創造性研究から見たデザイン思考のルーツ
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. 者、および工業デザイナー向けの「夏季創造性セミナー」を主催していた5)。 彼は自分が開発した想像力を訓練する方法「Arcturus Ⅳ」の他に、外部の専. 門家(例えば、R.B. Fuller、J.P. Guilford、A.H. Maslow、Alex F. Osborn)を招 いて、「包括的なデザイナー」「創造性の評価と開発」「創造性への感情的な. 障害」「ブレインストーミング」などを教えた。「Arcturus Ⅳ」というのは、 架空の遊星で、そこには地球人と違う口ばしがあり、目が三つ、全身羽毛に 包まれて、指は3本しかないメタニアンという人類が住んでいると仮定す る。アーノルド先生はこれをもってメタニアン人が使う道具を考えてくださ いと参加者の想像力をトレーニングしていた。詳しくは穐山貞登の著書をご 参考ください6)。. 3.スタンフォード大学 1957年、アーノルドはスタンフォード大学の招きに応じて、機械工学科教 授と経営学科の教授に就任した。翌年、エンジニアリングスクールでデザイ ン部門を立ち上げ、ディレクターに就任した。今度、彼はまたスタンフォー ドで創造工学を教えるようになった。教鞭を執る傍ら、アーノルド教授は コンサルタントとして政府機関と大企業のために創造工学、新商品開発、. R&D の生産性の向上などをアドバイスしていた。クライアントには、GE、. フォード、アルコア・アルミニウム、コーニング・ガラス、RCA、ベル研. 究所などが含まれていた。とりわけ、彼は GM の AC スパークプラグ部門の. 創造性プログラムで中心的な役割を果たした。. アーノルド教授は、創造工学を活かしてアイデアを開発するが、そこまで に止まらなかった。彼はよく「アイデアは創造的プロセスの全部ではなく、 始まりに過ぎない。あるアイデアは他人に受け入れられ、開発され、他人に 伝達され、さらに売られたことこそイノベーションの完結である」と学生に 力説していた7)。また、体験もアーノルド教授が強調するキーワードの一つ であった。例えば、彼の論文の中にはこのような記述がある。「人間の体験 はあらゆる知識の生み親である。あなた自身の体験は適切に受けたものであ れば、他人に聞くことと変わらず、価値あり、かつ有用である8)。」 言うまでもなく、アーノルドの体験、実践を重視する教育理念はスタン フォード大学のデザイン教育に大きな影響を与えている。 1963年9月、アーノルド教授はヨーロッパの旅に出て、11月中旬まで観光 し、その後スペインで滞在し、エンジニアリング哲学に関する本を執筆する 予定であったが、イタリアのローマに行く途中で心筋梗塞のため客死した9)。 アーノルド教授はその時代にすでにアメリカの東西海岸で有名になったが、 出版物が極めて少なかったのは、間違いなくその早すぎの死去と関係がある。 幸いにも、アーノルド教授の教育理念は同僚のロバート・マッキム(Robert. H. McKim)と弟子のジェームス・アダムス(James L. Adams)に受け継がれ. た。. マッキムは1927年に生まれ、1958年にアーノルド教授がデザイン部門(現 在、デザイングループに名称変更)を立ち上げた時、彼は三人の教員の中の 一人であった。アーノルド教授の影響を受けて、マッキムも研究の中心をプ ロダクトのデザインからデザインのプロセス、および人間の感性を生かすデ ザインに移すようになった。 マッキム教授の名前がアメリカで広く知られたのは、アップル社の商品 出所:スタンフォード大学. 2). と関連している。なぜなら Apple Ⅱ、Ⅲ、Lisa 及び Macintosh の主なデザイ. 111.
(3) 112. 特集:イノベーションデザイン論. ナー、例えば Jerry Manock、Bill Dresslhaus はいずれも彼の「プロダクトデザ イン」クラスの受講生だったからである10)。. 今日、マッキム教授の名前をネットで検索したら、ほとんど彼の著作『ビ ジュアル思考の体験』 (Experiences in Visual thinking)と関連する情報である。 スタンフォード大学機械工学科のホームページにアクセスしても氏名と名誉 教授というポジションしか出てこない。これは、恐らくマッキム教授の控え 目な性格と関係あるだろうと思う。 上に述べた本は、マッキム教授が開講した「ビジュアル思考」をベースに したものである。この本の前書きの冒頭に、マッキム教授はこのように書い ている。「私はアーノルド教授から最大の恩恵を受けた。彼はスタンフォー ドでビジュアル思考(この本の主なテスト場となる科目)を開講しないかと 私に提案しただけでなく、生産的思考の分野で私に影響を与えた先駆者でも ある11)。」 ビジュアル思考は視覚的思考ともいえるので、この本は思考のプロセスと 結果を可視化するための手法を紹介している。マッキム教授は、その本の内 表紙に次のような図(図1)をもってビジュアル思考の骨組みをまとめてい る。筆者の理解で言えば、図の中心にある「見る、想像、描く」は基本的に 右脳の働きであり、変換、操作、具体化、時間調べ、修正、要約などのプロ セスを経て、アイデアを目に見える形で表現する。また、マッキム教授はこ の図のタイトルに「戦略」という言葉を使っていることに注目すべきであ る。戦略とは、競争のための長期的な計画である。言い換えれば、マッキム 教授はこのビジュアル思考をデザイナーがライバルに長期的に勝つ競争の手 図1 ビジュアル思考の戦略. 出所:Robert H. McKim(1980)、多少の修正がある。. 法と位置づけをしている。 マッキム教授は、いつも「説明とテストの繰り返し」を強調していた12)。 それは、説明してはテストを、テストをしては説明を繰り返して行う意味で ある。すなわち、アイデアをある程度説明したら、テストで検証する。ここ でいうテストは、試作で可視化を実現し、新たにアイデアが生まれたらまた 可視化する。このような繰り返しの過程でより良いアイデアを具現化する。 これは、マッキム教授の狙いではないかと思う。 ジェームス・アダムスは、1955年にトップの成績でカリフォルニア工科大 学機械工学科を卒業した後、UCLA で一年間アートを勉強した。その間に. 作った作品は学内に展示され、学部長から表彰された。その後、アダムスは スタンフォード大学大学院に入り、機械工学とアートを専攻と副専攻にし た。1961年、アーノルド教授の指導の下で工学修士と Ph. D. の学位をそれぞ. れ取得した。アーノルド教授は1957年にスタンフォード大学に移籍したの で、アダムスはアーノルド教授の最初の博士課程学生ではないかと推測でき る。 その後、アダムスはジェット推進力研究所に就職し、シニア開発エンジニ アとエンジニアリンググループのスーパーバイザーとして丸5年間働いてい た。その間に、彼は人工衛星と宇宙船の開発に参加し、デザイン、開発、テ 出所:スタンフォード大学. 2). スト、オペレーション、企画など様々な仕事を体験して豊富な経験を積み重 ねた。 1966年、アダムスはついに母校に呼び戻され、出身母体の機械工学科の教 授に就任した。1968年、また機械工学科デザイン部門のディレクターに任命 された。その部門の創始者と初代ディレクターは恩師のアーノルドなので、 アダムス教授は完全に恩師の後継ぎになった。.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. それ以来33年間、アダムス教授が教えたことがある科目は、28もある。例 えば、「エンジニアリングデザイン入門」「デザインの哲学」「機械デザイン」 「組織行動とデザイン」「創造的問題解決」「プロダクトデザイン入門」「プロ ダクトデザインの人的要素」など学部生向けの科目があれば、「上級プロダ クトデザイン」「エンジニアリングシステムデザイン」「創造性とイノベー ション」「デザインセミナー」など院生向けの科目もあった。また、博士後 期課程のゼミ生に対し、アダムス教授はリモコン、デザイン、エンジニアリ ング教育、アントプレナーシップという四つの研究方向で指導していた。 筆者が注目するのは、アダムス教授の創造性への関心と実践である。彼の 講義の中には「創造的デザイン」というコンセプトがある13)。それは、他の デザイン研究者との根本的区別とも言え、明らかにアーノルド教授から受け た影響であると思う。アーノルド教授は「創造工学」を提唱していたが、ア ダムスは「創造的問題解決」を提唱していた。両者の言葉は異なるが、本質 は同じと思う。どちらも機械工学とデザインに創造という要素を入れ込んだ のである。 1983年からアダムス教授はスタンフォード価値、技術、科学と社会プログ ラムの責任者として、文理融合の複合人材の育成に力を入れていた。彼本人 は文理融合の典型例なので、このプログラムに最も相応しい人物として選ば れたと思う。なぜスタンフォード大学の学生は文理融合、理論と実践の結合 が強いのか、明らかにこのようなプログラム、実務経験が豊富な教授陣の存 在と関係がある。 アダムス教授は、論著が多数出版された。代表作は、1974年にスタン フォード校友会から出された『コンセプトの爆発 ─より良いアイデアへの ガイド─』(Conceptual Blockbusting: A Guide to Better Ideas)である。この. 本は出版された後、スタンフォード学内は勿論、学外にも注目されたため、 外部の出版社三社(ニューヨークの W.W. Norton 社、マサチューセッツの. Addison Wesley 社、およびニューヨークの Perseus Press 社)はそれぞれ第2. 版(1980年)、第3版(1986年)と第4版(2001年)の出版権を取得して改. 定版を出版した。併せて数十万部売られた。筆者の知る限り、これは Alex F.. Osborn の『Applied Imagination』(邦訳『独創力を伸ばす』ダイヤモンド社). 以来のロングセラーである。. この本の前書きには、アダムス教授は「私を思考について考えさせたのは ジョン・アーノルドです。彼は思考教育の先駆者ですし、私の人生で出会っ た英雄の中の一人でもあります」と明記している14)。 この本は、たくさんの挿絵を使って読者の創造的想像を刺激し、喚起する 図2 9点クイズ 15). 出所:J.E. Arnold. ものである。一例をあげて説明すれば、 「4本のつながる直線を使って9つ の点を通過しなさい」というクイズ(図2を参照)がある。解答者は9つの 点が構成する四角い枠内で考えるなら、いくら頑張っても成功するわけはな い。しかし、枠を突破して視野を広げれば、4本の直線はいうまでもなく、 3本ないし1本だけでも解決ができる。これまでこのクイズは多くの創造的 思考の研究者に引用されるが、筆者の知る限り最初に考案したのはアーノル ド教授である。しかし、これを世の中に公表したのは弟子のアダムスである。 アダムス教授は理論だけでなく、実践家でもある。若い時からアートに関 心を持ち、博士課程の副専攻もアートだったため、ものづくりが大好き、し かも得意である。自宅には工房があり、木材、プラスチック、金属で作った 模型が一杯ある。日常用品から農業機械、戦闘機、戦車、宇宙船など、まる. 113.
(5) 114. 特集:イノベーションデザイン論. で展示館のように収蔵されている。これは彼の講義を受ける学生に大きな影 響を与えていたに違いない。1999年に定年された後でも、NASA、自治体、. NPO 法人、学校、企業などからいろいろな依頼があり、延べ200回以上の講. 演会を行ったことがある。これまで彼のコンサルティングを受けた企業は、 3M、AT&T、GE、IBM、Intel などを含め130社を超えた。. 4.IDEO. デザイン思考の研究者はみな IDEO と創業者のディヴィッド・ケリー. (David M. Kelly)の名前を知っていると思う。ケリーは1951年に生まれ、 1973年にカーネギー・メロン大学電子工学部を卒業した。その後、ボーイン. グ社に就職した彼は、747型のトイレ使用標識のデザインに携わっていた。 この仕事を通して、ケリーはデザインに興味を持ち、ついに仕事をやめてス タンフォード大学に入って、共同プログラムでデザインを専攻し、1977年に 修士学位を取得した。 1978年、ケリーは仲間と共同で設立したデザイン事務所を経営している傍 ら、母校のデザインプログラムで教えるようになった。1990年、ケリーはス タンフォード大学の終身教授になり、今でも教鞭を執っている。 そして、2005年にケリーは様々な経歴を持つ学生が集まって、創造力を生 出所:スタンフォード大学. 2). かして問題解決に挑戦する場所を確保するために、スタンフォード大学で 「ハッソ・プラットナー・デザイン研究所」(通称 d. school)を創設した。. ところが、ケリーは上に述べた3人との間にどんな関係なのか。それは本. 稿のキーポイントでもある。スタンフォード大学にはデザイン教育と創造性 開発に力を入れている著名な先生が多くいるのに、ケリーはその先生と関係 はないとは考えられない。調べてみたら、実はディヴィッド・ケリーはロ バート・マッキムの弟子であったことが分かった。 ディヴィッド・ケリーの弟トム・ケリーの著書『発想する会社!』の中に はこんな記述がある。「ディヴィッドはパートナーが必要だと考え、スタン フォード大学の恩師ボブ・マッキム教授に、その年度で最も優秀な学生の名 前を教えてほしいと頼んだ 16)。」ボブはロバートの愛称なので、これで上に 述べた4人ともつながっている。すなわち、アーノルドはスタンフォード大 学工学科におけるデザイン教育と創造性開発の創始者で、マッキムはアーノ ルドのファンと同僚で、アダムスはアーノルドの弟子、後にまたマッキムの 同僚と友人になり、ケリーはマッキムの弟子であったし、アダムスの授業を も聞いていた。 このような関係が分かった後、もう一度ケリーの本を読む時、なぜ彼はそ んなに人間中心のデザインと創造性の重要性を強調しているかがすべて分 かった17)。. 5.終わりに デザイン思考とは何か。これについて、デザイン思考の研究者は共通の認 識を持っていると思う。しかし、創造性研究者から言えば、デザイン思考は あくまで創造性開発の一手法である。すなわち、デザイン思考を創造性思考 に、あるいはデザイン手法による創造性開発に言い換えても全く通用するの ではないか。しかし、「創造性開発は何十年前日本でも流行っていたのでは ないか。なぜ、今更創造性開発を言い出すのか」と反論する方がいるかも知 れない。それも一理がある。ただ、デザイン思考の歴史を調べてみると、ほ.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.25-1 No.97. とんど創造性開発からスタートしたことを考えると、特に新しいものでもな く、単なる原点に戻すだけではないかと強調したい。 一方、デザイン思考がなぜ1990年代以降注目されたのか。それは明らかに アップルの創業者スティーブ・ジョブスのおかげである。ジョブスのデザイ ンへのこだわりはアップルの競争力の源泉の一つになったことが世の中に広 く知られた後、デザイン思考の有用性が再評価された。これはなければ、事 情は変わると思う。 【参考文献】 1)Wikipedia,https://en.wikipedia.org/wiki/John_E._Arnold.. 2)本稿にある写真の出所はすべてスタンフォード大学機械工学科のホームページである. 3)J.P. Guilford(1950). “Creativity” America Psychologist, Vol. 5, p. 454.. 4)穐山貞登,堀 洋道,古賀俊恵(1968).『創造性研究ハンドブック』誠信書房 p. 205.. 5)John L. Arnold(1962). “Education for Innovation”, in Sidney J. Parnes and Harold F. Harding(Eds.). A Source Book for Creative Thinking. New York: Charles Scribner’s Sons, p. 127.. 6)穐山貞登(1962)『創造の心理』誠信書房 pp. 250-252. 7)同5)p. 128. 8)同5)p. 131.. 9)The Stanford Daily, 1963年10月2日号 p. 1. 10)John Edson(2012) . Design Like Apple: Seven Principles for Creating Insanely Great Products,. Services, and Experiences. Wiley, p. 58.. 11)Robert H. McKim(1980) . Experiences in visual thinking. Second edition. California: Brooks/Cole. publishing company. ⅷ .. 12)https://en.wikipedia.org/wiki/Design_thinking. 13)スタンフォード大学のホームページ https://profiles.stanford.edu/james-adams. 14)James L. Adams(1986). Conceptual Blockbusting: A Guide to Better Ideas.(Third edition)Mass:. Addison Wesley, p. ⅸ .. 15)同5)p. 90.ヒントは次の通り.1本の線の場合は,線の太さを考えれば分かる.. 16)トム・ケリー&ジョナサン・リットマン(鈴木主税・秀岡尚子訳) (2002)『発想する会社!』 早川書房 p. 24.. 17)トム・ケリー&ディヴィッド・ケリー(千葉敏生訳) (2014) 『クリエイティブ・マインドセッ ト』日経 BP 社.. 115.
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