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南三陸町の未来に何を残すか

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Academic year: 2021

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(1)■地元からの声 その2. 南三陸町の未来に何を残すか 及川渉氏インタビュー What Should be Left for Future in Minamisanriku? 及川 渉. 南三陸町観光協会. OIKAWA Wataru Minamisanriku Town Tourism Association. インタビュアー・編集:平松早苗. 1.はじめに. Q:解体反対の声は、遺族からの声というより、若い方から. 今回インタビューにお応えいただいた及川渉氏は、南三陸町. 声が出てきたと報道がされていたように思いますが。. で生まれ育ち、東日本大震災で父、兄、母方の祖母を亡くされ. A:若いという視点もあるかもしれないが、私自身は戻らな. ています。お父様は南三陸町の職員で、防災対策庁舎でお亡く. いものは戻らないと思うところがある。別に解体したところ. なりになられています。はじめに、及川氏より自身は南三陸町防. で、戻して欲しいものが戻るわけではないので、過去にあった. 災対策庁舎について保存あるいは解体の意図を持つものではな. 嫌なことを見たくないからどうこうするのではなく、これから. いことを前提とする、ということでお話をしていただきました。 (将来に向けて)関わっていくであろう人たちは子供たちであ このインタビューは2015年7月14日、電話にて行いました。. り、そこをしっかり考えていってあげることが、大人が最低限 やるべき義務なのではないかと考える。そういった点では若い. 2.南三陸防災庁舎への思い(応答:及川氏). 人たちの方が冷静に考えているようにも思う。 Q:この7月に防災対策庁舎の保存か否かの判断が20年間. Q:震災前、震災後はどこに住まわれていますか? A:震災時は仙台で働いており、震災後、仕事の引き継ぎを すませ半年して南三陸町に戻ってきた。現在は、みなし仮設と. の凍結となり、陳情書を出された「時間をかけた議論」の時間 を持てることになりましたが、どう思われていますか?. いうことで、隣の登米市に一軒家を借り家族と共に住んでい. A:(関係各所は)いろいろな思惑はあると思う。県として. る。(戻られてからは、南三陸町復興推進ネットワーク、現在. は、最終的に町で判断して欲しいとは言いつつも、保存が前提. は南三陸町観光協会に在職。). なのかもしれないし、見方によるというころもある。事実上保. Q:御遺族としては防災対策庁舎をどのように思っていらっ しゃいますか?. 存だろうと言う人もいるが、私自身は、建物の有無(保存か解 体か)という点において、未来を具体的に考えた議論が十分に. A:震災から数か月は余裕もなく日々の生活が最優先だった. なされていれば、結果にこだわってはいない。. と思う。町長が私的見解として保存の話がでた頃(2011年6月. 20年間という期間は時間軸で言えば難しいところであると. 上旬)は仙台におり、そのような話が出たこと自体気に留める. も考える。町としての議論がつまっていれば1年後でも10年. 余裕もなかった。ご遺体が見つからない方も多い中、年が明け. 度でも(結論を出すのが)良く、流動的に対応して欲しいと考. てから、ようやくお墓に納骨ができ、一息つけたというか、そ. えている。知事に直接問う機会があり質問したが、知事として. のころからようやく客観的に見られるようになったと思う。ま. はぶれるような提示はできないということで、20年という期. た、町の状況も日々変化していて、防災対策庁舎はたくさんの. 間を定めたという返答をもらった。しかし、(20年ということ. 人が訪れるような場所になってしまっていたということもあっ. にかかわらず)自分たちがやるべきことは、あの建物を通して. て、いろいろな意味で、あの建物は遺族がどうのこうのと言う. 未来に何を残すかが重要であると考える。. 話だけではなく、そういった枠を飛び越えたのではなかと思う ようになった。とにかく、解体して欲しいと思っている遺族が. Q:解体を望む方々の意向について教えて下さい。. していいのであろうかと思った。状況が落ちついてきて、本当. A:解体を望む遺族の方たちと、そのことについて直接意見. に壊してもいいのかという声が、遺族内でも聞こえてきていた。. を交わした機会はないので、メディアを通して解体の意向を聞. 世間では、遺族とひとくくりにして解体を望むというふうに言. く程度で、視界に入らなければよいのか、存在そのものを無く. われていたが、全くそういう感じではなかった。 (2011年9月、. してほしいのかといったところも分からない。. 町長は「保存を望まないご遺族の気持ちを尊重したい」という. Q:意見交換をするような機会はないのですか。. ことで、解体を発表。及川氏は2012年8月「時間をかけた議. A:無いに等しい状況である。議員の中には、この課題につ. 論を求めるよう解体延期の陳情書」を町に出されています。. *). 64. 3.地元の意見について. 訴えたことで、じゃあ解体しましょうと言ったことだけで済ま. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. いて、遺族に関わらず町民に意見を求める機会を作っている人.

(2) もいる。私も遺族の方々と近況について話し合う会を開いたこ とはあるが、防災対策庁舎についてどう思うかという話合いは. Q:今後、防災対策庁舎について具体的な話し合いの場が持 たれる予定についてはあるのでしょうか。. しなかった。皆さん立場や思いは違うが、相手の意見や思いを. A:公の場での具体的な話し合いの予定はまだ決まっていな. 否定したいわけでは無い。マスコミ等が取り上げるような対立. い。どこが話し合いを取り持つのか、町なのか、県なのか、第. 構造のようなことがあるわけではなく、情報に煽られている感. 三者機関なのかも含めて未定である。. じは否めない。 Q:2013年2月に伺った時には、避難者が助かった建物を 震災遺構として残してはどうかという話があると聞きました。. Q:南三陸町の復興の動きについて、浸水域の盛土の工事が 進んでいるようですが、何か思いはありますか。 A:正直、ハードの整備にはあまりこだわりを持っていない。. 防災対策庁舎以外の建物で、保存の話が進む建物・構造物など. 結局、人がどう動くかというところの方が大切であると考えて. はあるのでしょうか。. いる。50数年前のチリ地震の時に津波の被害があり、防災に. A:そういう話はないわけではないが、防災対策庁舎がそう. 力を入れてきたが、結果、今回の東日本大震災でも多くの被害. いう場所として作り上げられてしまっており、(防災対策庁舎. が出てしまった。伝え方を間違うと、前の震災が基準となって. の存在)それがありきでいろいろ進んでいる。防災対策庁舎. しまって、防潮堤も建てた、毎年訓練も行っている、大丈夫だ. (こそ)が震災遺構であるという存在、訪れる人が必ずあの場. ろうということで、ハードが整備されても、結局人が動かなけ. 所に行く、そういう特別な場所となってしまっている。日本人. れば想定外のことに対応しきれないのという現実がある。「こ. の思想感として、人が亡くなったことに対する思いが強く、人. んな町になったらいいな」という思いには全力で向かって行き. が助かった場所より亡くなった場所の方がインパクト(存在. たいが、出来上がった町をどう活かすかということの方に力を. 感)があるからだと思う。私自身は建物にこだわる理由は持っ. 入れていきたいと考える。. ておらず、助かった人がいた建物がそのような存在となっても かまわないと考えているが、影響力という意味では(防災対策 庁舎の存在が)もうすでに作られてしまっているので、それを ひっくり返すというのは難しいのではないかと思う。. Q:町民のくらしや産業面など、復興の状況について教えて 下さい。 A:今年度ぐらいから高台の造成に目途がつき、宅地の引き 渡しと住宅の建設が始まる。現在仮設のさんさん商店街は来年. 地元からするとあそこだけが特別な場所というわけではな. 度ぐらいに本設になり、2・3年後にはスーパーもできる予定. く、800人以上の人が、各々違った場所で亡くなったり、行方. である。今年度、三陸復興道路が南三陸まで開通予定である。. 不明となっているわけで、あそこだけが注目されてしまってい. 漁業は幸い風評被害がなかったため、震災以前の状況にまで. る状況は、私自身申し訳なさも感じるし、複雑な問題ではある。. 復興している。林業は住宅建設需要に、外から入ってきた業者 も、地元の南三陸材の使用を PR していることもあり、復興が. 4.復興に向けて. 進んでいると思われる。また、子供たちを山につれて入ったり. Q:現在は観光協会にお勤めですが、求心性のあるあの建物. もしているが、南三陸町は改めて海と山が密接な町だと実感し. を観光という視点でとらえることもあるかと思いますが、その. た。現在、観光協会の仕事で運営にかかわっているキャンプ場. 点についてどのように思われますか。. は、海側でオートキャンプ場もあり、仙台圏からの利用が多い. A:訪れる人の側のことなので、自分として強制するもので. ように思う。病院や被災した学校の新設も今年あたりにできる. はないと考える。ただ、防災対策庁舎イコール観光とは思って. 予定であり、復興の状況としては今年~来年にかけて劇的に変. いなし、そもそも逆で、私は、悲劇の町というイメージを脱却. わると思う。. したいと思っている。自然も豊かで、防災対策庁舎を観光の対 象としなくても、町を案内し町の人を知ってもらう、そのよう. Q:これから南三陸町がやっていくべきと思われる事は何だ と思われますか。. なことを広めて、震災から立ち直った町、モデルケースとなっ. A: 「震災の被害を受けた町」という事実から、何を学び取っ. た町、元気にやっている町といったところをアピールしていき. ていただくかというところを、町として突き詰めていって、そ. たい。その活動ができるポジションとして観光協会は適したと. こに防災対策庁舎も関係してくるとは思うが、南三陸町に来. ころだと思っている。(そもそも先に述べたように、防災庁舎. て、今後(未来)を感じ取ってもらい、将来的に自身の町で起. イコール観光とは思っていなので、)遺族である自身が観光協. こるかもしれない災害に向けて、自身の市や町に学んだことを. 会に在職していることと、防災対策庁舎を観光対象としてとら. 持ち帰って活かしてもらいたい。過去の被害ではなく、自分た. える人がいる云々ということはあまり問題ではなく、 (町全体. ちがどうしていかなければならないかという、未来を感じても. の復興の活動をする中では)些細なことと考える。. らえる町にしていきたい。 デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. 65.

(3) それとは反面、悲劇の町ということから脱却して、「こんな. は他の人の思いに耳を傾けてから、こんな可能性もあるんだと. 田舎でも素敵な町だ、悲しいことがあったのに元気いっぱいの. いうことを知ってもらった上で、自分はこう思うんだというこ. 魅力的な町だ」という風にしていくには、とにかく南三陸を全. とであれば、それはその方向もあると思う。自分の世界の中で. 面的に打ち出して、そこに住む人を、人の好さを(伝えていく. 考えた、こうした方が良いのではないかという意見を、ちょっ. ためには)、町民皆が当事者意識(参加意識を)をもってやっ. と控えていただいて、時間的なことや、いろいろな声が聞こえ. ていくしかないのではないかと考える。正直なところ、物量. てくる中で、また再度考えてもらえれば良いと思う。そういう. だったり、街の規模といったところでは、市(石巻市、気仙沼. こともあって、今回の県有化ということがきっかけになれば良. 市など)に囲まれているので、資源の量的なことで勝てるもの. いと考えている。. ではないところもあり、そういう点では、町のもつ資源を活か した深さで勝負をするしかないと考えている。それを密接にで. 5.後記. きるのが南三陸町の良さだと思っているので、広く浅くではな. 最後になりましたが、夏休み前の忙しい時にお時間をちょう. くて、狭く深くということで良いと思っていて、そこに人の好. だいし、お話いただきました及川渉氏に心より感謝を申し上げ. さ(魅力)も絡めてアピールしていけるのではないかと考えて. ます。また、及川氏をご紹介いただきました宮城大学の伊藤真. いる。どうしても外から来た人に対しては観光がメインとなっ. 市先生に感謝を申し上げます。. てしまうので、そこを窓口として南三陸を知ってもらう、まあ それをするのが観光協会でなくてはならないというわけではな く、いろいろなや団体が活動されているので、そういった意味 合いの活動が出来れば良いと思っている。 Q:以前に庄内町の副町長さんに、南三陸町との交流のきっ かけは小学校間の交流であったというお話しをお聞きしました が、そういうきっかけのようなものですか。 A:そうですね、きっかけは何でも良いと思っている。とに かく町にきてもらう、そこで我々町民だったり、町として何が 見せれるか(何が体験できるか)、もっともっといろいろやれ るのではないかと思っている。 Q:そういった PR 的な活動ということでいうと、東京で活 動とかされていましたか。 A:年に数回、いろいろな団体等に向けて南三陸の食材を持っ て行って町外で交流会を開くことに参加している。今年から町 がバックアップして南三陸町として開催した。それ以前から有 志が集まって開催してきた経緯はある。ようやく我々も外に出 てというか、いっぱい支援してもらったことを何かの形で恩を 返すという意味あいと、南三陸は元気でやっていますよ、来て くださいという発信も兼ねて、そのような取り組みを行ってい る。たぶん、今後、関西や九州など各地で行っていくと思う。 Q:最後に、南三陸町あるいは宮城県について、何かあれば お願いします。 A:防災対策庁舎について「保存」ということはとりあえず 置いておいて(棚上げしておいて)もらって、皆さんにいろい ろと考えてもらいたいと思う。自分自身、あの建物を保存した 方がよいのか、解体した方がよいのか結論を出せていない。残 すにしろ解体するにしろ、良い点も悪い点もあり、そこにいろ いろな人の思いも絡んできてしまうので。個人的な意見として 残した方が良いと思っている人や、その逆も然りですが、まず. 66. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.23-1 No.89 2015. 【引用資料】 *印:河北新報データベースより引用。.

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