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アルビノをめぐる政治

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博士論文要約

アルビノをめぐる政治

̶̶脱政治化の歴史から政治的主体化、あるいは政治からの離脱へ̶̶

矢吹 康夫

 本研究はまず、日本におけるアルビノに対する差別・抑圧の歴史を批判的に検討し、当 事者たちへのライフストーリー・インタビューから彼/彼女たちが直面してきた具体的な 問題経験を記述するとともに、なぜそれが不可視化されてきたのかを明らかにした。次 に、こうした脱政治化の歴史への対抗として近年の当事者コミュニティで支持されている 語りの意義を確認した。そして結論では、脱/政治化のいずれにも回収されまいとする当 事者たちの嘘や沈黙や語りがたさを、より楽に生きていくための戦略として積極的に評価 した。本研究の構成は以下のとおりである。

序章 どうすれば私は納得できるのか?

 序章ではまず、私自身のライフストーリーを振り返ることをとおして、どのようにして 初発の問いが生まれたのか確認した。長らくの間、私の知ってる私は、体の色素がないか ら人とは違って金髪になって、目が悪くてまぶしくて、メガネをかけてもあまり意味がな くて、日焼けをするとやたらと痛いくらいの認識だった。生物医学的な説明にふれる機会 はなく、自分が「アルビノ」や「白皮症」というカテゴリーでくくられることも知らな かった。ただ、この程度の知識しかもっていなくてもそれなりに生きてこられたと思う。

 むしろ、大学を中退して2つのセルフヘルプ・グループ(NPO法人ユニークフェイス、

経度障害ネットワーク)に参加し、再入学後にアルビノをテーマに卒論を書き、大学院進 学後に東京でセルフヘルプ・グループ(日本アルビニズムネットワーク)を組織し、一当 事者として取材を受けるようになってからのほうが問題があった。アルビノを主題にした 既存の研究群は、私の存在を否定し、社会に適応するよう迫ってくる。アルビノという側 面から私について取材し書かれた記事は、私の経験を捨象し、意に沿わない形に解釈・編 集する。これらが軒並み気に食わないから、「どうすれば私は納得できるのか」という初 発の問いを設定した。そこで本研究ではまず、私が何を気に食わないと思ったのか明らか にするところから取りかかった。

 その際のよりどころにしたのは、障害学と社会学(スティグマ論、社会問題の構築主義 アプローチ、ライフストーリー研究など)である。アルビノを主題にしていながら私のこ とをまったく説明してくれない既存の研究群とは異なり、これらはアルビノへの直接の言 及がなくても私の問題経験や被取材経験を説明していた。納得できないものの批判的検討 も、障害学のプロジェクトのひとつである歴史の再構成である(長瀬 1999)。

第1章 注目すべき表現型から注目に値しない遺伝子型へ̶̶遺伝学史におけるアルビノ

 第1章では、20世紀初頭からアルビノの存在を重大な問題として認識し、それゆえに最

も言及の多い遺伝学における位置づけを確認した。近代化とともに「奇形・フリーク」た

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ちは治療・予防すべき病気・障害として医学的問題に回収されていった。この点はアルビ ノも同様だが、ひとつ他と違って特徴的だったのは、主に遺伝学者と眼科医によって、そ れまで有徴化されていなかった「白人」のアルビノが新たにそのカテゴリーに含み込まれ たことである。

 近代以降にアルビノに最も高い関心を寄せたのは遺伝学者であり、その研究成果は優生 政策や優生運動の推進のために利用された。アルビノは、最も単純なメンデルの法則で説 明できる常染色体劣性の遺伝性疾患であり、表現型も一目瞭然にわかる。そのため、

1900年のメンデル再発見直後から注目され、遺伝学を応用した優生学的実践においては 出生を予防すべき遺伝性疾患の代表格として扱われた。日本でも戦前の国民優生法と戦後 の優生保護法が定める優生手術の対象疾患に含まれていた。しかし、旧来的な優生学が批 判されるようになった1970年代以降は言及される機会が激減し(松原 2000)、21世紀 ゲノム学においては、遺伝子型と表現型の対応関係がわかりきっているアルビノが研究者 の関心を集めることはない(米本 2006)。

 だが、時代ごとの扱われ方に違いはあったものの、根底のところで存在を否定され続け てきたことに変わりはない。出生前診断や遺伝カウンセリングの報告が散見されるなど、

アルビノは現在でも予防医学の対象であり続けている。また、現状では遺伝子治療は不可 能であり、将来的な実現も困難と認識されているが「期待」だけはされている。アルビノ は、症状が安定していて悪化せず、慢性的な痛みもなければ致死的でもない。このように 医学的な問題として先鋭化することがほとんどなくても、「白皮症は患者自身にとって は、それは重大な障害と思」われている(富田 1994)。なぜ治療・予防しなくてはなら ないのか問うことなく、無批判・無反省に歴史の惰性で否定しており、その論拠は「ない にこしたことはない」(立岩 2002)程度である。

第2章 適応努力か啓発努力か̶̶弱視教育におけるアルビノ

 アルビノには弱視や羞明(過度にまぶしさを感じる状態)、水平方向の眼振(眼球振と うの略。眼球が常に揺れている状態)などがある。現在の日本の制度上、アルビノは基本 的に視覚障害を生じさせる原因疾患のひとつであり、各種福祉サービスや特別支援教育の 対象となっているのは主に眼症状である。第2章では、近代障害児教育、なかでも特に戦 後の弱視教育のなかでアルビノがどのように取り扱われてきたのか概観した。

 近代産業化社会のなかで、アルビノは教育によって容易に社会適応ができ、職業的自立 も可能な軽度者の側に位置づけられた。アルビノをはじめとした弱視者は、二重の意味で

「できる」ほうへと駆り立てられていったのである。まず、重度肢体不自由や重複障害に 比べて視覚障害のほうが「できる」という信念があり、さらにそのなかに全盲よりも弱視 のほうが「できる」というヒエラルキーがある(原田編 1971)。障害が軽いほど発達の 伸びしろがあり、したがって教育や訓練による効果を見込まれていた。

 それを担ったのが、戦後に発展・普及した弱視教育である。近代障害児教育は、社会効

用論に基づき障害の克服・軽減を目指すリハビリテーション思想に支えられており(堀 

1997)、個人の側の適応努力が求められることになりやすい(杉野 2005)。とりわけ戦

後弱視教育は、努力目標としてではなく絶対可能な到達目標として職業的自立を設定して

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いた。そのなかで、教科指導で期待する効果をあげられるアルビノは、弱視教育のアイデ ンティティを支える典型的な眼疾患のひとつと見なされていた。

 また、学力不振に陥る心配の少ない疾患に残されたのは、物理的障壁の除去とは異なる 対応が必要な課題であり、それが弱視への社会的な理解の促進である。この課題に対して 弱視教育は、直接社会を変えるのではなく社会に働きかける「根性」や「たくましさ」や

「精神力」をもった弱視児者を養成するという間接的なアプローチをとってきた(大川原 ほか編 1999; 香川・千田編 2009)。個人にばかり適応を強いるのは否定するが、問題の 可視化と理解の促進という啓発努力を担わされているのは弱視児者自身である。

第3章 アルビノ萌えの「後ろめたさ」からの逃走̶̶オタク文化圏におけるアルビノ  第3章では、近年の日本のオタク文化圏におけるアルビノ萌えという現象を検討した。

1990年代以降の日本のマンガやアニメには頻繁にアルビノのキャラクターが登場し、オタ クたちの間で肯定的に消費されている。その代表例がテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリ オン』のヒロインの綾波レイであり、以降はオタク文化圏のなかでアルビノがひとつの萌 え要素として定着し、綾波に類似したキャラクターが生産・消費されるようになった。し かし、肯定されればそれでよいと無邪気に言うことはできない。

 まず、アルビノの外見的特徴の礼賛は、大正から昭和初期にかけて定着したステレオタ イプな「白人」イメージの流用である(小坂井 1996)。つまり白人中心主義的な美の概 念のもとで受け入れられやすいアルビノの特徴がオーディエンスに肯定的に評価されたに すぎず(西倉 2010)、したがって支配的文化を動揺させることはない。また、アルビノ 萌えはオタクたちによる快楽の消費であり、あくまで客体として差異化されることによっ て可能になる。

 さらに、肯定的に見えるアルビノ萌えも病者・障害者にまつわる否定性に拘束されてい る。アルビノのキャラクターに病者・障害者という意味が付加されると、当初「心地よ さ」だけで成立していた萌えが「後ろめたさ」に侵犯されてしまう。オタクたちは、病 者・障害者に萌えることがフェティシズムと見なされたり、現実世界のアルビノ当事者か ら批判されるのを避けるために自己正当化に向かう。その際に最も強調したのは、〈私〉

が萌えるアルビノのキャラクターと「現実での『アルビノ』体質の方々」との間に連続性 はなく、いっさい関係がないという主張である。アルビノ萌えは、否定性を問い返し払拭 するのではなく、生々しい現実を捨象したうえでの肯定であり、否定的な部分も含めて当 事者たちの経験に目が向けられることはない。

第4章 不可視の人びとの新しい声̶̶近年の研究動向と当事者運動の展開

 第4章では近年の研究動向と当事者運動の展開を確認し、現在どのような問題の可視化 が試みられているのか整理した。日本では長らく当事者と家族が孤立したままだったが、

インターネットの普及とともに2000年前後からオンライン・コミュニティが形成され、

2007年と2008年にはアルビノ・ドーナツの会と日本アルビニズムネットワークが立て続

けに組織化され、以降は頻繁にメディアにも取り上げられるようになった。また、1999

年を境に「ユニークフェイス問題」が注目されるようになり、アルビノもまたその当事者

性を主張していき、現在では「見た目問題」の代表的な症状のひとつとなっている。

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 遺伝学における否定は「ないにこしたことはない」程度で、弱視教育では自立「でき る」側に追いやられ、オタクたちからは肯定的に消費されてきた。「できる」ことや美し さなど、必ずしも否定的な意味づけばかりではなかったが、いずれにおいても受動的な客 体として取り扱われてきた点では共通している。それと比べると近年の「見た目問題」と しての可視化は、当事者自らの手による問題の政治化である。正確な情報がなく、自分以 外の当事者に出会うこともできずに孤立し、学校でのいじめや情報保障の不備、就職差別 などを経験し、それを解消するために自らセルフヘルプ活動に従事している当事者たちが メディアのなかでライフストーリーを語る。やや単純化してまとめるならば、現在、アル ビノ当事者たちが採用しているのは、これまで過小に評価されてきた差別や抑圧を告発 し、社会的障壁を除去するという主流派の戦略である。

第5章 「当事者の時代」の社会調査

 第4章までの歴史の検討をまとめるならば、医療従事者や教育関係者から問題であると 定義されてきたアルビノ当事者たちが新たに声をあげ、それを聞き届け支持するコミュニ ティも生まれ、メディアへの露出も増えている現在は、ストーリーを語る時機がおとずれ たと考えることができる(Plummer 1995=1998)。第5章では、本研究が採用するライ フストーリー研究が、「当事者の時代」(中西・上野 2003)と呼ばれる現代の社会調査 の方法論として適していることを確認した。

 調査される側からの問い返しを受けてライフストーリー研究が獲得したリフレクシヴな 視点は(桜井 2002)、問題を政治の俎上に乗せることで不可避的に招来される沈黙への 対応が可能であり、多様な語りが混在しているアルビノを研究するにあたって有効であ る。第4章で確認したとおり、メディアに取り上げられる当事者たちは、いじめや差別を 経験し、その不当性を社会に訴えるべく自らセルフヘルプ活動を主導している「強い」主 体である。彼/彼女たちの経験を聞き取るのももちろん重要だが、本研究がライフストー リー研究を採用する理由は、語る意義を見出した「強い」主体の影に隠れて注目されにく い当事者たちの沈黙や語りがたさにもアプローチするのが狙いである。

 そして、第6章から第9章で13人のアルビノ当事者のライフストーリーを検討した(調 査概要、調査協力者一覧は別途添付)。

第6章 歴史の隙間を埋める語り

 第6章では、年配の当事者の語りから彼/彼女たちの人生を歴史的文脈に位置づけ直す ことを目指した。時代背景による変化を描き出そうという意図もあったため、「今から振 り返ると」「今と比べて」といった評価的語りに注目した。また、結婚や生殖、ひいては 遺伝をめぐっては特有の語りがたさがあった。

第7章 強いられた「よい適応」

 第7章は、1970年代以降に生まれた若い世代のライフストーリーである。当事者たち

が直面している具体的な問題経験を整理し、他者からはなかなか理解してもらえない「曖

昧な生きづらさ」(草柳 2004)の記述を目的とした。軽度障害者や異形の人びとと同様

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に(秋風 2008; 西倉 2009)、アルビノ当事者たちも個人的な努力による「よい適応」

(Goffman 1963=2001)を強いられている。

第8章 「私たち」の問題構成と経験知の継承

 第8章ではそうした問題経験を社会的な文脈に接続しようと試み、セルフヘルプ活動に 従事している2人に焦点を当てた。第1節のJさんの場合はクレイム申し立てとしてイン タビューに臨み、告発に値する問題経験の語りに終始した。第2節のKさんは経験知の継 承としてインタビューに応じ、若い世代の当事者やその家族への教訓やメッセージとなる ようなライフストーリーを展開した。どちらも調査を戦略的に利用しており、当事者コ ミュニティやより広い社会といった、自身のライフストーリーにふれる可能性のある読者 に向けて語ったのである。

第9章 アルビノをめぐる常識的理解の相対化

 第9章は、13人のなかではおそらく最も調査協力に消極的だったLさんと、「生きづ らさを抱えながらもそれに対処している当事者の経験を聞き取る」という私が用意した

「調査目的」を笑いながら否定したMさんのライフストーリーである。何が聞きたいの か、こんな話でいいのかと問い返しながらも語ってくれた彼女たちは、自らのライフス トーリーが人びとに受け入れられやすい既存の枠組みで解釈されるのを拒んだのであり、

そこに新しいストーリー生成の契機が秘められている。

終章 戦略としての嘘と沈黙と語りがたさ

10.1 受動的な客体から政治的な主体へ

 終章では、既存の研究群のなかでの位置づけを確認し、本研究の成果を明確にした。ま ず、日本におけるアルビノの歴史が、これまでの障害者運動の潮流のどこに位置づけら れ、また運動とともに発展してきた障害学によってどのように説明できるのか再検討した

(既述)。そこから、アルビノの問題が既存の研究や運動のなかではメインストリームに なりにくかったということが見えてくる。

10.2 「私たち」が定義する「私たち」の問題

 次に、否定の力にさらされやすく、社会問題として承認されにくい問題経験に焦点化し て、アルビノ当事者たちのライフストーリーを整理した。

10.2.1 情報不足と孤立のなかでの無力化

 調査協力者たちがとりわけ強調したのが、正確な知識・情報の欠如であり、そもそも

「アルビノ」や「白皮症」という言葉すら知らないまま成長した当事者も多い。Bさんの

母親のように出生直後は「米兵とあれしたんじゃねーか」と疑われるなど、生まれてきた

子どもがいったい何なのかわからない親たちがほとんどである。そんな親がまず頼るのは

医療従事者だが、医者から「二十歳までは生きひんやろ」と言われるなど(D)、場合に

よっては絶望的な宣告に振り回される。また、眼科医や皮膚科医から生物医学的な情報を

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えたとしても、他の当事者たちが「どういうふうに生きてるんだっていうのはわからな い」ままであり、生きていくうえでのモデルにはならない(F)。

 そして、こうした情報不足と孤立は自己否定感を抱いたまま無力化される結果を招く。

Kさんは、周囲からの「なんで白いの」という質問攻めに答えられなかった経験が物理的 ないじめや暴力よりも「トラウマ」になったと語る。だからこそ彼は、遺伝子診断によっ て「白皮症」という答えをえたことが大きな転機となった。自分の身体はなぜこうなって いるのか、今後どんな経過をたどるのかなど、それを理解するための説明モデルの獲得は 多くの疑問を解消し、差し迫った生活状況を切り拓いていく契機となるのである。

10.2.2 個人的努力への煽動

 当事者たちの多くは手探りで生活し、対処法も経験的に身につけてきたのであり、そこ で直面した問題は技術的・制度的に解消されたのではない。家族をはじめとした周囲の協 力がなくては成り立たないという意味で社会化されておらず、人並みの結果を達成するた めに人並み以上に時間と労力を費やしてきた。

 特に普通校に進学した当事者たちは、家に帰ってからの予習・復習や(E)、視覚以外 に頼った「その場しのぎ」の対処によって学力不振に陥るのを避けてきた(G)。「同じ スタートライン」に立たせてもらえないのを個人的な努力によって埋め合わせており

(K)、最初から何の問題もない配慮の平等(石川 2004)は保障されていない。一方、

盲学校や弱視学級であれば、始めから必要な情報保証が用意されている。しかし、それを 当たり前のものとして甘受することは許されず、ひとたび盲学校を出れば再び予習・復習 の日々に逆戻りするし(E)、Fさんのように「ずいぶんいろいろ配慮してもらってた世 界」から脱却し、自助努力によって問題を解消できるよう認識の転換を迫られる。

 自力で問題を解決する克服努力だけでなく、身近な人びとも含めた社会に向けて問題解 決を働きかける啓発努力も個人に課せられており、それを怠れば自己責任として放ってお かれる。積極的な援助要請によって人間関係や共同作業がうまくいくのは間違いないだろ うし(H)、周囲の理解が進めばある種の解放と感じられる(G)。しかし、いちいち説 明するのは実際「面倒くさい」ことであり(E、L)、個々の当事者にとって負担になり うるという点には留意が必要だろう。

10.2.3 援助要請の拒否、あるいはクレイムの無効化

 また、誰もが快く援助要請を引き受けてくれるとは限らず、「区別はできないとかね、

特別扱いできないとかいう物言い」をしてくる相手を説得し、拡大コピーを手にするまで に労力を費やし(D)、見えない英文の板書を読み上げてもらっても聞き取れず、紙に書 いて渡してもらうまでに時間を費やす(J)。結果的に必要な情報保障をえられている が、難色を示す相手からそれを引き出すために払ったコストは無駄である。

 他にも、視力について説明したら「あんたメガネかけてへんやん」と疑われたり

(G)、「アルビノなんて軽い障害だ」といったニュアンスで過小評価される(I)。何

かと比較する場合、そこにはたいてい「だから我慢しろ」あるいは「だからもっと頑張

れ」が含意されている(秋風 2008)。だが、アルビノの外見をめぐっては特に、肯定的

評価によって否定性を相殺するレトリックが用いられることがある。それが、Iさんがい

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ら立ちを覚える「でも、きれいじゃん」であり、これも「だから我慢しろ」または「だか ら気にするな」に接続し、彼女のクレイム申し立てを退ける。

 そんななかで簡単には諦めなかったのがJさんであり、それゆえに彼女は数々の排除を 経験してきた。アルバイトの面接で髪の毛を染めていないと説明しても「いちいちお客さ んに説明するわけにはいかないでしょ」と不採用になり、医療福祉系の専門学校でも同じ く「いちいち利用者さんに説明するのは面倒くさいでしょ」と入学を拒否される。「面倒 くさいでしょ」は、すべての人びとに説明するのは非現実的であるという想定に基づいて おり、それはどうせ不可能なのだからJさんを雇わない、入学させないのもしかたないと いう正当化である。

 当事者個人による克服努力は、一方で社会の受け入れ努力を促進する場合もあるが、逆 に社会の側の努力を不要にする場合もありうる(杉野 1999)。Jさんと同じように「お 客さんがどう見るかなんだよ」と言われて違和感を覚えながらも髪を黒くしたHさんは、

ファーストフード店でアルバイトができた。だが、彼を職場に受け入れるために変わった のは社会ではなく個人である。社会の側の受け入れ努力を不要にするために、アルビノ当 事者たちは個人的努力を強いられているのである。

10.2.4 合理的選択としての諦め、またはがまん

 個人的努力とは別に社会の側の受け入れ努力を不要にさせるものがあり、それは端的に 諦める、あるいは諦めるとまでは言わずとも始めから受け入れてくれそうなところでがま んすることである。例えば「接客は無理だって思ったから」消去法で郵便局の仕分けのア ルバイトを選ぶなど(E)、自身の判断で選択肢を狭めている。またGさんは、入試での 特別措置が「放ったらかしというか、適当」だった大学には入学せず、髪を染めるのを暗 に求め、合理的配慮をするつもりがなさそうな企業の内定を辞退している。

 これは、自己抑制による社会的活動からの撤退であり、合理的にリスクを回避した結果 である(星加 2007)。アルビノの場合、高等教育や生産労働から完全に排除されてはお らず、何かを諦めたとしてもその他の選択肢は残されている。当事者たちはアルビノを受 け入れるつもりのない数多くの可能性からは排除され、受け入れ準備のあるところに甘ん じてきた。そのなかで、日常的なコンフリクトを「文句言われてもしょうがない」とがま んし(H)、本来当たり前にあるはずの情報保障を「特別な」配慮として恩恵的に受け 取っている(G)。このようにして学校教育や生産労働のなかに包摂されてきた。

 アルビノ当事者たちの個人的な努力が社会の受け入れ努力を促進したかといえば、そう とは言えない。彼/彼女たちが社会生活を営み、必要に応じて改善を求めていく相手は、

はじめから受け入れ努力の用意がある学校や企業がほとんどであり、したがってその範囲 内で啓発努力が成功するのは当然である。情報保障や合理的配慮の用意がない領域には近 づくことを避けてきたのだから、そこで受け入れ努力が促進されるはずはない。

10.2.5 経験的知識の共有と社会問題としての告発

 こうした問題を解消するため、協力者の何人かはセルフヘルプ活動に携わっている。そ

の代表格がKさんで、彼はセルフヘルプ運動に典型的な多様な経験知の蓄積と継承を主眼

に置いている。その活動は、アルビノについて何も知らない一般の人びとや今後関わる可

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能性のある専門職養成課程の学生に「正しい知識を知ってもら」うためだけでなく、若い 世代の当事者たちに自分と同じ思いをさせないための語り継ぎである。

 また、変わるべきは社会であると強い主張を貫き、ドーナツの会を運営しているJさん の存在は際立っている。インタビュー調査において、彼女は個人的な経験を社会的な問題 に接続するための説得的なクレイムを構成できるようにライフストーリーを語った。彼女 にとって学校側の配慮や特別扱いは自分を「がんじがらめにしてしまう」パターナリズム である。また、高校入学後にみんなと同じことができないという挫折を経験してからは、

単に何かが「できない」のではなく「させてもらえない」という無力化過程として語る。

彼女は、アルバイトの面接で不採用にした雇用主たちや大学の教務課に就職課に英語教 員、専門学校の教職員など、誰が不当なのかを明確にし、問題があるのは個人ではなく社 会であるというクレイムを構成する。

 問題経験は、理解者に語るのは容易でもその逆は難しい。人びとはクレイムが無効化さ れることを念頭に置いて、そのリスクと効果を天秤にかけ、現状の改善を求めるか沈黙す るかを選択する(草柳 2004)。アルビノの問題は、受け入れてくれない社会に挑戦しな い限りは可視化される必要のないものとして温存されてきた。そのなかで、多くが合理的 な判断によって沈黙してきたのに対して、Jさんはそれに甘んじることなくリスクを引き 受けたうえで現状を変えていく道を選び、セルフヘルプ・グループを組織し運動を主導し ているのである。

10.3 肯定/否定の政治からの離脱

 以上は、脱政治化されていたアルビノ当事者たちが、自らの問題を語る権利を取り戻そ うとしてきた政治化過程として理解できる。その語りは、アルビノを無力化/脱政治化す る全体社会のマスター・ナラティブに対抗するモデル・ストーリーである。こうした差別 や抑圧を社会的な文脈のもとで明らかにすることも本研究の重要な課題のひとつである。

ただし、本研究が採用するライフストーリー研究は、研究や運動のモデル・ストーリーが 抑圧的に働いたことへの反省が成立の背景にある。現在の当事者コミュニティに求められ ているのは、運動の成果とモデル・ストーリーの意義を認めつつも、そこに到達できない 人びとを沈黙させないような戦略である。

10.3.1 闘う被抑圧者と障害個性論の陳腐化

 自助努力によって問題を克服し、自己責任において自己実現を達成する当事者は、新自 由主義的な主体と言うこともできる。個人は、多様なライフスタイルを選択する権利と引 き換えに、その選択の責任を引き受けて自立することを求められる(渋谷 2003)。負担 する側のコストダウンのために、いとも容易く自己決定と自己責任とが連結され、自立や 自助努力が強調される。時間や労力や経済的負担を引き受けて当事者や家族のためにセル フヘルプ活動を続けているJさんやKさんの語りがモデル・ストーリーとして支持され、

マスター・ナラティブとして消費されるのも必然だろう。

 一方で「アルビノだからアルビノの人のために何かしたいって思ったことはあんまりな

い」と述べたのがLさんである。彼女も、セルフヘルプ活動に従事する当事者たちを「全

然使命感が違う」と評価しているが、かといって自分もそこを目指そうとはしない。彼女

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が調査協力に消極的だったのは、調査協力を通して当事者コミュニティに貢献するという 動機づけを承認してしまうと、闘う被抑圧者として巻き込まれかねないからである。Lさ んの語りは、当事者ばかりが問題の可視化を担い、闘わされている現状を問い返す。

 また、屈託なく生きるにしても、差別される主体を前提にして一度マイナスを引き受け てからでないとプラスに転化できないという点は、モデル・ストーリーもマスター・ナラ ティブも同じ構造をもっている。Mさんの語りも、肯定/否定のどちらであれ、政治の舞 台に引きずり出されることに対しての批判である。否定性を受け入れて改善を求める、あ るいは価値を逆転させて肯定するという戦略があるが、問題なのはそこで良いか悪いかの 選択を迫られることであり、そもそもそんな問いが立てられる土俵に乗る必要はない(岡 原・立岩 1995; 立岩 1997)。Mさんは、例えば障害個性論のように、否定性への反動と してしか肯定できないアイデンティティ戦略の罠を見透かしていたのである。

10.3.2 髪を染める、染めない、染めるのをやめることの意味づけ

 肯定/否定をめぐる政治は、髪を染める、染めない、または染めるのをやめた経験の語 りにおいてより先鋭化する。パッシングをせずに生活すれば様々な困難に直面し、かと いってパッシングすれば罪悪感や後ろめたさを感じてしまう(西倉 2009)。こうした経 験をへていれば、パッシングをやめることが人生のなかで大きな意味をもってくる。Kさ んにとって髪を染めるのをやめた経験は、「偽ってる自分」を捨て「本当の自分」を取り 戻した象徴的な出来事である。同様に白い髪に戻したことを子どもたちから素直に肯定さ れたDさんも、染めていた当時を「すっごいコンプレックス」だったと再定義している。

いずれも、自己否定感を抱き無力化されていた過去からの解放という転機としてライフス トーリーのなかに位置づけている。

 それに対してBさんは、髪を染め始めたきっかけも、染めるのをやめた動機にも過大な 意味づけはせず、現在も白い髪を隠すために帽子をかぶっているという解釈には拒絶を示 す。Mさんもまた、染めるのをやめるにいたる常識的な動機の語彙をひとつずつ潰してい き、「ちょっと楽しんでみるか」という気軽なイメージチェンジだったと強調する。なぜ なら、肯定的アイデンティティを獲得する転機として位置づけようとすると、それ以前の 差別されてきた主体が遡及的に前提にされてしまうからである。

 また本人の意図とは関わりなく、髪を染めているのは隠すためだと否定的な意味づけを 与えられ、その反面髪を染めないでいるのは政治的なアピールだと見なされる。Lさん も、染めていない当事者を見て「頑張ってるなー」と思ってしまうが、染めても染めなく ても「自分は自分」だと語り、それを過剰に意味づけない。「聞かれるのが面倒くさかっ た」「聞かれたらまた説明しなきゃいけないし、面倒くさい」と度々報告したように、L さんは日常生活においては沈黙を選んでいる。彼女の沈黙は、「わかりやすく教えてほし い」と聞いてくる良識派のマジョリティを突き放す(鄭 1997)。その点で政治化を強い てくる非当事者たちを問い返すひとつの戦略としての意義もある。

 同様に、「全部にまともに答えてどうすんの」と語るMさんは外国人のフリをして無知

な人びとをからかうし、Dさんも「あたし、クォーターやからー」と嘘を教えてあしらう

など、当事者側に課せられる説明責任を一時的に放棄する。これもまた、アルビノへの理

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解の促進のために「真正面」から説明するのとはまったく異なるが、Lさんの沈黙と同じ く個々の負担を軽減させる戦略である。

10.3.3 生殖をめぐる政治的無関心の語り

 もうひとつ肯定/否定の政治に否応無しに巻き込まれてしまうのが、結婚や生殖、ひい ては遺伝をめぐる語りである。Dさんのように、「しんどい思い」や「辛い思い」があっ たと率直に語れば、自分と同じ思いをさせたくないから「元気な子どもが出てきてくれる ことに越したことはない」「普通の子どもがいいな」という因果的ストーリーも構成しや すい。対して、小学2年生で早々に結婚しないと決めたというBさんは、今から振り返る と「もう少しちゃんと考えてこなきゃいけないなって部分はあったと思う」と反省的に語 り、果たしてそれが正しい判断だったのかは保留する。

 とりわけ、こうした語りがたさが顕著だったのがAさんである。彼は自発的に優生手術 を受け、結果的に子どもを作らなかったわけだが、仮に子どもをもったとしても、今度は

「遺伝の心配はなかったのか」などと問われたかもしれない。子どもを作らなかった理由 を説明するために膨大な言葉を費やしたのと同じように、逆に子どもをもったとしても説 得的な説明を求められる。どちらを選択しても自明の行為とは受け取ってもらえず、だだ の家族計画ではすまされないと考えたのだろう。

 しかし、Aさんの回りくどい語りを政治的無関心として解釈することもできる。強力な モデル・ストーリーをもったインタビュアーが、それと矛盾したり関係づけられない個人 的経験や日常的な出来事を聞くに値しないものとして退けるために語り手は沈黙する(桜 井 2002)。政治的無関心による沈黙は、語りの政治化を求めてくることへのカウンター であり、「語れない」というよりも、研究者が聞きたがっていることを「語らない」だけ である。

 子どもを作っても作らなくても、否応無しに政治の舞台に引きずり出されてしまうこと をAさんは理解していた。それを避けようとした彼の語り方は政治的な無知ではなく、十 分理解したうえで無関心を全力で貫き通そうとするものであり、むしろきわめて政治的か もしれない。ただ少なくとも、「面白い話」から距離を置こうとした語りは、遺伝病者が 子どもを作る/作らないの判断をする際には葛藤があるはずだという常識に挑戦する。A さんの語りは、あえて「面白くない話」に終始することによって政治の舞台から降りると いう戦略だったのではないだろうか。

おわりに̶̶沈黙と語りがたさの解釈可能性

 障害問題においては相対的に分配問題の占めるウェイトが大きく、そのために本質主義 的なカテゴリー使用が戦略的な有効性をもちうるのに対し(星加 2008)、教育や生産労 働から完全には排除されていなかったアルビノは、権利擁護運動を展開していくための一 枚岩的なアイデンティティを立ち上げる切迫した理由をもたなかった。それが2000年前後 から国内の当事者コミュニティが萌芽し、セルフヘルプ・グループが組織され運動が展開 し、メディアにも取り上げられるようになった。

 この短い過程のなかで、本質主義的なカテゴリー使用と、そこに回収されまいとする個

別化・主体化の実践とがはじめから緊張関係をはらみつつ併存していたのがアルビノに特

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有のことではないだろうか。そしてそこには、アルビノの外見的特徴への肯定的な評価が 影響していたと考えられる。もちろん否定的経験も数多く語られたが、アルビノの症状の うち弱視と外見的特徴とを分節化し、白い髪や白い肌を取り出して部分を肯定するという 戦略は、価値を逆転させるよりは簡単である。

 以上のような現状認識のもとで、本研究のまとめとして、聞き届けられなかった語りに こだわり続けた意義を確認する。本研究は、沈黙や語りがたさ、嘘や揶揄を、政治から離 脱しより楽に生きるための戦略として積極的に評価した。アルビノであることを否定され るのは受け入れがたいが、一方で否定に対抗すべく連帯して力強く肯定するのも容易では ない。にもかかわらず、政治的主体になる以外のモデル・ストーリーがないために、そこ に到達できない人びとはリスクを引き受け闘うか現状を受け入れがまんするかの二択を迫 られる。

 Lさんの沈黙やMさんのからかい、Dさんの嘘は、アルビノへの理解・啓発という主流 の運動の文脈から見れば望ましくない対処として評価されかねない。だが、望ましい対処 にかかるコストを考えれば、モデル・ストーリーを相対化し、それよりもハードルの低い 選択肢を提示することが必要である。本研究が戦略と呼ぶのは、トラウマ体験のような

「語れない can't」ではなく「語らない don't」である。つまり、無力化の結果やむをえず 本当のことを言えなかったとか、沈黙せざるをえなかったといった消極的な評価を退け、

自らの意志によって沈黙し、からかい、嘘ではぐらかす主体性を重視した。

 以上が日常生活における当事者たちの実践であるのに対して、Aさんの語りがたさはイ ンタビュー調査という特殊な状況でとられた戦略である。ただし、日常場面で採用された 戦略とインタビュー場面で採用された戦略という違いはあるが、いずれも介入的な聞き手 に向けられている点では共通している。だとすれば、沈黙で応えたり嘘を教えたりと同じ ように、明快に語らないという戦略もあらゆる聞き手に対して応用が可能である。

 今後も、問題の可視化のためのクレイム申し立てや社会的な理解の促進という、言わば 正攻法の運動が主流であり続けるだろう。ただ、そこに加わらない人びとの沈黙や語りが たさは、政治の舞台にのぼれないことで自己否定を抱き無力化されないよう受け皿となる オプショナルな戦略である。本研究は最初に「どうすれば私は納得できるのか」という問 いを設定した。それは、私も含めて誰も否定せず誰にとっても抑圧的ではないあり方を探 索することだったと言い直せる。だとすれば、政治化過程で不可避的に招来される沈黙や 語りがたさを戦略としてとらえ直すことで、無力化もされず、かといって政治化にも向か わず、それでいて個別性・主体性も損なわない生き方が可能になる。これは、みんなが納 得できるとまでは言わないが、少なくとも納得できない当事者を格段に減らせる知見では ないだろうか。

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調査概要

調査時期:2007年6月〜2011年9月。

調査人数:延べ21名。そのうち13名のデータを使用。その他2名が調査拒否。

調査方法:それぞれに1回から3回のインタビュー。1回は1時間半〜4時間。

調査協力者一覧

生年 性別 婚姻 職業 盲学校在学、

弱視学級在籍経験

障害者手帳

取得時期 髪を染めた経験

第 6 章 第 6 章 第 6 章 第 6 章

第 7 章 第 7 章 第 7 章 第 7 章 第 7 章

第 8 章 第 8 章 第 9 章 第 9 章

A 1938 男性 既婚 嘱託職員 盲学校中学部(途中)

〜高等部 中学生 なし

B 1950 男性 未婚 嘱託職員 盲学校中学部

(一時期) 大学生 幼少期〜20代後半 C 1960 男性 既婚 独法職員 なし なし なし

D 1960 女性 離婚 公務員 盲学校小学部

〜中学部 幼少期 幼少期〜40歳前後 E 1975 女性 既婚 会社員 盲学校小学部(途中)

〜中学部 小学生途中 なし F 1985 男性 未婚 会社員 弱視学級設置

普通小学校 幼少期 なし G 1985 女性 未婚 会社員 なし 大学入学前 なし H 1981 男性 未婚 大学院生 盲学校中学部

〜高等部 幼少期 高校途中〜大学途中 I 1991 女性 未婚 高校生 なし なし なし

J 1983 女性 未婚 アルバイト

→専門学校生

盲学校資格課程

(大学卒業後) 幼少期 なし

K 1973 男性 未婚 会社員 盲学校高等部 幼少期 幼少期〜20代後半 L 1983 女性 未婚 専門学校生 盲学校資格課程

(大学卒業後) 幼少期 高校卒業後〜現在 M 1972 女性 既婚 派遣社員 なし 幼少期 幼少期〜20代後半

参照

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