1 平成25 年 6 月 26 日(水) 奈良県立橿原考古学研究所3F 会議室
報道発表資料:シリア・パルミラ遺跡東南墓地
C 号墓出土頭骨の復顔
西藤清秀(奈良県立橿原考古学研究所 副所長) 中橋孝博(九州大学名誉教授) パルミラはシリア沙漠中央に位置するオアシスに形成された隊商都市です。パルミラはギリシャ語で「ナツメ ヤシ」を意味し、アレキサンダー大王の東征以降、この名で呼ばれてきました。 紀元前1世紀から紀元後3世紀までがパルミラの最盛期であり、シルクロード上の交易の中継地点として、パ ルミラは大いに繁栄しました。特にローマとの関係が深く、ローマ帝国の植民都市の中でも高位に位置づけられ ていました。しかしその絶頂期の紀元後3 世紀、女王ゼノビアの時代にローマ帝国に滅ぼされました。 今回の発表は、パルミラの墓に葬られた人物の頭骨に肉付け復顔を試み、同じ墓に納められたその人物の彫像 と比較、その相似性を検討したものです。 C 号墓:ヤルハイの墓 C 号墓は、1991 年から 1992 年に奈良県(なら・シルクロード博記念国際交流財団:調査団長樋口隆康)が主 体となり調査され、東西に主軸を向け、階段、前庭部、門、主室、側室からなる。階段は、全長8m、幅 2.9m、 主室は全長10.4m、幅 3m、側室は全長 3.4m、幅 2.0m であり、パルミラの地下墓では小規模であたる。この墓 は、「109 年 4 月にマルコの息子のルシャムスの息子のヤルハイが子孫の永遠の繁栄のために」建造された地下墓 であることが出土した建造碑文からうかがえる。この墓は、3世代によって使用された家族墓で61 名が葬られ ていた。この墓の建造者であるヤルハイは、主室奥壁に龕状に設けられた棺棚に彼の息子とともに自らの胸像を はめ込んだ棺に葬られていた。 ヤルハイは 4 列 5 段からなる奥棺棚の左から 3 列目の下から 3 段目に葬られ、 その棺棚の規模は、幅52cm、高さ 58cm、奥行き 181cm であった。また R4-2 の男性が埋葬されていた棺は、 北側壁に設けられた棺棚の2 列 5 段からなる棺棚の 1 列 3 段目にあたり、その規模は幅 48cm、高さ約 60cm、 奥行き174cm であった。 C 号墓には葬送用彫像が 7 か所の棺に嵌め込まれていた。墓を建造したヤルハイ、彼の息子のシャルマとマラ ー、さらに彼の幼子のアシュタルトとヤルハイ、さらに銘文が無く、人物の特定できないが、ニケ(勝利の女神) が死者に天空に運ぶ図柄の半円形の彫像と銘文の無い男性像である。 C 号墓出土ヤルハイ・R4-2 頭骨の復顔 ヤルハイ彫像 ヤルハイ(YRHY)の彫像は、C 号墓主室奥壁にあたる奥棺棚の左から 3 列目の 3 段目 M3-3 の棺棚の小口に 嵌められていた。このヤルハイ像の左肩上に碑文が3 行にわたって、ヤルハイ、ルシャムスの息子、ハトラと呼 ばれたマルコの息子と刻まれていた。 彫像は長方形の石板から削り出されている。像は高さ57.6cm、幅 45.1cm、厚さ約 10.3cm であり、背景の長 方形板は高さ53.2cm、幅 46.0cm、厚さ約 8.6cm である。頭部は背景より少し突き出ている。 ヤルハイの目は、眼球を2 重の線により虹彩と瞳孔を分けられ、大きく見開き、やや上方を見上げている。頬 は窪みを線状に施しややこけたように表現している。額はさほど広くはない。髪の毛は柔らかくS 字状に巻いて いる。首は滑らかに仕上げられ、2 本の水平な線で皺を写実的に表現している。 胴部はグレコーローマン風の衣服を纏い、右手は衣服の一部を掴んでいる。小指に指輪を嵌めた左手にはワッ クスタブレットがしっかりと握られている。2 ヤルハイ骨 非常に屈強で大柄な熟年男性。(推定身長約170cm) (頭蓋の特徴) 全体的にサイズが大きく、眉間や筋付着部の発達の良さが目立つ。特に脳頭蓋は当集団での最大サイズに達し (たとえば頭最大長は203mm―C 号墓の男性平均は 186.5mm)、かなりの長頭(前後に長い頭)、高頭傾向が見 られる。顔面は左半分を欠くが、高・広顔傾向をみせ、やはりサイズが大きい。強い眉間の膨隆、深い鼻根の陥 凹が認められ、鼻骨は先端を欠くが高く狭い鼻梁の持ち主と見なされる。眼窩は幅広く、当集団の平均に比べて やや低眼窩型。下顎も頑丈で、下顎枝は幅広く、下顎角(顎のエラの部分)の突出が顕著。突顎の程度は弱い。 歯の摩耗が強く確認し難いが、鉗子状咬合。 R4-2 男性彫像 R4-2 の男性彫像は、C 号墓主室左側壁に設けられた棺棚 R4 の 2 段目に嵌め込まれていた。彫像には銘文が刻 まれておらず、彫像および被葬者が誰であるかは不明である。像は高さ53.7cm、幅 39.8cm、厚さ 16.7cm であ り、背景は高さ50.4cm、幅 43.0cm、厚さ 8.2cm である。彫像は、胴部は正面を向いているものの、顔はやや左 に向いている。髪型はM 字形で禿げあがった状態を表現している。眉毛は短い斜めのラインで細長く表現してい る。眉間は水平の皺が描かれている。彼の虹彩は一本の線の小さな円で示され、瞳は小さな孔で表現されている。 目を構成する線には黒の顔料が刻線をなぞるように使用にされている。髭は、菱形を基本にその中に4 から 5 本 の曲線を刻んで表現している。 この彫像はグレコーローマン風の衣服を纏い、左手は袖に添え、右手は布を掴んでいる。彫像の様式としては ヤルハイより後出である。 R4-2 男性骨 やや小柄な熟年男性(推定身長約160cm―パルミラ C 号墓の平均は約 164cm) (頭蓋の特徴) 脳頭蓋の前後径や幅は当集団の中では比較的大きい部類に入るが、頭高は平均値に近い(現代シリア人にも近 い―約 134mm)。ヤルハイのような長頭傾向は見られないが(中頭型)、前頭骨の膨隆が目立つ。顔面は高さ、 幅ともにやや小さく、当集団の平均よりもやや低顔型に傾く。眉間の突出は中程度だが、鼻根の陥凹は明確で、 非常に高い鼻梁の持ち主。眼窩はやや低く、また上顎歯槽部が少し前突傾向を見せ、鋏状咬合。下顎はやや小さ めながら頑丈。 復顔されたヤルハイ 日本とロシアで作成したヤルハイの復顔を互いに比較した結果、細部では目の雰囲気、眉毛、鼻、耳、唇の形 状は異なるが、目の形、顔の輪郭、頬の肉付き、顎の形状・肉付きは非常に良く似ており、同一の頭骨から復原 されたことを良く示している。 復顔されたR4-2 日本とロシアで作成したR4-2 の復顔を互いに比較した結果、日露での復顔の依頼の際に指示に差異が生じ、 当初、復顔に髭を生やす方向を考えていたが、途中で生やさないことにしたため、ロシアと日本の復顔で異なっ た様相になってしまった。それゆえ、日本で作成した復顔に髭がないためにやや頬の下部と顎が細く見える。そ のため目の表情や髭の有無によって雰囲気が相当異なるように一見見える。鼻、耳の形状は細部において異なる が、目の形、顔の輪郭、頬の肉付き、顎の形状・肉付きは非常に良く似ており、同一の頭骨から復原されたこと
3 を良く示している。 ロシアと日本の復顔 日本とロシアに同一頭骨の復顔を依頼したが、委託者の職種は日本では彫刻家、ロシアは人類学研究者と異な る。基本的に人の形状や骨に対する肉のボリューム感を理解できていない限り復顔はできない。ロシアのロシア 科学アカデミー人類学民族学研究所復顔ラボラトリーは、これまで化石人類から現代人に至るまで世界で最も多 くの復顔を手掛けてきた実績をもつ機関である。時には遺体の身元調査などにも協力している。日本の翁譲氏は、 彫刻家として著名であるが、国立科学博物館と協力し、沖縄の化石人類である港川人をはじめ多くの復顔をおこ なっている。中でも池上本門寺に埋葬された画家の狩野養信(おさのぶ)に関わる復顔では、完成後に彼の甥で ある狩野友信の写真の発見によって彼等の顔が瓜二つであることが判明するなど、その技術には非常に信頼がお ける。そのため、今回のパルミラの復顔は両者に依頼し、復顔の信頼性を確認することも兼ねて実施した。その 結果は、上記でも述べたように、一見異なるように見えるが、基本的には顔の形状、頬・顎の肉付きや形状に類 似性が強く認められる。当然、目付きについては眼球の復元する形状によって顔そのものの表情が変わるが、両 者は同じ頭骨の特徴を的確に把握し、表現されている。それゆえ両者の復顔技術の精度は極めて高いと言える。 ヤルハイ・R4-2 男性彫像の顔と復顔した顔の類似性 ヤルハイ:彫像の顔と日本・ロシアで復顔した顔は、基本的に似ていると言える。異なる点は彫像の額の狭さ と顎がやや細身であることである。しかし顔の形状や頬から顎にかけての肉付きなどは似ている。さらに埋葬さ れていた人骨の年齢は40 歳~59 歳の熟年であるが、彫像の表情は 20 歳~39 歳の成人に思える。 R4-2:日本で作成した復顔に髭がないためにやや頬の下部と顎が細く見える。しかし日本で作成した復顔に髭 の存在を考え合わせると両者の復顔は非常に似ており、さらに彫像とも似ている。特に頬の肉付きや形状は極似 している。彫像の口は小さいが唇を含めた形状は似ている。この彫像も埋葬された遺体の年齢が40 歳~59 歳の 熟年にあたるのに比べて若く作成されている。 C 号墓の棺棚にはめられていたヤルハイと R4-2 男性の彫像は、彼等の棺棚に埋葬されていた遺体の頭骨の復 顔による類似性から生前に造られていた、もしくは、生前に肖像画が描かれ、それを見て彫像が造られた可能性 が高いことが今回の研究から明らかになった。ヤルハイとR4-2 男性彫像は、彼等の復顔された顔の特色を的確 に表現している。特に顔の輪郭や頬、顎の特徴を把握している。しかし、彫像の顔は、実際の埋葬された年齢よ り若く表現されている。このようにパルミラの葬送用彫像のうち被葬者を表現した胸像は、胸像制作者が明らか に被葬者の顔の情報を製作時には知っていたと言える。 パルミラの葬送用彫像が、被葬者を表現した胸像であることが明白であり、それは「永遠の家」に葬られた人々 を家族や親族等が墓に訪れ、被葬者本人に会えることを意味している。いわゆる真の遺影として胸像が嵌められ ている。これは、パルミラの葬制を考える上で重要である。 特別陳列 名称 『シリア・古代パルミラの人々 ーシルクロードの隊商都市に生きる』 会期 平成25 年 6 月 29 日(土)~7 月 28 日(土)(月曜日・祝日の翌日は休館) 開館時間 午前9 時~午後 5 時(入館は午後 4 時 30 分まで ) 会場 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館 講座室 主催 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館 協力 シリア・アラブ共和国文化省古物博物館関係総局、パルミラ博物館 入館料 大人 400 円(350 円)、高校生・大学生 300 円(250 円)
小学生・中学生 200 円(150 円)、( )内は 20 名以上の団体料金 研究講座 日時:平成25 年 7 月 13 日(土)午後 1 時~午後 4 時 30 分(正午会場、午後 1 時開演) 場所:奈良県立橿原考古学研究所附属博物館 1階講堂 西藤清秀(奈良県立橿原考古学研究所附属博物館長)「復顔されたパルミラ人が埋葬されていた墓」 中橋孝博(九州大学名誉教授)「シリクロードの隊商都市パルミラ人はどのような人々か?」 鼎談:翁譲(彫刻家)、中橋孝博、西藤清秀「パルミラ人の復顔を試みる」 ユーセフ・カンジョ(Dr. Youssef Kanjo)(アレッポ博物館長)「シリア・アレッポ博物館の現状」 主な展示品 C 号墓出土ヤルハイ頭骨、C 号墓出土ヤルハイ胸像(複製)、ヤルハイ復顔像(日本・ロシア作成)、R4-2 男性頭骨、R4-2 男性復顔像(日本・ロシア作成) C 号墓出土半円形葬送用彫像(複製)、C 号墓出土少年ヤルハイ像(複製) 写真パネル「現在のパルミラの沙漠で生きる人々:ベドウィンの家族」(吉竹めぐみ撮影写真)、その他パル ミラ遺跡、東南墓地C 号墓、復顔にかかわる写真パネル多数。 今回の発表は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(A)「古代パルミラの葬制の変化と社会的背景にかか わる総合的研究」(代表西藤清秀)課題番号23251018 の成果である。 シリア・パルミラ位置図 パルミラ遺跡と東南墓地C 号墓の位置 4
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C 号墓平面図 C 号墓奥壁棺棚立面図
C 号墓ヤルハイ埋葬棺棚立面図 C 号墓 R4-2 男性埋葬棺棚立面図
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