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現代日本の金融システムにおける預金保険制度(deposit insurance system) の現状と問題点

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(1)

現代 日本 の金融 システム にお ける預金保 険制度

(depOSit insurance system)の

現状 と問題 点

経済学研究室

藤 は じ め に一一 問題 の所在一一

I

金融 自由化 の進展 と預金保 険制度 Ⅱ 日本 にお ける預金保 険制度 の成立 と発展 Ⅲ 預金保 険機構発動 の特徴 とその問題 点 Ⅳ わが 国 にお ける預金保 瞼制度改革 へ の視点 お わ り に

は じ め に一―問題の所在――

ベス ト・ セラー 『日本

/権

力構造 の謎』(The Enigma of」

apanese Power)に

よって

,一

躍わ が国においても著名 になったカレル・ヴァン・ウォル フレン (Karel van WOlferen)は

,最

近,『人 間を幸福 にしない日本 とい うシステム』 とい う

,衝

撃的なテーマの本 を出版 した。 その中で

,ウ

ォ ルフレンは

,国

民 を不幸 にしている日本 のシステムの一つ として

,官

僚の秘密主義 に もとづ くわが 国のシステムを批半Jし

,つ

ぎのように指摘 している。 「 日本 の官僚 は自分たちが加わっている権力構造 をあか らさまに分析 され るのを好 まない

,

とい うのは

,ま

だ控 えめな言い方だ。実際 は

,官

僚 たちは本物 の分析 に恐れおののいてい る。 その気持 ちはわか るし

,当

然 そのはずだ。なぜ な ら

,そ

の権力機構が常 に正確 に分析 され

,広

く理解 され る ようになると

,彼

らは絶 え間ない非難 にさらされ るようにな り

,お

そ らく

,や

がて は機能 しな くな って しまうだろうか らだ。秘密主義 は日本 の官僚独 占主義 を成功 させ る必要条件なのだ。」(1) しか し

,こ

の秘密主義が

,い

たるところで最近

,そ

の弊害 を露呈 しつつある。公共事業 の際の談 合 という名 の政治詐欺

,あ

いつ ぐ原発 の事故隠 し。 いずれ も

,国

民 に大 きな影響 を与 える問題であ るにもかかわ らず

,長

い問

,国

民の前 にその真相が隠 され続 けて きた。 そして

,今

また “住専

"へ

の公的資金 の導入 に象徴 され るような

,日

本 の金融 システムの不透明 さがクローズ・ ア ップされて いる。一体

,誰

と誰が

,い

,何

を根拠 に

,住

専への公的資金導入 を決めたのか

,国

民 に明 らかに 示 されない まま

,国

会でその決着が図 られ ようとしている。 た とえ

,時

の政治力 によって

,一

時的・ 表面的に解決 され ようとも

,官

僚 の秘密主義 を主困 とす る日本 の金融 システムの不透明 さと恣意性 は

,今

後 ます ます問題視 されて くるにちがいない。最近 安 田

(2)

藤 田安一 :現代 日本 の金 融 シス テム にお け る預 金保 険制 度 (depoSit insurance system)の現状 と問題点 の大蔵省や大蔵官僚への厳 しい批判 は,こ の流れのなか に位置づ けることがで きよう。いわゆる「住 専問題」 に対す る国民の不満 は

,そ

の国内的な現れであ り

,大

和銀行の犯 した米国での金融犯罪 に 対す る国際的批判 は

,そ

の対外的な現れである。 こうして現在

,内

外 にわたって

,日

本 の金融 シス テムの不透明 さが

,厳

しい批判 にさらされているのである。 本稿 では

,わ

が国における金融 システムの この不透明 さと恣意性 を代表す る事例 として

,預

金保 瞼制度 をとりあげ

,そ

の現状 と問題点 を明 らかにした うえで

,預

金保瞼制度改革の方向 を示す こと を課題 としている。

I

金 融 自 由化 の 進 展 と預 金 保 険 制 度

預金保険制度 (depodt insurance systeぃ

)と

は,「預金 を取 り扱 う金融機関が集 まって1つの機 構 をつ くり

,こ

こに保険料 を積 み立て,力日盟金融機関の経営が破綻 して預金の払戻 しがで きな くな った ときに

,預

金者 に対 し

,一

定の限度内で預金保険金 の支払いを行 うことを中核 とす る制度」ので ある。わが国の場合

,一

般金融機関用の預金保険機構 と

,農

漁協系用の農水産業協 同組合貯金保険 機構が存在 し

,前

者 は

,1971年

4月 1日 の「預金保険法」の公布・施行 に もとづいて

,同

年 7月 1 日に設立 され

,後

者 は

,1973年

7月16日の「農水産業協同組合貯金保険法」待J定に もとづいて

,同

年 9月 1日 に設立 され現在 に至 っている。 現在わが国の預金保険制度 は

,金

融機関が破綻 し預金 の支払 いが不可能 になった場合 に

,積

み立 てて きた基金 を取 り崩 し

,そ

の預金者 に対 し

1人

1000万円までの預金元本相当額 を保険金 として支 払 うことになっている。 しか し

,こ

の制度 による保険金の支払 いは

,今

の ところ

1件

もない。ただ し

,1976年

の法改正で破綻 した金融機関を救済合併す る金融機関に対 して資金援助 を行 な うことが で きるようにな り

,こ

の資金援助 は現在 まで数回行 なわれて きた。 その事例 と問題点 に関 しては, 後 に検討す ることにして

,こ

こで はひ とまず

,現

行 の預金保険制度の概要 を示す と

,表

1のように なる。 表

1

現行預金保険制度の概要 対 象 金 融 機 関 国内に本店のある銀行

,信

用金庫

,信

用組合および労働金庫 (合計 1,047金 融機関) 被 保 険 預 金 預金

,定

期積金

,金

銭信託

,貸

付信託 被保 険預金残 高 52の色2,427億 円 (平成4年3月 末現在) 保 瞼 料 前年度末 の被保院預金残高の0,012% 責 任 準 備 金 6,963億 円 (平成4年3月 末現在) 保 瞼 金 預金者1人に対 し最高1,000万 円 資 金 援 助 破綻 した金融機関 を合併な どにより救済する金融機関に対 し, 援助 を行 う。資金援助の方法には

,金

銭 の贈与

,資

金の貸付, の預入等がある。 金 金 資 資 (出典

)全

国銀行協会連合会調査部編『わが国の銀行 く平成5年版〉』財経詳報社

,1993

年,207ページ。

(3)

鳥取大学教育学部研究報告 人文 。社会科学 第 47巻 第

1号 (1996) 15

ところで

,1970年

代 に始 まった金融 自由化の動 きは

,わ

が国の場合

,80年

代 に急速 に進展 し

,従

来の日本 の金融 システムに大 きな影響 を及 ばした。 とりわけ各金融機関 は

,金

融 自由化 による生 き 残 りをか けて

,厳

しい環境 に耐 えるための経営体質の改善 をめざし

,効

率性 とい う名で

,あ

か らさ まな収益至上主義 に傾 いていつた。例 えば

,住

友銀行 の頭取・ 小松 康氏 は

,1985年

夏に開かれた 金融財政事情研究会主催 の「 トップ 。セ ミナー」で

,次

のように語 つた。 「そこで

,今

後 の銀行経営 はいか にあるべ きか。私が常々考 えているところをお話 ししたい。 ま ず

,基

本的な経営姿勢 として重視すべ きであると思 うのは

,次

2点

である。第 1は

,収

益重視 を 行内のすみずみ まで徹底す ることである。加速的な環境変化 に直面 して

,何

をす るにも最終的に頼 れるのは自らの知恵 と体力だけであると思 う。その知恵 と体力 を

,最

も効率的かつ最大限に導 き出 すためには,ため らうことな く収益拡大 を最優先 の経営 目標 として掲 げることが肝要であろう。…… 第2は

,明

確な経営戦略 を策定 し

,経

営者 と従業員

,本

店 と支店が一体 となって経営

,業

務 に邁進 しうる体制 を整備す ることである。」●)(傍点 は引用者) こうした銀行や証券会社 による収益至上主義的な経営戦略の必然的帰結 として

,小

口投資家 を犠 牲にした大 口投資家への損失補填や

,暴

力団 と癒着 した株 の仕手戦での株価 のつ り上 げ とそのため の融資

,都

市銀行 による架空預金証書 の偽造 とそれをもとにした不正融資等

,数

々の金融・ 証券ス キャングルが発生 した。 そして同時 に

,1980年

代後半か ら90年代 にか けてのバ ブル経済の発生 と崩 壊 は

,金

融機関の不良債権問題等 に由来する金融 システムの不安定性 を

,一

躍国民の前にクローズ アップさせた。 このような状況下

,90年

代 に入 って多 くの金融機関が破綻 し

,公

的当局 による処理が行 なわれて いる。 その際

,そ

れ まで一度 も発動 されなかった預金保険機構 や30年ぶ りの 日銀特融が発動 され, 改めて

,現

在 日本 の金融 システムの不安定 さが懸念 され るとともに

,今

後金融 システムの安定化策 への関心の高 まりがみ られている。 従来 の金融 システム安定化 のための公的介入の特徴 は

,参

入規制・ 店舗規制 な どの競争制限的規 制や人為的低金利政策 を中核 としてお り

,既

存の金融機関 を保護 し収益 を保証す ることで

,事

前的 に経営破綻 をさけようとす る

,い

わゆる「護送船団方式」 と呼 ばれ るものであった。 この護送船団 方式のもとで

,戦

後,「銀行倒産 はない」「銀行 はつぶ さない」という表現で,「銀行不倒神話」が成 立 して きたのである。 もっとも

,そ

の ことは戦後 の日本で

,経

営破綻 に至 った金融機関が全 くなかった というわ けで は ない。経営破綻 をきた した金融機関 に対 して

,大

蔵省や 日銀 な どの行政当局が

,そ

の金融機関の経 営に直接介入 し

,行

政当局 としての影響力 を背景 にして

,他

の経営体力の強い金融機関への支援要 請や救済合併 な どの斡旋 を行い,社会的な問題 に発展 しない うちに処理 して きたまでの ことである。 ところが近年

,不

良債権問題 に代表 され るバ ブル崩壊 の後遺症 と

,今

,金

融 自由化の一層 の進 展による収益悪化への懸念か ら

,従

来 の破綻処理への合意が とりつけ難 くな り

,金

融機関が公 に経 営破綻 に陥 るケースが

,め

だって増 えて きている。その際の破綻処理 として

,い

わゆる事後的対策 には他金融機関への譲渡・合併の他 に,日銀の支援融資(いわゆる最後の貸 し手 lender of last resort)

の発動や

,預

金保院制度 の活用 な どが ある。なかで も

,公

的機関が保険料 の徴収 と引 き換 えに

,

こ の制度 に力日入 してい る金融機関の預金払い戻 しを保証す るシステム としての預金保険制度が

,が

ぜ ん最近わが国の頻繁 な金融機関破綻 とその処理 をめ ぐって社会的注 目を浴びて きた。 その意味で,

預金保F_t制度 は

,日

本 における「金融 自由化の申し子」 なのである。

(4)

藤 田安一 :現 代 日本 の金融 システムにお ける預金保 険制度 (depoSit

16 inttrance system)の

現状 と問題点 することを防止す るための安全網 (セーフティ・ ネ ッ ト,safety net)と して機能す るだけでな く, 事前的にも

,そ

の制度 の存在が

,預

金者や金融機関の取引 き相手 に安心感 を与 え

,取

付 け等の防止 につながるとはいえる。 しか し

,預

金保瞼制度 は

,そ

の利便性 のゆえに

,運

用の し方 を誤 る と

,逆

に金融 システムを混乱 させ る要因 に転化す る危瞼性 をもってい る。 もち ろん

,こ

の懸念 はすでに良 く知 られているように

,米

国における

S&L(Saving and Loan Association,貯

蓄貸付組合

)の

危機で

,そ

の問題が顕在化 した。いわゆるモラル・ハザー ド (mOral hazard)で あって

,金

融機関 の破綻 にもかかわ らず

,こ

の制度 によって預金が保証 され ることで

,預

金者 は金融機関の経営状態 に無関心 とな り

,金

融機関の側 も

,

リスク・ プレ ミアムを支払 う必要のない ことか ら

,過

度 の リス クの高い資産運用 に向かいがち となる。 この預金保瞼制度 に内在す るモラル・ハザー ドの問題 は

,な

るほ ど深刻ではあるが

,そ

れ以上 に, わが国の預金保険制度 は

,そ

の不透明かつ恣意的な運用 のゆえに

,モ

ラル・ ハザー ドよ りも

,さ

ら に深亥Jな問題 を引 き起 こす危険性 をもっている。 この ことは

,実

例 をあげて後 に検討することにし て

,そ

の前 に

,日

本 の預金保険制度 の成立 とその発展過程 を一瞥 してお こう。

H

日本 における預金保険制度の成立 と発展

わが国の預金保険制度 は

,そ

の成立以前 にも導入が検討 され

,1957年

1月 に「預金者保護等のた めの制度 に関す る答 申」 として

,金

融制度調査会が預金保障基金 の設立 を提言 している。 しか し, 同年 4月 に

,

この答 申にもとづ く預金保障基金法案が国会 に提 出されたにもかかわ らず

,成

立 をみ なかった。その理由は,「この預金保障基金が

,実

態上

,普

通銀行 を除いた中小金融機関だけを対象 としていた ことや

,金

融機関経営 に対 す る厳 しい監督 を内容 としていた こと等か ら

,各

方面 の反対 が強かったため」 “ )といわれている。 再 び

,預

金保険制度 の導入が検討 され始めるのは

,1960年

代半 ば頃か ら

,金

融効率化 をめ ぐる議 論が盛 んに行われるようになって きてか らである。その背景 には

,資

本 の自由化が強 く要求 され開 放経済体制への移行が進 む とともに

,当

時 はまだ高度経済成長 の途上 にあった とはいえ

,1965年

の 不況 をきっかけに

,将

来成長率が低下 し

,資

金需要が弱 まり

,利

輪が縮小す ることが予想 される時 代が来 るか もしれない との見通 しがあった。 この厳 しい状況 に対応す る金融機関のあ り方 として, 金融機関にその経営の効率化が求 め られた。具体的には

,社

会全体 に対す る適正 な資金供給 の手段 として

,金

利 の弾力化 を進め

,金

利機能 を活用す ることが必要である と考 えられたのである。 このような金融機関 に経営の効率化 を求める金融効率化の提唱 は,預金者の保護 とはいいなが ら, 結局 は金融機関の過度 の保護 となっていた従来の金融行政 を反省 し

,預

金者 の保護 と金融機関の保 護 とを分離 して

,預

金者 に対 す る保障制度 として預金保険制度 を導入 しようとす る主張へ と発展 し ていつた。以上 の点 を

,金

融制度調査会 の答申「一般民間金融機関のあ り方等 について」(1970年7 月 2日

)で

,つ

ぎのように述べている。 「国民大衆 の預金の保護 に万全 を期す るとともに

,金

融機関 に対 す る過保護 ともいうべ き体制 を 改めて

,適

正 な競争原理 を導入 し

,そ

の経営の効率化 を促進 してい く見地か らは

,こ

の際

,預

金者 保護 と金融機関保護 との分離 を図 り

,預

金 に対す る直接的な保障制度 としての預金保険制度 を導入 することが必要である と認 め られ るJO。 (傍点 は引用者) ここでは

,理

念 として

,預

金者保護 と金融機関保護 とに分離す る必要があると明言 されたわ けで あ り

,預

金保険制度 は

,効

率化行政推進 の受皿 として

,預

金者保護 を目的 として導入 されたのであ

(5)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第 47巻 第

1号

(1996) る。 この答 申を受 けて

,1971年

4月 に預金保険法が公布・ 施行 され

,同

法 に もとづいて同年 7月 に 預金保瞼機構が設立 された。 したがって

,上

記 の主 旨か ら当然

,金

融機関の破綻 に際 して

,預

金保険機構が行 な う業務 は

,預

金者への保険金の直接支払いに限定 されていて

,現

行制度 のように

,破

綻金融機関 を救済す る金融 機関に対す る資金援助 はで きない ことになっていた。事実

,当

初制定 された預金保険法 は

,預

金保 険制度の目的を第

1条

において,「この法律 は

,預

金者等の保護 を図るため

,金

融機関の預金等の払 戻 しにつ き保険 を行 なう制度 を確立 し

,も

って信用秩序 の維持 に資す ること」としていたのである。 ところが

,1980年

代 に急速 に進展す る金融 自由化 を背景 に

,こ

れ まで述べて きたわが国の預金保 院制度 の理念が

,大

きく変更 され るのである。言 うまで もな く

,1986年

5月 の預金保険法 の改正 に よって

,預

金保険制度 は

,破

綻金融機関 を救済す る金融機関に対 して

,資

金援助 (資金 の貸付や金 銭の贈与等

)を

行 なえることとなった。 これによって

,預

金者保護 と金融機関保護 とを分離 して, 預金者保護 を目的 として導入 されたわが国の預金保険制度 は

,資

金援助 をとお して金融機関 を保護 する制度 に変 えられてい くことになる。預金保険法第

1条

第1頂は

,つ

ぎの とお りに変更 された。 「預金保険 は

,預

金者等の保護 を図 るため

,金

融機関が預金等の払い戻 しを停止 した場合 に必要 な保険金等 の支払 を行 うほか

,破

綻金融機関 に係 る合併等 に対 し適切 な資金援助 を行 い

,

もって信 用秩序の維持 に資す ることを目的 とす る。」 しか も

,1986年

の預金保険法 には

,さ

らに注 目すべ き改正が加 えられた。同法第

1条

2項

に, 預金保瞼制度の運用 においては

,金

融機関の自主性 を尊重すべ きであるとして,「この法律 の運用 に 当たって は

,金

融機関の自主性 を尊重す るよう配慮 しなければならない。」という規定が

,新

たに付 け加 えられたのである。実 はこれ と同 じケースが

,1981年

改正 の銀行法 にみ られた。銀行法第

1条

第1項で

,

この法律 の目的 として銀行 の公共性が唱われた後

,つ

づいて第1条第

2項

,こ

の法律 の運用 において銀行 の自主性 を尊重すべ き旨が追加 された。 この第

1条

2項

,全

国銀行協会連 合会が

,か

ねて よ り強 く要望 していた ものであった。文字 どお り法律 の目的 を定 めた冒頭 の第

1条

,あ

えて法律 の運用上の規定 を設 けるとい うことの不 自然 さは

,当

時の国会 の審議 において も問 題 となった。)。 しか し

,

これ は単 に法律作成上 の技術的問題で はない。金融機関の公共性が

,収

益性 や効率性 を 重視す る各金融機関の自主的運営 によって損 なわれ るとい う

,金

融 システム全体 のあ り方 にかかわ る重大問題である。 これを本稿 の課題 にそ くして言 えば

,

もともと国民の預金 を原資 とす る預金保 険の積み立て金が

,最

近の乱脈融資で破綻 した東京協和

,安

全信用組合の処理 にみ られ るように, 確かな根拠 にもとづ くことな く贈与 され るな ど

,預

金保院制度が銀行 の自主的 とい う名 の恣意的な 運用 に委ね られているのが実態である。 こうした預金保険制度 の不透明 さによって

,

この制度 の も つ公共性 は低下 し

,ま

すます国民の金融 システムヘの信頼性 を失わせている。 ちなみに

,こ

の1986年における預金保険制度 のその他 の改正点 を

,表

2に掲 げたのち

,実

例 にそ くしなが ら

,日

本 における預金保険制度 の問題点 を更 に検討 してお こう。

(6)

藤 田安一 :現 代 日本 の金融 システムにお ける預金保 険制度 (depoSit itturance system)の 現状 と問題点 表

2

預金保険制度の拡充・ 整備経過 1971年 制 度発足時 その後 の変更 また は追加事項

1.対

象金融機関

〔法律〕 銀行 信金 銀 組 相 信 1986年7月 労金 が加入

2.資

本金

〔認可〕 45,000万 円 ―

g :::││ITI

1986盗F7月 →45,500万 円 労 金 が 出資 (500万円)

3.保

院料率

〔認可〕 0,0069` 1982全F】蓋 →

0,008%

1986年 度 →

0.012%

4.保

瞼金支払限度額 (1預金者 等当り

)

〔政令〕 100万 円 19744F6月 → 300万 円 1986年7月 → 1,000万 円

5.仮

払金支払制度

〔法律〕 同限度額 (普通預金 1回 座当 り

)

政令 19864F7月 導 入 20万 円 6。 資金援助制度

〔法律〕 1986fF 7月 導 入

7.借

入金 但

)日

銀借入限度額 〔政令〕 修

)日

銀借入返済のための金融 機関等借入

〔法律〕 500億 円 1986年7月 → 5,000億円 導 入 (出典)『平成5年 預金保険機構年報』1994年 7月

,■

ページ。 Ⅲ 預 金 保 険 機 構 発 動 の 特 徴 とそ の 問 題 占 わが国における預金保険機構 の最初 の発動事例 は

,1991年

10月に伊予銀行が東邦相互銀行 の救済 合併 の際

,預

金保険機構が80億円の融資 を決定 したケースであ り

,翌

1992年 4月 の合併 とともに資 金援助が実施 された。 ついで

,1992年

10月に

,巨

額 の架空預金証書 を発行 し経営難 に陥った東洋信用金庫

5店

舗 を救済 合併 した三和銀行 に対 し

,預

金保険機構 は200億 円の贈与 を行 った。その際

,架

空預金 を担保 にした 日本興業銀行 と富士銀行 は

70%,ノ

ンバ ンク各社が

42%の

債権 を放棄。東洋信金 の役員 は全員が退 任 した。 釜石信用金庫 は

,釜

石市の基幹産業である製鉄所 の撤退や漁業の不振 に加 えて

,放

漫融資 による 不良債権 の増大 によ り経営難 に陥 り

,1993年

10月解散 を決定 した。そのため

,釜

石信用金庫か ら事 業譲渡 を受 ける岩手銀行 に対 して

,預

金保険機構 は260億 円の贈与 を行 った。このケースで は,これ まで「救済合併」であった預金保瞼機構 の資金援助が,「清算」に初 めて適用 された もの として注 目

(7)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学 第 47巻 第

1号

(1996) され る。 南野洋元理事長 によるイ トマ ン事件 にか らむ乱脈融資で経営が破綻 した大阪府民信用組合 を

,救

済合併す る信用組合大阪弘容 に対 し

,預

金保険機構 は,1993年 7月 に199億円の贈与 を行なうことを 決定 し

,同

年11月に実施 した。 このケースは

,信

用組合への初 めての資金援助 となった。 信用組合への

2件

目の資金援助 は

,導

入預金や暴力団関係者への不正融資で多額 の不良債権 を抱 えて経営危機 に陥った信用組合岐阜商銀の救済 に関連す るものであ り

,救

済合併す る信用組合関西 興銀 に対 し

,預

金保険機構 は

,1994年

11月に25億円の贈与 を決 め

,翌

年 3月 に実施 した。 1994年 12月

,日

本銀行 は

,巨

額 の不動産投資で失敗 し経営危機 にあったイ・ アイ・ イ・ インター ナショナルなどへの乱脈融資で破綻 した東京協和

,安

全信用組合 を救済合併す るために

,日

銀 と民 間銀行が共同で東京共 同銀行 を設立す ると発表 した。この新銀行への出資 は,日銀が200億円

,民

間 銀行があわせて200億 円

,預

金保険機構 か ら400億円の贈与

,民

間銀行 による400億 円の低利融資な ど が予定 された。 しか し

,こ

の救済スキームについては

,周

知 の ように

,決

定過程 の不透明 さに加 え て

,政

治家 の強い関与が あつた ことが とりざたされ るな ど

,世

論 の大 きな批判 を招 くことになった。 バ ブル経済期 に不動産融資に狂奔 し

,バ

ブル経済の崩壊 とともに不良債権 を急増 させ経営破綻 し たコスモ信用組合 に対 し

,東

京都 は1995年 7月

,業

務停止命令 を下 した。 コスモ信組処理案 による と

,同

信組 は解散 し

,全

事業 を東京共同銀行 に譲渡す る。 その際

,預

金保険機構 は1100億円の贈与 を行 ない

,日

銀 は10年間 に1000億円の特別融資 を行 な うことな どが盛 られている。 「東のコスモ

,西

の木津」 と峰 されていた木津信用組合 は

,コ

スモ信用組合 の破綻 と時 を同 じ く して

,95年

8月

,業

務停止 となった。バ プル経済期 に

,系

列 ノン・ バ ンクや事業 ファイナンスを設 立 して不動産関連融資 に傾斜 したのが命取 りとな り

,バ

ブル経済の崩壊後

,多

額 の不良債権 をかか えた。事業譲渡 に対 す る預金保険機構 の資金援助 は

,5000億

円程度が予定 されている。 同 じく不良債権 にあえ ぐ兵庫銀行 に対 し

,1995年

8月

,武

村正義蔵相 は同銀行 の破綻 を公表 し, その処理策 を発表 した。 それによる と

,み

どり銀行への事業譲渡 の際

,日

銀特融 と合わせて預金保 険機構か ら4000億円強の贈与が行 なわれ ることになっている。 以上

,こ

れ ら金融機関の経営破綻 のほ とん どは

,バ

ブル経済期 において

,金

融機関が収益の極大 化 をめざした乱脈融資や金融不祥事 によるものである。 しか も

,こ

の乱脈融資 に使われた資金 は, 国民が金融機関 を信頼 して預 けた預金であった。 それ を投機的 に運用することによって

,バ

ブル経 済期 には資産イ ンフレを引 き起 こし

,地

価 の高lleを招 くことによって庶民のマイホームの夢 を奪 っ たほか

,土

地 に関連 した税 の増税や家賃 の値上 を招 き

,著

し く国民生活 をおびやか した。他方

,バ

ブル経済崩壊での銀行や各種信用組合 な どの破産が

,深

刻な信用不安 を招 き

,景

気回復への思い足 かせ となって

,い

まだに国民経済 に与 えている損失 は

,は

か り知れない と言わなければな らない。 したがって

,破

綻 した金融機関の処理の際には

,破

綻金融機関の責任者 に対 しては

,当

然 に厳 しい 責任追求がなされ るべ きである。 しか し

,

これ までの破綻処理 の事例 をみると

,そ

の責任追求 は十分でないばか りか

,預

金保険機 構の資金贈与や 日銀特融な どが安易 に用い られ,「預金者保護」「信用秩序維持」 を名 目に

,大

蔵省 や日銀主導 による破綻金融機関の他金融機関への合併

,譲

渡 な どを通 じて

,も

っぱら金融機関の救 済がなされている感がある。「護送船団方式」が厳 し く批判 されているように

,金

融機関の保護が預 金者の利益 に必ず しも結 びつかない現在

,安

易な金融機関の救済 は預金者保護 とは矛盾す る。本来, 預金保瞼制度 は

,金

融機関保護 と預金者保護 との分離 を図 り

,預

金者 を保護す るために導入 された のであるか ら

,現

状 は明 らかに

,

この目的か ら外れてお り

,現

在わが国の預金保険制度 は

,依

然 と

(8)

藤 田安一 :現 代 日本 の金融 システムにお ける預金保 険制度 (depoSit

20 insurance syttem)の

現状 と問題点 して

,護

送船団方式 を維持す るための手段 になっている

,

と言われて もしかたが あるまい。 また

,預

金保険機構 による資金援助 の方法 をみると

,資

金 の融資か ら返還 の必要 のない贈与

,出

資へ とその方式が変わって きている。 このことは

,

もともと国民の預金 を原資 とす る預金保瞼の積 み立て金が

,関

係金融機関による「つかみ金」的性格 を強 めつつあることを示 している。 さらに

,破

綻金融機関の処理 については

,預

金者への預金保険 の保険金支払い=direct payoff(以 下

,ペ

イオフ と略記

)は

一度 も発動 されてお らず

,救

済す る金融機関 も相 当バ ブルによる傷 を負 っ ているため

,吸

収合併

,事

業譲渡等の方式か ら

,新

銀行 の設立 や 日本版

RTC(Resolution Trust

Corporation,整理信託公社)構想 のような処理方式へ と移 っている。 しか し

,こ

れ らの処理過程 に おいて

,な

ぜ そのような処理方式が採用 されたのか明 らか にされていない。例 えば

,東

京協和

,安

全信組 の処理 の際

,両

信用組合 を倒産 させて も信用不安 に結 びつ く確率 はほ とん どない とい う見方 か ら

,両

信用組合 を倒産 させた うえで

,預

金保険機構が小額預金者 に保険金直接支払方式 をとるべ きだ という主張が

,か

な り多数の有力な意見 として存在 していた。しか し

,大

蔵省や 日銀 は,「信用 不安 につなが るおそれが ある」,「日本 において預金者が保険金直接支払方式 を受 け天れるほどに意 識が成熟 していない」な ど

,根

拠 を示 さないあいまいな発言 により

,こ

の救済 を正当化 した経緯が ある。)。 Ⅳ わ が 国 に お け る預 金 保 険 制 度 改 革 へ の 視 点 以上みたように

,現

在 日本 にお ける破綻金融機関の破綻処理 の多 くは

,定

型化 されたルールに基 づいて行 なわれてい るとい うよ りも

,破

綻金融機関が出現 した時 に

,行

政当局 と金融機関 との裁量 によって処理 されて きた と言 える。 このため国民 は

,破

綻処理 の不透明 さを感 じ

,行

政当局や金融 機関への不信感 を強 めることになる。金融 システムを安定化 させ るには

,何

よりも国民のこの不信 感 を失 くし

,わ

が国の金融行政 と金融機関への信頼性 をとりもどす ことにあるとすれば

,こ

の問題 は決 して無視 されるべ きで はない。 そうした問題 を解決す る確かな道 は

,破

綻処理 の曖昧 さ

,不

透明 さを解消す るための明確 な方式 を確立す ることにある。 そのための参考 として

,わ

が国 よ りも

,い

ち早 く金融 自由化が もた らす金 融不安 を経験 したアメ リカの破綻処理策か ら学ぶべ き点 は多いであろう。すなわち 日本では

,す

で に検討 したように

,預

金保険法でペイオ フが明記 されているが

,ペ

イオフは一度 も発動 されること がな く

,も

っぱら裁量的な合併や

P&A(purchase&assumption,資

産・ 負債承継

)に

よって破 綻処理が行 なわれて きた。一方

,ア

メ リカで は

,預

金振替や

P&A,件

数 は少ないがペイオ フも使 われている。 なるほど

,わ

が国 とアメ リカ とを単純 に比較することはで きないが

,ア

メ リカにおいて は

,金

融 機関の破綻処理 の根拠法やその手続 き

,破

綻処理費最小の義務化 な どが確立 してい るため

,客

観的 な判断で

,多

様 な破綻処理策が とられているといえる。したが って,日本で もなされ るべ きことは, ペイオフの発動など破綻処理方式の多様化を可能 とするような法体系や制度等の整備であろう。そ のようなインフラを充実 させてい くことで

,ア

メ リカのように破綻処理 の明確 な政策 目標が確立 さ れるであろうし

,そ

れに伴 つて客観的な基準で

,透

明度 の高い破綻金融機関の処理が可能であると 考 えられる。 さらに

,預

金保険機構 自体 のあ り方について も

,大

蔵省や 日本銀行 との関係で検討す る必要があ る。わが国において

,金

融機関検査機能 をもつのは大蔵省銀行局 と日本銀行であ り (信用組合 は各

(9)

鳥取大学教育学部研究報告 人文・ 社会科学 第 47巻 第

1号

(1996) 都道府県

),営

業停止命令 を下せ るの は大蔵大臣である。一方

,預

金保険機構 には

,検

査機能や営業 停止命令 の権限 はない。 また

,預

金保険機構 の破綻金融機関に対す る資金援助 の手続 きをみて も, 大蔵大臣による事前の認定が必要であ り

,

これ を預金保険機構 の意志決定機関である運営委員会が 否定す ることは不可能 となっている。 こうして

,預

金保院機構 は独 自の意志決定がで きない仕組みになっているために

,実

質的な預金 保険機構の担い手 は大蔵省 と日銀 に外 な らない ことになる。斉藤美彦氏 の言葉 を借 りれば,「預金保 険機構 は独 自の意志決定 を封 じられてお り

,そ

こか らの資金援助 は合併等 を円滑 にす るための『お 生産』としての位置づ けしか与 えられていない」①のである。そこで

,上

記 の関係 を改 め

,預

金保険 機構 に

,行

政当局や金融機関関係者以外 の意志 を反映す るための組織 の民主化 につ とめた うえで, 金融機関検査機能や営業停止の権 限

,ま

,政

治力 な どの不明瞭な圧力 に屈 しない一定 の独立性 を 保つ権限 を持たせれば

,不

透引な処理が行 なわれに くくな り

,社

会 の信頼 を得 る処理が行 なわれ る ようになるであろう。 日本銀行 について も

,日

銀特融の発動 は

,行

政当局の裁量が強 く働 くと考 えられ るので

,破

綻処 理 を不透明なものにし

,金

融機関の破綻責任 を喫昧なままにすることが懸念 され る。 また仮 に

,日

銀特融が焦 げついた場合 には

,そ

の損失 は日銀から目房錘入れる資金の減少 という形で

,最

終的 に 国民の負担 を膨 らます結果 にな り

,日

銀 その ものの信頼 をゆるがす結果 にな りかねない。 したが っ て

,特

融 を発動す る場合 には

,日

銀が明確で公正 な目標 を設 け

,そ

れ を公 にした うえでの発動であ るべ きであろう。 お わ り に アメ リカで は

,1970年

代か ら80年代 の急激 な金融 自由化が

,80年

代後半 に

S&L(貯

蓄貸付組合) の大量倒産 をもた らし

,そ

れが一般 の銀行 にも波及す ることによって

,日

本 に先立 ち著 しい金融不 安を経験 した。 その教訓か ら

,現

在 のアメ リカにおいて は

,い

ったん金融 自由化 にブレーキをか け ようとす る動 きさえ出て きてい る。いわゆる,「デ・ レギュレーシ ョン (規制緩和)」 か ら「 り・ レ ギュレー ション(再規制)」 への動 きである。すなわち

,ア

メ リカで は1989年に金融機関再建改革執 行法が制定 され

,つ

づいて1991年には連邦預金保瞼公社改革法が成立 した。 この両法律 によって, 金融機関の自己資本基準が引 き上 げ られ

,預

金保瞼 に危瞼 を及ぼす ような活動 に対す る監視や規制 が強化 された。 他方

,日

本 においては

,現

在 あいつ ぐ金融機関の破綻 と膨大 な不良債権 の処理が

,金

融不安 を激 化 させ

,景

気回復 の重い足枷 となって

,著

し く国民生活 を圧迫 している。 しか も

,企

業 は リス トラ という名 の雇用調整 を一段 と強め

,ま

た消費税率が一年後 (1997年

)に

引 き上 げ られ ることが決定 しているな ど

,家

計 は非常 に厳 しい事態 に直面 している。 それにもかかわ らず

,国

民 は将来 のために貧 しい家計 のなかか ら

,せ

っせ と貯蓄 しつづ けなけれ ばな らない。やむをえない「最後 の砦」的な こうした行動 を

,無

駄 にして しまいかねない事態が, 最近

,つ

ぎつ ぎと起 こる金融機関の破綻である。 この状況 を目のあた りにして

,当

,国

民 は生活 不安 を強 めて はいるが

,他

,金

融 システムヘの関心 を持 たざるをえな くなっている。これが現在, 日本の金融 システムのあ り方に対 して

,国

民的関心 を生 んでいる背景であろう。 しか し

,金

融 システムは複雑であ リー朝一夕に理解で きるもので はない。 そのため

,む

しろその 複雑 さを利用 して

,国

民生活 に密接 に関係す る金融問題が

,こ

れ まで行政当局 と金融機関の間だけ

(10)

藤 田安一 :現 代 日本 の金融 システム にお ける預金保 険制度 (depoSit

22 insurance system)の

現状 と問題点

で恣意的に解決が図 られて きた と言 って よい。最近で は

,住

専問題や大和銀行 の米 国でおか した事

1

件の処理な どが

,そ

の好例である。わが国の伝統的な

,こ

うした問題処理 の不透明 さや恣意性が,

1

現在

,金

融不安 の激化や金融国際化の流れの中で

,厳

しい批判 にさらされて

,も

はや続 けられな く なっている。 以上

,ア

メ リカの り・ レギュレーションの動 きといい

,日

本 の不透明な金融 システム克服 の必要 性 といい

,い

ずれ も,これ まで行 なわれて きた規制緩和 と反対 の動 きとみることがで きる。しか も,

これ らの ことは金融 自由化がいか に進展 しようとも

,金

融 に関する法

,規

制 な どは単純 に金融機関

の自主性や効率性 とい う観点のみで

,緩

和 していけるもので はない ということを示 している。本稿 で考察 した預金保険制度 の改革 も

,こ

の流れの中で位置づ けなければな らないであろう。 江

に)Karel van WOlferen著 ,篠原 勝訳『人間を幸福 にしない日本 というシステム』毎 日新聞社,1994年,24ページ。

2)館

龍一郎編 『金融辞典』東洋済新報社,1994年 ,324ペ ージ。 俗

)『

金融財政事情』1985年 8月19日号。 (4)『金融』1995年5月 号,36ペ ージ。 (5)金融制度調査会「一般民間金融機関のあ り方等について」(1970年 7月 2日)『金融』1970年8月 号,39ページ。 (6)詳しくは

,藤

田安―「現代金融機関における効率性 と公共性」(『鳥取大学教育学部研究報告』第46巻第 2号,1995 年12月)を参照。

P)斉

藤美彦「 日本 における破綻金融機関処理方式 と預金保険制度」渋谷博史他編『日米金融規制の再検討』 日本経 済評論社,1995年 ,183ペ ージ。 18)同上,187ペ ージ。

参考文献

川口恭弘『現代の金融法』中央経済社,1994年 。 合田 寛『検証 日本の金融政策』大月書店,1995年 。 池尾和人 『銀行 リスクと規制の経済学』東洋経済新報社,1990年 。 翁 百合 『銀行経営 と信用秩序轡東洋経済新報社,1993年 。 貝塚啓明・原田 泰編『90年代の金融政策』 日本評論社,1993年 。 重原久美春編『金融理論 と金融政策の新展開』有斐閣,1992年 。 渋谷博史他編『日米金融規制の再検討』 日本経済評論社,1995年 。 鈴木淑夫『日本の金融政策』岩波新書,1993年 。 高瀬恭介『金融変革 と金融再編成』 日本評論社,1988年 。 谷田圧三編『金融 自由化 と金融制度改革』大月書店,1990年 。 経済企画庁総合計画局編『金融自由化 と金融 システムの安定性轡1993年。 町田昭五編『金融 システム論』御茶ノ水書房,1994年 。 伊東政吉『アメリカの金融政策 と制度改革』岩波書店,1985年 。 高木 仁『アメリカの金融制度』東洋経済新報社,1986年 。 後藤新―『銀行崩壊』東洋経済新報社,1995年 。 金融制度調査会「一般民間金融機関のあ り方等について」(1970年7月 2日)『金融』1970年8月 号。 金融制度調査会「金融 自由化の進展 とその環境整備」(1985年6月 5日)『金融』1985年 6月 号。 金融制度調査会「金融システムの安定化のための諸施策―市場規律 に基づ く新 しい金融システムの構築」(1995年12月 22日)『ジュリス ト』1996年3月 1日。

(11)

鳥取大学教育学部研究報告 人文 。社会科学 第47巻 第

1号 (199C) 23

日中将介「米国金融制度改革について」『金融も1992年6月 号。 内日輝紀「預金保険法及び準備預金制度に関する法律の改正について」「金融』1986年6月 号。 中村明雄「預金保険制度及び準備預金制度の改正 と金融自由化環境整備」『ジユリスト』1986年7月15日。 伊藤 員「セイフティ・ ネッ トの在 り方一預金保険制度を中心として一」『ジュリス ト』1996年3月 1日 。 佐藤鉄男「預金保r_tと最後の貸手」石暴一徳編『国際金融破産』東洋法令研究会,1995年 。 (1996年4月30日受理)

(12)

参照

関連したドキュメント

(使用回数が増える)。現代であれば、中央銀行 券以外に貸付を通じた預金通貨の発行がある

解約することができるものとします。 6

基本的金融サービスへのアクセスに問題が生じている状態を、英語では financial exclusion 、その解消を financial

教育現場の抱える現代的な諸問題に応えます。 〔設立年〕 1950年.

そこで、そもそも損害賠償請求の根本の規定である金融商品取引法 21 条の 2 第 1