著者
勝部 雅史
著者別名
Masashi KATSUBE
雑誌名
東洋大学人間科学総合研究所紀要
巻
22
ページ
169-186
発行年
2020-03
URL
http://doi.org/10.34428/00012021
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.jaはじめに
年 月末から 月にかけ、ブエノスアイレスで開催された G サミット(各国首脳会議) は、史上はじめて首脳会議の重点政策課題として「幼児教育」を取り上げた。そこでは、「特に幼児 が最も脆弱な分野において不平等を削減する手段」となる「質が高く、持続可能な形で財政投資を受 けた、幼年期発達の多元的なアプローチを考慮した幼児期プログラム」の実行に伴う経済支援のコン センサスが表明されている。 世紀以降、就学前の幼児教育・保育分野 の改革は OECD、EU のほか国連、UNESCO のイニシ アチブで進められ、多数の国際協約のもと、共通して乳幼児期の生活と教育の重要性 を強調してき た。日本では、 年「エンゼルプラン」(文部・厚生・労働・建設省 大臣の合意)および「緊急 保育対策等 か年事業」を嚆矢として、およそ四半世紀にわたり「少子化対策」に取組み、保育関連 事業を中心とした施策が立案・実施されてきた。しかし、依然として出生率低下 に歯止めがかから ず、 年 月成立の「子ども・子育て関連三法」にもとづく「子ども・子育て支援新制度」が 年 月より始まった。 幼児教育・保育の政策課題の背景に「少子化対策」が置かれる一方、「幼児教育・保育の充実」「幼 児教育・保育の質の確保・向上」を趣旨とする「子ども・子育て支援法の一部を改正する法律」が 年 月に成立した。これを受け、「全世代型社会保障改革」の主要施策として「幼児教育・保育 の無償化」が同年 月 日より導入・実施される。制度導入後の 年以降、教育行政や福祉行財 政、また幼児教育や保育を受ける「子どもの権利」における政策インパクトの検証の活発化が見込ま れるが、実施準備の最終段階にある 年 月現在、政策意義を把握することは困難である。 そこで、政策課題の論点を考察する「幼児教育・保育無償化に関する研究」を二稿に分割して逐 次、本誌上に発表することとしたい。 本稿では、日本における幼児教育・保育無償化の動向および導入過程を整理・検討し、その政策意幼児教育・保育無償化に関する研究(一)
─制度の導入過程および日本的特徴の検討─
勝部 雅史
* * 人間科学総合研究所客員研究員義を予備的に考察する。第 に、「無償化」導入の経緯を小史として述べ、「無償化」を国家戦略とし て確立した時期 の議論と検討課題を明らかにする。第 に、国際人権規約における無償化の漸進的 達成義務を踏まえ、OECD による国際比較インディケータから、幼児教育・保育の日本的特徴を考察 する。第 に、幼児教育・保育分野に対し、公的投資を推進すべきというエビデンスを提示する主要 な先行研究を取り上げ、幼児教育・保育の公共性の意義を検討する。最後に、先進国の「保育評価ベ ンチマーク」達成度から、国際比較による日本の幼児教育・保育の相対的な評価を考察する。
Ⅰ.日本における幼児教育・保育無償化の導入
.幼児教育の「国家戦略化」推進 幼児教育・保育における「無償化」の根拠法は、「子ども・子育て支援法の一部を改正する法律」 である。改正以前の本法律案と関係法律案の附帯決議 は、 年の衆議院・参議院の社会保障と税 の一体改革に関する特別委員会で協議され、衆・参両院で幼児教育・保育無償化の導入に向けた検討 を行う旨が言及されていた。附帯決議は、施行について細則・解釈の基準などを希望意見として表明 するに過ぎず、附帯決議自体に法的拘束力は認められない。しかし、政府は決議を尊重しなければな らず、施行運用上の考慮や参照に値する条件 とみなされる場合も多い。その意味で、附帯決議は政 治的効力をもつと解される。 「無償化」に関する政府検討案のうち、直接の提言案として取り上げた初期の公文書は、 年 月の文教制度調査会・文部科学部会幼児教育小委員会「国家戦略としての幼児教育政策」であった。 幼児教育機能強化の観点に立ち、将来的に「 ∼ 歳児に対する 時間相当の幼児教育」を国家が保 障すべきことを述べた当案は、同時期の 年 月「自民党政権公約 」に趣旨を変えずに盛り 込まれた。 翌 年の文教制度調査会・文部科学部会学校教育特別委員会・幼児教育小委員会「国家戦略と しての幼児教育の充実強化と幼児教育の無償化について」(以下「国家戦略としての幼児教育検討」) では、「税制の抜本改革に合わせ必要な財源を確保しつつ、その実現を目指す」 と財源確保の検討の 言及が早くもなされている。同年、教育基本法の改正により「幼児期の教育」 が新設され、幼児期 は「生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要な段階」と位置づけられるとともに、国及び地方公共団 体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備に努めなければならないことが規定された。さ らに、「国家戦略としての幼児教育検討」を踏まえた「自民党参議院選挙公約 」において、教育 費負担の軽減(奨学金事業の充実と保護者負担の軽減)とセットで教育分野のマニフェスト(「教育 を再生する」)とされた。 一方、幼児教育・保育政策の「国家戦略化」推進を採用した時期には、「幼児教育無償化」あるい は「幼児教育・保育無償化」名称統一の適確性について、政府内で厳密な検討がなされていない。 年 月にいわゆる三法令(「幼稚園教育要領」「保育所保育指針」「幼保連携型認定こども園教育 ・保育要領」)が一斉に改訂されたことにより、三法令におけるどの幼児教育・保育施設に通う子どもに対しても、幼児教育の同質性 が保たれることとなった。したがって、幼児教育および保育制度 のどちらを通じても、国際教育標準分類(ISCED)に定める幼児教育プログラム(認知的・身体的・ 社会情動的能力を育むねらいをもつ教育)は、対象の子どもに提供されることを前提とするならば、 幼児教育と保育の無償化を区別化する理由は存在しないといえよう。 名称不統一の状況は、結局 年 月まで継続した。政府を挙げて「幼児教育・保育無償化」を 正式名称として周知する旨を、内閣府特命担当大臣(少子化対策)が国会の予算委員会 で表明して 以降、表記として「幼児教育・保育無償化」が定着化している。 .幼児教育・保育無償制度の具体化構想 ( )「国家戦略化」路線の加速と停滞 「国家戦略としての幼児教育検討」で提言された無償化実施の検討案は、 年の文教制度調査 会・文部科学部会幼児教育小委員会「国家戦略としての幼児教育の無償化について」 で具体化し た。この報告書は、それまでの答申や報告を総合的に検討し、無償化に向けた構想として最も体系的 な「素案」を提示している。その特徴は、希望する全ての子どもに質の高い幼児教育の機会を提供す る観点で「国公私立の幼稚園、保育所、認定こども園を通じた無償化」を打ち出し、 ∼ 歳児に対 する幼児教育機能に関する「標準的経費」 を無償化部分の対象とすることを原則とした点にある。 制度の実施に関しては、全ての ∼ 歳児を対象に無償化を図ることを基本とし、当時の保護者負担 をもとに推計すれば、必要となる追加公費の額は , ∼ , 億円程度 と見込んだ。また、財源 上の制約が避けられない場合は、教育機会確保の視点を前提に、少子化対策の効果なども総合的に勘 案して、段階的に実施する可能性も含むものとされていた。 幼児教育・保育無償化は、教育制度のみならず社会保障と国民生活に密接なイノベーション分野と しても存在感を高めた。すなわち、 年の閣議決定「経済財政改革の基本方針 」では、幼児 教育無償化を「安心できる社会保障制度」「質の高い国民生活構築」の一角を担うプランとし、 年に閣議決定された文部科学省「教育振興基本計画」 では、中長期課題と短期課題の両方で無償化 に取り組むこととした。具体的には、今後 年間を通じて「目指すべき教育投資の方向」として幼 児教育無償化を位置づけ、今後 年間で「特に重点的に取り組むべき事項」に就園奨励費、幼児教育 無償化の歳入改革にあわせた総合的検討を行い、教育への機会保障を図ることとしたのである。この ように、文教制度調査会による提言を中心とした幼児教育の「国家戦略化」路線は、 年から 年にかけて一つの過渡期を迎えたとみることができる。 ところが、幼児教育・保育無償化の検討は、その後 年から 年までの 年間に大きく失速 し停滞する。 年 月 日の衆議院解散に伴い、同年 月 日に執行された衆議院議員総選挙 では、現憲法下における国政選挙では最高の 議席(議席占有率 .%) を獲得した民主党中心 の民社国連立政権(鳩山由紀夫内閣)が成立した。新内閣は、 月 日に内閣官房に国家戦略担当 大臣および大臣統括の「国家戦略室」を設置 したが、子ども手当制度の創設や高校教育無償化など
を国家戦略担当所管事項の重点政策とする反面、自公連立政権時代の幼児教育・保育無償化の推進は 政策課題から除外され、事実上の「棚上げ」となった。 ( )幼児教育・保育無償制度の法制化 年、ふたたび自公連立政権(第二次安倍内閣)が成立した後、国家戦略担当大臣と国家戦略 会議は廃止された。それに合わせて、新連立政権は、 年 月から凍結されていた内閣府経済財 政諮問会議を再始動させ、幼児教育・保育無償化の推進再開についても、経済財政運営と構造改革に 関する基本方針(「骨太の方針」)で打ち出すことを決定した。 年の衆議院・参議院の社会保障 と税の一体改革に関する特別委員会で、幼児教育・保育無償化の導入が協議され、 年度から段 階的に開始されてきた幼稚園就園奨励費補助を踏まえ、法制化に向けた具体的設計は、 年 月 の閣議決定「新しい経済政策パッケージ」および 年 月の閣議決定「経済財政運営と改革の基 本方針 」(以下「骨太方針 」)で提示された。 「骨太方針 」では、幼児教育無償化を一気に加速する一方、「消費税引上げにあわせて無償化 を実施することを目指し、経済的な影響を緩和する」を課題として挙げた。「新しい経済政策パッ ケージ」では、無償化は「 ∼ 歳児が利用する保育所・幼稚園・認定こども園の費用」とし、さら に ∼ 歳児については「住民税非課税世帯」を対象範囲にすることが定められた 。ただし「無償 化」とはいえ、 歳から 歳までの保育所・幼稚園・認定こども園利用について、全額無料で利用で きるわけではない。認可外保育施設、幼稚園の一時預かりは、 ∼ 歳児の利用につき「月額の上限 内で無償化」とする一方、 ∼ 歳児の利用は無償とならず、「補助の上限額」が設定される。財源 負担については、自治体の負担軽減に配慮しつつ国と地方で分担することを前提に、 年 月 日の消費税率引き上げに伴う増収分を活用し、財源を確保することとした。財源措置の割合は、 年 月から 月にかけ国と地方の協議を重ね、原則として国 .%、都道府県 .%、市町村 .% で決着 した。初年度( 年度)に要する経費については、全額を国費で負担することが 確定している(表 )。年間に必要な財政措置(年間約 , 億円)のうち、初年度は半年分の , 億円の計上である。 以上の経緯と展開により、衆議院内閣委員会は 年 月 日「子ども・子育て支援法の一部を 改正する法律案」を可決した。参議院内閣委員会は 年 月 日に可決、 月 日の参議院本会 議で「子ども・子育て支援法の一部を改正する法律」(令和元年法律第 号)が法案修正なしで可決 ・成立、幼児教育・保育無償化の 月 日実施が決定した。
Ⅱ.幼児教育・保育の日本的特徴
.教育無償化の漸進的導入 教育無償化は、教育支出(「標準的経費」など)を公的財源で賄うことにより、子どもの学習権お よび教育の機会均等の保障を一義的な意図とする政策選択と考えられる。その実現は、外交関係に関するウィーン条約にもとづき、国際法によって規律される法的合意を根拠に図られる。すなわち、 年に国連総会で採択され、 年に発効した国際人権 A 規約(社会権規約) 条 項において 「この規約の締約国は、教育についてのすべての者の権利を認める」と明記されている。さらに同条 項は、教育についての権利の完全な実現を達成するため、(a)初等教育の無償化、(b)および (c)で中等・高等教育の無償化を漸進的に導入することを定めている。 国際人権 A 規約は、社会権に関する「欠乏からの自由」(経済的、社会的及び文化的権利の確保) を必要とする観点で規約化された多数国間条約の一つであり、最も基本的かつ包括的な人権規約 と して、締約国に権利の実現の漸進的達成義務を課している。日本は 年に批准したものの、中等 ・高等教育における無償教育の漸進的導入の部分には従わない「留保」を宣言していた。批准に際 し、日本政府は、特命全権大使を通じて「規定にいう『特に、無償教育の漸進的な導入により』に拘 束されない権利を留保する」 通告を国連(事務総長あて)に行っている。しかし、当時すでに規約 の締約国の中で当該規定に留保を付していたのはルワンダのみであって、高等教育の無償化が実現し ていないイギリス、フランス、イタリアなども留保を付さずに締約国となっていた 。 国連の社会権規約委員会より、留保撤回の要求と勧告を繰り返し受けた日本政府は、 年の民 社国連立政権で「高等教育の段階的な無償化条項の留保撤回」を具体的な目標に掲げた。 年 月にはルワンダが留保を撤回したことで、留保を継続している国は、当時の条約加盟国 か国中、 日本とマダガスカルの か国のみとなっていた。国内施策では、高校授業料の実質無償化や大学の授 業料減免措置が拡大したことから、日本政府は 年 月 日に留保撤回を国連へ通告し、以後 「無償教育の漸進的導入」を進めることを国際公約としたのである。 表 幼児教育・保育無償化に係る国・地方の財源措置および負担割合( 年度)
翻って、幼児教育段階の無償化については、基礎教育として「できる限り奨励され又は強化される こと」 とする裁量方針(policy statement)にとどまり、規約に漸進的達成義務の定めはない。前節で 検討したように、日本の幼児教育・保育無償化は、政策的には 年代の 度の政権交代による影 響を強く受けながら、国家戦略化の加速、停滞を経て復興する形で推移している。 .OECD 国際比較インディケータによる量的特徴の検討 幼児教育・保育無償化は、 年 月「新しい経済政策パッケージ」における「人づくり革命」 の具体化の つとして計画され実現した政策である。「人づくり革命」「生産性革命」を両輪とする同 パッケージでは、少子高齢化という「最大の壁」に立ち向かうため、「待機児童の解消」「高等教育の 無償化」「私立高等学校の授業料の実質無償化」「介護人材の処遇改善」とあわせ、幼児教育・保育無 償化を「人材への投資政策」 に位置づけた。では、幼児教育についての国際人権規約がないにもか かわらず、日本の幼児教育・保育制度の無償化を推進する根拠とは、どのようなものであろうか。 子育てや教育にかかる費用が、子育て世代への大きな経済負担となっており、幼児教育の無償化を はじめとする負担軽減措置を講じることは、重要な少子化対策の一つという認識 が政府内で共有さ れ、無償化を政策的に選択すべき論拠とされている。日本で広く教育費を無償化することがどれほど 少子化対策に寄与するかは、制度導入を前提とした試算を含めるとしても、確たるデータセットと呼 べる実証的知見がいまだ存在しない。とはいえ、日本の幼児教育・保育における「公的投資の低位水 準」「家計負担の重さ」は、OECD インディケータで繰り返し指摘されてきた事実である。 日本は、就学前教育に対する支出(対 GDP 比)において、OECD 加盟国中で「最低位グループ」 に位置し続けている。直近の 年公表のデータにおいても、GDP 比 .% 未満のグループ(日 本、ギリシャ、オーストラリア、アイルランド)に属しており、OECD 平均の約 分の の水準であ る(図 )。OECD は 年代後半から、各国の教育政策の国際比較によるインディケータ事業 (INES Project)を推進しているが、就学前教育を含む「幼児教育・保育」に関する支出統計で、日本 が OECD 平均水準に達したことは一度もない。 国際比較にみる幼児教育・保育の日本的特徴は、第 に、幼児教育・保育分野の支出は、公的支出 ではなく私的支出が過半を占めるという事実 が指摘できる。つまり、日本では私的財源による支出 が % であるのに対し、公的財源による支出は % にとどまる。さらに、私的支出のうち % は、入園料・授業料・保育費など家計負担によるもので、その結果、日本では幼児教育・保育を受け る子どもの % が独立型の私立教育機関に在籍している。大半の OECD 加盟国は、主に公営や公設 民営型などの教育機関で就学前教育を行っているが、日本は、その特徴にあてはまらない例外的な国 である 。 第 の特徴は、日本の場合、 歳以上で幼児教育・保育機関に通う子どもの率(在籍率)が格段に 高い一方、 歳未満の在籍率は低いことである( 年度現在)。すなわち、 歳児の在籍率は % で、OECD 平均を %上回っており、 歳から 歳児にいたっては、在籍率は % に達している。
ところが、 歳未満の在籍率は % に過ぎず、これは OECD 平均を逆に %下回っているのであ る 。 以上の検討から、日本では幼児教育・保育無償化制度の法制化以前より、すでに量的特徴として、 歳以上で私立の幼児教育・保育機関に通う子どもの数が多く、制度利用のための支出割合は、公的 支出を私的支出が上回る事実が把握できる。「無償化」導入とは、こうした特徴的パターンをもつ日 本の幼児教育・保育について、公財政支出の割合を高め、私的支出を縮小させる政策選択の結果にほ かならない。一方、教育無償化が出生率上昇に寄与する事実を実証するデータは未確立であるゆえ、 幼児教育・保育無償化を「重要な少子化対策」に位置づける政府の認識と方針を、合目的的な政策転 換と判断することはむずかしく、幼児教育・保育無償化の公共的な意義については、慎重な検討が必 要である。その認識のもと、次節では「新しい経済政策パッケージ」でいう「人材への投資政策」と して、幼児教育・保育への公的投資が社会的に有益とされる論拠(エビデンス)を取り上げ、幼児教 育・保育の公共性の意義を検討することにしよう。
Ⅲ.幼児教育に対する公的投資の検討
.公的投資効果のエビデンス 子どもの教育機会均等の保障は、国内外で成立した法制にもとづく一定の社会的合意のもと、実施 体制がとられている。その一方で、幼児教育に対する社会的投資の「政策効果」を主張する実証研究 が、 年代より蓄積されてきている。代表的な研究成果として、被引用数が最も多く言及されて 図 就学前教育に対する支出(対 GDP 比)いるのは、Heckman の研究である。この研究は、 年代のミシガン州で行われた低所得家庭のア フリカ系アメリカ人の就学前の子どもを対象にしたプロジェクト(「ペリー就学前プロジェクト」)に 依拠している。一定の幼児教育プログラムを実施したグループ(実験群)と実施しなかったグループ (統制群)を、約 年間にわたって定点観測的に分析した結果、統制群よりも実験群の方が 歳時 点の年収水準、持ち家率は有意に高く、犯罪率、公的扶助の受給率などは低いことが示された。この 結果を受け、Heckman は「幼少期の介入は経済的効率性を促進し、生涯にわたる不平等を低減す る」 と主張した。 幼児教育プログラムは、低所得層の子どもだけでなく、中上位層の子どもへの教育効果も高いこと を示す長期縦断研究も存在する。イギリスの 歳から 歳までの幼児の発達(知的および社会的/行 動)の全国的縦断研究「EPPE プロジェクト( − )」では、以下の調査結果 を得ている。第 に、就学前の教育経験は、子どもの発達を促進し、早期の開始は望ましい知的発達と社交性に関連 している。特に不利な状況にある子どもは、質の高い就学前教育の経験から大きな恩恵を受ける。さ まざまな社会的階層の子どもの混在に対応する施設に通う場合に、その効果が高い。第 に、プログ ラムの質は、より優れた知的・認知的および社会的/行動発達に直接関係している。特に専門的訓練 を受けた教師の割合が高い環境は、子どもたちの発達と学習を促す。第 に、子どもは、統合された センターや保育園でより知的発達を遂げる傾向がある。第 に、家庭の学習環境の質は、すべての子 どもの知的および社会的発達を促進する。それに伴い、親の社会階層よりも、家庭学習環境の質が重 要であることが報告されている。 さらに、アメリカ、イギリス、カナダ、ニュージーランド、ヨーロッパ諸国の計 か国の追跡研 究をメタ分析した Schoon ら によれば、幼児期の社会情動面の発達が、その後の全般的な発達やど のような人生を送るかに重要な影響を与えるという結果が示されている。つまり、成人期の影響の具 体的予測因として、大半の縦断研究では「教育/社会経済面/雇用」の面で強い正の相関がみられ、 いくつかの縦断研究では、人生の満足度やパートナーシップと生活する資質など「情緒的安定性」で 正の相関がみられた(表 )。 これらの研究成果は、教育上の不利が子どもの発達にネガティブな効果をもたらすことを前提とし ており、幼児教育・保育に社会的な投資を効率的に行うことで、そのような不利を防ぐ重要性を共通 して提起している。この考え方と実証的知見は、持続可能な経済社会の開発戦略をすすめる OECD や UNESCO による「格差是正のためには、成人期の訓練や高等教育機会均等のための措置に財政投 入するよりも、乳幼児期に投資をしたほうが、はるかにリターンが見込める」との見解 を強力に支 持するエビデンスとして、政策立案者や教育関係者に積極的に受け入れられ、幼児教育・保育に公的 投資を促す影響力を獲得したのである 。 .幼児教育の「公共性」 年 月に「幼児教育・保育に関する調査プロジェクト」を発足させた OECD 教育委員会は、
年の調査報告“Starting Strong” で、OECD 加盟国の間では「幼児教育と養護の質の向上とアク セスの向上」が政策上の優先事項であることを提起していた。一方、OECD の教育部門では、グロー バルな人材移動や人的資源開発の動向把握のための国際教育指標開発に着手していたが、教育段階と しては成人教育・高等教育・義務教育のアウトカムに傾注しており、幼児教育・保育については未着 手であった 。 すでに指摘して論じたように、国際法によって規律された法的合意(条約)により、批准国には無 償教育の漸進的導入を達成する義務がある。日本の場合、すべての子どもに一定の教育環境を保障す る公共的意義は、憲法第 条における「教育を受ける権利」すなわち、普通教育の機会均等の保障 として、教育を受ける自由の保障(学習権)、合理的な教育制度による適正な教育の場の保障(社会 権)の両面より構成され確立している。しかし、同条第 項「普通教育を受けさせる義務」 でいう 普通教育とは、教育法令 における小学校など初等教育、中学校・高等学校・中等教育学校など中等 教育を指しており、幼児教育は含まれない。したがって、教育無償化の漸進的達成義務(国際人権 A 規約)が課せられた普通教育との比較上、達成義務から除外されている幼児教育・保育の公共性の意 義は、相対的に普通教育と非対称な関係を形成することが多くなる。 OECDのほか EU や国連、UNESCO の相補的なイニシアチブで、幼児教育・保育の質に関する検 討事項やモニタリングが活発に提言されるのは、 世紀以降のことであり、とりわけ OECD の発揮 表 歳での指標で成人期の影響の予測因となったもの
した強みは、先進国の財務担当高官、および国際的なドナー機関から、保育分野への財政投資を呼び 込むためのエビデンスを提示したことにあった 。 保育分野への公的な財政投資の意義について、Lloyd は、その論拠を「有能な人材育成による社会 的流動性の向上」「親(特に母親)の就労促進による世帯収入の増加」「機会均等や社会的包摂といっ た社会正義の伸張」の 点 に整理している。さらに、 年 月に採択された国連子どもの権利委 員会「日本の第 回・第 回統合定期報告書に関する総括所見」 では、子どもの権利条約批准国で ある日本政府に対し、委員会は(a)幼稚園、保育所および認定こども園の無償化計画の効果的な実 施、(b)大都市部における保育施設受入れ可能人数を拡大するための努力を継続すること、(c)保育 を負担可能で、アクセスしやすく、かつ保育施設の設備および運営に関する最低基準に合致したもの にすること、(d)保育の質を確保しかつ向上させるための具体的措置をとること、そのための費用に ついては、(e)前掲の措置のために十分な予算を配分する必要性を勧告しており、「乳幼児期の発 達」の領域で子どもの権利実現の確保を求めている。 こうした「保育財政基盤」「教育環境の保障」を一体的に実現させるためには、所得再分配と資源 配分のエビデンスに裏づけられた公共政策アプローチを、保育分野に応用的に定着させる必要があ る。先進各国は、幼児教育・保育の公共性の意義をどこまで把握し、その達成状況をどのように評価 すべきであろうか。 .先進各国の「保育評価ベンチマーク」達成状況
年とやや古いデータであるが、OECD 調査報告“Starting Strong II ”は、フィレンツェのユニ セフ・イノチェンティ研究所に提供され、先進国 か国で達成が望まれる保育評価項目(ベンチ マークごとの実現状況)の分析結果が公表されている(表 )。 この分析では、 世紀を生きる「新世代」は、大多数が幼児期の大部分を何らかの形で在宅保育 に費やす最初の世代であることを訴え、神経科学研究(neuroscientific research)の知見にもとづき、 乳幼児期は、保育者との愛情、安定、安全、望ましい刺激を与えられる関係が重要であることを強調 した 。これらを基本的観点として、イノチェンティ研究所は、幼児期にポジティブな効果をもたら す「チャイルドケアの移行」を OECD に促したのである。 分析結果を検討すると、 項目からなるベンチマークの達成数「 」を実現したのは、スウェー デンのみで、達成数「 」以上の上位国は、フランスと北欧諸国(アイスランド、デンマーク、フィ ンランド、ノルウェー)に集中している。日本は、達成数「 」にランクされるが、イノチェンティ 研究所の分類では、達成数「 」を超えると中位階層以上、逆に「 」未満はすべて低位階層にセグ メント化されている。そこで、 か国における個々のベンチマーク達成率を考察するため、ここで は「達成率 % 以上」 を、統計的画一的な一つの閾値を示す尺度と仮定しよう。この尺度水準を 「相対的指標」とすることによって、いわゆる相対的剥奪指標と同様に、「過半数の国で達成済みのベ ンチマーク」につき、達成できていない各国の状況を横断的に把握することが可能になる(表 )。
結果として、相対的な未達成状況に該当するベンチマークは、以下【B】から【F】の 項目に整 理できる。 【B】「不利な立場にある子どもを優先する公的支援」(低位: か国) 【C】「 歳未満の保育サービス利用率 % 以上」(中位: か国,低位: か国) 【D】「 歳児の就園率 % 以上」(上位: か国,中位: か国,下位: か国) 表 先進各国の保育評価:ベンチマーク達成率
【E】「 % 以上のスタッフが保育有資格者」(上位: か国,中位: か国,下位: か国) 【F】「 % 以上のスタッフが高等教育機関により養成・認証」(上位: か国,中位: か国,下
位: か国)
相対的指標のベンチマークのうち、日本が達成していないものは、「 歳未満の保育サービス利用 表 先進各国の保育評価:相対的指標によるベンチマーク未達成率
率 % 以上」「 % 以上のスタッフが高等教育機関により養成・認証」の 項目であった。日本 は、国別の未達成率は .% であり、達成の進捗度は「中程度」と理解できるが、各国平均の .% を上回る未達成状況にある。さらに、「 % 以上のスタッフが高等教育機関により養成・認 証」の項目別未達成率は .% と低い中で、日本はこれを達成していない。 表 で示したように、GDP 比 % 以上を保育分野に投資している国は、 か国中で .% に過ぎ ないが、最上位および上位 か国(スウェーデン、アイスランド、デンマーク、フィンランド、フラ ンス、ノルウェー)は例外なく、この財政投資基準をクリアしている。とりわけ北欧圏では、子ども の健全な成長を支える保育を「子どもの権利保障」かつ、「子ども・社会にとって公共財(public goods)」 とする概念が非北欧圏よりも浸透しているとみられ、それを反映して、ベンチマーク全体 をハイレベルで達成し、相対的な未達成率も .% 以下 の国が多い。対照的に、ベンチマーク全 体の達成数が低い群(スイス、アメリカ、オーストラリア、カナダ、アイルランド)では、相対的指 標のベンチマーク未達成率は .% 以上と高い傾向にある。結果として、幼児教育・保育の機会保 障の達成度は国家間格差が大きく、したがって、保育の「財政基盤」を強化している国々は、所得再 分配と資源配分による財源確保 により、全体的であれ相対的であれ、ベンチマーク達成に貢献して いると考えられよう。 以上の検討より、国際比較による保育評価ベンチマークの達成について、日本は「中位から低位」 と明確に位置づけられる。相対的比較の分析と考察を敷衍するならば、幼児教育に対する支出におい て、GDP 比 .% 未満で OECD の「最低位」グループに属し続ける日本は、幼児教育・保育に公費 を投じる意義を高く見出さない国家 ということができ、その社会的支持も強いことが示唆される。
結語
比較社会政策の観点からいえば、福祉政策を包摂する公共政策は、特定の政治的制度的背景のなか で策定され、実現化していく性質をもつと考えられる。これにより、国家間の広範な相違点を認識し ながら、実質的には、単なる「政策模倣」(policy borrowing) に陥ることのない自律的な制度設計が 求められることになる。 本稿では、日本の幼児教育・保育における公的投資を考察する意図で、幼児教育・保育「無償化」 の導入過程の議論を整理し検討した。第 節で詳述したように、無償化は、国家戦略の位置づけが与 えられた時期、すなわち 年 月の文教制度調査会・文部科学部会幼児教育小委員会「国家戦略 としての幼児教育政策」から 年 月の閣議決定「教育振興基本計画」の 年 か月で、積極的 な導入路線が検討された。その後 度にわたる政権移行( 年、 年)という政治変動によ り、国家戦略化は停滞を経て復興する形で推移し、ついに実現にいたったとみることができる。 しかしながら、無償化の根拠法である「子ども・子育て支援法の一部を改正する法律」には、基本 理念に「子どもの保護者の経済的負担の軽減に適切に配慮」(第 条第 項)と追加するにとどま り、根拠法においても無償化を明文化していない。したがって、法改正を必要とせず、財政事情など内閣の政策判断により「政令改正」のみで有償化に制度変更 することも、原理的には可能な状況に ある。制度導入過程において、国家政策としての優先順位が浮沈をみせ、「無償化」が明示されずに 立法化した経過を踏まえれば、日本では幼児教育・保育の公的投資の持続可能性や恒久性が担保され ないまま、無償化が成立したと評価せざるをえない。 教育資源の「投下」の有効性をめぐっては、教育を経済成長の原因とする立場、逆に結果とみなす 立場の論争 も認められるが、教育機会への公的投資は、一般に外部経済や社会的投資効果として 「正の相関」が見込まれる。幼児教育への公的投資のエビデンスを提示した Heckman の研究や長期縦 断研究の大半は、これらの側面に依拠して、主に貧困家庭の子どもに対する「投資効果」を主張して いる。実際に、多くの OECD 諸国では、幼児教育・保育は 歳以前から開始されており、OECD 全 体では、 歳から 歳の平均 % が幼稚園あるいは保育園に在籍している。在籍率は、フランスお よびイギリスは %、ベルギー、デンマーク、アイスランド、ノルウェー、スウェーデンは % を超えているが、アメリカでは %(統計 か国中 位)、日本は %(同 位) である。こう した幼児教育・保育の普及率の差に着目し、計画的な幼児教育プログラムは何歳からの実施が望まし く、その効果は、特定地域や貧困層の子どもに限定されるものではないことを示す実証研究が求めら れるといえよう。 日本の幼児教育・保育無償化の本格的実施を見据え、本稿では、国際比較による保育評価を通じて 日本的特徴を予備的に考察した。研究の限界として、今回の研究視角と手法では、指導監督基準を満 たさない認可外保育施設を無償化措置の対象に加えた影響 、無償化は 歳から 歳については住民 税非課税世帯に限定され、 歳から 歳については所得制限を設けないことの妥当性、無償化による サービスを利用可能な子ども養育世帯の所得階層別の検討など、幼児教育・保育無償化に対する行財 政分析の重要な論点を扱うことはできなかった。「無償化」の政策意義と課題を究明するため、これ らの論点については、制度導入後の運用と動向を注視のうえ、続稿を期すこととしたい。 注・引用文献 本稿では、国際教育標準分類(ISCED)の教育段階区分に準拠し、計画的な教育要素をもつ幼児教育プログ ラム(学校や社会への参加に必要な認知的・身体的・社会情動的能力を育むねらいをもつ教育)を「幼児教 育」としている。OECD (2018a) Education at a Glance 2018 : OECD Indicators, OECD publishing, p.19
外務省( )G20 Leaders’ declaration Building consensus for fair and sustainable development https : //www.mofa.go.jp/mofaj/files/000424877.pdf( . . 最終アクセス)※引用は筆者訳
ISCEDは、早期幼児発達教育(ISCED 01)、就学前教育(ISCED 02)を幼児教育の概念に含めている。これ らを概念的に区別すべき事情がない限り、本稿においては「幼児教育・保育」と表記する。
泉千勢( )「世界の保育の質改革の動向― 世紀型保育へのチャレンジ」泉千勢編『なぜ世界の幼児教 育・保育を学ぶのか―子どもの豊かな育ちを保障するために』ミネルヴァ書房,p. 参照
2018年の出生率は「1.42」で、出生数は前年比 万7,668人減( 年連続減少)の 万8,397人、1899年 の調査開始以来最少である。厚生労働省(2018)「人口動態統計月報年計(概数)」pp.3‐4
内閣府(2018)「幼児教育無償化の制度の具体化に向けた方針の概要」、厚生労働省(2019)「全国厚生労働部 局長会議」参照 歳から 歳までのすべての子ども及び 歳から 歳までの住民税非課税世帯の子どもを対象に、無償化措 置を講ずるというものである。 後述のように、国家戦略の観点は、 年 月の文教制度調査会・文部科学部会幼児教育小委員会で取り上 げられ、 年 月の閣議決定「教育振興基本計画」までの 年 か月で定着したと考えられる。 ただし、法の基本理念(第 条第 項)に「子どもの保護者の経済的負担の軽減に適切に配慮」を追加して いるだけで、「無償化」を明記していない。 西山文代( )「幼児教育・保育の無償化に向けた法整備―子ども・子育て支援法の一部を改正する法律案 の成立―」『立法と調査』参議院事務局企画調整室、pp.34‐35 山崎栄一( )「<報告>被災者支援に関する法案の整理・分析」『災害復興研究』 号、関西学院大学災 害復興制度研究所、p.102参照 文部科学省初等中等教育局幼児教育課( )「今後の幼児教育の振興方策に関する研究会(第 回)資料 政府・政党における幼児教育の無償化に関する提言等」 http : //www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/049/shiryo/attach/1376416.htm( . . 最終アクセス) 教育基本法第 条「幼児期の教育は、生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なものであることにかんが み、国及び地方公共団体は、幼児の健やかな成長に資する良好な環境の整備その他適当な方法によって、そ の振興に努めなければならない」 年 月に三法令が改訂され、「同質」の幼児教育を受けることができる「幼児期の終わりまでに育って ほしい姿( の姿)」が示された。 第 回参議院予算委員会( 年 月 日)宮腰内閣府特命担当大臣(少子化対策)答弁 文部科学省初等中等教育局幼児教育課( ) 幼稚園、保育所、認定こども園における、どの幼児にも必要となる幼児教育の実施に必要な本体的経費をい う。 幼稚園、保育所の保護者負担額全部をもとにした推計であり、標準的経費の設定方法により、追加費用の額 は小さくなることも想定された。 教育基本法に示された理念と施策の総合的・計画的な推進を図るため、同法第 条第 項にもとづき政府と して策定する計画。 日本経済新聞社( )「参院選・衆院選の歴史」 https : //vdata.nikkei.com/newsgraphics/sanin 2019-history/( . . 最終アクセス) 新たな国家戦略担当大臣に対する正式な発令文は「税財政の骨格や経済運営の基本方針等について企画立案 及び行政各部の所管する事務の調整を担当させる」であった。国立印刷局『官報』特別号外 年 月 日 付 子ども・子育て支援法にもとづき、地域型保育、企業主導型保育事業も無償化の対象である。 ただし、公立施設(幼稚園、保育園および認定こども園)については、市町村で全額負担する。 外務省( )「国際人権規約」、外務省( )「国際人権規約の作成及び採択の経緯」参照 外務省( )「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」外務省条約局、p.286 中内康夫( )「社会権規約の中等・高等教育無償化条項に係る留保撤回―条約に付した留保を撤回する際
の検討事項と課題―」『立法と調査』参議院事務局企画調整室、pp.46‐47参照 外務省( )経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A 規約)第 条 (d)「基礎教育は、初 等教育を受けなかった者又はその全課程を修了しなかった者のため、できる限り奨励され又は強化されるこ と」 内閣府( )「平成 年版 少子化社会対策白書」pp.46‐49参照 年の内閣府「結婚・家族形成に関する意識調査」では、「妊娠・出産に積極的になる要素」は、未婚・ 既婚いずれかの ∼ 代男女(N=2,643)全体で「将来の教育費に対する補助」( .%)、「幼稚園・保育 所などの費用の補助」( .%)、「妊娠・出産に伴う医療費の補助」( .%)が上位 項目を占めた。若い 世代が理想の子どもをもたない理由として、 割前後が子育てや教育に費用がかかりすぎることを最大の理 由に挙げており、政府はその費用軽減を重要な少子化対策と認識している。内閣府( )「平成 年度 結 婚・家族形成に関する意識調査」p. 、内閣府( )p. 、西山文代( )p. 参照
OECD (2018b) COUNTRY NOTE : EDUCATION AT A GLANCE 2018 Japan, OECD publishing, p.4
Ibid ., p.4 Ibid ., p.1, p.4
Heckman, J. (2013) Giving Kids a Fair Chance : A Strategy that Works, MIT Press(= 、古草秀子訳『幼児教育 の経済学』東洋経済新報社、p.35)
OECD (2006) Starting Strong II : EARLY CHILDHOOD EDUCATION AND CARE , OECD publishing, p.255
Schoon, I., Nasim, B., Sehmi, R., & Cook, R. (2015) The impact of early life skills on later outcomes, Final report. OECD EDU/EDPC, 26.s、秋田喜代美(2016)pp.20‐22参照 一見真理子( )「OECD の保育(ECEC)政策へのインパクト」日本保育学会編『保育学講座 保育を支 えるしくみ―制度と行政』東京大学出版、p.121 とりわけ、Heckman による主張は、幼児教育・保育無償化あるいは経済負担軽減を推進する有力なエビデン スとして、日本の政府内でも頻繁に引用され検討されている。文部科学省(2008)「今後の幼児教育の振興方 策に関する研究会資料 (池本美香「乳幼児期の教育・保育制度のあり方∼幼児教育の投資効果等につい て∼」)」pp. ‐ 、文部科学省幼児教育課(2009)「幼児教育の無償化の論点」pp. ‐ 、社会保障審議会少子化 対策特別部会(2009)「幼児教育の無償化について(中間報告)」pp.22‐23、文部科学省初等中等教育分科会 (2012)「資料 ノルウェー/OECD 就学前教育・保育ハイレベル円卓会議について」p.6、第196回衆議院内 閣委員会(2018年 月 日)濱村進委員質疑、第 回国会厚生労働委員会( 年 月 日)山井和則 委員質疑、第 回衆議院内閣委員会( 年 月 日)岡本三成委員質疑など
2001年調査報告書“Starting Strong I ”から2017年調査報告書“Starting Strong V ”を出版した。保育の質に 関する検討事項、政策課題、保育の質向上の実現に向けての過程や手段に関する施策などを提言している。 一見真理子(2016)p.120 日本国憲法第 条第 項「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受け させる義務を負う。義務教育は、これを無償とする」 教育基本法第 条(義務教育)、学校教育法第 条( 年間の普通教育)、第 条(普通教育の目的)、第 条(小学校)、第 条(中学校)、第 条(高等学校)、第 条(中等教育学校)など 一見真理子(2016)p.121 椨瑞希子(2017)「イギリスにおける保育無償化政策の展開と課題」『保育学研究』日本保育学会、 巻 号
p.140、Lloyd, E. (2015) Early childhood education and care policy in England under the Coalition Government. London Review of Education, 13(2) 第 会期( 年 月 日∼ 月 日)採択。日本語訳は子どもの権利条約 NGO レポート連絡会議によ るが、引用にあたり、一部を要約した。「子どもの権利委員会 日本の第 回・第 回統合定期報告書に関す る総括所見」 年度子どもの権利条約総合研究所・研究総会公開シンポジウム「子どもの権利条約・国連 採択 年 日本批准 年子どもの権利条約の総合的・効果的な実施にむけて―第 回・第 回統合日本審査 と総括所見を受けて―」配付資料 p.11参照
UNICEF Innocenti Research Centre (2008) The Child Care Transition : A league table of early childhood education and
care in economically advanced countries, UNICEF Innocenti Research Centre, p.1
国内外の社会調査や相対的剥奪指標の多くは、「サンプルの中央値50%」を統計的画一的な基準に採用して いる。一方、 年 月の欧州評議会で採択された「欧州 戦略」では、社会保障移転後の等価可処分 所得の全国中央値の % を貧困線とし、それ未満を相対的貧困と定義している。阿部彩(2006)「相対的剥 奪の実態と分析―日本のマイクロデータを用いた実証研究」社会政策学会『社会政策における福祉と就労 (社会政策学会誌第16号)』法律文化社、pp.251‐252、高橋義明( )「欧州連合における貧困・社会的排 除指標の数値目標化とモニタリング」国立社会保障・人口問題研究所『海外社会保障研究』 号、p. 秋田喜代美(2016)「現代日本の保育―人が育つ場としての保育」山邉昭則・多賀厳太郎編『あらゆる学問は 保育につながる』東京大学出版会、p.32 か国中、フィンランド(40.0%)およびノルウェー(40.0%)を除き、スウェーデン(0.0%)、アイスラ ンド(0.0%)、フランス(0.0%)、デンマーク(20%)である。 この点に関して、2018年の OECD 公表データより、フィンランド、フランス、ノルウェーの就学前教育に対 する支出(対 GDP 比)は、0.2ポイント前後の低下がみられた。これに伴い、保育評価も低下しているかは 別途、モニタリングと検討が必要である。OECD (2018a) op. cit., p.170 参照
千葉は、教育の公的負担率が先進諸国の中でかなり低い日本では、幼児教育、高等教育については教育のも つ私的メリットが強調され、社会的メリットが強く認識されていない可能性が高いと指摘している。千葉聡 子(2019)「教育投資としての幼児教育無償化の社会的意義は実現されるのか―幼児期における非認知的能力 の育成と初等教育との接続で求められる教育環境」『教育学部紀要』第52集別集、文教大学教育学部、 p.214 Mahon.R. (2006) The OECD and the work/family reconciliation agenda : Competing frames, in J. Lewis (ed) Children,
changing families and welfare States, Cheltenham and Northampton, MA : Edward Elgar, pp.173-197
法律改正は、法案の閣議請議を経て国会の承認が必要になるため、短期間で改正を行うことはできない。政 令や省令の場合は、内閣や各省の権限により、比較的短期間の手続きで改正を行うことが可能である。 教育と経済成長の因果関係に関する対立的な見解については、Hyard の研究および、それを検討した坂本の 指摘がある。Hyard, A. (2007) Adam Smith and French ideas on education. In The Adam Smith Review 3, V. Brown, ed. London and New York : Routledge., pp.75-95、坂本幹雄(2011)「アダム・スミスの教育経済学」『通信教育 部論集』第14号、p.27
OECD (2018a) op. cit., p.166
経過措置期間( 年間)においては、指導監督基準に満たない認可外保育施設も届出のみで無償化の対象と することができる。市町村は条例制定により、指導監督基準を超えない範囲内で基準を設け、無償化の対象 施設とすることが可能である。
【Abstract】
A Study of Policies for Free Preschool Education
and Childcare Services Free 1
st:
Introductory Processes and Japanese Characteristics
Masashi KATSUBE
*In this paper examines the establishment process of free Japanese Preschool Education and Childcare Services It then con-siders how Japanese preschools and childcare services tend to differ from those in other OECD countries and from the guide-lines specified by UNICEF. Japanese law does not specify that preschool and childcare services must be “free of charge”, and the sustainability of public investment is not guaranteed.
Furthermore, Japan ranks low in terms of UNICEF’s “Benchmarks for Childcare Evaluation” when compared with other OECD nations. Recognizing the differences from international comparisons, autonomous system design that does not fall into “policy borrowing” is necessary.
Key words : Benchmarks for Childcare Evaluation, Early Childhood Education, OECD, International Covenants on Human
Rights, Public Investment Effect
本稿では、日本の幼児教育・保育無償化制度の成立過程を検討した。また、OECD および UNICEF の国際比較 指標から、幼児教育・保育の日本的特徴を考察した。その結果、日本では、制度の根拠法に「無償化」が明示さ れておらず、公的投資の持続可能性が担保されていないと考えられる。さらに、相対的な国際比較により、日本 の「保育評価ベンチマーク」の達成は低位にとどまっている状況を確認した。国際比較による相違点を認識しな がら、「政策模倣」に陥ることのない自律的な制度設計が求められる。 キーワード:保育評価ベンチマーク、幼児教育、OECD、国際人権規約、公的投資効果