博 士 ( 医 学 ) 伊 藤 僚 子
学 位 論 文 題 名
ヒ ト大腸癌培養株DLD‑1 細胞と そ の 5‑FU 耐 性 株 の 比 較
学位論文内容の要旨
大 腸 癌 に 対 す る 治 療 の 第 一 選 択 は外 科 的 切除 で あ るが 、 進 行癌 、 特 に転 移 を 来た し た 癌 に 関 し て は 切 除 後 の 抗 癌 剤 に よ る 化 学 療 法(Adjuvant chemotherapy)を 併用 す る の が 一 般 的 で あ る 。 フ ル オ □ ウ ラ シ ル(5‑FU)は 大 腸 癌 に 対 す る 化 学 療 法 に 広 く 用 い ら れ て い る 代 表 的 な 抗 癌 剤 で あ る 。5‑FU単 剤 お よ び 他 の 抗 癌 剤 併 用 に よ る 化 学 療 法 に よ っ て あ る 程 度 生 存 率 が 上 昇 す ると 報 告 され て い るも の の 、多 数 の 患者 が 利 益の な い 抗 癌 剤 の 投 与 を 受 け て い る 側 面 も 否 定 で き な い 。5‑FUの 抗 腫 瘍 作 用 はdUMPを dTMP、dTTPへ と 変 換 す るThymidylate synthetase( 以 下TSと 略 す ) を 阻 害 す る こ と に よ りDNA合 成 が 阻 害 さ れ 、 ひ い て はapoptosisの 誘 導 に よ り 細 胞 は 死 に 至 る と い う 機 序 に よ っ て い る 。5‑FUを 投 与 す る と 腫 瘍 の 縮 小 が 期 待 さ れ る が 、 合 成 阻 害 作 用 に よ り 正 常 組 織 の 細 胞 増 殖 に も 悪 影 響 が 及 び 、 胃 腸 障 害 な ど の 副 作 用 が 起 こ る 。 本 研 究 は , ヒ ト 大 腸 癌 株DLD‑1を5―FU添 加 培 地 で 培 養 す る こ と に よ り 樹 立 し た 5‑FU耐 性 株 を モ デ ル と し て 、 そ の 生 物 学 的 特 徴 を 解 析 す る と と も に そ の 背 景 に あ る 遺 伝 子 発 現 の 変 化 をcDNAア レ イ 法 に よ り 元 株 と 比 較 解 析 し 、 大 腸 癌 の5‑FU耐 性 獲 得 に 関 与 す る 遺 伝 子 を 含 め た 特 性 を 明 ら か に す る こ と を 目 的 と し て 行 っ た 。 ヒ ト 大 腸 癌 DLD‑1は 基 本 的 に5‑FUに 対 し て 感 受 性 を 有 す る が 、SyMを 初 期 濃 度 と し て 段 階 的 に5‑FU濃 度 を 増 加 す る こ と に よ り 、5‑FU耐 性 細 胞 株 を 選 択 培 養 し た 。 こ の 耐 性 株 は5‑FUに 対 す るin vitroで のIC50値 で 、 元 株 で あ るDLD‑1よ り10倍 以 上 の 耐 性 を 獲 得 し て い た 。 こ の5‑FUに 対 す る 耐 性 は ヌ ー ド マ ウ ス 皮 下 へ の 移 植 腫 瘍 に 対 す るmicro‑osmotic pumpを 用 い たmvrvoの 実 験 で も 確 認 さ れ た 。 し か も 、 こ の 獲 得 し た 耐 性 能 は5‑FUを 約2ケ 月 除 去 し た 状 態 で も 維 持 さ れ て お り 、 不 可 逆 的 で あ る と 考 え ら れ た 。 こ の 耐 性 株 で は5ーFUに 対す る 抵 抗性 の ほ か、in vitroお よ びmvrvo で の 増 殖 能 の 低 下 、 染 色 体 核 型 の 変 化が 見 ら れた 。 次 に、 こ れ らの 細 胞 生物 学 的 変化 が ど の よ う な 遺 伝 子 発 現 の 変 化 と 関 係 し て い る か を 検 討 す る 目 的 で 、 元 株 と5‑FU耐 性 株 間 の 遺 伝 子 発 現 の 変 化 をcDNAア レ イ に て 解 析 し 、 発 現 量 に 違 い が 見 ら れ た 遺 伝 子 の 一 部 に つ い て 半 定 量 的 な り ア ル タ イ ムRT‑PCRに よ る 確 認 を 行 っ た 。 cDNAア レ イ 法 に よ る 解 析 で | ま 、5‑FU耐 性 株 で 発 現 の 増 加 を 示 す 遺 伝 子 数 と 発 現 の 減 少 す る 遺 伝 子 数 は ほ ぼ 同 数 で あ った が 、 細胞 周 期 や転 写 に 関わ る 遺 伝子 の 多 くは
発現 が抑制さ れていた。 細胞周期 関連ではCdkおよびcyclin系が広範に低下、Cdc25B やCdc25Cの 発 現の 減 弱 が認 め られ 、G2期 で 細 胞周 期 が止 ま る傾 向にある と考えら れ た 。 一 方 、DNA障 害 時 にDNA修 復 の た め 細 胞 周 期 を 停 止 さ せDNAの 修 復 に関 わ る 遺伝子 群の発現に 増加が見 られた。 このこと は5‑FU耐性株 では細胞 周期に異変 を 来 た して い るも の の 、DNAダ メー ジを修 復する遺 伝子群の 発現亢進 により細胞 周期 にブ レ ̄キを かけ細胞増 殖能を低下させている可能性を示唆した。転写因子関連では c‑jun、STATお よびNFKBフ ァ ミリ ーなど発 現に変化 のあった 遺伝子の うち約75% に 発 現 の 減 弱 を 認 め た が 、E2F‑l、Smad3な ど 発 現の 亢 進 を示 す 遺伝 子 も あっ た 。 一方 、 アポ ト ー シス 関 連で はcDNAア レイ 解 析で 発 現 亢進 と 低下を示 す遺伝子数 は ほぼ同 数であった が、アポ 卜ーシス を抑制す るBcl‑2、Bcl‑xL、FLIP、RIPの発現 が 亢 進し 、FADDやBadな ど アポ 卜ー シスを誘 導する遺 伝子の発 現低下が 見られた。
し たがっ て、5‑FU耐性株 では複数 のアポト ーシス経 路が阻害 され、ア ポ卜ーシス 抑 制方向に変化しているものと考えられた。
5‑FUは体内でthymidine phosphorylase (TP)、uridine phosphorylase (UP)、orotate phosphoribosyltransferase (OPRT)、およびDPDによって代謝を受ける。このうちDPD によ って代謝 されるとTCA cycleヘ 組み込ま れ細胞障 害を起こさない。したがって、
5‑FUの 律 速 酵 素 で あるDPDの発 現 量 と5‑FU耐 性 能が 相 関 する こ とが 想 定 され 、 実 際 に もDPDの 発現 量 と5ーFU耐 性の 相 関 が示 さ れて い る 。し か し、本研 究に用いた DLD‑1で は 、 元 株 と5‑FU耐 性 株 の 両 者 で のDPD発 現 量 |まcDNAア レイ お よ びり ア ル タ イムRT‑PCRの ど ち らの 結 果で も 変 化が 認 めら れ な かっ た 。5‑FUが阻害 する酵 素 で あるTSの 発 現 量と5‑FU耐 性能 が 相 関す る との 報 告 もあ る が、このTSの発現量 も 両 者 で 有 意 な変 化 は認 め な かっ た 。し た が って 、 本 研究 で 用い たDLD‑1の5‑FU 耐性 株では、 細胞周期促 進関連遺伝子の発現を抑制し、細胞増殖抑制を介して結果的 に5‑FUが 作 用 す るS期に あ る 細胞 を 減 らし 、5‑FUの抗 腫 瘍 作用 か ら逃 れ て いる 可 能 性が示 唆された。 加えて、 アポ卜ー シス経路 自体を抑 制してい るため5‑FUに曝 露 されても細胞死が起こりにくくなっていると考えられた。
本研 究 では ,DLD‑1の1株 のみ の比 較である ため、5―FUに対して 抵抗性を 有する ヒト 大腸癌全 てに上記の 遺伝子発現変化が起こっていると見なすことは出来ないが、
5‑FU抵 抗 性 腫 瘍 の 一 部 に はDPDやTSな ど5‑FU関 連 酵 素 の 遺 伝 子 発 現 の 変 化 を 介 さ ず に5‑FU耐 性 を獲 得 し てい る 場合 が あ る可 能 性を 示 唆 して いる; 今後、複数 の 5―FU耐 性株を樹 立して元株 との比較 を行い, 各株に共 通して発現変化が見られる遺 伝子群の存在の有無など検討していく必要がある。
さら に、この5ーFU耐性株を モデルと した実験 系での成 果を用いることにより5‑FU 耐 性 腫瘍 の 特性 を さ らに 解 明し 、将 来5‑FU耐性腫 瘍に対す る無効な5−FUの全身投 与 によっ て引き起こ される副 作用など の不利益 を避ける 上に有用 な情報を提 供する ことができると期待される。
学位論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
ヒト大腸癌培養株 DLD‑1 細胞と そ の 5‑FU 耐 性 株 の 比 較
大 腸 癌 に 対 す る 治 療 の 第 一選 択 は 外科 的 切 除で あ る 。し か し 、進 行 癌 、特 に 転 移 を 来 た し た 癌 に 関 し て は 切 除 後 の 抗 癌 剤 に よ る 化 学 療 法 を 併 用 す る の が 一 般 的 で あ る も の の 、 多 く の 患 者 が 利 益 の ない 抗 癌 剤の 投 与 を受 け て いる 側 面 も否 定 で きな い 。 フ ル オ 口 ウ ラ シ ル (5―FU)は 大 腸 癌 に 対 す る 化 学 療 法 に 広 く 用 い ら れ て い る 代 表 的な 抗 癌 剤 で 、 そ の 抗 腫 瘍 作 用 はDNA合 成 を 阻 害 し 、 ひ い て は ア ポ ト ー シ ス の 誘 導 に よ り 細 胞 を 死 に 至 ら し め る と い う 機 序 に よ っ て い る 。 し た がっ て5―FUを 投与 す る と 腫 瘍 の縮 小 が 期待 さ れ る反 面 、 胃腸 障 害 な どの 副 作 用が 起 こ る。
本 研 究 で は 、 ヒ ト 大 腸 癌 株12株 を5‑FU添 加 培 地 でin vitrDで 培 養 す る こ と に よ り 5‐FU耐 性 株 の 樹 立 を 試 み た 。5−FU耐 性 株 が 樹 立 で き た の は12株 中3株 で 、 そ の 他 の 株 で は 樹 立 で き な か っ た 。 樹 立 で き た3株 の う ちDLD‐1大 腸 癌 株 に つ い て 、 元 株 と5‐FU耐 性 株 間 の 遺 伝 子 発現 の 変 化を 比 較 解析 し 、5‐FU耐性 に 関 与す る 遺 伝 子の 候 補 を列 挙 し た。 樹 立 したDLD‐1の5‐FU耐 性株は ,腕レfむ.D,mレfレDで の5‐FU抵抗性 を 有 し て い た 。5‐FU耐 性 株で は5―FUに 対す る 抵 抗性 の ほ か、 増 殖 能の 低 下 、 染色 体 核 型 に 変 化 が 見 ら れ た 。 こ れ らの 変 化 がど の よ うな 遺 伝 子発 現 の 変化 と 関 係し て い る か を 検 討 す る 目 的 で , 元 株 と5−FU耐 性 株 間 の 遺 伝 子 発 現 の 変 化 をcDNAア レ イ 法 に て 解 析 し , 発 現 量 に 違 い が 見 ら れ た 遺 伝 子 の 一 部 に つ い て 半 定 量 的 な り ア ル タ イ ム R1|PCRに よ っ て 確 認 を 行 っ た 。cDNAア レ イ 法 に よ る 解 析 で5‐FU耐 性 株 で は 細 胞 周 期 に 異 変 を 来 た し て い る も の の 、DNAダ メ ー ジ を 修 復 す る 遺 伝 子 群 の 発 現 亢 進 に よ り 細 胞 周 期 に ブ レ ー キ を か け細 胞 増 殖能 を 低 下さ せ て いる 可 能 性が 示 唆 され た 。 ま た ア ポ ト ー シ ス 関 連 で は 、 複 数の ア ポ 卜ー シ ス 経路 が 阻 害さ れ 、 全体 と し てア ポ 卜 ー シ ス 抑 制 方 向 に 変 化 し て い る も の と 示 唆 さ れ た 。 現 在5.FU抵 抗性 に 関 与す る と 報 告
敬之 也 紘哲 木藤 内 吉加 守 授授 授 教教 教 査査 査 主副 副
されているDPD (dihydropyrimidine dehydrogenase)、およびTS (tymidilate synthetase) の 発現 量に 有意 な変 化は 認め られ なか った 。した がっ て、 本研 究で 用い たDLD‑1の 5‑FU耐 性株 では 、細 胞周 期促 進関 連遺 伝子 の発現抑制とそれによる細胞増殖抑制に よ っ て 結 果 的 に5‑FUが 作 用 す るS期 に あ る 細 胞 を 減 らし5‑FUの抗 腫瘍 作用 から 逃 れ てい る可 能性 が示 唆さ れた 。加 えて 、ア ポトーシス経路自体を抑制しているため 5‑FUに 曝 露 さ れ て も 細 胞 死 が 起 こ り に く く な っ て い る 可 能 性 を 指 摘 し た 。 公開 発表 にお いて 、副 査の 加藤 紘之 教授 より5‑FU耐 性株 が樹 立で きな かった9株 に つい て樹 立で きた3株との違いにはどのようなことが考えられるのか、癌には多型 があり細胞株を用いた実験でどこまで反映できるのか、薬剤耐性株で細胞増殖能が低 下するのは理にかなっているのかについて質問があった。これらの質問に対して、申 請 者は 自ら の実 験結果や既報の成績を踏まえ、今のところ1株のみで元株との比較で あり現時点で確定することは困難であること、in vivoの状態で遺伝子発現を解析する ことが必要であ.ること、樹立した3株に関してはいずれも細胞増殖能の低下が認めら れ たと の概 ね妥 当な 回答 をし た。 次い で、 守内哲 也教 授よ りDLD−1はも ともとp53 の変異株でアポトーシスに関して異常があるので、wild typeのp53を有する株に関し ても解析を行うべきであること、in vivoでの遺伝子発現の状態を解析した方がより生 体 内 の 状 況 を 反 映 し て い る の で は な い か 、DPDお よ びTSの発 現量 に関 して は5‑FU を 投与 した 際の 状態 も見 るべ きと の助 言を 受けた。最後に、主査の吉木敬教授より 5‑FU耐 性の 遺伝 子を 抽出 する ため には 今後 の課題として本人が挙げた検討を引き続 き 行 う べ き で あ る こ と 、またp53に加 えてAPCに つい ても 考慮 に入 れた 補足 をす る よう助言を受けた。
この 論文 は、 ヒト 大腸 癌の5‑FU耐性 に関 わる遺伝子の候補を示すものとして高く 評 価さ れ、 今後 種々の条件でより多くの株について検討するとともに、m wvoの状態 で の解 析を すす める こと によ り、5‑FU耐性 腫瘍の特性を解析する上でのモデルとな ることが期待される。
審査員一同はこれらの成果を高く評価し、大学院課程における研鑚や取得単位など も併せ申請者が博士(医学)の学位を受けるのに充分な資格を有するものと判定した。