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第3章 東アジア地域形成の政治的位相

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(1)

第3章  東アジア地域形成の政治的位相 

  序

第1節  問題の所在:ASEAN地域主義の拡大と地域形成 1−1 

ASEAN

地域主義の深化と拡大

1−2 

ASEAN

と東アジア地域形成の理論的課題

第2節  合理的選択アプローチによる考察(結託ゲーム)

  2−1  考察の枠組み

(1)N人協力ゲーム論の課題

(2)N-M型

N

人協調ゲームの応用

(3)3者協調ゲームの分析枠組み

  2−2  考察 ①:ASEAN・日本・中国の連携・協調   (1)2者間結託の並存

  (2)日中主導型

  2−3  考察 ②:東アジア地域協調と米国関与ゲーム   (1)同盟・提携関係の視点

  (2)分析

  (3)分析結果の総合     

小括  分散と凝集

(2)

序 

 

ASEAN

と日本・中国・韓国という

ASEAN+3の地域枠組みは、地域主義の空白が続い

た東北アジアと東南アジアを一体化させる広域地域秩序構築の中心的な担い手となり、その 中で

ASEAN

は、一方で地域形成の主導的な役割を追求し、他方で中立性という独特の位置 を確保しつつ、つねに域内外の大国間関係の中心に位置してきた。ASEAN がこうした中立 性と中心性を同時に追求する形で結実してきた東アジアの地域協力は、ASEAN+3発足後

10

年を経て、経済領域を中心に非伝統的安全保障など協力の範囲を拡大し、さらに長期構想 として東アジア共同体が浮上するなど、新しい国際単位として存在感を徐々に発揮しつつあ る。

とりわけ、東北アジアの日中韓の「+3」の間には、歴史認識や、台湾・朝鮮半島情勢が 象徴する冷戦時代の残滓といった歴史的要素と政治経済の問題が複雑に交差しており、東ア ジアの協調と協力の障碍となってきた。このため、政治・安全保障領域では、東北アジアを 基点に東アジア地域形成を実現する途は事実上、閉ざされているのに等しい状況に置かれて いる。こうした対立と協調、分裂と統合の東北・東南アジアが、一体の広域地域としての展 望を拓く契機は、第一に経済のグローバル化、第二にグローバル冷戦構造の終結と中国の政 治経済両面での大国化の動き、そして第三の契機が、ASEAN 諸国とを基点に始動した

「ASEAN+3」地域枠組みの登場であった。

小国の地域機構、

ASEAN

を基点にした東アジア地域形成を分析対象とする国際関係論は、

冷戦後の変動する国際環境下で、理論形成と政策面の実践が交錯しながら同時進行している。

しかし、現実の東アジア地域秩序の展望は混沌としている。東アジア地域形成を主導する

ASEAN

の役割、地域外交を拡充する政治・軍事・経済大国・中国の政治的思惑、そしてア ジアの政治・安全保障に深く関与してきた米国の存在など、東アジア地域協力の政治的位相 には不透明な部分が少なくない。

確かに、ASEANを基点した国家間の配置によって東北アジアの3カ国が連携した東アジ アの地域形成は、経済領域を中心に機能的協力関係の実績が積み上げられてきたが、域内の 潜在的な対立と不信の根源が払拭されたわけではない。とくに伝統的安全保障分野において は、東北アジアと東南アジアの両地域を横断する協調的安全保障枠組み不在の状況が続き、

将来を遠望することさえ困難である。大国化する中国と、アジア太平洋地域の政治・軍事の ハブとして機能してきた米国の存在によって、東アジアの地域形成の輪郭はいまだ混沌とし

(3)

ている。「共同体」構築などの将来像が、構想から現実の課題として模索されるに及んでは、

ASEAN

域内、中国、日本、韓国の認識の波長は完全な収斂もなく、むしろ地域形成の核心 部分ともいえる細部で位相のズレが指摘されている1

本章では、潜在的な対立と協調が並存しながらも地域形成の端緒についた東アジアの現状 を念頭に置きながら、パワー・利得を変数に単純化した考察と、地域協力の現状と照応させ、

東アジアの政治的位相を俯瞰してみたい。ここでの課題はすなわち、「深化と拡大」を遂げ る東アジアの実態と、抽象化された実験室的なゲーム論の分析から得られる理論的帰結との 乖離から、本論文で取り組むべき課題を明確にすることである。

まず、第1節で、東アジア地域形成における

ASEAN

地域主義の位置づけとゲーム論によ る分析の課題を明らかにする。第2節では

ASEAN

を基点に日本、中国との各種の政策協調 を、主にパワーと国家目的を変数に想定した3者結託ゲームとみなし、政治的要素を抽出す る。具体的には、地域内の国家間の連携・協力によって生じる利得の分割を巡る協調のメカ ニズムを記述する。その上で、東アジアの政治安全保障を中心に深い利害関心を持つ米国を 加えた4者間の同盟・提携ゲームを通じて、東アジア地域形成の分散と収斂の力学について 考察する。

 

  第1節  問題の所在:ASEAN地域主義の拡大と地域形成

1−1 

ASEAN

地域主義の深化と拡大

上述した東アジア地域主義の契機となった3つの要因、すなわち第一の経済のグローバル 化、第二の冷戦の終結とアジアの大国間関係、第三の「ASEAN+3」地域枠組み、この3 つが相互に連関しながら、東アジアという地域概念が台頭してきた。

経済のグローバル化が加速した

1990

年代中盤以降、経済取引の地理的な延伸と、経済主 体によるオペレーションの垂直的統合が同時進行した。「地域主義の第3波」「新しい地域 主義」2

(

[Hettne 1999]、[Mansfield,

Milner 1999]

[Väyrynen 2003][Fawcett 2004]

)

3

1「政治的位相のズレ」を象徴する事例としては、後述する2005年の第1回東アジア首脳会議のメンバーシ ップをめぐる日中間の対立(脚注11を参照)1997年に日本が提唱した東アジア通貨基金(AMF)構想へ の米中の反発と挫折(東アジア金融協力については第6章参照)、ASEANとの自由貿易協定(FTA)を中 国と日本の競合をあげられる。

2 「新しい地域主義」の概念は、国際経済と国際政治の相互関係を理論構築と分析を目的にした国際政治経 済学(IPE)を中心に提起され、議論されてきた。1970年代前半までの新機能主義の地域統合論が、経済 の政治化過程に焦点をあて、政治共同体の構築を最終目標とする理論枠組みを提示したのに対し、「新しい 地域主義」では地域形成をグローバル化の中で進行する政治、経済、社会文化の領域・分野横断的な現象と してとらえ、経済から政治と両者を峻別し統合効果が段階的に波及する旧来理論に批判的な視座を提供して いる。

(4)

と称される地域主義のアジアの潮流には、こうした経済的ダイナミズムが背景にあることは いうまでもない。国際経済秩序の水平的延伸と垂直的統合4に呼応するように、東アジアにお いても、経済領域を中心に

ASEAN

はグローバルに対外関係を拡大し、ASEAN域内の機能 的協力関係を深化させてきた。グローバル市場への参画が自国の経済的厚生の増大に直結す るという新自由主義的な経済政策が動因となり、国際資本市場への一段の統合5と自由貿易協 定(FTA)の締結ラッシュが6そうである。しかし、既存の国際貿易秩序の再編とともに延伸

3 「新しい地域主義」の論考では、従来の国家単位の集合体として把握していた地域統合論の中の地域概念 と地域性を再考することによって、「新しい地域主義」概念を形成しようとしている。本章で参照した主要 な論考としては以下の通り。

  Breslina, Shaum and Rechard Higgot.2003. “New Regionalism(s) in the Global political economy.

Conceptual understanding in historical perspective.” Journal of European Public Policy 1:167-182.;

Fawcett, Louise. 2004. “Exploring regional domains: a comparative history regionalism” International Affairs 80.3:429-446.; Hettne, Bjöm and Fredrik Söderbaum. 2005. “civilian power or soft

Imperialism?: The EU as a Global Actor and the Role of Interregionalism.” European Foreign Affairs Review 10: 535-552.; Hettne, Bjöm. Inotai Andras, and Osvald Sunkel. 2001. The New Regionalism Series . London: Macmillan Press MacMillan.; Mansfield, Edward D. and Helen Milner V. 1999. “The New Wave of Regionalism.” International Organization 53.33:589-627.

MansfieldMilnerは、WTOと自由貿易協定の考察の中で、新、旧の地域主義の分類指標としてagency motivation、direction、coverの4つをとり、「国家主導から多様なアクター」「個から共同体」「ローカル エージェントからグローバルエージェント」へという変化の中に、「新しいリージョナリズム」の特徴を見 出した。HettneFawcettの議論は、多次元・多層性(multi-dimension, multi-layer) を主要な特徴と して指摘し、貿易・安全保障レジームの目標を超越した経済、政治、社会、文化の統合的局面を重視する。

その中では、地域主義を政策プロジェクト(policy project)として経済的地域主義を考察している。

4 初瀬龍平1999.「アジアにおける地域主義の諸類型」菅英輝、G. フック、S.ウェストン編『アジア太平

洋の地域秩序と安全保障』ミネルヴァ書房。Borrego, John.1999. “The Hegemonic Moment of Global Capitalism,” The Future of Global Conflict. London: SAGE Publications. 初瀬は、アクター、リーダーシ ップ、地域化(分野)、制度形式により、地域主義をミクロ、メゾ、マクロ、メガ−の4類型に分類した。

その中の分類指標のひとつに「生産」を取り上げ、ミクロからマクロへのシフトでは「垂直的」から「水平 的」、グローバル化のなかで出現するメガ地域主義では、「水平/垂直」の混在した特性を挙げている。

5 「東アジア諸国の為替管理自由化」は、アジアの金融センターである「香港、1973年管理規制撤廃」と「シ

ンガポール、78年管理規制完全撤廃」を例外に、1994年に集中した。「韓国、94-97年段階的完了」「台 湾、94年海外国内送金規制撤廃」「マレーシア、94年外為規制緩和」「タイ、94年完全自由化」「イン ドネシア、89年対外借入規制緩和」「フィリピン、95IMF8条国移行」。東アジア諸国が米国の政治的 圧力下で外国為替市場を自由化していくプロセスについては、毛利良一 2001.『グローバリゼーションと IMF・世界銀行』大月書店を参照。

6 FTA二国間の締結ラッシュは、2001年に始まったWTO(世界貿易機関)ドーハ開発ラウンドの交渉が難 航するなか、二国間FTAの締結は世界的な趨勢となり(附図1−1)、2000年以降に0881日まで に締結したFTA件数は84本に及ぶ。東アジア地域内FTAでは、200211月に発効した日本・シンガポ ール経済連携協定(JSEPA)を皮切りに、20087月末までに9つの二国間FTAが締結・発効されてい る(ASEAN自由貿易地域、ASEAN中国、ASEAN韓国のFTAは除く)。豪州、ニュージーランド、イン ド、パキスタンと東アジア諸国間の二国間FTA8本、北米・中南米・欧州とは8本。FTA締結の地理的 範囲と世界的趨勢からも、FTAのみでは、機能的な地域の凝集性を表す指標とはなり得ないことを示して いる(数字はJETROホームページ<http://www.jetro.go.jp/theme/wto-fta/column/pdf/051.pdf>(2008 1131日取得)

(5)

する二国間

FTA

7に代表される機能的分野の「深化と拡大」のダイナミズムと、東アジア 地域形成が、全くの相似形で進行してきたとはいえない。経済的な交流関係が東アジア地域 全般の制度構築に直線的に発展する傾向はこれまでのところ確認できず、むしろ経済的合理 性を超越した政治的、歴史的要素が地域形成に介在してきた。本章の分析の主眼でもある

ASEAN

を基点にした地域形成の政治的要素に留意し、考察の視点を整理したい8。まず

1997

年の

ASEAN+3の発足と制度化から、 2005

年の東アジア首脳会議にいたる経緯(附表1−

1)の中で台頭してきた東アジア地域主義ついての本章の視点として次の4点を挙げたい。

①ASEAN地域主義の拡大と東アジア地域形成:ASEAN地域主義の検討の積み重ねが、

東アジアの地域的枠組みと東アジア共同体構想に反映されてきた。ASEANの外向的な 地域主義と地域形成の政治的位相の整合性の問題である。

②ASEANの中立的要素:

ASEAN

の地域主義の構成要素のひとつとされてきた中立性9

附図 3−1  自由貿易協定 

0 5 10 15 20 25 30

1958196119641967197019731976197919821985198819911994199720002003 締結数

合計 多国間 締結 合意 二国間

出典: WTO ホームページ

地域貿易協定の締結数については、以下を参照。

World Trade Organization http://www.rtais.wto.org/ui/PublicMaintainRTAHome.aspx>を参照。

7 GATT24条とPTA(特恵貿易協定)、FTA(自由貿易協定)などRTA(地域貿易協定)問題と、地域主義

との関連については、Mansfield and Milner. op.cit., Dent,Christopher. 2002. “The Asia Pacific’s New Economic Regionalism.” Asia-Pacific Economic and Security Co-operation, New Regional Agenda. New York: Palgrave. などを参照。いずれも二国間FTAMultilateralism(多国間主義) を地域主義として 捉えて考察しているが、とくに後者は二国間FTAが、地域的な収斂(convergence)に果たす機能につい て消極的見通しも合わせて指摘している。

8 FTAと地域化についての国際政治経済学的な考察については、Dent. Ibid.の著作が代表的である。FTA 経済的要素を捨象して政治学的考察に特化した論考としては、多賀秀敏2004.「東アジアFTAの政治的ア プローチ」『地方自治体主導型地域主義の研究―欧州・アジア・北米型モデルの比較分析』(早稲田大学2002 年度特定課題研究助成、課題番号2002c−008)を参照。

9 ASEANの「中立性」については、以下を参照。黒柳米司2003.『ASEAN35年の軌跡: ‘ASEAN Way’の効 用と限界』有信堂。黒柳米司 2007.「ASEAN体験と東アジア」山本武彦、天児慧編『東アジア共同体の構 1: 新たな地域形成』岩波書店。山影進 1991.『ASEAN: シンボルからシステムへ』東京大学出版会。―

1997.「初期ASEAN再考  冷戦構造下のアジア地域主義とASEAN」『国際政治』116: 17-31頁。英国のス エズ以東から撤兵(1971年)、米国の東南アジアのプレゼンスの縮小を宣言したグアムドクトリン(1969

(6)

念は、東アジア地域概念が明確になる過程で、対外関係とともに変動してきたこと。

ASEAN

の中立概念そのものは、ASEANの地域主義の醸成と国際環境とともに変容を 繰り返してきた。つまりは、ASEAN にとっての「中立」という概念は、価値の中立を 意味せず、ASEAN独自の価値観として「中立」の政治的位相が、時々の域内外環境に 合わせて変動してきた10。東アジア地域形成の中でいかに定位されるのか。

③域外大国・米国の関与:米国の存在は、ASEAN+3、東アジア首脳会議といった東ア ジア地域枠組みから排除されており、東アジアの地域形成の説明変数として明示するこ とは難しい。しかし、APEC(アジア太平洋経済会議)の下でアジア太平洋地域を主導 する立場にあり、とくに安全保障では

ARF

(ASEAN地域フォーラム)のメンバーであ る。米国のこの地域への関与は、東アジア地域主義の帰趨を左右する大きな要因になっ ており、米国の戦略的関与と経済的関与(経済的相互依存)は対中関係とともに変動を 繰り返してきた。

  ④日中間の政治的位相の差異:2006年

12

月の東アジア首脳会議の参加国を巡る日中間の 確執11に象徴されるように、日本とっての東アジア地域概念は、「開放的地域主義」と して表現され、対米重視の外交関係と不可分である。それに対し、中国は「アメリカの 干渉を受けない自らの地域空間」12が地域外交上の目的であり、その中での対

ASEAN

年)といった英米両国が「アジア離れ」傾向を示したとき、地域安全保障の不安からマレーシアは「米ソ中 大国に保証された東南アジアの中立化」を提唱した。それに対し、インドネシアは「国内外から派生するあ らゆる脅威・妨害・挑戦に対処し克服する国家・国民の抵抗力と強靭性からなるダイナミックな状況」を「国 家的強靱性」と概念規定し、マレーシアの中立構想に対抗した[黒柳2003:42-51]。このように、「中立」

と「国家的強靭性」は対抗概念であり、ASEANの共通の規範として当初受容されなかったが、次第に相互 補完的な性格を帯び、同盟型ではない地域安全保障を模索する契機となった。

10 ASEANの中立概念は、1971年に設定したZOPFAN(東南アジア平和・自由・中立地帯)の原則に敷衍

され、76年のASEAN協和宣言(2004年、「協和宣言Ⅱ」に改定)、東南アジア友好協力条約(TAC)の 中で「内政不干渉原則」と「紛争平和的解決の原則」が明記され現在に至っている。しかし、旧ソ連崩壊後

1992ASEAN首脳会議以降、ASEAN原則の見直しが繰り返し議論されてきた。

11 日本は200512月に初回会合を予定していた東アジア首脳会議を「国際的規範、普遍的価値観を強化 するための開放的、包括的、透明かつ外向的なフォーラム」と性格づけ、米、豪、ニュージーランド、イン ドという東アジア域外国の加盟を主張した。中国はそれに対し、米国および親米派な豪・ニュージーランド の参加に難色を示した。対立の根底には、①米豪という民主化、自由主義の価値観を主張するメンバーが参 加することは事実上の対中批判につながること、②米国の影響力を排除、という論理があった。日本の主導 する米豪への参加を「開放」する案には、インドネシア、シンガポールが同調し、中国のASEAN+3の 13カ国にメンバーシップを限定する案には、マレーシア、タイが支持した。

両者の対立は最終的に、東アジア域内国にメンバーを限定したASEAN+3が「東アジア共同体の主要な手 段(a major vehicle)」としての地域協力メカニズムであり、東アジア首脳会議は「重要な役割(a significant

role)」を担う「対話の場」と役割・機能の分担を明らかにすることで決着した。東アジア首脳会議を巡る

日中の確執については、朝日新聞2005331日、日本経済新聞200557日、511日、730 日(いずれも朝刊)を参照。

12 佐藤考一 2007.「中国の対ASEAN関係とアメリカ:地域主義をめぐる国際政治」『国際問題』559: 34-44

頁。王毅2006.「思考二十一世紀的新亜州主義」『外交評論』81: 6-10頁を引用し、中国の対米政策認識に

ついて、「アメリカを排除もしくはその接近に一定の制限を課した東アジア協力(東アジア地域主義)が必 要だと主張」との解釈を示している。

(7)

関係と東アジア多国間主義へ関わりは、大国化する中国の脅威認識を抑えると同時に、

東アジアの中での政治経済面での相対的優位を確立する合理的方法13として見ることも できる。

⑤ 非政治的領域における機能的分野の力学:

ASEAN+3地域枠組みの下で積み上げられ

てきた協力関係は、政治的には非論争的な機能的協力が中心である。非政治的な領域か ら

ASEAN

と日本、中国そして米国を加えた政治的位相を抽出し、その力学をゲーム論 によって論じる場合に留意すべきことは、国際政治で剥き出しにされる権力衝動と、国 際経済取引に投影される政治権力との差異についてである。

90

年代中盤以降の中国の経 済的躍進と地域外交の展開が、東アジアの地域形成の契機のひとつになったことは先述 したところであるが、中国の影響力の拡大は主に、東アジア域内の貿易投資関係に突出 している。地域形成において日中の主導権を巡る競争と確執は非政治領域の一部に限定 され、分野ごとに対立状況も変わってくる。

軍事同盟を含む政治的協力・提携関係が、FTA や

EPA、金融協力といった経済領域

にも投影されてきたことは言うまでもない、しかし、経済的関係を媒介にして発揮する 政治的なパワーは、軍事的安全保障分野の力学と比較し、力の集中度、影響力の差は明 らかである14。機能的分野を中心とする地域協力の政治的位相についても、協力分野の 属性や、第

1

章の分析枠組みで提示したように、パワーを行使する国家の政策「知識・

認識・意識」によって変化し、ゲーム論による理論的帰結に必ずしも一致するとは限ら ない。現象面では、より錯綜した地域形成の様相を呈している。こうした政治的な力学 と非政治領域特有の属性・認識の相補的な関係が、弱小国で構成する

ASEAN

1990

年以降、地域形成の中心的位置と役割を担うという「外交的異常」15に近い現象の背後 に存在する。

13 中国の地域外交とASEANについては、以下を参照。

Shambaugh, David. 2004/05. “China Engages Asia: Reshaping the Regional Order.”International Security 29.3:.64-99.; . 2005. “Correspondence: China Engages Asia? Caveat Lector.” International Security 30.1: 196-205.; 浅野亮2005.「中国とASEAN―対立からパートナーシップへ」黒柳米司編『ア ジア地域秩序とASEANの挑戦』明石書房。 佐藤考一2005.「中国とASEAN諸国弱者としての『中国 脅威論』『国際問題』540: 46-57頁。

14 藤原帰一 2006.「アジア経済外交の再建: 東アジアの危機の構造と日本外交」『世界』岩波書店 747号、

136-64頁。この論説では、経済領域と軍事領域の力の集中度の違いだけでなく、力自体の性格の差異を示

唆しながら、「経済外交における主導権争いは、制度形成を強めることと矛盾しない」との視座から、日本 主導の経済に軸足を置いた政策レジームを東アジアに形成することと、米国を含むアジア太平洋主義との両 立が可能と主張する。経済領域と軍事・安全保障領域のそれぞれ作用する国家の力を分別してとらえる発想 は、国家の力自体を分別せずに領域ごとに表出する政治的位相をとらえる本研究の視点と異なるが、国際関 係で発揮される力の集中度が、領域ごとに違ってくるという実態面の把握の仕方については、留意すべきだ ろう。

15 Phar, Kim Beng. 2006. Southeast Asian Perspective of East Asian Community: Promise and Problems of one East Asia (邦訳、「東南アジアに東アジア共同体の舵取りは可能か」同上書、165-70頁に所収).

(8)

これら5つの視点の対象はいずれも、固定された常態にはなく、絶えず国際政治経済とと もに変動し、とくに①②については従来、小国の地域機構としての

ASEAN

の地域主義の生 成と展開過程の中で分析の俎上にのぼり評価は一定しない。たとえば、「①ASEAN地域主 義の拡大」と「②ASEANの中立的要素」は、

ASEAN

にとって相互に対立する概念であり、

この両者の相克の中で東アジアという地域概念が浮上してきた。デファクトの市場統合によ って経済領域を中心に、

ASEAN

は機能的な「深化と拡大」を遂げるものの、対照的に

ASEAN

の政治・安全保障領域にとって「深化」と「拡大」は対立概念であり、矛盾を内在させなが ら

ASEAN

は東アジアの地域形成に貢献してきた。言い換えれば、小国の集合であるがゆえ に

ASEAN

の脆弱性を克服する方策として、国家的強靭性16の探求と同時に、ASEAN地域 フォーラム(ARF)、ASEAN+1、

ASEAN+3、東アジア首脳会議といった外向的な関係

を追求してきた、とみなすことができる。

域外大国・米国、域内大国の中国、日本との関係を拡大するほど、ASEANの中立的な立 場の不安定さを増す可能性は否めない。ASEAN の政治的力量を超えて地域が均衡すれば、

域内外大国との間の階層的な関係に置かれる可能性という新現実主義の視点からの指摘があ る一方、他方で構成主義の視点でも、ASEANの「拡大」が

ASEAN

のアイデンティティの 希薄化と結束に、マイナスに作用するとの指摘もある17

にもかかわらず、ASEAN の「強靭性」=「深化」と「外向性」=「拡大」はこれまでの ところ、ともに順調な実績を積み上げている。2003 年

ASEAN

首脳会議では、政治・安全 保障、経済、社会文化各領域で、2020 年に

ASEAN

共同体を創設する公式目標を掲げ、さ

16 黒柳 2003、2007. 前掲書を参照。

17 AcharyaASEAN安全保障共同体論を論じながらも、ASEAN地域主義の外向的な拡大によって、

ASEAN規範認識がまとまりを失う可能性を示唆する。以下を参照。Acharya, Amitav. 1998. “Collective identity and conflict management in Southeast Asia.” in Adler, Emanuel and Michael Barnet. eds.

Security Communities. Cambridge: Cambridge University Press.; Acharya, Amitav. 2001.

Constructing a Security Community in Southeast Asia : ASEAN and the Problem of Regional Order.

London, New York : Routledge.を参照。Acharyaは上記1998年公表論文の中で Adlerと Barnetの民主 主義安全保障共同体(Democratic Security Community)論を批判的に継承し、ASEANを集合的アイデ ンティティと利益を共有する安全保障共同体(security community)と定義した。民主主義安全保障共同 体が、民主主義と経済的な相互依存を契機に形成されると定義したAdlerの理論に対し、Acharyaは欧米 の民主主義的な規範的価値が、必ずしも安全保障共同体の価値とは限らないと批判し、ASEANは安全保障 共同体の定義に該当するとの仮説を提示した。しかし、それは初期段階の共同体であり、ASEANの域外の 拡大が安全保障共同体の阻害要因のひとつになる可能性も示唆している。Acharyaと同じ構成主義の国際 政治理論をもとに、ASEANの安全保障を論じる勝間田弘[2007Katsumata2004]は、ASEANの「内 政不干渉」という規範認識が変容を遂げる一方で、他方では中国との間で相互主観的にASEAN規範認識 が伝播すると論じる点は、東アジア地域形成における認識面での視点のひとつであろう。以下を参照。勝間 田弘 2007.「『東アジア共同体』とASEANの協調的安全保障」(早稲田大学「EUサブリージョンと東アジ ア共同体」研究会ペーパー、未公刊)Katsumata, Hiro. 2004. “Why is ASEAN Diplomacy Changing ?:

‘Open and Frank Discussion.” Asian Survey 44.2:237-254.  

(9)

らに

2006

年には目標年次を5年間前倒しで合意した。「外向性」についても、日中間の対 立の中で

2005

年にクアラルンプルで相次ぎ開催された第9回

ASEAN+3

首脳会議と、第一 回東アジア首脳会議で、「ASEANを推進源(driving force)」18としながら、

ASEAN

の価 値観を東アジア首脳会議および東アジア共同体の基盤とすることで合意を見るなど、東アジ ア地域形成における

ASEAN

地域主義の外向的な展開は、内部矛盾を含みながらも成功裏に 進展してきた。ASEANの「深化」と「拡大」の相互矛盾の顕在化を操作し、ASEAN 共同 体の構築をとおした東アジア地域形成の「推進源」として機能しているように映る。

1−2  ASEAN と東アジア地域形成の理論的課題

このように脆弱性と表裏一体で外向的な展開を遂げる

ASEAN

地域主義が、東アジア近隣 諸国と域外大国との間の相互作用の場を主体的に提供し、地域形成に密接に関わってきた現 況は、従来の国際関係理論の範囲と理解を超越し、論争的な素材を提供している19

大国間の政治を中心とする新現実主義の理論枠組みはもちろん、構成主義の理論を含め、

既存の単一の国際関係理論によって、ASEANが基点の大国間関係の均衡を解明することは 難しい。東アジア地域概念が浮上し、ASEAN地域主義の「拡大」プロセスが具体化するの と同時期に、

ASEAN

安全保障共同体の構成主義的研究のアチャリヤ[Acharya 2004, 2007]

20、新現実主義のフリードバーグ[Friedberg 1994, 2005]21、中国独自の視点から新現実主 義の理論再構築を目指すカーン[Kang 2004]22の3者が、東アジア地域秩序と国際政治理 論をテーマに論争を繰り広げている。この3者の構成主義と現実主義との間のアジアにおけ

18 ASEAN Secretariat. 2005. Kuala Lumpur Declaration on the East Asia Summit. 14 December  2005.<http://www.aseansec.org/18098htm>(2006130日取得) 1回東アジア首脳会議で発出し た宣言文第3項では、以下のようにASEANの役割が明記されている。「東アジア首脳会議は、開放的、包 括的、透明、かつ外向的なフォーラムであり、その中で我々はグローバルな規範と、他の参加国とのパート ナーシップの下で駆動源としての、、、、、、、

ASEAN、、、、、

とともに承認された普遍的な価値観を強化していくことにまい 進する」(訳・傍点注は筆者)

19 ASEAN地域主義の成功体験に対する肯定的な評価と、安全保障領域におけるASEANの力量に対する懐

疑についての評価が、国際政治の諸理論の間で対立している状況については、黒柳 2007. 前掲書を参照。

とくにASEANに対する懐疑論として先鋭的な論考としては、Jonesの著作を挙げておく。経済、安全保障

領域の双方にとって、ASEAN共同体は一体性を欠く「妄想」(delusion)であると切り捨てている。Jones, David Martin and M.l.R.2006. ASEAN and East Asian International relations : Regional Delusion. Massachussets: Edwards Elgar.

20 Acharya, Amitav. 1998.op.cit.; ― 2004. “Will Asia’s Past be its Future?”International Security 28:149-164.; Acharya, Amitav and Barry Buzan. 2007. “Why is there no non-Western IR Theory ?” A Journal of Japan Association of International Relations. 7.30: 285-312.

21 Friedberg, L. Aaron. 1994. “Ripe for Rivalry: Prospect for Peace in a Multipolar.”International Security 18:5-33.; Friedberg L. Aaron. 2005. “The Future of U.S. – China Relations: is conflict Inevitable?” International Security 30:7-25.

22 Kang, C. David. 2004. “Getting Asia Wrong: The Need for New Analytic Frameworks.” International Security 27:57-85.; 2004. “Hierarchy, Balancing, and Empirical Puzzles in Asian International Relations.”International Security 28.3:165-180.

(10)

る実証可能性についての議論に、ASEAN と東アジア地域形成を争点にした国際関係の理論 の制約と課題が集約されている。論争の形態は、Friedberg による東アジアの冷戦後秩序形 成に対する悲観主義的な視座の提供に対し、Acharya、Kang がそれぞれの理論的展望を示 し、3者それぞれ反論し合う形式である。

各論者の理論について詳述することは、本章の趣旨から逸脱するため控えるが、理論的帰 結と実態の乖離についての考察という本章の目的に対して、理論的課題と視座を得るために、

3者論争の要点を整理しておきたい。(ⅰ)アジアに共通の規範認識が存在しうるのか、(ⅱ)

アジアの将来秩序は、大国中国に対する新たな大国間のバランシング(balancing: 均衡)や、

大国に黙従していくバンドワゴンニング(bandwagonin:勝ち馬戦略)といった力の関係に よるものなのか、あるいは共通の規範を基礎とする新しい秩序なのか。この2点に論点を、

集約できるだろう。

現実主義の悲観論的視座にたつ

Friedberg

の考察内容は、冷戦終結によって二極構造が崩 壊し国際システム全般の不安定性が増す、という仮説的な前提で議論している。具体的に国 家間の対立の理由のひとつとして、東アジアの国際諸制度構築の後れを指摘する。

Friedberg

は、Acharyaの構成主義的安全保障共同体の議論に対しても、アジアの価値観、文化の多様 性から共通の規範が存立する可能性を、完全に否定する。Kangも、Friedberg の

Acharya

の構成主義的なアジアの安定論に対する批判に同調している。ただし、Kang の主張は、ア ジアにおける国際システムの歴史的起源に理論上の示唆を求め、アナーキーな非階層的な国 際システムから、東アジアはウエトファリア体制以前の階層秩序に向かうとの仮説を立論し ている。その中では、かつての中国の朝貢体制による階層的秩序に遡り、大国中国を中心と するアジア独特のバンドワゴの予兆を示唆する。

Friedberg、Kang

の批判に対して

Acarya

は、ASEAN、東アジアが独自の規範 やアイ デンティティの獲得過程にあり、地域独自の社会的に構成された認識の体系の萌芽を強調す る23。域内大国の日本と中国、さらに超大国の米国が関与しながらの

ASEAN

地域主義の拡 大についても、弱小国が外部に安全保障の傘を依存し、インドの存在を示唆しながら均衡戦 略をとるために利用すべき大国が中国のみ、ないし米国のみという一極構造を否定し、

ASEAN

の規範認識の拡大を示唆する。とくに政治・軍事・経済大国として台頭してきた中 国には、地域秩序を構成するほどの文化的理念の優越性を享受するには至っていないと反論 する。

23 Acharya 2004,2007. op.cit. Acharyaは、ASEANを独自の規範認識を共有する安全保障共同体の原初的 段階にあると位置づけるとともに、ASEAN安全保障協同体の理論的な枠組みを東アジア地域への敷衍する ことを想定し、国際関係論の理論研究の素材として、アジアの可能性を論じている。

(11)

この3者論争は、理論的な収斂を見ることなく終結し、それぞれの視座でアジアの国際関 係理論の探求を進めているが、論争の発端となった Friedberg は、2005 年の発表論文の中 で、現実主義、自由主義、構成主義それぞれの理論から東アジア(中米関係)に考察を加え、

悲観論(対立)、楽観論(協調)の両論併記のアジアの展望を示し、次にように言及してい る。

・「単一の要因が国際政治に作用することはまれであり、・・・国際関係の重要な結果は、その時代のプ ロセスどうしが相互に作用し、決定する」24

・ 「今日の国際政治研究者は、因果的要素・力の配置をすべて理解する必要がある」25

つまり、単一の理論として現実主義の有効性が失われたことを事実上認め、理論枠組みの 折衷主義への傾斜を示している。しかし、アジアにおけるパワーの力学的構造、制度的配置、

対立と協調の関係について詳細な編年記述による観察結果を積み上げてきた地域研究の中で はすでに、理論的枠組みの折衷策は巧みに活用されてきた26

本章で問題とすべきは、折衷主義的な分析枠組みではなく、むしろ上記の

Friedberg

があ げる視座の②の「因果的要素、力の配置をすべて理解する」という、分析総合的な枠組みに ついてである。ASEANを基点とする「拡大と深化」による地域形成について、ASEANと 中国、ASEANと日本という二国関係の力と認識の配列ではなく、東アジア全体の地域形成 の因果的要素と、因果関係で解明できない相補的要素を記述することである。したがって、

東アジアの地域形成の局面に応じて、高い説明力を発揮する理論枠組みを順次、応用し、分 析する折衷主義的枠組みに多くを依存せず、力と利益の全体配置を明らかにすることである。

第1章で言及したように、東アジア地域形成が、(a)力と利益の因果的な力学、(b)各 国の意思決定における認識の連関、この2つの形式の相補的な関係によって変動する、とい う仮説的命題が成立するならば、地域形成で従来観察されてきた結果と(a)との間の乖離 には、(b)の各国意識の変容のプロセスが介在するものと考えられる。

第2節では、ゲーム理論の枠組みを用いて、力の相互作用による利益(利得)の配賦状況 を記述し、これに前述した4つの視点を関連づけて、地域形成のための政策協調の政治的位

24 Friedberg. 2005. op.cit.11.

25 Ibid.12.

26 黒柳 2007.前掲書 45頁のASEANの意思決定と理論枠組みについての記述が参考になる。「現実主義的 要素(パワー・バランス)と構成主義的要素(協力や規範)は二者択一ではあり得ず、それが厳密化すれば するほど現実に対する説明力を後退させかねない。筆者の見るところ、ASEAN諸国は、実はきわめて現実 主義的に自らの弱体性や脆弱性を熟知するがゆえにパワーに依拠することを忌避(あるいは敬遠)し、対話 と協力を通じて平和・安全・秩序を構築する路線を選択したのである」

(12)

相と課題について考察する。すなわち、①ASEAN地域主義の拡大と東アジア地域形成、②

ASEAN

の中立的要素、③域外大国・米国の関与、④日中間の政治的位相の差異、これらの 4つ視点が、力と因果的要素の全体像の中でいかに関係し合い、政策協調の帰趨にいかに反 映しているのかについて検討する。

 

第2節 

合理的選択アプローチによる考察

(結託ゲーム)

2−1  考察の枠組み 

(1)N人数ゲームの課題と方法

本章では、多人数協力ゲームの中でも最も初歩的なノイマンとモルゲンシュテルン[von

Neumann, Morgenstern 2001(1944)]

27

N

人数ゲーム(以下、NM型ゲーム)」を、東アジア 地域形成に向けての協調プロセスを考察する理論枠組みとして応用する。

国際政治、ミクロ経済学など社会科学  の各分野で広範に応用されている「囚人のジレンマ」28に 代表される

Nash

型のゲーム理論は、各主体が合理的な選択行為によって最適となる常態(均衡 点)を目指すという前提の下に、行為者間で達する均衡点を演繹的に導き出すことに主眼を置く規 範理論である。具体的にいうと、行為者間のゲームを社会全体のシステムとしてとらえて、Nash 型 のゲーム理論の数学的原理から予測される結果は、ひとつの配分(均衡点)として表される。

  ここで、NM 型、Nash型を含む各種のゲーム理論に共通の前提である合理性について、

分析のための問題と留意点を明確にしておきたい。

  第一に、ゲーム理論の前提とする合理性の定義が、多義的に解釈可能なことである。N人 数ゲームでは、主体の属性、政策決定の機会、利得の内容が理論から捨象され、提携(結託)・ 協力の実現可能な利得集合とその配分を導く高度に縮約されたモデルを採用している。社会 現象をゲーム理論から読み解き、提携・協力のための指針を提供するためには、パワーやそ の指標としての利得配分の極大化を目指すという単純化した合理性に加えて、主観的な要素 が戦略的な意思決定に重要な意味を持つ場合が少なくない。合理的な戦略のきょう雑物とし て理論から排除されてきた主体のアイデンティティの不確かさと、主体間の関係の変化に合

27 von Neumann, John. and Oskar Morgenstern. 2001(1944).Theory of Games and Economic Behavior . Princeton: Princeton University Press.

28 NeumanMorgensternのゲームは結託・協力ゲームだが、国際政治学で協調が成立しない国家間関係

を説明するゲーム理論がジレンマゲームであり、そのひとつが「囚人のジレンマ」である。2人の囚人が取 り調べでともに黙秘を貫くことが、もっとも有利な結果を得るが、2人の囚人が合理的に行動すれば、裏切 りが最適解となり、利得計算上、最悪の結果をもたらす。このゲームはプレーヤー同士の情報の交流がない、

相手プレーヤーについての戦略を把握していない、いわゆる情報完備ではない不完全情報ゲームである。こ のため、ゲームを繰り返すことによる学習効果や、脅し・報復といった概念を導入し、ゲームの初期条件を 変更し、社会的ジレンマを解消するゲームモデルが多数、開発されてきた。

(13)

わせて変化する政策認識についても十分に表現できないという点も、ゲーム理論が抱える代 表的な問題点であろう29

  各主体が合理的な情勢判断にもとづき意思決定し、現実の行動を記述ための指針ともいう べき規範的な理論と、現実の国際関係の中で行動を記述分析するための理論枠組みを区別す る必要性がここに生じてくる。つまり、「ゲーム理論によって演繹的に計算されて明示される こと以上に、理論の中できょう雑物として棄却された要素がむしろ特筆すべき点である」

[Sharpley 1968 : 3754]

30

  第二に、主体が相手との比較にもとづき行動するという配慮が希薄なことである。とくに、

すべての主体にとって最適の常態となる均衡点を導く

Nash

型のゲーム理論では、各主体が 相手の行動の影響を考慮せずに、市場や国際構造の中でそれぞれ独立に合理的に判断し行動 することを前提にしている。地域形成のプロセスでは、経済活動の基本原理は競争にあり、

その政治的位相は国際関係の中での地位の確保が基本である。前者の経済活動は他者との差 異を追求することで、利益の増大を求める。後者の政治的位相においても、国家は他者との 利得の相対比較もしくは自己利益の絶対水準の比較のいずれかに基づき行動するといわれる。

  相手の行動に考慮した意思決定の分析が必要不可欠であり、ゲーム理論ではその枠組みの 提供に腐心してきたが、第一の課題と同様に理論と国際現象についての実際の記述の間に隔 たりが存在することは否めない。

  以上の

2

点を要約すれば、ゲーム理論は、国際関係の中での主体の意思決定についての実 証分析を目的に方法論を提供するものではなく、あくまでも主体が合理的に判断し、合理的 に行動することを前提にした理論といえよう。主体の行動をプレーヤーの数(N)如何にか かわらず、主体間の利得関係をパワーの指標として一次方程式(直線式)に置き換えて、合 理的な根拠に基づく最良戦略を予測する。ゲーム理論一般では、こうした規範的な理論の条 件を固定することで、主体の行動の抽象的なモデルをつくることが研究の第一義的な目的で あり、実際の現象を記述的に表現することは、本来の目的ではない。その意味でも、狭義の ゲーム理論は、事例研究への応用は難しく、研究の一定範囲のみにしか有効ではない 31

したがって、N人数ゲーム理論を、国家が現実にどのように行動しているのかを記述分析

29 Rapoport, Anatol. 1970. N-Person Game Theory: Concepts and Applications. New York: Dover Publications Inc.301-310. ラパポート[Rapoport]は冷戦期の紛争研究で、N人数ゲーム理論について考察 している。その中でも、とくに主体のアイデンティの時間的な変化によって、主体が選択する戦略も変化す ることに着目すると同時に、NM型ゲーム理論の方法論的な応用の可能性について肯定的に評価している。

30 Sharpley, Loyd.S. 1968. N-Person Game Theory. California: RAND Corporation.

31 規範論的ゲーム理論の記述分析への適用の限界については、Selten, Reinhard. 1999. “What is Bounded Rationality ?” In G. Giegerenzer and R. Selten. Bounded Rationality. Cambridge: MIT Press. 関寛治

1970.「国際体系Simulation gameの建設方法」鈴木光男編『競争社会のゲーム理論』勁草書房、74-95

を参照。

(14)

する方法論として応用するためには、ゲームをひとつの構造としてとらえるのではなく、主 体の意思決定・情勢判断に配慮した分析枠組みを検討する必要があろう32。そのための技法 としては、NM型の結託ゲームを活用した分析枠組みを検討したい。

  「私たちの現在の(NM型)理論の弱点は、二段階に分けて分析することにあるだろう。具体的には、ゼ ロ和2人ゲームの解をまず求める。次いで、この(ゼロ和2人ゲーム)の解を用いて、N人数ゲーム一般 の解を導くことができるように、特性関数を定義する。・・・・N人ゲームの全体系を統一的に扱う(ゲーム)

理論がこれらの困難を克服するであろう」[Neumann, Morgenstern 2001(1944): 608]。

 

Neumann, Morgenstern

自身がこのように言及するように、

NM

型ゲームはひとつのゲー ム体系として完結せず、第一段階のゼロ和2人ゲームで「結託する主体」と「結託しない主 体」の間の数学的な解(特性関数)を求め、これにより、上記の問題点として提示した主体 の意思決定やアイデンティティの変化といった戦略的きょう雑物を取り除く。第二段階では、

第一段階で導いた特性関数によって結託可能な範囲を集合(安定集合)として求め、主体間 の利得の配分を検討する。

 

NM

型ゲームの第一段階では、結託が成立する可能性を集合として表現するが、どのよう な意思決定を下して提携可能集合の中のどの結託が成立するかについては理論の対象の外に おかれている。また、Nash型ゲームのように戦略的な指針として、均衡点から結託(協調)

の単一解を導くこともない。つまり、ひとつのシステムとして不完全な理論である。逆に視 点を変えることにより、主体間の意思決定に注視して現実の協力関係を読み解くために、理 論と方法の二元論的解釈の余地が大きい

NM

型ゲームを応用する可能性が生まれる。

NM

型 ゲームの記述分析への応用について、具体的に次の2つの視点から分析枠組みを検討するこ とにする。

 

NM

型の理論と現実の協力関係の比較の視点。

NM

型の理論では、主体のパワーの属性と意思決定の実際についての細目が、理論の第 一段階の特性関数の中に、過度に縮約されている。Nash型の理論をはじめとする協力・

非協力のゲーム理論では、単一解として導いた数学的原理を、主体の行動原理としてみ なす。現実と理論の接近を図るための、

NM

型の理論の対象からはずされている戦略的、

32 ゲーム理論について、数学的原理から演繹的に社会の行動原理を導く理論と、現象を分析する方法論を明 確に分離した二元論を主張した論考しては、See, Seltem.Ibid.

(15)

理論的ではない要素を追加することによって、ゲームの合理性を補足的に解釈する。そ の反面、現実の意思決定と行動を記述分析するための方法論としての可能性が低下する。

NM

型がパワーと利得の最大化を目指すという単純化した合理性をもとに、利得配分を を考察するときに、第一段階の特性関数で捨象した戦略的な要素の詳細と、利得配分の 実際のメカニズムを現実の行動に照応させながら考察することが容易になる。

②  効用についての主体間の比較の視点33

NM

型の理論では、利得(効用)は無限に分割可能で、また主体間で譲渡・比較可能な 効用を仮定している。主体同士が獲得する利得や戦略について互いに比較することなく、

相互に独立の関係で均衡点が決定する市場メカニズムのような国際関係を、現実の世界で は想定しにくい。したがって、主体同士が意思決定で相互に比較するという現実の国際関 係を論理的な考察の中で追加的に検討することにより、NM 型理論の第一段階で得られ た提携可能な集合をもとに、東アジア地域形成における各主体の現実の行動についての記 述が容易になる。

(2) NM 型 N 人協調ゲームの応用 

東アジア地域形成が流動的に変動しており、記述・分析型理論の NM 型ゲームの形式 を用いて協調の実際と理論的考察結果を比較し、地域形成の課題について考察する。東 アジア地域の現実の利得配分状況と意思決定を考察するために、①日中 ASEAN の3者 協調、②東アジアの国際システムで「特別な位置」を占める米国と日中 ASEAN の同盟 提携関係、という2つの分析枠組みから NM 型ゲームを応用する。

(a)(b)(c)式で示すとおり、NM型

N

人協調ゲームは、ゼロ和ゲームであり、別個で行動するより 協調した場合の方が、より多くの利得を獲得する(a)。したがって、2人ゲームと異なり、3人ゲーム ではプレーヤーが合理的な判断に基づき行動する限り、かならず、一組の結託が存在することにな る。結託

R

T

には共通のプレーヤーが存在しないことが前提であるが、結託による利得が、全体 の利得を上回ることがない以上、結託同士の合併(

RT

)は、個々の結託の値(特性関数)の和 を必ず上回る((b)、優加法性)ことが、ゲームの条件になる。また、個の主体の行動も、結託として の行動ともに矛盾のない基準に基づく(「個別合理性」、「集団合理性」)。

か り に 、 結 託 の 特 定 関 数 の 和 と 、 合 併 後 の 特 定 関 数 の 合 計 が 同 じ で あ る 場 合

((

v ( RT ) = v ( R ) + v ( T )

)は、プレーヤーにとって結託の有利性のない合併となる。

ただし、この場合でも、プレーヤーの間で、利得の譲歩(side-payment)が行われ、結託が

33 Rapoport. op.cit. 308. Rapoportは、効用の比較をNM型ゲーム理論が前提にしていることについて、

単に方法論上の特徴としてみなすのではなく、社会哲学を反映した重要な要素とみなしている。とくに、紛 争研究では、社会的正義という重要な概念が、比較なしに定義できない点に着目している。

(16)

成立する。

 

{ n }

N = 1 , 2 , 3 , 4 , L ,

(プレーヤーの集合) 

 

R ( ≠ φ ) ⊂ N , T ( ≠ φ ) ⊂ N , v ( φ ) = 0

 

RT = φ

*第一段階(特性関数の提示)

) (R v

x ∈ , yx

ならば 

yv (r ) ( a )

) ( ) ( )

( R T v R v T

v ∪ ≥ +

           

( b )

) ( ) (

)

( R v N R v N

v + − =

       

( c )

 

v

は結託(提携、coalition)に対応する提携値の関数(特性関数:characteristic function)

R

T

は提携で

N

の任意の部分集合

  以上が

NM

N

人数ゲームの前提であるが、厳密に利得の配分を一点に均衡させるナッシュ 均衡型2人ゲームとのもっとも大きな差異は、先述のとおり、利得の配分を単一解にせずに集合(安 定集合)として表現することである。むしろ、プレーヤーへの配分が単一解に均衡した状況は、一般 には存在しないという現実的な視点に立つ。NM型の

N

人数ゲームの目的はむしろ、さまざまな利 得の配分の組み合わせを集合として表現し、集合内に、安定した社会秩序(social order)34と行動 基 準 (

standard of behavior

35が 存 在 す る こ と を 前 提 に し て い る 。 た だ し 、

Neumann

Morgenstern

の理論の中は、結託の集合内の「安定した秩序」および「行動基準」について は、上記式で説明する以上の細目について言及されていない。あくまでも、何が安定的秩序 であるかは、それぞれが現実に直面する問題領域に定義が委ねられている。機能的な協力関 係によって共通利益を探求するのか、単独でパワーと利得の追求を重視するのか。国際関係 の実際で、それぞれの状況に応じたゲームの中での「安定」についての解釈を加えることが、

第二段階の分析では必要になる。

  本章では、ASEAN、日本そして中国の3者協調ゲームでは、機能的協力関係による地域 形成を考察の対象とし、さらに米国を加えた4者の同盟・提携ゲームの分析結果を加え、理 論的帰結と地域形成実態について照応させ、考察する。

34 Neuman and Morgenstein. op.cit. 365.「配分の集合は、安定した一般原則」を表す。同時に、それぞれ に差異があり、この配分のシステムを「社会秩序」と呼んでいる。

35 Ibid. 31-33.

(17)

(3)3者協調ゲームの分析枠組み(第一段階) 

ASEAN

地域主義の外向的発展の有力事例である

ASEAN+3地域枠組みを対象に、ASEAN

と日本、中国に特化し、三者ゲームとして位置づけ、ASEANと日中の3者、いずれかの2者の提携 合可能集合(集合

E)がいかに形成されるのかについて考察する。とくに、弱小国で構成される ASEAN

と日中両国との間にパワーの格差が存在することを前提にして、東アジア地域形成過程で の日中間リーダーシップ共有の存否によってゲームを分類し、比較する。

具体的には、日本・中国の競合が続く状況で、①ASEAN が、日本と中国にそれぞれ別々の交 渉に臨む、②東アジア域内の大国の日中が協調(結託)し、地域形成の政治的リーダーシップを共 有しながら発揮する、③ASEAN・日本・中国の3者がパワーの格差を残したまま、対等な関係で協 調を前提に交渉に臨む−3つのケースを想定した。協調のための交渉ゲームを①②③のケースに 限定し、初期条件36および選好37を一定とする。

36 補足:時間軸の設定

自然科学と異なり、初期条件を一定にした実験による経験観測は国際関係では事実上、不可能とされてきた。

地域の関係が不定形に変動し、日々の国際情勢によって意思決定が変動する東アジアにおいても例外ではな く、分析当初時点で設定した初期条件は時間的に変化する。本章では、抽象化された国際関係と東アジアの 地域の現実を比較考察するために、地域枠組み、時間、選好といった初期条件を一定にした。初期条件のう ちとくに重視すべき項目は、利得評価の時間軸と、選好(政策の優先順位)である。ASEAN+3地域枠組 みの発足に作用した「時間軸」効果について補足説明を付記しておく。

  ASEAN+3地域協力の制度化では、199711月の通貨金融危機の直接・間接の影響にさらされた域内

関係国の、市場の撹乱に対する共通の懸念が動機となった。地域機構不在の東アジアが直面する(するであ ろう)問題領域で抱える不安定要因と、不確実性の低下(取引費用の低下)によって、協調にインセンティ ブを与え、交渉を効率的にする期待が形成された。ASEANを基点にした地域連携(ASEAN+3)が実現 した背景を整理すれば、①通貨危機後の景気回復(短期の時間軸)、②地域機構と域内外戦略の再構築を通 じた国際的信認回復(長期の時間軸)、③中国経済への肯定的評価(長期の時間軸)、という3つの「長短時 間軸」が混在する利得評価が影響している。取引費用というコスト概念がもたらす利得効果について、長短 の時間軸評価を加味し、ゲームの協力・協調関係成立の動因を、費用便益の定式で表すと以下のようになる。

命題:{(地域協力に参加せず現状維持で獲得する今期(t)の利得)

+(現状維持にとどまることによる来期以降の遺失利得=コスト)}

<<{(協力によって獲得する今期の利得)+(将来利得の現在割引価値) p+δ p’< δ ( p”−α)       (a)

p+{δ/(1―δ)}p’ < {1/(1−δ)}(p”−α)    (b)

δ>{p−(p”−α)}/(p−p”)         (c)

p :参加しないことによって得られる今期(t)の利得

p’: 地域協力に参加しないことによる将来の以降の遺失利得(p’<0)

p”−α:参加することによって得られる今期と将来利得の現在価値、αは機会費用

δ:割引要素(将来利得の現在価値を換算するための割引率:0<δ<1)

以上(a)(b)(c)式より、δが十分に大きく、pができるだけ小さく、p’ができるだけ大きければ、協力の インセンティブが増大する。

37 国際政治問題で割引率の概念を、アクターの期待効用(満足度)連動させたモデルとしてグルーバー[Grube

r]の「go-it-aloneモデル」がある。本稿の基本的な視点は、割引率の概念を応用すれば、アジア地域主義と

米国の対応も解釈可能である。1997年に日本のアジア通貨基金構想を反対した米国は、その後の、チェン マイ・イニシアティブと東アジア自由貿易圏構想を肯定する対応をとった。「米国は構想内容を評価し反発 したのではなく、その延長線上にある将来の米国と対抗する地域主義への懸念から反対した」(経済産業省 FTA担当者ヒアリング、20041218日)のであり、長期的な遺失利益とコストの主観的な評価が、米 国の選好の変化に投影されている。Grunber, Loyd. 2000. Ruling the World: Power Politics and the Rise of Supranational Institutions. Princeton: Princeton University Press. 東アジアの二国間FTAおよび経済連

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