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アジア宣教フォーラム No

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アジア宣教フォーラム

No.18

2016 年 1 月号◆

目 次

◆「アジア宣教フォーラムへの歓迎の言葉」 東京 JCF 長谷川与志充(P. 2)

◆第 4 回アジア宣教フォーラム(2016 年 2 月 12~13 日)のご案内(P.3)

◆世界潮流 「アジアの邦人ディアスポラの目指す道」 齋藤篤(P.6)

「21 世紀インドの転換点 2」 柳沢美登里(P.7)

◆トピック「サラリーマンからの転身」 川端愛(P.8)

「日本人に神様の愛を伝えたい」 山本清夏(P.9)

「上田オンヌリ教会」 袴田みき(P.11)

「シンガポール JCF・OB の集い」 井上英理子(P.12)

◆新連載「ソウル JCF の足跡(1)」 朴ダニエル(P.14)

◆教会活動紹介 ジャカルタ JCF(P.16) スラバヤ JCF(P.17) バリ JCF(P.19)

上海 JCF(P.21) BICF 日本語キリスト教会(P.23)

シンガポール JCF(P.24) カベナントチャペル日本人教会(P.25)

バンコク JCC(P.27) タイ聖書福音教会(P.28)

チェンマイ日本語キリスト教会(P.30) ドバイ JCF(P.31)

ハノイ JCF(P.32) ホーチミン JCF(P.34)

香港 JCF(P.35) 東京 JCF(P.37)

第 4 回アジア宣教フォーラム開催

2016 年 2 月 12 日(金)、13 日(土)

お茶の水クリスチャンセンター508 号室

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第 4 回アジア宣教フォーラムへの歓迎の言葉

東京 JCF 牧師 長谷川 与志充 2016 年 2 月 12 日(金)、13 日(土)にお茶の水クリスチャンセンター において第 4 回アジア宣教フォーラムが開催されます。 第 1 回は 2010 年に香港で、第 2 回は 2012 年にソウルで、第 3 回は 2014 年にシンガポールで行われましたが、今回は初めて日本での開催となり ました。 私は三浦綾子読書会の働きを通して国内外を巡回していますが、国内の 方々からは「国内での集会でないと参加できません」と言われますし、 海外の方々からは「自分の住んでいる所でなければ、帰省も合わせてできるので日本での集会が 参加しやすい」と言われます。そういう意味でも、今回のように日本、その中でも最も中心であ る東京で宣教フォーラムが行われることは、本当にすばらしいことだと思います。 この宣教フォーラムに過去 3 回参加した者としてこの集会の意義を挙げるとすれば、以下の 3 つ に集約できるでしょう。 ① 視野が広がる アジア各地の日本語教会に所属あるいは関係する牧師先生方や兄弟姉妹方から、各地のホッ トな情報をお聞きすることができます。「その国の、その都市に、そんな教会や集まりがある んだ」という発見は、間違いなく私達の視野を大きく広げてくれます。その他、イスラム社 会やヒンドゥー社会についてのお話を始め、普段私達がなかなか聞くことのできない貴重な お話を各分野に詳しい方々から聞くこともできます。 ② 交流が広がる 当然のことながら、この宣教フォーラムに参加しただけで、アジア各地在住の方々との交流が 与えられます。その結果、これまでは名前を聞いただけの国だった所が、「・・・さんのいる 国」、「・・・日本語教会のある国」に認識が変わります。それだけでなく、そこに来られた 日本在住の方々を通して、国内での交流も広げられます。また、宣教フォーラムでお会いした 時には海外在住だった方が、日本に本帰国されることを通して、不思議な形で国内に交流が広 げられることもあります。 ③ 未来が広がる ①と②の結果必ず導かれることは、私達の「未来が広がる」ということです。私は過去 3 回 の宣教フォーラムを通して、アジア各地に、そして国内各地に働きの場が広げられて行きま した。少なくても、ソウル、上海、香港、ハノイ、ホーチミン、バリ、デリー、福岡は直接の 実だと言うことができます。今回の宣教フォーラムを通して主はどのように皆さんの未来を 広げて下さることでしょうか。 今回は私が牧会している東京 JCF が受け入れ教会ということで、微力ながら教会員一同精一杯奉 仕させていただきます。宣教フォーラムでお会いできるのを本当に楽しみにしております。

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第 4 回アジア宣教フォーラムのご案内

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Mission Forum in Asia

1. 企画 1) 経緯:第 1~3 回(2010 香港、2012 ソウル、2014 シンガポール)を経て、未来 2020 に向かう アジアと日本の双方向の宣教協力を展望する。 2) 期間:2016.02.12(金)-13(土) 3) 会場:お茶ノ水クリスチャンセンター 508 号室(定員 80 名) 4) 主催:アジア宣教フォーラム実行委員会(永井敏夫、ダニエル朴、斯波光正、新納真司、渡部 尚、井上英理子、青木 勝) 5) 協力:東京 JCF 6) 後援:日本福音同盟宣教委員会(JEA)、日本ローザンヌ委員会(JLC)、アンテオケ宣教会 2. テーマ 1) 「未来 2020 に向かうグローバル・ディアスポラ・ネットワーク」 “Action in Global Diaspora Network for Future 2020”

2) 聖句: 「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご 自分の肉において、敵意を廃棄された方です。 こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ 国民であり、神の家族なのです。」エペソ2:14-15, 19 3) アジア宣教フォーラム第 4 回の取組課題への対応 ① 歴史観と世界潮流をふまえ、戦後 70 年から未来 2020/2030 年をめざす宣教協力;核兵器 廃絶をめざす平和宣言2020、生物多様性 2020、東京 2020、ASEAN 経済共同体から東 アジア経済共同体創設2020 をめざす中、未来貢献ネットワークを支える。 ② 平和を創り出す社会変革プロジェクトを担うグローバル人材・イノベーション人材を支 える宣教協力:牧師・宣教師・信徒がさまざまコミュニティーを巡回しつつ、内外Bridge Builders として多様なプロジェクトが包括的に活かされるため、タスクとリソースの両 面アプローチを支える。 ③ 感動を分かち合い希望を祈り合う宣教協力; 聖霊のとりなしとみちびきにより、内住の キリストを確信し、神に喜ばれるWork Life Balance に挑戦する神の家族を支える。 ④ 震災・テロからの復興・再生をめざし、アジア防災対応や原子力防災を支える宣教協力;

社会奉仕と宣教奉仕の両輪を地域ベースで協力推進する中で、復興・再生と防災の両面 を並行推進するGlobal Diaspora Network を支える。

⑤ 多文化共生社会における共存・協働を支える宣教協力; イスラーム教やヒンズー教など、 各共同体が隣人として共存する地域社会において、社会貢献や社会変革を協働して支え る。日本からアジアへ、アジアから日本への双方向の宣教協力を支える。

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第 4 回アジア宣教フォーラム プログラム

日付 時間帯 会場 時間 内 容 2.12(金) 508 09:00-10:00 60 受付 10:00-11:30 (90) 全体集会1 神の家族のトピックスを分かち合いましょう 10 歓迎挨拶、東京JCF紹介 10 オセアニアの受け皿 10 中国 10 韓国(KoJaMA) 10 東南アジア(フィリピン、べトナム、ラオス、カ ンボジア、ミャンマー、ネパール、他) 10 南アジアの受け皿 (インド・バングラデシュ) 30 SG 11:30-12:30 レストラン 60 昼食 30 508 13:00-14:30 (90) 全体集会2 2020年をめざす社会貢献を支える宣教協力 13:00-14:00 60 DESD+GAP(持続可能な開発のための教育) として、地域防災と地域包括ケアに取り組む 14:30-15:00 30 SG 15:00-16:30 (90) 全体集会3 多文化共生社会における隣人との共存・協働 を分かち合いましょう 15:00-16:00 60 イスラーム社会変革とヒンドゥー社会変革 16:00-16:30 30 SG 17:00-18:30 レストラン 60 夕食 508 18:30-20:00 (90) 全体集会4 アジアのアブローダーズを支える受け皿連携 18:30-19:30 60 地域経済共同体と地域防災を支える受け皿の地 域連携(アジアと欧州) 19:30-20:00 30 SG 20:00-21:00 60 自由 (実行委員会)

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5 2.13(土) 508 09:00-10:30 (90) 全体集会5 日本伝道会議第6回(16.09.27-30 神戸 CC)におけるアジア宣教の内外協力 60 ビジネス宣教協力を支えるディアスポラ宣教 協力 Business As Mission with Diaspora Network for Japanese

30 SG 10:30-12:00 (90) 実行委員会 Tokyo2020に向けたアジア日本語教会ファ ミリーキャンプ第4回構想 10:30-11:00 30 企画案紹介 11:00-11:30 60 SG 11:30-13:00 昼食 〔ご参考〕

402 14:00-17:00 180 ANRC(All Nations Returnees Connection)

オープンフォーラムへの参加 参加お申し込みは [email protected] までメールにて お名前・参加日・所属教会をお知らせください。 申し込み締め切り 2016 年 1 月 31 日(日) *参加費は不要ですが、席上献金があります。 *食事、宿泊は各自でご手配ください。 会場 お茶の水クリスチャンセンター 508 号室 住所 〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台 2-1

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世界潮流

「アジアの邦人ディアスポラの目指す道」

日本キリスト教団深沢教会牧師 齋藤 篤 はじめに 私は 2012 年より 3 年間、ドイツ・ケルンにある「ケルン・ボン日本語キ リスト教会」牧師として、日本語による福音宣教に携わりました。その 意味で言えば、私はアジアにおける宣教の経験はありません。しかし、 海外において日本語を用いて宣教をする機会を与えられた者として、 標題について自分なりに思うことを綴りたいと思います。 そもそも「ディアスポラ」とは何か? 海外の地に住む邦人、もしくは帰国者クリスチャンに対して、「ディアスポラ」という言葉が用いら れるようになって久しくなりました。それらの方々を「離散の民」と位置づけて、彼らと福音のブリ ッジビルディングを行うことが、ディアスポラ伝道の果たすべき使命であることは、誰もが理解す るでしょう。実際に聖書においても、物理的な離散の民が終末への希望を持って、仮住まいの日々 を過ごしていることが描かれています(1 ペテ 1:1-9)。つまり、聖書に登場するディアスポラとは、 故郷を離れて暮らす仮住まいの身であると同時に、天国に向かう「地上を旅する、仮住まいとして の神の民」であることを示します。ディアスポラという言葉、またディアスポラと称される人々が、 「離散」という言葉に代表されるような、ネガティヴに捉えられるだけの存在ではないというのは、 大変興味深いことと言えます。 「ディアスポラ」とは誰か? 私たちがディアスポラのあり方や、ディアスポラ伝道を考える際に、聖書におけるディアスポラの モデルをイメージすることは、大変重要と言えます。「逆境の中を、神の国に向かって邁進する離散 の民」がディアスポラであると定義するならば、海外生活経験者という特化性にかかわらず、クリ スチャンという存在全てが、日々の生活のどこかでディアスポラ的な経験をしているのは間違い ありません。ですから、私たちがディアスポラを考え、そのための伝道を推進しようとする際に、海 外在住経験者に対する、「援助=非援助」という、従来の宣教モデルもさることながら、私たち全て がディアスポラであるという、「当事者同士の共生的視点」というモデルへの、宣教論的なパラダイ ムシフトが必要なのでしょう。そのための基盤となるのが、「主イエスの御心に生きる」という、非 常にシンプルな発想であり、そのために教会をはじめとする、私たちが毎日の生活の中で関わるさ まざまな要素(教育、ビジネス、科学、経済など)が阻害無く用いられることによって、今後のディア スポラの歩むべき道が定まっていくのでしょう。 アジアという土壌において 最後に、欧州というキリスト教の本場において、福音宣教に携わった者として思うのは、かつてユ ダヤ教文化に生きた者たちが異文化に触れたときに、福音が開花したように、非キリスト教国に生 きるクリスチャンこそが、爆発的な宣教を生み出すポテンシャルを十二分に秘めているというこ とです。つまり、アジア邦人ディアスポラとは、そのような人たちのことを指すのです。

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「21 世紀インドの転換点2」

「声なき者の友」の輪 カタリスト・柳沢 美登里 2015 年 12 月、安倍首相のインド訪問中、新幹線受注契 約というニュースが大きく流れた。インドのモディ首相 の出身地グジャラート州・州都アーメダバードとインド 最大の商業都市ムンバイを結ぶ新幹線を 2023 年には走 らせるというものだ。 このように大規模なビジネス・チャンスがある一方、人 口 30%以上が極貧の生活を強いられているインドで今、 この底辺の人々に直接、益となるビジネスがインド人第 一世代キリスト者によって始まっている。マイクロ融資 銀行だ。首都デリーでは、人口約 1800 万人のうち約 4 人に一人がスラムに暮らす。インドで貧困が解消しない 大きな原因の一つは、とてつもない高利を貪る私設高利 貸しからの借金が日常であるため、といわれる。デリー のスラムでは 1000 ルピーを借りると、最悪毎日 100 ルピーの利子を払わなければならない。そう でなくても年率 300~500%が相場だという。教育を受けられなかった人々は利息の計算ができな いため、暴利を貪られても言いなりだ。数か月で元金分以上を返しているにもかかわらず、地獄 のような返済が続く。法律上、高利貸しは禁止されているが、ほぼ野放しだ。 スラムの人々の包括的な回復のために必要なことは、借金から自由になり自営の機会が与えられ ることだと、キリスト者としてマイクロ融資銀行を始めた 40 代始めの S 氏は語る。2008 年のリ ーマン・ショックのとき、海外資金に依存する NGO では世界景気に左右されやすいと考え、2009 年から行政の認可を得るマイクロ融資銀行として事業を開始。2012 年には政府の認可を得た。通 常の銀行から年利 16~18%で融資を受け、スタッフや事務経費の運営費を上乗せし、2015 年には 年率 25.9%でスラムの人々に貸し付けている。さらに運営費用を下げて 20%前後の利率での貸付 けを目指していると話す。2015 年にはデリーのスラムの 5 万家族以上をカバーし、返済率は 97.5%。 2020 年までに 50 万家族をカバーするという大胆な計画を立てる。低利率で貸付け、人々の向上 心を捉えて包括的回復につながる知識と公正な機会を提供するという質の高い融資を行うことが 目標だ。すでに借金から解放され、都市だからこその小規模事業に成功して回復し始めた家族の 報告が数多くなされていた。複雑な身分制度や宗教による分断が社会変革の障害になるインドで、 スラムでのグループ活動では生活向上という目的が一致するため、カーストを超え、また、イス ラムとヒンズーという宗教を超えてお互いに受け入れあい始めている。 100 人を超えるキリスト者やそうでないスタッフたちには、変革のエージェントになるように聖 書の価値観を訓練し、実践してもらえる人事考課を考える。ビジネスこそ、人と地域変革の重要 な鍵と位置づける S 氏の話を聞きながら、この潮流の中で、インドに関わる機会を与えられたキ リスト者日本人のビジネスマンが、S 氏と同じような思いと戦略で関わっていただくことを祈ら ずにはいられない。この働きが、永遠に残る実となることを信じて。

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トピック

「サラリーマンからの転身」

関西聖書学院 川端 愛(いとし) 私は 1996 年から 18 年間ビジネスマンとして日夜仕事に励んでいま した。勤めていた会社の中国進出のプロジェクトメンバーとして、 2010 年から 2013 年まで 3 年半に亘り上海に駐在し、事業提携交渉、 現地法人設立、事業展開を行いました。 私は上海に遣わされる 5 年前、2005 年に結婚しました。結婚直後、 神様は私に 7 年後、あなたは牧師になると語られました。献身への思 いが与えられ、主から語られたことを妻に話し、主の御心がなるよう に心を合わせて祈りましたが、目に見える状況に変化はありませんで した。その後、息子が生まれ、娘が生まれ、年齢を重ね、会社でのポ ジションが上がり、仕事の責任、やりがいが増えていきました。 神様から語られた 5 年後の 2010 年、上海に赴任することになり上海 JCF へと導かれました。上海 JCF では地域毎に「ハウスチャーチ」があります。このハウスチャーチが始まったのは 2012 年 4 月 15 日ですが、この日は私の 40 回目の誕生日であり、神様に牧師になると語られた 7 年後でも ありました。 ハウスチャーチが始まる前日の土曜日、新納先生を始めとして、初代のハウスチャーチリーダー はミーティングの時を持っていました。ミーティングの中で新納先生は「あなたたちハウスチャ ーチリーダーは一つの群れを牧する牧者なのです。」と語られました。 神様から語られた通りの 7 年後、聖書で重要な意味を持つ 40 年という節目の時に、神様は新納先 生を通して御心を私に語られたのです。 私と妻は同年齢ですが、神様は私たち夫婦に「準備期間の 40 年は終わった。さあ、これからが本 番です」と語られました。 私は以前にも増して献身について祈り続けました。祈り続ける過程において、同年 12 月に現在、 私が学んでいる関西聖書学院の大田学院長夫妻と上海で お会いしたことは、神様からの大きな導きでした。 翌 2013 年 4 月から半年間、ほぼ毎日、神様は献身しなさ いと語られ続けました。 何年間も祈ってきた献身につ いて、実際に召命を受けると私は怖気づきました。半年間、 神様に「私には無理です。御心で無いならばこの杯を取り 除いて下さい」と祈り続けましたが、神様は献身すること を語り続けられました。幼い子供が二人と新たに赤ん坊 が生まれてくるという状況の中で、大きな決断でしたが、 神様が語られた御言葉を信じ、信頼し、そして従いました。 私の人生を変えた要因は「神様に信頼し、神様に従う」ことでした。 2014 年 4 月より関西聖書学院で学びながら、2015 年 8 月より奈良市にて教会開拓を始めていま

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9 す。教会名は Jesus House Church と名付けました。

開拓前は家族以外、誰も来ないのではないかと心配し祈り続けましたが、子供達の友人や親御さ んたちが我が家に集まり、毎週 10 人前後で子供礼拝を中心とした交わりを持つことができていま す(我が家以外は全員ノンクリスチャンです)。

まだまだ始まったばかりの小さな教会です。神様の祝福が Jesus House Church にあるようにお祈 り頂ければ幸いです。

日本人に神様の愛(Good News)を伝えたい(在中国!?)

小学校教諭 山本 清夏 「日本よサラバ!」地元、新潟県の高校を卒業後(若き 18 歳)、大きな夢と期待をもって日本か ら去り、アメリカへ留学した。その夢は、言葉の壁にぶち当たり、崩れ去っていった。「英語がで きるようになりたい!友達が欲しい!!」そんな思いで教会へ駆け込んだ。 卒業した高校がキリスト教系のミッションスクールだったことが幸いして、留学直後から、教会 へ自ら行くことができた。「が、しかし・・・。そんな簡単に日本人は、神様なんて信じられませ んよね。」 簡単ではない日本人の私に、神様は高校時代から聖書を与えてくださり、私の教会のイメージを ぶち壊すような、教会・クリスチャン達の交わりに導かれた。 私が留学先で導かれた教会の場所はコーヒーショップ!?「誰が牧師だろう?讃美歌集は??プ ログラムは???」40 人くらいの小さな教会だったが、みんなのフォーカスは、牧師でも、ワー シップリーダーでも、礼拝の予定表でもなく、「JESUS!」イエス様一点に集中して、心から導か れた賛美をし、祈り、導かれた人(もちろん準備もしていたと思う)が前に出て御言葉から語っ ていた。 それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨 て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。」マタイ 16 章 24 節 「あなたの若き日に、あなたの創造者を覚えよ。」伝道者の書 12 章 1 節 心を尽くし、思いを尽くし、知性をしくし、力を尽くして神を愛する兄弟姉妹から、弟子訓練を 受け、10 代(ギリ)で全てを捨てて、イエス様に従う決意をし、バプテスマを受けることができ た。その後のアメリカでの留学生活は、弟子訓練の日々だったと思う。(もちろん勉強も頑張りま した!一応、大学院まで卒業しました!!ハレルヤ!) 「日本よサラバ!」と言って日本を飛び出した私でしたが、日本を愛するものと変えられ、「日本 人に神様の愛(福音)を伝えたい!」そんな思いで、今現在は小学校教諭として、海外!?中国?? で日本人の子供達に日本の教育を教えている。 「天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あな たがたの思いよりも高い。」イザヤ書 55 章 9 節

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10 日本人に神様のこと(福音)を伝えたい私が中国にいる理由 ① 私も海外でイエス様に出会ったので、海外にいる日本人の救いに期待をもっている。 ② 日本人の救いは日本人だけの重荷ではなく、特に近隣国のアジア全体で担っていく。 ③ 中国の人もイエス様に導いてしまおう!(日本人よりもこっちの方が上手くいっています。) 最後に私の救いのきっかけとなった大好きな聖書の箇所 「そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」ヨハネ 8 章 32 節 「自由すぎてすみません!(笑)」 キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ち壊し、ご自分の肉に おいて、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定からなり立っている戒めの律法な のです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現 するためであり、また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなので す。敵意は十字架によって葬り去られました。エぺソ 2 章 14~16 節 日❤中友好!次世代の大使達を育成中!

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「上田オンヌリ教会」

上田オンヌリ教会牧師 袴田 みき 「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。・・・この町には、わたしの民がたくさんいるから」 使徒 18:9-10 ハレルヤ 主の御名を賛美します。 10 年間の韓国生活を終えて、私は、昨年の 4 月に長野県上田市にある上田オンヌリ教会に派遣されて きました。 韓国オンヌリ教会は、ビジョン教会として、日本に七つの教会を建てましたが、上田オンヌリ 教会はその中の一つです。創立から 14 年が経っていますが、田舎ということもあって、日本のビジョン教 会の中では一番小さな教会です。現在、毎週 25 人ほどの聖徒たちが共に集まり、礼拝をささげています。 構成メンバーは、日本人、韓国人、中国人で、50 代、60 代が圧倒的な割合を占めています。前任の牧師 が韓国人であったこともあって、私が赴任した当時は韓国人の婦人たちが圧倒的な人数を占めていまし たが、少しずつ日本人が増えて、現在は日本人の壮年たちが一番多く集まっています。主を礼拝する人 数が増えることも恵みですが、もっと大切なことは、聖徒一人一人が成熟したイエス様の弟子となること です。小さなキリストとして、家庭や職場、地域で、うるわしい香りを放つ聖徒として成長することを願って います。 上田オンヌリ教会に来て 8 か月になりますが、この短い間にも、神様から様々な恵みをいただきました。 まず第一に、主に立ち返る方々を与えてくださいました。教会員のお母様が 93 歳で洗礼を受けることが できました。また、洗礼までには至りませんでしたが、イエス様を信じて、礼拝に続けて参加しているおら れる方々もおられます。今年は洗礼の恵みに多くの方々が与れることを願います。第二に、眠っていた クリスチャンたちの信仰がリバイバルされました。聖徒たちがみことばによって変えられていく姿を見るこ とができました。日本のリバイバルのためには、まず救われている1%にも満たない日本人クリスチャン と、日本に住む外国人クリスチャンの信仰が強められることが重要です。たとえ少人数であろうとも、一 人一人が真の主の弟子として証しするならば、日本は必ず変えられると信じます。 主が遣わしてくださった新しい地で、最近思わされていることがあります。それは礼拝する場所、仕える 場所は変わっても、主にある兄弟姉妹との関係、絆は変わらないということです。日本に戻ってからも、 ソウルのオンヌリ教会日本語礼拝部のメンバーたち、そして、私よりも先に日本に戻っていた聖徒たちと も頻繁に連絡を取り合い、お互いのために祈り合うことが許されています。ここでは一人で仕えています ので、このような兄弟姉妹の励ましと祈りは、私にとって大きな力となっています。礼拝堂から町を見渡 す度に、「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。・・・この町には、わたしの民がたくさんいる から」 というみことばが心に響いて きます。すでにこの町に、そして日本 に、備えられた主の民がいるのです。 このことを覚えて、主が置いてくださ ったこの地で、福音を語り続けていき たいと思います。お祈りください。 就任式(左) 洗礼式(右)

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シンガポール JCF OB の集い

井上 英理子 私がシンガポール JCF で太田和功一先生から洗礼を受けたのは 1992 年 9 月でした。それから少し たった頃だったと思うのですが、一時帰国の時に、よちよち歩きの娘を連れお茶の水クリスチャ ンセンターで行われたシンガポール JCF の OB 会に参加した記憶があります。私が求道中に帰国さ れた江藤恵子姉にお会いして受洗の報告をしたことを覚えています。もしかしたら帰国された江 藤姉たちがシンガポール JCF の OB 会を始めてくださったのではないかと思います。 我が家はその後 1995 年にシンガポールからバンコクへ、1999 年に香港、2003 年にジャカルタに 転勤し、2009 年に日本に帰国しました。久しぶりの日本での生活に家族一同がようやく落ち着い た頃、幹事の方からご連絡を頂いて参加したのは 2011 年 5 月 28 日(土)の OB 会です。その日は 久しぶりに江藤姉や牧野直之先生・伊豆先生ご夫妻にも再会。変わらずにお元気な牧野直之先生 の礼拝説教でした。実はその当時、主人が病気で入院してかなり深刻な状況だと伊豆先生にお話 しして会場のすみでお祈りして頂き、シンガポール時代の懐かしい兄弟姉妹との再会も楽しく、 元気を頂いたことを思い出します。(その後、主人は回復して元気になりました。) それ以降は毎年参加させて頂いています。 2012 年の OB 会は 6 月 2 日(土)で礼拝説教はシンガポールで受洗され帰国後に献身された江藤 博久先生でした。 2013 年は 6 月 1 日(土)、礼拝説教は北野耕一先生でした。 OB 会の後半にはフェローシップタイム(交わりの時)があります。そこで初めてお会いした OB の 姉妹と話しているうちに、その方はかつてシンガポールで、私はジャカルタで大変お世話になっ た後藤公子先生の思い出で盛り上がり楽しくお交わりをしたのですが、その翌年 2014 年 6 月 7 日 (土)の OB 会の礼拝説教は後藤公子先生でした。再会を感謝し、お元気でいつも変わらずに主の ために働いていらっしゃる後藤先生のお話から力を頂きました。 昨年の OB 会は 6 月 6 日(土)で礼拝説教は太田和功一先生でした。太田和先生には求道中から受 洗・入会後も色々とご迷惑をおかけしました。受洗準備の学びで疑問や怒りをぶつけて訳のわか らない質問をした恥ずかしい記憶、献児式の最初から最後まで大声で泣き喚いた娘が先生を驚か

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13 せ困らせたこと、主人に伝道したいあまりに夫婦喧嘩になって大失敗、泣きそうな私に的確なア ドバイスを頂いたこと、娘の育児が思い通りにならず怒り心頭の私に塩子姉が助け舟を出してく ださった思い出など、太田和先生ご夫妻にお会いするのはさすがの図々しい私でもちょっと勇気 がいる気がするのですが、会場で先生ご夫妻のやさしい笑顔に再会した瞬間に心配はどこかへ飛 んで行ってしまいました。また当時大変お世話になった津島秋良兄・和子姉・元議長ご夫妻をは じめ多くの兄弟姉妹の方々にも久しぶりにお会いすることができました。 私にとって、シンガポール JCF の OB の集いは懐かしい方々とお会いする同窓会のようなものです が、後半の楽しい交わり会の前に礼拝が行われ主のみことばが取り次がれることは、単なる同窓 会ではない、JCF の OB 会にとっては欠かせないことだと感じています。私は帰国後、東京 JCF と いう教会で礼拝や祈祷会を守っていますが、シンガポールで信仰を持った私にとって、シンガポ ール JCF の OB の方々と一緒に礼拝を守る時、大いなる主の不思議な導きによってかの地で信仰を 持つことができたことに感謝の思いがあふれます。身が引き締まる思いにもさせられます。初心 に帰り、更なる喜びと力を頂きます。海外各地の JCF や日本語教会で信仰を持って帰国した方々 のなかに、日本で教会に行くのをやめてしまう方の話を聞くことがあります。そのような方々が OB 会に参加して、信仰の決心をした時のこと、海外で信仰に燃えていた時のことを思い出すきっ かけとして、何よりもみことばによって励まされ力を頂き、信仰に立ち返ることができるように、 神様が OB 会を用いてくださるとすれば、それはすばらしいことだと思っています。 もうひとつ、毎回の OB 会で楽しみにしていることは、シンガポール JCF の教会員である兄弟姉妹 がはるばる参加されて、私達 OB に現在のシンガポール JCF の様子を報告してくださることです。 昨年は 40 周年ということもあり、チョン加代子先生、井上慎吾議長、吉川求兄が出席してくださ り、松本章宏先生・正子姉ご夫妻を中心として多くの兄弟姉妹が熱心に励んでおられる教会の活 動を知ることができました。 これからも毎年の OB の集いを楽しみにして参加したいと願っています。最後になりましたが、そ の毎年の OB 会開催のために熱心にご奉仕してくださっている幹事の兄弟姉妹に心から感謝いた します。 チョン加代子先生(左から 2 人目)と OB の方々

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<新連載>

「ソウル JCF の足跡」(1)

ソウル JCF 牧師

朴 ダニエル 2008 年 3 月、私たちの「日本ビジョン教会」は韓国ソウルに誕生しました。神の恵みによって創 立してから、早くも 8 年の歳月が経過しました。その間、数多くの神の恵みを経験しました。現 在私は、宣教師として韓国・ソウルにおいて開拓伝道をしています。そして教会では牧師として、 主にお仕えしています。私は日本で 20 年余り生活をし、会社経営しながらクリスチャンとして過 ごしました。日本の多くの皆さんの愛と助けを受け、2 人の娘は日本の大学を卒業しました。この ような恵みと愛、そして日々の生活の中で生まれた神の恵みは、今の私の宣教現場において大き な役割を果たしています。 大変残念ながら、現在の日韓関係は最も悪い時期であると思います。しかし宣教というのは、人 がするものではないと考えます。それは、人を介しての神のお働きです。宣教師は神の僕として 神のみことばを宣べ伝えますが、宣教師を支える人々も同じく主の働きに参与するものです。そ してその両方は神の国の働き人として、祝福を受けるものです。この原稿は、日本ビジョン教会 の礼拝リーダーである山田宜寛執事と共に書いています。近くて遠い国である日韓の社会・政治・ 文化を考え、日本人への宣教と、日本と韓国の教会の霊的架け橋の使命を担い進んでいきたく祈 っています。私はこれから、在韓邦人伝道の展望と希望について記述したいと思います。 日本ビジョン教会のビジョンと使命 ソウル市内にある私たちの教会看板は、日本語で「日本ビジョン教会」と掲げられています。私 はその看板を見るたびに、韓国内にある数万の教会のうちの一つではなく、日本のために、日本 人のために祈りを捧げる教会です。「それが私たちの教会だ!」と強く感じています。私たちの教 会週報のはじめには、次のような教会ビジョンが明記してあります。 日本ビジョン教会は、在韓日本人宣教と日韓教会の霊的架け橋のための超教派共同体です。私た ちは、4 段階のビジョンと使命を持ってスタートしました。第 1 段階は、在韓邦人ビジネスマンと その家族、及び邦人留学生への伝道を通して、日本人教会を建て上げることです。第 2 段階は、 日韓の霊的架け橋となり、訪韓する邦人クリスチャンや牧会者の活動の基地となることです。第 3 段階は、韓国をはじめ、世界に駐在する邦人を救いに導き、彼らを訓練し宣教師として日本に派 遣することです。そして第4段階は、海外の韓国人教会と協力し,現地邦人にキリストの福音を伝 え、日本語礼拝部開設をめざすことです。 日本ビジョン教会は、開拓礼拝を捧げてから日が浅く、まだまだ弱く、未熟な教会です。しかし 神の恵みにより、30 名ほどの聖徒と共に少しずつ前進しています。 日本ビジョン教会は、三位一 体の神を信じています。神は三つの人格をお持ちですが、神は一つです。その三人格を持つ神か らアイデアを受け、一つの身体でありながら、三つの働きに対する使命が与えられています。 その第一の使命は、キリストのからだである教会です。全ての働きの中心は、霊的原動力である

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礼拝にあります。礼拝のうち、韓国語礼拝は、霊的養育に対する教会礼拝として位置づけ、日本 語礼拝は、ソウル JCF (Seoul Japanese Christian Fellowship)という位置づけです。第二の使 命は、ビジネスと生き方です。私たちは、「Business as Mission」(ミッションとしてのビジネス) という考えによって、実際のビジネスライフの中で, キリスト者の生き方を実践していくことで す。現在、私たちは「ビジネス・アカデミー」と「ビジネス・ランチタイム」という集まりを持っ ています。ここでは、実業家や企業家がお互いに交流しながら助け合っています。また、「JVC」 (ジャパン・ビジョン・コミュニテイー)という協同体を作り、聖徒と会社を結びつけ、質の高 い仕事をしています。現在、「JVC 文化教室」をオープン致しました。ここでは、日本語と中国語 を学ぶ教室があり、毎日、30 名ほどの生徒さんが勉強しています。 第三の使命は、宣教です。教会と信仰の最高の価値は、宣教と伝道にあります。現在、ヨーロッ パと北アメリカ地域の日本人クリスチャンの集まりと、「アジア・ファミリーキャンプ」を開設し、 アジア地域の日本語教会の連合集会を企画しています。また、KoJaMA(コリア・ジャパニーズ・ミ ニストリー協力会)を作りました。これは、韓国にある日本人教会の牧会者が集まり、協力・交流 を目的として作られた 集会です。日本ビジョ ン共同体は、このよう に三つの働きを通し主 にお仕えしたく願って います。 (つづく)

宣教の声 2015 年 10

月 1 日(第 397 号)

より転載・許可済

朴ダニエル師(右)

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教会活動紹介

ジャカルタ日本語キリスト教会(JJCF)

牧師 田井 真聡 アジア宣教フォーラムのネットワークにつながる兄弟姉妹のみなさん、新年おめでとうございま す。昨年は私たちジャカルタ日本語キリスト教会(JJCF)の働きのためにお祈りくださりありが とうございました。今年もまたアジアにある日本語教会の輪の中で共に祈り支え合って主の働き を進めて行ければと願っておりますので、何卒よろしくお願い申し上げます。 近年、日本企業の進出に伴い、インドネシアには、特にジャカルタ及びジャカルタ近郊を中心に 数多くの日本人が在住するようになりました。日本人コミュニティーの構成員も多様になり、家 族連れの駐在や単身赴任や独身の方々が男女関わらず働いています。また、留学されている学生 の方やこちらの方と結婚されて在住されている方々も多く見られます。その様な日本人コミュニ ティー内の傾向を反映してか、当教会に集われる方々の年齢やバックグラウンドや置かれている 状況も多種多様になってきました。 JJCF の歴史を見ても、今の教会の様子は老若男女非常にバランスよく、多様性の中にあっても主 にあっての一致が実に良く保たれている大いなる恵みの時代ではないかと思います。これもこれ までの JJCF に集われてきた兄弟姉妹や先生方の祈りと献身の積み重ねに現代の時流が上手く混 ぜ合わされて可能になっていることだと思います。もちろん、そこにはすべてをひとつにまとめ てくださる主なる神の御手があるということを認識し、主の栄光ある御名を褒め称えたいと思っ ております。 主の御名を褒め称え、主の良き知らせを宣べ伝えて行くという働きに従事してゆく中で私たちは 昨年子どもたちや家族への伝道を中心に動いてきました。教会学校の子どもたちへ憩いの場を提 供するという目的で始まったサタデーギャザリング(その名の通りに土曜日に定期的に集まりま した)では、みことばのワンポイントメッセージやフットサルやゲーム、映画鑑賞などの様々な 活動を通して、教会に集う信仰を持った子どもたちが、伝道などのプレッシャー抜きに楽しみ、 お互いの関係を深めるための時間を持てま した。 また、毎週金曜日に教会のご婦人たちが中心 になり活動をしている親子広場では、三カ月 の赤ちゃんから五歳くらいまでの子どもた ちとそのお母さんたちを対象とした集まり をしました。現在十名以上の参加者があり、 その内のほとんどは未信者の家族であると いう点では、非常に良き伝道の機会となって います。みなさん、ここはキリスト教会の主 催の集まりであるということを理解しつつも喜んで毎週きてくださり、この世の華やかさや洗練 された幼児プログラムとはまた違う愛に溢れたこの場の空気を楽しんでくださっているようです。

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17 また、昨年は、クリスマス伝道として、ファミリークリスマス会を教会近くのホテルで開催しま したが、手作りの素朴で温かいクリスマス会にたくさんのご家族やジャカルタ在住の日本人の 方々が来てくださいました。この新しい年も何かこう静かで、温かく、愛に溢れた活動というの を地道に続けて行きたいと思いました。

スラバヤ日本語キリスト集会(SJCF)

上野 直子 インドネシア第二の都市ここスラバヤには、企業関係者を始め約 550 人の在留邦人が生活してい ます。インドネシア共和国は世界で最もイスラム教人口が多い国に挙げられ、国民の 9 割がイス ラム教徒という環境の中、スラバヤ日本語キリスト集会(SJCF)は神の恵みにより守られ、日本 人と日本語が堪能なインドネシア人兄弟姉妹の日本語クリスチャン・フェロシップとして根付き、 毎月一回の日本語礼拝は今日も継続しています。 スラバヤ JCF の設立は御霊の働きが大きく関わり、一枚の写真から始まります。それは第二次大 戦前に撮影されたもので正装した紳士・淑女総勢 150 人のスラバヤ日本語教会員の集合写真でし た。戦前この街は天然良港であったこともあり、邦人商人が多く渡ってきて日本人商店街もあっ たほど栄えていたと聞きます。写真は、1994 年スラバヤ日系企業に勤務されていた方がジャカル タ出張時たまたま立ち寄った図書室で発見したものですが、日本人のクリスチャンは立派で誇ら しく思うと同時にその人数の多さに大きな刺激を受けたそうです。1994 年のスラバヤ邦人社会は 乱れ人々の噂で充満し、教会が必要と望んだ矢先の話でした。その頃、当時マラン(スラバヤか ら 3 時間ほど離れた郊外)に住んでいた宣教師のもとに、スラバヤにクリスチャンがいるので礼 拝が持てないかと別の宣教師から依頼がありました。マランの宣教師は時間的にも物理的にも困 難でしたが、「彼らが羊飼いのいない羊のようであるのを深くあわれみ…」(マルコ 6:34)と、イ エス様の姿が心に描かれ、クリスマス礼拝だけとの約束で年末にはスラバヤの個人宅にて礼拝が 実現されました。その後、クリスマス礼拝に出席していた先の写真を見た兄弟の励ましが加わり、 ついに翌年からは毎月一度スラバヤで礼拝が持たれるようになったとのことです。聖書や賛美歌

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18 を企業の書類に混ぜて持ち込む等、先代メンバーや宣教師のご苦労があったことがうかがわれま す。このような主の導きとその後も多くの宣教師の奉仕支援があったからこそ 20 年以上経った今 もこの地で日本語礼拝が続けられている事を覚え、神様に感謝すると共に主のために何ができる かと信仰の使命を感じます。 現在スラバヤ JCF は、ジャカルタ日本語教会の姉妹教会として繋がっており、牧師先生が出張さ れて礼拝を行うこともありますが、通常は当地の邦人宣教師の先生にご奉仕の合間特別に礼拝を お願いして行っています。礼拝が持たれない場合はジャカルタ日本語教会からの礼拝 CD などを通 して意見交換をする機会なども設けています。月一回の集会には、10~15 の人が訪れます。また 毎 月 の 礼 拝 に 併 せ バ イ ブ ル ス タ デ ィ を 行 っ て い ます。メンバーの 殆 ど は 地 元 教 会 の 日 曜 礼 拝 に 参 加していますが、 聖書の基礎を母国語で享受することで霊的な成長をより深める為です。フェロシップ内では SNS グループチャットを使い、礼拝案内、説教要約を掲載し参加できなかった人に共有したり、聖書 の質疑応答や意見交換も行っています。 今後の課題として、毎年一回以上の聖書通読を呼びかけ励まし合いながら行っていきたいと思い ます。また泊りがけのキャンプも現在計画中です。インドネシア語同時通訳も可能なので、日本 語があまり得意でない方の参加も歓迎しフォローアップします。当地ならではの個性的な日本語 キリスト集会として成長し、特に在留邦人に御言葉を広げるチャンネルとしてこれからも神様に 用いられますよう、どうかお祈りください。 2015 年クリスマス礼拝

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バリ JCF

バリ JCF の石渡加奈代(いしわたかなよ)と申します。 私は、インドネシア人の夫との結婚がきっかけでバリに住むことになり、気が付けば 13 年がたと うとしています。 インドネシアでは、基本的には結婚するためには夫婦同じ宗教でないと結婚できないという法律 があります(中にはイレギュラーなケースもあるようですが)。その為、インドネシアでは結婚を 機にクリスチャンになるという人も少なくありません。 という私は、23 歳の時に救われて、その後に結婚したので結婚がきっかけという訳ではありませ んが、バリ JCF に所属しているご婦人達の大半はそのような方々です。神様はどのような事をも 用いて、さまよう魂をご自分の元へと導いてくださいます。 現在バリ JCF は大人子供合わせて 20 名弱の婦人中心の集まりで、現時点においては無牧の状態で すが、このような小さな弱い群れを用いて、ゆっくりではありますが、一人一人の魂の救いの為 にお用い下さっております。これもひとえに、見える形・見えない形でご支援くださっている数 多くの方々の支えと祈りによるものである事を覚え、この場をお借りして心より感謝致します。 私がバリ JCF にかかわるようになったのは、11 年程前からです。それ以前より、バリ JCF は様々 な宣教師の方々のご支援・ご奉仕と、その当時参加されていた皆様の協力により続けてまいりま した。その間、数ヵ月間滞在してご奉仕下さり日本へ帰られるというお働きをしてくださってい た先生はおりましたが、専属牧師という方はずっといない状態が続いております。 現在は顧問として、アンテオケ宣教会の安海靖郎(あつみやすお)牧師とシンガポール JCF の松 本章宏(まつもとあきひろ)牧師が担って下さっております。 実質バリの責任を担って下さっているのは、牧会責任者を引き受けて下さっているジャカルタ JCF の田井真聡(たいなおあき)牧師がバリ JCF も兼任して下さり、年に 4 回ジャカルタ JCF からの 派遣としてのご奉仕と、ジャカルタにいらっしゃる時もメールと電話で私達の必要を満たして下 さっています。 (田井先生をはじめジャカルタ JCF の方々にも、多大なる支援と祈りを頂いておりますことをこ の場をお借りしてお礼申し上げます。) 資金の面でもほとんど蓄えがない状態でありますので、礼拝場所も現地教会を無償で使用させて 頂いています。 礼拝や集会に関しては、ジャカルタ JCF から田井先生がいらして下さる他に、顧問の先生方をは じめ、様々な地域から(主に日本から)日本人の先生や兄弟姉妹の方々が自費でいらして下さる ご厚意により、成り立っています。基本的には、先生がいらっしゃる時は礼拝や家庭集会を導い て頂いておりますが、それも月に 1 度あれば良い方なので、何もない時は信徒だけで月に 1 度ず つ、メッセージ会(ネット上で配信されているメッセージを聞いて分かち合う)・ハレルヤキッズ (子供集会)・オリーブの会(夫の為に祈る会)を定期的に開催し、何とか魂の糧を養っている次 第です。 私は日本での教会生活が約 2 年ちょっとありました。私の家族は、まず母と妹が教会へと導かれ、

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20 その後に私が救われました。父は数年前に洗礼を受けたばかりなので、私が日本で信仰生活をし ていた時はまだノンクリスチャンでしたが、教会やクリスチャンに対してとても良い印象があっ たので、教会に関わる事に何の支障もありませんでした。私の仕事もちょうど母の経営するエス ニックショップに転職したばかりでしたので、初めての私の信仰生活は教会中心で、言ってみれ ば真冬に温室で育てられている草花のようなものでした。 その流れでバリ島での生活に突入し、言葉もわからない異文化の中で、助けてくれる仲間もおら ず、拠り所もなく、本当に寂しい毎日でした。夫は勿論クリスチャンなので、言葉は全く分かり ませんでしたが、すがる思いで教会に通い賛美をし、心の中で祈り続けていました。 そんな中、ある日突然、当時関わって下さっていたバリ JCF の宣教師の方からお電話を頂き、そ れがきっかけとなってバリ JCF と繋がる事ができました。現在に至るまで、紆余曲折様々な試練 も通らされましたが、それ以上に主の恵みと力を体験させて頂く事が出来ました。その体験が出 来たのは、自分がどんなに苦しくても、ただ神様を見上げる他に逃れの道がなかったからだと思 っています。 日本にいたら、すぐそこには教会があり、牧師がいて兄弟姉妹がいて、母国語で何の問題もなく 交わり学び祈り合えました。気軽に電話して会う事の出来る気心知れた友達もいる。具合の悪い 時やしんどい時にすぐに頼れる家族や支援団体がある。暇な時は、テレビをつければ気を紛らす ことの出来るテレビ番組もあるし、欲しい物もすぐ手に入るし、行きたい時に行きたい所へ行け る。その当時のバリでの私には、そんな環境は全く整っていませんでした。だからこそ、神様と の距離を縮めることができ、御言葉から真の励ましを体験出来たと感じています。海外で生活し ている人が、クリスチャンに導かれることが多いのは、きっとこのような要因も手伝っていると 思います。 だからこそ、私はこのバリ島で唯一存在する日本語で聖書を学び賛美し礼拝できる、聖書を基準 として母国語で同じ価値観で交われる、このバリ JCF を守っていきたいと心から願っていますし、 何度も消えかけたこの群れを守って下さっている神様の御心でもあると思っています。 インドネシア在住の日本人は約 1 万 1 千人以上、その中でバリ島在住の日本人は約 2 千人である といわれています。以前に比べたら、日本から移住されている日本人の方も沢山見かけるように なり、現在ではその人数も増加し続けていると思います。 宗教に関係なく、様々な環境の中で様々な想いを背負いながら生活されている方も多く見かけま す。そのような日本人の皆さんに向けて、バリ JCF から神様の愛と平安を発信し続けていきたい と切に願い、現在も奉仕活動を続けている次第であります。私達の集まりを保証してくれるバッ クアップは何もありません。でも私達は、私達自身の信仰の為に、周囲に存在する数多くの迷え る魂の為に、この集まりを必死で守り、与えられた新しい魂と子供達に福音を伝承し続けていき たいと頑張っています。 私達には何もありません。 ただ唯一あるもの、それは、今まで私達を守り導いてくださったイエス様がいらっしゃること、 そして今もこれからもそのイエス様と歩み続けたいと願う気持ちがあること。その信じる信仰の ゆえに、これからもバリ JCF に与えられた家族とともに、主の御心を行っていきたいです。

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21 バリへお立ち寄りの際は、是非ご連絡ください。 皆様といつの日かお会いできることを、主にあって期待しつつ、皆様の上にさらなる主の力と恵 みが注がれますように。 バリ島より祈りを込めて。 高橋めぐみ先生をお迎えして

上海 JCF

議長 堀 高士 2016 年の年頭に上海 JCF の活動を報告させて頂くチャンスを頂戴し、感謝致します。 上海 JCF は今年 2016 年で発足 10 周年を迎えることとなりました。その歩みと、活動を紹介させ て頂きたいと思います。 ■上海 JCF の歴史  2006 年 12 月、上海の駐在員であった小野村一博、愛子夫妻の要請により、新納真司、玉皇 牧師が視察の為に訪中。その後、上海に日本語教会を開拓する召命を受けました。  2007 年 2 月 25 日に徐家汇尊園の小野村宅で初の日本語礼拝をもちました。  2008 年 6 月 1 日より上海オンヌリ教会(宜山路 1888 号瑞特ホテル 5 階)の厚意により礼 拝堂を借りての日本語礼拝をスタートさせました。  2012 年 9 月より地域(ハウスチャーチ)リーダー会による運営体制とし、2014 年 3 月より 議長、副議長制に移行しました。  2015 年 4 月より新納牧師の蘇州地区伝道拠点となる蘇州オフィスの支援を開始しました。  2015 年 5 月、上海オンヌリ教会の転居に伴い、礼拝場所を現在の漕宝路勇衛商務大廈に移 転致しました。(陸の孤島と思われたこの地も、年末には地下鉄 12 号線が開通し、駅から 徒歩 5 分の好条件に変わりました) ■上海 JCF の活動 短期滞在者を含め 10 万人以上の日本人が滞在しているといわれている中国最大の都市上海(常住

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22 人口 2340 万人)で、常任の牧師を有する日本語教会、それが上海 JCF です。会員登録者人数は 45 と小規模ながら、毎週日曜日 15 時より礼拝を守ると共に、地域毎のハウスチャーチ、婦人会、社 会人男性の集い“ソロモンの会”等、主にあるセル活動を活発に展開しています。 ここ中国では、反政府活動とされない限り外国人の宗教活動が取締りの対象になることはありま せんが、微妙な領域であることは間違いなく、表立って教会活動をトラクトや広報誌を用いてお 知らせすることは出来ません。(外国人による対中国人宣教は法律にて禁止されています) この様な環境においても、開かれた教会を目指し、多くの活動が教会メンバーの手によって繰り 広げられております。婦人家庭集会は、毎週上海の西地区(浦西)、東地区(浦東)で開催され、 未信者や日曜礼拝に出席できないクリスチャンの受け皿となっています。また、小さなお子さん を連れて上海生活を送るお母さん方の為の“リリーズ”、そして東日本大震災を機に発足したボラ ンティアグループ“たんぽぽ”は手芸品の販売益を震災復興の為に捧げるなど、広く未信者の方 々の賛同も得た活動として定着してきております。 ■これからの上海 JCF 永住邦人がいらっしゃり、現地の方々を受入れることの出来る他の日本語教会と異なり、上海 JCF は、駐在員家族中心の為、人の出入りが激しい教会の一つです。10 周年を迎えた今年、この上海 JCF をどのような教会にしていくべきか、考える機会を与えられております。 先に述べました通り、中国国内の宣教には様々な制約がありますが、多くの宣教師の方々が地方 都市で主の命を受けた活動を行っていらっしゃることも事実です。主から多くの日本人クリスチ ャンや、主を高らかに讃美することの出来る礼拝堂などたくさんの恵みを頂いている私ども上海 JCF が、他地域での宣教の為に何が出来るのかも、祈り続けていきたいと思っています。

上海

JCF

礼拝場所: 上海市漕宝路1243 号 3 層 388 室 勇衛商務大廈 (国美電器 3 階) 上海JCF オフィス:上海市安順路 77 弄 14 号楼 1302 室 新華公寓 TEL:+86-186-1687-1392(新納真司師携帯) 上海JCF ウェブサイト http://shjcf.org/ 上海で暮らす☆生活便利帳 http://blog.shjcf.org/ たんぽぽ http://ameblo.jp/tanpopo-jcf/ 蘇州オフィス: 蘇州新区獅山路75 号 1401 室 獅山峰汇大廈

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BICF 日本語キリスト教会

牧師 工藤 浩誠 主の御名を賛美します。 ◆ 10:20:35 周年記念 北京に国際教会が誕生し 35 年、同教会 に日本語を解するグループ(BJF)が創 設されて 20 年、そして、日本語教会と して再出発し 10 年、昨年は私たちにと りまして記念すべき恵みの年となりま した。神様に遣わされ北京に赴いた学 生、ビジネスピープル、ご婦人、そして 宣教師の方々が、時代毎にリーダーと して立ち上がり、激変の中国にあって「首都北京の地に日本語教会を」とのビジョンのために祈 り、労し、今日まで集まりを保つことができています。 ◆ 使命 私たちの働きの基本的方向性は 3 つあります。一つ目は、邦人伝道の働きです。日本語による礼 拝を中心に婦人会(ぶどうの木)、学生会、キッズ、メンズの働きがあります。昨年は、北京西側 の大学密集エリアで、学生会はじめ毎週集会を持つことができ感謝しています。二つ目は、日中 間における和解の使者としての働きです。昨年は、戦後 70 年でしたので特に祈りに覚えてまいり ました。その中で「日本のため に祈る」運動が、現地教会で広 がり始めています。「日本の 方々を神様の無条件の愛で、受 け入れ、愛します」と祈りを捧 げておられるのです。最後に、 LRPG(UUPG)1の働きです。未伝 道民族への働きかけです。宣教 地における教会として、宣教的 な教会であることを目指しています。 子供クリスマス会 Kosei Kudo

Japanese Christ Church Pastor and 21st Church Elder Beijing International

Christian Fellowship - BICF

Email : [email protected]

Mobile : (+86)18611121050

Phone : 010-84543468

Website: www.hfj.com/bjcc/

www.bicf.org

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シンガポール JCF

2015 年の子どもと大人のクリスマス礼拝

チョン加代子 SJCF(シンガポール日本語キリスト教会)の 2015 年は、2 月にシンガポールで開催されたアジア 日本語教会ファミリーキャンプを皮切りに、4 月にはグッドフライデイー礼拝、そして子供と大 人のイースター礼拝、ナイト de ライトのコンサート、8 月は 3 日間のサマースクール、10 月は SJCF 創立 40 周年記念礼拝&祝賀会、12 月は初めての試みである ABC 東京バレエ団によるクリス マスバレエコンサート、子どもと大人のクリスマス礼拝、そして 12 月 25 日のキャンドルサービ スで大きな行事は幕を閉じました。 どのプログラムも祝福され、多くの方達に直接&間接的に福音を伝える機会に恵まれ、あっとい う間に充実した楽しい 1 年が過ぎました。 その中で今回は特に 12 月に持たれた“子どもと大人のクリスマス礼拝”についてご報告したいと 思います。“子どもと大人のクリスマス礼拝”は、サマースクールと同じく SJCF 教会学校の大き なイベントです。プログラムの内容は、第一部が“礼拝の時”。聖書朗読、賛美、そして教会学校 の子ども達による生誕劇、松本牧師による クリスマスメッセージ、献金、祝祷、アナ ウンスで休憩の時間。 第二部が“お楽しみの時”。 賛美で始まり、リクレーションタイム。ジ ャンケンによるシール交換“ジャンケンシ ール大会”、松本牧師のメッセージに関す るクイズの時間“クイズ大会”、それが終わ ると来会した子ども達の待望の時間“プレ ゼント配布”。 子ども達が一人ひとり前に出てきて中高生が手渡すプレゼントを受け取ると第 2 部は終了。 次はフェローシップタイム。用意されたお茶菓子を囲んで、会員と来会者の方達との歓談の時を 持ってプログラムは終了。 ここ数年、大体このようにプログラムは進められてきました。しかし今年は、いくつかの点で新 しい試みをしました。 第一は、毎年一人でも多くの子ども達に参加してもらう為にバスを用意していたが、今年は、そ れを止めることにした。バスを用意すると小学生の父兄は、参加しない場合が多く、是非、父兄 にも参加してもらい、クリスマスの意味を知って頂きたい。小学生の参加人数は減るかもしれな いが、今年は、(勇気をだして?)バスを用意しないことにした。しかし、ふたを開けてみると 89 名の子ども達&53 名の父兄が参加され、その日の礼拝者は 220 名ほどになった。家族連れが多か った為、和やかな雰囲気の礼拝になった。 第二は、生誕劇をする場合、いつもステージが低い為に後ろに座っている人達が生誕劇の様子が

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25 よく見えない。そこでビデオを使って生誕劇をスクリーンに映し出し、生誕劇の生中継を試みた。 初めての事なので機械がうまく作動するかヒヤヒヤしたが、最後列の人達にも良く見て頂けて好 評だった。 第三は、フェローシップタイムの改善。来会者を歓迎できる雰囲気を作ろうと、16 のテーブルを フェローシップ用の場所に並べ、各テーブルにお茶菓子&ドリンクを用意し、テーブルごとに教 会員が配置されて、来会者に声掛けして交わりの時を持てるように配慮。楽しい暖かい雰囲気が そこに生まれた。 第四は、クリスマス礼拝記念写真コーナーを設置した。 生誕劇の風景をバックに希望される家族や 子供たちの写真を撮り、それを後日、教会か らメールで配信。これも写真を受信された 方達から大変喜んで頂けた。 新しい試みがなされると意見の衝突も生ま れ、多くの準備がかかり、人手も要る。しか し、教会学校の吉川校長のリーダーシップ のもとに、この新しい試みが実行に移され、 福音がまっすぐに松本牧師を通して語られ つつ、和気あいあいとした楽しい子どもと 大人のクリスマス礼拝が持たれた。“虎穴に入らずんば虎子を得ず。” この試みを祝福して下さった主に感謝を捧げつつ、、、

カベナントチャペル日本人教会

韓国での宣教二十八年

カベナントチャペル日本人教会牧師 アンテオケ宣教会宣教師 三輪 修男 今年は、私の韓国宣教 28 年目の年である。また、開拓したカベナントチ ャペル日本人教会は、創立 22 周年を迎える。過ぎ去った数十年を振り返 り、アルバムを広げて写真を眺めていたら家内が急に泣き出した。写真 の一枚一枚を見ている時、多くの苦労が思いだされ、万感胸に迫ったの だろう。 最初は神学生の身分での個人伝道と家庭集会であった。そこに次々に 人々が集まって核ができた。次は、オンヌリ教会日本語礼拝の牧師としての働きであった。まだ、日本宣 教について韓国では未知の分野の働きに踏み出した。さらに、白石文化大学での教授をしながら伝道が 続いた。そして、2 年前からは、宗教ビザをもらって新しい身分での働きが始まった。それぞれの働きに

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26 は、それぞれの戸惑いと困難があったが、何とか乗り越えてここまでこられた。 人生は、山越え、谷越えの連続である。平坦な道は期待できない。“あの人はお嬢様で苦労知らず”と思 われた人が、人知れぬ苦しみで自殺する例もある。病気、死別、裏切り、失職など、人は必ず予期せぬ 苦難の経験をする。これらの試練は乗り越えることが大切である。試練をさけて横道にそれたり、試練の 無かった昔を懐かしんだりしていてはいけない。神を信じる者には、神が共に歩んでくださるから、それ に耐え忍ばねばならない。必ず神は丁度良い時に脱出させてくださる。 今年の私の働き(教会の目標)は、信仰の訓練に専念する働きである。自分が伝道する時代は収束した ので、会員が伝道できるように訓練する仕事をしたい。山本五十六が次のように言ったという。「教育と は、自分でやって見せ、人にやらせてみて誉めることである。」しかし、人に仕事を任せるのは難しい。大 失敗と表裏一体だからである。なぜなら、人というのは仕事を任され、それなりの役に付くと変わるから である。最初は、張り切って真面目に仕事をしていたのに、いつの間にか偉そうなことを言うし、時には 言う事を聞かずに反対もする。夏目漱石の『心』にあるように、任した先生の頭を踏みつけて進んでいく 弟子もいる。イエス様も12弟子を選んだが、ほとんどの弟子は期待を裏切った。イスカリオテのユダは、 金でイエスを売ってしまったのである。これが、人間であり、人間社会と言うものであろう。 それでも教会の発展と成長のために、牧師は伝道を人に任せなければならない。そのために、まず一緒 に伝道することである。そして、慣れたら少しずつ任せるようにしたい。 昨年も、教会に赤ちゃんが 2 名誕生した。今年は合計 10 名くらいの子供達を、親と教会で一緒に聖書を 教えることになる。 また、家庭の主婦に対しても、一対一で聖書の教理をゆっくりと伝えるつもりである。歩の鈍い働きであ るが、身の丈にあった伝道を続けたいと思っている。(2016 年 1 月) クリスマスの発表 子供のクリスマスパーティー

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バンコク日本語キリスト教会(BJCC)

牧師 中岡和彦・直美 主のみ名を賛美いたします。 昨年、BJCCは創立50周年を祝い、2015年は創立51年目の年となりました。 2015年の歩みを総括すると、大きく3つ挙げることができます。ひとつは、主の大宣教命令(マ タイ28:19~20)に従って、福音宣教のために引き続き励んだことです。バンコクでの各伝道活 動に加え、日本人が多く住む東部のチョンブリ県シラチャでの伝道も継続しました。月2回ほ ど、牧師が車で片道2時間ほどかけてシラチャに赴き、25名ほどの未信者の方で構成するゴスペ ルサークルを通して福音を伝えています。まだまだ種まきの活動ではありますが、まだ日本語教 会のないシラチャの地で福音を告げ知らせることが、主からいただいた教会の使命と信じ、活動 しています。どうぞ引き続き、救われる魂のためにお祈りください。 ふたつ目は、教会学校の働きです。私たちは、主の愛された子どもたちへの伝道を、教会の大き な使命と考えています(マタイ19:13~15)。 そのために、クリスチャンホームでない子どもた ちも、安全に子どもだけで教会学校に来ることができるよう、バス会社と契約し、教会学校への 送迎バスサービスを行っています。子どもや子ども連れのご家族が安心して通える教会を目指 し、そのためにできることを常に考えています。2015年には教会学校の中から、自らの口で信仰 を告白し、洗礼を受ける子どもも与えられました。また、ノン・クリスチャンホームから教会学 校に通っている1人の中学生が、「日本に帰国してからも教会に行き続けたい。自分には教会が 必要なんだ」と両親に願い出て、現在、ミッション系の学校に進学する道を模索しているとご両 親から聞きました。主の愛に触れ、主を信じる者、主に従おうとする者を、教会学校の中からも 主が起こしてくださいました。私たちの働きは小さいものですが、子どもたちの心にまかれた福 音の種を、主が成長させてくださっていることを覚え、主のみ名を賛美します。

参照

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