博 士( 薬学) 糠谷 学 位 論 文 題 名
多環芳香族炭化水素による毒性発現の 分 子 機 構 に 関 す る 研 究
学位論文内容の要旨
学
1.はじめに
3―メチルコランスレン(MC)やベンゾ[a]ピレンなどの多環芳香族炭化水素(PAH)は内分泌攪 乱物質として知られており,生体内において発がん促進,生殖障害,成長遅延,高血圧や脂質代 謝異常などの様々な毒性を引き起こす.これらのPAHの毒性発現は,細胞質に存在する転写活性 化因 子である 芳香族炭 化水素受容 体(AHR)を介し て起こる と考えら れている,PAHはAHRを 介し てチトク 口ームP450 (CYP)の1分子種であ るCYPIA1,CYPIB1やCYPIA2などの薬物代謝 酵素遺伝子の発現を誘導することが報告されている.しかし,PAHの多岐にわたる毒性発現は,
これら薬物代謝酵素遺伝子の誘導だけでは説明することは困難である.すなわち,これら薬物代 謝酵素遺伝子の他にPAHの毒性発現に関与している新規のAHR標的遺伝子が存在している可能 性が 考えられた.そこで本研究では,ディファレンシャルディスプレイ(DD)法やDNAマイク 口アレイを用いてPAHの毒性発現に関与する新たなAHR標的遺伝子を探索し,これらの標的遺 伝子を解析することにより,今までほとんど明らかになっていないPAHの毒性発現機構を分子レ ベルで解明することを目的とした.
2. DD法を用いた新規AHR標的遺伝子の探索および機能解析
無処置の野性型マウスとMC処置した野性型マウスの肝における遺伝子の発現パターンをDD 法により比較した.その結果,MCにより発現が抑制される遺伝子として,血圧の調節に重要な ブラジキニンを発現するlow molecular weight (LMW) prekininogen遺伝子および成長ホルモン (GH)応答 遺伝子で あるmaorudnaryprotein(MUP)遺伝子が得られた.MC処置したAHR欠損マ ウス では,LMWprebmnogenお よびMUP遺伝 子の発現は抑制されなかった.したがって,これ らの遺伝子は新規AHR標的遺伝子であることが明らかになった,さらに,これら新規AHR標的 遺伝子の発現抑制により引き起こされる生体への影響について検討した.その結果,マウス血漿 中のブラジキニン濃度がMC処置によってAHR依存的に減少することが明らかになった.また,
MUP遺 伝子 の 発現 は,GH応 答に関与 している 転写因子signaltreansducerandactivatorof transcnption5(SW汀5)シグナル伝達系によって制御されていることより,MCによるSW汀5シグナ ル伝達系への影響について検討した.MC処置によりSW`T5シグナル伝達の構成因子であるGH 受容 体およびjanusbnase2mRNAの発現お よびSTA115のS口 ば5結合配列 に対する結合活性が
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AHR依 存 的 に 減 少 す る こ と が 明 ら か に な っ た . 以 上 の結 果 よ り,MCによ るMUP遺 伝 子の 発 現 抑 制 に は,STAT5シ グ ナル 伝 達 の抑 制 が 重要 で あ るこ とが明 らかに なった.LMW prekininogen 欠 損ラッ トでは著 しい高血 圧を示 し,また ,STAT5欠損マウ スでは ,成長遅 延,骨 形成異常 およ び 乳 腺 発達 異 常 を示 す こ と より , 今 回得 ら れ た新 規AHR標 的 遺伝 子 の 発現 抑 制 はPAHによる高 血 圧 , 成長 遅 延 ,骨 形 成 異 常お よ び 乳腺 発 達 異常 の 原 因の ー つ であ る 可 能性 が 示唆さ れた,
3. DNAマイク口アレイを用いた新規AHR標的遺伝子の探索および機能解析
無 処 置 の野 性 型 マウ ス とMC処 置 し た野 性 型 マウ ス の 肝に お ける遺 伝子の発 現バター ンをDNA マイク 口アレ イにより 比較し た.その 結果,い くっか の脂肪酸 分解に 関与する遺伝子の発現がMC に より 抑制 される ことが明 らかに なった. また,AHR欠損 マウスを 用いて 同様の検 討を行 った結 果 ,こ れら の遺伝 子の発現 抑制はAHR依存 的であっ た,こ れらの遺 伝子は 共通して 核内受 容体で あるperoxisome proliferator・activated receptora(PPARa)の標的遺伝子であることが報告されてい る ,そ の た め,PPARaを 介 する シ グ ナル 伝 達 につ い て 検討 し た とこ ろ ,PPARaシグ ナ ル 伝達は MCに よ りAHR依 存 的 に 阻 害 さ れ る こ と が 明 ら か に な っ た , ま た ,MCに よ るPPARaシ グ ナ ル 伝達の 抑制は ,肝小葉 におけ る脂肪滴 の発生を 引き起 こすこと がわか った.脂肪滴の発生は脂肪 肝 の 特 徴 的 な 症 状 で あ る こ と よ り ,MCに よ るPPARaシ グ ナル 伝 達 の 抑制 な ら びにPPARa標 的 遺伝子の発現抑制はPAHによる脂肪肝の原因であることが示唆された.
4. PAHに よるPPARaシ グナ ル 伝 達 抑制 機 構 の解 明
MCに よ るPPARaシ グ ナ ル 伝 達 抑 制 の 原 因 に つ い て検 討 し た結 果 , こ の抑 制 に はPPARaの バ ー ト ナ ー 因 子 で あ るretinoidXreceptora(RXRa)の タ ン パク 質 がMCに よ りAHR依存 的 に 減少 す る こ と が大 き な 原因 で あ るこ と を 明ら か に し た. ま た ,RXRa夕ン パク質 の減少は ,PPARaシグ ナ ル 伝 達の み な らず ,RXRaがバ ートナ ーとなる 様々な 核内受容 体シグ ナル伝達 に影響を 及ぼす こ と が 明 ら か と な っ た . この た め ,MCに よるRXRaの 抑 制は 脂 肪 肝の み な ら ず,PAHに よ る 多 様 な 毒 性発 現 に 関与 し て いる 可 能 性が 示 唆 さ れた . ま た,MCよるRXRa夕 ン バク 質 の減 少には 26Sプ 口 テ ア ソ ー ム を 介 す る タ ン パ ク 質 の 分 解 経 路 が 重 要 で あ り , こ の 分 解 に はp38 mtogen噸ctivatedproteinbnasesを 介 す る り ン 酸 化 が 関 与 し て い る 可 能 性 が 示唆 さ れ た.
5.まと め
1) AHRの新 規 標 的遺 伝 子 とし てLMW prekiliinogen遺 伝子 ,GH・応 答遺伝子 およびPIARa標的 遺 伝 子を 同 定 した .
2) MCに よるLMW prekininogen遺伝子 の発現抑 制は,LMW prekininogen由来の プラジ キニン量 の 減 少を 引 き 起こ す こ とを 明 ら かに し た .
3) MCに よ るGH応 答 遺 伝 子 の 発 現 抑 制 に はAHRを 介し たSTAT5シグ ナ ル 伝 達系 の 抑 制が 重 要 で あ るこ と を 見出 し た ,
41 MCに よ るPPARa標 的 遺 伝 子 の 発 現 抑 制 に はPPARaシ グ ナ ル 伝 達 の 抑 制 が 原 因 で ある こ と を 見 い出 し た .こ の 抑 制に はAHRを 介 し たRXRaタ ン パク 質の減少 が重要 であるこ とを明 ら か に し た . ま た ,MCに よ るAHRを 介 し たRXRa夕 ン バ ク 質 の 減 少 は ,PPARa以 外 の 核 内
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受 容 体 に よ る シ グ ナ ル 伝 達 も 阻 害 す る こ と を 明 ら か に し た .
5)今回得られた新規AHR 標的遺伝子のPAH による発現抑制は,PAH による高血圧,成長遅延,
骨 形 成 異 常 , 乳 腺 発 達 異 常 や 脂 肪 肝 の 原 因 と な り 得 る こ と が 示 唆 さ れ た ,
学 位論文 審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 助教授 助教授
鎌 滝 哲 也 有 賀 寛 芳 平 敬 宏 山 崎 浩 史
学 位 論 文 題 名
多環芳 香族炭 化水素に よる毒 性発現の 分 子機構 に関する 研究
3− メ チ ル コ ラ ン ス レ ン(MC)や ベ ン ゾ [ ロ ] ピ レ ン な ど の 多 環 芳 香 族 炭 化 水 素(PAH)は 内 分 泌 撹 乱 物 質 と し て 知 ら れ て お り , 生 体 内 に お いて 様 々 な毒 性 を 引き 起 こ す. こ れ らの PAHの 毒 性 発 現 は , 細 胞 質 に 存 在 す る 転 写 活 性 化 因 子 で あ る 芳 香 族 炭 化 水 素 受 容 体 (AHR)を 介 し て 起 こ る と 考 え ら れ て い る ,PAHはAHRを 介 し て チ ト ク ロ ー ムP450 (CYP) の1分 子 種 で あ るCYPIA1,CYPIB1やCYPIA2な ど の 薬 物 代 謝 酵 素 遺 伝 子 の 発 現 を 誘 導 す る こ と が 報 告 さ れ て い る . し か し ,PAHの 多 岐 に わ た る 毒 性 発 現 は , こ れ ら 薬 物 代 謝 酵 素 遺 伝 子 の 誘 導 だ け で は 説 明 す る こ と は 困 難 で ある , す なわ ち , これ ら 薬 物代 謝 酵 素遺 伝 子 の 他 にPAHの 毒 性 発 現 に 関 与 し て い る 新 規 のAHR標 的 遺 伝 子 が 存 在 し て い る 可 能 性 が 考 え ら れ た , そ こ で 本 研 究 で は , デ ィ フ ァ レ ン シ ャ ル デ ィ ス プ レ イ(DD)法 やDNAマ イ ク ロ ア レ イ を 用 い てPAHの 毒 性 発 現 に 関 与 す る 新 た なAHR標 的 遺 伝 子 を 探 索 し , こ れ ら の 標 的 遺 伝 子 を 解 析 す る こ と に よ り , 今 ま で ほ と ん ど 明 ら か に な っ て い な いPAHの 毒 性 発 現 機 構 を 分 子 レ ベ ル で 解 明 す る こ と を 目 的 と し た .
(1)DD法 を 用 い た 新 規AHR標 的 遺 伝 子 の 探 索 お よ び 機 能 解 析
無 処 置 の 野 性 型 マ ウ ス とMC処 置 し た 野 性 型 マ ウ ス の 肝 に お け る 遺 伝 子 の 発 現 パ タ ー ン をDD法 に よ り 比 較 し た . そ の 結 果 ,MCに よ り 発 現 が 抑 制 さ れ る 遺 伝 子 と し て , 血 圧 の 調 節 に 重 要 な ブラ ジ キ ニン を 発 現 するlow molecular weight (LMW) prekininogen遺伝 子 お よ び 成 長 ホ ル モ ン(GH)応 答 遺 伝 子 で あ るmajor unnary protein (MUP)遺 伝 子 が 得 ら れ た .MC処 置 し たAHR欠 損 マ ウ ス で は ,LMW prekininogenお よ ぴ MUP遺 伝 子 の 発 現 は 抑 制 さ れ な か っ た . し た が っ て , こ れ ら の 遺 伝 子 は 新 規AHR標 的 遺 伝 子 で あ る こ と が 明 ら か に な っ た . さ ら に , こ れ ら 新 規AHR標 的 遺 伝 子 の 発 現 抑 制 に よ り 引 き 起 こ さ れ る 生 体 へ の 影 響 に っ い て 検 討 し た . そ の 結 果 , マ ウ ス 血 漿 中 の ブ ラ ジ キ ニ ン 濃 度 がMC処 置 に よ っ て AHR依 存 的 に 減 少 す る こ と が 明 ら か に な っ た . ま た ,MUP遺 伝 子 の 発 現 は ,GH
応答に関与している転写因子signal treansducer and activator of transcription5(STAT5)シグ ナ ル伝 達 系 によ っ て制 御 さ れて い る こと より ,MCによるSTAT5シグナル 伝達系へ の影響 に つ い て 検 討 し た ,MC処 置 に よ りSTAT5シ グ ナ ル 伝 達 の 構 成 因 子 で あ るGH受 容 体 お よ びjanus kinase2mRNAの 発 現 お よ びSTAT5のSTAT5結 合 配 列 に 対 す る 結 合 活 性 が AHR依 存 的 に 減 少 す る こ と が 明 ら か に な っ た , 以 上の 結 果 より ,MCに よ るMUP遺 伝 子 の 発現 抑 制 には ,STAT5シ グナ ル 伝 達の 抑 制が 重 要 であ る こと が 明 らか になっ た.LMW prekininogen欠損ラ ッ卜では 著しい高 血圧を示 し,また ,STAT5欠損マ ウスでは,成長遅 延 ,骨 形 成 異常 お よび 乳 腺 発達 異 常 を示 すこ とより, 今回得ら れた新規AHR標的遺伝 子 の 発現 抑 制 はPAHに よる 高 血 圧, 成 長 遅延 ,骨形 成異常お よび乳腺 発達異常 の原因の ー っである可能性が示唆された,
(2)DNAマ イ ク ロ ア レ イ を 用 い た 新 規AHR標 的 遺 伝 子 の 探 索 お よ び 機 能 解 析 無処 置 の 野性 型マウスとMC処置した 野性型マ ウスの肝 における 遺伝子の 発現ノくタ ー ン をDNAマ イ ク ロア レ イに よ り 比較 し た. そ の結果, いくっか の脂肪酸 分解に関与 する 遺 伝 子 の 発 現 がMCに よ り抑 制 さ れる こ と が明 ら かに な っ た. ま た,AHR欠 損マ ウ スを 用い て同様の 検討を行 つ.た結 果,これ らの遺伝子 の発現抑 制はAHR依存 的であった.こ れら の遺伝子 は共通して核内受容体であるperoxisome proliferator‑activated receptorq (PPARa)の 標的 遺 伝子 で あ るこ と が 報告 さ れて い る .そ の ため ,PPARaを 介するシ グナ ル 伝 達 に つ い て 検 討 し た と こ ろ ,PPARaシ グ ナ ル 伝 達はMCによ りAHR依 存 的 に阻 害 さ れ る こ と が 明 ら か にな っ た. ま た ,MCに よるPPARaシ グ ナル 伝 達の 抑 制 は, 肝 小 葉に おけ る脂肪滴 の発生を 引き起こ すことが わかった.脂肪滴の発生は脂肪肝の特徴的な症状 で あ る こ と よ り ,MCに よ るPPARaシ グ ナ ル 伝 達 の 抑 制 な ら ぴ にPPARa標 的 遺 伝 子 の 発現 抑制はPAHに よる脂肪 肝の原因 であるこ とが示唆さ れた.
(3)PAHによるPPARaシグナル伝達抑制機構の解明
MCに よ るPPARaシ グ ナ ル 伝 達 抑 制 の 原 因 に っ い て 検 討 し た 結 果 , こ の 抑 制 に は PPARaの パ ー ト ナ ー 因 子 で あ るretinoidXreceptora(RXRa)の タ ン パ ク 質 がMCに よ り AHR依 存 的 に 減 少 す る こと が 大 きな 原 因で あ る こと を 明 らか に した . ま た,RXRaタ ン パ ク 質 の 減 少 は ,PPARaシ グ ナル 伝 達 のみ な らず ,RXRaが パー ト ナー と な る様 々 な核 内受 容 体 シグ ナ ル伝 達に影響 を及ばす ことが明 らかとな った.この ため,MCに よるRXRa の抑制は 脂肪肝の みならず ,PAHによる 多様な毒性 発現に関 与してい る可能性 が示唆され た . ま た ,MCよ るRXRaタ ン パ ク 質 の 減 少 に は26Sプ ロ テ ア ソ ー ム を 介 す る タ ン パ ク 質の分解経路が重要であり,この分解にはp38 mitogenーactivated protein kinasesを介するり ン酸化が関与している可能性が示唆された,
以上 ,AHRの 新 規 標的 遺 伝 子お よ びPAHに よ る毒 性 発現 機 構 に関 す る新 しい 重要な概 念を 提案する ことに成 功した.本 論文『多 環芳香族炭化水素による毒性発現の分子機構に 関す る研究』 に含まれ る研究成果 は環境薬 学研究における基礎および応用のいずれにおい て も 優 れ て お り , 博 士 ( 薬 学 ) の 学 位 を 受 け る に 充 分 値 す る も の と 認 め た ,