経営志林鮒40巻3号2003年10月19
石油危機後の工場自動化と企業間関係
-NC工作機械の導入を中心に-
容度
1980年代に入っても,NC工作機械の内需の6割 以上が中小企業向けであった3.
-言で,NC工作機械といっても,NC旋盤,
NCフライス盤,NC中繰り盤,NCポール盤, NC研削盤,NC専用機,マシニングセンター
(以下,MCと略する)等,かなり多様な機種が ある。その中で,多く生産され,なおかつ,多く 導入されたのは,NC旋盤とMCであった。特に,
NC旋盤の比重が商かつたことは,日本において 中小企業が積極的にNC工作機械を導入したこと と深く関わっているように思われる。というのも,
旋盤は他の工作機械機種に比べ,段取り時間の縮 小とそれに伴うジグ及び取付其の節約に対する要 求が強く,こうした要求は多様な小口取引先から 注文を受ける中小企業からよ})強かったからで ある。
しかし,導入の誘因が強く,かつ,導入が進ん だということと,それが順調に行われたというこ ととはイコールでない点に注意しておかなければ ならない。日本において多くの中小企業が比較的 に早い段階でNC工作機械を導入したという結果 にのみ注目して,’1.小企業のNC工作機械の導入 が「当たり前」の現象のように認識することは,
現実を見誤ることになろうも一般的に,大企業 に比べ,資金,人的資源,情報,新しい設備の導 入や利用の経験等で優れているとは思われない中 小企業が,NC工作機械の導入の時だけ,例外的 に,有利な条件に恵まれたとも思われない。従っ て,’1〃I、のユーザーがNC工作機械の導入に際し て直面した難点が何であり,それをどのようにク リアしてきたかという問いが必要である。これが 本稿の主たる問題関心である。これは,ME化は 中小企業に適合的な技術であるといわれてきたに もかかわらず,実は「適合的」であるという内容 が必ずしも明らかにされていないという問題提 金
1.はじめに
1970年代後半から80年代にかけて,日本の中小 企業がNC工作機械を導入したプロセスを分析す ることが本稿の課題である。第1次石油危機は生 産要素の相対Iilli格の変化をもたらし,日本におけ るME(=マイクロエレクトロニクス)技術の発 展とその利用の拡大の重要な契機になった。とり わけ。日本におけるME化の重要なポイントは ME技術の利)|]され方にあったといわれる。大別 して,利用され方は二つであった。一つは,蛾終 消費財への装着であり,もう一つは生産手段への 装着であった。そのうち,日本企業により直接的 な,かつ,より大きなインパクトを与えたのは,
後者,つまり,工場の自動化(FA化),及び事 務自動化(OA化)である。そして,日本におい てより顕著に現れたのが工場自動化であり,工場 自動化の中で競も早く進んだのがNC(=数値制 御)工作機械の導入であった'・
日本のNC工作機械についての先行研究は,な ぜ,日本の工作機械産業が成長できたかという供 給サイドの問題を分析課題として設定する傾|iii]が 強かった。それゆえ,NC工作機械をユーザー企 業がどのように導入し,利用したかについては,
必ずしも十分な研究がなされてきたといいがたい。
本稿がNC]:作機械の導入に注目する理由はここ にある。
NC工作機械の導入における日本の特徴として よくいわれるのは,大企業のみならず,中小企業 もその導入に穣極的であったという点である。例 えば,1970年に,NC工作機械の国内出荷に占め る対中小ユーザーの割合は28%であったが,1973 年に大企業向けのそれを凌溺し,1978年には,
中小企業における設備投資意欲の増大とあいまっ て,中小企業向けが65%を占めるようになった2.
20イ11111危機後の工場自動化と企業I1UINl係
タビユー(2002年12月24日),中部経済産業局へ のインタビュー(2002年121124日),(株)OSG へのインタビュー(2003年11]271]),(株)岡本・
ナベヤ社へのインタビュー(2003年2月14日)7.
ヤマザキと豊和工業は工作機械メーカーであり,
豊和工業は工作機械のユーザーでもある。(株)
岡本・ナベヤ社は,鋳物屋として工作機械のユー ザーであり,治具メーカーでもある。OSGは工 具メーカーであり,工作機械も製造している。
本稿では,インタビュイーのお名前は匿名にす るが,ご多忙の中,インタビューやそのアレンジ にご協力を惜しまなかった方々に記して感謝の意 を表したい。なお,本文の叙述の中で,インタビュー 記録に基づく部分は,インタビューの日程や企業 名等を一々言及しないことを予め断っておく。
起`にも連なる。
ところで,]二場の自動化と関連して,一気に先 端的なCIM(ComputerIntegratedManulactur‐
ing)を導入するアメリカなどと異な}〕,日本で は,ME機器の導入、利用,そしてシステム化が,
部分的,漸進的に行われたといわれる。通常,こ うした漸進的な導入は,企業内の製造現場におけ る柔軟な分業とセットになって議論されることが 多い。しかし,問題点の克服が,ユーザー企業の 独自努力によって可能な場合もあれば,取引先と の`情報交換などの企業間関係によって可能な場合 もある。本稿の分析対象のNC工作機械の導入 に携わった企業は,工作機械のメーカーとユーザー,
工具メーカー,材料メーカー,部品メーカー,
NC装置メーカー,機械や部品の流通業者等多岐 であり6,しかも,外部購入から内製に切り替え たケースも珍しくない。そこで,NC工作機械の 導入をめぐって,こうした多重の,かつ,双方向 の企業間関係が具体的にどのように現れ,また,
導入の難点の克服にはどのような役割を果たした かが本稿のもう一つの問いになる。
他方,NC工作機械の導入を見る際,もう一つ の側面を見逃してはいけない。ユーザー側の独自 の努力,及び企業間関係にもかかわらず,依然残っ た課題や限界,新たな問題点が何かということで ある。この点について,先行研究は意外と|]を向 いていない。そこで,本稿の4で,NC]:作機械 の導入の限界についても検討を付けhⅡえる。
次いでに,資料についてであるが,入手された 公表資料が2次,3次資料であるという制約を補 うために,インタビューを行い,その記録を資料 として利11)する。具体的に,主に,NC工作機械 の供給と導入が鎧も活発であった愛知県(これに ついては後述する)とその近隣地域の工作機械メー カー,NC工作機械のユーザー,工具メーカーの 経営者及び技術者,同地域の政策担当者等へのイ ンタビューの記録,そして,電子メールによる追 加の質|H1と|回|答の記録等を主たる資料として利用 する。
ちなみに,本稿で使われるインタビューの記録 は次のとおりである。豊和工業へのインタビュー
(2002年8月211],及び2003年lH23H),ヤマ ザキマザック(以下ヤマザキと略する)ヘのイン
2.NC工作機械の導入時の難点
新しい機械を導入するにあたって,苦労はつき ものであり,NC工作機械の導入も例外ではなかっ た。しかも,経営資源の面で大企業より恵まれな かった中小企業にとって,苦労はさらに多かった。
(1)ソフトの面:プログラミングと人材 80年代前半の政府及び政府系金融機関の調査に よると,NC工作機械を導入した中小企業が問題 点として多く指摘しているのが,プログラムの作 成であった。機械のソフトの面と関係する難点が 重要であったのである。例えば,1980年12月に公 表された中小企業庁の調査(中小企業庁「中小製 造業技術開発実態調査」(複数[|答))によると,
NC工作機械導入のとき,「プログラミング能力 の不足などから十分に使いこなせない」という答 えが36%で2番目の項目にあがっている胤・また,
1983年の大阪企業への調査で,「プログラム作成 が厄介」と答えた企業が31.5%で最も多かった9.
翌年の愛知県の企業を対象とした調査でも,NC 工作機械導入の問題点として,「利用技術が低い」
(例えば,プログラム作成等十分処理しきれない)
という項目をあげた企業が鍛多であったIC・
プログラミング能力の不足は,その作業を担う 人材の不足とコインの両面をなしていた。まず,
NC化は,在来機器によって蓄fiMした技術・技能
経営志林第40巻3号2003年10月21
小企業庁のアンケート調査においても,回答企業 の20.3%が「メンテナンス能力が不足している」
と答えた。
そして,豊和工業の技術者の証言によると,
NC化の初期には,刃物の交換に手間が多くかかっ たというゴ例えば,当時はロー付けバイト(刃物 の一種)や刃物を固定する刃具ホルダーの,精度 調整が低かったので,寸法の調整にかなり時間が かかったとされる。前述の大阪企業への調査にお いても,回答企業の4分の1が段取り替えに手間 がかかったことを問題点として指摘している。
なお,同じ調査によると,「機械装置自体の精 度に問題がある」という答えも少なくなかった し'1,導入したNC工作機械が,自社の加工内容 に十分マッチしていないというユーザーの不満も 多かった。NC工作機械を使いこなす能力だけで なく,機械自体の問題点もあったのである。
とは異質の技術やノウハウの習得を要求したので,
汎用機で腕を磨いてきた多くの作業者の技術と,
NC機が要求する技術との隔たりが大きくなった。
その結果”在来型の熟練工の必要度は減少し,在 来技術の熟練工がついていくことは厳しかった。
こうした在来型の熟練工は当時40歳以上の層に集 中しそれゆえ,1980年代前半において,40歳以 上の従業者の中にはソフトウェアのプログラムの 作成に適応できなかった人が多かったⅡ。適応で きなかった熟練工達が相次いで退社する現象もお こった。そのため,汎用旋盤を操作する作業者が いなくなり,NC工作機械で作業すると,コスト 面でかえって割高になる仕事までNC機にかける
ケースもあったといわれる12。
(2)ハードの面:機械そのものに関わる難点 機械のハードの面と関連する難点も少なくなかっ た。例えば,上記の大阪企業への調査で,「導入 されたNC工作機械が故障したとき,その修理が 社内でできない」と答えた企業が28.9%にも達 している、。この調査は,大企業をも含めたもの であるから,中小企業に限ってみると,おそらく,
より高い割合の企業が故障の修理能力においてMH 題をかかえていたと思われる。上記の1980年の中 表1金属工作機械.N〔
(3)資金負担
中小企業にとって,NC工作機械の購入の資金 負担は重かった。まず,機械の購入単価が,それ までの工作機械に比べ,はるかに高かった。表1 によって,この点を確認しておこう。
NC工作機械の1台当りの単価推移
iii位:万''1,倍
注:倍率欄の上段は,金属工作機械全体に対する各]旦作機械機種の倍率。1ぐ段は,各工作機械機枕に対するNC工作 機械の倍率。
1970年
単価 倍率
1974年 Ili価 倍率
1976年 単価 倍率
1978年 価 倍率 全lji;工作機械
(NC工作機械)
121.7 1,6761
1.00 13.77
212.3 L923.4
1.00 9.06
192.1 1,548.8
100 806
267.6 1,466.1
1.00 5.48 旋盤
(NC旋盤)
141.8 1,509.8
1.17 1241
223.0 1,679.5
1.05 7.91
261.4 1,271.3
1.36 6.62
295.3 1,160.4
L10 4.34 ポール盤
(KCポール盤)
18.1 680.5
015 5.59
、9 1,129.4
0.13 5.32
18.4 1,446.9
010 7.53
24.4 1,002.2
0.09 3.75 ''1ぐI)盤
(NC中ぐ})盤)
745.2 2,712.8
6.12 22.29
781.8 4,613.2
3.68 2173
705.5 5,042.9
3.67 26.25
1,276.8 8.063.3
4.77 30.13 フライス慾
(NCフライス盤)
220.4 L423.4
1.81 1L70
29`1.9 1,460.5
1.39 6.88
326.6 1,357.5
1.70 7.07
l,⑪
1,530.4
1.60 5.
研削盤 (NC研iIiI盤)
272.5 3,076.9
2.24 25
389.5 2,782.9
183 13.11
397.7 3.426.1
2.07 17.83
478.5 2,528.6
179 9.45 ムリ用機
(NCLv1i1機)
698.0 4,931.8
5.74 40.52
1,380.0 5,496.8
6.50 25.89
985.2 6.618.2
5.13 34.45
1,556.0 5,463.6
5.81
、42
22石油危機後の工場自動化と企業間関係
この表によれば,1970年において,工作機械全体 の単価に対するNC工作機械の単価の倍率は,13 倍を超えており,特に,研削盤と専用機でその倍 率が大きかった。もちろん,時間が経つにつれて,
上記の倍率は低下した。しかし,より高度の性能,
かつ,より新しい機能が追加されることによって,
NC工作機械の単価水準はさほど下がらず,NC 中ぐり盤のように単価が上昇する機種もあった。
実際,前述した1980年の中小企業庁の調査でも,
NC工作機械導入のとき,中小企業の直面する問 題点は,「価格が高いため資金負担が大きい」と いう回答が最も多かった(36.5%)。
実は,NC工作機械の購入の負担は機械の商い 価格だけに限らない。第1に,NC化に伴って,
工作機械の購入の頻度が上がった。つまi),工作 機械のモデルチェンジや性能向上が著しくなった ため,NC工作機械のユーザーは,競争力の維持 のために,機械の買換えをより速く行わなければ ならなくなった。
第2に,同機械は,複数台導入することによっ てそのメリットがより大きくなる傾向があった。
例えば,NC放電加工機は,加工速度が遅いので,
1台では需要に追いつかない可能,性が高かった。
また,1台のNC工作機械がトラブルを起こして いても,複数台があれば,加工を中断せずに,修 理.修正を行うことができた。それに,工作機械 を2台使えば,二つの段取りを同時にしておける ので,これもまた,illl工の中断を防ぐというメリッ トを発揮できた15゜これらの事実関係から,NC 工作機械を導入する以上,中小企業も2台以上を 導入せざるを得なかったことが推測できる。大阪 企業への調査で,小企業の場合,NC工作機械等 メカトロ機器の導入の問題点として,工場が狭い 点を指摘する割合が高かったが胴,こうしたスペー スのⅡⅡ題は,複数台のNC工作機械を導入せざる
を得なかったこととも深く関わっている。
第3に,中小企業のほとんどが,NC工作機械 の購入資金の相当の部分を借入に依存していた。
例えば,東京商工会議所の資料'7によると,従業 員規模O~19人と同20~49人の企業で,NCl:作 機械を自己資金のみで購入した企業の割合は,そ れぞれ0%と35%にすぎない。しかも,一部自己 負担を投下している企業の割合も,O~19人で
23.1%,20~49人で10%にとどまっていた。こう した高い借入依存度は,中小・零細企業にとって 大きな金利負担を意味していた。
第4に,大手企業なら,誤って導入した機械で も,他の部門で活用したり,他部門との共用も可 能であるが,中小企業は一発勝負であり脚,それ だけ,機械の導入によって追わなければならない リスク負担が大きかった。
3.企業間関係:難点の克服への貢献
既述のとおり,中小企業がNC工作機械を製造 現場に導入するに際して,様々な難点が伴った。
しかし,NC工作機械の導入のメリットも大きい だけに,NC工作機械の導入を先送りするわけに はいかなかった。結論の一部を先取りすることに なるが,こうした難点の克服には,NC工作機械 のユーザーだけでなく,工作機械メーカー,工具 メーカー,材料メーカー,流通業者等,かなり多 い主体間に行われた「多重的」な情報交換が大き く貢献した。
そこで,筆者の行ったインタビュー記録を素材 にして,1970年代以来,中小企業がNC工作機械 を導入するときに直面した諸難点を克服するため に,取引関係を結んでいる諸企業との間にどのよ うなやりとI)を行なったかについて検討する。た だし,こうした企業間関係によって解決できない 難点も残る。その場合は,NC工作機械ユーザー の独自の努力,工夫も不可欠であったと思われる ので,本章の鹸後のところでは,こうしたNC工 作機械ユーザー側の独自の努力についてもキ鋳寸する。
ただし,企業間の取引関係の中で,それぞれの 主体の役割は必ずしも固定的であったわけではな い。特定の機械,部品,工具,材料,治具等の需 要家が,それを内製化して,供給者と需要家の両 方の立場を兼ねるようになったケースも少なくな いからである。こうしたケースは,別の角度から みると,社内に需要部門,あるいは,供給部門を 取入れなければならないほど,需要家と供給者問 の密接な関係の必要性が強かったことを裏付けて いるともいえよう。これについてのいくつかの事 例は後述する。
そして,もう一つ付言しておかねばならないこ
経営志林第40巻3号2003年10月23
とがある。本稿で繰り返し出ている企業間関係と いうのが,すでにNC化の前から強く存在してい たものなのか,それとも,NC工作機械の普及を 契機に新たに生じたものなのかという点について である。この疑問に対して正確な答えを出すこと は難しいが,ここでは,さしあたり重要な手がか
りとして,NC工作機械の登場や普及の渦中で,
日本の工作機械産業における上位企業の順位変動 が激しかった点を重視したい。例えば,戦前から 続く老舗の大手工作機械メーカーはNC化に積極 的でなかった。これらの企業は,中小型機種の工 作機械における価格競争を避けて,付加価値がよ り高く,主に大企業を顧客とする大型専用機の生 産の比重を高めた結果,市場シェアを失った。反 面,いわば,「新興」の普通旋盤量産メーカーは NC化に極めて積極的であった。例えば,ヤマザ キのNC化率(=NC工作機械生産額/工作機械 生産額)は1974年下期に50%を超え,1976年下期 以降は7割から8割前後になり,1978年のNC化 率は9割近くに達した'9゜こうしたNC化によっ て突出して急成長したヤマザキ,森精機製作所等 は市場シェアを高めた。これらのメーカーは後発 企業であるがゆえに,開拓の余地が大きかった中 小ユーザーと海外ユーザーに目を向けざるを得な かった。そのため,国内のNC工作機械市場に限っ ていうと,中小企業への普及が速かったというこ とができよう。したがって,NC工作機械の中小 ユーザーと工作機械メーカー間の取引関係は,主 としてⅢNC化によって新たに築かれはじめたと 表3主要都道府県のNC旗
理解した方が妥当であろう。
さて,「多重的」な企業間関係を分析する場合,
地域を限定することが有効であろう。どの地域に 絞り込むかを決めるための一つの手がかりが表2 と表3である20.表2によれば,1973年に,愛知 県のNC工作機械の保有台数は,神奈川県に次ぐ 2位であったが,1981年には逆転し,さらに,
1987年には愛知県と他の地域との格差が一層拡大 されている。1970年代後半と80年代に,NC工作 機械の導入が最も速く進み,かつ,最も多く行わ れた地域は愛知県であったことが分かる。
表2主要都道府県のNC金属工作機械の保有状況 iii位:台.百万円
出所:通商産業大臣官房調査統計部編「工作機械 設備等統計調査報告書」第5回(1973年),
第6回(1981年),第7回(1987年)。
主要都道府県のNC旋盤及びマシニングセンターの出荷額
単位:百万円
一P祠■四m四■而囚■河罰■毎両岡田困旧 一 一一一一一■mmI■■■■
----1■■■■ロ■■■■印而■
--■厨、 ̄■、価 ̄甲耐■
 ̄■丙函一円砺旧一庇可祠-
-■雨■■雨■■両■■、■P、■F旧 一F、■■岡田-m■■m■■nm■P雨■
 ̄■、■■面一
注:12月31日が各年調査基準日。
出所:通商産業省「工業統計表」(都道府県編,品目編),各年版。
地域名 1985年
NC旋盤 MC
1987年 NC旋盤 MC
1990年
NC旋盤 MC
全国 276,599 237,147 209,985 183,535 379,092 347,192
埼玉 13,719 3,647 14、354 23,465
東 4,546 18,126
神奈ⅡI 6 489 25.669 14,277 23,962
長野 26 037 2 0 ● 2 一。2 25,037
静IMI 12 517 151304 8,637 13,454 15,521 25,084
愛知 84 296 27.480 56.468 44,581 111,348 97,818
大阪 1 129 1,567 1,413 4,571
24石油危機後の工場自動化と企業間関係
そして,次の表3から,1980年代後半のKC旋 盤の出荷額において,愛知県が圧倒的に大きかっ たことが確認できる。1985年のMCの出荷額に おいて,愛知県は,神奈川県,静岡県とそれほど 差がなかったが,1987年,1990年には,その格差 を広げている。いずれにしても,80年代後半に,
愛知県がNC工作機械の供給能力において全国トッ プの水準であったということができる。それがイ ンタビュー企業の所在地を愛知県とその周辺地域 に限定した理由である。
このように工作機械メーカーからの怖報が重要 であっただけに,NC工作機械のユーザーは,新 しい工作機械を導入する際に,メーカーや機械の 選択に極めて慎重であった。例えば,ユーザーは,
複数の工作機械メーカの比較の場として,工作機 械の大規模の展示会を活Il1した。どんな企業の NC工作機械を職入するかによって,こうした機 械の立上りにかかる手間が異なる上,その時の技 術者間の情報交換によって新しく入ってくる技術 情報の量や質も異なったからであろう。それは,
ユーザーがNC工作機械メーカーについて,幅広 い技術情報の提供を要求する理由でもあった。例 えば,ユーザーは工作機械メーカーにNC工作機 械の切削条件,治具に求められる必要条件などに ついての情報,ないし説明を求めた。
また,前述のように,当初,NC工作機械のユー ザーはプログラムの作成の能力に乏しかったが,
そのプログラムの作成をソフト会社,工作機械メー カー等に外注,依頼する企業も多かった22.NC 工作機械の利用効率を高める」二でも,工作機械メー カーとの企業iljllM係が重要であったのである。
(1)技術情報面の貢献
①工作機械のユーザーと工作機械メーカー間 の関係
中小企業がNC工作機械を導入する際の技術情 報の交換を考える上で,まず検討の対象になるの は,その機械の供給者である。工作機械メーカー とそのユーザーとの間に情報交換が行われる場合,
工作機械メーカーからユーザへの情報の提供が圧 倒的に多かった。それは,後述のように,日本の 工作機械メーカーが無料でユーザー教育を行なっ たことからも,ある程度推測できるが,インタビュー によっても,裏付けられる。
日本の工作機械メーカーが,需要拡大のための 方法として機械についての技術傭報をユーザーに 無料で提供するケースも多かったといわれるが,
とりわけ,個別企業間の情報交換が最も濃密に行 われたのは,NC工作機械の導入の最初の段階に おいてであった。例えば,(株)岡本・ナベヤは,
1977年に,-号機のNC工作機械を日立精機から 導入したが,機械の立上げをスムーズに行うため に,日立精機の技術者と何回もの意見交換を行い,
場合によっては,日立精機の技術者が(株)岡本・
ナベヤに2週間も泊りがけながら,技術的な問題 についての意見交換を繰り返したとされる。
豊和工業がNC工作機械をユーザーに販売した とき,ユーザーの無理な機械操作,操作間迷いに よるものを含めて,いろいろなクレームやトラブ ルが発生した。そのため,NC工作機械の本格稼 動には,機械を納めてから2ケ月位はかかったと される21゜この期間中には,豊fⅡ工業の技術者が NC工作機械のユーザーの方に常駐しながら立上
げのための情報提供及び`情報交換を行なった。
②工作機械のユーザーと工具メーカー.材料 メーカー間の関係
NC工作機械の導入が広がるに伴い,工作機械 のユーザーは,工作機械の工具,工具の材料の変 化を強く求めた。さらに,MCの普及がさらに進 展した1980年代に入って,高寿命化の工具や材料 の開発に対する必要性が高まった動。例えば,工 具に関しては,安定性と長寿命の要求が高まり,
金属力l1工のコストダウンのために高速切削ができ るタップ(切削工具の一種)や,どんな材質の工 作物でも切削することができる高性能のタップが 求められた21.材料に関しては,高速迎転に不可 避な機械振動を効果的に吸収する材料として,高 い剛性や高精度化が要求された。
このように,NC工作機械のユーザーから工具 や材料の改善の要求が強くなったがゆえに,工作 機械のユーザーと工具・材料メーカーの間の.情報 交換,努力が必要であったことが推測できるが,
具体的な事例をみておこう。
ガリ業以来,ねじ切り工具と圧造工具に専念して きたOSG社の場合,主なユーザーは自動車メー
経徴志林鮒40巻3号2003年IOII25
さて,工作機械のユーザーの新しい要求に添え,
]ユ具Ⅲ1材料を開発’改良する上では,Ⅲ具メーカー と材料ユーザーとの間の密接な関係も不可欠であ }〕,実|祭,1970年代末より,工具メーカーと材料 メーカーの密接な連携が確認できる。
OSG社と材料メーカーの共同開発,ないし情 報交換のとき,OSG社が担った主な役割は二つ であった。一つは,ユーザーとして,材料の改良 を材料メーカーに依頼することであ'〕,今一つは,
材料メーカーの改良材を使って実際の1:具を製作 し,切削試験を行ない,その結果を材料メーカー にフィードバックすることであった。例えば,
NC工作機械の高機能化と高速化が進展し,きわ めて過酷な条件で機械加[:が行われるようになり.
OSG社は,1979年に超硬エンドミルの開発をス タートした。この超硬エンドミルに使われる超硬 合金材料の開発のためにlIli速度鋼メーカーと共同 開発を行ない,「共同で知恵を絞ってきた」。当時,
エンドミルという]:具に使われる超硬合金がどの ような特性を要求するかを充分に分かっていなかっ た材料メーカーにとって,工具メーカーからフィー ドバックされた評価・情報は有益であったとされ る』ヨ。OSG社と長期的な取引関係を結んできた高 速度工具鋼メーカーは,[|立金幌,大同特殊鋼等 であったが,これらの企業とはその後も定期的な 技術会議を行ったM1といわれる。
なお,OSG社は,それまでのモリハイに代わっ て,高速,i則性能のタップに相応しい材料を開発 するために.製鋼メーカーとも共同研究を続けた。
その結果として開発された新素材を使11]したポイ ントタップとスパイラルタップが1983年3月に,
発売された。
カーであったが,同社が1971イ'二から|;'1発を進め,
1974年頃から販売したエンドミル(切削工具の一 種)25の需要が伸びることによって,金型加]:メー カー向けと工作機械メーカー向けの濡要が急速に 拡大した。特に,金型加工メーカー向けのエンド ミルの需要が著しく伸びた。というのも,エンド ミルを使用してフライス加工を行うことによって,
金iUI1仕上げ加工の高能率化がnJ能になることに加 えて,高糖度化長寿命化というメリットが得ら れたからである。
こうした中で,NC]二作機械のユーザーであり,
OSG社の工具の有力な需要先であった金型メー カーと,OSG社との間には,濃密な情報交換が 行われた。まず,OSG社は,各金型加工メーカー を訪問し,要望や問題点に対するヒアリング調査 を行なった上,独特の形状の再研磨指導を金型jjll 工メーカーに施した。そして,ヒアリング調査に よって入手された情報を利用して生まれた新製品 のフィールドテストを実施したり,金型加工メー カーでの試作品の公開に立会いをした。例えば,
エンドミルの形状改善の試験の場合,OSG社内 の試験が9割であったが,残りのliIiIは金型メー カーの実際の加工による評価であったとされる。
金型加工メーカーは,工具の使用結果をOSG社 にフィードバックし26,OSG社によって分析ざれ 次の製品の設計に盛I〕込まれた。こうした情報交 換の積み重ねによって,より商い技術レベルの工 具が金型力||工メーカーに提供されるようになった のでる。
ただし,工具メーカーや材料メーカーとの企業 間関係を補完する意味で,NC工作機械のユーザー 自らの経験も軽視できなかった。すなわち,NC 工作機械による金属加工の場合,材料に合った工 具の選定,切削の仕様,段取りは金属力U工の作業 者に依存せざるをえなかった。例えば,超硬チッ プで加工するのか,ハイスで加工するのかの工具 選択が必要になったが,こうした工具,治具の使 い分けは判断が難しく,結局,金型機械加工メー カのノウハウが要った27.場合によっては,加工 の難しい製品の作業能率を向上するために,KC 工作機械のユーザーが,企業内部に,工具,治具,
材料の開発を専門的に行う技術者をおいて,冶具 や工具の製作と開発を担当させた28。
③工具メーカーや材料メーカと工作機械メー カー間の関係:NC工作機械のユーザーの要 求への対応
一般的に,工作機械が変われば]ユ具をも補巴元的 に追従して変わらねばならない。しかも,工作機 械メーカーが12作機械を販売するとき,工具をも 付けて納入するケースが多かったので.工作機械 メーカーは工具のユーザーでもあった。また,工 作機械に装着されるNC装置が高機能化されても,
工具の材料と榊造が,高い剛性と精度,信頼性を
26石IHI危機後の工場自動化と企業'111関係
保障するものでなければ,工作機械のユーザーの 信頼をかちとることはできない。
そこで.工具メーカーや材料メーカと工作機械 メーカーの間にも情報交換が行われた。例えば,
OSG社は,工具の納入のため,工作機械メーカー との協力関係を深めたといわれる。つまり,両者 間に情報を共有しながら切削工具の共|可開発にも 取組んでいた。また,OSG社は工作機械メーカー を定期訪問することによって,機械の回転数やプ ログラムなどの技術動向を収集する一方,工具の 加工テストの時に工作機械メーカーに対して常に 最新の工具の情報を提供した。
実は,工作機械を外部からの購入に依存し続け てきたOSG社は,工作機械を内製化した31.同 社は工作機械の外販に積極的でなかったものの,
工作機械の内製化によって,工具と工作機械の両 方の供給者の性格を兼ねるようになったことは確 かである。それがOSG社と工作機械メーカーと の企業間関係にどのような影響を及ぼしたかは詳
らかでないが,工具についての情報と工作機械に ついての`情報がスムースに融合するに,プラス面 の影響を与えた可能性が高い。
他方,工作機械メーカーの豊和工業の事例でみ ると,同社の必要とする工具,材料は,機械に合 わせて工具メーカー,材料メーカーに任せられた。
豊和工業は,工具メーカーや材料メーカーと共同 開発を行ったわけではないが,「間接的」な情報 交換が見られた。「間接的」と表現している理由 は,情報交換の仲介役を,豊和工業,工具メーカー ないし材料メーカーの以外の第3の企業が果たし たという意味である。こうした仲介役を果たした のは,豊和工業に部品などを納入していた,15社 以上の小さな「商社」であった。これらの商社,
ないし,流通業者は,長期的に取扱っている特定 製品に詳しく,その製品の種類によって,いくつ かのタイプに分けられる。第1に,ベアリングや 工具に強い会社,第2に,工作機械の販売に強い 会社,第3に,電気メーカーの営業所を含めて,
電気部品に強い会社等があった。
こうした商社の担当者は,週に何度も,あるい は,毎日のように豊和工業に出入りして,豊和か ら注文された部品を納入したり,注文を取っていっ た。その際,商社は,工具や材料等に関して豊和
]:業が抱えている問題を聞き,自分が取引してい る工具メーカーや材料メーカーにいってそれにつ いて調べた。技術情報の伝達,橋渡しの役割を果 たしたといえよう。しかもⅢこうしたやり取りに よって,工作機械メーカーと工具メーカーの技術 者や営業担当者が知合いになり,工作機械メーカー の技術者が情報を必要とするとき,直接これらの 人に必要な情報を求めたり,打合せを行ったとい われる。
(2)人の面の難点の克服への貢献
①工作機械メーカーによる対ユーザー技術教育 前述したように,NC工作機械の導入時の重要 な難点として,人の問題が取上げられたことから も分かるように,同機械の効率的な利用のために は,ユーザー側の作業者の役割が大きい。
例えば,NC工作機械のユーザーが同機械を導 入する場合,軸の回転数やワーカーの位置決め等 の作業条件を設定するプログラムを,現場の作業 者が組まないといけない。こうしたプログラミン グ作成は,意外と大変な作業であり,例えば,
MCを使って3次元加工を行う際に,少しの加工 をするにも10巻以上の紙テープが使われた。また,
NC機の導入に伴い,作業者の多台持ちは当然の こととなり,作業者はそれまで以上に仕事に追わ れた32。
そして,NC化によって,既存の作業者がその ままでは適応できない作業が登場した。例えば,
座標計算等は若干の数学計算能力が要求されたが,
年配の中卒労働者をはじめ,こうした能力を備え ない現場の職人も出てきた。場合によっては,在 来技術に`慣れていた熟練工としてはついていくこ とが至難であった郷。また,これらの労働者が,
NC工作機械の操作の失敗に対する恐怖を強く抱 えたため,加工時の無駄も発生したとされる。
それゆえ,ユーザー側の労働者ないし作業者を 教育させる必要が高まったが,主に,その教育を 主管したのは工作機械メーカーであった31゜この 面でも,工作機械メーカーとの企業間関係が貢献 したのである。河邑によると,1970年代における 日本工作機械メーカーのサービス活動の類型は二 つであった。一つは工作機械メーカーの開催する 集中講義方式の技術教育活動と,もう一つは,個
経'iI1志林輪40巻3り2003年101127
別ユーザーに対する技術者派過と試作請負サービ スによる技術教育である35.誰者の行なったNC 工作機械のユーザー側へのインタビューによって も,前者の集中識義方式が確認できた。(株)岡 本.ナベヤヘのヒアリングによると,作業者を工 作機械メーカーに2週間36研修させ,作業者自ら がソフトウェアのプログラミングを組みながら,
作業を行ないうるようになったという。また・遡 和工業の技術者の証言によると,ヤマザキ製の MCを導入した際,ヤマザキ社主催の研修会に参 加して三日間訓練を受けたとする。
こうした工作機械メーカーからの教育がどの位 の効果を上げたかは,ユーザー企業の姿勢によっ て異なったであろうが,全社的に技術習得に意欲 的に取組んだ企業も少なくなかった。これらの企 業は,各種の研修や講座などには,企業の経費負 担で従業者を勤務時間中も白11]に行かせた;'7°
ので,前述のように,少なくとも三角関数等ある 程度の数学知識を必要とした。既存の従業者の数 学知識水準,熟練工の不足等を考慮すると,より 改善されたCNC装置の要求が商まることが当然 であった。それへの工作機械メーカーの対応の 1つが,80年代初頭の対話式,ないし,対話型 CNC工作機械の|淵発であった。この対話型の機 械は,従来のような座標計算が要らず,新卒の女 子工員でも,短い教育を受けるだけで本格的な操 作ができる位のものであったとされる。プログラ ムの修正が一層容易になるとともに,CNC工作 機械の機の使いやすさも大きく高まったといえる。
(3)導入側の独自の対応
次いでに,企業111]関係とは直接関係のない,工 作機械ユーザー独自の努力について触れておこ う'1。まず,切削条件等のプログラミングには,
現場の「職人の技能」が必要であり,そこには,
それまで作業者が稲(んできたノウハウも重要であっ た。そのため,既存の従業員を横滑りする形で NC要員を確保した企業が大半であった。
しかし,加工に必要な経験的知識を発揮するた めにはプログラミングの習得という困難を克服す る必要があり'2,30歳前後の若い従業員がプログ ラム作成に当てられた。なお,外部からプログラ マーとして人を採用するケースも見られた。例え ば,大阪の某印刷機メーカーは,工業大学や工業 専門大学の卒業者を採用し,プログラマーとして 専従させ,その後は,おおむね技術が習得できた ところで新機種を導入した。大阪の某油圧機器メー カーも,システムハウスの経験者を採用したとき オしる。いずれにしても,ソフトウェアプログラム の作成者と現場で操作するオペレーターの分業が 形成され,それぞれ試行錯誤しながら,必要な技 術を習得したといえる。
一部の機能に限っては,生産技術者の従来の経 験を直接生かすことによって,NC工作機械の効 率的利lHが可能になった例も見当る。例えば,工 作機械のユーザー企業の生産技術者は機械の構造 を理解していたので,修理は彼らが自主的に行なっ た。また,術111県のベアリングリテーナー(保持 器)メーカーの事例では,NC装置メーカーから IlilI御装liqiを聯入し,既存の工作機械を当社独自の
②CNCエ作機械の普及と改善38
NC工作機械の利用時の難点の緩和と関わるも う一つの企業間関係は,工作機械メーカーが作業 者の操作しやすい機械を提供することであった。
代表的な例は,自動プログラミング(CNC)工 作機械,また,それを改善した対話型CNC工作 機械である;19.
NC工作機械は,工作機械に取り付けられた NC装置が加工位置と加工速度を制御してプログ ラム通りの加工内容を実現するものであるが削0,
当時普及されていた打込み式のNC工作機械の場 合,プログラムの作成,修正のためには,作業者 が紙テープに穴あけを行わなければならなかった。
しかし,加工物が複雑になるに伴い,必要になる 紙テープが長くなった上,プログラムの作成,修 正のための作業者の工数が多くなった。それに,
紙テープの穴が損傷し,プログラムが読み取りに くくなるという問題も頻発した。作業者にとって かなり厄介な問題が起っていたのである。そこで,
70年代後半には,工作機械に自動プログラムが取 付けられるCNC工作機械の普及が始まった。よっ て,作業者が現場で図面を見ながら判断して操作 することができるようになった。
ところで,初期のCNC工作機械は,コンピュー タ言語によってプログラミングが行なわれていた
28府iIIl危機後の工場自動化と企業|Ⅱ11卿係
NC工作機械に改良し,複雑形状の加工を容易化 した。それに,ユーザー側がそれまでの経験を生 かして,工作機械メーカの用意したソフトウェア のオプションの中で要らない機能を排除すること によって,機械の購入価格を低くした例もあった。
トなら,専用機による加工が有利になった。また,
多種多様な加工要求には,ME機と汎用機双方の 機能が求められた。それゆえ,多品種の要求に専 らNC工作機械によって対応したわけでなく、汎 用機とNC工作機械を振り分けて活用した。例え ば,重切削では,NC工作機械よりは汎用の工作 機械が力||工の安定側性が高かったので,重切削には,
この汎#}機が利用された。金型力11工の中では,粗 取りをNC工作機械で行い,仕上を汎用機にかけ る例もあったし,NC工作機械のMCにギア・ミッ ションのハンドルを特注で取付けさせ,汎用機と しての機能を持ち合わせた企業もあったとさ れる'3。
以上の事例から,1986年時点でのNC工作機械 の導入に対する橋本寿朗氏の見解,つまり,「現 在までのところ,新しい生産力が準備されている というより,既存の生産力のもとで,効率'性向上 のメカニズムが新局面を展開しているとみたほう が良い」iiiという見解は,バランスの取れたもの
と思われる。
第2に,需要側としては,NC工作機械を限定 的に導入せざるをえないケース,あるいは,同機 械を導入せず,他の方法で生産・性向上を図ろケー スも見当たる。導入の秘度という基準からみた限 界である。例えば,NC工作機械の普及台数を基 準にすると,中小企業の割合が高いが,中小企業 の数が膨大であるだけに,中小企業のうち,NC 工作機械を導入した企業の割合はそれほど高くな い。1980年代半ばにおいても,従業者20人前後の 小零細企業のうち,NC工作機械を導入した企業 は10~20%にとどまっていた'7.NC工作機械に かけにくい作業が多く残っていたからであろうが,
自動車製造関連の企業の中には,MC等を導入し なくても,治具の開発や改良等独自の創意工夫の 穂み重ねで生産技術向上を図る例が多かった;8.
機種別にみると,特に,仕上げ工程の微細加工 を行う研削盤の場合,NC化が難しく,NC化率 が低かった。1986年の生産額ベースで,工作機械 余機種のNC化率が67.9%であったのに対して,
研削盤のそれは19.6%であった。仕上工程の自動 化が大きく遅れていたのである。また,NC工作 機械のliiイilHが高い上,機種ごとにNC化の難易度 が異なったので,資金負担力が弱い中小企業とし 4.限界
1980年代に行われた各種の調査によれば,NC 工作機械を導入した企業がその理由,及び成果と して多くあげたのは,品質や力Ⅱ工精度の向上など を含めた生産性のliil上,コストダウンと省力化 熟練工を中心とする労働力不足への対応,需要の
多様化による多品種への対応等であった脚。導入 時に期待されたメリットがある程度実現できたと いってよかろう。
しかし,少なくない限界も現われた。具'体的に,
同機械を導入しても,予想した成果が十全に現れ なかった事例が多かったこと,NC工作機械を導 入せず生産性を上げる余地も大きかったこと,同 機械の導入によって新たな問題が発生したこと,
等があげられる。以下,この三つの点についてl11Fi を追って検討しておこう。
第1に,成果面の限界が露呈された例が多い。
1980年代前半の大阪所在企業に対する調査によれ ば,NC工作機械を導入した企業のうち,10%~
2096の企業が人件費の削減,生産量の増大,コス トダウン等の効果を否定している。同じ調査で,
小企業の間では,「熟練工不足の解消」効果がな かったと感じている企業が比較的多く,省力化 人件費の削減,コストダウンの効果は,規模の大 きい層,とりわけ,300人以上の企業で顕著であっ たことが確認されている判。また,前述の愛知県 所在企業へのアンケート調査によると,NC工作 機械の導入によっても,「作業環境改韓」「生産 管理改善」などの効果はそれほどなかったといわ れる。
なお,NC工作機械が多品種生産に|(IIいている ことは否めないが,同機械の導入によっても,多 品種生産に適応しきれないという限界が見られた。
例えば,NC工作機械も30~100個位の最適のhll 工ロットがあ}),それより個数が少ないと,プロ グラム作成が大きな負担になる上,それ以上のロッ
経憐志林第40巻3号2003年10月29
ては,特定機種の単体機械を購入するに11名まる傾 向が強く,複数の機種をシステム的に結び付ける というFMS(FlexibleManufacturingSystem)
の導入はほとんど行わなかった。中小企業がよ})
高い段階の工場自動化を行うには,極めて高い壁 があったということができる。
第3に,NC工作機械の導入が中小企業の経常 状況をさらに悪化した例も多かった。例えば,企 業によっては,高い機械の導入にもかかわらず,
受注確保が芳しくなく,機械の稼働率が低位にlこ まった。実は,かなりの数の中小企業がこの問題 点に悩まされたようである。まず,1980年代の調 査で,NC工作機械導入時の'''1題点として,低い 稼働率,少ない注文量等をあげる中小企業がかな りの数に上った。1980年12月に公表された前掲の 中小企業庁調査によると,生産ロットなどの面か ら十分効果的に稼動できないという企業が29.1%
に達していた卿。愛知県企業対象の調査によると,
NC工作機械導入の問題点の第2,4位が,「稼 働率が低い」ことと,「注文錠が少ない」ことで あったし,ほぼ同じ時期の大阪企業への調査によ ると,「十分に稼動させる仕事がない」と答えた 企業が4分の1であった50°
商い機械を導入した状況下で,稼働率が低位に とどまっている以上,生産量を増やさなければ投 下資本に兇合う利潤を上げられないので,必死に 受注競争に走り出すしかなかった。このことは,
受注確保をめぐる中小企業間の競争を激化させた。
競争の激化の中で,NC工作機械を先駆的に導入 した一部の企業に受注が集中し,残})の企業は,
導入に見合う受注が確保され得ず企業間の差が拡 大した。受注が確保されなかった中小企業は,]二 賃を大幅に引下げられて,無理な注文も引受けざ るをえなかった。採算の合わない受注合戦も繰り 広げられたのである51。その結果,NCJ:作機の 導入に過大な期待を寄せた中小企業の中には,同 機械の導入が利潤率の上昇に結びつかないところ か,企業倒産,工場閉鎖に追い込まれるケースが 少なくなかった。
5.結論と今後の研究課題
(1)結論
70年代後半から80年代にかけて,日本において 工場の自動化が活発に行われ,そのうち,餓も進 んだのがNC工作機械の導入であった。しかし,
その導入のプロセスは決して順風に帆を上げるよ うな過程ではなかった。機械のプログラミングの 問題,それを担う人材の不足,機械そのものに関 わる難点,重い資金負担等,様々な難点が待ち受 けていた。大企業に比べ,経営資源の乏しい中小 企業はなお厳しい立場であった。導入企業が苦労 しながらこうした難点を克服するプロセスがNC 工作機械の導入そのものであった。
この過程で,企業間の情報交換も重要な役割を 果たした二具体的に,NC工作機械の導入を巡っ て,工作機械のユーザーとメーカーだけでなく,
工具,材料メーカー,流通業者なども実に積極的 に関わっていた。彼らの間には,共同開発といえ る位の企業liljの協力は少なかったものの,いろい ろな形で情報交換が行われたことが確認できる。
企業M1関係の連鎖の中で,ある企業の役割が必ず しも固定されなかったケースがいくつか見られ,
これも企業1111関係を通じる情報交換を促進したと
、思われる。
ところが,NC工作機械の導入の程度には限界 もあり,かつ,導入した企業のほとんどが経営状 況を改善したとはいいがたい。導入企業が直面し た受注状況は厳しさを増しており,激しい企業間 競争の中で〆倒産,工場閉鎖に追い込まれる企業 も少なくなかった。競争で勝ちぬいた企業も,苦 労を伴う対応の繰り返しによってやっとその位置 にたどり着いたといえる。これらの歴史的な事実 に踏まえて考えるならば,昨今,不況が続き,大 企業よりさらに厳しい経営状況に陥っている中小 企業に対する有益な示唆点も読み取れるであろう。
(2)今後の研究課題
最後に,今後の課題を提示しておこう。
第1に,インタビューの数,インタビューの内 容の深さなどで多くの問題点が残されている。と りわけ,NC工作機械の導入側,つまl),ユーザ の関係者へのインタビューが足りなかった。この
30石illl危機後の工場自動化と企業間関係
作業は,企業間関係についての新たな論点を1M下 げていく上で欠くことができない。
第2に,NC工作機械とともに,工場の目mII化 のもう一つの柱である産業用ロボットの導入過程 における企業間関係ついても分析を深める必要が あり,特に,両者(NC工作機械と産業用ロボッ
ト)間の比較が研究に値するように思われる。
第3に,工場の自動化が第1次石油危機後の重 要なできごとであるだけに,工場の自動化時の企 業間関係についての分析は,石'illl危機以降の日本 の企業システムの変容を,企業間関係という切り 口から捉え直すという意味付けができる。従って,
この時期において,企業間関係,あるいは,その 変容が,日本の企業システムと具体的にどう関わっ ていたかを解明することがもう一つの残された重 要な研究課題である。
年6月,河邑雛「工作機械メーカーの製品開発シ ステムと販光・サービス満1肋」坂本清綱「日本企 業の生産システム」中央経済社,1998111.所収を 参照されたい。
7(株)岡本・ナベヤ社を除けば,すべて愛知県に 所在する企業,機関であり,(株)岡本・ナベヤは 岐阜県に所在しているが,広い意味では.同じ地 域圏であるといえる。
8中小企業lr「LIj小製造業技術開発実態綱交」;「商 工金融」32巻3号,l982ilX3月。
911』小企業金融公庫調交部「大阪における''''1,機械 工業の技術進歩の実態とIHI迦点」「調査時報」第24 巻第5号,1983年3月.26頁。
10「商工金融」34巻6号,1984年6月。75頁。
11中小企業金融公庫調査部,前掲書,1983年311,
24頁;森消,iii褐書,1982年,116頁;長尾克子
『工作機械技術の変遷」1二|刊工業新聞社,2002年,
319頁。ちなみに,技能レベルの高い40歳代の人を,
二人の若い人と組ませてプログラムの研修にいか せたところ,ノイローゼ気味になってしまったと いう例もあったようである。
12森清,前掲懇,1982年,106~107頁。NC化のた め,生藤技術者の技術力が衰退した可能性もある
(森清,前掲11}:,1982年,120頁)。
13中小企業金融公庫調査部.前掲書,1983年3月,
26頁c
14「商工金融」32巻3号,1982年3月,30頁。
15森情,前掲磯1982年.64~68,70~71頁。
16中小企業金融公庫調査部.前掲誉.1983年3月.
28頁。
17束京商工会織所「中小企業とメカトロニクス」
1983年1月。
18「中小企業金融公庫月報」1989年8.9月号
(VoL36No、8.9L31頁。
19米Ⅱ|伸一・ ̄「川浩一・’11崎広明編「|i幽後l]本経 営史第Ⅱ巻」東洋経済新報社,1990年,189~190頁。
2Oこれらの統計は,従業Ll数が30人以上の事業所 のみを対象にしている。したがって,より小規模 の事業所が排除されている点に注意が必要である。
2l豊和工業へのインタビューによると,NC工作機
;械の受注から納入までのl911lUは,75年に約8ケ月,
80年に約6ケ月であり,今は4ケ月まで短縮され たとする。ちなみに,NC]ユ作機械の普及が開始さ 1例えば,「中小企業白書」1990年版(1989年12月
の「技術活動実態調査」に依拠)によると,NCI二 作機械を導入した企業の割合に比べ,ロボットを 導入した企業のiIiI合ははるかに低い。
2「商工金融」29巻12号,1979年12月,33頁。
3「Wu子工業年鑑」1985年版.420頁;森消「111「工 場のロボットJYr命」ダイヤモンド社,1982イド,110 頁;iiリ邑肇「NC工作機械の発達を促した市鋤の要 求-1]米自動車藤業における機械加工技術一」「経 懲研究」(大阪Tl「立大学経営学会)第47巻第4号,
1997年2月,108頁;吉田三千雄「戦後ロ本1:作機 械工業の構造分析」未来社,1986年,232頁。
411i本寿朗先生は,職後日本の経済成長について,
「成長して当たり前」という認識が如何に歴史を見 誤った見解であるかを痛烈に指摘しながら。企業.
政府の「創造的適応」を強調されているが(僑本 寿川「戦後日本経済の成長櫛造一企業システムと 産業政策の分析」イ「斐閣,2001fli),本稿もほぼ同 じ問題意識に立っているといって誤りないであろうc 5「['''1,企業金融公庫月報」1990年12月号(VoL37
No2),7頁。
6ただし,本稿では,工作機械メーカーとNC装悩 メーカー間の関係についての分析は割愛する。NC 装澗の装着をめぐる企業間'1M係については,ハ;〔、
勉「汎用・専川I技術の相互浸透一インターフェイ ス知識の蓄積」「組織科学」Vol31iio4,1998
経世志林第40巻3号2003年10月31
内製化を図})治具メーカーになった例もある。同 社が治具の内製化を開始した理ltlとしては,切削 工具と異なり,治具は規格化標準化されにくい ものであったこと,治具専門メーカーは,工数が かかり,現場のクレームの多い治具の開発,生産 をやりたがらなかったこと,また,これらの専門 メーカーから鱗入したものの価格が満すぎるとい う判断があったこと等があげられる。
29OSG社の技術者によると,エンドミル用の超硬 合金にどのようなものが適するのかといった`情報 を材料メーカーは持ち合わせていなかったという。
他方,OSG社にとって,材料についての情報源が 材料メーカーに限られたわけではない。例えば,
Iii1社は,大学の材料関連の研究室の基礎研究に協 力しながら,試作の性能評価の依頼を含めて情報 収集を行なった。
30OSG社は他の工具メーカーとも取り|関係を結ん でいた。例えば,同社は,「'1鰹超硬工具メーカー の1J本ハードメタル(神奈Ⅱ|リUuから超硬工具材・
科の九棒を購入していた。なお,その後,日本ハー ドメタルが経営不振に陥ったとき,OSG社は盗本 参加を行なった(吉村に禅,iiij掲替,1997年,293
~294頁)。
3180年代に入って,工作機械メーカーがその部品,
部分装簡の一部を内製する現象も現れた。例えば。
NC工作機械用ポールねじの場合,日本精工,NTN をはじめとするW門メーカーから鱗入する場合が 多いが,機種により工作機械メーカー自社で製作 することも稀ではない。大隈鉄工所(以下,大隈 と略する)は早くからNC装lWiを内製しており,
日立精機も80年代後半にはNC装置の内製化を図っ た゜また,アルミニウムや銅合金材の切削に使用 される超澗速主軸ユニットは,専門メーカーに製 作が委ねられる場合も多いが,NC工作機械の主軸 ユニットを内製する工作機械メーカーも少なくな い(長尾鬼子,前掲書,2002年,336~337頁)。
32森清,iiil掲書,1982年,78~79頁。
33森清.前掲響:’1982年,116頁;測色肇.1M{褐,
1998年,154頁。
34インタビューされた行社の関係者の証言と中部 総済産業Iiijの政莱担当者の証涌によると,お古屋 地域の公的(研究)機関が.二I:作機械ユーザーの 教育を行なった例は聞いたこともないという。
れた当初,工作機械メーカーはまず社内から導入 した例が多い。例えば,豊和工業は,1970年に製 作された第1号のNC工作機械(MC)を1971年に 同社の繊維機械部生瀧課に導入し,1974年に殻iiI 製作したMCも,1975年にliil社の浜島]:場に導入 した(魁和工業へのインタビュー(2003年1月23 日);豊和工業「豊和工業八-1年史」1987年,107頁)。
これも,NC工作機械の導入初期に多発するトラブ ルへの対応とみることができる。
22中小企業金融公庫ii}M査部,前掲排,1983年31],
38頁。
23長尾克子,前掲轡,2002年,336,338頁。さら に,MCの普及に伴い,二1:作機械へのF1勅工具交 換装殻(ATC)の装耕をも不可欠になる。ATCと は,工作機械の主jlillと分離した工具マガジンをIllli え,マガジンに収容された工具をテープ指令によ り交換!|]アームなどで自動的に交換する装憤であ る(優尾克子,前掲111:,2002年,327頁)。
24工具の寿命の伸びがあま')にも急速であったの で,一部の工具メーカーでは.工具の生産が減る のではないかという危機感もあったという。
25エンドミルは工作物を複雑な形状に彫ったりす る刃物であlL「末端で切るフライス」の意味であ る。これは,アメリカではすでにⅡ{(和40年代L|」u、,
広く耕及しており.[1本では,高度成長を1f鼓に 工業製品の大壯生産時代に突入しようとしていた ことから,エンドミルの需要が急速に膨らみつつ あった(吉村化禅「研削琢膳一オーエスジー物語」
オーエスジー,1997年.101.133.197.199~201, 207,281頁)。
26OSG社の技術者へのインタビュー{二よると,
1970年代末から80年代にかけて,切削工jLの寿命 を延ばすに決定的であったコーティング技術(=
表面処理技術)の重要な傭報源は金型メーカーで あったとされる。
27中小企業金融公庫iiIM森部,1iii褐fll:,1983年311,
37頁;「中小企業金融公庫月報」1990イ1ミ12)】》j(VOL 37NO2),8頁。
28「illil:金融」32巻3号,1982年31],31頁;’'1 小企業金融公lilI調森部,前掲弾1983年311,25 頁;中央大学企業研究所編「ME技術革新と経営 筏理」!''央大学出版部,1989年.69rI。なお.(株)
|川本・ナベヤのように.治具のユーザーが,その
32石illl危機後の工場自動化と企業llllllQ係
35河邑雛,前掲,1998年,155頁。
363日位の短い研修で済んだ例もあったようであ る。例えば,1972年に.NC工作機械を初めて採llI した大阪の某油圧機器メーカーは,工作機械メー カーの実施する31211111の研修で,基本的な操作技 術はマスターできたとされる('1」小企業金融公ljlf iiM査部,前掲轡,1983年311,25頁L
37Il」小企業金融公lili調査部,iili掲書,1983年3」1,
25頁。
38ここでの叙述は,舩和工業へのインタビュー(2003 年1月231三1);久芳ji1i典「匠育ちのハイテク染|;11-
古希を迎えたマザックのきのうとあす」エスデー 出版,1989年,160,162,173頁;森ii1h前掲iii:,
1982年,78~79頁等に依拠する。
39CNC工作機械の|;M発に先行したのはヤマザキで あった。|司社は,1964年にCNC旋盤の研究開発に jlX組み,1973年に,|亙I産初のCNC自、11プログラミ ング装世の「マザック・テープメーカ」をllN発 した。
40森谷和生「工作機械工業の課題と展望一環境変 化とその対応」「調寵」(日本llil発銀行)第119号・' 1988年5月,8頁。
41ここでの叙述は,中小企業金融公lilI調査部.前 掲書,1983年3月ロ25~37頁;「I:i'小企業金融公 lllf月報」1990年12月号(VoL37No、2),6~8頁;
「商工金融」32巻3号,1982年3月,32頁;(株)
岡本・ナベヤのインタビュー(2003年2月14日);
魁和工業へのインタビュー(2003年11123日)に 依拠する。
42河邑肇,前掲,1998年,154頁。
43少数ではあるものの,「従業貝のやる気(=士気)
向上の効染,NC機があるから受注できるという対 外的信頼感の向上効采をあげる企業もある('11小 企業金融公庫調盗部ロ前掲懇,1983年3月,22~
23頁)。
44中小企業金融公H1fiiM森部,iii掲響,1983年311,
22頁。ただし,工場の自動化は,間接貝の削減に,
あまり大きな効果をもたらさなかった(徳永璽良・
杉本典之細「FAからCIMへ;日立の事例リリf先」
l可文舘M1版,1990年,12~13頁L
45「商工金融」34巻6号,1984年611,75頁;「11m
′I、企業金融公庫11報」1990年12月号(VoL37No、
2),9頁。
46橋本寿朗「エコノミスト」64巻22号,1986年5 月,18頁。
47吉'''三千雄.前掲響,1986年,234頁。
48「商工金融」32巻3号・’1982年3月,31頁。ち なみに,最近,大手完成噸メーカーは,自助化機 械の導入による工場の1割励化がむしろ生産性を低 下させ,採算にも悪影聯を及ぼしたという反省か ら,自動化の推進に消極的に変わったという証言 もある(中部jmiIii産業局へのインタビュー(2002 年12月24日)。
49「商工金融」32巻3号,1982年3月,30頁。
50「iKi工金融」34巻6号,1984年6月,75頁;中小 企業金融公嘩調遜部,前掲響,1983年3月,26頁。
51吉'''三千雄,前掲響,1986年,267頁;森清,
前掲11$.1982年,106~107,252~255頁。