児童・生徒を位置づけた「学校組織マネジメント」のあり方
専 攻 人 間教育
コ ー ス 現 代 教 育 課 題 総 合 巴指 導 教 員 小 西 正 雄
氏 名 和 久 井 義 文
はじめに 問題の所在と研究の方法 「外Jからの評判に左右され続けるうちに,
学校 ・教師文化は,児童 ・生徒の意見を学校 本来であれば学校組織の中心に据えられるべき
経営に採り入れることの「よさ」をあたかも自 児童 ・生徒を,無意識のうちに学校組織から欠
明であるかのようにとらえている。しかしなが 落させてしまったとみることができる。
ら一方で,それらが 「手法jや「術Jとしてし
か成立しえない雰囲気を醸成している。自明で
あるはずの「よさ」が,先行研究 ・実践事例の
扱うような特別な場所に鎮座したままの現状は
打開されるべきである。
本研究は「学校組織マネジメント研修Jが対
象とする「学校組織」とはどのようなものであ
るのか,またそこでは児童・生徒がどのように
位置づけられているかについて考察しη 本来あ
るべき姿について論じていくものとする。
第 1章 「学校組織マネジメント」 にみる児童
-生徒の位置づけ
文部科学省が発行した 「学校組織マネジメン
ト研修j の『モデル ・カリキュラム』は管理職
用・一般教員用の2種類に分けられている。管
理職は一般教員のマネジメン トを行い,それに
基 づいて一般教員が児童@生徒に対処するもの
と読み取ることができる。このことが管理優先
主義をはびこらせている一因となっていると考
えられる。さらには学校評価などによづて数値
目標が普及し,
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迅速な改善Jを是とする雰囲
気が強まっていることも管理優先の風潮に拍車
をかけている。
第2章 〈学校組織マネジメント〉に児童・生
徒を位置づけることの意義
学校教育への批判と改革の要請は,教師個々
の信頼失墜によるものではない。学校教育全体
への信頼失墜によるものである。個々の教師が
熱心に教育活動を行い,児童や生徒を世の中に
コミッ トさせようとしたところでク学校で教わ
ったことは現実の社会ではあまり役に立たない
ものだと,多くの社会人たちが自らの身をもっ
て知ってしまったことによる信頼失墜である。
また
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学校組織マネジメントj という流れ
は,学校教育が遅ればせながらにして取り組も
うとした 「消費社会jへの移行に対応するため
の策が,学 校教育自らが 「消費社会Jのなかに
身を置くことであった とみることもできる。
児童・生徒には,学校教育において自分たち
の意見を敢然と表明し全 体の運営にも参画した
うえで最終的な意思決定には従う,という一連
の流れを,体験的に学ぶことが肝要である。そ
れは児童心生徒が社会人となる将来において,
社会や組織をよりよくしていくことにも有用と
なるはずの能力や素養を培うことになると考え
られる。
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という指摘が
いつも友だちに気を遺っていな
ればならない,ひどく疲れる生活
らば,教育もまた「世間Jをよりよく生さ、抜
く方迭を示す役割を積極的に担う必要があ
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学校組織に!思童・生捷を位置づけ,その患い
いは意見や提案を学校経営に反映
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えずその方向性を更新し続ける可能性が生
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に「プチ世間jや実社会のあり方に
ついてもものの見方や考え方を形成し,敢然と
り方について意見表明す
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立ち向かえるようにな
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て「核以外j
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のことがらについては児童。生徒とオープン
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日々その声に耳を傾けてi
位置づけ,
空間的な展望を持てる
話レ合うことを前提とすればよいのではないだ
ことは教員、にとっても
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なければならないことjが厳選されるという点
の波に忙殺され続け,
,見えない「空気J
校教育に押し寄せる
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また3 話し合いの行く末が野放図に
を恐れ,教師側があらかじめの枠を定めるよう
なことは必要ないと考える。児童@生徒の意見
可, 'ヂ‘ L
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人間味を失い,数値や結果に
くなった学校教育に薫陶
は感じられない。
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教師が「よさj につい
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輩・ ~1濯が身につける能力と覇。鷲
ことばや考えが十分でないために意見を表明
することができない児童⑬生捷をも含めた(学
第4輩
これはフ児童@
生徒フ教職員をはじめすべての人間に
られる。自分に何かしてくれるだけでなく,自
分も何とかして支えようとするものこそが真の
「公j教育ではなかろうか。学校のあり方につ
オープンで自由間違な議論が望まれる。
-
64-いかけ
を用意してみてはどうだろう。
いて《
を企図する必要がある。
リキュラムや制度を克i宣すことについても検
討していく必要iJ!あるだろう。
児童⑤生徒の意見表明を促すべきとの考えは
権利保障の発想から呈されるのみではない。児
童也生徒への教育的意義もまた認められよう。
校組織マネジメント〉