博 士 ( 工 学 ) 遠 藤 俊 博
学 位 論 文 題 名
GaAs/AIGaAs 系における電子スピン緩和時間の IJ に関す る研究
学位論文内容の要旨
磁 気記録密度の増加に伴い、表 面磁化状態の評価法についても高分解能化の必要性が高まってきている。
また 最近、スピン偏極電子の性質 を利用したスピントランジ スタのアイデイアも提案され ている。このよ うな 背景から、物質の磁性の起源 である電子のスピンについ て注目され始めているが、ス ピン状態をデバ イス 動作に応用する際に必要とさ れる電子スピンに関わる基 礎的物性については、まだ解 明されていない 点が 多い。固体内におけるスピン 偏極電子の振る舞いについ ては様々な計測手法を応用し て研究が進めら れて いるところである。
本研 究 は、 光励起によルスピン偏 極した電子の励起が可能で量 子構造の作製が容易なIII‑V族化合物半 導 体 材 料 、 特 にGaAs系 材 料 に 着 目 し 、GaAs井 戸 幅 の 異 な る い く っ か のp型 ぶ ド ー プGaAs/AIGaAsダ ブル ヘテ口構造試料を作成し、そ の低温フォトルミネッセン スの時間変化から、電子スビ ン緩和時間の長 寿命 化に関してまとめたものであ る。この材料はスピン偏極 走査型トンネル顕微鏡のスビ ンプローブに応 用で きる材料候補のーつである。 スピン偏極した電子のトン ネル効果を利用して表面磁化 状態を測定する ス ピン 偏 極走 査型 トン ネ ル顕 微鏡 (SP−STM)では 、原 子分 解能 で の磁 性測 定を 実 現するた めに、試料 表 面お よ び探 針表 面に お ける 電子 のス ピン偏極状態について基 礎物性を明らかにしておくこ とが重要で ある と考えられている。
第1章で は、 本研究の背景としてス ピンデバイスに関する研究 の現状についてまとめ、スピ ン偏極トン ネ ル 現 象 を 応 用 し たSP‑STMの 研 究 状 況に つい ても まと め た。 またGaAsのよ う な半 導体 の特 性 とそ れ らの 背景との深い関連性について 述ベ、本研究の位置付けに ついて記した。
第2章で は、 半導体中の電子スピン 緩和現象について総括的に 述べた。スピン緩和はスピン 偏極状態を 左右 するもっとも重要な現象であ る。スピン緩和現象は温度 や不純物濃度などによりその 支配的な機構が 異な るが、その原因は光や熱など による格子振動による散乱 や、有効磁場変化などの磁気 的な原因も考え られ ている。半導体中の電子スピ ンの緩和については過去に もさまざまな研究がなされて いるが、本研究 では 電子とホールの交換相互作用 によって引き起こされ、比 較的低温、高ドーピングレベ ルで支配的とな るBAPメカニズムに着目した。
第3章で は、 本研究において使用し た試料の構造とその役割に ついて論じ、試料作成の手順 とその際の 留 意点 に つい てま とめ た 。本 研究 では 、p型dドー プ層 を含 むGaAs/AIGaAsダブルヘテ口構造 に着目し、
GaAs井 戸 幅の 異な るい くっ か の試 料に つい て実 験 を行 った 。こ の 構造 はWagner等やRichard等 によ っ て 長い ス ピン 緩和 時間 を 有す ると 報告 され て いる もの であ り、p型dド ープ 層に ホ ールがーGaAs井戸層 ―756−
に 電 子 が そ れ ぞ れ 閉 じ 込 め ら れ る こ とで 、 電 子 と ホー ル の 波 動 関数 の 重 な り を 減少 さ せ る こ とが で き る た め 、 第2章 に お い て 述 べ ら れ たBAPメ カ ニ ズ ム に よ っ て 、 長 い ス ピ ン 緩 和 時 間 を 有 す る こ と が 報 告 さ れ て い る 。 薄 膜 試 料 の 作 成 に は 不 純 物 が少 な く 、 界 面の 平 坦 性 が 得ら れ や す い こ とか ら 分 子 線 エビ タ キ シ ャ ル 法(MBE法) を用 いるこ ととし た。
第4章 で は 、 作 成 試 料 の フ ォ ト ル ミ ネ ッ セ ン ス 測 定 の 方 法 と手 順 を 示 し た。 本 研 究 で は、 ピ コ 秒 か ら ナ ノ 秒 と ぃ う 速 い 時 間 単 位 で 緩 和 す る スピ ン 緩 和 現 象を 解 析 す る ため 、 励 起 光 に は可 変 長 超 短 パル ス レ ー ザ ー を 用 い た 。 ま た 検 出 系 に は 分 光 器 とス ト リ ー ク カメ ラ を 用 い 、発 光 ス ペ ク ト ルの 時 間 変 化 の測 定 を 行 う こ と に よ り 、 励 起 キ ャ リ ア の 緩 和 過 程に お け る エ ネル ギ 一 変 化 の観 測 を 行 え る よう に し た 。 これ ら の 測 定 時 に は 、 発 光 の 右 円 偏 光 成 分 及 び 左 円偏 光 成 分 を それ ぞ れ 測 定 する こ と に よ っ て、 対 応 す る アッ プ ス ピ ン 電 子及び ダウ ンスピ ン電子 の挙動 の情報 が得 られる ように した。
第5章 で は : フ ォ ト ル ミ ネ ッ セ ン ス ス ペ ク ト ル デ ー タ の 解 析結 果 を ま と め、 考 察 し た 。フ ォ ト ル ミ ネ ッ セ ン ス ス ペ ク ト ル 中 に は 、 そ の ス ベ ク ト ル の 時 間 変 化 の 違 い か ら 、GaAsの 束 縛 励 起 子再 結 合 、 ド ナー ― ア ク セ プ タ 対 再 結 合 、GaAs井 戸 か ら のeo→lhエ 再 結 合、eo→hh1再 結 合 と同 定 さ れ る 発光 が 観 測 さ れた 。 特 に 、 右 円 偏 光 成 分 と 左 円 偏 光 成 分 の差 分 ス ペ ク トル で は 、 励 起、 再 結 合 時 の スピ ン 選 択 則 を反 映 し て 現 れ る ラ イ ト ホ ー ル の 負 成 分 と へ ビ ー ホ ー ル の 正 成 分 が 特 定 さ れ た 。 ま た 、GaAs井 戸 幅の 異 な る い くっ か の 試 料 に お け る 発 光 ス ペ ク ト ル で は 、GaAs井 戸 か ら のeo→lhエ 再 結 合 、eo→hhl再 結 合 発 光 準 位 を 特 定 し た結果 、計 算によ る見積 もりと よく一 致し た。
第6章 で は 、 フ ォ ト ル ミ ネ ッ セ ン ス の 時 間 変 化 か ら 、 再 結 合時 間 及 び ス ピン 緩 和 時 間 の評 価 を 行 っ た 。 発 光 の 右 円 偏 光 成 分I゛ と 左 円 偏 光 成分I― の 和 の時 間 変 化 か ら励 起 キ ャ リ アの 再 結 合 時 間を 算 出 し 、 ス ピ ン 偏極度 (I゛―I−) /(I十十I−)の時間変化からスピン緩和時間を評価した。その結果、スピン緩和時間は試料 のGaAs井 戸 幅 に 依 存 し 、 井 戸 幅90nmに お い て 最 大 値20土7n8ecを 有 す る こ と を 明 ら か , に し た 。 こ の こ と は 試 料 の 構 造 変 化 に よ る 波 動 関 数 の 変 化 に よ ル ス ピ ン 緩 和 時 間 が 制 御 可 能で あ る こ と を示 し た も の で あ る 。 ま た 、 よ り 長 い ス ピ ン 緩 和 時間 を 実 現 さ せる た め に 電 子と ホ ー ル の 波 動関 数 の 重 な りを 減 少 さ せ る よ う な 急 峻 な お ド ー プ 構 造 を 作 成 する た め に は 、拡 散 の 少 な い材 料 を 用 い る など の ア プ ロ ーチ も 有 効 で あ る こ と が 予 想 さ れ る 。 同 時 に 、 こ の実 験 か ら 見 積も ら れ る 定 常光 励 起 時 に お ける ス ピ ン 偏 極度 の 距 離 依 存 性 に お い て そ の 半 値 幅 が10Fmと ぃ う 長 い 値 と な り 、 た と え ばSP.STM探 針 材 料 へ の 応 用 を 考 え た 際 、 p型dド ー プGaAs/AlGaAsダ ブ ル ヘ テ 口 構 造 試 料 は 探 針 化 す る こ と で ス ピ ン 偏 極 状 態 の 検 出 可 能 な 探 針 と す る こ と が で き 、 ス ピ ン 緩 和 時 間 が長 い 特 徴 を 生か し た 探 針 構造 や 励 起 方 式 を考 案 で き る もの と 期 待 さ れ る。
第7章 で は 、 全 体 の 総 括 を 行 い 、 将 来 へ の 展 望 を 記 し た 。 本 研 究 で は 、p型dド ー プGaAs/AlGaAsダ ブ ル ヘ テ 口 構 造 試 料 に お け る 低 温 フ ォ ト ル ミ ネ ッ セ ン ス の 時 間 変 化 か ら ス ピ ン緩 和 時 間 の 評価 を 行 い 、 GaAs井 戸 幅90nmに お い て 最 大 値20土7nsecを 有 す る こ と を 明 ら か に し た 。 こ の こ と は 試 料 の 構 造 に よ ル ス ビ ン 緩 和 時 間 が 制 御 可 能 で あ る こと を 示 し た もの で あ る 。 本研 究 に お い て 扱わ れ た 電 子 スピ ン の 緩 和 現 象 を 理 解 す る こ と は 、 ス ピ ン ト ラ ン ジ ス タ の 実 用 化 やSP.STMの 開 発 な ど 、 エ レ ク ト ロ ニ ク ス ヘ の 応 用 に幅広 く利 用出来 るもの である 。
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学位論文審査の要旨 主査 教授 武笠幸一 副査 教授 池田正幸 副査 教授 岡田亜紀良 副査 助教授 末岡和久
学 位 論 文 題 名
GaAs/AIGaAs 系における電子スピン緩和時間の 制御に関する研究
磁気記録密度の増加に伴い、高分解能化を有する表面磁 化状態の評価法の必要性が高 ま っている。また、スピン状態のデバイスへの応用が提案 されているが、その際必要と さ れ る電 子ス ピン に関 わる 基礎 的物 性に ついては、まだ解明され ていない点が多い。
本研究は、光励起によルスピン偏極した電子の励起が可 能でかつ量子構造の作製が容 易 なIII ―V 族化合物半導体、特にGaAs 系材料に着目し、GaAs 井戸幅の異なるいくっかのp 型
dドー プGaAs/AIGaAs ダブ ルヘ テ口 構造 を作成し、その低温での フォトルミネッセン ス の時間変化から電子スピン緩和時間を求め、長寿命化に 関する検討を行ったものであ る 。この材料はスピン偏極走査型トンネル顕微鏡のスピン プローブとして使用できる材 料 の候補のーつである。スピン偏極電子のトンネル効果を 利用して表面磁化状態を測定 す る スピ ン偏 極走 査型 トン ネル 顕微 鏡(SP −STM) に おい て、 原子 分解 能での表面磁性 を 測定するためには、探針先端表面における電子のスピン 偏極状態についての基礎物性 を 明確にしておくことが重要であると考えらる。
研究成果を要約すると、
(
1)
p型
dド ー プ 層 を 含 む
GaAs/AIGaAsダ ブ ル ヘ テ ロ 構 造 に お い て
GaAs井戸 幅の 異
なる いく っか の試 料に つい てフ ォト ルミネッセンススペクト ルを測定し、GaAs の
束縛 励起 子再 結合 、ド ナー ―ア クセ プ夕対再結合、GaAs 井戸 からのe ‥→lh, 再結
合、e ‥‑*hh, 再結合と同定される発光が観測された。 特に、右円偏光成分と左円偏
光成 分の 差分 スペ クト ルで は、 励起 、再結合時のスピン選択 則を反映して現れる
ラ イ ト ホ ー ル の 負 成 分 と へ ビ ー ホ ー ル の 正 成 分 が 特 定 さ れ た 。
(
2) フォ トル ミネッセンスの時間変化から、再結合時間およぴ スピン緩和時間の評
価を 行っ た。 スピ ン緩 和時 間は 試料 のGaAs 井戸幅に依存し、 井戸幅90nm において
最大 値20 土7nsec を有 する こ とを 明ら かに した 。こ のこ とは 試料 の構造変化によ
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る波 動関 数の 変化 によ ルス ピン 緩和 時間 が 制御 可能 であ るこ とを 示し たも ので
あ る。 スピ ン偏 極度 の距 離依 存性におぃてその半値幅が10/.zm とぃう長い値 とな
り、
p型
dド― プGaAs/AIGaAs ダブ ルヘ テロ 構造 はス ピン 偏極 状態 の検 出 可能 なS
P一STM 用探針とす ることが期待出来る。
本研 究では、p 型d ドープGaAs/AIGaAs ダブルヘテロ構造における低温フォトルミ ネッ センスの時間変化から スピン緩和時間の評価を行い、構造によルスピン緩和時間が制御 可能であることを示し たもので、有益な多くの知見を得ており、スピンの科学・評価な らびに磁気工学に貢献するところ大なものがある。よって著者は北海道大学博士(工学)
の学位を授与される資 格あるものと認める。
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