柴 田武 ・山田進編,講談社,2002年,723ページ。

5 マルクス 『資本論』第1巻,資本論翻訳委員会訳,上製版,新 日本 出版社,1997年,369ペー ジ。

6 KarlMarx,DasKapital,KritikderpolitischenOkonomie,EysterBand,BuckI:DerProduktionsProzeBdes Kapitals,Marx‑EngelsWerke,Bd.23,DietzVerlagBerlin1962,S.231.

7 マルクス 『資本論』第3巻,資本論翻訳委員会訳,上製版,新 日本 出版社,1997年,74ペー ジ。

8 同上。

9 KarlMarx,DosKapital,Kritikder♪olitischendkonomie,DrifterBand,Buckm:DerGesamtprozeB der kapitalistischenProduktion,HerausgegebenYonFriedrichEngels,Marx‑EngelsWerke,Bd.25,DietzVer‑ 1agBerlh 1964,S.54.

10 Ebd.,S.55.

11 マルクス 『賃銀 ・価格お よび利潤』長谷部文雄訳,岩波文庫,1981年,87‑88ページ。KarlMa,Frie‑ drichEngels:Werke,Artikel,Entwiide,September1864bisSeptember1867,KarlMarx,FriedrichEngels:

Gesamtausgabe (MEGA),Ab上1,Bd.20,DietzVerlagBerlin1992,S.175. 12 仏和大辞典』伊吹武彦外編,白水社,1981年,1021ページ,参照。

1

3

『日本国語大辞典 第二版 第五巻j小学館,2001年,1433ペー ジ0 14 MaⅨ‑EngelsWerke,Bd.23,S.232.

15 マルクス 『資本論』第1巻,前掲,370ペー ジ。

16 Marx‑EngelsWerke,Bd.25,S.759.

17 マルクス 『資本論』第3巻,前掲,1315ページ。

18 世界 の大 思想20 マ ル クス資本論3(第≡部上)』長 谷 部 文雄 訳,河 出書 房新 社,1964年,363‑377 ベーン。

19 同上,370ページ。

20 IhrlMan,Kapital,BirinciCilt,CevirenNaattinBilig,Altlln Baskl,SolYaylnlarl,Ankara2000,S.217.

21 KarlMarx,Kapital,UgiinciiCilt,CevirenjuaattinBilgi,D6rd山ICuBaskl,SolYaylnlan,An kara2003,S. 660.なお,本稿 で用 いた トル コ語訳 F資本論』 は,Werke版が参照 されてはいる ものの基本的 に英訳 か

らの重訳である。 もちろん英訳では,1)2)ともexploitationと訳 されている。

22 TemelTurkgeSb'zhik,KemalDemiray,Yenideng6zdengeGlrilmi!4.baskl,Inkllap,Istanbul,1988,S.804.

23 弓克思恩格斯全集第四十四巻』中共 中央 雪克思恩格斯列宇斯大林著作棒局棒,第2版,人民 出版 社,北京,2001年,第252

,

雪克思恩格斯全集第四十六巻』 中共 中央‑q克思恩格斯列〒斯大林著作編 棒局揮,第2版,人民 出版社,北京,2003年,第849頁。

24 『日本国語大辞典 第二版 第五巻』小学館,2001年,1433ペー ジ。

25 カウツキー 『マルクス資本論解説j高畠素之訳,責文社 出版部,1919年,148ペー ジ0

26 KarlKautsky,KarlMayx'OkonomischeLehren,Gemeinve73tandlich dargestelltund erldute71yonKarl Kauisky,NeunteAuflage,Stuttgart1904,S.86,undZweiundzwanzigsteAuflage,Stuttgart1922,S.80.高畠 訳 が底 本 と した1910年 版 (13版) は入 手 で きなか ったが,1904年 版 と1922年 版 の両 方 でAusbeu‑

tungが用 い られていることか ら,1910年版 において もAusbeutungが用 い られていた こ とは間違 い ない と思われ る。

27 TYahrigSynonymwb‑rterbuch,WissenMediaVerlagGmbH,Gtitersloh/Mdnchen2002,S.86. 28 マ ルクス 『資本論』第 1巻,前掲,285ページ。Marx‑EngelsWerke,Bd.23.181.

(17)

資本論』における搾取,利用,Exploitation 41 29 同上,370ページ。MarxIEngelsWerke,Bd.23,S.232.

30 同上,370‑371ページ。Ebd.

31宮川賓 F搾取の理論1社会科学書房,1984,16ページ. また, よ り洗練 された 「搾取」の定義 とし ては次のようなものがある。「K.Marxの意味での搾取関係 とは,生産手段 の所有者 (非労働者) とその 非所有者 (労働者) とのあいだで行われる相互行為であ り,前者が後者か ら剰余生産物 を取得す る関係で ある。」守健二 「合理性,協業,搾取 (

Ⅰ) 」

経済論集』 (大分大学)第51巻第3・4合併号,1999,1 ページ。 ここで も 「搾取」がある種 の 「取得」 として理解 されている。

32マルクス 『資本論j第3巻,前掲,1402ページ.Marx‑EngelsWerke,Bd.25,S.808.

33 カン ト 『人倫の形而上学の基礎づけ』野田又夫訳

,

『カン トj世界の名著39,中央公論社,1979,274 ページ。Immanuelfhnt,GrundlegungzurMetaphysikderSitten,ImmanuelKantWerkausgabeBandⅦ, HerausgegebenvonWilhelm Weischedel,SuhrkampTaschenbuchWissenschaft56,InselVerlagWies‑ baden1956,S.61.

34 前掲 「労働力利用の倫理 と卓越主義」29ページ。

35マルクス 『賃銀 ・価格お よび利潤』前掲,113ページ。MEGA,AbL1,Bd.20,S.186. 36マルクス 『資本論』第1巻,前掲,21ページ。MaⅨ‑EngelsWerke,Bd.23,S.22. 37 同上,12ページoMarx‑EngelsWerke,Bd.23,S.16.

38 同上。Ebd.

39 同上,398‑399ページ。Marx‑EngelsWerke,Bd.23.S.248f

40 マルクス 『資本論j3巻,前掲,142ページ。Ma∝‑EngelsWerke,Bd.25,S.93. 41同上,150‑151ページ。Mar㌃EngelsWerke,Bd.25,S.98上

42前掲 「労働力利用の倫理 と卓越主義」28,35ページ。

43マルクス 『資本論』第3巻,前掲,1424‑1425ページ。Marx‑EngelsWerke,Bd.25,S.820f. 44 同上,1426‑1427ページ。EbdリS.821.

45北原勇 ・鶴田満彦 ・本 間要一郎編 F資本論体系 ・第10巻 ・現代資本主義j有斐 閣,2001,334ペ ー ジ 。

46マルクス ‑エ ンゲルス全集,第25巻』大月書店,1968,1041ページ。

47マルクス 『資本論』第1巻,前掲,897ページ.Man‑EngelsWerke,Bd.23,S.549.

48 松尾匡 「規範理論 としての労働搾取論‑ 吉原直毅氏による 『マルクスの基本定理』批判再論」経済理 論学会編 『季刊経済理論j第43巻第4号,桜井書店,20071,55‑67ページ,参照。

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