早稲田社会科学総合研究 別冊「2018年度 学生論文集」
序節 大国インドの台頭〜残存する貧富の差〜
インドと聞いて何を想像するだろうか。発展途上国、人口が非常に多い、汚い、宗教色 が強いなど人によってそれぞれであろう。インドという国は何か言葉一つでは定義できな いだろう。爆発的な人口を抱えるインドであるが、国内では貧富の差が目立つ。ビジネス で成功をし億万長者になる者もいる一方、路上で物乞いをする人も多い。親が物乞いをす るような貧困の家庭に生まれると、子供も貧困になる可能性が高くなる世代間における貧 困の連鎖が深刻である。貧困から抜け出し、社会で活躍できる人を増やすためにはどうす れば良いのか。筆者はこの論文で貧困からの脱却を
2
つのフェーズに分けた。1つ目の第1
貧困脱却フェーズは短期的な貧困脱却であり、両親だけで家庭を支えていくことがで き、尚且つ貯蓄が可能になると定義づけた。2つ目の第2
貧困脱却フェーズは長期的な貧 困脱却で、一定の収入が得られるようになる、加えて社会で活躍できる状態になると定義 づける。本論文の
1
節ではインドの貧困の全容を歴史、Amertya Senの理論などを元に概観す る。2節では自身が行ったフィールドワークの結果を踏まえ、NGO Grameen FoundationIndia
の支援による第1
貧困脱却フェーズ到達に言及し、続く3
節ではインドの教育問題に触れながら教育機会取得による第
2
貧困脱却フェーズ到達に言及し、その後のインドの 発展について分析する。終節で全体を要約し本論文を閉じることとする(図1)。
インド貧困層へ救いの手を
─長期的な貧困脱却を目指して─
貞 包 さ く ら
* 社会科学総合学術院 奥迫元准教授の指導の下に作成された。
1 インドの貧困の全容
1 ─ 1 歴史的背景に基づくインドの貧困
インドは国土面積約
328
万平方キロメートル、人口約13
億人である。日本と比較する と国土面積は9
倍、人口は10
倍である。実質GDP
成長率は、2016年は7.1
%、2017年は
6.6%と少々下がってしまったが、依然として著しい発展がうかがえる。急速な成長を
遂げるインド国内では莫大な富を得る者が増えている。だが、億万長者がいる傍ら、貧困 も目立つ。世界銀行の資料によると
2011
年人口の21%が 1
日1.9
ドルで生活している。2009
年の31%という数値に比べると改善されている事実はあるが、5
人に1
人が過酷な生活を強いられているのである。所得別階層図を見ると
1
年間15
万ルピー以下で生活し ている人々が約7
億人存在している(図2
)。トップ層と貧困層の間に大きなギャップが あることが明白だ。ではなぜこのような深刻な貧富の差が生じてしまったのか。この原因 はインドの歴史から紐解くことができる。長年のイギリスの植民地支配下からインドが独立したのは
1947
年8
月15
日である。独 立後のインドは1980
年末前までとそれ以降の大きく2
つに分けられる。前半期の1980
年 末までのインドはポストコロニアリズム1)の政策を主要としていた。具体的には、①植民 地時代の制限的な民主主義から脱し民主的体制が創出され、平等な富の分配を理想とした 社会主義的な経済を試行し、②分割統治政策2)を全面的に否定し、政教分離主義の浸透を図 1 論文全体構成 筆者作成
インド貧困層へ救いの手を 105
図り、③植民地主義を展開した大国に対する反発や新植民地主義に対する防衛のため、非 同盟外交を推進していた。約
40
年間のポストコロニアル政策は成功を収め、以前は3%
台だった
GDP
成長率は5%台の水準を記録するようになった。上記の政策に加え、1965、
66
年の干魃による大凶作を契機に実行された農業技術改革「緑の革命」による食料自給 の達成も経済成長に大きく寄与した。後半期に入るとインド周辺の東南アジア諸国や中国が市場経済を導入し、経済的に台頭 する兆しを見せるようになった。冷戦が終結した
1990
年代初め、それまでの自主経済路 線である従来の非同盟外交では不十分と感じたインドは経済自由化を推し進め、アメリカ 合衆国や周辺のアジア諸国との関係構築に努めていった。経済成長を実現させるためのグ ローバル化対応政策が既存の格差をさらに深刻化させたと言える。グローバル化の推進を 図るアメリカは1980
年代のレーガン政権以来、市場原理主義重視の「新自由主義」を掲 げてきた。小さな政府の実現や民営化推進などは医療・教育・福祉などの公共性を持つ領 域を市場に委ねるため個人や地域間の格差を拡大させる。多くの貧困層を抱えるインドで は問題が一層深刻であり、それが現代でも顕著な国家問題として残存しているのである。1 ─ 2 Amartya K Sen 潜在能力アプローチ
著書の中で
Amartya K Sen
3)はこのように述べている。「経済成長と人間の潜在能力4)と の間にある双方的な関係が重要。つまり経済成長が財源や資金を生み出し、それによって 政府や民間の取り組みが組織的にまとめ上げられるようになり、教育、保健医療、栄養、図 2 インド所得別階層図 出典:people matters
https://www.peoplematters.in/article/hr-ready/whats-different-about-the-indian-millennial-13231
公共設備、より満たされた自由な生活を送るために不可欠なその他の要素といったもの が、社会全体へと行き渡っていく。そして、人間の潜在能力が高まることで、今度はさら なる経済成長にとって決定的な資源と生産能力がより急速に拡大していく。人間の自由が 得られてこそ経済が成長する。開発と経済は切っても切れない関係にある」(Sen,2015,
pp. 17─18を参照)。つまり経済成長によってもたらされる政府の財源を潜在能力向上のため
に活用すれば、人々の生活の質を改善するだけでなく、より高い生産性やさらなる経済成 長にもつながるということだ。彼は潜在能力を考える際に財、機能、効用という概念を用 いる。例えば人が自転車という財を持っていたとする。健常者は移動という機能に変換し 効用を得ることができるが、障害者は不可能だ。このことから彼は「一定の財の所得は誰 にとっても一定の機能をもたらすと結論できない」と提唱し、新古典派経済学派ピグーの 厚生経済学を否定した。
その他の概念にエンパワーメント(能力強化)がある。これは「経済機会のことであ り、個人が各々の才能と能力に従い、自らの道を自由に選択する能力」を指す。これは貧 困層の所得や人的および物的資本を増加させる手段になるだけではなく、教育機会、ヘル スケアを受ける機会などを通して、自分の人生を自分で決め、方向付ける能力も与えると さ れ る。
2
節 で は 潜 在 能 力 の 向 上 を 目 的 と し て 貧 困 層 を 支 援 す るNGO Grameen Foundation India(GFI)の事例を挙げ、人々が自らの生活をどのように変えているのかを
述べる。3
節ではエンパワーメントに関連した教育機会に焦点を当て、教育機会取得の重 要性、結果生じる将来の可能性の拡大について示唆していく。2
第1
貧困脱却フェーズ到達に向けて〜Grameen Foundation Indiaの事例から〜
2 ─ 1 GFI とは
筆者は
2018
年夏にインドを訪問し、GFIでインターンシップを行った。その結果を元 に第1
貧困脱却フェーズについて考察していく。GFIとは貧困や飢餓のない世界の創出の ため、低所得者を支援するソーシャルビジネスである。テクノロジーを活用し行政サービ スが十分に行き届いていない人々、特に女性に対して金融サービス(マイクロファイナン ス等)や医療情報を提供する。GFI
の創立は2006
年にノーベル平和賞を受賞したMuhammad Yunus
が関係している。Yunusは1970
年代初頭に初めてバングラデシュでマ イクロクレジットを実行した。この出来事はマイクロファイナンスが女性に権限を与え、家族に将来の希望をもたらすことを証明した。その後バングラデシュにグラミン銀行を設 立 し、
6,000
ド ル の 助 成 金 で ア メ リ カ を 基 盤 と す る 国 際 的 な 非 営 利 団 体Grameen
Foundation
を創立した。そして1998
年からインドでGrameen Foundation
が運営され、インド貧困層へ救いの手を 107
2010
年にGFI
が設立された。ここで心理学者
Abraham Maslow
の説いた欲求階層説に言及する。欲求階層説とは人 の欲求を5
段階に分けたもので、第1
段階の生理的欲求が満たされるとさらに高度な次の 安全の欲求を満たそうとし、社会的所属と愛の欲求、承認(尊重)の欲求と続き、最後に は自己実現の欲求を満たそうとすると提唱される(図3)。GFI
が支援している図2
の最 下層の人々は、生理的欲求、安全の欲求さえも満たすことができていない人と定義づけた い。2 ─ 2 第 1 貧困脱却フェーズ到達に向けての GFI 支援事例
筆者はインドのナグプールから車で
1
時間のところにあるSavner
とKatol
という村を 訪れた。ここに住む人々は図2
の最下層の1
年15
万ルピー以下で生活している。この支 援 プ ロ ジ ェ ク ト はCitiCorp Finance Pvt Ltd
とNational Payments Corporation of India
(NPCI)のサポートの下、村の女性の金融サービスの活用能力の向上と女性の自立が目的 で行われている。支援の結果、女性たちは遠方の銀行に行かずに家庭内の貯蓄を管理する ことができ、尚且つ彼女ら自身も稼ぐことができるようになる。各村で代表一人の女性を 選出するのだが、それがこのプロジェクトで重要になる。なぜならその女性が村に与える 影響力を左右するからだ。まずプロジェクトのコーディネーターが各村の村長にどの女性 が信用度が高く、適当であるかをヒアリングする。その後、広告が出され応募してきた女 性を対象に面接が行われる。村長の意見など様々な意見が考慮された後、代表が決まると
図 3 Maslow の欲求階層説 出典:PRESIDENT Online
https://president.jp/articles/-/22079?page=2
いう手順である。代表者は
Mitra
と呼ばれ、主にMitra
に対してGFI
の職員がスマートフ ォンを使った金融サービスの活用を教える。そしてMitra
が村の女性たちに教わったこと を伝授する。影響力に応じてMitra
に報酬が支払われるシステムだ。またMitra
たちはグ ループチャットで繋がっていて、そこで良かったことをシェアすることでそれぞれモチベ ーションを上げている。筆者はそれぞれ違う村にいる3
人のMitra
にヒアリングをした。将来の夢は何かと尋ねると、答えで共通していたことは、自分の子供に質の高い教育を受 けさせたいということだった。特にエンジニア、医者への道が開かれている理系科目を選 択して欲しく、子供はまだ幼いが教育を受けさせるために今から多くの貯蓄をしなければ ならないと話していた。プロジェクトに参加することで何が変わったかを尋ねると、様々 なことに積極的にチャレンジができるようになったと全員が答えた。以前は女性の権利が 尊重されていなかったため、外に出る機会も少なく、近所付き合いも全くなかったが、プ ロジェクトに参加することで近所の女性たちとコミュニケーションを取り、取りまとめる ことができるようになった。加えて自分でお金を稼ぐことが可能になり、自信が持てるよ うになったと言っていた。プロジェクトは家庭内貯蓄を潤すことはもちろん、
Mitra
たち の自信も高めていた。しかしこのプロジェクトは現在進行中であり、結果はまだ出ていな いため、別の地方で既に完了したプロジェクトの数値結果を提示し、それを基により具体 的に考察していきたい。プロジェクトはインドのマハーラーシュトラ州のバンダラという地域で行われたもの で、上記のプロジェクトと同様に代表者が選出され、コミュニティに習ったことを伝授す るという内容だ。女性がほとんどの
300
人のMitra
が選ばれ、GFI独自のデジタルラーニ ングアプリG-LEAP
5)を使って研修を受ける。そして各自が20〜25
人のグループを作り習 ったことを教える。目的は1
日4
ドル以下で生活するターゲット3
万人が簡単に金融にア クセスできるようになる。結果、家庭をより潤滑に回せるようにすることだ。数値結果を 参照すると携帯電話を使った金融取引に関して、支援がない地域では取引をしている割合が
36%に対し、支援されている地域が 41%となった。メジャーとはなっていないが少し
ずつ成果が出てきていると言える。携帯電話所持率が男女共に
8
割を超えていたことに加 え、インターネットアクセス環境が整えられていたことが成果に寄与したと言える。また 家庭の家計管理で、予算管理ができていたと答えた割合は支援がない地域が82%に対し
て、支援を受けている地域が88
%の結果となった。加えて貯蓄していると答えた割合は 支援がない地域が56%に対して、支援を受けた地域は 73%であった。貯蓄の目的として
教育が第一目的に挙げられていた。家計管理に長けている女性がデジタル教育を受けたこ とで、家計がより潤滑に回るようになったのではないかと考える。プロジェクトは各家庭の収入を増やし、貯蓄する余裕を生んだ。さらに女性の自立を促 進させたのである。つまり貧困層の第
1
貧困脱却フェーズ到達を可能にさせたと考察できインド貧困層へ救いの手を 109
る。それは図
2
の階層の生理的欲求、安全の欲求を各家庭が満たすことを可能にしたこと も意味するだろう。次節では第2
貧困脱却フェーズへの到達、つまり社会的所属の欲求を 満たすことを可能にする方法の一つである教育に焦点を当てて考察する。3 第 2
貧困脱却フェーズ到達に向けて〜教育機会の取得〜3 ─ 1 インド学校教育システム
2
節の貧困層へのヒアリングの中で特に印象に残ったことは全員が教育の重要性を分か っていて、教育が自分たちの生活を変える唯一の希望だと信じていることだ。すべての子 どもに教育を受けさせる重要性が貧しい世帯間でも当たり前のように認識されており、子 供の将来の教育のために貯蓄をする。「教育とは、世界を変えるために用いることができ る最も強力な武器である」とはNelson Mandela
の言葉だが、これが女性たちに届いてい るのである。インドでは高学歴な人ほど高給な職に就く傾向が強いため、質の高い教育を 受けることが非常に重要になっている。インドの新卒採用は大学に企業が来て採用を行う オンキャンパスリクルーティングが主流になっていることも一つの例として挙げられるだ ろう。教育が人々を貧困から脱却させる武器となり、第2
貧困脱却フェーズに到達できる 道標となる。例えばA.P.J. Abdul Kalam
は非常に貧しい家庭に生まれたが教育を受けたこ とにより偉大な科学者、そして11
代インド大統領に就任した。教育は格差・不平等を緩 和するために重要な役目を果たすのだ。インドの教育システムは初等学校が
1
年生から5
年生(5歳から10
歳)、上級初等学校 が6
年生から8
年生(10歳から13
歳)であり、5・3・2・2制が取られている。中等学校(10年生)修了後、第
10
学年修了共通試験に合格した者は上級中等学校に進学し2
年間 の教育を受ける。後に、第12
学年修了試験を受け、その結果により希望する大学に進学 することになる。2002年の憲法改正及び、2009年の無償義務教育権法によって公立学校 は8
年生までが授業料は無料と定められている。無償義務教育権法は、途上国での基礎教 育の普遍化(Education for All: EFA)の達成のための政策で、骨子としては①6─ 14
歳の 子供に無償の義務教育を受ける権利を与え、国家はその権利を保障する第一義な責務を負 うこと。②私立校は行政当局から施設や教員給与などの基準を満たした上で得られる設置 認可を取得し、その定員は少なくとも25
%を無償教育枠として「弱年層」6)に割り当てる こと。③教育の質の向上、維持のための教員の服務規程の制定、施設や授業に関する最低 基準の設置、各校における学校運営委員会の設置や学校発展計画の策定を求めたこと、な どが挙げられる(辻田, 2014, p. 2を参照)。こうして国全体で誰しもが平等な教育を受けるこ とを重要視する体制が整えられつつある。つまり貧困層が富裕層と同じような質の高い教 育機会を得ることができるということだ。しかしまだ残存する①義務教育の質と②義務教育後の教育機会取得の問題について次項で考察していく。
3 ─ 2 インド教育問題① 義務教育の質問題と改善法
ここでは義務教育の質に着目する。なぜなら義務教育無償化により子供が教育を受ける 権利が得られたとしても教育の質が悪ければ本末転倒であるからだ。表
1
の調査データを 見ると田舎だけでなく、デリー、ムンバイ、チェンナイ、コルカタなどの大都市にある一 流校でも生徒の能力の低さが見られる。これらのデータはインド全体の公教育の義務教育 の質の低さを明示するものだろう。なぜここまで教育の質が深刻なのか。ここでは学校教員の職務実態について着眼する。
PROBE
報告書7)は就労実態の深刻さを示している。遅刻や早退の問題も幅広く見られ、任命を受けている常勤教員が
1
人しかいない学校の割合は約12%と非常に高い。常勤職
員が常に不足している原因は教員給与がインドの水準ではかなり高額になっていて政府機 関が雇いたがらないことにある。そのためかなり低い給与で雇用されている契約教員で常 勤教員の不足の穴が埋められる。契約教員は教師としての力量があるか定かではない。加 えて教員の無断欠勤も問題となっている。2006年の調査によると調査当日、対象の学校 の21
%は教員が1
人しかいなく、その理由が元々常勤の教員が1
人しかいないか、他の 教員が無断欠勤しているためであった。教員が学校にいた場合でも調査した学校の半数で は授業が行われていなかった。将来の土台を作る教育を受ける権利がないがしろにされて いるだけではなく、学校が果たすべき義務も怠っている。このような状況では教育の質が 下がるのも一目瞭然だ。教育の質を改善するための方法は何か。これは教員、政府だけの問題として捉えるべき ではないと考える。インドでは生徒の両親は学校に介入できる権利があまりなかった。両 親が子供の学力により関心を向け、学校側は両親に対して生徒の評価・成績などを公開す ることでそれぞれが責任感を持って生徒と対峙できるようになる。両親が監視役となり学 校のカリキュラムや指導方法などで気がつくことがあれば、随時提示でき、教育の質が改 善していく可能性がある。加えて教員の働き方、モチベーションも変わってくると考え る。優れた教員であることが広まれば、教員自身自信がつき生徒とより積極的に接しよう とするだろう。教師の熱意は生徒に伝わり、より積極的に勉強に取り組むなどポジティブ の連鎖が生まれるのではないか。教育に関わる様々な人たちが様々な形で教育に介入する ことで、子供たちの将来の武器を構築する教育が磨かれていくのである。
3 ─ 3 インド教育問題② 義務教育後の教育機会取得問題と改善法
2
つ目は義務教育後の教育機会取得問題である。無償の義務教育では富を持つ者、持た ない者の不平等はあまり生じないが、問題は義務教育以降である。中等学校、上級中等学インド貧困層へ救いの手を 111
表 1 初等学校での生徒の学力についての最近の調査結果
調査名 調査対象 主な調査結果
インド人間開発調査
(2004年─2005年) 無作為に選ばれた、インド全域を
対象とした大規模サンプル ・政府系学校に在学している8〜
11歳のすべての子供たちの半数し か3つの文からなる単純な1つの 段落を読むことができない。
・この子供たちの中で2桁同士の 引き算をできるのは半数にも満た ない(43%)。
・3分の1以上の子供たちは、「私 の母の名前はマドゥーベンです」
といった単純な文章を書けない。
PROBE再調査
(2006年) 無作為に選ばれた、ヒンディー語 圏の州にある農村部の政府系学校 に通う284人の生徒
・第4学年と第5学年の子供たち
の37%しか「すらすら読む」こと
ができない。
・20を5で割る計算ができるのは 半数にも満たない(45%)。
・3分の1の子供たちは繰り上が りのある足し算ができない。
CORD─NEG村落調査
(2010年─2011年) 無作為に選ばれた、ビハール州、
ジャールカンド州、オディシャ州 の周縁部にある県の9つの村の政 府系学校に通う生徒
・第4学年と第5学年の110人の 子供たちのうち、2桁の数字を理 解できたのは半数に過ぎない。
・この110人のうち、2桁同士の 引 き 算 が で き た の は4分 の1以 下。
ASER調査
(2011年) 農村部の県から多段抽出法によっ て選ばれた、インド全域を対象と した大規模サンプル
・第3学年から第5学年の子供た
ちの58%しか第1学年の教科書を
読むことができない。
・単純な2桁の引き算ができるの は、半数にも満たない(47%)。
・第5学年から第8学年では半数 しかカレンダーの使い方を知らな い。
質 の 高 い 教 育 に 関 す る WIPRO─EI調査
(2011年)
5つの大都市(バンガロール、チ ェンナイ、デリー、コルカタ、ム ンバイ)にある83の一流校に通 う2万人以上の生徒
・インドの一流校の第4学年の読 み書きと算数の能力は、国際平均 を下回る。
・第4学年の生徒のうち、定規を 使って鉛筆の長さを測るやり方を 習得しているのはわずか16%であ る。
・第6学年の生徒のうち、紙をし わくちゃにしても重さは変わらな いことを理解しているのはわずか 22%である。
出典:現代インドの貧困・格差・社会的分断 開発なき成長の限界 p. 191
校で
4
年間過ごした後、通常3
年間大学に通う。ナグプールの貧困層の子供の義務教育後 の進学を考えてみよう。彼らは中等学校、上級中等学校は教育の質が悪いとされる公立学 校にしか入れない。私立学校は授業料が高額な上、非常に競争率が高いためだ。その後両 親が望む理系大学のJEE
(Joint Entrance Examination
)を受け、高い倍率(合格者約2.5
万人/
約150
万人)を通過すると晴れて公立大学に入学することができる。高額の学費 の私立大学という選択肢を取れず、公立大学に合格できなければ教育を諦めてしまう貧困 層がほとんどである。残念ながら貧困層がこのような理想の進学ができる可能性は極めて 低い。様々な要因が考えられるが、ここでは所得の問題とJEE
合格のための支援の手厚 さの問題の2
つに着目する。前者に関して具体的な数値で検討してみる。公立の中等学 校、上級中等学校4
年間の授業費は1
年間平均1
万ルピー、公立大学に入学できた際には1
年間平均30
万ルピー、それに加え下宿代が1
年間に6
万ルピーかかる。食費などを除 いても義務教育後の教育費は合計112
万ルピーかかる。ナグプールに住む家庭所得は年間 約11
万ルピー、教育のための貯蓄額が以前より増したといっても到底払える金額ではな い。後者について富裕層はJEE
合格に向け質の高い私立学校で勉強し、それに加え塾や 家庭教師をつける。一方貧困層は居住地などの問題がありそのような機会がほとんどな い。富裕層と争った場合に貧困層のJEE
合格率は低くなるのは明らかだ。教育機会取得の不平等を埋めるために政府、企業、または
GFI
のようなNGO
の各支援 が不可欠になる。所得問題に対し政府の支援として奨学金がある。IIT
(Indian Institute of Technology)の例を挙げてみる。低所得の人ほど多くの奨学金が受けられる。ナグプー
ルの家庭であれば1
年間の家庭所得が10
万ルピーから50
万ルピーであるため、年間授業 費30
万ルピーのうち21
万ルピーが奨学金で賄われ、残った額を貯蓄したお金などで払 う。JEE合格のための企業の支援の一例としてByjuʼs
8)という受験勉強をサポートする動 画教育サービスを提供する企業を挙げる。場所を問わない安価なオンライン3D
コンテン ツの授業を提供し、分からない問題があればすぐにビデオ通話でチューターへ質問できる 環境は貧困層の助けとなる。GFIは大学の情報をどこから得たら良いか分からない貧困層 のために、適切な情報を取捨選択できるようサポートしている。教育は貧困から脱出するための希望を見出し、将来の可能性を広げてくれる武器とな る。つまり第
2
貧困脱却フェーズに達することを可能とし、同時に図3
の第3
の欲求を満 たす手助けもする。教育で培った知見により社会で役割が持てるようになるのだ。貧困格 差の解消は個人の可能性を広げることはもちろん国全体が経済成長する鍵となる。逆に問 題が改善されなければ経済成長は見込めない。日本の事例を取り上げてみよう。日本は積 極的に教育政策を行う国家であった。明治期の発展段階の初期には教育が非常に重視さ れ、1906
年から1911
年にかけて日本全国の市町村では教育への支出が予算全体の43
%も 占めていた。政府が教育分野に集中的に取り組んだ結果、1910年にはほとんどの日本人インド貧困層へ救いの手を 113
は読み書きができた。そのことがその後の高度経済成長など日本の経済、社会発展のスピ ードを大きく方向付けたと言える。
Sen
が提示した貧困解消は国の発展に寄与するという ことが日本の事例で明確になっている。教育によってインドの貧困最下層7
億人を救うこ とができれば、インドは日本の高度経済成長期と同じような発展を望むことができると考 える。終節
本論文ではインドの貧困層が第
1、2
貧困脱却フェーズに到達するための複数の支援の 観点を考察してきた。第2
貧困脱却フェーズに到達した人が増える、つまり貧困格差が解 消されたインドではより一層の発展が望めることは明白である。貧困解消は様々な要素が 絡み合うインドが取り組むべき最優先課題となるだろう。注
1)脱植民地主義、脱植民地化政策を意味し植民地支配体制から脱却を図ろうとする考え方。
2)宗教や人種などによってインド人を分断し、政治レベルでも対立を煽る植民地時代の主要な政策。
3)1933年にインドのベンガル州で生まれ、1998年には厚生経済学と社会的選択の理論への貢献によ
りノーベル経済学賞を受賞した。
4)潜在能力(Capability)とは、「個人が機能の実現に関してどれだけ選択の自由を持っているか」と 定義される。
5)行政サービスが行き届いていない人々に携帯電話を使った金融取引を実践することを強化する目的 で開発されたアプリである。インターネットアクセスがなくても各自で進捗を確認しながら学ぶこと が可能。
6)指定カースト、指定部族、社会・教育的な後進階級、その他社会文化、経済、地理、言語、ジェン ダーなどの要因により不利なグループとされるChild belonging to disadvantaged section 及び保護者 の年収を基準とするChild belonging to weaker sectionである。いずれも詳細は各州政府によって定 義される。
7)1996年に政府と独立して最初の調査が行われ、無作為に選ばれた200の村を対象とする調査。調
査村は学校の出席率や教育水準が比較的低い北インドの7つの大きな州(ビハール、チャッティース ガル、ジャールカンド、マディヤ・プラデーシュ、ラージャスターン、ウッタル・プラデーシュ、ウ ッタラーカンド)に位置する。
8)2008年にByju Raveendranが創業し、当初は大学入試や公務員試験対策の予備校だったが現在で
は中学生や高校生向けの教育サービスも運営。価格は年間平均1万1,000ルピーと従来のオフライン 予備校に比べリーズナブル。
参考文献
(日本語文献)
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アマルティア・セン、黒崎卓、山崎幸治訳(2000)『貧困と飢餓』岩波書店。
アマルティア・セン、ジャン・ドレーズ、湊一期訳(2015)『現代インドの貧困・格差・社会的分断 開発なき成長の限界』明石書店。
インドの本命オンライン動画教育サービス「Byjuʼs」英語圏にも展開へ https://japan.cnet.com/
article/35088466/(アクセス2018/10/29)。
外 務 省 諸 外 国・ 地 域 の 学 校 情 報 https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/world_school/01asia/
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セイジ・F・ナヤ、吉川直人、鈴木隆裕、林光洋訳(2013)『アジア開発経済論 持続的成長 貧困削減 危 機克服の経験』文眞堂。
辻田祐子(2014)「佐藤創編 インドの経済社会にかんする論理整理 基礎理論研究会成果報告書 アジア 経済研究所2014年」『第1章 インドにおける無償義務教育法施行後の学校教育に関する予備的 考察─デリー・スラムの事例から─』1─2頁。
堀本武功(2007)『インド グローバル化する巨象』岩波書店。
村山真弓「アジ研ワールド・トレンド」『インドにおける大学生の就活問題(特集 インドにおける教育 と雇用のリンケージ)』16─19頁。
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Grameen Foundation 『Grameen Foundation India launches G-LEAP e-learning app』 https://
grameenfoundation.org/press-releases/grameen-foundation-lndia-launches-g-leap-e-learning-app
(アクセス2018/10/16).
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country/IND(アクセス2018/10/08).