経済と経営 50‒1・2(2020.3)
〈研究ノート〉
日本企業の品質不正と日本的経営の変容
汪 志 平
1 はじめに
2017 年秋,日本を代表するモノ作り企業(神戸製鋼所,三菱マテリアル,東レ,日産自動車など) の品質不正が相次ぎ発覚した。高い品質と信頼をベースとする Made in Japan への評価が,根底か ら揺らいでいる。 モノ作りを軸とする日本的経営は,かつて高度経済成長の推進役として,内外の注目と評価を集 めた。そして,それを定式化した「日本的経営」論は,大企業を中心とする日本企業の強みに焦点 を当てたものであった。 日本経済が低成長へ転じ,長期低迷するに伴い,企業不祥事が相次いで顕在化し,日本社会に深 い影を落としている。まさに光と影・明と暗をなすのが,日本的経営論と企業不祥事論である。本 稿は両者を統合して,そのダイナミックな関係を捉え直してみたい。 2 企業不祥事と品質不正 不祥事とは何か。『広辞苑』によると,「関係者にとって不名誉で好ましくない事柄・事件」との こと,英語では scandal という表現が使われる。つまり,倫理的,道徳的または法的に間違ってい ると考えられ,かつ社会を震撼させ憤慨させるような行動または出来事である。 一方,企業不正は,違法がメインとなすが,法の網を掻い潜って行われる反倫理的・反道徳的な 活動なども含まれる。不正について,資産の不正流用,汚職,不正な報告に大別している。不正な 報告には,財務的なものと非財務的なものがあり,品質データ改竄などは後者に該当する。品質不 正には,検査データの改竄,ルールと異なる不適切な検査や未検査によるデータの捏造が多い。 2014 年 1 月~ 2017 年 6 月の上場企業によって公開された調査報告書 120 件中,最多の 43 件は 不正会計,32 件は会社資産の不正流用である。品質偽装などの意図的なコンプライアンス違反は 15 件である。 2017 年秋からの相次ぐ品質不正の発覚は,内外に大きな衝撃を与えた。大手製造業による品質 管理に関わるデータ不正の不祥事が相次いだのが特徴である。2017 年企業不祥事ワースト 10(日 本経営倫理士協会のアンケート)のトップに選ばれたのは,神戸製鋼所の検査データ改竄であった。 ワースト 10 の第 2 位に選ばれたのは,日産自動車ほか大手自動車数社の無資格検査員による安全 検査である。2017 年 10 月 17 日の BBC ニュースは,「日本企業に一体何が起こっているのか」,「日本は長い間, 誠実さ・確実な品質・製品の信頼性において,輝ける手本になっていたはず」と問いかける。 日本製品は品質の高さから,日本ブランドとして広く定評を得てきた中,国際的にその評判が大 きく傷ついた事態であった。また,組織ぐるみで長年にわたり行われていた不正に対し,日本の大 手製造業のマネジメントの在り方にも不信感が広がっている。 3 素材メーカーの品質不正 2017 年秋,神戸製鋼所を皮切りに,非鉄金属大手の三菱マテリアルの子会社,繊維大手の東レ の子会社による製品データ改竄が相次いで発覚した。さらに,2018 年秋には,化学素材大手の日 立化成による製品データ改竄が発覚した。 モノ作り大企業の品質不正は,素材メーカーだけではない。自動車,建物の免振・制振装置,鉄 道車両など機械メーカーにも広がっている。 鉄鋼・自動車・電機産業の大企業群は,1960 年代から今日まで半世紀にわたって,日本経済団 体連合会(経団連)を軸とする日本の財界を支配してきた。神戸製鋼所をはじめとする大手素材メー カー,さらには大手組立メーカー,重機メーカーなどに広がる品質不祥事は,日本モノづくり産業 の根幹に関わる深刻なテーマである。 3.1 神戸製鋼の品質データ改竄 2017 年 10 月 8 日,神戸製鋼所が緊急の記者会見を開き,アルミ・銅製部材の強度や寸法などのデー タを偽装していたと発表した。 当初,対象製品の出荷は約 200 社としていたが,1 週間も経たない 13 日には,ステンレス鋼や 特殊鋼でも,不正行為を確認した。出荷先は約 500 社に膨らんだ。 10 月 20 日の記者会見では,一連の不正が発覚した 8 月以降に,同社が実施した社内の緊急監査 でも,長府製造所の管理職を含む従業員が,データ改竄の事実を引き続き隠蔽していたことを明ら かにした。 2017 年 11 月 10 日,神戸製鋼所は「原因究明と再発防止に関する報告書」を,経済産業省に提出し, 会見を開いてその内容を説明した。 同報告書によると,品質不正が行われたのは,同社 4 部門・6 事業,国内グループ 8 社,海外グルー プ 5 社に及ぶ。そのうち,5 年以上の長期間型事業所は,アルミ・銅事業部門 9,鉄鋼事業部門 3, 本社部門 1,計 13 となっている。 品質改竄の原因として,次の 5 項目を挙げている。①収益評価に偏った経営と閉鎖的な組織風土, ②バランスを欠いた工場運営,③不適切行為を招く不十分な品質管理手続き,④契約に定められた 仕様の順守に対する意識の低下,⑤不十分な組織体制。 厳しい経営環境下で,本社の管理は,収益評価に偏り,権限は各事業部に委譲され,自己統制力 に依存する状況となる。品質管理も現場に任せとなり,諸問題を把握しようという姿勢が不十分と なったと総括している。 この報告書に対して,厳しい批判が続出した。不正行為は一体誰が,どういう経緯で始め,どの
役職レベルの人が,どこまで把握するようになったのか,こういった詳細が明らかにされることも なかった。不正が始まった時期や経営陣の具体的な関与の有無などは不明のままで,究明には程遠 い内容である。 2018 年 3 月 6 日,神戸製鋼所は最終報告書を公表し,出荷先は延べ 688 社(重複を除くと 605 社) に上る。報告書によると,不正の一部は 1970 年代から続いていた。関与していたのは 23 拠点に及 び,副社長まで務めた元役員が不正に直接関与していた。現役の執行役員 3 人も,不正を認識しな がら,改善策を講じずに放置していた。関与した一般社員は 40 人超に及ぶ。 不正を惹き起こした要因として,次の点が挙げられている。工程能力に見合わない製品を受注し ていた。容易に検査結果などの改竄や捏造が可能な職場環境にあった。収益重視の経営と不十分な 組織体制,バランスを欠いた工場運営,不十分な品質管理手続きがあった。受注獲得と納期達成を 至上命題とする風土が根付き,本社の目も行き届かなかった。 神戸製鋼所の企業不祥事は,今回が初めてではない。過去にも総会屋への利益供与や,政治資金 規正法違反などにより,トップが引責辞任に追い込まれている。 不祥事のたびに,再発防止策を講じてきた。2017 年 5 月に,社員の行動規範として,「KOBELCO の 3 つの約束」を表明していた。高い倫理観とプロ意識の徹底を謳い,「社員一人ひとりが信頼さ れる行動をとることが,会社の信頼につながる」と宣言した。今回の不祥事が発覚する僅か数カ月 前のことである。 2018 年 6 月 5 日,東京地検特捜部と警視庁が,神戸製鋼所の東京本社・神戸本社・3 工場の計 5 カ所に家宅捜索を行った。理由の 1 つは同社の過去のデータ改竄にある。 組織的に長年続いていたという点で,悪質性が高い。一方,出荷先の 99.8%で安全性を確認し,デー タ改竄による被害が確認されていない点は考慮されるとみられる。 日本には,品質検査データ改竄自体を取り締まる法律はない。特捜部などが着目したのは,製品 の品質などの虚偽表示を禁ずる不正競争禁止法である。警視庁は,2018 年 7 月 17 日,法人として の神戸製鋼所と改竄のあった本体 3 工場の品質管理担当者 4 人を,不正競争防止法違反(虚偽表示) の疑いで書類送検した。続いて,東京地検特捜部は,7 月 19 日,担当者 4 人を不起訴処分とする一方, 法人としての同社を,不正競争防止法違反(虚偽表示)の罪で,立川簡裁に起訴した。 起訴状によると,同社はアルミや銅製品を製造する真岡(栃木県),大安(三重県),長府(山口 県)の各製造所で,2016 ~ 17 年に,顧客と合意した仕様を満たすよう,検査データを改竄し出荷 していた。公判では,不正が放置されてきた企業体質をあぶりだされることを期待したい。 神戸製鋼所の歴史を辿れば,同社は,大正時代に一大商社となった鈴木商店が母体で,戦前から 複合経営の道を歩み始めた。現在,鉄鋼,アルミ・銅,建設機械のほかに,圧縮機などの機械,溶 接・エンジニアリング,電力の 7 事業部門を持つ。事業領域の広さは,国内素材メーカーとしては, 最大規模である。 1995 年の阪神大震災で,拡大路線の見直しを余儀なくされる。再建に向け,不採算事業を整理し, 選択と集中を進めた。しかし,事業ごとの垣根は高いままで,生産や営業部門は,ほとんど人事交 流がない状態が続いた。各事業のトップは,それぞれの事業部門の生え抜き社員から選ばれ,縦の 事業部門が圧倒的な権限を持ち続けた。社内では,それぞれの事業部部門は事実上,別会社として 位置付けられ,経営陣が会社の遠心力を止めることができなかった。
神戸製鋼所の現場任せの体質は,震災が契機になったとの見方もある。本社が倒壊するのを機に, 本社機能の東京シフトを進めたことで,関西などの工場と経営陣に,距離ができていく。部門ごと の独立採算色を強めることで,収益改善を図ったが,蛸壺型の体制が固定化された。配属された事 業部から異動することは基本的になく,上層部が職人肌の技術者を統率できないという弊害も生ん だ。トップが把握し制御するガバナンスをどう構築するかが,生き残りをかけた課題として問われ ている。 3.2 三菱マテリアルの検査データ改竄 2017 年 11 月 23 日,三菱マテリアルは子会社 3 社(三菱伸銅,三菱電線工業,三菱アルミニウム) の品質不正を公表した。問題の製品は,航空機や自動車,原子力発電所などの部品として,幅広く 使われている。出荷先は 270 社を超える可能性がある。いずれも現場で,納入先と契約した品質基 準を満たさない測定値を,書き換えて出荷していた。 三菱マテリアルは,1990 年に,三菱金属と三菱鉱業セメントが合併した誕生した日本を代表す る素材メーカーである。同社の取引先は,国内で約 5,660 社に上る。銅製品などの金属,建設に使 うセメント,金属を削る超硬工具の加工製品などを主力事業としている。 三菱伸銅の若松製作所では,遅くとも 1999 年頃から,「需要家別検査ポイント表」と呼ばれる改 竄マニュアルが作成されていた。90 年代当時,他社に遅れて,自動車用の端子向け製品の製造を 開始したという事情があった。受注拡大を目指す中で,顧客の要求に無理にでも応じようとした可 能性がある。こうした無理が重なり,次々と(データ改竄の対象製品を)追加することに繋がった 可能性は否定できない。 三菱電線の簑島製作所でも,製品の許容値が記載された「シルバーリスト」と呼ばれる改竄マニュ アルを,検査担当者間で共有していた。経営トップが不正を把握しながら,親会社への報告を遅ら せていた。 本体での直島精錬所では,銅精錬の副産物であるコンクリート用の骨材で,JIS 規格から外れた 製品を,規格内として試験成績書に記載し,2 回やるべき製品試験も 1 回しかやっていなかったの である。 2018 年 7 月,東京地検特捜部は三菱電線工業と三菱アルミニウム,ダイヤメットなどを,製品 の品質などに関する虚偽表示を禁ずる不正競争防止法違反容疑で強制捜査に乗り出した。改竄が組 織的かつ長期間にわたって行われていたことから,全容解明には強制捜査が不可欠と判断したと見 られる。 2018 年 9 月 12 日,東京地検特捜部は,法人としての子会社 3 社(三菱電線工業,三菱アルミニ ウム,ダイヤメット)を,不正競争防止法違反(虚偽表示)で,東京簡易裁判所に起訴した。三菱 電線工業,ダイヤメットの前社長も,同簡裁に在宅起訴された。当時の経営トップが,不正に深く 関与したということで,個人の刑事責任が問われている。 3.3 東レの品質データ改竄 2017 年 11 月 28 日,屈指の高収益企業である東レでも,子会社で品質データを改竄していたこ とが明らかになった。
100%子会社「東レハイブリッドコード」の本社工場で,2008 年 4 月から 2016 年 7 月にかけて, 不正が行われた。自動車タイヤを補強するタイヤコードなどのコード類について,取引先と合意し た規格から外れた製品の検査データを改竄し,納入していたのである。 不正は 149 件で,不正製品の出荷先は 13 社,対象製品の販売額は約 1.5 億円である。現時点で 安全性や性能について,問題は発覚していないという。 東レでは,2008 年に就任した品質保証室長とその後任が二代続けて,自動車用タイヤやベルト の補強材のデータを書き換えていた。品質の誤差は僅差(1%未満)で問題ないと判断し,法令違 反や安全性に問題はなく,顧客からもクレームが来なかったことから,出荷を継続していた。問題 発覚から約 1 年 4 か月経って,東レは不正を公表した。 タイヤ補強材を手がけている素材メーカーは少ないため,取引関係が固定化していたことも,不 正が続いた 1 つの要因である。 通常,取引先と契約した品質規格を満たさない製品は,作り直したり廃棄したりする。ただ,取 引先が仕様に満たなくても,品質上問題ないとして了承すれば,特別採用として,製品を出荷する ケースが有る。これが「トクサイ」(特別採用)と呼ばれる慣行である。 また,製品の品質データが規格を外れた場合,再び測定して規格に収まれば出荷する「サイソク」 (再測定)も,社内ルールで認められている。検査装置にも誤差があるからである。ただし 2 回目 の検査で,規格内に収まり出荷しようとする場合は,なぜ最初の検査が規格外になったか,理由を 社内で説明する必要がある。東レの品質保証室長 2 人が,顧客からトクサイの了承を得たり,サイ ソクしたりする際の手間を惜しむようになったと見ている。 子会社社長は,規格値からのデータの外れは僅差であり,安全性に問題はないと主張している。 改竄度合の大小は,本筋ではないと見られる。不正を許す企業風土そのものが問われている。特に 製品安全に責任を負う品質保証室長が,二代連続で関与していた事実は看過できない。 東レ出身の榊原定征経団連会長は,データ改竄問題が「日本企業の信頼に影響を及ぼしかねない 深刻な事態だ」と批判していた。日本を代表する企業として,信頼回復の取り組みで,模範を示す 他あるまい。 3.4 日立化成の品質データ改竄 2018 年 11 月 2 日,大手化学素材メーカーの日立化成は,新たに自動車用バッテリーなどの 28 製品で,検査不正があったと発表した。国内 7 事業所全てで不正が行われ,10 年以上前から続い ていたケースも見られる。対象製品は,産業用の鉛蓄電池と半導体素材を含め,民生用リチウムイ オン電池や自動車用樹脂成型品,配線板,ディスプレー向けなど計 30 製品に上る。日立化成の製 品群の半分以上を占める。 顧客と契約で定めた検査を怠ったり,異なる方法で行っていたりしたほか,顧客が求める品質基 準に合うように,数値を改竄していたケースもあった。製品の品質に対する過信があった。少しぐ らい不正をやっても大丈夫というように,モラルが失墜していた。社内の規範意識が緩んでいたこ とを,日立化成の丸山寿社長が認めた。 不正の背景については,事業所間の間で,人事異動が少ないなど,硬直的な人事制度に原因があっ た。これまで性能上の不具合は出ていないと,品質や安全性への影響は出ていない。残りの顧客へ
の説明と性能の確認を急ぐという。研磨剤や接着剤など半導体材料分野で,世界トップシェアの製 品が含まれ,品質問題に発展する事態になった場合,サプライチェーンの混乱を招きかねない。 日立化成は,日立金属,日立電線(現在は日立金属と統合)と並び,「日立御三家」と称され,グルー プの中核を担った。日立製作所の川村隆・元社長(現 東京電力ホールディングス会長)も,2016 年まで日立化成の会長を務めていた。日立製作所の中西宏明会長は,経団連の会長を務めており, 企業統治のあり方や現場モラルがより深く問われることになる。 2017 年秋~ 2018 年にかけて,素材メーカー大手 4 社において,相次いで発覚した検査不正は, 表 1 の通りである。神戸製鋼所,三菱マテリアル,東レなど,日本を代表する素材メーカーで,相 次いだ製品検査データ改ざん問題には,共通点は少なくない。 第 1 に,「規範意識」の低さである。ルールを守ることよりも,取引先に製品を納める時期を優 先したり,再計測の手間を惜しんだりする。 第 2 は,データ入力システムの不備である。神戸製鋼所では,検査機がはじき出すデータを,ノー トに書き写してから,パソコンで入力するなど,そもそも不正をしようと思えば,できる環境であっ た。東レも,データを複数人でチェックする体制をとっておらず,データを書き換えた履歴も残し ていなかった。品質保証室長が 2 代にわたって行っていた改竄行為が,8 年にわたって発覚しなかっ た理由もそこにある。 第 3 は,高い基準と慢心である。競合他社と差別化を図ろうと,必要以上に高性能な「オーバー スペック」を求めて,無理が出た。基準が高いので,要求される性能を若干下回っても,安全に問 題はないとの認識が,慢心を引き起こした可能性が高いと見られる。 第 4 は,「特別採用」(トクサイ)の影響である。顧客が求める水準に達しない製品であっても, 了承を得て納入することができる,という製造業に特有な商慣習の存在が,不正を誘発した面もあ ると見られる。東レは,今回の不正で了承を得ないまま,出荷していたことを認めている。日立化 成の場合,規範意識の低さ,高い基準と慢心,そしてモラルの低下は,他の 3 社とも共通してみら れる点である。 表 1 2017 年秋~ 2018 年に発覚した大手素材メーカーの検査不正 (検査データの改竄,異なる方法での検査,検査の未実施) 出所:『読売新聞』2018 年 4 月 30 日・11 月 3 日,『日本経済新聞』2018 年 11 月 3 日を基に作成。 会社名 不正の時期 主な内容 神戸製鋼所 1970 年代~ アルミ・銅事業部門を中心に,グループ 23 拠点 で発覚。本社の現役執行役員 3 人が不正を黙認し, 過去の役員 2 人が直接関与。 三菱マテリアル 1977 年頃~ アルミや合金などのグループ 5 社で発覚。改竄の マニュアルも存在。 東レ 2008 年 4 月~ 2016 年 7 月 タイヤの補強材の製造子会社で発覚。品質保証の 責任者が関与。 日立化成 10 年以上前~ 国内 7 事業所すべてで行われ,鉛蓄電池,半導体, 配線板,ディスプレーなど計 30 製品に上る。
4 機械メーカーの品質不祥事 モノ作り大企業の品質不祥事は,素材メーカーだけではない。むしろ,機械メーカーにおいて, より大きく深い広がりを見せている。日々の生活と密接に関わる主要な機械の品質不正は,直截的 な衝撃を社会に与える。自動車,新幹線,建物免振装置などの品質不正の衝撃は,それだけ切実な ものがある。 日産自動車とスバルにおいて,無資格検査員による完成検査実施問題が発覚したのは,2017 年 秋のことである。2018 年夏から秋にかけて,スバル,マツダ,ヤマハ発動機の自動車 3 社におけ る完成車検査での不適切対応,日産自動車,スバル,スズキでの燃費・排ガスデータ改竄などが発 覚した。 2017 年 12 月には,新幹線台車(川崎重工業製)の亀裂問題が起こった。さらに 2018 年 10 月に, KYB による建物の免振・制振装置の性能検査データ改竄が発覚し,社会を震撼させている。 4.1 日産自動車の無資格検査と排ガス不正 日産自動車は,国内工場で無資格の従業員に,検査員の名義を使わせて,新車の「完成検査」を していた。国土交通省の立ち入り検査で発覚したものである。 「完成検査」は,道路運送車両法に基づき,国から委託され,車両の安全性を最終チェックする ものである。各社が認定した有資格者にしか許されていない。 日産自動車は 1990 年代から,無資格者が代行する不正を,多くの工場で続けていた。原因につ いては,生産に見合った完成検査員の確保に,本社が特別の配慮をしてこなかった。その結果,製 造現場では,完成検査員の多くが,無資格者による検査は,法令違反だと認識しながら,効率化を 優先して,不正を容認してきたと見られる。 カルロス・ゴーンのコミットメント経営の下,効率の向上を製造現場に求め続けたことが,不正 の温床になったとの指摘も見られる。現場の人手不足を放置し,生産計画の実行を強いてきたこと は,企業統治に欠陥があったと言わざるを得ない。 2018 年 7 月 9 日,日産自動車は国内工場で,排ガスや燃費の測定データを改竄していたことを 公表した。不正は,国内に 6 か所ある完成車工場のうち,5 工場で見つかった。測定値が社内の基 準を逸脱した場合,適正値に収まるようデータを書き換えていた。 今回の品質不正は,国がメーカーに任せている完成検査の制度を骨抜きにした。車の出荷前に決 められた品質を維持できているかを調べるもので,本来なら再検査をする手続きを怠ったとも言え る。 完成車検査工程では,道路運送車両法に基づき,抜き取り検査が実施される。排ガス測定は時間 がかかるため,一部の検査で済ませることを国が認め,抜き取りの量や頻度も,メーカーが判断す る。円滑に検査するための「裁量」が,不正の温床になった。 日産自動車は,測定の社内基準を,国より厳しめに設定しており,再検証した排ガスの数値は, 国の基準をクリアしていたと説明する。燃費も公表値を満たしていて,リコールの必要はないとい う。だからといって,データを書き換えていい理由にならない。 多少であれば,規定を守らなくても構わないとの意識が,経営と現場に蔓延していると見られる。
測定値を都合よく書き換えること自体,ユーザーの信頼を裏切る行為である。より大きな不正につ ながる可能性もある。測定値を書き換えられないように,同社は 2018 年 7 月中に,システムを変 更するとのことである。 日産自動車は 1990 年代に深刻な経営危機に陥り,仏ルノーの傘下で経営改革を進めた。国内で リストラを断行すると同時に,新興国で工場設立を加速させた。 国内外の工場に生産効率を競わせ,優秀な拠点に人気車の生産を割り振る。国内工場は,海外の 最新鋭工場との生産費の差を埋めようとして,適切に人員を配置できなかったと見られる。 国内工場が厳しいコスト競争に晒された結果,2000 年代以降に,排ガス測定値の改竄は常態化 した。国内工場の設備の老朽化が問題を引き起こした要因の 1 つであった。 かつての検査員は,工場内の他の部門から,一目置かれる存在であったが,現在は立場が軽視さ れている。新たな生産技術を過信し,検査軽視の風潮が生まれたという。 軽視された現場は,人員不足という事態に陥る。抜き取り検査で,問題が見つかった時には,再 検査の必要があるが,再検査を行う余裕がなかった。 日産自動車は今後,老朽化した工場設備の更新などに,6 年間で 1800 億円をかける。2018 年度 に工場などで 670 人程度の増員を目指す。現場の体制を手厚くして,不正の防止に努める。 4.2 スバルの品質不正 日産自動車で無資格者が完成車検査をしていた問題を受けて調査したところ,スバル(SUBARU) でも,同じ不正が発覚した。国内 2 工場で,国などの検査の際は,無資格者を外すなどしていた。 1980 年代から続いていたと見られる。 また,群馬製作所で生産された 9 車種の 903 台分で,燃費や排ガスのデータを書き換えていた。 2002 年頃に行われていた可能性が高い。2016 年 4 月に,三菱自動車の燃費データ不正問題が発覚 した際,従業員同士で「書き換えはまずいのではないか」と話題になったという。しかし,内部通 報や上司への相談には至らなかった。 さらに,2018 年 9 月 28 日,燃費・排ガスの測定データ改竄に続き,新たに自動車の安全性に大 きく関わるブレーキやスピードメーターなどの検査項目でも,データの捏造などの不正があったと 発表した。 弁護士らがまとめた報告書では,不正が横行した背景として,検査員の法令順守意識の不正に加 え,経営陣の認識・関与不足など,組織体制にも問題があると指摘している。 不正を生み出した基本的な要因は,経営陣が生産効率を優先したことにある。スバルの国内での 生産台数は 70 万台,トヨタの 320 万台に大きく水をあけられている。規模に差がある他社と競争 にさらされ,設備が老朽化していても,経営陣は直接利益を生まない検査部門への投資に消極的で あった。
燃費・排ガスの抜き取り検査では,生産計画の段階で,最初から再計測を行う時間的な余裕が設 定されていなかったという。 企業として急速な成長を遂げる中で,過大な業務量が検査員に課せられていた。不正を抑止する 内部統制にも脆弱性があった。職責より,社内力学や営業の観点からの忖度や配慮を重視する社内 風土が広がっていった。 検査部門の不正は,そうした労働環境と社内風土の中で醸成されたと見られる。現場の検査員に, 「検査結果を書き換えてはいけない」という根本的な規範意識が欠けていた。検査員の間で,不適 切な検査方法が引き継がれ,経営幹部も気づかなかったという。 4.3 スズキ,マツダ,ヤマハ発動機の不適切な完成車検査 2018 年 8 月 9 日,三社は新車の出荷前の品質管理検査で,ルールを逸脱する不適切な対応をし ていたと発表した。 問題は完成車 100 台に 1 台程度の割合で行う「抜き取り検査」で起きた。走行速度などの条件を 逸脱して測定したデータを,有効だとみなしていたのである。 スズキは 2012 年 6 月以降の四輪車 6401 台,マツダは 2014 年 11 月以降の四輪車 72 台,ヤマハ 発動機は 2016 年 1 月以降の二輪車 7 台で,不適切な対応が判明した。 完成車は本来,国が安全性を保証する必要があるが,各メーカーの資格を持つ検査員が,完成検 査を代行することで,車検場に持ち込む手間を省き,大量生産を可能にしている。 さらに,2018 年春以降に,燃費・排ガスデータを書き換える不正をしていたことを明らかにした。 社内基準は,国の保安基準より厳しく設定されている。その社内基準をみたしていないことから, 書き換えが常態化していた。 3 社の不適切対応は,スバルと日産の書き換え不正問題を受けて,国が 2018 年 7 月に求めた調 査で新たに分かった。 さらに,スズキは,2009 年 5 月から,2018 年 7 月まで,測った燃費データが社内で想定してい る値を下回った際などに改竄しており,対象車両は 273 台に上る。加えて,排ガス成分などを,決 められた手法で測らないまま,そのデータを採用した車両が 883 台となった。
4.4 品質不正の背景と要因 表 2 に見るように,2016 年に三菱自動車などの燃費データ不正が発覚後,乗用車メーカー 8 社 のうち,5 社で不適切な問題が表面化した。 表 2 自動車メーカーを巡る近年の品質不祥事 資料:『読売新聞』2018 年 8 月 10 日,9 月 27 日,9 月 29 日を基に作成。 日本の完成検査の手法などについては,制度疲労を起こしているのではないかとの指摘もある。 デジタル化が進む自動車産業において,ルールを監督する方法も含め,制度が古くなっていると見 られる。 完成検査不正は,トヨタ,ホンダ,三菱では見つからなかった。トヨタの場合,燃費・排ガスの 検査装置を自動化することで,人の手を介さずに,検査結果が出る仕組みを導入していたことが, 問題防止に役立った。2016 年以降で,乗用車 8 社のうち,一連の不正問題が全くなかったのはトヨタ, ホンダ,ダイハツの 3 社にとどまる。 スズキの鈴木俊宏社長は,2018 年 8 月 9 日の記者会見で,新車検査でルールを逸脱する不適切 な対応を続けてきた理由について,各工場に排ガス・燃費の抜き取り検査を担当する管理職が配置 されていなかったという。適切な検査に繋げる「指導役」が不在で,検査員の判断で,不適切な測 定データを,測定をやり直すことなく記録していた。 何よりも,少ない検査員が膨大な完成検査を行う状況が,不正を招いたと見られる。「検査員は 業務量が多く,再測定の余裕がなかった。再測定すると,車の納期が遅れ,営業に迷惑をかけると 考えた」(スズキの報告書,2018.9.26)。経営層が現場の負担感を把握できず,現場で不正が起きる 土壌が作られたといえる。 スズキは 2016 年にも,新車の開発段階で,国の規定と異なる方法で燃費データを計測していた 問題が発覚し,再発防止に取り組んでいた。鈴木社長は,「2 年前に反省し,改善に努めてきたが, 会社名 発覚時期 主な内容 三菱自動車 2016.4 軽自動車で燃費データを偽装 スズキ 2016.5 燃費データを不正に測定 日産自動車 2017.9 無資格の従業員が検査を担当 スバル 2017.10 2018.3 2018.6 無資格の従業員が検査を担当 燃費や排ガスのデータで書き換え 燃費や排ガスのデータを不適切な方法で測定 日産自動車 2018.7 燃費や排ガスのデータで書き換えなど スズキ 2018.8 排ガスなどのデータを不適切な方法で測定 マツダ 2018.8 排ガスなどのデータを不適切な方法で測定 ヤマハ発動機 2018.8 排ガスなどのデータを不適切な方法で測定 日産自動車 2018.9 燃費・排ガスデータの改竄,不適切な測定一部検査項目の未実施や改竄 スズキ 2018.9 燃費・排ガスデータの改竄 スバル 2018.9 ブレーキ等の検査不正燃費・排ガスデータの改竄
部門によって温度差があったのかなと思う」,と項垂れ(うなだれ)た。検査員などが改竄した動 機などは分かっていない。 ヤマハ発動機では,測定に関するマニュアルすら存在しなかったという。検査を現場任せにして いた実態がうかがえる。 不正が発覚した企業の多くに,共通するのは,作業に携わる人材がルールやその重要性を正しく 理解していなかったという実態である。しかも,検査軽視の風潮が強まる中,少ない検査員で膨大 な検査をさばききれないなど,現場の疲弊が深刻であった。 背景からはグローバルな競争が激しくなり,コスト削減の要求も厳しくなるという流れが浮かび 上がる。社員教育なども「合理化」の対象となったと見られる。 5 現場を不正に追い込んだ経営の課題 日本の製造業で,次々に発覚した不正は,首謀者がはっきりしないという日本的な特徴も見られ る。独フォルクスワーゲンのディーゼル車の排ガスを巡る不正は,幹部が指示していたとの情報が ある。 しかし,神戸製鋼所や日産自動車などでは,そこが不明確である。その背景にあるのは,無限定 労働が支配的で,しかも人間関係が複雑かつ密接な日本の企業風土である。 上層部から納期や品質などで,無理な目標が示された場合,欧米企業では「とてもできません」 と断るかもしれない。日本では,断って上司に迷惑をかけたり,上司との関係にヒビが入ったりす ることを恐れる。無理を重ねる中,無限定労働はさらに過重労働へと繋がり,歪みも表面化する。 1980 年代後半以降の円高や,バブル崩壊後の長期不況下で,日本の製造業は経費削減を徹底した。 グローバル化では,国内工場を「マザー工場」と位置づけ,現場の「カイゼン」(小集団活動)で 生産効率を高め,そのノウハウを海外工場に移転してきた。 最新鋭工場は,労働コストが安い新興国に作られ,国内工場と競わせた。設備の老朽化と人手不 足を強いられた国内工場では,消失の危機感が強まる。そこで,無理な要求が増えても,現場が上 層部に迷惑をかけないよう忖度する中で,なし崩し的に不正が定着したと見られる。 欧米では,経営層が不正を指示するケースが多いが,日本では,現場が忖度した結果,不正に発 展する場合が多く見られる。 「カイゼン」にかこつけて,問題の解決を現場に放り投げてきた。現場では,コストや納期を守 るために,不正に手を染めたケースが目立つ。現場の歪みに目をつぶり,不正に追い込んだ経営の 責任は重い。 「首謀なき不正」は,時間を掛け,組織の風土を変える取り組みが必要である。まずは,透明性 と寛容性を高めること。社員が自由に意見を言い,それをトップが受け止めるような組織が望まし い。風通しを良くすれば,不正の抑止や発見もしやすくなる。 価値判断し実行させた上で,責任を取るリーダーは余り育っていないのが,日本の弱点である。 経営者が価値判断を磨き,イノベーションで企業を大きく成長させる戦略をもっと重視すべきであ る。
6 日本的経営の特徴と品質管理
日本企業の強みに光を当てた「日本的経営論」は,かつて大いにもてはやされた。その中核に位 置したのが,現場主義に基づく高品質である。高品質はどのようにして可能になったのか。そして 近年の品質不祥事の続出へと暗転したのはなぜか。
日本的経営(Japanese management system)に関しては,様々なアプローチや研究対象がある。そ の特徴についても,捉え方は多岐にわたり,全体像を掴むことは至難の業と見られる。
6.1 三種の神器
まず,日本的経営とは,日本の文化や制度的な条件を基に成立した経営についての考え方や経営 システムである。この定義が包括的かつ簡潔で,参考になる。
J.C. アベグレン(James Christian Abegglen)の『日本の経営』(The Japanese Factory)[1958]は, 日本の大企業で働く限られた人たちを対象にし,企業組織や人間関係など,日本の経営の社会的側 面に焦点を当てて分析した。日本企業の独自的な特徴として,終身雇用(life - time - commitment), 年功序列賃金,企業別組合の 3 点を指摘した。それが日本的経営の「三種の神器」と呼ばれるに至る。 日本的経営の要をなす雇用システムに通底しているのは,職務という概念が希薄なことである。 職務という特定された労働ではなく,一括した労働が,雇用契約の対象とされる。 雇用とは,職務ではなく,メンバーシップとなる。雇用契約では,職務が決まっていないため, 賃金は職務と切り離して決められる。その際,勤続年数や年齢が,重要な指標とされるのが,年功 賃金である。具体的な仕組みが定期昇給である。 現実の賃金制度は,年功をベースにしながらも,人事評価によって,ある程度の差がつく仕組み となっている。評価されるのは,仕事の成果といった客観的な要素だけでなく,職務を遂行する能 力とか,職務に対する意欲・努力といった主観的な要素も含まれる。企業のメンバーシップとして の忠誠心が求められるのである。 メンバーシップの維持が重視される日本的雇用システムでは,その入口と出口の管理が重要とな る。入口は採用であり,出口は退職である。採用における新規学卒定期採用,退職における定年制 は,いずれも日本の特徴となっている。 入口と出口にある特徴的な制度が,定期人事異動である。職務ローテーションによって,企業内 の様々な職務を経験し,OJT(実務訓練)を通して,技能と知識を習得し,人脈も広げていく。職 務の専門家としてよりも,むしろ企業内ジェネラリストとして育成されるのである。 ただし,日本的雇用システムが適用されるのは,正社員のみである。非正規労働者は,企業への メンバーシップを有しておらず,対象外とされる。 非正規労働者に対しては,具体的な職務に基づいて,期間を定めた雇用契約が結ばれる。彼らに は,長期雇用も年功賃金も適用されないばかりか,企業別組合への加入も,ほとんど認められてい ない。彼らの賃金は時給であり,定期昇給のみならず,ボーナスや退職金もなく,福利厚生施設か らも排除されることが多い。
6.2 現場主義と改善活動 1980 年代に,日本的経営への海外評価が高まる中,その中心に位置していたのが QC サークル である。熊沢誠[1989]は,品質・コストを徹底的に追求しようとする経営理念,その実践手法と して,従業員の参加を促す QC 活動,そして個人のいわば「頑張り」に応じて査定する人事評価な どを,日本的経営の中核においたのである。 人事管理からみた日本的経営の特徴として,ジョブ・ローテーションに注目する分析が内外に見 られる。岩田龍子[1978]は,社内の各部署を回りながら,幅広い教育を受ける人事異動システム を,日本的経営の特徴とみる。 アベグレン[1985]も,欧米企業の社員との比較の中で,日本企業のジョブ・ローテーションの 有効性を強調している。多様な部署の仕事を経験してきていれば,つぶしがきくから職を奪われる 心配はない。部門間での人事異動は,各部門が孤立するのを防ぎ,お互いの交流を深める上で有意 義なことと見ている。 日本的経営の特徴として,現場主義に注目する論者も少なくない。安保哲夫編[1994]は,QC サー クルなど全員参加型のチーム方式による改善活動が,現場主義の中核をなし,集団主義などの日本 文化に支えられて,機能しているとみる。 安室憲一[1997]は, QC サークルによる改善活動と並んで,OJT による職業教育が,日本の現 場主義経営を支えているとみなしている。品質とコストの徹底追及は,日本的経営の中核に位置し, 強みのシンボルともみなされてきた。現場の QC サークル活動は,その推進役とみなされ,ジョブ・ ローテーションや現場主義などが,それを支える,という構図が見られる。 現場主義とは,現場を大切にし,現場に依拠して仕事を進めるといった現場に根差した考え方や 行動を意味する。現地・現物を第一義とし,現場に足を運び,五感を使って,直接確認することを 基本にしている。現場とは,物事が実際に行われる場のことである。工場にとどまらず,設計・開 発や事務,営業などへと広がっている。 6.3 日本的 TQC の特徴 日本的 TQC の特徴は,①品質の作り込み,②全員参加,③継続的改善,④全国的な推進センター の存在である。 日本的 TQC における「顧客」とは,商品を使用する「最終のユーザー」だけを意味するのでは ない。各工程における「次の工程」という意味でもある。各工程間の顧客連鎖を通して,全ての過 程が最終顧客に繋がっていく。この概念は,「次工程は神様」という言葉で示されている。次工程 には,常に良品のみを供給するというものである。 設計・工程での「品質の作り込み」により,良品質と低コストを同時達成する。それはまさに, 品質とコストはトレードオフの関係とみなす欧米の QC とは,一線を画すものであった。 それを解くカギの 1 つと見なされるのが,小集団活動である。日本的 TQC の基本的な特徴をな す「全員参加」とは,企業の開発・設計から,調達・生産を経て,販売に至るまでの全過程,ライ ンとスタッフを含む全職能,経営者・中間管理者・監督者および作業者を含む全階層の参加のこと である。 欧米に見られない特徴として注目されるのは,作業者が品質管理に参加したことであり,しかも
小集団活動の形態をとって,各職場丸ごと参加の形で行われたことである。 「継続的改善」とは,各工程において,製品・プロセス及び管理方法を不断に改善することである。 累積的改善に大きく貢献するとともに,作業者の参加は彼らの自己実現欲求などを刺激し,仲間と の連帯感なども高めて,士気の高揚に繋がった。 現場での小さな改善の積み重ねは,発明などによる非連続的革新と対比される連続的・漸進的革 新として評価された。 継続的改善活動において,統計的品質管理や IE 手法をはじめとする各種の問題解決手法が,品 質問題の現状分析,問題点の摘出と原因究明,改善案の設計などに,積極的に活用された。 現場の監督者・作業者が,小集団活動の中で「QC7 つ道具」や「QC ストーリー」などの基礎的 手法を学習し,習得しながら改善活動に利用した。その点は後に,日本製造業の秘密兵器として, 欧米で注目された。 日本的 TQC の発展の原動力となったのが,日科技連(1946 年設立)と日本規格協会(1945 年設 立)であり,彼らによる全国的な QC 推進活動であった。 日科技連は,デミング賞制定(1951 年),『現場と QC』発刊(1962 年),日本品質管理学会の設 立(1970 年),『品質』発刊(1971 年)などを通じて,QC の普及と理論的研究を推進した。 ラジオ放送による現場監督者への QC 教育,階層別・職能別の教育訓練の実施,主要都市におけ る QC サークル本部・支部の設立,QC 全国大会の開催などを通じて,全国的規模での導入・定着・ 普及を図った。さらに,アジア諸国,次いで欧米諸国の企業の QC 指導にも当たった。 日本規格協会は,工業標準化法(1949 年)に基づく日本工業規格(JIS)の制定,それへの品質 関連事項の登録,JIS マーク表示制度などに関する啓蒙普及に努め,工業標準化を全国的規模で推 進した。 日本の製造業は,1960 年代から 80 年代にかけて,TQC を導入し,活用することで,品質とコス ト競争力を高めた。日本版 TQC は工場という閉じた世界での生産性向上には,威力を発揮した。 メイド・イン・ジャパンのブランドを確立して,世界をリードする立場に躍り出る。 1980 年代に入ると,TQC を中止する企業が現れ始める。QC サークルを解散させ,社内 QC 大会 を中止するなど,撤退が相次いだ。1990 年代に入ると,経営環境が急激に変化する中,TQC の限 界や問題点が露呈するに至った。 第 1 は,「品質」にみる定義の曖昧さである。TQC 活動での品質とは,製造部門と品質保証部門 が責任を担う課題と見られがちであった。顧客重視や品質の作り込みの理念や哲学は間違っていな かったが,何がどうなれば,目標達成といえるかが,明確とは言えなかった。品質の定義が曖昧さ から,品質目標もまた不明確なものとなる。 第 2 は,「全員参加」というスローガンの行き詰まりである。QC サークル活動は,自主参加とされ, 長きにわたり,残業代も支払われなかったが,その成果は勤務評価に反映されてきた。高度成長期 には,国民がさらなる豊かさを求めて,目的を共有化できたので,全員参加のスローガンも,効果 的であった。 しかし,1980 年代に入ると,人々の欲求は次第に「多様化」して「差別化」へとシフトし,バ ブル経済崩壊後の 1990 年代は,「異質化」を求める様になる。そうした中,全員参加は吸引力を失 い,個性と創造性の発揮が重視されるようになる。
表 3 産業別の小集団活動実施事業所割合(%) 出所:小川慎一「1990 年代以降における日本の小集団活動」『横浜経営研究』第 32 巻第 1 号,2011 年より作成 第 3 は,小さな改善や TQC に内在する問題や限界が顕在化したことである。小さな改善はバラ バラに進められ,大きな改革につながることはほとんどなかった。QC サークルの発表などに,莫 大な時間が費やされ,現実と活動が遊離していく。時間の経過に伴うマンネリ化が見られるように なる。 小集団活動実施事業所の割合の推移をみると,1990 年代には,いずれの産業でも低下が顕著に なっている。21 世紀に入ると,日本的 TQC の低下傾向はさらに広がり,非製造業や非生産部門には, TQC の適用が難しく,新しいアプローチが求められた。 1990 年代までの小集団活動では,①同一職場の労働者が共同で,②同一サークルにおいて継続 的に,③自主的に問題解決を図る,ことが基本とされた。しかし,21 世紀に入ると,職場横断的 な活動や非継続的な活動なども,積極的に認められるようになったのである。 1990 年代に製造業のリストラ,コストダウン,海外シフトなどが続く中,国内の QC サークル数は, 2000 年以降に大幅に減少した。それが現場での改善力の低下に繋がっていると見られる。 2007 年以降,全国の QC サークル数は約 5.2 万まで回復した。しかし,非正規社員の増加もあっ て,1990 年代までの改善力は取り戻せていない。 日本のモノ作りの強みは,上から指示されなくても,現場が知恵を出し合う「カイゼン」(改善) にある。品質不正の際に,それが機能しなかったのは,現場の力が落ちているのも一因と見られる。 一方,専門家の不足が懸念されている。日科技連や日本規格強化が毎年,品質管理専門家を育成 するセミナーを実施してきた。だが,修了者数は 1990 年代後半から減り続け,ピークの 1980 年代 半ばに対し,2016 年約 16%の水準にまで落ち込んでいる。 多くの企業で,品質管理教育への投資が減退している。日科技連が 2004 年度から,モノ作り企 業を対象に実施する「企業の品質経営度調査」によれば,品質管理教育への投資額の売上高に対 する平均比率は,近年ほぼ 0.1%で推移しているが,2016 年度は,その比率が 0.01%未満の企業が 37%に増えた。ここでも,品質管理に対するトップの意識の低下が窺われる。 6.4 現場依存の品質管理と不祥事 これまで公表された日産自動車や神戸製鋼所の調査報告からは,製造現場と工場・本社幹部の間 に壁があり,管理がずさんになっていた実態が浮かび上がってくる。現場と幹部の断層はどうして 1972 1977 1984 1989 1994 1999 2004 鉱業 23.8 43.2 58.6 53.1 38.1 34.7 34.7 建設業 28.3 31.8 61.3 47.3 31.0 37.2 23.8 製造業 46.6 52.6 73.3 65.2 57.9 48.9 40.6 卸売・小売業 27.5 28.8 60.9 50.9 44.9 34.7 27.9 情報通信業 30.5 24.5 43.3 40.8 44.9 50.4 25.7 金融保険業 40.7 24.8 48.9 51.4 43.8 38.7 27.3 その他 26.4 22.6 36.1 34.8 40.5 27.0 23.9
出来たか,不正はなぜ常態化していたのかが問われている。 日産自動車は,デミング賞を早々と 1960 年に受賞し,過去に品質管理活動で表彰されている企 業である。1962 年に,日科技連が創刊した雑誌『現場と QC』の表紙は,日産自動車の生産ライン の写真が飾った。同社は,日本の製造業の中でも,早くから現場の改善活動が活発であった。 今回,無資格者が完成車の検査に携わっていた追浜(おっぱま)工場や栃木工場なども,1990 年代に事業所として,デミング賞を受けている。勤務時間外に,職場の仲間が集まって,不良品を 減らす手立てを始め,生産効率を上げるための作業手順の見直しや,設備の改良などについて,話 し合うという現場の小集団活動に力を入れたのである。 そうした従業員の自主性を柱にした工場運営は,現場に任せる経営でもある。幹部層が現場の実 態を押さえていなかった例は,たとえば,工場幹部が完成車検査に必要な有資格者の人数を把握し ていない場合があった。工場の品質保証部の部課長が,品質担当であるにもかかわらず,検査ライ ンの日々の作業や人繰りを掴んでいない例も見られた。 工場の実情を理解しようとする姿勢がそもそも欠けていたと言える。問題があれば,従業員が工 夫して解決するだろうと考え,現場に過度に頼っていた。それが現場と管理職の間に,壁を作り出 す一因となった,と日産自動車の調査報告書も指摘する。検査の資格を持つ者が不足している実情 を訴えても,是正はされまいと現場が諦め,無資格者による検査が常態化する。 納入先との契約で定めた品質基準に満たない製品を,データを改竄して,出荷していた神戸製鋼 所も,デミング賞を受賞した工場がある企業である。 社内調査報告書によれば,会社は現場の自主性を尊重し,権限委譲を進めてきた。だが,一方で, 工場で生じる問題を把握する姿勢が不十分であった。現場が収益への貢献を強く求められ,納期遵 守や出荷量の確保で,無理を強いられたことが,不正の背景にあると見られている。 現場の創意工夫を重視する経営は,日本製品の評価を高めてきた。しかし,そうした強みとは逆 に,弱点が現れたのが,今回の品質不正と言える。成功体験を引きずってきた結果であり,問題の 根は深い。
終わりに
戦前から戦後復興期にかけて,日本製品といえば,「安かろう悪かろう」のイメージで,安物・ 低品質の代名詞とみなされた。それを根底から覆す契機となったのが,デミング・システムと呼ば れる品質管理の思想と創意的な実践である。 1950 年代前半は,デミング・システムを学び,吸収した時期に当たる。日本的特徴をもつ品質 管理活動に踏み出したのは,1950 年代後半~ 60 年代前半のことである。1960 年代中頃~ 1980 年 代前半は,日本的 TQC の発展期に当たる。品質の作り込み,全員参加,継続的学習,全国的な推 進センター,という 4 つの特徴が明確になり,定着・浸透・新展開が見られた。 1980 年代中頃~ 90 年代には,日本的 TQC の衰退期へと転じる。減量経営の下,品質管理はマ スター済みという驕りや錯覚とも重なり,脱デミング現象など,品質軽視の動きも顕著になる。 QC サークルの解散など,TQC からの撤退が相次いだ。それらは,欧米でのデミング重視の動きと 好対照をなし,日米再逆転の呼び水ともなるのである。21 世紀に入ると,問題噴出期に突入する。コスト重視・品質軽視の経営が一層強まり,一方で の強い現場への依存,他方での現場軽視,いわば無理難題の押し付けが常態化する。現場の疲弊が 進む中,倫理の低下,さらには現場力の劣化が広がり,重大な品質事故や品質不正が相次いで発覚 するなど,深刻な様相を呈するに至っている。 そうした状況を踏まえて,新たな品質管理体制をどう構築していくかが問われている。日本企業 は増大する品質リスクを踏まえて,21 世紀に相応しい日本品質の在り方を構想すべきであろう。