熊本大学大学院社会文化科学研究科 2008年度 博士学位論文
地域福祉の政策的課題と福祉コミュニティの形成
指導教員 田口宏昭先生 063―G9211
設楽 聡
(総頁数 100 頁)
目 次
序 章 1
第1章.コミュニティのとらえ方
1.コミュニティの概念 3 2.行政におけるコミュニティ理論の採用 5 3.地域福祉論におけるコミュニティ概念 6 4.コミュニティ概念の総括 8
第2章.コミュニティ組織を活かしたまちづくり
1.まちづくりとコミュニティの関連 9
2.熊本県水俣市の概要 10
3.水俣市におけるコミュニティ組織とその活動 11
4.「まちづくり」の類型化 15
5.水俣市のまちづくりの類型 17
6.コミュニティ組織におけるまちづくりの特性 18
7.まとめ 25
第3章.地域福祉の必要性 1.「地域福祉理論」登場の背景 27
2.地域福祉の概念に関する先行研究 28
3.地域組織化によるネットワーク型地域福祉 31
第4章.地域ケアシステムの構築 1.研究対象地域の概観 33
2.地域ケアシステムの必要性 34
3.市川市地域ケアシステムの基本的な考え方 34
4.地域ケアシステムの実践 35
5.地域ケアシステムの構築に求められる条件 41
6.地域ケアシステムにおける地域の範囲と課題 44
7.市民活動団体支援制度の創設 45
8.制度の仕組みと福祉活動に対する支援状況 47
9.実践事例の検証と地域ケアシステムの重要性 50
第5章.障害者福祉における総合的な支援システム
1.ノーマライゼーションの理念 55
2.わが国の障害者福祉政策の動向 57
3.社会福祉計画と市町村「障害者計画」 60
4.障害者自立支援法による市町村「障害福祉計画」 62
5.障害福祉計画の策定過程から見る障害者福祉の課題 64
6.障害福祉計画の策定過程における住民参加の確保 69
7.障害福祉計画から見える地域福祉の課題 73
第6章.福祉コミュニティの構築による地域福祉の実現 1.福祉コミュニティの概念 75
2.福祉コミュニティの範囲とスケール 78
3.福祉コミュニティの担い手 80
4.福祉コミュニティを支えるゆるやかなネットワーク 81
5.新たな共同社会の創出 83
6.新共同社会の実現に向けて 84
結 論 87
参考資料 熊本県内全 14 市を対象に実施した「障害福祉計画の策定過程に関する調査」 89
注 釈 93
引用・参考文献一覧 98
1
<論文構成>
序 章 第1章.コミュニティのとらえ方
第2章.コミュニティ組織を活かしたまちづくり 第3章.地域福祉の必要性
第4章.地域ケアシステムの構築
第5章.障害者福祉における総合的な支援システム 第6章.福祉コミュニティの構築による地域福祉の実現 結 論
1.研究の背景
わが国における社会福祉制度は、1970 年代に新たな方向性として出てきた「地域福祉」
の考え方を受け継ぎ、1990 年の社会福祉関係八法の改正を境に大きく変容した。中でも 特に、地域を基盤とした福祉の形成(ノーマライゼーション)と措置方式から契約方式へ の移行が大きな焦点となっている。このような国の福祉政策は、欧米諸国の福祉政策の動 向や自己決定思想のサービス部門への影響力の浸透を背景として構築されたものである。
その後、2000 年の介護保険制度、社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を 改正する法律の制定等による「社会福祉基礎構造改革」が進められ、社会福祉制度はまさ にターニングポイントを迎え、地域福祉はその重要度を増し続けている。
1951 年に社会福祉事業法が制定されて以来、社会福祉事業、社会福祉法人、措置制度 といった社会福祉の共通基盤制度については、これまで大きな改正が行われていなかった が、増大と多様化が進行する国民の福祉需要に対応するため、抜本的見直しを目的として 大規模な制度改革が図られたのである。
しかしながら、現実問題として福祉サービスを必要とする人たちにとって、サービス供 給の地域的偏在等もあり、地域の中で安心して生活を送ることが保障されているとはいい がたく、むしろサービスの利用料の負担増加等で不安が増している。また、国の社会保障 政策は長期的な展望を欠いているために、社会福祉政策もそれに応じて流動的、場当たり 的な内容となっている。
2.研究の目的と方法
本研究は、国の福祉政策が大きく方向転換したとしても、揺らぐことのない地域福祉政 策の構築を念頭に置きながら、今後さらに充実が求められる地域福祉を具体的に推進する ための方策を明らかにしていくことを目的とする。これを達成するために、行政、福祉関 係機関、施設による生活環境と福祉サービスの整備のみにとどまらない、人々の共同や共 生を基盤とする「福祉コミュニティ」の構築について論及する。その際、理論的検討のみ ならず、あわせて実践事例の比較検討も行うこととする。
まず、地域福祉の前提となるコミュニティをめぐる基本的概念と理論について、先行研
究を用いて考察したうえで、地域における住民組織を基盤とする「まちづくり活動」の事
例を検証し、福祉への波及について論じる。これは、福祉を高齢者や障害者等特定の個人
の問題に限定せず、地域社会全体の課題としてとらえる視点を提起するためである。
2
その後、地域福祉政策とコミュニティ政策の関連性について論述し、主要な先行研究を 用いて「地域福祉の概念」を整理する。
さらに、千葉県市川市の事例調査の結果を踏まえ、地域ケアシステム・地域福祉の構築 を可能にする諸条件-例えば地域資源や社会資源等々の有無-を明らかにする。これに加 え、地域づくり政策として実施している、通称「1%条例」の中で、特に福祉活動に対す る支援状況から、障害者福祉に対する支援の必要性を論じる。
この検討を受けて、対象とする福祉分野をとりわけ障害者福祉の分野に絞り込み、地域 においてノーマライゼーションの理念を達成し、障害者が地域で生きがいを持ちながら持 続的に生活を営むための基盤づくりについて論究する。具体的には、2005 年に成立した 障害者自立支援法によって策定が義務付けられた障害福祉計画について、熊本県水俣市で 計画策定時に実施したアンケート調査の結果を分析し、障害者福祉の課題を明らかにして いく。また、計画策定段階での障害者や地域住民の参加度について県内他市と比較を行う ことによって、障害者福祉をどのようにして地域全体の課題として位置づけていくのかを 検証したうえで、障害者の地域での自立支援システムを検討する。
次に、ここまでの議論の成果に立脚し、地域社会を基盤として形成される福祉コミュニ ティの必要性について論じることとする。まず、理念型としての福祉コミュニティを明ら かにしたうえで、障害者等、自立生活が困難な者とその家族の抱える生活課題を個々の問 題として対応するのではなく、地域住民がそれらの人々を同じ生活空間の場で受け入れ、
問題意識の共有化を図ることによって、地域の中での共生の可能性について検討する。そ のうえで、福祉コミュニティの範囲やスケール、担い手等について考察を行う。
最後に、総括として、地方分権、少子高齢化社会の進展、核家族化、地方財政の悪化と いう厳しい条件の中で、地方の小規模自治体における持続可能な地域福祉のあり方を明ら かにしていく。ここでは、わが国の地域社会が旧来から有していた相互扶助機能や住民組 織に、現代社会に必要な様々な考え方を加えた「新しい共同社会」の構築を提起し、その 実現のための方向性を示す。
3.コミュニティ組織によるまちづくりの事例分析
福祉問題を地域全体の課題として位置づけ、多くの住民の主体的な関わりを重視する観 点から、コミュニティ組織によるまちづくりの事例研究を行い、地域福祉のあるべき姿を 見出そうとしていく。ここでは特に熊本県水俣市において、行政区単位で行われている、
住民主体によるごみの高度分別の実践等を分析することによって、まちづくりと地域福祉 の密接な関係を確認する作業を行う。
多様な主体によるまちづくり活動には、「問題意識の共有」が求められる。問題意識の 共有とは、いいかえるならば、地域社会の抱える問題を構成員たる住民が自らの課題とし てとらえ、積極的に解決しようとする「当事者意識」のことである。事例でとりあげた水 俣市にあっては、地域社会を構成する住民の多くが、水俣病の発生によって破壊された環 境の再生と地域コミュニティの再構築という、大きな課題を共有していた。それによって 環境を主軸にすえた種々の施策の実施が可能となっているのである。
よって、「環境まちづくり」とは、単なる環境保全という環境に特化した単一の実践を
指すのではなく、教育、福祉、産業など様々な分野のまちづくりに応用できる可能性を持
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っていることが明らかにされた。
地域住民によるまちづくり活動の出発点は、問題解決や生活充実への欲求の充足といっ た、住民にとっての必要を満たすために行われるものであり、コミュニティにおける人々 のつながりの形成はいわば副産物であって、それ自体が目的ではない。それにもかかわら ず、コミュニティに内包される住民のつながりの形成は、目的達成のプロセスにあって必 然的に伴うものと考えられる。なぜなら、目的達成のために、住民が共通認識を持ち、継 続的に協働することが必要となるからである。
また、まちづくり活動を通じて、地域における人々の間の相互依存意識と相互のつなが り、役割意識が次第に発達していくことも予想される。まちづくり活動の主体としてのコ ミュニティ組織は、町内会・自治会などの地縁的団体とNPOに代表される機能的・自発 的団体とに大別できる。これら性格の違う団体を、まちづくりとの関係において、どのよ うに位置づけるかが問題となってくるが、地域社会の形成と発展への住民の具体的な関わ り方は、一通りではなく、まちづくりにおいて何が具体的な焦点になるかは、時代と場所 によって異なってくる。実際、水俣市における、コミュニティ組織によるまちづくりにお いても、町内会・自治会的な要素をもつ行政区を基盤としながらも、自ら活動テーマを絞 り込んだり、逆に行政区の担う役割より幅広い機能を持った組織を、住民が自発的に作っ たりもしている。
したがって、まちづくりを担うコミュニティとは、個々の地域の実情に即して、経験的 観察に基づいて認識されなければならず、今後さらに、その弾力的な活動が求められてく る。このような意味で、水俣市の環境まちづくりに主体的に取り組むような市民は、快適 な地域コミュニティの担い手であり、ひいては地域福祉の担い手にもなる可能性を持って いる。
4.地域組織化とネットワーク型地域福祉
先述した コミュニティや地域住民組織を基盤とするまちづくり活動の実践を、地域福 祉分野においても重視することとしたい。地域内に存在する多様な主体が、それぞれの分 野で提供している福祉関連のフォーマル、インフォーマルなケアやサービスを今一度、洗 い直し、有機的に結び付けていくことが、地域福祉を実現する有効な手段になり、組織化 活動の原点になると考える。
地域福祉の基礎単位となる市町村行政における政策についても、この点をこれまで以上 に重視しながら、地域のもつ特性を活かし、各々の実情に応じたネットワーク型の地域福 祉を構築していかなければならない。
かかる視点のもと、千葉県市川市による「地域ケアシステム」の調査・研究を実施した。
市川市では、社会福祉協議会の支部単位で、①地域での支え合い活動(温もりのある社会 づくり)、②身近な場所での相談活動(拠点整備)、③行政の組織的な受け皿体制(相談 体制の確立)を大きな柱として地域ケアシステムを設置している(調査を行った 2007 年3 月時点で市内 14 地区中 12 地区に設置)。このシステムは、高齢者や障害者をはじめとし、
援護を必要とする人が、住み慣れた地域で、必要に応じて適切なケアやサ-ビスを受けな
がら生活できる仕組みの創出を目的とする。様々な在宅福祉サービスと施設利用との組み
合わせ、あるいは、地域の医療機関や福祉事務所、保健所などとの連携を図り、さらには
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公的サービスにはない、日常のちょっとした手助けを、地域住民の協力と参加によって補 完していくものである。
各地区における地域ケアシステムの具体的な担い手としては、自治会、子ども会、高齢 者団体、障害者の当事者団体と家族会、子育てサークル、ボランティア・NPO等の既存 団体が想定されるが、これについてもネットワークの構築が、その後の活動の定着と展開 を左右するといえる。さらに従来は、このような活動に関与してこなかった機関や組織、
住民等の参加を促す仕組みをつくり、新たな関係性を構築することによって地域福祉との 関わりを持たせ、主体的担い手としての育成を図ろうとしている点が特徴的である。
5.障害福祉計画の策定における新たな視点
障害者福祉制度において、はじめて「利用契約制度」が導入された「支援費制度」にか わり 2006 年4月から「障害者自立支援法」が施行された。この法の第 88 条で市町村に「障 害福祉計画」の策定が義務付けられた。この計画は、国による基本指針に沿って策定する
「障害福祉サービス、相談支援及び地域生活支援事業の提供体制の確保に関する計画」で ある。障害者自立支援法は、支援の必要度合いに応じて公平にサービスを利用できるシス テムの構築を目標の1つに掲げている。このことは全国一律のサービス提供がなされるこ とを意味する。
したがって、「障害者自立支援法」に基づいて市町村が提供すべきサービスは、国の定 める支給基準によってなされ、 「地域間格差」があってはならない。しかし、財政的に余裕 があり、様々なサービス提供事業所が存在する規模の大きな都市は別として、各自治体に おいては、地域内に存在する地域資源や特性を十分把握したうえでその有効活用を図り、
場合によってはインフォーマルなサービスを用いたり、既存サービスの組み合わせを工夫 するなど、当該地域独自の「福祉のまちづくり」を推進することが重要である。
これらのことを行政と障害者を含む地域住民が協働して実践することにより、地域資源 や地域の特性を活かした個性的な障害者福祉のまちが築かれるとするならば、この動きは、
障害者福祉を切り口とした「まちづくり」や「住民自治」ということができるのではない だろうか。逆の言い方をするならば、障害者福祉に関する計画策定とその後の実践段階に おいて、常に地域の実情や特性を考慮し、「まちづくり」の視点を持って、市町村独自の 障害者福祉を展開していくことが求められる。
さらに、地方自治体としての市町村を単位とする障害者福祉、あるいは他の福祉分野を 統合した地域福祉を具体的なものとして実現していくには、住民による日常的支え合いを 進める単位としての、町内会・自治会レベル、小学校や中学校による校区レベル、あるい は先に述べた市川市における社協支部レベルなど、市町村内部の小域単位においても、課 題を抽出し、福祉施策の方向性について検討を進めていくことも必要である。
6.福祉コミュニティの構築と展開
ここまでの議論を踏まえ、持続可能な地域福祉を確立するための方向性を明らかにして、
まとめとする。
地域福祉の立場におけるコミュニティとは、一定の地理的範囲の地域社会の中での住民
間の共同性に基づき、住民相互の協力による「地域コミュニティ」の意であることが改め
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て明確になった。これを基盤として、地域全体の福祉を充実させていくことが地域福祉の 推進であると解釈するならば、地域福祉とは「望ましいコミュニティ」の実現そのもので ある。本研究では、自治体としての市町村を、福祉コミュニティの第1の枠組みとしてと らえ、その内部に存在するいわゆる小地域と呼ばれる次のレベルを重視してきた。ここで は、地域住民が町内会・自治会という地縁組織等の網の目にゆるやかに組み込まれ、その 中で各人ができる範囲で、奉仕活動や共同作業を行うことになる。この活動や作業の場は、
コミュニケーションの場としての機能を有するものと考察する。かつての村落共同体的な 地域社会の相互扶助機能を活かしながらも、従来とは異なる共同性を基礎とする福祉コミ ュニティの創出を志向するのである。
さらに、福祉コミュニティを「新共同社会」と呼ぶこととし、その構築と展開の方策を 導き出す。新共同社会の創出とは、従来のムラ社会や共同社会、あるいは地方政治の民主 化の妨げになると評されたこともある町内会・自治会等の過去を否定したうえで、新しい 社会を築くというのではなく、むしろ、それらのルーツをしっかり取り込んだうえで、現 代社会にふさわしい福祉コミュニティを再構築することに他ならない。
ここで最も重要となるのは、福祉コミュニティを構成している個々の人間が、他人の福 祉の増進を道徳の基礎とする考え、すなわち「利他的精神」を持っているか否かである。
「利他的精神」を持ち合わせていない福祉コミュニティは、例えどんなに優れた制度や組 織が完備されていたとしても、空虚な社会となってしまう。地域社会の中で、障害者等、
問題を抱えている人たちに気付き、気にかけることが「ケア」の出発点であり、その気持 ちを行為として表現することで「ケアシステム」が構築され、新たな共同社会が形成され ていく。つまり、福祉コミュニティとは、何らかの問題を抱えながら暮らしている人を、
他の地域住民が一方的に支えるだけの「片務的関係」によって成立するのではなく、支援 する側にとっても暮らしやすく気が置けない場所を創出するといえる。
そのうえで「新共同社会」とは、すべてが固定化した概念ではなく、基礎となる理念は しっかりとしたものでありながら、各地域の実情や流動する異質性を取り込む柔軟性を併 せ持ち、そこで生活するすべての人のために絶えず変革していく地域社会である。
新共同社会を実現するための政策的課題としては、住民の心に「利他的精神」を醸成す るための「福祉教育」があげられる。「福祉教育」の成果として、新共同社会の中で、互 いの存在を日常的に確かめあい、他人の重荷を共に担うような気運が高まり、「地域福祉 文化」が育まれる。
最終的に、持続可能な地域福祉とは、福祉ミックスと自助・共助・公助の適切な組み合 わせによって成り立つ福祉社会の中で、特に共助で成り立つ市民社会をどのように形成す るか、その担い手育成をどうするかという点に収斂される。このような社会の構成員は、
担い手としての行為を強要されることなく、個々の自立を尊重しながら、互いを支えあう ことによって、誰もが共生可能な社会の実現を追及していくこととなる。
多様な構成員による、種々のボランタリーな行為を統合する機能をもつ「共生社会」と しての、「福祉コミュニティ」を具体的なものにしていくためには、援護を必要とする人、
あるいは地域の抱える個々の課題を深く掘り下げ、それに対する答えを、日常の実践の中
から導き出していくことが重要になってくる。
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序 章
1951 年に社会福祉事業法が制定されて以来、社会福祉事業、社会福祉法人、措置制度等、
社会福祉の共通基盤制度については大きな改正が行われていなかった。しかし、増大と多 様化が確実視される国民の福祉需要に対応するために抜本的見直しを目的として、2000 年 に「社会福祉基礎構造改革」が行われることとなり、大きな制度改革を経験した。
戦後日本の社会福祉制度は、1970 年代に出てきた新たな方向性としての「地域福祉」の 考え方を取り込み、1990 年、社会福祉関係八法の改正を境に大きく変容し、制度改革は今 もなお継続している。この改革の詳細については第5章で述べることとするが、要約する ならば、地域を基盤とした福祉の形成(ノーマライゼーション)、措置方式から契約方式へ の移行が大きな焦点となっている。このような国の福祉政策は、欧米諸国の様々な福祉政 策の動向や自己決定思想のサービス部門への影響力の浸透を背景として構築されたもので ある。
1970 年頃から盛んに議論されてきた地域福祉は、20 年後の 1990 年、八法改正の一部を なす「老人福祉法等の一部を改正する法律」等によって法制度のなかに盛り込まれた。そ の後、2000 年の「介護保険制度」、 「社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一部を改 正する法律」の施行等により、わが国の社会福祉制度はターニングポイントを迎え、地域 福祉の構築は重要度を増し続けている。
しかしながら、現在の実態を見てみると、福祉サービスを必要とする人たちが地域の中 で安心して生活を送ることは、サービス供給の地域的偏在により、十分保障されていると はいいがたく、むしろサービス利用料の自己負担の増加等で不安が増している。また、国 の社会保障政策が長期的な展望を欠いているため、社会福祉政策はそれに応じて流動的、
場当たり的になっていることは否めない。
本研究の課題は、国の政策が時どきの政治経済状況に左右されたとしても、地域に根づ いた揺らぐことのない地域福祉政策を構築するためには、人々の共同や共生を基盤とした
「福祉コミュニティ」の成立が先行されなければならないということを明らかにすること である。この意味でのコミュニティは、自然に成立してくるものではない。地域社会の現 状を問題としてとらえて、解決に向けて議論と実践を始める人々や社会集団の存在が必要 になる。そのような議論や実践の輪が広がり、やがて相互に重なり合っていくとき、そこ に共同や共生を基盤とした新しい共同体としての「福祉コミュニティ」が成立してくるの ではなかろうか。このような問題関心から本稿では、理論的検討並びに実践の比較検討を 行っていきたい。
本論文の構成を示す。第 1 章において、地域福祉の前提となるコミュニティをめぐる基 本的概念と理論について、先行研究を用いて論じていく。その後で、わが国の行政がいか なる目的をもちコミュニティ理論を取り入れたのか、地域福祉とコミュニティとの関係性 について論じることとする。ここでは、コミュニティ、共同社会、地域社会等々の相互に 類似した関連概念を整理し、意味を確定していく作業もする。
第2章では、修士論文における筆者の研究テーマであった「地域コミュニティを活かし
たまちづくり」を踏まえ、地域における住民組織を基盤とする「まちづくり活動」の福祉
等への波及について、熊本県水俣市の「環境まちづくり」の事例を用いて検討する。これ
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は、福祉を高齢者や障害者、個人の問題に限定せず、これらの人たちが生活する地域社会 全体の課題としてとらえる視点を提起するものである。
第3章では、地域社会を基盤とした地域福祉の必要性について論じるが、地域福祉政策 とコミュニティ政策の関連性についてふれた後、主要な先行研究を用いて地域福祉の概念 を明らかにしていく。
第4章では、千葉県市川市の事例調査結果の検討を踏まえて、地域ケアシステム・地域 福祉の構築を可能にする諸条件-例えば地域資源や社会資源等々の有無-を明らかにする。
これに加え、地域づくり政策として実施している、通称「1%条例」における福祉活動に 対する支援状況、さらに障害者福祉に対する支援の必要性について論述する。
第5章では、対象とする福祉分野をとりわけ障害者福祉の分野に絞り込み、地域におい てノーマライゼーションの理念を達成し、障害者が地域で生きがいを持ちながら持続的に 生活を営むことのできる基盤づくりについて論究する。2005 年に成立した障害者自立支援 法によって地方自治体に障害福祉計画の策定が義務付けられたが、ここでは熊本県水俣市 で計画策定時に実施したアンケート調査の結果を分析し、障害者福祉の課題を明らかにす る。また、計画策定段階での障害者や地域住民の参加度について県内他市と比較を行うこ とによって、障害者福祉をどのようにして地域全体の課題と位置づけているのかを検証し たうえで、障害者の地域での自立支援システムについて論述する。
第6章では、地域社会を基盤として形成される福祉コミュニティの必要性について論じ ることとする。まず、理念型としての福祉コミュニティを明らかにしたうえで、前章の議 論を踏まえ、障害者等、自立生活が困難な者とその家族が抱える生活課題を個々の問題と して対応するのではなく、地域住民がそれらの人々を同じ生活空間の場で受け入れ、問題 意識を共有することによって、地域の中で共に生きていく可能性について検証する。この 場合の福祉コミュニティの範囲やスケール、担い手等について考察し、持続可能な地域福 祉のあり方を明らかにしていく。そのうえで、わが国の地域社会が旧来から有していた相 互扶助機能や住民組織に、現代社会に必要な様々な考え方を加えた「新しい共同社会」の 構築を提起し、その実現のための方向性を示す。
第1章から第6章までの議論を踏まえ、結論において、地域福祉を実現するための今後の
方向性と残された課題を示すこととする。
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第 1 章.コミュニティのとらえ方
誰もが住み慣れた地域の中で人間らしい生活を送るには、それぞれの権利が保障され、
生活条件が地域社会に満たされている必要がある。地域において人々の権利が保障されて いる状態を福祉の面から考えてみるならば、ジェンダー、文化、階級による境界、障害者 と健常者との境界を乗り越えて、すべての住民が安心して暮らせるシステムが地域に存在 していること、すべての住民がともに支え合いながら当たり前に暮らせる地域社会が成立 しているか否かが重要となる。このような地域社会の原型を、まずは「共同社会」的視座 に求めてみたい。ここでいう「共同社会」とは、ドイツの社会学者、F.テンニースによる ゲマインシャフト(Gemeinschaft)のことである。ゲマインシャフトは「本質意思によっ て結合された社会的統一体であり、それ自体が有機的な生命を持つと考えられ、そこでは 人びとは経験的には分離し、ときには、反発することがあるとしても、本質的には全人格 を持って感情的に互いに融合し、親密な相互の愛情と了解のもとに運命を共にする共同体」
(「真実の共同生活」)のことを示す(松野 2004:54)。地域社会の古典的理解である 人間的絆を集団の特性とする「共同社会」を重視する考え方である。
一方で、地域福祉には、コミュニティ・ケア、コミュニティ・オーガニゼーション(住 民組織化活動)、ノーマライゼーションの思想等、コミュニティを基盤とする理論が諸外 国から導入され、高度経済成長期に衰退したコミュニティの復権を求める地域運動とも結 びつき、地域福祉の体制構築の合意がなされている。さらに本稿では地域福祉の目的を達 成するための方策として「福祉コミュニティ」の形成について論じていくこととするので、
「コミュニティ」という言葉にこだわり、広く、コミュニティを活かしたまちづくりにつ いて論述する中で福祉のあるべき姿も見ていくこととする。
1.コミュニティの概念
コミュニティは、一般的には共同体・地域社会と互換的に使用されるが、社会学でもっ ともわかりにくく、あいまいな語の一つとされ、その意味はほとんど確定していない。
各界・各層で積極的に使われているため、多義性を帯びざるをえなくなり、学問的な共 通理解が求められているが、その反面、自明の日常語という形で人々に共有されている実 情がある(金子 1989:1-2)。
コミュニティの最低限の意味としては、「一定の地理的区画における人々の集合」
1とい う記述がある。また、 「地域性」と「共同性」を主要な構成要件とする概念とし、 「地域性」
を強調すると地域である、近隣、居住地等の場所を支持する「地域社会」であり、 「共同性」
を強調すると、信条や関心を共有する人々がつくる「共同社会」の意味合いになるという 定義もある(庄司(他)編 1999:326)。
社会学的に最初にコミュニティの概念を用いたR.Mマッキーバーは、コミュニティと は村や町、地方、国のような、ある範囲において営まれている共同生活であると規定する。
さらに、コミュニティという名に値するためには、その範囲は独特の性格を持っていなけ ればならないことを指摘する。ここでは成員の数が多いか少ないかは問題としておらず、
またあれこれの特殊な関心を分かちあうのではなくて、共同生活の基礎的条件を共にする
ような、ある程度の包括性や自給性を持った集団をコミュニティであると述べている。コ
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ミュニティをアソシエーションとの対置により、地域性・成員間の絆・相互関係を持つ社 会システムとして位置づけ、域内の生活、社会関係を包み込む包括的な集団として定義づ けたのである(MacIver 1917,訳 1975:46)。
また、G.A.ヒラリーは、コミュニティを 94 通りのタイプに整理し、 「地域性」と「共 同性」を最低限の共通項であるとし、地域的、風土的個性を背景に、その地域の共同体に 対して帰属意識を持ち、自身の政治的自律性と文化的独自性を追求するとしている (Hillery 1955,訳 1978)。金子勇はヒラリーの分類を、社会関係……社会的相互作用、意 識……共通の絆、地域性……施設、生活圏と要約した後、 「社会的相互作用」をコミュニテ ィの要素とする意味について検討する中で、 「社会」を要素関連的に「個人⊂家族⊂地域社 会⊂全体社会⊂国際社会」と図式化している。このうち、 「家族⊂地域社会⊂全体社会⊂国 際社会」を一括して「集団」とし、個人と集団とが社会構成の基本要素であるとみなすこ とも可能であるとし、最大公約数的に見た場合、 「コミュニティは集団である」とする一方 で、小川全夫による「個人と全体社会を媒介する中間集団としてのコミュニティ」を紹介 したうえで、どの段階の社会においても「相互作用」は必要であるため、コミュニティの 要素として、ことさら述べる必要はないとする。 (金子 1989:42-46)。ヒラリーの考えに基 づくコミュニティとは、一定地域において住民が共同の絆を持ち、共同生活を営む集合体 をさすこととなり、そこには共通の価値体系と「われわれ意識」が存在するといえる。
ウォレンのコミュニティ理論では、コミュニティを「地域性に関連する主要な社会的機 能を果たす社会的単位とシステムの結合体」と定義し、コミュニティの持つ社会的機能を、
生産-分配-消費、社会化、社会統制、社会参加、相互扶助の5つに分類する
2が、これら は基本的な生活機能として位置づけられるものである。
次に、わが国のコミュニティの先行研究について考察する。戦前においては、コミュニ ティは一般には「共同体」と訳されていたが、福武直はわが国が高度経済成長期に突入し ようとするころ「地域社会」と訳した方がよいとした
3。その後、高度経済成長に伴う就業 形態の変化、著しい都市化によって、日本のムラ的社会が都市的社会に変貌を遂げ、村や 町の共同体的な性格は失われていった。とりわけ農村の変化は著しく、専業農家の激減と 第2種兼業農家の増加により
4、村の成り立ちはかつてのそれとは様相が大きく異なり、町 も同様に下町的な性格を失い大きく変化した。これらのことを踏まえ福武は、地域社会の 弱体化、住民の居住地へ関心の喪失を指摘したのち、崩れた共同体をコミュニティとして 再建するために、ゾルレンではなくザインの概念を追求し、そこで生活する者の主体的な 関わりを期待したうえで、「その努力を欠いた場合は日本の社会は索漠としたものになる」
と見通している(福武 1983:6-12)。
磯村栄一は、コミュニティという言葉は専門の科学によって異なり、その性格のとらえ 方も様々であり、例えば、地理学では地域の建物の連担の状態、社会学では地域生活の共 同体、生態学では人間の集合の状態と規定するとし、自身は社会学の専門であるが必ずし もそれにこだわらず原点を求めてみると述べている。そのうえで、共通にいえることは、
「人間が地上に居住して生活するという本能に基づいた人間関係中心の空間形成」である
とする(磯村 1983:13)。
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2.行政におけるコミュニティ理論の採用
わが国の行政におけるコミュニティ理論の採用については、1969 年に国民生活審議会で 取り上げられて以来、徐々に浸透していった。同審議会のコミュニティ問題小委員会が「コ ミュニティ」というカナ文字を表題に用いた報告書を提出し、行政に問題提起をした。こ の背景には、先の福武のコミュニティ論にも見られたが、経済成長の人口変動に伴い、都 市部にあっては地域社会の変動により町内会など既成の地縁的組織が大きな変化を余儀な くされ、各地方にあっては青年団、町内会が衰退し、町内総出の運動会等の行事を行えな くなっていった(田中 1990:54)というような現実問題に対する危機感の現れがある。
一方で、これら伝統的な地域共同体や近隣組織など旧来の地域社会システムを否定し、新 たな地域社会の創造も意図していた。 「生活の場における人間性の回復」というサブタイト ルのついたこの報告書は、コミュニティの概念を「生活の場において、市民としての自主 性と責任を自覚した個人及び家庭を構成主体として、地域性と各種の共通目標を持った、
開放的でしかも構成員相互に信頼感のある集団」と定義する。
このような状況を、高橋勇悦は「1970 年代当時においては、コミュニティ形成の論議の 中では、少なくとも一部には、 “町内会さようなら、コミュニティよ、こんにちは”といっ た風潮があった」と述べている(高橋 1997:17)。
共同体的結束による村や町が解体された後、主体性を持った住民による新たな民主的な 地域社会、あるいは開放的で多様性を包含する組織を構築しようとする願望的意味合いが 多分に込められており、そのためにカタカナ文字の「コミュニティ」が用いられたと推察 する。
その後、1971 年の自治省による「コミュニティ(近隣社会)に関する対策要綱」を始め とし、各省は競って、それぞれコミュニティ政策を推進することとなった。1970 年代のコ ミュニティ政策の特徴としては、日本社会の急速な都市化の流れの中で、伝統的な住民自 治組織とは異なる新しいコミュニティ組織を再構築する必要性が認識されるとともに、包 括的・総合的な地域課題を住民自らが解決していくことに主眼が置かれた点があげられる。
その後 1980~90 年代には、包括型コミュニティ施策と並行して、あるいはそれを基盤とし ながら、テーマ型コミュニティの誕生・形成が進み、まちづくり、地域福祉、地域防災な ど、個別テーマへの対応へ移行していったとの指摘がなされている(日本都市センター 2001:2)。
さらに、同時期に社会福祉分野においてもコミュニティの形成に関する提言が見られる。
1969 年、東京都の社会福祉審議会が知事に対し「東京都におけるコミュニティ・ケアの進 展について」という答申案を提出している。この中で、コミュニティ・ケアを「コミュニ ティにおける社会福祉機関・施設により、社会福祉に関心をもつ地域住民の参加を得て行 われる社会福祉の方法である」と規定している。第2次世界大戦後の社会福祉事業は専ら 措置制度に基づいて成されてきたが、福祉ニーズの増大と多様化に対応していくために、
福祉施策、施設、福祉に関する社会資源、さらに地域住民のボランティアとしての参加を、
コミュニティという場で結びつけようとするものである。
この2年後には中央社会福祉審議会がコミュニティ・ケアを取り上げ、コミュニティ論
を展開し、1973年、大臣に対して「コミュニティ形成と社会福祉」を答申している。これ
は、特に社会福祉の領域において地域福祉の必要性を意識したもので、施設ケアと在宅ケ
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アの関連を明らかにし、両者を含んだ専門ケア体系として、コミュニティ形成の必要性を 指摘した点において注目されるものであった。
3.地域福祉論におけるコミュニティ概念
地域福祉論の先駆けである岡村重夫は、社会福祉において必要とされる「地域社会」を 住民が生活の場において、自主的に生活上の要求を明らかにし、その実現に向けての合理 的施策を討議し、実行に移していく場とする。ここでの地域社会は、単なる行政区画とし ての地域ではなく、住民の全員参加を可能にし、個々の主体性の尊重が求められる。そし て、真に個人が主体性を維持しながら、共同・連帯に基づく地域生活に参加し、そのこと によって利益を受け得る地域社会が構築されることを、重要課題として位置づけている(岡 村 1974:10-11)。
わが国の 1960 年代の社会福祉の組織化活動においては、地域社会を一定の地理的範囲と しての地域という意味でとらえていたが、岡村は、これに加え、一定地域に住む人びとが 主体的、意識的に形成する「共同社会」的概念を強調している。
また、地域福祉における地域社会の概念について、とくにコミュニティに関する研究成 果を考察し、これに対し社会福祉の立場から意見を述べるとし、同時期に提案された奥田 道大の地域社会の4つの類型を活用している。
奥田は、地域社会の「分析枠組を、行動体系における主体化-客体化、意識体系におけ る普遍化-特殊化に設定することにしたい。主体化-客体化、普遍化-特殊化の二つの軸 を交差させると、四つの象限が図式化されることになる」とし、①「地域共同体モデル、
②「伝統的アノミー」モデル、③「個我」モデル、④「コミュニティ」モデルの4類型を 設定している(図1-1)。
図 1-1 地域社会の分析枠組
出所:奥田 1983:28.
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奥田の例示を参考にして説明を加えると、住民が主体的にコミュニティ活動を行うか、
行政や他に依存するかという行動体系による縦軸と、住民の価値指向が他地域への普及、
共有につながるか、地域埋没的で地元だけにとどまるかという価値意識による横軸の組み 合わせで、4類型を導き出しているといえる。そして、都市化過程にあり積極的・肯定的 意味合いを持つ地域社会を「コミュニティ」、逆に消極的・否定的意味合いを持つ地域社会 を「地域共同体」と呼び双方を都市化過程との関わりにおいて対極におき、外部に対して は閉鎖的でわれわれ意識と連帯行動に支えられる住民による共同体的(ムラ的)規制によ る「地域共同体」は、都市化過程の中で崩壊・解体化されていくとしている。 「地域共同体」
の解体後は、住民相互の結びつきは弱まり地域に無関心な状態に陥る「伝統的アノミー」
が生じるとする。「伝統的アノミー」は「地域共同体」と「個我」の過渡的段階とされる。
次の段階の「個我」は、共同体的価値が完全に崩壊、解体し、住民のひとりひとりに問題 処理、解決への関心と行動がよびおこされ、生活要求を権利として追及するようになる。
それに続くのが「コミュニティ」となるが、住民は普遍的意識を持ち、地域社会を生活の よりどころとして主体的な関わりを持つとする(奥田 1983:24-31)。
コミュニティ概念を地域福祉に応用している金子勇は、従来の地域福祉やコミュニテ ィ・ケアに関する研究の多くが、保健・医療・福祉制度を中心とするサービスやケアの分 析に偏りすぎていることを批判し、コミュニティについても等しく展開すべきであると述 べている(金子 1997:118-119)。金子のコミュニティ概念は、物財(モノ)、関係(ヒト)、
意識(ココロ)に行事(イベント)を加えた4つの構成要素による複合システムである(図 1-2)。
4つの構成要素については、いくつかの具体的例示があり、コミュニティの把握や調査 を行う場合、それぞれについて把握することができ、また何らかの計画を策定したり、あ る一定の目標に向かって協同したりするときには、それぞれの要素を計画対象として設定 することも可能であり、実践的なモデルであるといえよう。
図1-2 コミュニティ要素モデル
出所:金子 1989:247.
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それぞれの要素を順に見ていくと、「物財」(モノ)は、日常的に住民の生活を支えてい る学校、病院、集会所等の施設的要素で、場所的に固定されたものであり「地域性」を構 成する場合もある。「関係」(ヒト)は近隣や地域における人間関係の要素であり、コミュ ニティを構成する基本要素である。「意識」(ココロ)はコミュニティに対する帰属意識や 愛着心、それらに基づく主体的な参加意欲等で、 「物財」のハード的側面に対するソフト的 側面を持っている。「行事」(イベント)は「関係」と接近するもので、親しい人間関係を 基本とする活動や運動そのものを指し、これにより「意識」の派生もありうる。
コミュニティをこれらの要素によって成り立つ総合的システムとしてとらえ、従来の伝 統的地域共同体とは異なり、新たに創造していくものと位置づけている。
4.コミュニティ概念の総括
これまで、古典的なコミュニティ概念、わが国における先行研究のいくつか、さらに行 政におけるコミュニティ理論、地域福祉との関連性について論述してきたが、コミュニテ ィ概念は多様な意義を有しており、またそれを使用する研究者の意識、とらえ方に呼応し て、いかようにも変化している。行政による政策対象や政策項目でも頻繁に用いられ、実 生活の中で日常語として浸透している場合もあり、その概念を明らかにすることはできな かった。
しかしながら、1970 年代以降わが国で論じられているコミュニティ概念を、今後の地域 社会のあるべき姿、地域福祉の受け皿としての理念型ととらえるならば、それを現実化す る政策はいかなるものかを論及していくことで、意義を見出すことができると考える。
また、概念はある時期必要だが、時代の変遷や社会を取り巻く環境の変化に伴いその再 構築が求められてくる。この点において、わが国にあっては 1950 年代後半以降「世界の奇 跡」とも称された高度経済成長が地域社会に与えた多大な影響、低成長期を経た後のバブ ル景気、バブル崩壊に端を発した 1990 年代末から続く経済危機以降、右肩上がりの経済発 展の終焉、これに伴う終身雇用制度、年功序列制度、企業別労働組合という日本的経営の 揺らぎ、21 世紀に入り迎えた本格的少子高齢社会等を反映し、目指すべきコミュニティ像 も必然的に変化していったと考察する
つまり、 「地域性」と「共同性」をコミュニティの要件とする単純な思考だけでは、もは
や新しい状況に対応することはできなくなったといえよう。コミュニティが個人と全体社
会の「中間」に位置し、この二者を媒介する機能を持っていることを認識したうえで(金
子 1989:49)、コミュニティ概念を使用する際は、その文脈に合わせてその都度丁寧に明
確な規定を試み、的確な指標に転化して用いることが重要である。
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第2章.コミュニティ組織を活かしたまちづくり
福祉を高齢者や障害者という特定の者だけでなく、地域社会全体の課題としてとらえる ならば、それは地域で取り組む「まちづくり」のテーマとなってくる。
この章では、山崎丈夫の分類に従い、まちづくりを担う主体を「コミュニティ組織」と
「アソシエーション組織」に、まちづくりの目的を「生活管理」と「産業創出」に分け、
その組み合わせで4つの類型を導き、熊本県水俣市の事例を用いてまちづくりの変遷を追 うこととする。その中で、具体的活動における範囲を自治会単位、近隣といった単位とし、
「環境」をテーマとするまちづくりの実践を取り上げ、地域コミュニティ
5とまちづくりの 関係性を明らかにする。
1.まちづくりとコミュニティの関連
まちづくりの概念については、これまでに多くの議論が重ねられ、様々な整理がなされて いる。まちづくりという言葉や実践は、いつごろから始まったかという点については、1952 年に発行された雑誌『都市問題』の中で、都市自治実現のための「新しい町つくり」とし て初めて登場した(内海 2008:256)とも、1962 年から取り組まれた名古屋市の「栄東 地区都市再開発運動」と呼ばれる地域の実践の中で用いられた「街づくり」が初めてだと もいわれている(山崎 2000:5)。
いずれにしても、わが国の高度経済成長政策の中で発生した種々の問題に対応するため に登場したのがまちづくりという発想であり、従来のトップダウンによる行政施策にかわ り、地域住民の主体的関与を前提とした、住民参加の意が含まれたものであるといえる。
代表的な説明として、 「一定地域に住む人々が、自らの生活を支え、便利に、より人間らし く生活してゆくための共同の場をつくること」があり(田村 1987:52)、最近では、地域 社会に存在する資源を基礎として、多様な主体が連携・協力して、身近な居住環境を改善 し、まちの活力と魅力を高め、生活の質向上を実現するための一連の持続的な活動という 記述もある
6。
わが国においてコミュニティに関する議論が活発化した時期と時を同じくして、まちづ くりという言葉が用いられるようになり、実践されるようになった。1970 年代を通じてコ ミュニティ概念は一般の人々にも、理解の程度は別として定着してきており、まちづくり とコミュニティづくりが同義に扱われ、漠然と理解されている(福武 1983:9-10)。
コミュニティを4つの構成要素によって成り立つとした金子のコミュニティ要素モデル によるならば、 「行事」がまちづくりに該当し、コミュニティを成立させる要件となってい る。コミュニティの活動拠点として施設が必要になったり、生活環境の充足を求める活動 がまちづくりのテーマになったりして(「行事」⇔「物財」) 、まちづくりの実践を通じて近 隣関係、地域集団における人間関係が構築され(「行事」⇔「関係」) 、まちづくり活動を通 して地域に対する愛着心、主体的な関わりが芽生えること(「行事」⇔「意識」)も当然予 測され、まちづくり(=「行事」)が媒介となり、他の構成要素と有機的に結びつくことに よって、コミュニティを創出していくと推察する。
これらのことを踏まえ、1950 年代後半からの高度経済成長期以降の課題と 1990 年代末
からの現代的課題解決策の 1 つとして、筆者は自らの地域に内在する諸要素を見直し活用
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することによって、地域の存立基盤の維持と活性化を目指す「コミュニティ組織を活かし たまちづくり」が有効な手段ではないかと考える。本稿における「コミュニティ組織」と は、居住地域を基盤として成立する住民自治組織と定義する。まちづくり活動や政策の焦 点テーマには、当然地域福祉の実現も含まれるが、本章では福祉問題に限定せず、広くま ちづくりについて論及することとする。
以上のような問題意識のもとに、熊本県水俣市の事例をとおして住民の組織的活動、ま ちづくりの類型に関する調査を行い、まちづくりの方向性と特性について考察し、それら を地域福祉や福祉コミュニティにつなげていこうとするものである。
なお、水俣市を研究の対象としたのは、水俣病という他に類例を見ない問題に直面した 市民自らが主体的にその問題解決に取り組む過程にあって、地域の特性や地域に存在する 資源を再認識し、それらを生かしたまちづくりを実践する中で、コミュニティを構築しよ うとする取り組みがなされているからである。
2.熊本県水俣市の概要
水俣市は熊本県の最南端に位置している。東西 22.4 ㎞、南北 13.8 ㎞、面積 162.8
K㎡
で、北は葦北郡津奈木町と芦北町に、東は球磨郡球磨村、南は鹿児島県出水市と大口市と境を 接している。市の西側には不知火海があり、約 30km の海岸線を有している。また、市域の 75%を山地が占めている。
市の中央を東西に流れる水俣川は、越小場に源を発し、大川を源とする久木野川と芦北 町古石から流れてきている宝川内川は、市渡瀬付近で水俣川に合流、鬼嶽山と矢筈岳にそ れぞれ源を発する支川は湯出三本松付近で湯出川となり、南北に走って水俣川の上流2km 地点で水俣川に合流、川幅 100m となった水俣川は不知火海に注いでいる(図2-1)。
2008 年 3 月末現在、市の人口は 28,622 人、高齢化率は 30.3 パーセントで、西側に国道 3 号と旧JR鹿児島本線(現在は肥薩おれんじ鉄道)が通り、市街地が形成されている。市 街地は、チッソ株式会社水俣製造所(以下、チッソ)及びその関係工場の拡大によって、
質的変化と機能分化を伴いながら形成されてきた経緯があり、中心商店街もこうした背景 のもと、市街地の西あるいは南方向へ伸展していったが、現在の商業の中心はチッソの職 域生協を前身とする地域生協が担っている。
したがって、市域の西側は人口密度が高く高齢化率は比較的低いが、東側の山間部に向
かうにつれ人口密度は低く高齢化率は高くなり、50%近くの行政区も出てくる。
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図2-1 水俣市の概要図
(筆者作成)
また、世界に類例を見ない水俣病という産業公害の体験が、水俣市の大きな特徴となっ ている。1908 年にチッソの前身である日本窒素肥料株式会社が進出して以来、会社を中心 とした企業城下町として町は発展し、第2次世界大戦後まで水俣というより日本の工業化 を支えてきた。その一方で、1956 年にチッソの工場排水(メチル水銀)による水俣病が公 式発見され、以後、この地は常に水俣病と対峙することとなった。水俣病は環境汚染、健 康の破壊という目に見える被害のほか、水俣病に端を発して市民同士の対立や中傷、差別 が起こり、地域社会・内面社会
7の崩壊を招いた。さらに、行政と市民、全国から集まって くる患者支援者も巻き込み、コミュニティの中に大きな確執が生じた。関西訴訟を除き、
政府の解決策によって患者救済問題について一応の区切りを迎える 1995 年前後まで、水俣 市においては、「地域社会の再構築」という大きな課題を長年にわたり持ち続けていた。
3.水俣市におけるコミュニティ組織とその活動
水俣市における“まち”の成り立ちをみてみると 1,053 の班(町丁目番)-319 の組(町 丁目)-26 の行政区-9小学校区-市という、5 つのレベルの重層であると考えられる。
これらの区分の多くは、制度によって住民の外側から規定されたものであり、特に行政区
とそれに続く組と班は行政の補完的な機能を果たすものである。水俣市においては、この
行政区を基礎単位としてコミュニティ活動が進められてきた。一部、高齢化が進み人口の
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少ない山間部(久木野・葛渡・湯出地区)では、2つから5つの行政区が共同で「小学校」
を基礎単位として活動しているものの、第 1 区から第 26 区の行政区がコミュニティ組織の 基礎をなしている(図2-2)。
加入及び参加は、転入や転居に伴い、世帯単位でほぼ自動的に組入りし、それに伴い行 政区に加入し、行政補完事務を中心とするコミュニティ活動に参加することとなる。
調査を行った 2002 年当時、26 の行政区には、市民全体の約 91%(11,000 世帯)が加入 しており、3,876 人の区から 181 人の区までその規模は様々で、各々の区には4~139 の班 と4~28 の組が内包されていて、区には市の非常勤嘱託としての区長(2006 年度からは自 治会長と称す)、同様に組には行政協力員(2006 年度からは自治協力員と称す)が置かれ、
その下には1箇月交代の月番が存在する。区長及び行政協力員には市から報酬が支払われ る。
図2-2 水俣市の区分図
出所:水俣市区長に関する規則の区域表より作成。
市の例規集に記載されている取扱事務、いわゆる行政の末端・補完的事務としては、世 帯台帳の整備、市報の配布と市からの通知の伝達、各種調査報告と申告等の配布とりまと め、納税令書等の配布、市政に対する要望の取りまとめ等がある。
このほか、組を単位として家庭から排出される資源ゴミの分別ステーションの管理を行 ったり、防犯・福祉などの活動に多くの区が取り組んだりする。さらに行政区画という地 域枠組みの中で、区の特性や課題に応じて、地域コミュニティを活性化するための祭り・
運動会・文化祭を企画したり、伝統行事の復活、青少年の育成、高齢化対策に取り組んだ
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りするなど、地域振興を図るための、町内会・自治会的な動きを行うところもある。
行政区を基盤とするコミュニティ組織におけるこのような活動のキーパーソン的存在と なるのは、当然のことながら区長となってくる。ここで 26 人の区長の属性を見てみると、
平均年齢は 66.1 歳、平均在職期間は 4.9 年となっており、主として定年退職した後に2~
3期(任期は 2 年)務める場合が多い。職業(退職者の場合は前職)については、公務員 8人(内市職員 5 人)、農業 7 人、チッソ及びその関連会社7人、その他 4 人となっている。
さらに詳しく分類すると、山間地区の区長の多くが自己所有の農地で農業を営み、市街地 区に向かうにつれ公務員、チッソとその関連会社に勤務する者が増加し、サラリーマンの 7 割程度が課長級以上の管理職経験者となっており、かつての有産階級とまではいかない が、一定のステイタスにある者が占める割合が高い。さらに、水俣市において区長に対し て支払われる報酬額は、2001 年度当時 1 人当たり年平均 110 万円、トータルで 2,860 万円 に上り近隣市町のそれと比べると非常に高額になっており、金銭面でも優遇されていると いえよう(表2-1)。
表2-1 市町村別区長報酬の比較(2001 年度)
自治体名 人 口 (人)
区長数 (人)
報酬額/年 (円)
人口 1 人当た り単価 (円)
年間予算額
(円)
水俣市 31,379 26 1,100,000 35.1 28,600,000 八代市 107,176 185 264,000 2.5 48,840,000 人吉市 38,367 91 348,000 9.0 31,668,000 荒尾市 57,519 118 276,000 4.8 32,568,000 玉名市 45,767 168 115,000 2.5 19,320,000 本渡市 40,591 189 170,000 4.2 32,130,000 山鹿市 33,388 125 288,200 8.6 36,025,000 牛深市 19,224 37 350,000 18.2 12,950,000 菊池市 27,642 111 220,000 8.0 24,420,000 宇土市 38,261 152 270,000 7.1 41,404,000 田浦町 5,657 20 337,000 59.6 6,740,000 芦北町 17,286 64 408,000 23.6 26,112,000 津奈木町 5,958 22 320,650 53.8 7,054,300 出水市 39,932 162 219,356 5.5 35,535,672 大口市 23,480 197 0 0.0 0
出所:各自治体の 2001 年度データを調査して作成。
課題としては、一部で区長等役職者の後継者不足、役員の固定化と組織の硬直化、区長 報酬の額と位置付け、行政関係の文書配布機能だけを有する区とそれ以外のことにも目を 向ける区との格差があげられる。
水俣市では、区長を中心とした伝統的あるいは行政的住民組織とは別に、1991 年から「寄
ろ会みなまた」という新しい住民組織が、地域資源の再発見とその活用による地域の活性化
を目的として、まちづくり活動に取り組んでいる。1956 年に公式確認された水俣病は、水
俣市に経済的、社会的なダメージを与えただけでなく、そこに住む人たちの精神的なつな
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