大学における要件事実教育について
著者
坂井 芳雄
著者別名
Yoshio Sakai
雑誌名
東洋法学
巻
34
号
1
ページ
27-66
発行年
1990-12
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00003533/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja大学における要件事実教育について
坂
井
芳
雄
一 本稿の趣旨 要件事実教育は現在司法研修所で修習生を対象に行われている。私はこれを、司法研修所において行われているも のより単純化した方法で、東洋大学法学部二年生を対象に試みている。本稿は、その実際を紹介し、おおかたの御批 判を受けるとともに、よければ他の大学においても試みられることをお歓めする趣旨である。したがって、本稿は、 論文というよりは、むしろ資料と言った方がよいかもしれない。 二 大学における要件事実教育の目的 人問社会はいろいろのトラブルに満ちている。トラブルは何らかの形で解決を要する事柄であるが、法学部学生が 大学で法律を学ぶ目的は、そのトラブルが法律的トラブルの性質のものであるかどうかを識別し、それが法律的トラ東洋法学
二七大学における要件事実教育について 二八 ブルであるときは、その最終的権利関係がどうなるかを判断出来る能力を遜養することにある。その判断が充分に出 来るまでになるか、それとも極めて不正確なものにとどまるかは別として、法学教育の目的がそこにあることだけは 間違いない。それでなければなんの為に法学教育を施すのか判らなくなる。現在大学において行われているところの、 法規の存在とその解釈に関する知識の習得は、そのことが自己目的となっている訳ではない。それは前者の目的に到 達する為のワンステップにすぎないことを意識すべきである。 ところで、トラブルに対する法律的判断とは、法規の要件事実︵小前提︶に法規︵大前提︶を適用し、その法律効果 を認識するという三段論法的判断作用を繰り返し繰り返し積み上げること以外の何ものでもない。トラブルの当事者 問の最終的権利関係存否の判断は、それらの判断作用の結果として導き出されるものである。勿論その法規は、成文 法の条項に限らない。民法一七七条に関する背信的悪意者の判例理論などは、判例による法の創造と言うべきもので あろう︵民法一七七条に例外規定を解釈によって創造したと見る﹀。場合によっては、成文法の解釈で賄いきれなくて、成 文法を離れて条理を適用しなければならないケースもあるであろう。しかし、それらは、法体系のより緻密化という だけのことであって、法律的判断の構造と言うことが前記のものであるということ自体に変わりがあるわけではない。 もし司法試験でケ⋮ス問題が課題されたら、法規の条項をはっきり意識して、右の論理の積み上げで書かれたもので なければ到底合格答案にはなり得ない。それでなければ法的思推能力ある受験生とは言えないからである。 しかしながら、多くの大学では、法規の存在とその解釈に関する知識を学生に注入する教育しか行っていない ︵﹁演習の実施はこの傾向を緩和するものではあるが︶。勿論この知識の存在は前記の法律的判断を遂げる為の必須の条件
であることはいうまでもないことである。しかしながら、それは、所謂判断の三段論法の中の大前提に関する知識が 出来たというだけのことである。その知識を授けさえすればあとは学生各自の才覚によってトラブル解決の為に必要 な三段論法的判断作用が自ら出来るようになるかもしれない。しかし、法学教育の目的が、トラブルに対する法律的 判断能力を灘養することにあるとする限り、判断の三段論法の積み上げと言う思考作用を実際に行って見させること による教育効果に比すべくもない。換言すれば、今までの大学における法学教育においては、この点の教育が欠けて いたが為に、法学部の学生は社会に出ても大学で学んだ法律学はあまり役に立たない、という批判を受けていたので ある。 以上の次第で、この教育は、法曹資格取得を目的とする学生だけを対象とするものではないことを銘記したい。そ れは、一般の会社に就職した卒業生が、法学部以外の学部の卒業生と異なった取扱いを受け得る条件なのである。法 学部卒会社員の特技は、具体的トラブルの法律的処理能力にあると言わなければならない。 三 要件事実教育の概念 要件事実教育とは、学生に対し、﹁原告の言い分﹂﹁被告の言い分﹂として、トラブルの当事者が弁護士事務所を訪 問して生の事実関係を自分なりの理解に従って縷縷として陳情するであろう内容を記載した書面を与え、これを請求 の趣旨、請求原因、抗弁、再抗弁などに整理し、その要件事実のみを簡潔に起案せしめることにより、そのトラブル の法律上の争点を明確に意識せしめ、当該トラブルの最終的権利関係に対する法律的判断力を酒養することである。
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大学における要件事実教育について 三〇 四 教育の方法 私が行っている要件事実教育の実際は、次の通りである︵学生にはこれを﹁主張整理﹂と名付けている︶。 ︵1︶対象学生 東洋大学法学部法律学科法職課程二年生約二〇名、経営法学科企業コース学生約一五名 ︵2︶講 座 民法演習︵週各一駒︶の内で行う。 ︵3︶方 法 第一回は、請求の趣旨、請求原因、認否、抗弁、認否、再抗弁などの概念を参考問題と参考答案 ︵別紙参照︶を具体例として示しつつ講義方式で教える。 同時に主張整理問題第一問︵別紙参照︶を宿題として課す。 翌週の授業開始時に答案を提出せしめ、第一問の解答をゼミナール方式で教授し、最後に教師起 案の第一問答案︵別紙参照︶を交付する。 翌々週の授業冒頭に学生提出の答案を添削の上返し、簡単な総評を行う。 このようにして、民法演習の授業の間に、主張整理の授業を挾んで、第二問︵別紙参照︶、第三問 ︵別紙参照︶と順次難しい問題のトレーニングを行い、年問五問を課題する。 五 効 果 私はこの教育方法を始めて約四年が経過した。その結果として言い得ることは、次の通りである。
学生の答案は始めは支離滅裂であるが、二回目以降は型をなした答案が増えてくる。 何よりもこの教育を施したことによる顕著な効果として認められることは、学生は、通常の民法演習の授業の場合 でも、まず請求趣旨は何か、請求原因は何かを意識するようになり、ケース問題の思考に法律的整理がついて来たこ とである。市販の民法演習問題集に接しても、﹁この問題は請求の趣旨が明確でない。﹂とか﹁請求原因は所有権に基 づく妨害排除なのか、それとも賃貸借契約終了による現状回復なのかはっきりしないではないか。﹂などの批判をす るようになった。 しかしながら、学生の意識がここまでに達するには、いろいろの紆余曲折を経なければならなかった。 一例を上げよう。別紙第三問を御覧願いたい。この問題は借主代理人による消費貸借契約締結のケースである。原 告甲野から被告乙野への貸金返還請求の請求原因︵請求を理由あらしめる事実を含む︶としては、代理人丙野による契 約の締結と丙野への金の交付の外、第一次的に借主乙野から丙野への代理権の授与、予備的に民法二〇条による表 見代理の要件事実の主張をすることになる。 ところが、多くの学生の答案の構成はこうである︵ここでは構成のみを示す。具体的な表現はもっと詳しい︶。 ︵請求原因︶ 甲野は乙野に金を貸した。 ︵抗弁︶ この消費貸借は丙野の代理によって行われたものであるが、丙野は無権代理人であるから、この契約は無効であ
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大学における要件事実教育について 三二 る。 ︵再抗弁︶ かりに丙野は無権代理人であったとしても、次の事柄があるから、表見代理が成立し、契約は有効である。 ゼミで学生がこのような意見を発表すると、そこで、私の意地の悪い質問が始まる。 教師 ﹁君は無権代理の抗弁というものを提出しているが、適用条文はどれか。﹂ 学生 ﹁・・・・・⋮﹂ ︵ここで民法九九条にまで辿りつくのに大分時聞がかかる。︶ 教師 ﹁民法九九条は契約が有効になるという規定だが、どうしてこれが、契約無効の抗弁の適用条文になるの か。﹂ 学生 ﹁・⋮教科書に無権代理と言う表題で特別の項目が設けられていたから⋮。﹂ 教師 ﹁民法九九条が契約を有効とする規定であるとすれば、むしろこれは原告が請求原因︵請求を理由あらしめる 事実︶として主張すべき関係になるのではないか。ところで、君の答案は原告の主張をどのように表現したか ね。 うん、原告は被告に金を貸した、と。消費貸借の成立は民法何条か。条文を読んで見なさい。消費貸借は要 物契約だが、金は誰が受け取ったか。そもそも乙野は契約の現場に行っていないではないか。消費貸借の意思 表示もしていない。そうすると、君は、甲野は乙野に金を貸した、と書いたが、これは甲野と乙野との間に消
費貸借契約が成立した、と言う意味ですね。ここで要求されているのは、要件事実を書くことであって、要件 事実に法規を適用した結果であるところの法律効果を書くことではない。君はそれを勘違いしていた為に、原 告の主張の中に丙野を登場させなかった。その結果、民法九九条の要件事実の主張が現れなかった。そこで、 被告の主張の中で丙野を登場させる成り行きになった。そして結局無権代理の抗弁という民法の条文にないも のをデッチ上げる羽目になった。ここに、君が間違いを犯した原因があるのだね。 もっとも、民法の教科書に無権代理という特別の項目を設けて説明していることにも心理的な要因があった であろうが。しかし、教科書をもう一度読み直して見なさい。そこに書かれているのは、民法二七条の無権 代理人の責任が説明されている筈だ。これならば、権利関係の発生原因の条文であるから、別項目で説明する 必要がある。しかし、無権代理自体は有権代理による法律効果発生の裏の関係に過ぎない︵民法二三条は契約 の無効原因の規定ではなくて、追認による効力発生原因の規定と見る︶。したがって、無権代理の主張とは、原告の主 張する代理権授与の主張に対する否認であることが判るだろう。﹂
学生 ﹁・⋮ご
教師 ﹁さて、無権代理の抗弁は実は原告の有権代理の主張の否認に過ぎないとすると、君は原告の表見代理の主 張を再抗弁として構成したのは間違いであることがはっきりしてきましたね。抗弁のないところに再抗弁はあ り得ないから。そうすると、表見代理の主張は、代理権授与の主張に次ぐ予備的主張として主張することにな りますね。東洋法学 三三
大学における要件事実教育について 三四 次に、民法二〇条の要件事実は何と何ですか。 学生 ﹁・⋮ご︵基本代理権の存在の必要を指摘する学生は少ない。︶ 教師 ﹁このケースでは、一〇〇〇万円借入代理権の授与を基本代理権の主張として構成出来ますね。ところで、 この代理権は既に実行済みであって、六〇〇〇万円貸付の際には消滅していたのではないですか。このことは、 被告の抗弁として利用出来ますね。資料にはそのことがはっきり出ている筈です。 さて、そういう展開になると、今度は原告の方で、再抗弁を提出出来そうですが、資料にはそれも明示され ています。民法二二条を読んで下さい。﹂
学生 ﹁⋮ご
教師 ﹁民法判例の解説書では、この関係を二〇条と一一二条の混合による第四種の表見代理のように解説して いるものがあるが、そんな説明が不要であることは、この分析で明確になったでしょう。それは、法文をすな おに適用して行けば、自然に到達する結論なのですよ。﹂ 以上のように、教師と学生との問のやりとりには、なかなか手間が掛かるのであるが、こんな単純なケースでも、 これだけの手闘を掛ければ、それで、学生は条文をしっかり見詰めながら、法的思推を重ねて行く習慣を身に付ける のである。それまでは、ケース問題にはとかく直観的に結論を出し、その法的根拠を問いつめると、苦しまぎれに民 法一条や九〇条に逃げ込むので、その矯正に苦労したものである。学生が法益権衡論をやたらと振り回すのは因った ものだが、これはこの頃の教科書の表現にもその責任があるのかもしれない︵教科書で論じているのは、法益権衡論でなければ妥当な解決を得られないようなギリギリのテーマについて説明しているのだが、学生はそこまで突き詰めて理解しないで、 どんなケ⋮スにでも安易にこの論理に逃げ込もうとする為、いつまでも法的思推能力が養成出来なくて困る︶。 第三者の行為により本人に法律効果が生ずるとするには、その為の特別の原因を始めから指摘しなければならない ということは、法的思推の第一歩である。この法感覚がピンピン働くようでなければ法学部の学生とは言えない。こ の第三問に対する学生の答案があまりにも不出来であったので、私は第四問も同じような、請求原因として第一次的 に代理権の授与を、第二次的に表見代理の主張を要する問題を出した。今度はさすがによく出来た答案が多かった。 ことにその表現方法についてはモデルがあるので、その表現にも過不足のないAの上クラスの答案もかなり目立った。 この種の学生に対する教育はこれで完成である。 しかしながら、依然として、全く形態をなしていない答案も若干数あった。これらの学生は第三問と第四問とが同 工異曲の問題であることすら理解していないのである。私は、この種の学生は法律学を学ぶセンスが始めから持ち合 わせないのではないか、法学部に入学したのは間違っていたのではないか、と慨嘆せざるを得なかった。まことに、 法律学のABCを素質の乏しい学生に会得させることは骨の折れることである。むずかしい理論を理解しろとは言わ ないが、せめてこれ位は判ってくれないと、法学部卒業生のレッテルを貼るわけにはいかないではないか。 六 要件事実教育に対する批判 要件事実教育に対する批判は、 東 洋 法 学 まず、司法研修所の修習生の間に起こった。しかし、 これはあまり出来ない修習生 三五
大学における要件事実教育について 三六 の悲鳴のようなものである。即ち、その言うところは、司法修習生にとって大事なことは、憲法感覚の養成であるか ら、そちらの教育に重点を向けるべきである、といった角度からの批判である。しかし、これならば、司法修習生の 授業時間の使い方の問題であって、要件事実教育の欠点を指摘したものではないから、要件事実教育自体に対する批 判にはなっていない。それは、所詮要件事実教育の課題︵いわゆる起案︶の軽減を要求して少し楽したいということ になるからである。司法研修所における要件事実教育は、法曹三者に共通の言華を作り上げる基礎教育として、統一 修習に踏み切った戦後の司法研修所教育の根幹をなすものであるから、これはゆるがせにすべきものではない。私は、 戦後の裁判所実務の実情の推移を知る者として、分離修習時代に育った弁護士を相手に釈明をする場合と、統一修習 時代に育った弁護士を相手に釈明する場合とを比較し、後者の通じ易さにしみじみと統一修習による司法研修所教育 の功績を感じたことであった。二年問の修習期間だけで判事、検事、弁護士の完成品を作り上げることは出来る筈が なく、また、教養や識見の養成は、授業時聞とは別に、各自の自己研鎭に待つべきものであるから、司法研修所には、 自己に課せられた最小限度の技術教育を厳守することをお願いしたい。 次の批判は、そもそも法規の要件事実をいじくることで、果たして適切妥当な結論が得られるか、と言った角度か らの批判である︵現に司法研修所で行われている主張責任の分配の仕方に対する批判は、問題は別であるから言及しない︶。平 成元年二月久留米大学に於いて催された九州法学会で、シンポジュウムとして要件事実論が取り上げられたが、そ の際なした私の個別報告に対する意見の多くはこの種のものであった。 しかし、この批判は所詮法規解釈の適正化、緻密化の要求として理解することが出来る。裁判所は、成文法を離れ
て条理だけで裁判をするわけにはいかないのだから、第一次的に成文法によるスクリ⋮ンを避けて通るわけにはいか ない。そうである限り、所詮法規の要件事実を見詰めることから思考をスタートせざるを得ない。この問題は、先に 私が本稿の二に於いて述べたところの、法律の解釈に名を借りた法の創造、もしくは成文法の解釈では賄い切れなく て条理法の適用をするかどうかの問題に帰するのであって、これも結局要件事実論の枠内に収まる。 ただ、私は大学に於ける要件事実教育としてお勧めするのは、そのようなデリケートなケ⋮スの課題を避けて、民 法の教科書に書いてあることの知識だけで結論を出せるような単純なケ⋮スを課題することで教育して頂きたいとい うことである。そのような難しいケ⋮スに対する法感覚の養成とこれに対処する思考の整理は、司法研修所あたりで 取り上げればよいのであって、大学の学部での教育としては、もっと初歩的な基礎固めが必要なのである。私が実行 している主張整理教育のレベルでは、御批判にあるようなことは教育の課題にはならない。学生はそれよりはずっと 手前のことが判っていないのである。 まことに、私の裁判官としての長い経験から言い得ることは、裁判所に持ち込まれるトラブルさえ、判例集の検索 はもとより、大学で使った法律の教科書を念の為に改めて読み直す必要があるようなデリケートなケースは、年聞数 える程しか担当しなかった。法学部卒業生が会社勤めの間に判断を迫られるトラブルにそのようなデリケートなケー スがある確率は極めて小さいであろう。稀にそんなケ⋮スが起これば、自分の手に負えないとして顧問弁護士のとこ ろへ持ち込めばよい。問題は、そのような問題であるかどうかの識別能力であって、その程度の力は付けさせて卒業 させたい。その為に、私の提案する要件事実教育が有効であると申し上げているのである。
菓洋法学 三七
大学における要件事実教育について 三八 ︵資 料︶ 当事者の主張を整理せよ︵参考︶ ︵平成元年度民法演習︶ ︵原告甲野一郎の言い分︶ 私は弟の乙野二郎に金を貸したのに乙野はなんだかんだといって一向に返してくれないので、裁判所の判決で乙野 に金を返すように命じて下さい。 昭和五四年三月一日乙野は私の事務所を尋ねて来て、今度息子が東洋大学法学部に入学したが、その為一〇〇万円 の金が要った。サラ金から取り敢えず借りて賄ったが、利息が高いので気が気でない。兄さん何とか助けてくれない か。五年も経てば返せるようになるだろう、と言います。私は可愛そうになって、事務所の金一〇〇万円を弟に用立 ててやりました。返済期限は別に定めませんでした。律義な弟ですから、金が出来次第すぐ返すだろうと思ったので す。兄弟の間ですから、別に担保など取りませんでした。 ところが乙野は何年経っても知らん顔をしています。今年︵平成元年︶一月二〇日と思いますが、乙野に催促をし ますと、弟は﹁あれは呉れたのではないか。﹂と言います。私は﹁とんでもない。一〇〇万円もの金をお前にやらね ばならない訳はない。早く返してくれ。しと言いました。その時、﹁お前がその積もりでいたのなら、返さなくてもい いよ。﹂などと言っていません。
ところが、その後も乙野は金を返そうとする様子がありませんので、裁判所に訴状を提出した次第です。利息をつ ける約束はありませんでしたが、あまり腹が立つので、訴状が乙野に送達された翌欝である平成元年四月一日から民 法がきめた年五パーセントの遅延損害金をも添えて請求します。乙野は、貸金債権は時効消滅したと言っているよう ですが、今年の一月二〇日の催促と三月下旬の訴訟の提起によって、時効は中断されていますから、その点は問題は ありません。 ︵被告乙野二郎の言い分︶ 甲野一郎は私の兄です。二〇年前私達の父が亡くなったとき、遺産相続は兄に大変有利になるように分配しました。 兄は父の事業を継いだので、平等分配では、事業資金が不足して兄が困るだろうと思い私が遠慮したのです。 昭和五四年三月一臼私は甲野一郎から一〇〇万円を貰いました。その年私の長男が東洋大学法学部に入学したが、 私は金がなくサラ金から借りる始末でしたので、兄の事務所に行って窮状を訴えたら、兄はその金を出して呉れたの です。甲野は後で﹁あの金は貸したのだ﹂と言い出しましたが、当時は確かに呉れたものです。相続の時に兄は私よ りはるかに沢山取ったのですから、これくらいは私に呉れてもよい関係にあったのです。 今年︵平成元年︶一月二〇日私が兄の事務所に雑談に行った時、甲野は一〇年ばかり前の私の息子の入学金のこと を話題に出しました。私は﹁あの折りはお世話になった。﹂とお礼をいいました。その際、甲野はあの金は貸したの だというようなことをいいますので、私は﹁呉れたのではないか。相続の時のこともあるし。﹂といいますと、兄は
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大学における要件事実教育について 四〇 ﹁お前がそう思っていたのであれば、、返さなくてもいいよ。しとこれはもうはっきりといいました。たとえこの点が 水掛け論になるとしても、第一金を渡してから訴訟を起こすまで一〇年以上経っているのですから、貸金であるとし ても、それは時効消滅しています。兄が金のことを話題にしたと言っても、それは貸し金の催促といった調子のもの ではありませんでした。ただ昔話をしたものに過ぎません。 以上のような訳で、甲野一郎の訴訟は正当ではありません。裁判所におかれては、早くこれを却下して下さい。 主張整理問題答案︵参考︶ 原 告 ︵請求の趣旨︶ 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成 元年四月一日より支払済まで年五分の割合の金銭を支払え。 ︵請求の原因︶ 一 原告は、昭和五四年三月一日被告に対し金一〇〇万円を 貸付け、即日みぎ金銭を交付した。 二 よって、被告は原告に対しみぎ貸付金一〇〇万円及び本 件訴状送達の翌日である平成元年四月一日より支払済まで 年五分の割合による法定遅延損金を支払う義務がある。 ︵申 被 告 立︶ 原告の請求を棄却する。 被告は昭和五四年三月一日原告より金一〇〇万円の金銭 の交付を受けたことは認めるが、消費貸借の趣旨であった ことは否認する。みぎ金銭の交付は贈与として交付を受け たものである 二 争う。 ︵認 否︶
︵認 否︶ 一 否認する。 二 争う。 ︵再抗弁︶ 一 原告は、 を催告し、 提起した。 平成元年一月二〇日被告に対しみぎ債務の支払 同年三月下旬被告に対しみぎ債権の請求訴訟を ︵仮定抗弁︶ 一 かりに、みぎ金銭の交付が消費貸借の趣旨であったとし ても、昭和五四年一月二〇日原告は被告に対しみぎ債務を 免除する旨の意思表示をした。 二 かりに、みぎ免除の意思表示がなかったとしても、みぎ 債務は平成元年三月一日の経過により時効消滅した。 ︵認 否︶ 一、原告主張の頃その主張の訴訟の提起があったことは認め るが、その主張の催告があったことは否認する。 東 洋 法 学 四一
大学における要件事実教育について 四二 当事者の主張を整理せよ︵第一間︶ ︵平成元年麓民法演習︶ ︵原告甲野一郎の言い分︶ 私は昨年東洋大学法学部に入学しました。大学は暇なので、運転免許を取りましたが、初心の間は中古車の方がよ いので、手頃な売物を探していました。たまたま、高校時代からの友人である乙野二郎君の家に遊びに行ったら、乙 野君は自分の車をそろそろ買い替えたいと言いました。そこで乙野君の車の試運転をして見たところ、なかなか調子 がよくまだ長く使えそうなので、乙野君の車︵普通乗用自動車多摩五ぬ六七八九号︶を代金六〇万円で買い受ける契約を しました。契約をした日は昭和六三年一二月二〇日です。ところが、乙野君はその後なんだかんだと言って車を渡し て呉れません。もっとも、私は一時金が出来なかったのは事実です。しかし、今はなんとか手持ちがあります。そこ で、車を乙野二郎から甲野一郎に引き渡すことを命ずる旨の判決をして下さるよう申し立てます。契約書を作ったか とお尋ねですが、それは口約束であって、契約書は作っていません。それでは私の請求は駄目なのでしょうか。 この訴状を提出する直前である今年︵平成元年︶の五月一〇日に弁護士Aという人が乙野の代理人として私に対し 内容証明郵便であの売買契約を取り消すと通知して来ました。乙野は今さら車を売るのが惜しくなったのでしょうが、 その取消は無効です。なぜならば、乙野は取消をする前に何度も私に車を渡すから金を払えと言っていたからです。 いつ頃催促したかとのお尋ねですが、昨年から今年にかけて何度もしていました。その内の最後の催促は、確か四月 二〇日です。それは私の家に来て催促しました。このことはその日私の妹の千代子がお茶やお菓子を持って乙野君を
接待し、 なお、 その時の乙野の話を聞いていましたから、 乙野君は昭和四四年四月一〇日生まれで、 このことは千代子が証言して呉れます。 私は昭和四四年九月一〇日生まれです。 ︵被告乙野二郎の言い分︶ 二年前私は運転免許を取りました。そして、父が使っていた乗用車の名義を私名義にして貰って、その車を私専用 に使っていました。しかし、女の子を乗せて走ったりするのには、こんな中古車では恰好が悪いので、私はもっと体 裁のよい新車に取り替えて貰えないものかと思っていました。昭和六三年一二月二〇日のことですが、高校時代の友 人の甲野一郎君が私の家に遊びに来て、甲野も運転免許を取ったので、中古車を買いたいと言って、私の車を欲しそ うな顔をしました。私の父は不動産屋をしていまして、今は大変金回りがよいのですから、私に恰好のよいスポーツ 車を買って呉れる事ぐらい何でもないのです。初めから新車を買って呉れてもよかったのですが、初心の間はぶつけ るからとて、自分の車を私に回したのです。このような事情でしたので、私の都合と甲野君の希望とが丁度一致する のです。私は車︵普通乗用自動車多摩五ぬ六七八九号︶を甲野一郎君に売ることにしました。代金は六〇万円にしました。 少し安いと思ったのですが、甲野君はこれだけしか金が出来ないというので、中古車の値段などどうでもよいと思っ て、甲野君の言うままに値段を決めたのです。契約書は作っておりません。 ところが口約束にしろはっきりした約束でしたのに、甲野君は一向に金を持って来ません。私としては、中古車の 方が売れないと父に新車を買って貰えないのでやきもきしました。今年の春になってから甲野君がようやく金が出来
東洋法学
照三大学における要件事実教育について 四四 たというので、私は父にこの売買の話をしました。ところが意外にも父はあの車はまだまだ長く使える。お前にス ポーツ車など持たせると不良化の原因になる。第一あの車が六〇万円とは安過ぎると言いました。父は案外けちでし た。そして弁護士のAさんに相談した結果、甲野宛に内容証明郵便で私と甲野君との契約の取消の通知をして貰いま した。その通知書が着いたのは平成元年五月一〇日です。取消の理由は私の未成年者時代の契約だからということで す。私は昭和四四年四月一〇日生まれです。なお、私は今年の三月までは甲野君に催促しましたが、それ以後は父か ら叱られたので催促していません。四月二〇日には私は甲野君の家に行きましたが、甲野君から一方的に金を払いた いと言ったのであって、私の方は催促しておりません。以上の理由で甲野の請求は失当です。
主張整理閥題答案︵第一聞︶ 原 告 ︵請求の趣旨︶ 被告は、原告に対し、普通乗用自動車︵多摩五ぬ六七八九 号︶一台を引き渡せ。 ︵訴求の原因︶ 原告は、昭和六三年一二月二〇日被告との間で申立欄記載 の自動車一台を代金六〇万円で被告から買い受ける旨の契約 を締結した。 ︵認 否︶ 一 認める。 二 認める。 ︵再抗弁︶ 被告は、成年に達した後である平成元年四月二〇日原告に 対しみぎ売買代金の請求をしてこれを追認した。 ︵申 ︵認 被 告 立︶ 原告の講求を棄却する。 調
路査
発 被告は、昭和四四年四月一〇日生まれであるから、みぎ 契約時は未成年であった。 意思表示を取り消す旨の意思表示をなした。 原告主張の請求をしたことを否認する。 ︵認 否︶ 二 被告は、平成元年五月一〇日原告に対しみぎ売り渡しの ︵抗 弁︶ 東 洋 法 学 四五大学における要件事実教育について 当事者の主張を整理せよ︵第二問︶ ︵平成元年度民法演習︶ 四六 ︵原告甲野一郎の言い分︶ 私の父は横須賀市田浦に山林を持っていましたが、数年前この辺の山林地主が共同して大掛かりな宅地造成をしま した。私の父もその組合に加入し、出来上がった宅地の内二筆の割当を受けましたが、別段の資金需要もないので、 これを資産として保有し、野菜を作って利用していました。 昭和六二年九月一田父は死亡しました。母はその前年に亡くなり、私は一人息子でしたので、私は父の遺産全部を 相続しました。しかし、相続税が多額に上るので、二筆の宅地の内一筆を売却処分することにしました。二筆の宅地 は坪数は同じですが、南側の宅地︵A地︶は、山が眞近に迫っていて日当たりが悪く畑作に適しないので、こちらの 方を売り、北側の宅地︵B地︶だけで畑作を続けることにしました。そして高校時代の友達で東京の大会社に勤めて いる丙野三郎に﹁あなたの会社で宅地を探している人がいたら紹介して呉れ﹂と頼みました。不動産屋に持ち込まな かったのは、不動産屋だと多額の紹介料を取られて損だからです。坪数は約六〇坪ありますので、代金は一億円とし ました。当時は狂乱地価時代の最中でしたので、少し強気に出たのです。 丙野は間もなく、会社の同じ課の先輩に当たる乙野二郎が買いたいと言っていると連絡して来ました。そこで私は、 同年の一〇月一日に東京の丙野の会社に行き、応接室で乙野に会い、乙野と次のような契約書を取り交わしました。
﹁ 契約書
甲野一郎を甲とし、乙野二郎を乙として、次の通り契約する。 甲は乙に対し左の物件を左の条件で売り渡し、乙は甲よりこれを買い受ける。 1 目的物件 横須賀市字田浦一六二一番 宅地 二〇〇平方メートル 2 代 金 一億円 3 支払時期 昭和六三年一月一五日中間金 五千万円 同 年二月二五日 残金 五千万円 4 登記時期 所有権移転登記は代金完済と引き換えにこれを行う。 以上し 代金支払時期をかなりの先にしたのは、乙野は、田舎の土地を処分しなければ金が出来ないので、金を支払いを暫 く待って呉れ、と言ったからと、私の方も相続税の支払時期である昭和六三年三月一臼に間に合えばよかったからで す。なぜ二割程度の手付金を入れさせなかったかとのお尋ねですが、乙野に二〇〇〇万円もの大金の手持ちがなかっ たこともありますが、何よりも私の相続税支払い時期の間際になってから手付放棄で逃げられると私の方が動きが取 れなくなるからです。狂乱地価で異常に値上がりした値段ですから、地価下落の可能性もまた予測されました。 ところが昭和六三年一月一五日が到来しても乙野は金の振込をしない。私はおかしいなとは思いましたが、要する 東 洋法 学 四七大学における要件事実教育について 四八 に三月一日の相続税納付期限までに全額の支払いがあれば差し支えないので、多分乙野の田舎の土地処分の手続きが 遅れたのだろうと思ってそのままにしておきました。しかし二月に入っても金の入金がないので、乙野に催促の電話 をしました。なんだか乙野の返事が曖昧でしたが、二月二〇日に乙野の依頼した弁護士から突然私のところへ内容証 明郵便が参りました。それには﹁あの契約を取り消す。﹂とあります。理由は、門丙野が自分にあの土地を勧めた時、 私は丙野に、横須賀に出るバス便はどうか、と聞くと、丙野は﹃今は朝夕計六便だけだが、人口が増加したので、近 く一日二〇便に増発予定になっている。駈と言った。しかし、その後私が調査したところ、バス会社では増発の予定 はないとのことである。これでは詐欺であるので、あの売買契約を取り消す﹂というのです。 しかし、私としては、丙野が乙野にどのように言ったかは知らないし、そもそも私は丙野のやったことについて責 任を追う必要はない筈です。乙野がこのようにこの契約にクレームをつけたのは、多分次のような理由によるものの ようです。それは、乙野は、丙野に略図を書いて貰って現場を見に言ったとき私が売ると言っているA地と私が留保 しているB地とを取り違えたらしいのです。B地の方ならば日当たりはよいし眺めもよいが、A地は日当たりが悪い から、一億円では高過ぎると思ったのでしょう。それに狂乱地価は六二年の年末から六三年にかけて終息し、宅地価 格は値下がりしているとの噂が広まったので、私の契約をキャンセルして暫く様子を見る気になったのかも知れませ ん。しかし、A地とB地は地番がはっきり違いますから、これを取り違えるなどは軽率もよいところで、丙野の書い た略図が曖昧であったのならば丙野に確かめたらよいでしょう。要するに、﹁契約は守らねばならない。﹂との格言通 り、土地の値段が値下がりしたからといって契約から逃げ出すことが出来ないのだから、私は乙野に対し、A地の代
金一億円の支払いと、この訴状が乙野に送達された日の翌日から支払い済まで年五分の割合による遅延損害金の支払 いを求めます。 裁判所は私に対し右のような判決して下さい。 乙野は、一〇月一日の契約のときに、丙野から聞いたバス便増発計画を話題にしたが、甲野は相槌を打っていて、 別段このことを否定しなかったから、甲野は丙野が嘘を言ったことを知っていたと言うが、私はそんな話題は聞いて おりません。かりにそうであったとしても、乙野は契約後確かに二月二〇日であったと思いますが、私宅に電話を 掛けて来て、バス便増発計画がどうのこうのと言ったあげく、﹁地理的に見ると、そこから山越えで横須賀線の田浦 駅に出られそうだが、道はないか。﹂と聞くので、私は、﹁その通り、山道で上り下りの勾配は少し険しいが、一五分 位の徒歩で田浦駅に出ることが出来る。﹂と言うと、乙野は、﹁そうですか。それならばバス便の増発がなくても通勤 に差し支えがありませんですな。田舎の土地売却の話は順調に進んでいるから、必ず金を払いますよ。﹂と言いまし た。こんな次第ですから、乙野は今更バス増発問題を持ち出して契約の取消をすることは出来ない筋合いです。乙野 の言うことは全くの言い掛かりです。 ︵被告乙野二郎の言い分︶ 私は北陸の生まれですが、国では兄が家を継いでいますから、私は東京周辺で家を持たなければなりません。国の 父が死亡したときに私は父の所有していた土地の内の何筆かを相続により私名義にして貰いましたので、東京で小さ 東 洋 法 学 四九
大学における要件事実教育について 五〇 な家を持つ位の財産はあります。ところが、昭和六一年から始まった首都圏の地価の上昇はまさに狂乱とも言うべき ものなので、私は、このまま地価の上昇が続くと、私の財産では首都圏で一戸建の家を持つことは不可能になりはし ないかと、内心ハラハラしておりました。 そのような気持ちでいるとき、昭和六二年九月二〇日頃会社で私と机を並べている同僚の丙野三郎君が私に﹁乙野 さんは家を建てるための土地を探していらっしゃるとのことですが、私の友人の甲野一郎が相続税支払いの為横須賀 の田浦にある造成宅地を手放したいと言っています。高台ですから日当たりはよいと思いますよ。ただこの頃のこと ですから、えらい高いことを言います。六〇坪の土地ですが、一億円で売りたいと言っています。﹂と言いました。 私は横須賀ならば日本橋の会社へは横須賀線一本で通勤出来るから便利であるし、値段が高いのはこの頃のことで仕 方がない。とにかく現場を見よう、と思って、丙野君に略図を書いて貰い、早速次の臼曜日に横須賀に出掛けました。 ところが、横須賀からその団地へ行くバスが一日朝夕に計六便しかない。仕方がないので、タクシーで行きましたが、 これでは不便で仕方がないなあ、と思いました。丙野君の書いて呉れた略図に従って現場に行くと、造成されたこの 辺一帯の宅地は皆高台にあって北西方面は開けていて眺望がよい。これはなかなかよい団地だなあ、と好感を持ちま した。図面の所には六〇坪ばかりの更地の宅地が二つ並んでいます。いずれも野菜が作ってありましたが、南側の宅 地︵A地︶はその南は山なので、これでは山の影が落ちるから日当たりが好いとは言えない。丙野君の言う日当たり の好い宅地とは、その北側の宅地︵B地︶を言うのであろう。つまり甲野が売りに出している宅地はB地であろうと 判断しました。B地に立って北西側を眺望すると、相模湾が綺麗に見え、こらなら申し分がないとすっかり気に入り
ました。 翌日は確か九月二五日であったと思いますが、私は丙野君に、﹁あの宅地は気に入ったが、バス便が一日六便では 不便で仕方がない。帰りは歩いて見たが、三〇分以上かかった。これでは通勤用に向かないなあ。﹂と感想を述べた ところ、丙野君は、﹁いや、あの団地は最初に県立高等学校が出来た関係上先生の通勤用に僅かのバスだけを運行し たに止まっていたが、最近の土地ブームのお陰で団地内の住宅建築が急増したので、バス会社は一日二〇便以上の大 増発の計画を立てたそうですよ。﹂と言います。私は、それならば交通問題も解消する、と思って、丙野君に﹁金の 支払いは田舎の土地を処分してからになるから、四・五か月先になるが、それでよかったら私は買いたい。﹂と言い ました。丙野君は﹁甲野の相続税の支払い期日は来年の三月一日だから、金は急がないはずだ。それでは、甲野君に 話しましょう。﹂と言って呉れました。そして、昭和六二年一〇月一日私共の会社の応接室で丙話君の立ち会いの下 に、甲野の主張どうりの契約を締結したのです。しかし、私はバス便の事がなんとしても心配だったので、契約書に 署名する前に甲野に、﹁丙野はバスの増便の計画があるといいますが。﹂と聞きますと、甲野はニコニコしていました。 その通りだと言った訳ではありませんが、はっきりと否定しておりませんから、甲野は丙野の言ったことを知ってい たと思います。 ところが、私は田舎の土地を処分する手続きを進め、昭和六三年早々に一億円の金が入る見通しがついたので一安 心し、さてバス便増発の計画を確認しようと思い、昭和六二年一一月五日にバス会社に照会しました。ところがバス 会社からの回答は、そのような計画は全く立てられていない、というものでした。私はビックリして、これでは詐欺
東洋法学 五一
大学における要件事実教育について 五二 ではないか。金を払う前でよかった、と思いました。そして、昭和六三年一月の第一回支払い期を見送ったのです。 ところが二月に入ると甲野から金の催促の電話がかかってきました。そこで、態度をはっきりしなければならないと 思い、弁護士に相談したところ、弁護士は内容証明郵便で甲野宛に詐欺を理由とする取消しの意思表示をして呉れま した。この郵便は、配達証明によると、二月二〇日に甲野に届いています。 なお、甲野はこのように私に訴状を突きつけたのですから、私は、もう一つこの契約が効力がない理由を申し述べ ます。それは、契約書にある横須賀市田浦一六一二番宅地というのは、私が見て来た土地︵B地︶の隣の土地︵A地︶ であるということです。そのことを私が気づいたのは次の事情からです。私は近くにある山は冬には日中でも私が買 ったB地に影を落とさないかと気になって、一二月二三日の冬至の日にもう一度現地を見に行きました。すると、正 午の時点でB地に少し影は落ちますが、床上は何とか日は差しそうです。隣のA地は床上も駄目になりそうでした。 安心して翌日会社で丙野君にその話をすると、丙野君は怪認な顔をして、﹁貴方が買ったのは二筆の内の南側の土地 ですよ。﹂と言います。私はビックリしました。丙野君は、A地とB地とは地番が違う。B地は一六二〇番であって、 一六二一番ではない。横須賀市田浦一六一二番と書いた契約書を取り交わした以上今更仕方がないだろう、と言いま す。しかし、土地の現地を見ないで登記簿だけで売買したのなら別ですが、私は現実に現地を見てB地の方を買う積 もりで契約したのですから、A地を私に押しつけられては困ります。地番を確かめないのは軽率だと言われますが、 地番などは現地に刻印されている訳ではありませんから、素人にはわかりません。民法では錯誤とかで契約を無効に することが出来ると人に聞いたことがありますので、私はそれを主張します。
なお、昭和六二年二月二〇日に私が甲野に電話を掛けた事があるかとのお尋ねですが、私は確かにその日に甲野 に電話を掛けました。そしてバス便増発計画がないことの不平も言いました。また、山越えで田浦駅に出る道がない かと聞きました。しかし、山越えの道があるからといってバス便増発がないことによる不便が解消する訳ではありま せん。原告はこの訴訟で、私はこの電話によって丙野の詐欺を追認したと主張していますが、私は詐欺の追認をする 意思はありませんでしたし、今もなおその意思はありません。 以上の次第ですので、私は原告に金を払う義務はありません。裁判所におかれてはどうか原告の請求を退けて下さ い。 主張整理問題答案︵第二問︶ 原 告 ︵請求の趣旨︶ 被告は原告に対し金一億円およびこれに対する訴状送達の 翌日から支払済まで年五分の割合による金銭を支払え。 ︵請求の原因︶ 原告は、昭和六二年一〇月一日被告との間で目録記載の物 件︵以下本件土地又はA地と略称する。︶を代金一億円で被 告に売り渡す旨の契約を締結した。 被 告 ︵申立︶ 原告の請求を棄却する。 ︵認 否︶ 認める。 東 洋 法 学 五三
︵認 大学における要件事実教育について 否︶ 、認める。 二、 ω不知。 ω否認する。 ⑥認める。 五四 ︵抗 弁︶ 一、被告は、本件土地の北側の隣地横須賀市田浦一六二〇番 宅地二〇〇平方メートル︵以下B地と略称する。︶が売買 の目的物件であると理解し、B地を買受ける効果意思をも って前記契約を締結したものである。しかるに、前記契約 においては、A地を売買の目的物件として表示したから、 被告の買受意思表示は要素の錯誤により無効である。 二、 ω 丙野三郎は、昭和六二年九月二五日被告に対し、その 事実がないのに、﹁バス会社において横須賀駅から田浦 の団地まで一田一一〇便以上のバス便大増発の計画があ る。﹂といって被告をそのように信用させ、その結果被 告は前記の契約を締結するに至ったのである。 ω 右事実を原告は前記契約の際知っていた。 ⑥ 被告は、昭和六三年二月二〇日原告に対し前記詐欺に よる意思表示であることを理由として被告の本件契約に おける買受の意思表示を取消す旨の意思表示をなした。
︵再抗弁︶ 一、︵抗弁一に対し︶ A地とB地とは地番を異にするのであるかち、地番の異 なる土地を売買契約の目的物件であると理解するのは重大 な過失である。 二、︵抗弁二に対し︶ 被告は、バス会社においてバス便増発の計画がないこと を知った後である昭和六二年一一月二〇日、原告より現地 から横須賀線田浦駅へ出る道があることを聞き、﹁それな らバス便の増発がなくても大丈夫だから、必ず金を払う。﹂ と言って、前記買受の意思表示を追認した。 ︵認 否︶ 一、 争う。 二、 被告がバス便増発計画がないことを知った後に原告から 現地から田浦駅へ出る道があることを知らされたことは認め るが、必ず金を払うと言って買受の意思表示を追認したこと は否認する。 物 件 目 録 宅 地 二〇〇平方メ⋮トル 、横須賀市字田浦一六二一番 ︵以 上︶ 東 洋 法 学 五五
大学における要件事実教育について 当事者の主張を整理せよ︵第三問︶ ︵平成元年度民法演習﹀ 五六 ︵原告甲野一郎の言い分︶ 私は、父の代に鎌倉市大字田浦に山林を持っていましたが、これを宅地に造成してその一部を一億円で売りました。 その代金の取り立てがスムーズに行かなくて、結局訴訟になったのですが、その訴訟は和解で終了し、私は八五〇〇 万円の現金を手に入れることが出来ました。 私はそのうち二五〇〇万円は相続税に使いまして、残り六〇〇〇万円をなるべく有利に運用する為に高校時代の友 人である丙野三郎に投資先の相談をしました。此の頃の低金利時代では銀行の定期預金によるのはつまらないからで す。丙野に相談したのは、丙野は日本橋の証券会社に勤めていて、金融関係に明るいと思ったからです。 丙野は、﹁投資信託も株式も値下がりの危険性があり、折角の資金を増やすどころか減ることも予定しなければな らない。それよりも個人の投資家に高利で貸付けてはどうか。私の知っている乙野二郎さんは、年三〇パーセントの 利息をつけると言っている。乙野さんは敏腕な投資家で、世田谷に大きな邸宅を構えており、資産は充分であるから、 貸し倒れになる恐れは全くない。﹂と言います。私は、丙野の勧めに従うことにしました。 昭和六三年九月一日、丙野は、予め打ち合わせておいた通り、鎌倉の私の家に乙野の委任状、印鑑証明書、借用書 を持って来ましたので、私はこれと引き換えに前日に銀行で用意した六〇〇〇万円の小切手を渡しました。私が受け 取った書類は、次の通りであります。
﹁ 借 用 書 金六〇〇〇万円也 右正に借り受けました。つきましては、一年後に三〇パ⋮セントの利息をつけて返済致します。 昭和六三年九月一日 東京都世田谷区深沢一ー三〇 乙 野 二 郎︵印︶﹂ 甲 野 一 郎 殿 ﹁ 委 任 状 私は、丙野三郎に 殿より金六〇〇〇万円を借り入れることを委任します。 昭和六三年七月一日 東京都世田谷区深沢一i三〇 乙 野 二 郎︵印︶﹂ ﹁ 印鑑証明書 ︵乙野二郎の届け出印影︶昭和六三年七月一日 東京都世田谷区長︵印︶し 印鑑証明書の印影と借用書、委任状の印影とは一致していました。 東 洋 法 学 五七
大学における要件事実教育について 五八 今年の九月一日、私は、乙野への貸付金の返済期が来たので、元利合計金七八○○万円を請求する為に丙野が勤め ている証券会社に行きました。ところが驚いたことには、丙野は会社の金の使い込みをして、一か月前から行方不明 になっているということです。私は、すぐにその足で一件書類を持って深沢の乙野さんのお宅を訪ねました。聞いて いた通りの立派な家でした。乙野さんは、私を応接間に通して、﹁あなたも引っ掛かりましたか。私はこの借用書に 六〇〇〇万円と書いたことはありませんし、六〇〇〇万円などという多額の金も受け取ったこともありません。これ は丙野の詐欺ですよ。他にも同様の口があって、私は迷惑しています。それはともあれ、私はあなたから金を借りて いませんから、御要望に沿い兼ねます。﹂と言いました。 その日は仕方がないので家に帰りましたが、このまま泣き寝入りするわけにはいかないので、弁護士さんに相談し ました。弁護士さんは﹁これだけ材料があるから、訴訟しても大丈夫だろう。﹂と言います。私は乙野さんの内部事 情はどのようになっているかは判りませんが、丙野はあくまでも六〇〇〇万円の消費貸借の代理権を持っていたと思 います。しかしどのような主張の仕方をするかは弁護士さんにすっかりお任せすることにして、訴訟をお願いするこ とにしました。 私は、乙野二郎に貸金六〇〇〇万円と約束した利息、それに同じ利率による遅延損害金の支払いを請求します。も っとも利息と損害金は利息制限法の枠内で求めます。 なお、乙野は、丙野に与えた代理権は、八月一日丙野の代理でAから一〇〇〇万円借り受けることにより消滅した と言いますが、委任状などはまだ丙野の手元に残っていたことですし、私としては、そのようなことは知る由もあり
ません。 ︵被告乙野二郎の言い分︶ 平成元年九月一日私は自宅で静養しておりましたら、甲野さんという私の知らない人が訪ねて来て、甲野さんは私 に六〇〇〇万円を貸しているから返して呉れと言います。私は甲野に金を借りた覚えはありませんから、そのことを 言って断りましたが、その際甲野さんは私名義の借り入れ額六〇〇〇万円、利息三〇パーセントと書いた借用書を持 っていると言って私に見せました。この借用書については次のいきさつがありました。 昭和六二年の一月から株式相場は、銀行株を中心に大幅の値上がり傾向を示し、この金余り現象による株式ブーム はまだまだ続くだろうという見込みでした。私も多少は株の売買をやって小遣い銭稼ぎをしていますが、その資金と して手元金だけでは物足りなく思いました。銀行から金を借りてもよいのですが、自宅は私の事業の為に銀行に担保 に入れてありますし、それにその頃の世論の影響で株の売買資金にする為の貸付は銀行はいい顔をしませんので、ど こか適当な街の融資家はいないものかと思っていました。 私は大学でサッカーをやっていましたが、昭和六三年六月二〇日に池袋でサッカー部のOBの会が催されました。 そのとき後輩の丙野三郎君が証券会社に勤めているというので株の話になりました。私は株はもっと上がると思うの で買い増したいが、もう資金がないと言いますと、丙野君は、﹁私は仕事の関係上、そういう向きの街の融資家を何 人か知っている。年三割の利息をつけて呉れるなら紹介出来る。﹂と言います。そこで私は丙野君にその話を頼むこ
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大学における要件事実教育について 六〇 とにしました。 昭和六三年の七月一日に私は印鑑証明書を用意し丙野君に自宅に来て貰いました。そして私の実印を使って、丙野 君の指図する通りに丙野への委任状と借用書を作成しました。貸主は未定ですから貸主欄は空欄にしました。 私としては、借り入れは一〇〇〇万円以内に抑えるつもりでした。この資金で買入れた株式が値上がりすればいく らでも利息は払えるが、横這いであれば、一〇〇〇万円以上の借り入れ金の利払いは一寸私の懐具合を越えるからで す。 そこで私は丙野に﹁一〇〇〇万円を借りてくれ。﹂と頼みました。そして、借用書と委任状には、借用金額として コ○○○万円﹂と書き入れました。その際丙野は、訂正印に使うかもしれないから、というので、私の実印を丙野 に預けました。 その後一か月経過した昭和六三年の八月一日に丙野君は、一〇〇〇万円の銀行振出の小切手を持って来ました。A という人から無事に借り出すことが出来た、と言うのです。そして丙野に預けておいた私の実印も持って来ました。 私は丙野に一〇万円のお礼をしました。 私はこの借り入れ金で銀行株や鉄綱株に分散投資しました。そして、一〇月二〇日に、株式ブームももはやピーク を過ぎたと判断して売却処分しました。利益は予定した程ではありませんでしたが、それでもかなり儲けました。そ して一二月一日に丙野君を通じてA氏に元金一〇〇〇万円と四か月分の利息一〇〇万円を返済しました。借り入れ期 問は一年間あるのですが、私は株式ブームももう終わりであると思い、手仕舞いの方針に出たのです。そうであれば
高利の借り入れ金を借り続けることはないので、期限前弁済をしたのです。A氏としては、一年聞貸し続けてその問 の利息を取る権利はあるのですが、心よく私の申し出を了承して呉れたものと思われます。丙野はA氏から二〇〇 万円の受取書を貰って来ていたので、私はこれを受取りました。 私は、これで丙野君を通じての融資問題は終わったと思っていたのです。ところが甲野さんが私方を訪問される一 週間前である平成元年の八月二五日にBという人が私宅にやって来ました。そして、私に二〇〇〇万円を貸している から返済して貰いたいと言います。私はもとより身に覚えがないことですから証拠の提示を求めましたら、Bは私の 丙野宛ての二〇〇〇万円の借入れ委任状、二〇〇〇万円の私名義の借用書、印鑑証明書を出しました。委任状と借用 書は昭和六三年二月一日付けになっていました。しかし、印鑑証明書は七月一日付けの私が丙野に渡した印鑑証明 のコピーでした。しかも委任状と借用書は白紙に記載したものです。私が丙野に渡したのは、私の会社の用紙に記載 したものです。そこで、私は、この委任状も借用書も偽造であること、だいたい七月一日付けの印鑑証明では期間 オ⋮バ⋮で無効だから、こんなものを信用して金を出すなど軽率窮まる、と言ってBを追い返しました。Bはその後 私には何も言って来ません。 そして今度の甲野さんの申し入れとなったのです。甲野さんの持っていた委任状と借用書は、会社の用紙に記載し てありましたから、確かに私が丙野に渡したものに相違ありません。印鑑証明書も実物です。ただ、借用書と委任状 の金額は私はコ○○○万円﹂と書いたのですが、一を六に書き直してありました。これは書き足した部分のインク の色が少し違いますから、よく見れば偽造が判る筈です。それにしても丙野がAに渡した委任状、借用書、印鑑証明
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大学における要件事実教育について 六二 は何であったかが疑問になりますが、恐らく丙野は、私が丙野に渡した書類の原本は巨額の借り入れに乱用するので、 Aには代用品で済ましたものと思われます。その頃私は、丙野に実印を預けていましたから、代用品は何通でも作れ たわけです。Aへの返済は私が責任をもって果たすにきまっていますから、この方はトラブルに発展する恐れはなく、 従って不正はバレないと思ったのでしょう。それよりは本命の巨額の借り入れ手続きの方が大事で、もしこのことが 刑事事件に発展すれば、これに偽造文書を使用していると、詐欺罪の外に文書偽造行使罪が付け加わって刑が重くな るとでも思ったのでしょうか。 ともあれ、丙野は、私の信用を利用して甲野から六〇〇〇万円という大金を借り出し、株で一儲けした上元金は甲 野に返済し、何食わぬ顔をしようとしたのでしょう。 ところが御承知の通り、リクル⋮ト事件に伴う自民党政権の政局不安から株式相場暴落という事件が起こりました。 これで丙野は思わぬ大損をしたに相違ありません。それで二月の段階で私の実印を使って偽造しておいたもう一組 みの書類を使用し、Bからの借り入れを起こし、これを資金として損失の挽回を図ったのでしょう。しかしそれも失 敗したものと思われます。丙野は今会社の金の使い込みをして逃亡していますが、これも損害回復の為の悪足掻きの 結果と思います。 以上の次第です。私は丙野に六〇〇〇万円という大金を借り入れる代理権は与えておりませんから、丙野のしたこ とに対して私が責任を負う理由はありません。 甲野の弁護士さんは、甲野は私が丙野に渡した書類を信用して丙野に六〇〇〇万円の借り入れ代理権があると思っ
たのであるし、現実に丙野にはたとえ一〇〇〇万円限度であったとはいえ代理権があったではないか、と言われます。 しかし、借用書と委任状の六〇〇〇万円は一〇〇〇万円を書き直したものであることはよく見れば判る筈であるし、 そもそも六〇〇〇万円もの大金を渡すのに借主本人に当たって確かめないということがありますか。このこと自体非 常識なやり方であって、甲野さんには正当な理由があるとはいえません。また、私が丙野に与えた一〇〇〇万円の借 り入れ代理権は、昭和六三年八月一日にAからの借り入れを行ったことにより消滅しましたから、九月一日の甲野か らの借り入れの際には丙野にはなんの代理権もありませんでした。この点から言っても、甲野さんの主張は通らない 筈です。もっとも、甲野は私のAからの借り入れは知らなかったと思いますが、前に申した通り、丙野が甲野に見せ た借用書と委任状は変造したものですから、これをよく見て変造に気がつけば、これはおかしいと思う筈で、その段 階で丙野を問い詰めれば、一〇〇〇万円借り入れ済のことも判った筈です。この意味で甲野には重大な過失がありま すから、原告の言い分は通りません。 以上の次第ですから、裁判所におかれては、どうか甲野の請求を排斥する判決をして下さい。 東 洋法 学 六三
大学における要件事実教育について 六四 主張整理問題答案︵第三問﹀ 原 告 ︵請求の趣旨︶ 被告は原告に対し金六〇〇〇万円およびこれに対する昭和 六三年九月一日より支払済みまで年一五パーセントの割合に よる金銭を支払え。 ︵請求の原因︶ 原告は、昭和六三年九月一田訴外丙野三郎との間で丙野を 被告の代理人として被告に対し金六〇〇〇万円を返済期昭和 六四年九月一日、利息年三〇パーセントとの約定で貸付ける 旨を約し、即β丙野に対し金六〇〇〇万円を交付した。 一、被告はその頃丙野に対し右消費貸借契約締結の代理権を 授与した。 ︵申 被 告 立︶ 原告の請求を棄却する。 ︵認 否︶ 認める。 、否認する。
二、かりに、右金額の代理権授与の事実がないとしても、被 告は昭和六三年七月一日丙野三郎に対し他から金一〇〇〇 万円を借入れる契約を締結する代理権を授与したところ、 丙野は、原告に対する前記借入れ交渉に際し、被告の印鑑 証明書、右印鑑証明書と同一の印影が押捺してある被告名 義の丙野に対する六〇〇〇万円借入れ委任状、金六〇〇〇 万円の受取り金額を記入し印鑑証明書と同一印影が押捺し てある被告名義の借屠書を原告に提示したので、原告は丙 野が被告より与えられた借入れ代理権の範囲は金六〇〇〇 万円であると信じた。 そして、以上の状況の下では、原告がそのように信ずる について正当な理由がある。 二、事実関係は認めるが、正当事由があるとの点は争う。 丙野が原告に示した委任状と借用書に記載された借入金 額六〇〇〇万円は、被告が記入した一〇〇〇万円をそのよ うに変造したものである。このことは、変造部分はインク の色が少し違うから、よく注意すれば判るはずである。 また、六〇〇〇万円という大金を代理人を通じて貸付け る場合には、本人に対し代理人の代理権の有無につき確認 をするのが通常のやり方である。原告はこのことを怠って いる。 以上の次第であるから、原告には丙野に六〇〇〇万円借 入れ代理権があると儒ずるについて正当の事由があるとは 書えない。 ︵認
雛
o ︵抗 弁︶ 丙野は、昭和六三年八月一日被告の代理人としてAから金 一〇〇〇万円を借入れた。このことにより原告が主張すると ころの表見代理の基本代理権は消滅した。 ︵再抗弁︶ 原告は丙野の基本代理権の消滅を知らなかった。劉
鋤じ、馨査
免 東 洋 法 学 六五︵認 大学における要件事実教育について 否︶ 過失であるとの主張を争う。 六六 ︵再再抗弁︶ 甲野は丙野が所持していた委任状と借用書の変造に気付か ず、一〇〇〇万円借入れ済みであるであることを知り得なか ったのは、過失である。