1.
立正佼成会における仏‘性礼拝型アプローチと
認知的対処
小 林 正 樹
は じ め に 認 知 的 ア プ ロ ー チ ストレスと対処 宗 教 対 処 認知的再評価の具体例 お わ り に く研究ノート〉●●●、●
︵叩参/︽一︵︾一、型︶.銅犯犯↓今一,岸や︾︶︵“●︵恥叩︶ 1 . は じ め に 筆者は、「立正佼成会における仏性礼拝型アプローチと認知行動療法」'において、仏 性礼拝型アプローチと認知行動療法との類似点などを指摘したが、その後の研究から、仏性礼拝型アプローチにおいて意味転換と名づけた方法は、広くは認知的対処(cogni-
tivecoPing)に含まれる方法であり、より具体的には、認知的再評価(cognitivereap-praisal)と呼ばれるものとほぼ同じであることがわかった。そこで、本稿では、仏性
礼拝型アプローチに含まれる認知的側面について整理しようと思う。 本稿では、2.において、仏性礼拝型アプローチに近い取り組みの例として、キリ スト教の枠組みにおける、認知的アプローチを取り入れたカウンセリングについて紹 介する。そこでは、精神的な苦悩と認知との関係についても触れる。3.では、精神的な苦悩をストレスとみなし、ストレスへの対処(Coping)という視点から、仏性礼
拝型アプローチについて述べる。4.では、対処のなかでも特に宗教対処(宗教を用 いた対処:religiouscoping)という視点から述べる。そして、5.では、仏性礼拝型ア プローチにおける認知的再評価の具体例について紹介する。立正佼成会における仏性礼拝型アプローチと認知的対処
2.認知的アプローチ
Propstは、宗教指導者や聖職者にとって、宗教的文脈の中で対応でき、しかも科学
的な裏づけのあるきちんとしたカウンセリングガイドの必要性を主張し、アメリカに おけるキリスト教の聖職者が宗教的なカウンセリングを行う際のマニユアルとしても 使えるように、『宗教的枠組みにおける心理療法:情動の癒しプロセスにおける精神 性』2という本を書いた。彼女は、この本の中で、聖職者たちは日常、非常に多くのカ ウンセリングを行っており、事実、精神的苦悩を抱える人々の42%∼60%が最初に訪 れるのが聖職者であり、彼らは重大な精神的苦悩に頻繁に対応せねばならず、しかも、 宗教的な文脈の中で対処することを期待されていることを指摘している3.立正佼成会 においても、教会長や支部長をはじめとした教会幹部たちは、法座4などを通して日常 的にカウンセリング的な活動を行っており、Propstの指摘した状況は、宗教の違いを 越えて共通している。 Propstは、数ある心理療法の中から、宗教的枠組みにおける心理療法にふさわしく、 科学的で、しかも効果的なアプローチとして、認知行動療法を取り上げ、彼女のカウ ンセリングに採用した。彼女は、次のように指摘している。 過去15年間に、抑うつと不安に関する原因と治療法に対する我々の理解は、非常 に進展している。多かれ少なかれ、進展の大部分は、これらの精神的問題に対す る、認知行動的な理解と治療方法に焦点があてられてきた。このアプローチは、 個人の思考や思い込みが、彼等の困難において重要な役割を演じていることを強 調している。5 第一に、我々はそれが「使える」といういくつかの証拠を有している。治療的技 術は、その使用を正当化するに十分なほど、治療的にパワフルでなければならな い。それは、時間と努力を傾けて学び使用するだけの価値をもたらすほど、人生 の災難に対処でき、苦悩の解放を十分に提供できなければならない。認知療法の 治療的手順のほとんどは、広く研究され、それらの結果は良好である。6Propstは、認知行動療法において、思考(thoughts)、感情(emotion)7,行動(behav‐
ior)がどのように影響し合っているのかについて、次のような図を示して説明してい る。中 央 学 術 研 究 所 紀 要 第 3 9 号 図:個人の思考、感情、行動の関係 思考が感情(1)と行動(2)に影響する。感情が行動(3)と感情に関する思考(4)に影響する。 我々の感情に関する思考が、次に、状況に関する思考に影響する(5)。最後に、我々の行 動が状況に影響し(6)、状況が状況に関する思考に影響する(7)。 Propst,(1988).E3ycAo/o〃'i"αRe/jgio"sFral"ework…,p、19の図2−1,及びその説明。 3 . ス ト レ ス と 対 処 ここでは、精神的な苦悩をストレスとみなし、ストレスへの対処という視点から、
認知的な対処について述べ、仏性礼拝型アプローチにおける認知的な対処について説
明する。 ストレスに対する対処研究で有名なLazarusは、S/花ss,4ppγαjsaJ,α”CQp加g〔ストレス、評価、対処〕sという本の中で、ストレスに対する人々の認知的な評価(appraisal)
が、精神的な苦悩に関して重要な役割を持っていることを指摘している。対処とは、 一般的には、ストレスを減少させるための手段と考えて良いのだが、Lazarusによれば、対処には大きく分けて二通りの対処ストラテジーがあり、それらは、問題に焦点
を当てた対処(problem-fbcusedcoping)と感情に焦点を当てた対処(emotion-fbcused
COping)であるという9.さらに、対処ストラテジーは、それぞれ、直接行為、行為の
抑制、情報の収集、認知的対処という四つの対処モードに分類されるが、認知的対処
はそのうちの一つである'0°認知的対処とは、簡単に言えば、「ものの見方や考え方」による対処ということであ
り、例えば、lOO円しかないと思う代わりに100円もあると思い直すことも、認知的対
処のひとつである。この認知的対処を、評価という認知的作業に焦点を当てた場合に、立 正 佼 成 会 に お け る 仏 性 礼 拝 型 ア プ ロ ー チ と 認 知 的 対 処 認知的再評価(cognitivereappraisal)と言うことができる。先の例で言えば、前半の 「100円しかない」と思うのは、認知的評価であり、後半の「100円もある」と思い直す のが認知的再評価である。 仏性礼拝型アプローチの中核となる部分に、この認知的再評価が使われている。長 い間喧嘩してきた夫婦に対し、「困った夫婦だ」と思うのが通常の評価であるとすれ ば、「努力してきた夫婦だ」と思い直すのが認知的再評価である。
4.宗教対処
Lazarusの対処研究は、基本的には、宗教とは関係のない一般的な文脈における対処 についてのものであったが、Pargament等は、より宗教的な文脈での対処について研究 した。彼は、宗教対処(宗教を用いた対処:religiouscoping)に関する2000年の論文u の中で、宗教的な認知的再評価を用いた宗教対処方法の例として、例えば、「神の良き計らいとしての宗教的再評価(BenevolentReligiousReappraisal)」や「神の罰としての
再評価(PunishingGodReappraisal)」などを指摘している'2。「神の良き計らいとしての
宗教的再評価」というのは、宗教的な枠組みを活用し、ストレス源を神の良き計らい として、潜在的に有益なものとして再評価することである。具体的な受け取り方の例 として、「自分の状況を神の計画の一部とみなした」、「この状況において、いかに神が 自分を強くしようと試みているのかと、受け取ろうと試みた」、「その状況がいかにス ピリチュアル的に有益であるかと受け取る努力をした」などが挙げられている。また、 「神の罰としての再評価」というのは、ストレス源を個人の罪に対する神からの罰とし て再評価することであり、「私の罪に対して、神が罰を与えているのだと思うことに決 めた」、「私の献身の足りなさに対する神による罰であると感じた」、「私の信仰が足り ないから神が私を罰しているのかしらと思った」といった受け取り方が例として挙げ られているl3oPargamentは、宗教対処全般をカバーする包括的な研究という視点から、肯定的な認
知的再評価のみならず、「神の罰としての再評価」のような、否定的な認知的再評価に ついても指摘している。しかしながら、仏性礼拝型アプローチの場合は、否定的な認 知的再評価を使うことはなく、肯定的かもし〈は中立的な認知的再評価しか使わない。 次の5.では、これらの具体例を示そうと思う。5.認知的再評価の具体例
筆者の研究ノート「法座/結びにおける仏性礼拝型アプローチの一考察(6)−ポリア ンナの喜ぶゲームー」で述べたように、中立的な認知的再評価は無評価の肯定(狭義中央学術研究所紀要第39号 の意味転換)と同じであり、肯定的な認知的再評価はポリアンナ的意味転換と同じと 考えてよい'4.ポリアンナの喜ぶゲームは、肯定的な認知的再評価に他ならない。な お、仏性礼拝型アプローチでは、中立的な認知的再評価(無評価の肯定:狭義の意味 転換)と肯定的な認知的再評価(ポリアンナ的意味転換)の両方を含む意味転換を広 義の意味転換と呼んでいる。
Propstは、認知的な再評価の目的を、「我々を悩ます否定的な思考を、肯定的、ある
いは中立的な思考へと転換することである」と述べているが'5,ポリアンナの喜ぶゲー ム(ポリアンナ的意味転換)は、「否定的な思考を肯定的な思考へと転換する」ことで あった。一方、仏性礼拝型アプローチでは、Propstの指摘する通り、「否定的な思考を、 肯定的、あるいは中立的な思考へと転換すること」を行っており、とりわけ、「中立 的」な思考へと転換する点において、特徴的である'6。 表(認知的再評価の具体例)には、肯定的かもし<は中立的な認知的再評価の具体 例を示してあるが、通常は否定的な感情を引き起こすと考えられる否定的な状況を想 定し、これらを認知的再評価によって転換してみた。中立的・認知的再評価、又は無 評価の肯定と分類される例と、肯定的・認知的再評価、又はポリアンナ的意味転換と 分類される例とを区別して表に示した。 表 : 認 知 的 再 評 価 の 具 体 例 広義の意味転換 通常は否定的な感情を引 ● 中立的・認知的再評価 ・肯定的・認知的再評価 き起こす状況 ・無評価の肯定 ● ポリアンナ的意味転換 (狭義の意味転換) 1 豆しか食べるものがない 豆 は あ る 豆が好きで良かった 2 音がうるさい 耳があるから聞こえる 耳が聞こえて嬉しい 3 骨折してしまった 生 き て い る 証 拠 骨折は治るから嬉しい 4 喧嘩して口をきかない 努力の一種 仲直りできるから嬉しい 5 息子が働かない 働かないけど生きている 息子がいるだけで嬉しい 6 嫁にいかない 親と長くいられる 寂しくなくて嬉しい 7 酒 ば か り 飲 ん で い る 飲 ん だ か ら 生 き て 来 れ た 胃腸が丈夫で良かった 6 . お わ り に 本稿では、仏性礼拝型アプローチに含まれる認知的側面について整理した。認知行動療法の世界では、マインドフルネス認知療法(MindfUlness-BasedCognitiveTherapy:
MBCT)やアクセプタンス・コミットメント療法(AcceptanceandCommitmentTherapy: ACT)などの第三世代と呼ばれる新しいタイプの認知行動療法が登場しているが、こ れらは仏教思想との類似が指摘されている。認知行動療法のある専門家は、無評価の立 正 佼 成 会 に お け る 仏 性 礼 拝 型 ア プ ロ ー チ と 認 知 的 対 処 肯定には一種のメタ認知的プロセスが含まれているのではないかと指摘しているが'7、
メタ認知療法(MetacognitiveTherapy:MCT)も新しいタイプのアプローチである。仏
性礼拝型アプローチと最先端の認知行動療法とを比較するのも、今後の研究課題であ る。 また、仏性礼拝型アプローチにとって、中立的もしくは肯定的な認知的再評価は、 大変重要な側面ではあるが、やはり部分であって全体ではない。仏性礼拝型アプロー チの全体を学ぼうとするならば、認知的な側面以外についても学ぶ必要があることは 言うまでもない。今後は、今まであまり焦点を当ててこなかった集団的な側面なども 検討していきたいと思う。 <注〉 l小林正樹(2009)。「立正佼成会における仏性礼拝型アプローチと認知行動療法」、『中央学術研究所紀要』第38号、ppll6-l30o
2Propst,LRebecca,(1988).RI)ノc方o/ogW"αルノ卿o"sルα"'eworAr.・助〃"α伽/"ノルc’ Emo"o"α/〃セα伽gP閃ocess・NewYork:HumanSciencesPress, 3Propst,(1988).帥c〃o/ogW"αルノjgjo"sルamewo附・,p、12. 4法座とは、心理療法の一種とみなすことのできる仏性礼拝型アプローチが実践さ れる場、もしくは実践そのもの。 5Propst,(1988).R耶加/ogW"αルノ卿o"sFramewo戒…,p、13. 6Propst,(1988).RMノ7o/ogW"αRe/jgjo"8冊α'"eworノIr…,p、25. 7emotionは一般的に「情動」と訳されることが多いが、本稿では、一般の読者にと っても分かりやすいという点を考慮して「感情」と訳してある。 8Lazarus,R、S、,&Folkman,S・(1984).S/花ss,APPrajsα/,α"dC叩加9.NewYork: Springer、この本の邦訳として、次の本が出版されている。ラザルス、フォルクマン (著)、本明寛(他監訳)(1991)。『ストレスの心理学』、実務教育出版。 9ラザルス、フォルクマン(著)、本明寛(他監訳)(1991)。『ストレスの心理学』、 p、335. 10ラザルス、フォルクマン(著)、本明寛(他監訳)(1991)。『ストレスの心理学』、 p358o llPargament,K、1.,Koenig,HG.,&Perez,L・(2000).TheManyMethodsofReligious Coping:DevelopmentandlnitialValidationoftheRCOPE.〃"r"α/q/C伽cα/RM〃o/ogy, 56,pp、519-543. 12Pargament,etal.,(2000).Themanymethods…,p、522. l3Pargament,etal.,(2000).Themanymethods…,p、522.中央学術研究所紀要第39号 l4小林正樹(2009)。「法座/結びにおける仏性礼拝型アプローチの一考察(6)−ポリ アンナの喜ぶゲームー」、『CANDANAI、No.240.