過敏性肺臓炎との鑑別を要したサルコイドーシスの一例
松井祥子
1),山下直宏
1),朴木久恵
1),宮林弘太郎
1),菓子井達彦
1),
多喜博文
1),丸山宗治
1),小林 正
1),松井一裕
2),武村民子
3)【要旨】
症例は76歳男性.2000年10月に眼サルコイドーシスと診断され,点眼治療を受けた.その2カ月後,特に誘因なく増強する 呼吸困難にて,近医入院.低酸素血症と,胸部X線上,びまん性スリガラス様陰影を認め,当院へ転院となった.経気管支肺 生検の病理組織所見にて,類上皮細胞肉芽腫が認められたが,その組織所見の特徴および,入院後無治療で急速に改善した臨 床経過から,過敏性肺臓炎と診断した.6カ月後,発熱を自覚し再入院.胸部X線上,右下肺に新たな結節影を認めたため,胸 腔鏡下肺生検を施行し,肺サルコイドーシスの診断を得た.本症例は,興味ある臨床経過をたどり,また,その病初期に過敏 性肺臓炎に類似した病理組織像を呈したことから,肺の肉芽腫性疾患の鑑別診断を行っていく上で,貴重な症例と考えられ た. [日サ会誌 2002;22:57-63] キーワード: サルコイドーシス,過敏性肺臓炎A Case of Sarcoidosis That Had Problems for Differential Diagnosis
from Hypersensitivity Pneumonitis
Shoko Matsui
1), Naohiro Yamashita
1), Hisae Hounoki
1), Kotaro Miyabayashi
1), Tatsuhiko Kashii
1),
Hirofumi Taki
1), Muneharu Maruyama
1), Masashi Kobayashi
1), Kazuhiro Matsui
2)and Tamiko Takemura
3)【ABSTRACT】
A 76-year old man, who had been diagnosed as sarcoidosis for eye symptoms, was admitted to a local hospital with dyspnea and hypoxemia. His chest X-ray and CT revealed diffuse ground glass opacity. He was transferred to our hospital for further examination. His symptoms and chest X-ray findings improved rapidly without any treatment. Histological examination of trans-bronchial lung biopsy and his clinical features suggested hypersensitivity pneumonitis rather than sarcoidosis. After 6 months, he had a fever with nodular shadows in the right lower lung field on the chest X-ray. Thoracoscopic lung biopsy was done, and a diagnosis of lung sarcoidosis was confirmed. This was an extremely rare case of sarcoidosis, which was clinically difficult to dis-tinguish from hypersensitivity pneumonitis.
[JJSOG 2002;22:57-63]
keywords ;
Sarcoidosis, Hypersensitivity pneumonitis
………
1) 富山医科薬科大学医学部第一内科 2) 同第一病理 3) 日本赤十字社医療センター病理部 著者連絡先 : 〒930-0194富山市杉谷2630 富山医科薬科大学第一内科 松井祥子 TEL: 076-434-7287 FAX: 076-434-50251) First Department of Internal Medicine
2) First Department of Pathology, Toyama Medical and Pharmaceutical University, Faculty of Medicine
3) Department of Pathology, Japanese Red Cross Medical Center
日サ会誌 2002,22(1)
はじめに
サルコイドーシス(以下サ症)は全身の多臓器にわたる 非乾酪性類上皮細胞肉芽腫性疾患であるが,特に,肺,眼, 皮膚に病変を認めることが多い.何らかの症状にてサ症が 発見される場合,初診時に,胸部X線写真上,両側肺門部リンパ節腫脹(Bilateral Hilar Lymphadenopathy : BHL)を 認めるI期,II期の割合が約75%と多いため1),肺野型(III 期)にて発見される場合は,他の様々な疾患との鑑別が必 要となってくる. 今回我々は,ブドウ膜炎にて眼サ症と診断され,その経 過中,呼吸困難,胸部X線写真上のびまん性陰影にて入院 し,約2週間の経過にて無治療で改善したため,過敏性肺臓 炎との鑑別が困難であったIII期の肺サ症を経験した. 本症例は,臨床的にも,病理組織学的にも過敏性肺臓炎 とサ症の鑑別診断を行っていく上で,興味深い症例であり, 若干の文献的考察を加えて報告する.
症例呈示
●患 者:76歳,男性,元農業 ●主 訴:呼吸困難 ●既往歴:20歳時;腸チフス ●家族歴:父;胃癌 ●喫煙歴:40本×50年 ●住 居:木造建築 築30年 ●ペット:なし ●薬剤過敏歴:感冒薬にて薬疹の既往あり ●現病歴:生来健康.1999年頃から労作時呼吸困難を自覚 していた.2000年9月,脱穀の手伝い後に呼吸困難を自覚 し,近医にて肺気腫と診断され内服薬を処方されたが,そ の後中断.同年10月,飛蚊症を訴え,同院眼科受診.ブド ウ膜炎の所見があり,結膜生検の結果,眼サルコイドーシ スと診断され点眼薬による治療を受けた.この時,内科を 紹介受診したが,肺サ症を疑わせる所見はみられなかった. 同年12月初旬より,特に誘因なく呼吸困難が出現し増強し てきたため,12月15日同院入院.胸部X線所見にて,両側 の肺野にスリガラス様陰影を認め,血液ガス分析では,大 気下にてPaO2 51.5 Torr,PaCO2 35.9 Torrと低酸素血症がみられたため,精査加療目的にて12月19日当院へ紹介入院と なった. ●入院時現症:身長158cm,体重60kg,体温36.8℃,血圧 112/70mmHg,脈拍60/分整.呼吸数28/分整(O2 3L/分吸入 下).表在リンパ節は触知せず.聴診所見では心雑音なく, 肺音は,両肺にfine crackleを聴取.腹部所見,神経学的所 見には異常はなかった. ●入院時検査所見(Table 1):末梢血では,白血球分画で 好酸球の軽度増加を認めた.生化学検査では異常所見な かったが,血沈が1時間値60mm,CRP 1.1mg/dlと軽度の炎 症所見がみられた.血清学的には,ACEは正常,リゾチー ムが14.2μg/mlと上昇していた.ツ反は陰性であった.血 液ガス分析では当院転院時は,O2 3L/分吸入下にて,pH
7.434,PaO2 79.3 Torr,PaCO2 40.2 TorrでありA-aDO2の開
大が認められた.胸部X線所見では,BHLは認められず, 右肺野優位だが両側にびまん性のスリガラス状陰影を認め た(Figure 1).胸部CTでは両側肺野にスリガラス状の濃度 上昇を認め(Figure 2),また,ガリウムシンチグラフィー では,両側肺野へのびまん性の強い集積増加が認められた (Figure 2).前医で2ヶ月前に行われた結膜生検の病理組織 所見では(Figure 3),小型リンパ球の浸潤と類上皮細胞が 認められ,眼サ症と診断されていたが,当院入院時は,眼 科的にはブドウ膜炎の所見は明らかでなく,その他の異常 所見もなかった.気管支肺胞洗浄液では,総細胞数,リン パ球の増加とCD4/CD8比の軽度上昇がみられた.右S3,S5 から経気管支肺生検(TBLB)で得られた肺組織の標本で は,小血管や肺胞壁に小型リンパ球や線維芽細胞が浸潤し (Figure 4A),線維化病変の少ない類上皮細胞肉芽腫が肺胞 壁に認められ(Figure 4B),過敏性肺臓炎に近い病理組織 所見を呈していた.
●入院後経過(Figure 5):入院当初,眼サ症と2ヶ月前に診 断されていたことより,肺サ症も鑑別診断にいれて経過を 観察していたが,呼吸困難症状は,無治療で徐々に軽快し,
入 院10日後に は,大気 下の血 液ガス 分析に てpH 7.406,
PaO2 81.8 Torr,PaCO2 43.3 Torrと改善傾向がみられた.ま
た胸部X線及びCT所見にても,両側肺野のスリガラス状陰 影の消褪傾向がみられた.TBLBにて得られた病理組織所 見より,過敏性肺臓炎を疑い,年末年始にかけて試験外泊 を行ったが,PaO2 73.7 Torrと軽度の低酸素血症が認められ た以外は,発熱,呼吸器症状などの異常所見なく,結果は 陰性と判断した.家屋の落下菌採取も施行したが,冬季で あったためか,有意な原因菌は同定されなかった.また Trichosporon asahii,Trichosporon mukoidesの血清中沈降抗 Figure 1. Chest X-ray film taken on December 18, 2000, showing
ground-glass pattern in both lung fields.
Figure 2. Chest CT scan taken on December 15, 2000, showing ground-glass opacities in bilateral lung fields. Gallium-67 scintigram showing marked accumulations in the diffuse lung fields.
Figure 3. Photomicrograph of a conjunctiva biopsy specimen, showing an ill-bordered, soft epithelioid cell granuloma surrounding marked infiltration of lymphocytes (original magnification x100: H.E.).
(A)
Figure 4. Photomicrograph of TBLB specimen. (A) Irregularly thickened alveolar septae with inflammatory cell infiltration. Note nodular lesions composed of epithelioid cell granulomas (original magnification x 100: H.E.).
(B) A high-powered view depicts ill-defined, non-necrotizing granulomas around capillaries of the alveolar septa (original magnification x 300: H.E. stain).
日サ会誌 2002,22(1) 体は陰性であった.その後,試験外泊を繰り返しても症状 はなく,低酸素血症は,呼吸機能検査の結果とあわせて, 気腫性変化によるものと判断した.2001年1月20日の退院 時には,KL-6は高値を示していたが,胸部X線及びCT所見 ではすりガラス状陰影は消失していた.この時点では,眼 サ症と診断された既往はあるものの,1)急性の呼吸器症状 にて発症し,入院後無治療で約2週間後には,血液ガスも胸 部X線所見も改善したこと,2)TBLBで得られた肺の病理 組織所見では胞隔炎の所見が比較的強く,また,疎な類上 皮細胞の集塊が肺胞壁にみられたこと,3)眼所見もほぼ正 常であったこと,4)現病歴では,農作業後に初発症状が出 現したこと,から原因抗原は特定されないものの,肺症状 は過敏性肺臓炎と診断し,無治療のまま外来にて経過観察 とした.外来にて一時KL-6が1640 U/mlまで上昇したが, 徐々に低下し,また呼吸器症状も認められなかった.とこ ろが,2001年5月末より,特に誘因なく労作時呼吸困難を 自覚するようになり,6月末より38℃前後の発熱が間歇的 に出現したため,7月3日,当科へ再入院となった(Figure 6).入院時の胸部X線及びCT所見にて,右下肺野の胸膜直 下に前回CTにて認められなかった不整形の小結節影が認 められたため,患者本人の希望もあり,確定診断を行うた めに8月6日,胸腔鏡下肺生検(VATS)を施行した.右S8 より採取された肺組織には,細気管支周囲から肺胞領域, さらには胸膜にも多数の類上皮細胞肉芽腫が,個在性,も しくは集簇性に認められており,これら肉芽腫性病変間に は,変 化 の 乏 し い ほ ぼ 正 常 な 肺 胞 領 域 が 介 在 し て い た (Figure 7A, B).類上皮細胞肉芽腫は,主として血管周囲性 に形成されており,中心性壊死を欠いていた.また肉芽腫 内層部では線維芽細胞巣が部分的に認められるものの,線 維化は目立たず,肉芽腫周囲の線維増生も認められなかっ た(Figure 7C).以上のVATS標本の病理組織所見より,肺 サ症と最終診断された.第1回目の入院のエピソードとの関 連については,1)病理組織所見上,類上皮細胞肉芽腫の形 状に違いがあるものの,TBLB,VATS両方の検体に肉芽腫 が認められたこと,2)文献的に類似した肺サ症発症例があ ること,から,肺サ症の一連の経過と判断した.治療につ いては,約6ヶ月間の無治療での経過観察中に寛解傾向が認 められたものの,再び発熱などの急性症状が出現したこと より,ステロイドによる治療を開始した.プレドニゾロン 30mgの隔日投与にて,発熱,労作時呼吸困難感などの症状 はすみやかに消失し,胸部X線および胸部CT上の結節性病 変の消失がみられた.
Figure 6. Clinical course 2
(A)
(B)
(C)
Figure 7. Thoracoscopic lung biopsy specimen.
(A) Granulomatous lesions similar to those which shown in Figure 3B. Unaffected alveolar areas are seen between granulomatous lesions (original magnification x 40: H.E.).
(B) Granulomatous lesions are formed not only throughout the lung parenchyma but also somewhere in the pleura (arrowhead) (original magnification x 100: EvG).
(C) A high-powered view depicts soft epithelioid cell granulomas around capillaries of alveolar walls. Note absence of central necrosis and concentric fibrosis (original magnification x 200: H.E.).
日サ会誌 2002,22(1)
考察
本邦のサ症において,1991年の第8回の全国調査では877 例中,約7割が何らかの自覚症状にて発見されている.発見 時の症状としては,眼症状(38.9%)皮疹(13.8%)咳(12.5%) が高頻度にみられており,初診時にBHLを含めて胸部X線 上異常所見を示すものは約9割を占めると報告されている 1).しかし,そのうち,肺野型(III期)を示す割合は,10 %前後と少なく,また多彩な陰影を呈するために,鑑別診 断に苦慮することがある. 一方,サ症の急性発症は,結節性紅斑,発熱,関節痛を 伴い,若年女性に多いLöfgren 症候群2)が有名であり,肺症 状を主としての急性発症は,我々が文献的に検索しえた限 りでは10例報告されているにすぎない(Table 2).いずれ の症例も短期間で陰影が出現および消褪しているが,その 間に肺やリンパ節などの組織より,サ症と診断されている ものが多い. 一般的に,病理組織学的には過敏性肺臓炎と,肺サ症は 鑑別可能であり(Table 3),肉芽腫の性状や分布にそれぞ れ特徴があるとされている11) 12) 13).本症例は,VATS標本 にて肺サ症の診断を得たが,TBLB標本では,胞隔炎の所 見が強くかつ,疎な肉芽腫が散在していたために,鑑別が 困難であった.また臨床的に,サ症としてはかなり高齢発 症であったことも,サ症の診断をためらわせた.呼吸困難 と低酸素血症,画像上のスリガラス状陰影で入院した時点 では,すでにブドウ膜炎の所見は明らかではなく,また, 入院後急速に肺症状の寛解がみられたことは,サ症よりは むしろ,ウイルス感染や過敏性肺臓炎を考えさせた.しか し,肺野陰影が消失し,KL-6が低下してきたにも関わらず, 6ヶ月後には高熱と右下肺の結節性陰影が出現したため, VATSによる組織検査に至った. 比較的短期間にこのような経過をたどった報告例は今ま でになく,特異な臨床経過と考えられるが,サ症病変が形 成されていく過程を考察する上では,きわめて興味深い. 本症例のVATS標本では,内層部に肉芽腫性病変のほかに, 線維芽細胞巣の散在する間質性線維化病変が認められた. この病変をサ症に関連するものとすれば,臨床的に症状は なかったものの,組織学的には時間経過の長い肺サ症が潜 在性に存在していた可能性を示唆している.それが,何ら かのきっかけで,アレルギー性胞隔炎様症状として顕在化 し,その後約6ヶ月間で,画像上でも病理組織所見上でも明 らかな肉芽腫性病変を形成していったものと考えられる. 我々が得たTBLB及びVATS標本での病理組織所見は,その 過程の一部をとらえたものと思われる.過去に,高齢発症 あるいは急性発症と報告されたサ症症例の中には,潜在化 していたサ症が顕在化した一時点をとらえたものがあるか もしれない.今後は,サ症の発症形式や全経過を解明する ために,急性発症のサ症症例を蓄積し,経過や病理像を注 意深く観察していく必要があると思われた.Table 2. Review of cases with acute-onset pulmonary sarcoidosis
( ):No. of cases
Definition of abbreviations: shw= shadow(s) GGO= ground-glass opacity Tx=treatment
PSL= prednisolone MTX= methotrexate S.R= spontaneous resolution
結論
サ症は,その全経過において,多臓器にわたり様々な病 態を呈しうる疾患である.これまでに我々が,原因不明の 過敏性肺臓炎と診断した症例の中には,看過したサ症症例 があった可能性がある.今後は,過敏性肺臓炎を疑われた 症例なども含め,肺の肉芽腫性疾患症例を注意深く観察し, 長期的に症例を蓄積していく必要があると考えられた.謝辞
本症例の診断にあたり,抗Trichosporon抗体を測定して いただいた熊本大学第一内科教室(安藤正幸前教授主宰) の皆様,及び,貴重な病理標本を御呈示頂きました,高木 総合病院眼科の芹沢清志先生に深謝いたします.引用文献
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12) Corrin B: Extrinsic allergic alveolitis. In: Corrin B ed, Pathol-ogy of the lungs. Churchill Livingstone, London, 2000; 255-259.
13) 横井豊治:肺の肉芽腫性疾患.病理と臨床 2000; 18: 277-281.