博 士 ( 医 学 ) 中 村 一 美
学 位 論 文 題 名
外乱負荷時 の COP 計 測における加齢の影響 学位論文内容の要旨
【目的】
わ が国 は 高齢社会へと急速に 移行し,介護にかかる人的 ・金銭的コスト,および高齢 者自身の生活 の質(QOL)が 大き な 社会 問題 とな って いる,その対策とし て,高齢者の自立,そして積 極的な社会参 加は歓迎されるべき ものである.しかし,これらの推進を妨げるものに高齢者の転倒が挙げられる.高齢 者の 転倒 は ,若年者と比較して 重症になりやすく,その治 療期間が長期にわたると,廃 用症候群に陥 いる.また,けがが 完治したあとも高齢者自身の 再転倒への恐怖から,社会活動への参加を避け,さら なる廃用症候群を引 き起こす,これを転倒後症候 群という.
この 転倒 後 症候群を防ぐために は,身体的・精神的アプロ ーチにより,転倒を予防する ことがー番で ある が, 日 常生活で歩行してい る高齢者の転倒の危険因子 を探り,個々にあった指導方 法を探るのは 難しく,転倒を予測 することは困難である.
他 方 , 静 止 立 位 時 の 安 定 性 を 評 価 す る 重 心 動 揺 検 査 は 平 衡 機能 検 査と して 臨床 の現 場 で広 く 施 行 さ れ て い る , し か し , 静 止 立 位 時 の 計 測 と い う 従 来 の 検 査方 法 では ,高 齢者 と若 年 者と の 間 に 大 き な 差 違 が 現 れ な い 場 合 が あ る . ま た , 日 常 生 活 で は 動的 な 立位 保持 が必 要で あ るこ と から,高齢者の転倒 の危険因子を探るには不十分 な面がある.
そ こ で 本 研 究で は, 転倒 のり ス クの 評価 方法 に つい て検 討す るた め に, その 第一 段階 と して , 健 常 者 に 対 す る 前 方 へ の 平 行 移 動 刺 激 後 の 圧 中 心 (COP) の 軌 跡 の 変 化 を 調 べ た , ま た , 同 時に表面筋電図(EMG)の記録もおこなった.
【 方法 】
対 象 は26人 ( 男 性13名 , 女 性13名 ) の 若 年 健 常 者 群(24.8土2.74 yrs,166.5土9.25 cm, 60.0土II.48 kg,mean土SD) と20人 ( 男 性10名 , 女 性10名 ) の 高 齢 健 常 者 群(65.4士3.62 yrs,159.4土7.80 cm,58.6土7.98 kg,mean土SD)で ある .被 験 者に は水 平移 動刺 激 を与 え る こ と の で き る 台 の 上 に 置 か れ た 重 心 動 揺 計 に 裸 足 で 立 って もら い ,最 初に ,開 眼・ 閉 眼そ れ ぞ れ に つ い て 静 止 立 位 で30秒 間COP軌 跡 を 計 測 し た . 次 に , 前 方 へ の 水 平 移 動 刺 激 を 与 え た 後 のCOP軌 跡 を 計 測 し た . 用 い た 前 方 へ の 水 平 移 動 刺 激 は , 移 動 時 間 が0.15[s]で , 移 動 距 離 が3.75,7.50,10.00,15.00,20.00,30.00 [mm]の 計6種類である.これらの6つの試行はラ ン ダ ム に お こ な い , 記 録 は 刺 激 前5[s]か ら刺 激後30[s】の35[s]間 お こな い, 実験 デー タ の解 析 は 刺 激 後5[s]間 で お こ な っ た . 解 析 項 目 は 総 軌 跡 長 ,X( 左 右 ) 方 向 軌 跡 長 ,Y( 前 後 ) 方 向 軌 跡 長 で あ る , ま た ,COPの 計 測 中 , 同 時 に 水 平 移 動 刺 激 の 開 始 の ト リ ガ ー と と も にEMG に よる 下肢 筋活 動の 記 録も おこ なっ た.
【 結 果 】
総 軌 跡 長 とY方 向 軌 跡 長 に 対 し て は , 若 年 者 群 で は 台 の 水 平 移 動 距 離 の 増 加 と と も に , す な わ ち 水 平 移 動 刺 激 が 大 き く な る に し た が っ て , 軌跡 長も 大き くな る 傾向 を示 した . 高齢 者群 で は , 若 年 者 群 と 同 様 に3.75〜15.00 [mm]ま で は 水 平 移 動 距 離 の 増 加 に とも なっ て 軌跡 長も
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増加 する傾向 を示し た.しか し,90.00〜30.OO[mm]では15.OO[mm]の場 合と比較 して軌跡長 の顕著な変動はみられなかった.
EMG記 録 に おぃ て は ,水 平 移 動距 離 の 増加 と とも に使用す る筋の数 が増加 した.小 さな刺 激に おぃては,刺激強度に応じて前脛骨筋やヒラメ筋,腓腹筋など下腿の筋の活動の増加が見 られた.より大きな刺激におぃては,大殿筋や大腿ニ頭筋など近位部の筋の活動が増えていた.
【考察】
総軌跡長 とY方向軌跡 長に対 しては, 若年者群 では台 の水平移 動距離 の増加と ともに ,す なわ ち水平 移動刺激が大きくなるにしたがって,軌跡長も大き<なる傾向を示した.高齢者群 では ,若年 者群と同 様に3.75‑‑15.00 [mm]までは水 平移動距 離の増加にともなって軌跡長も 増加 する傾 向を示した,したがって,刺激強度に応じて結果が影響されていることから.この よ う な 検 査 に よ っ て 姿 勢 制 御 能 の 評 価 が で き る 可 能 性 が 示 唆 さ れ た . しか し,20.00〜30.OO[mm]では15.00 [mm]の場合と 比較し て軌跡長の顕著な変動はみられ なかった. 3.75〜15.OO[mm]問の結果との違いとして以下のようなことが考えられる.小さな 刺激 におい ては,刺激強度に応じて前脛骨筋やヒラメ筋,腓腹筋など下腿の筋の活動の増加が 見ら れる. これらの 結果はankle synergyが身体を安定化させることを示していると考える.
言い 換えれ ば,ankle synergyにおけ る姿勢反射能はこのような極小さい水平移動刺激下にお いて 評価で きる可能 性がある ,さら に言うならば,この検査をおこなうことにより,ankleの Range of Motion (ROM)と加 齢の影響 を加味した姿勢制御能の評価の指標を作ることができる かもしれない.
より 大きな 刺激においては,大殿筋や大腿二頭筋など近位部の筋の活動が増えている.しか しCOP軌 跡 の増 加 は それ ほ ど 顕著で はない. それら の結果は ,個々 におぃてhip synergyと ankle synergyのいず れか一 方あるい はその両方が身体を安定化させるとぃうことを示してい る.したがってこの場合,前述の場合と異なり,多関節を含む制御となり,使用する筋も増え,
個 人 差も あ る と考 え ら れる . 個人差 の要因と しては ,muscle volume,筋力,ROM, 神経伝 導速度など身体機能の影響が考えられる.
EMG記録 に関して は,静 止立位時 では高齢 者にお ける立位 時使わ れる筋の 数は若 年者にお い てよりも多かった.すなわち,立位保持に関して,腓腹筋,ヒラメ筋を中心に使う若年者群 に 対し,高齢者群では加えて近位の筋や母趾外転筋,短趾伸筋などを使う割合が多かった.さ ら にこの傾向は動的な検査におぃてさらに明確な差として現れた.これらの結果は姿勢の安定 性に対する加齢の影響を示唆している.
ま た,本研究におぃて安全に十分配慮するため被験者に比較的小さい刺激を用いた.結果と し て,高 齢者にお けるCOPの移動 距離は若 年者に おいてよ り有意 に大きか った.極 小さい水 平移動刺激負荷時でも加齢の影響が見られ,静止立位時の重心動揺検査と同様の傾向を示した,
さ らに高齢者群内におぃては,静止立位の場合と比較して水平移動刺激を与えた場合の方がば ら っきが大きかったことから,静止立位時の計測よりも個々の姿勢反射能の違いを評価できる と考えている.
以 上のことより,個々の姿勢制御能を評価し,易転倒性を予測することに対して無侵襲で安 全な検査として本研究は有用であると考える.
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学位論文審査の要旨 主査 教 授 眞野行生 副査 教 授 田代邦雄 副査 教 授 安田和則
学 位 論 文 題 名
外乱 負荷時の COP 計測に おける加齢の影響
わが国は高齢社会へと急速に移行し,介護にかかる人的・金銭的コスト,および高齢者 自身の生活の質(QOL)が大きな社会問題となっている.その対策として,高齢者の自立,
そして積極的な社会参加は歓迎されるべきものであるが,これらの推進を妨げるものに高 齢者の転倒が挙げられる,しかし,日常生活で歩行している高齢者の転倒の危険因子を探 り ,個 々に あ った 指導 方法 を探 るの は難 しく ,転 倒を 予測 する こと は 困難 であ る,
そこで本研究では,転倒のりスク,の評価方法について検討するために,その第一段階と して,健常者に対する前方への水平移動刺激後 の圧中心(Center of Pressure,以下COP と呼ぶ)の軌跡の変化を調ベ,同時に表面筋電図(以下EMGと呼ぶ)の記録もおこなった.
対象 は, 若 年健 常者 群26名( 男性13名 ,女 性13名) と高 齢健 常者 群20名 (男 性10 名,女性10名)である.被験者には水平移動刺 激を与える台の上に置かれた重心動揺計 に裸 足で 立ってもらい,開眼,自然立位にてCOP計測をおこなった.前方への水平移動 刺激は,移動時間が0.15[s]で,移動距離が3.75,7.50,10.00,15.00,20.00,30.00 [mm]の 計6種類 で ,こ れら の6つの 試行 をラ ンダムにおこなった.記録は刺激前5[s]から刺激 後30[s]までの35[s]間おこない,実験データの解析は刺激後5[s]間でおこなった.解析項 目はX方 向 軌跡 長,Y方 向軌 跡長 など で ある ,EMGは 大殿 筋, 大腿直筋,大腿二頭筋,
前脛骨筋,腓腹筋,ヒラメ筋,母趾外転筋,短趾伸筋の計8箇所の筋の筋腹に直径ll[mm]
の皿 電極 を貼り,筋活動の有無を判定した,COP計測の結果において,若年者群では水 平移 動刺 激の大きさが増加するにしたがって,COP軌跡長も大きくなる傾向を示した.
このことより,刺激の大きさを変化させることにより個々の姿勢制御能評価の可能性が示 唆された.高齢者群でも同様の傾向がみられた が,台の水平移動距離が15[mm]を超える と軌 跡長 の増加傾向がみられなかった.また,EMGにおいて,高齢者群では通常の立位 保持における下腿の筋活動に加え,若年者群より足部の筋活動と下肢近位部の筋活動がみ
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られた.さらに高齢者群内におぃては,静止立位の場合と比較して水平移動刺激を与えた 場合の方が個々の姿勢制御能をより反映したことから,静止立位時の計測よりも個々の姿 勢制御能の違いを評価できることが示された,
公開発表にあたり,副査安田和則教授から,水平移動刺激を与える装置についての基 礎的な質問があった.副査田代邦雄教授からは足趾の筋活動,被験者の身体状況や計測状 況についての質問があった.主査眞野行生教授からは,今後の臨床応用についての質問が あり,いずれの質問にも申請者は,妥当な回答をおこなった.
本論文は,姿勢制御能の新しい評価法として高く評価され,今後の臨床応用が期待され る.
審査員一同は,これらの成果を高く評価し,大学院課程における研鑽や取得単位など も併せ申請者が博士(医学)の学位を受けるのに充分な資格を有するものと判定した.