『アルベール・カミュにおける「幸福」の回帰的変 遷』
著者 下條 和枝
雑誌名 仏語仏文学
巻 10
ページ 67‑86
発行年 1980‑02‑28
URL http://hdl.handle.net/10112/00017521
「幸福」の回帰的変遷』
下 條 和 枝
"Dans c e t epanouissement de l ' a i r e t c e t t e f e r t i l i t e du c i e l , i l s e m b l a i t que l a s e u l e t a c h e des hommes f u t de v i v r e e t d ' e t r e h e u r e u x . "
A l b e r t Camus1>
序 論
アルベール・カミュの生涯において,彼の思想と行動を支えていたもの は一体何であったか。その問いに即座に答えることは,容易ではない。し かし少なくとも,彼の心の底に常に流れていたものが「幸福」への渇望で あった, ということだけは確かであろう。というのも,彼の諸作品を彩る 言葉が「地中海的審美」・「不条理」・「反抗」・「中庸」といったものであっ たにせよ,その板底にあるものは,幸福になることへの並み並みならぬ彼 の意志であったと思うからである。ゆえに本論文中においては,彼の諸作 品と行動を通じ,カミュの求めた「幸福」とはどのようなものであり,ま たそれは時代の流れと共にどのように移り変わっていったかを探究してい きたいと思う。
く
NOTES}
( P L . I … . . . A l b e r t C a m 1 1 s ; T h e l i t r e , R e c i t s , N o 1 1 v e l l e s , B i b l i o t h e q u e d e l a P l e i a d e , G a l l i m a r d )
( P L . I I … . . A l b e r t Camus; E s s a i s , B i b l i o t h e q u e d e l a P l e i a d e , G a l l i m a r d )
1 ) La m a r t h e 1 1 r e u s e , p . 2 9
6 8
本 論
第一章 無垢なる反抗者の「幸福」
第一節生と死の中の自己成就
アルベール・カミュの初期の作品群においてすでに彼が, 「幸福」に少 なからざる関心を抱いていたことを我々は知るだろう。それは時には,彼 自身が幸福であるのか,あるいはそうでないのかが,彼に課せられた重大 問題であるかのようにすら我々に思わせるほどである。彼はことさらのよ
うに強調する,「私は幸せだ」,そして「幸せになることを恥じる必要はな ぃ」と。
" J e s u i s h e u r e u x c l a n s c e monde c a r mon royaume e s t d e c e m o n d e . " ( C a r n e t s I , p . 2 2 )
" I I n ' y a p a s d e h o n t e a~tre h e u r e u x . " ( N o c e s , P L . I I , p . 5 8 )
これはなぜか。それは彼が,幸福ではなかったからだとは考えられまい か。幸福ではなかったゆえに,彼は幸福にならねばならなかったのではな いだろうか。すでに彼が幸福であり,満たされていたのなら, ど う し てしる
「幸福である」と記す必要があったのであろうか。文字に託すという積極 的な手段に,どうして訴える必要があったのであろうか。勿論,ここでい う「幸福」とは,普通,人が用いる場合のそれではない。むしろそれとは 反対のところにさえ位置している, といえるものである。
" I I ( l e s e n s du mot b o n h e u r ) e s t un peu l e c o n t r a i r e d e c e q u ' o n e n t e n d p a r l ' o r d i n a i r e ( J e s u i s h e u r e u x ) . " ( C a r n e t s I , p . 7 7 )
財をなすことでも,社会的名声を得るものでもない「幸福」を彼に求め させたのは,一体何であったのか。それはカリギュラが語るように,人は 死ななくてはならないという事実からくるものである。人は必ず死ぬ,ゅえに人は幸福ではないのだ。
" L e s hommes m e u r e n t e t i l s n e s o n t p a s h e u r e u x . " ( C a l i g u l a , P L . I , p . 1 6 )
しかしなぜこうも「死」に対して,カミュは敏感であるのか。それは彼
自身がすでに,死に直面することを余儀なくさせられていたからに他なら ない。彼は,十代の後半
(1930
年)に喀血した。それは,今と違って何の 特効薬も治療法も発見されていなかった当時において,死を意味するに等 しい病(結核)であった。この事実の発見は,生を謳歌する一人の若者を 絶望の淵に陥れるのに十分であった。人は死ぬ,ゆえに幸福でないとする. . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
ならば,人は死ぬゆえにこそ,幸福にならねばならないのではあるまいか。
それは死へと向かう途上において,人が掴みとらねばならぬ「幸福」であ るのだ。こうして,カミュのく幸福の要求〉がこの時より始まる。
" L ' e x i g e n c e du b o n h e u r e t s a r e c h e r c h e p a t i e n t e . I I n ' y a p a s d e n e c e s s i t e a e x i l e r u n e m e l a n c o l i e , m a i s i l y e n a u n e a d e t r u i r e e n n o u s c e g o u t du d i f f i c i l e e t du f a t a l . E t r e h e u r e u x a v e c s e s a m i s , e n a c c o r d a v e c l e m o n d e , e t g a g n e r s o n b o n h e u r e n s u i v a n t u n e v o i e q u i p o u r t a n t mene a l a m o r t . " ( C a r n e t s I , p . 9 2 )
(下線筆者)
このく幸福の要求〉は,人間に生を与えておきながら,気まぐれにそれ を取りあげにくる神に対してなされた。決定的な屈辱を人間に与える絶対 的な力への彼の反抗が, この時から始まるのである。幸福になってみせる,
このことこそが彼の反抗手段であったのだ。それは死すべき運命を担わさ れた,唯一ともいうべき人間の義務ですらある。 「人生には限界がある。
死をもって終わる人生は浪費されてはならない」2)のである。
その「幸福」とはまさに,頂上をめがける闘争,ただそれだけの中にシ ーシュポスが見出した「幸福」3)であり, さらには死刑執行を目の前にし て,自らをごまかすことをしなかったムルソーが到達した「幸福」4) に他 ならない。彼らは皆,あらゆる希望と憧れを排し,自己の責苦(死)を凝 視し,それとの対決を引き受ける,神への形而上的反抗者であるのだ。
2 )
『カミュとサルトル』p . 3 1 5
3 ) L e m y t h e d e S i s y p h e , P L . I I , p . 1 9 8
4 ) L ' と t r a n g e r ,P L . I , p . 1 2 0 9
70
さらにその「幸福」は,「自然」の恵みの力を借りることによって,より 深い喜びのうちに開花した。というのも「自然」の中の太陽の光は,幼い 頃より貧しかったカミュにも別け隔てなくその優しい光を投げかけてくれ たからである6)0
彼は「自然」があやなす豊かさを包括する「世界」の中に身を浸し,そ の「宇宙」との一体感の中で生命の審美的燃焼を果たすのだった。
"Mais l e c h a n t du monde s ' e l e v e e t m o i , e n c h a i n e au f o n d d e l a c a v e r n e , j e s u i s c o m b l e a v a n t d ' a v o i r d e s i r e . " ( C a r n e t s I , p . 2 2 ‑ 2 3 )
この時彼は, 「幸福」という言葉の意味が彼にとって, もはや曖昧なもの ではなくなっていることを理解する。" P o u r l a p r e m i e r e f o i s , l e s e n s du mot b o n h e u r n e me p a r a i t p a s e q u i v o q u e . " ( C a r n e t s I , p . 7 7 )
こうした,生への限りない愛から生まれた「幸福」は,同時に, 「:意識 的な死」を自らの手によってつくり出す「幸福」にも通じていた。カミュ は,海へ身を委ねること(それは暗に死を意味している)の中にも, 「幸 福」を感じとっている。それは,メルソーやリウーらの<海との抱擁>の シーンに象徴的にあらわれている6)。こうした死への誘惑の中に「幸福」
を見ようとするカミュは,限りある生を享受して生きなければならないと する彼の理論と矛盾するかに見えるかもしれないが,それは数少ない例外 を除いて,死すらも自己の手中に帰せしめんとする彼の激しい形而上的反 抗の線上につらなるものである。ゆえに<海との抱擁>において,死はも はや恐怖や絶望の原因ではなく,死という母なる沈黙への回帰を誘う魅惑 的な対象と化していることがわかるだろう。 「この<海との抱擁>のイメ ージは孤独な肉体を抱きとめて迎えいれる故郷の存在の確認であり,浮遊 する不安な人間存在の<母胎>への回帰であり,個の死であると同時に全
5 ) L ' e n v e r s e t l ' e n d r o i t , p r e f a c e , P L . I I , p . 6 6 ) La m o r t h e u r e u s e , p . 1 9 2 ー 1 9 3
La p e s t e , P L . I , p . 1 4 2 6 ‑ 1 4 2 7
への復帰をあらわしている。来世を信じないカミュにとって, しかし死は けっして単なる消滅ではなく,回帰である。暗黒へ,虚無への転落ではな
く,自然の中での完璧で聖なる調和への復帰である。」
こうして生と死の自己成就の中に見出したカミュの「幸福」は,「自然」
との一体感のうちに一種の空間的永続性の中に自己を再生させたことによ る至福感であり,それはまた「感情の赴くまま,本能的に生きる<幸福な 野蛮状能>から脱出し,まず個的な真実を完成するにはどうしたらよい か」8) というカミュの問題意識に対する解答でもあったのだ。 しかしそこ には,個的であるがゆえの限界が存在していたこともまた確かであった。
第 二 節 無 垢 な る 殺 人 者
有限の身でありながら,無限の中に自己を置きえたカミュの「幸福」は 真実なものには違いなかった。しかしそこには「他者」の「幸福」への共 感がない。なぜなら,幸福なのはカミュー人であるのだからである。確か に「カミュの初期の素描的作品のなかにあらわれる主要な話材のひとつが,
人間の孤独, とくに老人と貧乏人の孤独であり,彼らが手さぐりで他者と の信頼関係をまさぐっているという事実であったこと」
. .
9) は疑いのないと ころである。しかしながらカミュ自身への「幸福」の意志が,「他者」のそ れよりも優位に立たされていたこともまた事実である。例えば『幸福な死』の中のザグルーの言葉の中に,またメルソーの行為の中に,貪欲なまでの カミュのく幸福の要求〉を我々は見るだろう。
"Nous n ' a v o n s p a s l e temps d ' e t r e n o u s ‑ m e m e s . Nous n ' a v o n s q u e l e temps d ' e t r e h e u r e u x . " (La m o r t h e u r e u s e , p . 7 2 )
(以下,下線 筆者)" . . . . . . j ' ( Z a g r e u s ) a v a i s d e j a c o m p r i s q u e t o u t e t r e a y a n t l e s e n s , l a v o l o n t e e t } ' e x i g e n c e du b o n h e u r a v a i t l e d r o i t d ' e t r e r i c h e .
7 )
『パイディア・カミュ』(「カミュの自然体験」井上登より)p . 1 6 0 ‑ 1 6 1 8 ) i b i d . ,
(「カミュとギリシャ世界」大久保敏彦より)p . 1 4 3
9 )
『カミュとサルトル』p . 2 6 2
7 2
L ' e x i g e n c e du b o n h e u r me p a r a i s s a i t c e q u ' i l y a d e p l u s n o b l e au c o e u r d e l ' h o m m e . " ( i b i d . , p . 7 6 )
" B i e n s u r , j ' ( Z a g r e u s ) a i r a t e ma v i e . Mais j ' a v a i s r a i s o n a l o r s : t o u t p o u r l e b o n h e u r , c o n t r e l e monde q u i n o u s e n t o u r e d e s a b~tise e t d e s a v i o l e n c e . " ( i b i d . , p . 78)
" I n n o c e n t , b o u l e v e r s e p a r l a j o i e , i i ( M e r s a u l t ) c o m p r i t e n f i n q u ' ̲ ! ! e t a i t f a i t p o u r l e b o n h e u r . " ( i b i d . , p . 1 2 5 )
たとえそれ(殺人)が,殺される側(ザグルー)からの要求であったと はいえ,そのことが最終的に二人の「幸福」に到達するものであったとは いえ
10),
メルソーには殺人を犯すこと (「他者」の殺害)への抵抗はない。その殺人が,二人分の「幸福」の同時実現が不可能ならば,せめて一人分 の「幸福」をと彼が願ったことの結果であるとしても,それが無力なる者 同志の一体となった神への反抗であるとしても, ともかくメルソーは自身 が「幸福」になることに先を急ぐ。彼には殺人への後ろめたさや,悔恨の 念といったものが全くといってよいほど無い。それは『異邦人』のムルソ
ーにおいても然りだ。
ムルソーは,偶然(太陽)が下手人である11)ような犯罪(殺人)に対し 罪の意識をもってはいない
12)
。それどころか彼は,自己の正当性を主張する
1 3 )
。ここで気付くことは,彼らが皆,自己の「幸福」に関心を払ってはみて も,自己の犯した罪の重さには何の関心も払ってはいないということだ。
いやむしろ彼らは,自身のく幸福の要求〉を可能にする一種の「正当性」
をも持ち合わせているかの感がある。殺人すらも反故にする威力をもつこ の「正当性」は,一体どこからくるのであろうか。それは彼らが,死とい
1 0 ) La m o r t h e u r e u s e , p . 2 0 1
1 1 ) L ' e t r a n g e r , P L . I , p . 1 1 9 6
1 2 ) i b i d . , p . 1 2 0 6 ‑ 1 2 0 7
1 3 ) i b i d . , p . 1 2 0 8
う仮借なき絶望で人間を苦しめにくる神の前にあって,罪なき犠牲者であ
. . . .
るという立場からくるのである。罪があるのは神であり,それに立ち向か う彼らには抑圧者と戦う反抗者の「正当性」が宿ると彼は考えたのである。
. . . . . . . . . . . .
その証拠に彼ら殺人者達に, カミュは無垢な人間にしか属さないという
「忘却の能力」
1 4 )
を与えたのである。ゆえに犠牲者である彼らは殺人の問 題を棚上げしたまま,自己の「幸福」に没頭することが許されたのである。しかしここで,次のことにも注意を払わねばならない。すなわち,カミ
. .
ュの求めた「幸福」がたとえ個的でありすぎたとしても,それは決して彼 の利己心から出たものではない, ということをである。彼には,その切迫 した死の宣告を前にして「他者」と共に「幸福」になる術を知る時間が,
ゆとりがなかったのである。そこにこそ,
. . . . . . 「他者」と共にある「幸福」を つくり出す前に,最も実現可能なものとしての自己の「幸福」を,まずも
ほか
って獲得しなければならない理由があったのである。しかし,その他なら ぬ個的幸福の充足感が彼をして, 「他者」の「幸福」へと目を向けさせる 結果になったということは注目に値しよう。
自己の「幸福」を獲得した彼は,次いで彼に親しかった「他者」のく幸 福の要求〉を始めた。 {moi► から {nous► へと関心を広げる中で彼は「孤 立から出発して,……孤独を破りながら,自我から他者へ,個から全体へ とこの温かい関係,人間愛の共同体を誕生させ」
1 5 )
ようと欲した。こうし た意図のもとにたった彼の政治的参加の同意の中に,我々はカミュの「積 極的なモラル」1 6 )
への発展を見るだろう。第三節 「幸福」の崩壊
「歴史」への参加を決意したカミュに,第二次世界大戦という時代の波 が押し寄せた。戦争がもつ諸々の「不正」によって, 日々その存在が脅か されつつある「幸福」を擁護し,増大させんがために彼は積極的なレジス
1 4 ) La mart h e u r e u s e , p . 1 2 5
1 5 )
『カミュ研究』(「反抗と幸福」アルベール・ベガンより)p . 1 2 0
1 6 )
『カミュ論』p . 5 3 ( P . H .
シモン)! I
'
7 4
タンス活動へと参加していく。戦争が生み出す悲滲な「不幸」に対抗して,
「幸福」をつくり出さねばならないと彼は考えたからである。この時,<幸 福の要求〉に次いでカミュのく幸福の創造〉が始まる。
“••…. t a n d i s q u ' i l m ' a p p a r a i s s a i t au c o n t r a i r e q u e l'homme d e v a i t a f f i r m e r l a j u s t i c e p o u r l u t t e r c o n t r e ! ' i n j u s t i c e e t e r n e l l e ,
竺竺du b o n h e u r p o u r p r o t e s t e r c o n t r e l ' u n i v e r s du m a l h e u r . ( L e t t r e s i i u n a m i a l l e m a n d , P L . I I , p . 2 4 0 )
この時彼にとっての「幸福」は, 「不幸」を生み出す「不正」と闘い,
それを敗退させて「正義」を樹立しそれに仕えることであったといえる。
ゆえに彼はく幸福の創造〉を可能にする「正義」を,「世界を抑圧し,全世 界に不正を増大させようとする」
1 7 )
ナチスに象徴される「不正」と闘うた めの「正義」に奉仕することを決意する。"Nous d e v o n s s e r v i r l a j u s t i c e p a r c e q u e n o t r e c o n d i t i o n e s t i n j u s t e , a j o u t e r au b o n h e u r e t a l a j o i e p a r c e q u e c e t umvers e s t m a l h e u r e u x . " ( C a r n e t s 1 1 , p . 1 2 9 )
すなわち,絶対的な力でもって人間を支配しようとする神にも通じる,
全体主義的圧制を世界に広げんとした力の組織的集団に彼の反抗の矛先は 向けられたのである。カミュは被抑圧者であるという「正当性」ゆえにも つことが許されえると信じた「正義」を絶対視し,それを抑圧者の側に属 するとみなした「不正」と闘うために行使した。それは,自己の手の清ら かさ18) と,「無垢性」19)に支えられた「正義」であった。しかしその「正 義」論法にも弱点があった。すなわち彼のいう「正義」は,戦争が終結す る時点においてその社会性を失うことになるという点である。しかしその ことに気付かなかったカミュは,やがて裁かれる立場から裁く立場へと移 っていった。
: '
1 7 )
『カミュ論』( P . H . シモン) p . 1 3 9
1 8 ) L e t t r e s i i u n a m i a l l e m a n d , P L . I I , p . 2 2 3
1 9 ) i b i d . , p . 2 4 2
戦後の,フランスにおける対独協力派粛清問題に携わっていく中で,た とえそれが数人の友人の死による憎悪の感情がもたらしたものであったに せよ
2 0 ),
彼は人間の死刑を要求することに同意したのである。たとえそれ が直接的な殺人を意味したものではないとしても,彼の『コンバ』紙上に おける粛清是認の表明2 1 )
は,当時置かれていた無秩序で,混沌とした粛清 裁判にさらに拍車をかける結果になったことは否めない。. .
しかし粛清があまりにも容易に進行し,敗者の死刑を求める声が高まる 中で不安と焦りを感じ始めた彼は,時期尚早な無謀すぎるロベール・ブラ
ジ ャ ッ ク
22)
の死刑執行を目の当たりにして初めて,「粛清の破産」23)
に気付かざるをえなかった。その後彼は,フランスにおける粛清の失敗を説き
2 4 ) ,
2 0 ) L ' i n c r o y a n t e t L e s c h r e t i e n s , P L . I I , p . 3 7 1
2 1 ) Le t e m p s du m e p r i s , C o m b a t , 30 a o u t 1 9 4 4 , P L . I I , p . 2 5 9 C o m b a t , 2 0 o c t o b r e , 1 9 4 4 , P L . ・ I I , p . 1 5 3 1 ‑ 1 5 3 3
C o m b a t , 2 5 o c t o b r e , 1 9 4 4 , P L . I I , p . 1 5 3 6 2 2 ) " B r a s i l l a c h ( R o b e r t ) ,
l i t t e r a t e u r . Ne en 1 9 0 9 , r e s : u a l ' E c o l e normale a v i n g t ‑ d e u x a n s , i l s ' o c c u p a de p o l i t i q u e e t de l i t t e r a t u r e , f u t c r i t i q u e a l ' A c t i o n J r a n i ; a i s e
e t s e r e n d i t c e l e b r e dans l e monde d e s l e t t r e s p a r d e s l i v r e s charmants de j e u n e s s e e t de f a n t a i s i e e t d e s o e u v r e s p o e t i q u e s , t o u c h a n t a t o u t e s s o r t e s de s u j e t s : P r e s e n c e d e V i r g i l e , 1 9 3 2 ; Le p r o c e s d e J e a n n e d ' A r c , 1 9 3 2 ; L ' e n f a n t d e l a n u i t , 1 9 3 4 ; L e s c a d e t s d e l ' A l c a z a r , 1 9 3 6 ; Le m a r ‑ chand d ' o i s e a u
,ェ1 9 3 6 ; d e s c h r o n i q u e s : Comme l e t e m p s p a s s e , 1 9 3 7 ; N o t r e a v a n t ‑ g u e r r e , q u i d e p e i n t q u i n z e a n n e e s du v i s a g e de P a r i s ; d e s t r a v a u x s u r l e t h 紐 t r e ,s u r l e c i n e m a , e t c . En 1 9 3 7 i l f u t nomme r e d a c t e u r en c h e f de J e s u i s p a r t o u t . F a i t p r i s o n n i e r en 1 9 4 0 , i l f i t , d e s l ' o f t a g au i l e t a i t d e t e n u , l ' e l o g e d e l a c o l l a b o r a t i o n f r a n c o ‑ a l l e m a n d e e t , l i b e r e en 1 9 4 1 , s e c o n v e r t i t au n a t i o n a l ‑ s o c i a l i s m e , s e t i n t en r e l a t i o n s c o n s t a n t e s a v e c l ' e n n e m i , en h a i n e , d i s a i t ‑ i l , d e l a p o l i t i q u e d e Reynaud, Blum, M a n d e l , D a l a d i e r , e t f u t , a c o t e d e q u a t r e A l l e m a n d s , a d m i n i s t r a t e u r de l a l i b r a i r i e g e r m a n o p h i l e ( R i v e g a u c h e ) . P a s s e d e v a n t l a c o u r de j u s t i c e l e 1 9 j a n v . 1 9 4 5 , i l d e c l a r a ne r i e n r e g r e t t e r , f u t condamne a mort e t
e x e c u t e l e 6 f e v r i e r . " ( D i c t i o n n a i r e d e B i o g r a p h i e F r a n i ; a i s e , 1 9 5 6 , L i b ‑ r a i r i e l e t o u z e y e t a n e )
2 3 ) Camus e t ( C o m b a t ) , Roger Q u i l l i o t , P L . I I , p . 1 5 0 2 2 4 ) C o m b a t , 5 j a n v i e r 1 9 4 5 , P L . I I , p . 1 5 4 8
i b i d . , p . 1 5 5 0
C o m b a t , 30 a o u t 1 9 4 5 , P L . I I , p . 2 8 9
7 6
粛清の行き過ぎを忠告したフランソワ・モーリヤック
2 5 )
が正しかったこと を,そして自身が誤っていたことを公的に認めるに至った2 P )
。こうして,かつて清い手をした正義の人となりえた時の「幸福」は, こ こに見事に打ち砕かれるに至ったのである。自己の「無垢性」をなくした 今,彼に与えられていたはずである反抗者としての「正当性」を彼は無残 にもはぎ取られたのである。彼が信奉した「正義」が崩壊していくなかで,
彼は自己の「幸福」までもが崩れ去るのを認めないわけにはいかなかった。
しかしここで,カミュの粛清問題に関する初期の発言が決して「己れの 主義主張を絶対的なものと見なし,己れを正義のゆるぎない代弁者と見な す」
2 7 )
ところから発されたものではないことを認めなくてはなるまい。な ぜなら彼自身,粛清を余儀ないものとして対処しなければならなかったフ ランスの置かれていた立場にジレンマを感じていたからである2 8 )
。さらに もう一つ見落としてはならないのは,カミュの思想に社会性が大きく導入 されたという点である。というのも「人間たちのいない自然」2 9 )
を至上の ものとしていた彼が,「歴史」との係わり合いの中で「人間こそが,宇宙に おける唯一の意味をもつことを要求されている存在である」30)
と確信する に至るからである。ともあれカミュは,なくした「無垢性」へ淡いノスタルジーを抱きなが ら,有罪者たる自己の「幸福」を捜し求める旅に出るのである。
2 5 ) " E s t ‑ c e dans une e p o q u e ou l e s a r r e s t a t i o n s a r b i t r a i r e s s o n t l a r e g l e q u ' i l f a u t e n l e v e r aux condamnes l a c h a n c e d e r n i e r e du r e c o u r s en g r a c e ? Encore une f o i s , q u ' o n ne nous a c c u s e p a s de s e n s i b l e r i e . Nous d i s o n s f r o i d e m e n t , en p a r l a n t du r e c o u r s e n g r a c e , que c ' e s t d ' u n e p r e o g a t i v e de l ' E t a t q u ' i l s ' a g i t , e t que c e r t a i n s v e r d i c t s m e t t e n t en j e u l ' i n t e r e t n a t i o n a l . " (La j u s t i c e e t l a g u e r r e , Fran~ois M a u r i a c , Le F i g a r o , 1 9 o c t o b r e , 1 9 4 4 )
2 6 ) L ' i n c r o y a n t e t l e s c h r e t i e n s , 1 9 4 8 , P L . I I . p . 3 7 2 2 7 )
『アルベール・カミュ その光と影』p . 2 7 2 2 8 ) C o m b a t , 2 1 o c t o b r e , 1 9 4 4 , P L , I I . p . 1 5 3 4 2 9 ) N o c e s , P L . I I , p . 8 7
3 0 ) L e t t r e s i t u n ami a l l e m a n d , P L . I I , p . 2 4 1
第二章 有罪なる反抗者の「幸福」
第 一 節 第 一 回 有 罪 宣 言
「正義」という観念を絶対視したばっかりに殺人を犯してしまったカミ ュは,ゆえに殺人を必然化させ正当化させるあらゆる論理と行為に異議申 し立てをする。それは地上において減じられつつある「幸福」を擁護し,
その崩壊を最小限にくい止めんとする彼の意思から出たものである。 「幸 福」のこれ以上の崩壊を防ぐこと,すなわちく幸福の擁護〉に努めること
こそが,有罪者たる彼の心の拠り所となるのであった。
自己への強い反省の意を込めて,彼は次のように語る。 「政治のもつニ 律背反。犠牲者になるか,あるいは死刑執行人になるのかを我々が選ばな くてはならない世界の中に我々はいるのだ」
8 l )
と。『犠牲者も否,死刑執行 人も否』の中で彼は,殺し合うことのない世界をではなく,殺人が正当化 されない世界を82),
と願う。ゆえに彼は一切を救うことは無理であるにせ ょ,少なくとも未来が可能であるために,肉体を救うことだけはできるの ではないか88
り と説く。それは,生命のもつ重さはあらゆるイデオロギー のもつ正当性にも優るという, 目的が手段を正当化させるありとあらゆる 原理への挑戦を意味していた。こうした意図のもとに,. . . .
「ペスト」と闘う 人々もまた生きようとしたのである。「ペスト」が象徴するものは,単に第二次世界大戦下のフランスを襲っ た全体主義的暴力を指しているだけではない。それは,抽象化された全体 主義的組織がもつ抑圧と暴力である。目に見えぬ集団的抑圧と規格化への 無意識下における加担は, 日常の生活の中にも数多くありうるのだ。日々 の社会組織の中に徐々に浸透し,死者のように表情のない暴力でもって人 々の心に巣食うペスト菌は,人々が求める「幸福」を脅かし蝕む。それは
3 1 ) C a r n e t s I I , p . 1 4 1
3 2 ) Ni v i c t i m e s n i b o u r r e a u x , P L . I I , p . 3 3 4
3 3 ) i b i d . , p . 3 3 5
78
「怪獣じみた機械のようにひとりひとりの人間をくいつくし,その死骸を まるで工場の 廃物 のようにあてどもなく積みかさねるかと思うと,ま た黙々と,情容赦なく,私的生活のありとあらゆる領域をむしばんでゆき,
その人格的統一と,感情と,希望と.よろこびを破壊」34) し尽くす代物で ある。してみれば我々とて,タルーが語ったように
3&)
ペスト保菌者に他な らない。では, もはや無菌(無垢)ではなくなったペスト保菌者としての「幸福」
を.カミュはどこに見出しているのであろうか。それはく幸福の擁護〉に よって自ら再生しようとしたカミュと同様に, 『ペスト』の中のタルーや リウーらのペストとの「際限なく続く敗北」
3 8 )
との闘いの中に見出されて いる。それは,日々自分の職務を誠実に果たすことによって,ペスト保菌 者であるといえども「真理の途上」37)
に位置することができると考えたカ ミュの中に証明され得る。ゆえに彼らはやがて,ペストとの闘いの合間に あって.あの異様な幸福感に包まれることが可能であり,許されるのだ。" R i e u x , q u i s e n t a i t s o u s s e s d o i g t s l e v i s a g e g r e l e d e s r o c h e r s , e t a i t p l e i n d ' u n e t r a n g e b o n h e u r . T o u r n e v e r s T a r r o u ,
i1d e v i n a , s u r l e v i s a g e c a l m e e t g r a v e d e s o n a m i , c e meme b o n h e u r q u i n ' o u b l i a i t r i e n , p a s meme l ' a s s a s s i n a t . " ( L a p e s t e , P L . I , p . 1 4 2 6 )
これこそが,以前のように無傷とまではいかずとも,何らかの形で獲得 したいと願っていた有罪者としてのカミュの「幸福」が具現されたもので ある。罪ある身でありながらも彼は,今なお「幸福」獲得の願望を捨てき れないでいる。それは,「幸福を選ぶことは決して恥ずべきものではない」と語るリウーの言葉の中に如実にあらわれている。
" C ' e s t p e u t , e t r e q u e j ' ( R i e u x ) a i e n v i e , m o i a u s s i , d e f a i r e q u e l q u e
3 4 )
『カミュとサルトル』p .2 8 9 3 5 ) L a p e s t e , P L . I , p . 1 4 2 2 3 6 ) i b i d . , p . 1 3 2 2
3 7 ) i b i p . , p . 1 3 2 0
c h o s e p o u r l e b o n h e u r . " ( L a p e s t e , P L . I , p . 1 3 8 3 )
" M a i s R i e u x s e r e d r e s s a e t d i t d ' u n e v o i x f e r m e q u e c e l a e t a i t s t u p i d e e t q u ' i l n ' y a v a i t p a s d e h o n t e a p r e f e r e r l e b o n h e u r . "
( i b i d . , p . 1 3 8 7 )
ゆえに「幸福」の無尽蔵な創造は不可能だとしても,自己の賊罪が可能 であると信じえた時のカミュは,やはり幸福であったに違いない。しかし ながらそこには,決定的な有罪感がなかったと言わざるをえない。すなわ ち,未だ決定的な「無垢性」の喪失感が彼に訪れていなかったからこそ,
彼は自らが「幸福」の泉に浸ることを自らに許したのではないか。もしそ うでないのなら,どうして彼は自己の罪の重さを抱きながら,自身が幸福 になる権利があるなどと考えられえたであろうか。彼は自己の「有罪性」
を告白しながらも,彼自身が犯した殺人の記憶に決定的には打ちのめされ ていないのである。とはいえ,今なお行なわれている血と打算とを拒否 し
38),
「純粋な自由の証人」3 9 )
たらんと欲した彼の中に,人間としての誠意 と苦悩を見るのは私一人ではないだろう。第二節第二回有罪宣言
最初豊饒さから出発し,そうとは知らずに潔白であったカミュも,今で は欲せぬままに有罪であることを認めないわけにはいかなかった。
" E l e v e d ' a b o r d d a n s l e s p e c t a c l e d e l a b e a u t e q u i e t a i t ma s e u l e r i c h e s s e , j ' a v a i s commence p a r l a p l e n i t u d e . … … Ou e t a i t l ' i n n o c e ‑ n c e ? L e s e m p i r e s s ' e c r o u l a i e n t , l e s n a t i o n s e t l e s hommes s e m o r d a i e n t a l a g o r g e ; n o u s a v i o n s l a b o u c h e s o u i l l e e . D ' a b o r d i n n o c e n t s s a n s l e s a v o i r , n o u s e t i o n s m a i n t e n a n t c o u p a b l e s s a n s l e v o u l o i r : " ( L '
みe ,P L . I I , p . 8 7 0 ‑ 8 7 1 )
その苦しみは, 『転落』のクラマンスによって裏付けられている。彼は もはや慰めのためにでもなく,ましてや自己の「幸福」の獲得のためにで
3 8 ) C a r n e t s I I , p . 1 6 1
3 9 ) i b i d . , p . 1 5 5
80
もなく,ただただ決定的な自己の有罪宣言を受けるためにのみ存在してい るからだ。そこにはやり場のない苦痛と,ニヒリズムが漂っている。 「正 当性」という清い矛をなくし,告白のむなしさのみを告白する彼は時とし て自虐的ですらある。
ともあれ,有罪者のレッテルを自らに貼った彼が到達した悲劇的認識は,
次のようなことがらであった。すなわち,万人は誰の無罪をも請け合うこ とができないのに,自分以外のすべての人の有罪を断言するためにいるの だと40)。ゆえに彼は哲学上,政治上における人間の「無垢性」を拒否し,
. . . . . . .
人間を罪人として扱うことに賛同する
. . . . . . 41)
。そして終には,自分自身を許す ことのできる聖なる「無垢性」を,その光を永遠に失ったことを告白せざ るをえなくなるのであった4 2 )
。人間共通の「有罪性」を説いてはみても,すべては手後れであると語る
4 3 )
クラマンスに,カミュが贖罪行為は何の罪 の軽減すらも生み出さないことを発見したことを我々は見るだろう。クラ マンスとだぶってカミュは,苦悩という真実のみを映し出す鏡44)の前で微 動だにせずにいるのだ。有罪は有罪であり,それがすべてであるというこ. . . . . .
とを知った彼は,それゆえにあらゆる救済を欺朧として拒否する。このよ うなクラマンスはまさに,カミュの「自己糾弾の化身」
4 5 )
であるのだ。「今 まで公にしてきた贖罪行為への願望は,実は真の贖罪のアリパイにすぎな いのではないか,さらには,これまであらゆる政治的殺人の拒否という仮 面のもとに,「不謹慎なほどにも全面的な」自己の罪の告白を導いてきたの は,はたして本当に苦しむ意識だろうか,むしろ許しがたい罪すらも告白 できることにひそやかな喜びをみいだす倣慢な自尊心だったのではなかろ4 0 ) La c h u t e , P L . I , p . 1 5 2 9 ‑ 1 5 3 0 4 1 ) i b i d . , p . 1 5 4 1
4 2 ) i b i d . , p . 1 5 4 8 4 3 ) i b i d . , p . 1 5 4 9
4 4 ) Pri~re d ' i
叫r e r ,PL. I , p . 2 0 0 6
4 5 )
『アルベール・カミュ』p . 1 0 3 (菊地昌賓)
うかとみずからに問うてみなければならなかった」
4 6 )
カミュは, 自己の心 の拠り所を,すなわち「幸福」を捜すことを自らに禁じた。彼はもはや「幸福」の断片すら拾うことを断念したのだ。彼はこうして自己の内に,
<幸福の放棄〉を決意したのである。しかしながらそれは,そのかたくな さゆえに,彼の真実を見極めたいとする欲求がなしたものであるといえる のだ。彼はあえて,苦難の中にこそ生きようとしたのだ。しかしそうした
う な だ
中で彼は,ただ項垂れてばかりはいなかった。彼は自己のための「幸福」
を放棄はしてみても,現代の「不幸」によって毒された諸国民の「幸福」
. . . . . .
を意義あるものにしなくてはならないと考えたのである。
" N o u s n ' a v o n s p a s s u r m o n t e n o t r e c o n d i t i o n , e t c e p e n d a n t n o u s l a c o n n a i s s o n s mieux . . … . . N o t r e t a c h e d'homme e s t d e t r o u v e r l e s q u e l q u e s f o r m u l e s q u i a p a i s e r o n t l ' a n g o i s s e i n f i n i e d e s a . m e s l i b r e s . Nous a v o n s a r e c o u d r e c e q u i e s t d e c h i r e , a r e n d r e l a j u s t i c e i m a g i n a b l e d a n s un monde s i e v i d e m m e n t i n j u s t e , l e h o n ‑ h e u r s i g n i f i c a t i f p o u r d e s p e u p l e s e m p o i s o n n e s p a r l e m a l h e u r du s i e c l e . … … La p r e m i e r e c h o s e e s t d e n e p a s d 細 e s p e r e r . " ( L '
艇,P L . I I , p . 8 3 5 ‑ 8 3 6 )
さらに彼は語る。象徴といったものによってではなく,より真剣なもの によって我々の「幸福」を勝ち取らねばならないのだと。
" C e n ' e s t p a s l a un s y m b o l e . Nous n e g a g n e r o n s p a s n o t r e b o n h e u r a v e c d e s s y m b o l e s . I I y f a u t p l u s d e s e r i e u x . " ( L ' e t e , P L . I I , p . 8 3 6 )
第 三 節 原 点 へ の 回 帰カミュは完璧なまでの自己の「有罪性」を受け入れた。そこにはもはや,
かつての「無垢性」に代わるものを求めようという気持ちはなかった。彼 は自己の「幸福」が, もはや実現不可能であることを知った。が,「他者」
の,いや人間のための「幸福」までをも放棄することは彼にはできなかっ た。自暴自棄になっておられる時ではないのだ。なぜなら戦争が終わった
4 6 )
『評伝アルベール・カミュ』p . 1 8 8
82
今でも,世界には「不幸」が横行し,人々が幸福に生きる権利をその喜 びを剥奮しようとしているからである。ヒースも生えない不毛の土地であ る「歴史」
4 7 )
の圧制を前にして,人々のなすべきこと,それは牢獄の扉を 開き,すべての人々の「不幸」と「幸福」に言葉を与えることであった。"Nous d e v o n s a c c e p t e r l e s p e r i l s : l e temps d e s a r t i s t e s a s s i s e s t f i n i . . . . . . . S a v o c a t i o n m e . m e , d e v a n t ! ' o p p r e s s i o n , e s t d ' o u v r i r l e s p r i s o n s e t d e f a i r e p a r l e r l e m a l h e u r e t l e b o n h e u r d e t o u s . "
( C r e a t i o n e t l i b e r t e , P L . I I , p . . 8 . 0 4 )
そしてそれは自己と「他者」の,堕落に対する執拗な闘いの中にこそ存 在したのである。日々の人生の現実性の中にこそ,「それみずからの豊か な補償力」
4 8 )
があると考えた彼は,英雄のそれではなく平凡な個人の日々 の生活の闘いの中にこそ,矛盾の中にありながら矛盾を越える瞬間が存在 することを見出したのである。そしてそうした個人の連帯による<幸福の 再建〉を,彼は目ざしたのである。「どうしたら人間は内面的統一の意識を獲得できるようになり,みずか らの混乱と,時代の混乱をものともせずに,ある程度の人格的統一をたも ちながら生きてゆくことができるか」
4 9 )
という彼自らの問いに対する答え を彼は,『追放と王国』の中のジャニーヌやヨナ,そしてダラストらの誤ち と目ざめの相矛盾葛藤する領域を超える瞬間60)
の中に見出している。彼ら は皆,英雄ではない。しかし彼らは, 自らに伸し掛る現実の重みの中で,それらを直視することによって,やがてはそれらを超越する一つの優位点 に立つことに成功する。彼らは「不幸」を超越する術を,自らの手によっ て獲得していったのである。
4 7 ) L ' 紺, P L . I I , p . 8 4 2 4 8 )
『カミュとサルトル』p . 3 3 4 4 9 ) i b i d . , p . 3 0 5
5 0 ) L ' e x i l e t l e r o y a u m e , P L . I , p . 1 5 7 1 i b i d . , p . 1 6 5 2
i b i d . , p . 1 6 8 3
しかし一方, 『迫放と王国』の中の残りの主人公らの中に,カミュのい かにしても癒やされることのなかった孤独感と悲哀とを感じないではおら れない。無理解と死への恐怖,そして誤解の中で生きざるをえなかった彼 ら
51)
は,そのまま当時カミュが追い込まれた孤独な姿を反映したものであ るといえる。この三作品が語るのは,分裂と孤独,そして不毛である。そ こにあえて「幸福」の波音を湧きあがらせなかったのは,カミュの自己の 罪を引き受けようとする意志のあらわれによるものであり,また切実な苦 悩がもたらした結果であると考えられよう。しかし彼はあえて, 「不和軋 礫の時代にあって,芸術とは,いかにその影響がまだるっこいものであれ,い や し び と
宥和者であり,治癒者でなければならぬ」
52)
と考えたのである。自己の「幸福」獲得を幻のものとして受け入れながらも,なお彼に真に
. . .
生きることを可能にさせたのは,他ならぬあの青春期に知った「自然」と の幸福な交わりの思い出
53)
であった。それは彼の心を癒やし,彼の「正義」が涸渇するのを防いでくれた。それに支えられた彼は,それゆえに人生の 苦悶の底から発せられる問いかけから逃げて虚偽に身を委ねるよりは,む しろ恐れることなく「絶望」を引き受けることに同意したのである。その 時彼は,再びシーシュポスに戻ったのである。清い手をした英雄ではもは やなくなったが,「無垢性」への郷愁を切り棄て,「有罪性」を引き受け反 抗者としての生をあえて貫こうとした時,彼はその原点へと回帰したので ある。そしてこうした孤独な反抗者の生こそが,その連帯を通して「歴史」
の中で「他者」を救い, 「不幸」に対抗する「幸福」の実現を可能にする のである。そしてそれこそが,やがては世界のニヒリズムを打ち負かすの である。
結 論
アルベール・カミュにおける「幸福」の軌跡を以上のように辿ってきて
5 1 ) Les i n n o c e n t s e t l e s c o u p a b l e s , p . 2 1 2 , p . 2 1 3 , p . 2 1 5
5 2 )
『カミュとサルトル』p .3 2 7
5 3 ) L ' 紺, PL.I I , p . 87 4
8 4
わかるのは,それが青春期のく幸福の要求〉から発して,<幸福の創造►,
<幸福の擁護},<幸福の放棄►, <幸福の再建〉へと至る回帰的変遷をあら わしているということである。勿論, こうした区分けは明確な境界線でも って区切られるものでもなく,ましてやその呼称も絶対的な価値をもつも のではない。ただカミュの「幸福」のあり方を象徴的にしるすという意味 で,以上のような変遷の軌跡を試みた。それは彼の「幸福」への一貫した 嗜好を証明する上で有用,かつ必要と思われたからである。
こうしたあり方の変遷が,一つの仮説にしかすぎないものだとしても,
少なくともいえるのは彼が闘いを挑んだ相手は,その青春期の発端からし て常に「幸福に攻撃をしかけてくる勢力,あるいはそういう幸福をひとび とが要求したり,それに近づいたりするのを否定するような勢力」
50
であ ったということだ。 「幸福」を脅かす破壊的勢力,それにこそ彼は反抗の 切っ先を向けたのだ。しかし,その鋭いはずの彼の反抗の切っ先に色濃い影を投げかけたのは,
「有罪性」の意識であった。しかしそれは彼にとって,単に忌まわしい過 去でしかなかったのか。そうであることは確かに否めない。しかしそうで ある一方,いやそうであるからこそそれは,彼をして真の反抗者の道へと 向けさせるものとなったのではなかったか。なぜなら贖罪行為の名を借り て,すでにないはずの「無垢性」を,あるいはそれに代わるものを心の拠
り所として求めようとした時の彼には,真の追放感がなかったと思われる からだ。贖罪が可能であると信じえた時の彼には,そうした心の拠り所が 実は,罪ある我が身の避難所として無意識下に用意されていたといえるの だ。しかし二度目の有罪宣言を自己の内に聞いた時,彼はもはや何処にも 自己の安住地を見てはいない。彼はその時,いかなる救済も自分には約束
. . .
されていないことを知ったのである。この時彼は,決定的な追放感の中で 本来の「異邦性」へと立ち戻ったのである。してみれば彼は, 「有罪性」
という過誤のフィルターを通って真の「異邦人」へと帰し,それゆえにこ
5 4 )
『カミュとサルトル』p . 3 3 5
そ真の反抗者の生へと到達しえたといえるのだ。しかしそれは,決して容 易い経過を経てなされたものではない。むしろ彼の癒やしがたい悲哀を思 う時,負を正に転じせしめた不条理の作家という形容を,我々が彼に付す
はばか
のを禅らせるほどである。
しかしその「不幸」の重みを自らに引き受けた彼であるからこそ,人が 生き,喜ぶという,人々が最低限享受すべき権利を「幸福」という名のも
とで存命させようと彼はしたのである。それは腐敗した「歴史」の中で,
人間の生死への尊厳性
55)
をつくり出すことを切に願った,永遠に孤独な反 抗者の心からの叫びであった。しかしそれこそが皮肉にも,自己の「幸福」を断念した彼の真の「幸福」となるものであったのだ。
参考文献
( 1 )
アルベール・カミュ著作品に関してA l b e r t Camus; Th 絃 t r e ,R e c i t s , N o u v e l l e s , B i b l i o t h e q u e de l a P l e i a d e , G a l l i ‑ mard, 1 9 6 2 (本論文中においては PL.Iと表記した)
A l b e r t Camus; E s s a i s , B i b l i o t h e q u e de l a P l e i a d e , G a l l i m a r d , 1 9 7 2 (本論文
中においてはP L .I Iと表記した)
La mort h e u r e u s e ( C a h i e r s A l b e r t Camus 1 ) , G a l l i m a r d , 1 9 7 1 C a r n e t s 1 (Mai 1935‑Fevrier 1 9 4 2 ) , G a l l i m a r d , 1 9 6 2 C a r n e t s 2 ( J a n v i e r 1942‑Mars 1 9 5 1 ) , G a l l i m a r d , 1 9 6 4
『カミュ全集
1 10
』新潮社 (本論文中における「」内の邦語は,一部この『カ ミュ全集』を参照しています)( 2 )
評論書に関して『カミュ研究』 ア)レベー)レ・ベガン他著(河合享訳)三笠書房
1 9 5 7
『カミュ』
C.C.
オプライエン著(富士川義之訳)新潮社1 9 7 1
『カミュ論』
P.H.
シモン著(調佳智雄訳)冬樹社1 9 6 9
『カミュとサルトル』 ジェルメーヌ・プレ著(村松仙太郎訳)早川書房
1 9 7 6
『評伝アルベール・カミュ』 西永良成著 ふらんす双書
1 9 7 6
『アルベール・カミュ』 菊地昌賓著 白馬書房
1 9 7 7
『アルベール・カミュ その光と影』 白井浩司著講談社
1 9 7 7
『パイディア・カミュ(特集ア)レベール・カミュ)』
季刊 V o l .1 4竹内書店 ( 1 9 7 2 年 9
月)5 5 ) D i s c o u r s d e S u e d e , PL. I I , p . 1 0 7 3
86
Camus l e j u s t e , Georges H o u r d i n , Les e d i t i o n s du C e r f , 1 9 6 0
Lam
釦t a p h y s i q u edu b o n h e u r c h e z A l b e r t C a m u s , P i e r r e Nguyen‑Van‑Huy, E d i t i o n s de l a B a c o n n i e r e . B o u d r y , 1 9 6 2
L e s i n n o c e n t s e t l e s c o u p a b l e s , C a r i n a G a d o u r e k , Mouton and C o . , 1 9 6 3 P r e s e n c e d e C a m u s , P . H . S i m o n , La r e n a i s s a n c e du l i v r e , 1 9 6 2
Une l e c t u r e d e C a m u s , P a u l A. F o r t i e r , E d i t i o n s K l i n c k s i e c k , 1 9 7 7 ( 3 )
その他『フランス現代史上・下』 J. エレンスタイン他著(杉江・安藤共訳)青木書店