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発達心理学研究 2015, 第 26 巻, 第 1 号,1-12 千島雄太 ( 筑波大学大学院人間総合科学研究科 日本学術振興会特別研究員 ) 本研究は, 多くの青年が主体的に自己の変容を望んでいるにもかかわらず, 変容が実現されにくい原因の一つとして, 自己変容のメリット デメリット予期に伴う葛藤

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青年期における自己変容のメリット・デメリット予期に伴う 藤:

学校段階による比較

千島 雄太

(筑波大学大学院人間総合科学研究科・日本学術振興会特別研究員)  本研究は,多くの青年が主体的に自己の変容を望んでいるにもかかわらず,変容が実現されにくい原 因の一つとして,自己変容のメリット・デメリット予期に伴う葛藤を仮定し,葛藤の特徴について学校 段階による比較から明らかにすることを目的とした。予備調査では,自己変容と現状維持に関するメ リットとデメリットを自由記述形式で尋ね,記述を分類した。その分類結果から自己変容のメリット・ デメリット予期項目を作成し,中学生,高校生,大学生・専門学校生 1162 名に本調査を行った。3 つ の学校段階と自己変容の予期得点を組み合わせた 5 群の連関を検討した結果,中学生では“予期低群” と“現状維持メリット予期群”,高校生では“回避-回避葛藤群”,大学生・専門学校生では“自己変容 メリット予期群”と“接近-接近葛藤群”の割合が有意に多いことが明らかになった。さらに,学校段 階と自己変容の予期 5 群を要因とした二要因分散分析を行った結果,葛藤は自尊感情や内省の発達に 伴って変化することが示された。また,“自己変容メリット予期群”と“回避-回避葛藤群”で自己変容 の実現得点が低く,内省を深め,現在の自分を肯定的に受け止めることが自己変容の契機になることが 示唆された。 【キーワード】 自己変容,予期, 藤,学校段階,青年期

問題と目的

 青年期は,自己概念が大きく変容する時期であり (cf., Damon & Hart, 1982; 大野,2002; 山田,1989),多 くの青年が主体的に自らの自己概念の変容を望むことが 示されている(千島,2014; Kiecolt & Mabry, 2000; 水 間,2003; 田中,2011)。本研究では,多くの青年が自己 の変容を志向しているが,必ずしもその志向性が実を結 び,自己変容が実現されつつあるという実感を持てるわ けではないことに着目する。田中(2007)では,嫌な性 格特性を変える努力をした者のうち,変わったと思う者 は約 30% にとどまっており,千島・佐藤(2013)の縦 断調査においても,自己変容に対する志向性を有してい た者のうち約半数が,半年後に自己変容の実現を実感で きていなかった。また,Polivy & Herman(2002)は, 自己変容の企図が成功することはまれであり,その失敗 によって自分に対する失望感が生じることを指摘してい る。つまり,望みどおりの変容がなされない原因やそこ から生じる感情を理解することが,青年の心理的適応を 促す上で重要であることを意味している。  それではなぜ自己変容は実現されない場合が多いので あろうか。田中(2007)は変容への意欲や関心が高くと も,変容を遂行する努力が欠けている場合には変化が生 じにくいことを示している。そしてそのような努力を妨 げる一因として,変容のメリットやデメリットの予期か ら生じる葛藤の存在が指摘されている(堀之内,1997; Kiecolt, 1994; Miller & Rollnick, 2002/2007)。 例 え ば, 変わることに利益を予期していても,もう一方で今の自 分でいることに安心感を抱いている場合は,自分を変え るための努力に結びつかないことが論じられている。そ こで本研究では,自己変容の実現に影響する要因とし て,自己変容のメリットやデメリットの予期に伴う葛藤 に着目する。  上述のような葛藤を明確化し,解消することで変容へ の意欲や変容の実現を促す実践的手法として,“動機づ け 面 接(motivational interviewing;Miller & Rollnick, 2002/2007)” が あ る。 動 機 づ け 面 接 で は,Lewin (1935/1957)の理論を用いて,葛藤を次のように整理 している。すなわち,“接近-接近葛藤(例:今の自分が 変わることにもメリットがあるが,今のままでいること にもメリットがある)”,“回避-回避葛藤(例:自分が変 わることにもデメリットがあるが,今のままでいるのも デメリットがある)”,“接近-回避葛藤(例:自分が変わ ることにはメリットもデメリットもある)”である。こ れらの葛藤を解決することが,被面接者の変容への抵抗 を取り除き,主体的な変容を促す鍵となるとされてい る。さらに,動機づけ面接では上述のような葛藤を明確 化する具体的な手法として,自己変容と現状維持につい てメリットとデメリットの両面をそれぞれ尋ねるバラン スシートを用いる。同様の手法を用いた事例として,堀

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之内(1997)のアパシー傾向の強い学生との面接があ る。堀之内(1997)は,被面接者に対して,バランス シートへの記入を求めた結果,アパシーを克服すること のデメリットやアパシー傾向であり続けることのメリッ トが多く記入され,被面接者の葛藤への気づきを促し た。  バランスシートや動機づけ面接における葛藤理論を青 年期の自己概念の研究に応用するには,以下の 2 点に留 意する必要がある。第 1 に,バランスシートは,主に臨 床群を対象とした面接時に使用されることが多い点であ る。本研究では一般青年群を対象とした質問紙調査を行 うが,これまでにも,一般青年を対象として質問紙法に よって変容のメリットやデメリットを尋ねる研究が行わ れている。例えば,鈴木(2012)は一般青年に痩身のメ リット予期(例:痩せれば自分を好きになれる)や現在 の体重を維持することのデメリット予期(例:太ってい ると自分を好きになれない)について自由記述で尋ねて いる。そのため,自己変容のメリット(またはデメリッ ト)予期を尋ねる方法として,一般青年を対象にバラン スシートを応用することは可能であると考えられる。第 2に,動機づけ面接は嗜癖行動の変容を促進するために 行われることが多い点である。問題となるような嗜癖行 動は変容することが必要とされる一方で,青年の自己概 念は内的な一貫性と通時的な連続性があることが適応的 であるとされており(Campbell, 1990),扱う事象が異 なることに注意するべきである。  また,自己概念は年齢によって活性化する領域や内容 が大きく異なることが明らかにされている。具体的に は,青年期において外面的な領域から,内面的な領域の 記述が増加することや,ネガティブで葛藤を含む内容か ら,葛藤のないポジティブな内容に変化することが示さ れている(山田,1989)。このことは,自己概念の変容 に対する意識も,年齢によって大きく異なることを示唆 している。そのため,本研究では中学生から大学生にか けての学校段階ごとの比較によって検討を行うこととす る。  自己変容のメリット・デメリット予期やそれに伴う葛 藤の学校段階による相違に関しては,これまでほとんど 検討されていないため,本研究では学校段階の推移に加 えて,関連が想定される変数の年齢的変化をもとに予測 を行う。茂木(1988)は,中学生・高校生・大学生を対 象に,変化欲求(どのような自分を変えたいと思ってい るか)と,変化体験の満足感(10 歳時からの自己の変 化に対する満足感)を尋ねた。その結果,変化欲求は高 校生で中学生や大学生よりも高く,変化体験の満足感は 大学生で中学生や高校生よりも高かった。本研究で扱う 自己変容の予期に伴う葛藤は,このような自己変容に関 わる意識とともに変化することが考えられる。しかし茂 木(1988)では,自己の変容を望む気持ちを直接的に測 定しておらず,本研究で想定しているような主体的な変 容の実現についても測定していないため,変数の測定方 法を改める必要がある。さらに,得点の学校段階による 変化を説明するためには,他の心理変数との関連につい ても検討するべきであろう。  本研究では自己変容の予期やそれに伴う葛藤に関連す る変数として,自尊感情を取り上げる。Kiecolt(1994) は,自尊感情が低いことが自分を変えようとする気持ち の背景にあるとしており,千島(2014)は,自尊感情と 自己変容に対する志向性のほとんどが負の関連にあるこ とを示している。また,自尊感情は一般的に,児童期か ら青年期にかけて低下し,青年期から成人期にかけて上 昇することが知られている(cf., Robins, Trzesniewski, Tracy, Gosling, & Potter, 2002; 堤,1982)。本邦における よ り 詳 細 な 検 討 で は, 伊 藤(2001) や 岡 田・ 永 井 (1990)が,自尊感情が中学生から高校生にかけて低下 し,高校生期から大学生期にかけて上昇する U 字型を 示すことを明らかにしている。以上のような自尊感情の 発達に伴って,自己変容に対する志向性や葛藤も変化す ることが考えられる。自尊感情は,現在の自分への肯定 的感情であるため,大学生期に自尊感情が上昇するにつ れて,現状維持へのメリットの予期が高くなることが予 測される。  また,自己変容の予期と関連する変数として,自尊感 情に加え,内省についても取り上げる。水間(2003) は,内省得点が高いほど変容への志向性が高まることを 示しており,内省の発達に応じて自己変容に対する意識 も変化することが考えられる。髙坂(2009)は,青年期 における内省への取り組み方が学校段階ごとに変化する ことを明らかにした。すなわち,中学生は内省頻度が少 なく,高校生は自己の否定性の直視への抵抗が強く,大 学生は否定的な部分も含めて深く自己を見つめることが できていた。これらの結果から,中学生においては,自 己変容の予期に伴う葛藤が生じにくく,それには内省の 程度が低いことが関連していると予測される。  本研究は自己変容の予期に伴う葛藤を明確化すること で,自分を変えたいと思う青年や,変われずに悩む青年 について理解が深まることが期待される。山内(2011) は,自分の中にある葛藤を否認せずに引き受けることで 主体性を取り戻した青年との面接過程を取り上げてお り,本研究はそのような青年に携わる者にとって有益な 知見が得られるであろう。また,学校段階による比較を 行うことで,青年への学校段階に応じた支援の可能性が 拡がることが期待される。  以上の議論を踏まえて,本研究の目的は,自己変容に 対する志向性を持ちながら,自己変容の実現がなされに くい一つの原因として自己変容の予期に伴う葛藤に着目

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し,学校段階による比較から葛藤の特徴を明らかにする こととする。まず,予備調査にて青年の記述から自己変 容のメリット・デメリット予期を探索的に把握した上 で,本調査にて自己変容の予期に伴う葛藤の存在や割合 を実証的に明らかにし,自尊感情,内省との関連を含め て検討を行う。

予 備 調 査

目 的  予備調査の目的は,青年が今の自分が変わることや今 のままの自分でいることに対して,どのようなメリット やデメリットを予期しているかを探索的に明らかにする ことである。 方 法  調査協力者 関東圏内の国立大学 1 校と私立大学 1 校 の大学生 91 名(男性 39 名,女性 49 名,不明 3 名;平 均年齢 18.66 歳,SD = 2.08)であった。自己変容のメ リット・デメリット予期について青年による記述から包 括的に把握することを重視したため,比較的自己認知が 発達している青年期後期の大学生を対象とした。  実施手続きと倫理的配慮 調査は,2012 年 10~11 月 に行われた。大学の講義時間を利用して調査対象者に一 斉に質問紙を配布し,その場で回収した。調査は無記名 であり,回答は任意であること,回答を拒否したり中断 したりすることができること,回答を拒否したり中断し ても調査協力者に不利益は生じないことなどを紙面に明 記し,口頭でも伝えた。  調査内容 自己変容のメリット・デメリット予期:自 己変容のメリットとデメリット,現状維持のメリットと デメリットを自由記述形式で尋ねるために,堀之内 (1997) や Miller & Rollnick(2002/2007) を 参 考 に, “メリット”・“デメリット” × “今の自分が変わるこ と”・“今のままの自分でいること”の 4 つの枠からなる バランスシートを作成した(Figure 1)。教示文を,“あ なたは,‘今の自分が変わること’や,‘今のままの自分 でいること’に対して,どのような‘メリット(利益)’ や‘デメリット(不利益)’があると思いますか。思い つくだけ下の枠に書き入れてください”とし,最大 3 つ まで回答を求めた。また,各枠の下部に“メリット(ま たはデメリット)はないと思う/思いつかない”という チェックリストを設け,“メリットやデメリットがない と思う場合や,思いつかない場合は,該当箇所にチェッ クを入れてください”と教示した。 結果と考察  自己変容のメリット予期(以下,“変容メリット”), 自己変容のデメリット予期(以下,“変容デメリット”), 現状維持のメリット予期(以下,“維持メリット”),現 状維持のデメリット予期(以下,“維持デメリット”)の 順で,記述数は 116 個,70 個,86 個,96 個であった。 また,一人あたりの平均記述数は,順に 1.43 個,0.90 個,1.08 個,1.19 個であった。“メリット(またはデメ リット)はない/思いつかない”にチェックを入れた者 は, 順 に 3 名,19 名,11 名,10 名 で あ っ た。 田 中 (2011)は自己の変容を肯定する大学生の割合は 8 割以 上であることを明らかにしており,“変容メリット”の 平均記述数が多く,“変容デメリット”が思いつかない 者が多いことは妥当な結果であると考えられる。  続いて,得られた記述について KJ 法によって分類し た(Table 1)。その結果,“変容メリット”では,自己 の 成 長( 記 述 数 28,24.1%), 対 人 関 係 の 構 築(22, 19.0%),自信の獲得(19,16.4%)などの 8 カテゴリが 抽出された。“変容デメリット”では,労力の消費(25, 35.7%),ストレスの増加(21,30.0%),自己喪失(11, 15.7%)などの 5 カテゴリが抽出された。“維持メリッ ト”では,気楽さ(42,48.8%),自分らしさの維持 (14,16.3%),安定・安心(11,12.8%)などの 6 カテ ゴリが抽出された。“維持デメリット”では,自己否定 の増加(22,22.9%),不安の増加(16,16.7%),対人 関係の悪化(14,14.6%)などの 7 カテゴリが抽出され た。以上の分類に関して,青年心理学を専門とする大学 教員 1 名によって分類結果の妥当性が確認された。ここ から,青年が自己変容や現状維持について,メリットや デメリットを幅広く予期していることが明らかになっ た。特に,大学生では自己変容を肯定する者が多い(田 中,2011)にもかかわらず,“変容デメリット”や“維 持メリット”の記述も多く得られたことから,自己変容 の予期に関して葛藤が存在している可能性が示唆され た。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 今の自分が変わること 今のままの自分でいること メ リ ッ ト デ メ リ ッ ト □デメリットはないと思う/ 思いつかない □デメリットはないと思う/ 思いつかない □メリットはないと思う/ 思いつかない □メリットはないと思う/ 思いつかない Figure 1  自己変容と現状維持のメリットとデメリット を尋ねるバランスシート

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本 調 査

目 的  本調査の目的は,自己変容の予期に伴う葛藤の特徴 を,青年期の学校段階による比較によって明らかにする ことである。 方 法  調査協力者 関東圏内の 2 校の公立中学校に在籍して いる 1~3 年次の中学生 525 名(男性 271 名,女性 252 名,不明 2 名;平均年齢 13.72 歳,SD = 0.91),関東圏 内の 1 校の公立高校,1 校の私立高校に在籍している 1~2 年次の高校生 284 名(男性 122 名,女性 162 名; 平均年齢 16.37 歳,SD = 0.60),関東圏内の 2 校の国立 大学,1 校の私立大学,1 校の専門学校に在籍している 1~4 年次の大学生・専門学校生 353 名(男性 162 名, 女性 189 名,不明 2 名;平均年齢 20.32 歳,SD = 1.25) の合計 1162 名であった。  調査対象となった高校の進路状況は,進学率が約 9 割 の公立高校と進学率が約 5 割の私立高校であった。調査 対象となった大学の学力は,入試偏差値が 50 を超える 2つの大学,入試偏差値が 50 を下回る 1 つの大学で あった。そのため,学力水準のばらつきはある程度均等 化され,中学生,高校生,大学生・専門学校生の 3 つの 学校段階による比較は可能であると判断した。  実施手続きと倫理的配慮 調査は,2013 年 1~2 月に 行われた。授業時間やホームルームの一部を利用して, 調査対象者に一斉に質問紙を配布し,その場で回収し た。調査は無記名式であり,回答は任意であること,回 答を拒否したり中断したりすることができること,回答 を拒否したり中断しても調査協力者に不利益は生じない ことなどを紙面に明記し,口頭でも伝えた。  調査内容 1. 自己変容のメリット・デメリット予期: 予備調査の結果から得られたカテゴリに基づき,“変容 メリット”,“変容デメリット”,“維持メリット”,“維持 デメリット”について各 15~18 項目を作成した。作成 した項目が各概念を表す項目として,また中学生や高校 Table 1 自己変容・現状維持のメリット・デメリットの分類 自己変容 記述数 % 現状維持 記述数 % メリット メリット a. 自己の成長 28 24.1 a. 気楽さ 42 48.8 b. 対人関係の構築 22 19.0 b. 自分らしさの維持 14 16.3 c. 自信の獲得 19 16.4 c. 安定・安心 11 12.8 d. 楽しさの増加 12 10.3 d. 自己価値の向上 7 8.1 e. 生活の充実 10 8.6 e. 自由の獲得 4 4.7 f. ストレスの軽減 9 7.8 f. 対人関係の維持 3 3.5 g. 視野の広がり 8 6.9 その他 5 5.8 h. 経験の蓄積 5 4.3 その他 3 2.6 合計 116 100.0 合計 86 100.0 デメリット デメリット a. 労力の消費 25 35.7 a. 自己否定の増加 22 22.9 b. ストレスの増加 21 30.0 b. 不安の増加 16 16.7 c. 自己喪失 11 15.7 c. 対人関係の悪化 14 14.6 d. 意図しない変容 7 10.0 d. 成長のなさ 12 12.5 e. 対人関係の悪化 4 5.7 e. 欠点の放置 11 11.5 その他 2 2.9 f. 後退・堕落 8 8.3 g. 刺激のなさ 7 7.3 その他 6 6.3 合計 70 100.0 合計 96 100.0

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生が回答可能な項目として妥当かどうかを検討するた め,心理学を専攻する大学院生 10 名を対象に以下の調 査を行った。“以下の項目を使用する調査の対象者は, 13歳~35 歳の男女です。あなたは以下の項目が,次の 概念を測定する項目として妥当だと思いますか。概念の 定義を参考にして,もっともあてはまると思うものに丸 を付けて下さい”という教示のもと,“1. 妥当でない”, “2. あまり妥当でない”,“3. どちらともいえない”, “4. やや妥当である”,“5. 妥当である”の 5 件法で回答 を求めた。35 歳までを対象に含めた調査も実施予定で あったたため,このような教示文となっているが,本研 究では大学生 4 年生以降または,25 歳以上のデータは 含まれていない。概念の定義は,“変容メリット”で “今の自分が変わることに対してメリット(利益)を認 知していること”とし,他の 3 つに関しても同様に定義 した。項目内容の妥当性調査の結果,平均得点が 4.00 以上であった項目を,自己変容のメリット・デメリット 予期項目として採用した。さらに,元中学校教員 1 名と 青年心理学を専門とする大学教員 1 名が項目内容の確認 を行った。以上の手続きを経て,最終的に各 6~7 項目 からなる計 25 項目の自己変容のメリット・デメリット 予期項目が作成された。  2. 自己変容に対する志向性:今の自分を変えたいとい う気持ちについて尋ねるために,“今の自分を変えたい” などの 5 項目を作成した。  3. 自己変容の実現:千島・佐藤(2013)で作成された 5項目について,項目表現のわかりやすさを重視して一 部項目を修正・追加した。“自分は望んだ方向に変われ てきていると思う”などの 6 項目を使用した。  4. 自尊感情:Rosenberg(1965)で作成され,山本・ 松井・山成(1982)で邦訳された 10 項目を使用した。 山本ほか(1982)にならって“以下の項目は,現在のあ なたにどの程度あてはまりますか”と教示し,“1. あて はまらない”,“2. ややあてはまらない”,“3. どちらとも いえない”,“4. ややあてはまる”,“5. あてはまる”の 5 件法で回答を求めた。  5. 内省:佐藤・落合(1995)で作成された 15 項目を 使用した。“自己を振り返る機会の程度”,“自己を見つ める水準の深さの程度”,“自己の否定的な部分を直視す るかかわり方の程度”の 3 下位尺度が想定されている が,本論文では 1 次元性の尺度として使用した。  自尊感情以外の項目については,“以下の項目は,現 在のあなたにどの程度あてはまりますか”と教示し, “1. まったくあてはまらない”,“2. あまりあてはまらな い”,“3. どちらともいえない”,“4. ややあてはまる”, “5. とてもよくあてはまる”の 5 件法で回答を求めた。  また,質問内容の理解度が分析結果に及ぼす影響を排 除するため,すべての調査対象者の中から,明らかな回 答拒否と判断した者に加え,80% 以上を同一番号に回 答した者(ほとんどの質問で“3. どちらでもない”に丸 が付けられているなど)や,質問紙の感想欄で質問内容 の理解ができなかった旨を記入した者に関しては,分析 から除外した。 結 果  各得点の算出 全対象者のデータを合わせて,自己変 容のメリット・デメリット予期 25 項目について α 係数 を算出したところ,“変容メリット”で α = .85,“変容 デメリット”で α = .57,“維持メリット”で α = .78, “維持デメリット”で α = .85 となり,“変容デメリット” 以外で十分な内的一貫性が確認された。“変容デメリッ ト”の項目である“自分が変わるためには,無理をする 必要がある”と“自分が変わるには,多くのエネルギー が必要だ”の 2 項目が信頼性を低めていたため,当該の 2項目を除外したところ α = .65 となり,一定の信頼性 が得られた。  次に,各学校段階で自己変容のメリット・デメリット 予期の 4 得点が同一の下位概念として仮定できるのかを 確認するため,全データを用いて多母集団同時分析によ る確認的因子分析を行った(Table 2)。確認的因子分析 に当たって,自己変容のメリット・デメリット予期項目 すべてに欠損のない 1114 名(中学生 497 名,高校生 272名,大学生・専門学校生 345 名)のデータを使用し た。学校段階間で同様のモデル構造が成立しているかど うかを確かめるために,因子負荷量および共分散に等値 制約を行わない配置不変モデルの適合度を算出した結 果,χ(672) = 2000.78,p< .001,GFI = .86,AGFI = .82,2 CFI = .86,RMSEA = .04 であった。次に,測定している 潜在因子が各学校段階で等質であることを確かめるため に,因子負荷量に等値制約を行った測定不変モデルの適 合 度 を 算 出 し た 結 果,χ(710) = 2078.01,p< .001,2 GFI = .85,AGFI = .83,CFI = .86,RMSEA = .04 で あ っ た。どちらのモデルも GFI や AGFI の値が十分ではな いが,この結果はモデルの観測変数の多さに起因すると 考えられる。一方,観測変数の多さに影響を受けない RMSEAはいずれも .05 を下回っており,モデルの適合 は十分であると判断した。さらに,自己変容のメリッ ト・デメリット予期について 4 得点間の関連を検討し た。4 得点間の因子間相関が高いことを考慮し,2 つの 得点(例:自己変容メリット予期得点と自己変容デメ リット予期得点)の関連を示す際には,他の 2 つの得点 (例:現状維持メリット得点と現状維持デメリット得点) の影響を統制した偏相関係数も算出した。4 得点間の相 関係数と偏相関係数を Table 3 に示す。  続いて,自己変容に対する志向性項目,自己変容の実 現項目,自尊感情項目,内省項目について,全対象者の データを用いてそれぞれ主成分分析を行った結果,すべ

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ての項目で 1 次元構造が認められた。そこで,第 1 主成 分に .40 以上の負荷量を示した項目の得点の平均値を算 出し,得点化を行った。ただ,自尊感情項目について は,学校段階ごとに主成分分析を行ったところ,“自分 に対して肯定的である”と“もっと自分自身を尊敬でき るようになりたい”の 2 項目が,中学生と高校生で第 1 主成分負荷量が著しく低かったため,同様の結果が得ら れている伊藤(2001)を参考に,全学校段階で当該の 2 項目を除外した 8 項目によって得点化を行った。学校段 階ごとの α 係数は,学校段階順に自己変容に対する志 Table 2 自己変容のメリット・デメリット予期項目の確認的因子分析結果(測定不変モデル) 自己変容メリット予期項目(α = .85;86/82/84) 中 高 大 現状維持メリット予期項目(α = .78;78/72/80) 中 高 大 1e自分が変われば,毎日の生活が充実する .79 .77 .77 3c 今の自分のままでいれば,安心だ .79 .66 .74 1a自分が変わることで,理想の自分に近づける .77 .73 .74 3d今の自分のままでいれば,自分を大切にできる .64 .59 .66 1c自分が変わると,自分に自信が持てる .74 .70 .71 3c 自分が今のままいれば,安定した生活を送れる .62 .48 .60 1d自分が変われば,今よりも楽しい日々が送れる .75 .69 .74 3d 今のままの自分でいることで,自分の価値を実感 できる .58 .57 .59 1g自分が変わることで,自分の可能性が広がる .62 .62 .68 3b今の自分のままでいることで,自分らしさを感じ る .58 .53 .60 1b自分が変わると,人間関係がうまくいく .61 .52 .51 3a 今の自分のままなら,ストレスを感じない .54 .47 .57 自己変容デメリット予期項目(α = .65;63/67/67) 中 高 大 現状維持デメリット予期項目(α = .85;85/83/86) 中 高 大 2d自分が変わると,今までしてきたことが無意味 になる .67 .75 .69 4b今の自分のままでは,この先が不安だ .73 .74 .78 2c自分が変わると,自分のいいところがなくなっ てしまう .60 .66 .62 4b今の自分のままいたら,いつか後悔する .73 .71 .77 2e自分が変わると,周りの人に変な目で見られる .49 .48 .53 4a 今のままの自分だと,自分がいやになる .73 .67 .72 2b自分が変わることで,つらいことが増える .46 .47 .44 4d今のままの自分でいても,何も得られない .65 .62 .67 4d今のままの自分でいたら,これ以上成長できない .63 .62 .61 4g今の自分のままだと,つまらない .63 .60 .60 4c 自分が今のままいると,周りに迷惑をかける .56 .51 .55 注.中:中学生(n = 497),高:高校生(n = 272),大:大学生・専門学校生(n = 345) α 係数は,全体;中学生/高校生/大学生・専門学校生の順で並んでいる。 項目前の記号は,予備調査で得られたカテゴリを表している。 1a:自己の成長,1b:対人関係の構築,1c:自信の獲得,1d:楽しさの増加,1e:生活の充実,1g:視野の広がり 2b:ストレスの増加,2c:自己喪失,2d:意図しない変容,2e:対人関係の悪化 3a:気楽さ,3b:自分らしさの維持,3c:安定・安心,3d:自己価値の向上 4a:自己否定の増加,4b:不安の増加,4c:対人関係の悪化,4d:成長のなさ,4g:刺激のなさ 項目の後の数値は,学校段階ごとの因子負荷量を表している。 Table 3  自己変容メリット・デメリット予期の各得点間の相関係 数と偏相関係数 1 2 3 4 1.自己変容メリット予期 ― -.14*** -.36*** .68*** 2.自己変容デメリット予期 -.31*** .26*** .08** 3.現状維持メリット予期 .14*** .40*** -.56*** 4.現状維持デメリット予期 .66*** .42*** -.54*** 注.右上欄は相関係数,左下欄は偏相関係数を示している。 **p< .01,***p< .001

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向性で,α = .85,.80,.86,自己変容の実現で α = .82, .83,.88,自尊感情で α = .83,.82,.87,内省で α = .78, .81,.88 であった。  各得点の性差を検討するために,学校段階と性別を独 立変数とした二要因分散分析を行ったところ,すべての 得点で有意な交互作用は示されなかった。以上の結果 と,性差の検討は本論文の目的に含まれていないことを 踏まえ,男女のデータを込みにして以降の分析を行っ た。   藤群の抽出と学校段階による割合の比較 自己変容 の予期に伴う葛藤を持つ群の存在や割合を明らかにする ために,自己変容のメリット・デメリット予期の 4 得点 を標準化し,K-means 法による非階層クラスタ分析を 行った。クラスタを 2 つから 6 つに設定して分析を重ね た結果,クラスタの解釈可能性から,5 クラスタが妥当 であると判断した(Figure 2)。クラスタ 1 は,“変容メ リット”得点と“維持デメリット”得点が高いため, “自己変容メリット予期群”と命名した。クラスタ 2 は, クラスタ 1 と対称的に,“変容デメリット”得点と“維 持メリット”得点が高いため,“現状維持メリット予期 群”と命名した。クラスタ 3 は,すべての得点が低いた め,“予期低群”と命名した。クラスタ 4 は,すべての 得点が平均値以上であったが,特に“変容デメリット” 得点と“維持デメリット”得点が高く,自己変容と現状 維持について双方のデメリットを強く予期しているた め,“回避-回避葛藤群”と命名した。クラスタ 5 は, “変容メリット”得点と“維持メリット”得点が高く, 双方のメリットを強く予期しているため,“接近-接近葛 藤群”と命名した。葛藤群の命名は,Miller & Rollnick (2002/2007)を参考にした。  次に,学校段階とクラスタ分析で抽出された 5 群(以 降,“自己変容の予期 5 群”と呼ぶ)に連関があるかど うかを検討するために,χ2検定を行った(Table 4)。そ の結果,有意な連関が示され( χ(8) = 91.60,p< .001,2 V = .20),残差分析を行ったところ,中学生では,“予期 低群”と“現状維持メリット予期群”,高校生では,“回 避-回避葛藤群”,大学生・専門学校生では,“自己変容 メリット予期群”と“接近-接近葛藤群”の出現率が高 いことが示された。また,学校段階ごとに割合の多重比 較(Bonferroni 法)を行ったところ,高校生において “自己変容メリット予期群”の割合が“現状維持メリッ ト予期群”と“予期低群”よりも多く,それ以外は残差 分析と同様の結果が得られた。  学校段階と自己変容の予期 5 群による各得点の比較  学校段階と自己変容の予期を要因とした各得点の二要因 分散分析を行った(Table 5)。分析の結果,交互作用が 一部有意であったが,交互作用の検討を主たる目的とは していないことと,いずれの交互作用も効果量が小さい Table 4 学校段階と自己変容の予期 5 群のクロス集計表と学校段階ごとの割合の多重比較結果 1.自己変容 メリット予期群 2.現状維持 メリット予期群 3.予期低群 4.回避-回避 葛藤群 5.接近-接近 葛藤群 合計 学校段階ごとの割合の多重比較 中学生 n(%) 72(14.5) 77(15.5) 86(17.3) 166(33.4) 96(19.3) 497(100.0)1,4,5<2,3 Adj -3.53*** 4.15*** 5.56*** -0.67 -3.21** 高校生 n(%) 60(22.1) 12(4.4) 17(6.3) 126(46.3) 57(21.0) 272(100.0) 2,3<1,42<5<4 Adj 1.42 -4.05*** -3.07** 4.73*** -1.30 大学生・ 専門学校生 n(%) 81(23.5) 35(10.1) 24(7.0) 92(26.7) 113(32.8) 345(100.0) 3,4<1,5 Adj 2.48* -0.70 -3.13** -3.67*** 4.65*** 合計 n(%) 213(19.1) 124(11.1) 127(11.4) 384(34.5) 266(23.9) 1114(100.0) 注.学校段階ごとの割合の多重比較では,Bonferroni 法による p 値の調整を行った。p< .05,**p< .01,***p< .001 -2.00 -1.50 -1.00 -.50 .00 .50 1.00 1.50 2.00 自己変容メリット予期 自己変容デメリット予期 現状維持メリット予期 現状維持デメリット予期 1.自己変容 メリット予期群メリット予期群2.現状維持 3.予期低群 4.回避―回避葛藤群 5.接近―接近葛藤群 標 準 化 得 点 Figure 2  自己変容のメリット・デメリット予期の 4 得 点における非階層クラスタ分析結果

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ことを踏まえ,ここではすべての従属変数について,各 要因の主効果の結果を報告する。自己変容に対する志向 性得点は,自己変容の予期の主効果が有意であった。多 重比較の結果,“自己変容メリット予期群”で他のすべ ての群よりも得点が高く,“現状維持メリット予期群” で他のすべての群よりも得点が低かった。自己変容の実 現得点は,学校段階と自己変容の予期の主効果が有意で あった。多重比較の結果,高校生で最も得点が低く, “自己変容メリット予期群”と“回避-回避葛藤群”で他 の群よりも得点が低かった。自尊感情得点は,学校段階 と自己変容の予期の主効果が有意であった。多重比較の 結果,高校生で最も得点が低く,“自己変容メリット予 期群”と“回避-回避葛藤群”で他の群よりも得点が低 かった。内省得点は,学校段階と自己変容の予期の主効 果が有意であった。多重比較の結果,大学生で最も得点 が高く,“回避-回避葛藤群”で他の群よりも得点が低 かった。 考 察  自己変容のメリット・デメリット予期得点についてク ラスタ分析を行った結果,5 群が抽出された。Miller & Rollnick(2002/2007)で指摘されていた葛藤のうち, “接近-回避葛藤群”は抽出されなかった。“接近-回避葛 Table 5 学校段階と自己変容の予期 5 群を要因とした各得点の二要因分散分析結果 自己変容の予期 5 群 学校段階の主効果 5群の主効果 交互作用 1 2 3 4 5 F値 η2 F η2 F η2 自己変容 に対する 志向性 中 4.21 2.12 2.68 3.12 3.28   2.47 .00  157.63 *** .32   2.14.01 (0.62)(0.86)(0.68)(0.66)(0.64) df =2,1059 df = 4,1059 df = 8,1059 高 4.14 2.40 2.65 3.40 3.35 2<3<4,5<1 中:2<3<4,5<1 (0.62)(0.55)(0.76)(0.56)(0.59) 高:2,3<4,5<1 大 4.04 1.92 2.75 3.31 3.15 大:2<3,4,5<1 (0.59)(0.54)(0.56)(0.67)(0.60) 4:中<高 自己変容 の実現 中 2.62 3.46 3.10 2.87 3.08   8.87 *** .01   30.91*** .10   2.38.01 (0.86)(0.78)(0.69)(0.60)(0.73) df = 2,1087 df = 4,1087 df = 8,1087 高 2.41 3.07 2.95 2.68 2.89 高<中,大 1,4<2,3,5 中:1<3,5<2;4<2 (0.92)(0.53)(0.29)(0.60)(0.63) 高:1<2,5 大 2.69 3.57 3.38 2.63 3.32 大:1,4<2,3,5 (0.89)(0.80)(0.67)(0.63)(0.66) 4:大<中;5:高<大 自尊感情 中 2.33 3.54 3.24 2.78 3.14   16.78 *** .02   72.96*** .19   2.05.01 (0.89)(0.79)(0.74)(0.59)(0.58) df = 2,1086 df = 4,1086 df = 8,1086 高 2.18 3.25 3.13 2.65 3.01 高<中<大 1<4<5<2;1,4<3 中:1<4<3,5<2 (0.76)(0.51)(0.75)(0.56)(0.60) 高:1<4<2,5;1<3 大 2.61 4.00 3.51 2.72 3.38 大:1,4<5<2;1,4<3 (0.74)(0.65)(0.81)(0.63)(0.63) 1,2,5:中,高<大 内省 中 3.42 3.39 3.38 3.13 3.46   36.42 *** .06   21.44*** .07   0.76 .00 (0.60)(0.57)(0.53)(0.52)(0.50) df = 2,1063 df = 4,1063 df = 8,1063 高 3.55 3.50 3.50 3.21 3.47 中,高<大 4<1,2,3,5 (0.59)(0.47)(0.52)(0.48)(0.46) 大 3.79 3.93 3.72 3.38 3.81 (0.60)(0.62)(0.57)(0.61)(0.52) 注.中:中学生,高:高校生,大:大学生・専門学校生 1:自己変容メリット予期群,2:現状維持メリット予期群,3:予期低群,4:回避-回避葛藤群,5:接近-接近葛藤群 多重比較(Bonferroni 法,5% 水準)の結果を,F 値の下段に示した。p< .05,***p< .001

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藤群”とは,“変容メリット”得点と“変容デメリット” 得点の両方か,もしくは“維持メリット”得点と“維持 デメリット”得点の両方が高い群である。自己変容のメ リット・デメリット予期得点間の偏相関係数を見ると, “変容メリット”得点と“維持メリット”得点,または “変容デメリット”得点と“維持デメリット”得点は正 の関連を示した一方で,“変容メリット”得点と“変容 デメリット”得点,または“維持メリット”得点と“維 持デメリット”得点は負の関連を示した。これらの結果 は,自分が変わるかこのままの自分でいるかという選択 には迷いが生じやすく,双方の良い面も悪い面も同時に 意識しやすいが,一方で自己変容(または現状維持)に 関してメリットがあるかデメリットがあるかを問われれ ば,判断は一方的になりやすいと解釈することができ る。このため,“接近-回避葛藤群”は抽出されなかった と推察される。また,自己変容のデメリットのうち“労 力の消費”のカテゴリから作成された 2 項目を除外した ことも一つの要因として考えられる。すなわち当該の 2 項目は,“自分が変わるためには…”という変容の“過 程”におけるデメリットを表しており,自己変容のメ リットと同時に予期されるデメリットとなりうる可能性 が高いが,この点については今後さらなる検討が必要で あろう。  χ2検定によって,自己変容の予期 5 群は,学校段階 ごとに出現率が有意に異なることが明らかになった。以 下,学校段階ごとに二要因分散分析の結果も踏まえて考 察を行う。中学生は,χ2検定によって“予期低群”と “現状維持メリット予期群”の割合が多いことが明らか になった。二要因分散分析では,両群で共通した結果が 多く見られた。すなわち,両群は他の群よりも自己変容 に対する志向性が低く,自尊感情が高かった。また,中 学生と高校生は大学生よりも内省の得点が低かった。こ れらの結果から,中学生は,内省の程度が低いことが, 自己変容の予期に伴う葛藤が生じにくいことと関連して いるという予測は支持された。また,結果からは,中学 生が自分自身を見つめる機会が少なく,現在の自分のま までいることにあまり問題を感じていないことが推察さ れる。そのため,自己変容や現状維持のメリットやデメ リットについて予期することが少ない“予期低群”や現 状維持に対してポジティブな予期をする“現状維持メ リット予期群”の割合が多かったと考えられる。中間 (2007)は,“‘自分を変えたい’という思いには,現実 の自己を客体化してとらえ,それを他者の目,自らの理 想,あるいは社会的規範など何らかの基準に照らして位 置づけられることを前提とする(p.69)”と述べている。 つまり,中学生の段階では,中学生が自己を客体的に意 識する傾向(堤,1982)が弱いことが自己変容に関する 予期が低いことと関連していると考えられる。  高校生は,伊藤(2001)や岡田・永井(1990)の先行 研究と同様,他の学校段階に比べて自尊感情の得点が低 かった。また,χ2検定によって,今のままでは良くな いという思いを持ちつつも,変わることのデメリットも 予期している状態である“回避-回避葛藤群”の割合が 多いことが示された。“回避-回避葛藤群”は,他の群に 比べて内省得点が最も低く,自己変容の実現得点,自尊 感情得点も“現状維持メリット予期群”と“予期低群” と“接近-接近葛藤群”に比べて低かった。高校生は現 在の自分を肯定できていない一方で,未来に対しても肯 定的なイメージを持ちにくい(白井,1997)ため,この 先自分が変わっていくことに対しても不利益を意識しや すいことが考えられる。さらに,高校生や“回避-回避 葛藤群”において自己変容の実現得点が比較的低いこと から,回避-回避葛藤が自己の主体的な変容を妨げてい る可能性が考えられる。すなわち,自己変容についても 現状維持についても損失ばかりに着目する両価的葛藤に 陥っているため,このままではいけないと思いつつも自 己変容の実現への見通しが立ちにくくなっていることが 推察される。  大学生・専門学校生は,先行研究と同様にそれ以前の 学校段階に比べて,自尊感情や内省の得点が高かった。 χ2検定の結果では,“自己変容メリット予期群”と“接 近-接近葛藤群”の割合が多かったが,割合の多重比較 から,高校生においても“自己変容メリット予期群”の 割合が,“現状維持メリット予期群”や“予期低群”よ りも多いことが示された。そのため,ここでは残差分析 の結果,大学生・専門学校生に特に割合が多かった“接 近-接近葛藤群”に着目して考察を行う。また,“接近-接近葛藤群”は,“自己変容メリット予期群”とは異な り,“変容メリット”得点だけでなく,“維持メリット” 得点も高いことが特徴であり,分散分析の結果,“接近-接近葛藤群”は,“自己変容メリット予期群”と比べて 自尊感情の得点が高いことが示された。これらの結果か ら,大学生・専門学校生では自尊感情が上昇するにつれ て,現状維持へのメリットの予期が高くなるという予測 は支持された。また,“接近-接近葛藤群”において自尊 感情が高いことを踏まえると,この群にある青年が葛藤 に苦しんでいるというよりは,自己変容と現状維持の双 方のメリットを十分に認知しており,両方の価値を受け 容れていると捉えるべきであろう。日潟・齊藤(2007) は,未来に対して快を感じるような出来事も不快を感じ るような出来事も想起できる現実的な認知を持つこと が,精神的に安定した状態での未来展望を可能にするこ とを示しており,変わることも変わらないことも両方を 評価できるようになることは,自己変容に関する意識が 発達していることを意味するといえる。また,現在の自 己をこの先も維持することにメリットを予期するという

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ことは,連続性の感覚を有していることの表れであると も考えられる(Erikson, 1959/1973)。  また,分散分析の結果,自己変容の実現得点は,“自 己変容メリット予期群”と“回避-回避葛藤群”で他の 群よりも得点が低いことが示された。ゆえに,自己変容 の予期に伴う葛藤が自己変容の実現を妨げているという 予測は,部分的に支持された。“自己変容メリット予期 群”では自尊感情が特に低く,“回避-回避葛藤群”では 内省得点が特に低い。これらのことから,現在の自分を 肯定できないことや,深い自己内省が行われていないこ とが自己変容の実現を抑制する要因であることが推察さ れる。特に,高校生に多い“回避-回避葛藤群”では, 自己に対して否定的であるだけでなく,内省が十分にな されていないことが示された。髙坂(2009)や佐藤・落 合(1995)は,青年期では年齢の上昇に伴って,自己の 否定性を直視することへの抵抗が弱まることで,自己嫌 悪感や劣等感が解消されていくことを示している。本研 究においても同様に,内省水準を深め,自分の嫌な部分 に向き合い,現在の自己を引き受けることが,回避-回 避葛藤の解消や自己変容の契機になりうると考えられ る。田中(2007)は,変容と受容の関係について,“受 け容れられないから変える”という二者択一ではないこ とを示し,“変えるために受け容れる”ことの必要性を 指摘しているが,本研究でも同様の示唆が得られたとい える。

総 合 考 察

本研究のまとめ  本研究の目的は,自己変容に対する志向性を持ちなが ら,自己変容の実現がなされにくい原因の一つとして自 己変容の予期に伴う葛藤に着目し,学校段階による比較 から葛藤の特徴を明らかにすることであった。中学生 は,自己変容のメリットやデメリットについてあまり予 期していない“予期低群”と現在の自分を維持すること にメリットを予期する“現状維持メリット予期群”の出 現率が多かった。高校生は,今のままの自分でいること にデメリットを予期しつつも,変わることの損失も予期 している“回避-回避葛藤群”の出現率が多かった。大 学生・専門学校生は,変わることと今のままでいること の両方にメリットを予期している“接近-接近葛藤群” の割合が特に多かった。また,自己変容の実現得点は, “自己変容メリット群”と“回避-回避葛藤群”で低く, 内省を深め,現在の自分を肯定的に受け止めることが, 自己変容の契機になることが示唆された。 本研究の結果の意義  本研究で示された結果の意義を,学術的観点と教育的 観点から述べる。自己変容の予期に伴う葛藤について, 先行理論を応用し,実証的に検討したことは本研究の有 する新奇性の一つである。本研究では自己変容のメリッ ト・デメリット予期得点を組み合わせたクラスタ分析に よって,先行理論で論じられてきた葛藤(cf., Miller & Rollnick, 2002/2007)の存在と割合,特徴について実証 的に明らかにした。今後,本研究の枠組みに基づいた葛 藤に関する実証研究の発展が期待される。さらに,学校 段階が進むにつれて葛藤が推移していく点や接近-接近 葛藤と回避-回避葛藤では適応状態や内省の程度に大き な違いがあることを示した点においても,青年期の自己 意識研究の進展に寄与したと考えられる。  次に,本研究の教育的貢献について述べる。これま で,変わりたい気持ちを持ちつつも変われずに悩む青年 の存在が指摘されてきた(成田,2006; Polivy & Her-man, 2002)が,その心理状態や原因に関しては実証的 に明らかにされてこなかった。本研究では,そのような 青年は,現在の自分のままでいることにデメリットを予 期しやすく,自尊感情や内省得点が低いことが明らかに された。このような知見は,青年への援助の一助となる と考えられる。すなわち,このままの自分ではいけない と焦る青年に対して,まずは自己の否定性と向き合い, 現在の自分を引き受けることに重点を置いた援助を行う ことが望まれる。 今後の課題と展望  今後の課題として,次の 2 点が挙げられる。第 1 に, 自己概念の個別領域に焦点を当てることが課題である。 本研究では全体的な自己概念に関して検討を行ったが, 青年期において重要とされる自己概念や自己概念の分化 度は,年齢の上昇とともに変化すること(Damon & Hart, 1982; 山田,1989)や,発達とともに他者からどう 見られているかによって自己イメージを構成しやすくな ること(佐藤・松田,2005)が示されている。質問紙に おいても,“どのような”自分の変容を望むのかを尋ね る必要があろう。  第 2 に,自己変容の現実性に関して検討が必要であ る。飛永(2007)は,未来展望を,空想的な願望や期待 を表す“希望”と現実的で具体的な未来の自己の側面を 表す“展望”の 2 側面から捉え,発達的変化を検討して いる。前者のような現在と将来の連続性の希薄さは,自 己変容への非現実的な期待(Polivy & Herman, 2002)を 生じさせ,変容の実現やそれに向かう努力を妨げる一つ の要因となるであろう。  以上のような,どのような自己概念について,どれほ ど現実的に変えたいと思うかという点を検討するに当 たっては,自己変容という現象そのものへの認識の個人 差や年齢差を念頭に置く必要があろう。すなわち,“自 分が変わる”や“今の自分を変える”という言葉の持つ 意味や捉え方の違いにも焦点を当てて,発達的観点から 検討を行うことが今後の課題である。本論文を一つの足

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掛かりとして,青年の自己変容への意識に関する知見が 深まることが期待される。

文   献

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Chishima, Yuta (Graduate School of Comprehensive Human Sciences, University of Tsukuba, Research Fellow of the Japan Society for the Promotion of Science). Mental Conflict and Expectations of Merits and Demerits Associated with Self-Change among Adolescents at Different Educational Levels. THE JAPANESE JOURNALOF DEVELOPMENTAL PSYCHOLOGY 2015, Vol.26, No.1, 1-12.

The purpose of this study was to clarify the mental conflicts associated with expectations for the merits and demerits of self-change. A questionnaire survey was conducted with 1162 adolescents who attended either junior high school, high school, vocational school, or college, and participants responded to items concerning expectations that had been devel-oped in a preliminary survey. The findings of the current study showed that the percentages of students whose responses fit into five clusters of expectations for self-change differed by educational level. Specifically, “low expecta-tions” and “merits of self-maintenance” were common responses in junior high school, “avoidance-avoidance conflicts” was frequent for high school students, and “merits of self-change” and “approach-approach conflicts” were common among vocational school and college students. These educational level differences may be associated with developmental changes that occur with maturation of self-esteem and reflection.

【Keywords】 Self-change, Expectation, Mental conflict, Educational level, Adolescence

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