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基礎心理学者のキャリアパスII

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.37.18

114 基礎心理学研究 第37巻 第1号

基礎心理学者のキャリアパスII

Series of Interviews on the career path of Psychonomic Scientist II

著者の経歴 関根道昭(Michiaki Sekine) 独立行政法人自動車技術総合機構交通安全環境研究所上席研究員。博士(心理学)。 1993年より筑波大学大学院博士課程心理学研究科に在籍。1997年から電気通信大学大学院情報システム学研究科で助 手を務め,2002年より交通安全環境研究所研究員,現在に至る。主な研究テーマは,自動運転技術・予防安全技術・ 車載情報機器の安全性・受容性評価,高齢運転者の交通事故予防対策,電動車両における接近通報音の評価など。 2014年から2018年まで国際連合自動車基準調和世界フォーラム自動運転分科会の事務局を務めた。 は じ め に 私は,筑波大学に在籍中,故菊地正先生のご指導によ りテクスチャ知覚に関する研究を行い,視覚系の脳機能 や注意の性質などをまとめた博士論文を作成しました。 この研究では100インチのスクリーンにテクスチャ刺激 を映写するために実験室の広いスペースを使わせていた だきました。現在は研究室を綾部先生が引き継いでおら れます。このインタビュー記事のために久しぶりに懐か しい実験室を訪問したところ,当時の装置は(当然なが ら)撤去され,ニオイ刺激を提示する専用装置が並んで いました。また,何人もの留学生とともに,企業との共 同研究を積極的に進めておられたので新時代の到来を実 感しました。 交通安全環境研究所とは 私が所属する交通安全環境研究所(以下,交通研)は, 国土交通省所管の独立行政法人自動車技術総合機構の研 究部門です。当機構は,新型自動車の認証審査,車検, リコール技術調査など,自動車のライフタイムにわたる 様々な行政サービスを提供しています。交通研は,交通 事故の実態調査に基づいて事故予防や被害削減に役立つ 理想的な安全技術や安全性能を中立的な立場から研究・ 報告し,新技術の評価方法策定などに貢献しています。 例えば,自動車がぶつかったときに乗員や歩行者を保護 する衝突安全技術に加えて,最近では自動運転技術に代 表される事故を未然に防ぐ予防安全技術の評価に力を注 いでいます。また,自動車の国際基準調和活動に積極的 に関わっており,国際連合ジュネーブ本部で開催される 自動運転の国際基準を検討する会議にも参加しておりま す(Figure 1)。 交通研は,埼玉県熊谷市にテストコースを持ってお り,普段は自動車の認証試験に使っていますが,研究目 的の実車走行実験を行うこともできます。また,東京都 調布市の本所にドライビングシミュレータがあり,実車 では困難な複雑な実験や新型安全装置の評価実験などを 行っています。 カーナビゲーションの安全性研究 自動車分野には心理学が関わる研究課題がたくさんあ るので,そのいくつかを紹介します。少し古い話題にな りますが,私が入所した約20年前,カーナビゲーショ ンシステム(以下,カーナビ)の出荷台数が急速に増加 して,運転中の脇見操作という安全上の懸念が生じまし た。そこで,交通研を含む複数の研究機関の人間工学

The Japanese Journal of Psychonomic Science

2018, Vol. 37, No. 1, 114–116

報  告

Copyright 2018. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Figure 1. Author in front of United Nations building on

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115 関根: 基礎心理学者のキャリアパスII 者,心理学者が中心となり,運転中にドライバが前を向 いた状態から,カーナビの画面を見て,再び前を向くま での時間を計測しました。また,表示情報の読み取りや 選択肢の入力などに必要な時間,さらにはカーナビ装置 の設置位置や表示情報の数,色,文字の大きさ等の影響 について調査が行われました。 その結果,ドライバがカーナビ画面を見るときは短時 間の脇見を何度も繰り返すことがわかりました。また, 脇見と脇見の間に前を見ているときもドライバの注意資 源がカーナビ情報の処理に使われるため,“意識の脇見” が存在することを示しました。さらに,意識の脇見の間 に自動車が左右方向に小さくふらつくため,このふらつ き量に基づいてカーナビの視認や操作の許容時間などが 検討されました。これらの成果に基づき,カーナビの設 置方法や画面の表示方法を示したガイドラインが発行さ れました(日本自動車工業会,2004)。この研究は,心 理学的な知見や計測手法が大いに貢献した代表例だと思 います。 自動運転におけるドライバの役割 自動車分野で現在最も関心を集めているのが自動運転 技術です。運転は“認知,判断,操作”の繰り返しです が,本来ドライバが行っているこれらの作業を車両が代 行するのが自動運転技術です(関根・平松,2017)。 自動運転といっても運転作業のすべてを自動車が代行 する“完全自動運転”の実現にはまだ時間がかかります。 当分の間は高速道路などの障害物が少なく,舗装や車線 が整備された道路環境に限定して自動運転“機能”が使 用されると考えられています。しかし,そのような環境 においても,突発的な天候の悪化や,予想外の障害物な どにより,自動運転機能が対応困難な場面が発生する可 能性があります。そのような場合は,自動運転機能を いったん解除して,ドライバに運転作業を交代すること (権限委譲)が想定されています。 車両からドライバに運転作業を交代する場合,どのよ うな方法でドライバを呼び戻すかが問題となります。運 転作業を自動車に委ねているドライバは,自分で運転し ているという意識が少なくなると考えられ,別のことを 行っている可能性があります。そのため,ドライバの状 態に配慮して確実に呼び戻すにはどのような方法が有効 か,例えば視覚的なシグナルをいつどのように提示する か,音を鳴らすとしたら強さ,音質はどうするか,さら になぜ運転に呼び戻したかドライバにわかりやすく理解 させる必要があります。これらの課題の解決には心理学 的な知見や実験手法が必要になります。 また,自動運転機能によって運転が便利に楽になるだ けではなく,運転中に別のことが出来ると期待するドラ イバは多いでしょう。しかし,この原稿を執筆時点 (2018年6月)の道路交通法は,運転中にカーナビなど の画面を持続的に注視したり,携帯電話を手に持って通 話することを禁じているため,これらに類する読書やス マホ操作などの作業はできないことになっています。仮 に,別の作業を許す場合でも,先に述べたように当面の 自動運転機能はドライバを呼び戻す場合があるため,運 転席から離れたり眠ったりはできないと考えられます。 現行の規制を緩和するには,安全性を担保する科学的根 拠が必要です。心理学からもこの議論を推進する研究成 果が発表されることを期待しています。 高齢ドライバの評価 日本はかつてない高齢社会であり,高齢ドライバが関 与する交通事故が大きな社会問題となっています。2017 年3月に改正された道路交通法により,認知症の疑いが あるドライバは医師による診断に基づき運転免許の返納 が検討されることになりました。一方,認知症の一歩手 前である軽度認知障害のドライバについては,早期の診 断と適切なケアによって運転期間を延長できる可能性が あります。交通研においてもドライビングシミュレータ を用いて,事故の可能性がある様々な場面における高齢 ドライバの運転能力と認知機能の関係を解析しています (Figure 2)。 病院や診療所において簡単に実施できて,運転能力を 推定可能な認知機能検査が求められています。例えば, 認知症を診断する代表的な認知機能検査の一つに Trail Making Test (TMT) があります。TMTはランダムに配置 された数字や文字を順番に辿って線で結んでいくテスト

Figure 2. Experiment to evaluate the driving ability of elderly people.

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116 基礎心理学研究 第37巻 第1号

で,主に遂行時間により認知能力が判定されます。古く からTMTの成績と交通事故件数の関係が報告されてい います(例えば,Stutts, Stewart, & Martell, 1998)。しか し,運転に関与する認知能力の基礎的メカニズムについ てはまだほとんど解明されていません。また,多くの認 知機能検査はテスターと受検者の面談や紙と鉛筆ベース で行いますが,PCやタブレット端末を活用した自動的, 定量的なテスト方法が検討されても良いと思います。基 礎心理学分野で蓄積がある視覚や注意などの認知機能の モデルや分析手法が,この社会問題に大きく貢献できる 可能性があります。 必要とされる研究技能 運転行動を研究するには自動車の基本的な構造とメカ ニズムを理解しておく必要があります。ドライバの行動 と車両挙動の関係を探るために,車両関係の実験器具 (加速度計やGPS装置など)の基本的な計測原理や使用 方法を理解する必要があります(Figure 3)。 また,ドライバの行動を様々な観点から記録,解析す るために,眼球運動,筋力,脳波などの生体情報の計測 が必要になります。運転の記録データは時系列的に大量 に蓄積されるため,これらを効率的に分析するための データ解析手法や多変量解析手法などを駆使することが 増えています。一見,難しそうに感じるかもしれません が,基礎心理学はもともとこれらに対応可能な計測,解 析手法を使っているので,機械いじりが得意な心理学者 にとって親和性が高い分野だと思います。また,最新技 術や社会要請を扱うため,とてもやりがいがあります。 お わ り に ここでは自動車分野において基礎心理学の貢献が期待 される課題の一部を紹介しました。自動車に限らずほと んどの産業分野において心理学的な課題が存在します。 人が介在するシステムではこの種の課題が必ず存在する といっても過言ではないでしょう。基礎心理学的観点に よる課題の捉え方,データ収集方法,解析方法は課題解 決の武器になるはずです。 応用分野ではアカデミックな研究が出来ないのではと 心配するかもしれません。しかし,現実的な課題解決を きっかけにその根底にある基礎的,本質的な心理メカニ ズムを捉えた研究はたくさんあります。また,様々な分 野の研究者,技術者との交流により,基礎分野における 新たな研究テーマを見つけることができます。何よりも 研究成果が実社会の問題解決や制度設計に反映されるこ とは大きな魅力です。若手の研究者には是非新しい分野 にチャレンジしてもらいたいと思います。 引用文献 日本自動車工業会(2004).画像表示装置の取り扱いにつ い て改 訂 第 3.0 版,http://www.jama.or.jp/safe/guideline/ pdf/jama_guidelines_v30_jp.pdf (June 8, 2018.) 関根道昭・平松金雄 (2017).国連自動運転分科会(ITS/ AD)における自動運転技術の定義と国際基準化項目 の検討状況 交通安全環境研究所フォーラム 2017講 演概要,47–50.

Stutts, J. C., Stewart, J. R., & Martell, C. (1998). Cognitive test performance and crash risk in an older driver population.

Accident Analysis & Prevention, 30, 337–346.

Figure 3. An example of a test course experiment. The device on the left side is a GPS antenna system for measuring the vehicle position.

Figure 1. Author in front of United Nations building on  Geneva.
Figure 2. Experiment to evaluate the driving ability of  elderly people.
Figure 3. An example of a test course experiment. The  device on the left side is a GPS antenna system for  measuring the vehicle position

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〔注〕

1.はじめに